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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)304号 判決 1992年7月07日

大阪府吹田市豊津町16番5号

原告

株式会社三和企画

同代表者代表取締役

渡部一二

同訴訟代理人弁理士

塩出真一

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

同指定代理人

野村康秀

武井英夫

加藤公清

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  特許庁が平成2年審判第17867号事件について、平成3年10月11日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁主文同旨

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯原告代表者である渡部一二は、名称を「食品用吸水紙」とする考案(後に「生鮮食品ドリップ吸収シート」と補正。以下「本願考案」という。)について、昭和59年12月5日実用新案登録出願(昭和59年実用新案登録願第184612号)をしたが、本願考案に係る実用新案登録を受ける権利は、渡部一二から原告に譲渡され、昭和63年11月17日その旨特許庁長官に届出された。そして、本願考案は、同年11月24日出願公告(昭和63年実用新案登録出願公告第45302号)されたが、実用新案登録異議の申立てがあり、平成2年7月16日拒絶査定を受けたので、原告は、同年10月5日拒絶査定に対する不服審判を請求し、平成2年審判第17867号事件として審理された結果、平成3年10月11日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年11月13日原告代理人に送達された。

二  本願考案の要旨

吸水性を有するシート(1)の上面に、不透明又は着色した吸水性を有さない薄いシート(2)を接合し、少なくとも吸水性を有さない薄いシート(2)に多数の小孔(3)を設けたことを特徴とする生鮮食品ドリップ吸収シート(別紙図面1参照)

三  審決の理由の要点

1  本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。

2  昭和47年実用新案登録願第30524号(昭和48年実用新案登録出願公開第103680号公報)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和48年12月4日特許庁発行。以下「引用例1」という。)には、その実用新案登録請求の範囲に「紙、不織布、織布等よりなる吸水性シート1の表面に合成樹脂被膜2を形成し、これに適宜数の針穴3を穿設せしめてなる冷凍及び生鮮食品用吸水材」が記載され、その具体的説明として2頁9~16行に「(1)は紙、不織布、織布等よりなる吸水性のシートであり、最も一般的には不織布が適当である。(2)はその表面に形成せる(中略)ポリエチレン、ポリプロピレン等をエクストリュジョンコーティングすることにより、あるいは接着剤によりラミネートすることにより形成されている。」と記載され、3頁7~11行に「第1図の如く皿容器(4)内に本考案吸水材を入れてその上に肉、魚等を入れるときは、それら食品より出る油、液、血液等はフィルム(2)の表面にある針穴小孔(3)を通って下層の吸水効果の高い吸水性シート(1)に吸収される。」と記載されている(別紙図面2参照)。

3  本願考案と引用例1記載の考案とを比較すると、引用例1の吸水性シート1は、本願考案の吸水性を有するシート(1)に該当し、引用例1の合成樹脂被膜2は、ポリエチレン、ポリプロピレン等の被膜であるから、本願考案の吸収性を有さない薄いシート(2)に該当し、また吸水性シート1と合成樹脂被膜2とはラミネートされているから、本願考案と同様に接合されていることになる。そして、引用例1記載の考案において適宜数の針穴3を穿設していることは、本願考案の多数の小孔(3)を設けたことに該当する。

すなわち、「吸水性を有するシート(1)の上面に、吸水性を有さない薄いシート(2)を接合し、少なくとも吸水性を有さない薄いシート(2)に多数の小孔(3)を設けた生鮮食品ドリップ吸収シート」の点で本願考案と引用例1記載の考案とは一致している。

本願考案と引用例1の記載の考案とが相違するのは、「不透明又は着色した吸水性を有さない薄いシート(2)」を用いることが引用例1に記載されていない点にある。

4  そこで、上記相違点について検討すると、本願明細書中に先行技術として記載されている昭和57年実用新案登録出願公開第9767号公報の食品パックは、その出願明細書、すなわち昭和55年実用新案登録願第84246号の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和57年1月19日特許庁発行。以下「引用例2」という。)を見ると、パックの底部に、魚、肉類の肉汁、血その他の液汁を吸収又は貯留するための内底を設け、陳列時に外部から液汁が覗見しえない舟とすることが開示されており(3頁8~11行)、この種の生鮮食品の包装パックにおいては、ドリップが外部から見えないようにするという技術的課題は、本件出願前から既に知られていたものと認められる。そして、包装の技術分野において内容物が見えないようにするために、不透明な包材や着色フィルムの包材を使用することは周知慣用技術である(例えば、特許庁編「特許庁公報、周知・慣用技術集(包装産業)」昭和53年12月20日発行(以下「引用例3」という。)499頁参照)ことを考慮すると、引用例1に記載の合成樹脂被膜2、すなわち吸水性を有さない薄いシート(2)を本願考案の如く不透明又は着色して、血等の有色ドリップが外部から見えないようにする程度のことは、当業者が必要に応じてきわめて容易になし得ることと認めざるを得ない。しかも、それによって生ずる効果も格別顕著なものと認めることができない。

5  したがって、本願考案は、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

四  審決を取り消すべき事由

引用例1及び引用例2に審決認定の技術内容が記載されていること、本願考案と引用例1記載の考案との一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは認めるが、審決は、上記相違点について判断するに当たり、引用例2記載の考案の技術的課題の認定を誤り、また、本願考案の作用効果の認定を誤った結果、誤った判断を導いた違法があり、取り消されるべきである。

すなわち、引用例2に記載の考案では、内底を成す吸水板、多孔質板に不透明又は着色されたという限定はないから、液汁の色は外部から見えるものである。引用例2における食品パックは、底部に溜まる液汁それ自体を外部から見えないようにすることを技術的課題としており、スポンジ又は繊維等吸水性の良好な素材から形成された吸水板に吸収された液汁の色までを見えないようにすることを技術的課題とするものではない。

また、引用例2記載の考案の奏する作用効果は、「外部から液汁が覗見しえない」ということであるが、その意味は、「液汁それ自体が外部から覗見されない」ことを意味するに留まり、「液汁の色まで見えないようにする」ことまで言及していないことは明らかである。したがって、引用例2における食品パックでは、吸水板のみを設けるときは、吸水板に吸収された液汁の色は外部から見え、外観が悪く、かつ、非衛生的な感じがすることを免れない。

これに対し、本願考案のドリップ吸収シートにおいては、吸収された液汁自体はもちろんのこと、吸収されたドリップの色も外から見えず、外観を良好にし衛生的な感じの包装を行うことができるという格別顕著な作用効果を奏する。

第三  請求の原因の認否

請求の原因一ないし三の各事実は、認める。

同四の主張は争う。

審決の認定、判断は正当であって、審決に原告主張の違法は存しない。

すなわち、引用例2記載の考案は、「陳列時に外部から液汁が覗見しえない舟を提供する」(3頁8行、9行)との記載からみて、生鮮食品から浸出した包装パック内部の液汁を上方から覗見しえないようにすること、すなわち、液汁の色を覗見しえないようにすることを技術的課題とするものであり、そのために「底部に魚・肉類の肉汁、その他の液汁を吸収又は貯留するための内底を有することを特徴とする食品パック(実用新案登録請求の範囲)の構成を採用したものであって、この内底は、生鮮食品の包装パックの底部に載置されるものであるから、本願考案におけるドリップ吸収シートに相当する。

したがって、審決が引用例2に基づいて、この種の生鮮食品の包装パックにおいては、ドリップが外部から見えないようにするという技術的課題が本件出願前既に知られていたと認定したことに誤りはない。

そして、生鮮食品を包装し陳列するときドリップが外部から見えないように、不透明又は着色した吸水性を有さない薄いシートを採用するならば、外観を良好にし、鮮度感及び衛生的な感じのある包装を行うことができることは当業者であれば当然に予測し得ることであるから、本願考案について、「生ずる効果も格別顕著なものと認めることができない」とした審決の判断に誤りはない。

第四  証拠関係

本件記録中の証拠目録の記載を引用する(なお、後掲の書証の成立は、いずれも当事者間に争いがない。)。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本願考案の要旨)及び三(審決の理由の要点)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。

1  甲第12号証(平成1年10月19日付手続補正書)中の図面及び甲第15号証(平成2年10月17日付手続補正書)中の明細書(以下「補正明細書」という。)によれば、本願考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が次のとおり記載されていることが認められる。

(一)  本願考案は、生鮮食品の包装パックに用いるのに適する、鮮度感及び衛生的な感じを与える生鮮食品ドリップ吸収シートに関する(補正明細書1頁13ないし17行)。

従来、ドリップ対策として、一層から成る不織布を吸水紙としてトレイに敷いていたが、ドリップは、血や体液のため有色で吸水紙全体に広がって見苦しく、多量の場合は吸水紙が吸収しきれず、トレイ内に溜まることも生じ、低温流通の場合には適当な吸水紙もない。そのため、ドリップ取りの巻き直しのため、時間、資材を多量に要し、非経済的である。また、冷凍品を一旦解凍した後再度凍結させたときには、不織布と食品とが付着して、非衛生的でもある(補正明細書3頁4ないし17行)。

そこで、従来、吸水板、多孔質板で支持した食品パック等が考案されたが、吸水板、多孔質板が厚くなり、コストがかさんだり、吸収されたドリップの色が合成樹脂被膜を通して見え、非衛生的な感じを与えるなどという問題があった(補正明細書3頁18行ないし4頁3行、5頁13ないし16行)。

本願考案は、吸水性、吸湿性、保温性、緩衝性に優れ、かつ有色ドリップを吸収しても外部からドリップが見えない、鮮度感及び衛生的な感じを与える生鮮食品ドリップ吸収シートを提供すること(補正明細書6頁1ないし6行)を技術的課題(目的)とするものである。

(二)  上記課題を解決するために、本願考案は本願考案の要旨記載の構成(補正明細書1頁5ないし10行)を採用した。

(三)  本願考案は、前記構成に基づき、吸収されたドリップを外から見えないようにすることにより、外観を良好にし、かつ鮮度感及び衛生的な感じのある包装を行うことができる(補正明細書9頁9ないし14行)。

2  引用例1及び引用例2に審決認定の技術内容が記載されていること、本願考案と引用例1記載の考案との一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

原告は、審決は、本願考案と引用例1記載の考案との相違点について判断するに当たり、引用例2記載の考案の技術的課題の認定を誤り、また、本願考案の作用効果の認定を誤った結果、誤った判断を導いた違法があると主張するので、以下において検討する。

3  甲第10号証(昭和55年実用新案登録願第84246号の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム)によれば、引用例2には、「一般に、魚・肉類の販売に際しては、肉汁・血その他の液汁が漏れない様に舟と称する平底の合成樹脂皿からなるパックに所定量を収納し、ポリエチレンフィルムで全体を包んでパック商品とし、市販に供するのが多い」(明細書2頁2ないし6行)、「前記パックに魚・肉類を収容しポリエチレンフィルムで包装すると、多くの場合その液汁がパック内に溜まっているので、これが外部から覗見できて、見栄えが悪く、したがって商品購入意欲を減じることもある」(明細書2頁20行ないし3頁4行)との記載を受けて、当該考案は、「陳列時に外部から液汁が覗見しえない舟を提供するもので」(明細書3頁8ないし9行)、「パックの底部に、魚・肉類の肉汁、血その他の液汁を吸収又は貯留するための内底を設けることを要旨とする」(明細書3頁9ないし11行)と記載されていることが認められる。これらの記載は、この種の食品パックでは、肉汁、血等の液汁が外部から覗見されると、見栄えを悪くし、消費者による商品購入意欲を削ぐという問題点があることを指摘しており、引用例2記載の考案は、そのような問題点を解決すること、すなわち肉汁、血等の液汁が外部から覗見されないようにすることを技術的課題としているというべきである。

そして、見栄えを悪くし、消費者の商品購入意欲を削ぐ点では、肉汁、血等の液汁それ自体が覗見される場合とこれらの液汁が媒介物に染み込んで液の色が覗見される場合とで全く変わりはないから、引用例2記載の考案は後者の場合にも当然に問題が解決される必要性があるという技術的課題を示唆しているということができる。

4  原告は、引用例2記載の考案では、内底を成す吸水板、多孔質板に不透明又は着色されたという限定がないから、液汁の色は、外部から見えるものであり、引用例2における食品パックは、液汁の色までを見えないようにすることを技術的課題とはしておらず、引用例2記載の考案の「外部から液汁が覗見しえない」との作用効果は、液汁それ自体が外部から覗見しえないことを意味するに留まる、と主張する。

しかしながら、甲第10号証を検討しても引用例2のどこにも内底を成す素材として当然に透明のものが選択されるとの記載は見当たらず、かえって、内底はスポンジ又は繊維等吸水性の良好な素材で成形されるものが選ばれてよい(明細書4頁1ないし5行)との記載があり、当然に不透明のものを選択し得ることが示され、その不透明のものが選ばれた場合には内底の液汁の色は外部から見えないことが示唆されているから、原告の主張は前提事実を欠くというほかはない。むしろ、考案の技術的課題という観点からすれば、商品購入意欲を損なう肉汁、血等の存在を消費者の視線から隔離することができればよいのであり、逆に肉汁、血等の色が見えたのでは、消費者の商品購入意欲が損なわれることは当然のことであり、引用例2に媒介素材に吸収された液の色まで見えないようにすることが明記されていなくても、「外部から液汁が覗見しえない」という語の意味を原告主張のように限定的に解すべき理由はなく、原告のこの主張は失当といわなければならない。

5  さらに、甲第11号証(特許庁編「特許庁公報、周知・慣用技術集(包装産業)」昭和53年12月20日発行)によれば、引用例3には「包材において、内容物が見えない事が前提の場合は包材構成中にAl箔を使用するか、紙を使用するか、着色フィルムを使用するか、蒸着フィルムを使用するか、ベースフィルムに全面ベタ印刷をするか等の方法がとられている。」(499頁左欄3ないし7行)との記載があることが認められ、包装の技術分野において内容物を見えないようにするには、不透明な包材や着色フィルムの包材を使用することは周知慣用の技術であることが窺われる。上記のとおり、当業者であれば、引用例2の記載から示唆される肉汁、血等の液汁を色を含めてが外部から覗見されないようにするとの技術的課題を解決するため引用例1記載の考案にこの周知慣用の技術を適用することにより、相違点に係る本願考案の構成を得ることはきわめて容易に想到し得ることであり、その結果本願考案の前記1(三)記載の作用効果を奏することは自明というべきであるから、本願考案の作用効果を格別顕著であるということはできず、本願考案の作用効果に関する原告の主張も失当であるといわなければならない。

6  以上のとおりであるから、審決が、引用例2記載の考案の技術的課題に関連して、この種の生鮮食品の包装パックにおいてドリップが外部からみえないようにするという技術的課題は本件出願前に既に知られていたと判断し、また、本願考案によって生ずる効果について、格別顕著なものと認められないと判断したことに誤りはなく、審決に原告主張の違法は存在しない。

三  よって、審決の違法を理由に取消を求める原告の本訴請求は、理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民訴法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

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