東京高等裁判所 平成3年(行ケ)38号 判決 1994年6月07日
大阪府門真市大字門真一〇〇六番地
原告
松下電器産業株式会社
右代表者代表取締役
谷井昭雄
右訴訟代理人弁理士
小鍜治明
同
林孝
同
浅村皓
同
小池恒明
同
林鉐三
同
田下明人
同
岩井秀生
右訴訟復代理人弁理士
岡安一男
同
四宮通
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被告
特許庁長官 麻生渡
右指定代理人
磯崎洋子
同
矢田歩
同
奥村寿一
同
関口博
同
吉野日出男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
「特許庁が平成一年審判第一六七二三号事件について平成二年一一月一五日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
主文と同旨の判決
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「磁気記録再生方式」とする発明(以下「本願発明」という。)について、昭和五三年七月二〇日、特許出願し(昭和五三年特許願第八九〇五三号)、同六〇年一二月七日、特許出願公告(昭和六〇年特許出願公告第五五八八六号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成元年六月二三日、拒絶査定を受けたため、同年一〇月一二日、審判を請求した。特許庁は、右請求を同年審判第一六七二三号事件として審理した結果、平成二年一一月一五日、右請求は成り立たない、とする審決をし、右審決書謄本は、平成三年一月三一日、原告に送達された。
二 本願発明の要旨
「複数の回転磁気ヘツドによつてテレビジヨン信号を一フイールドを単位として順次不連続な記録軌跡として該テレビジヨン信号の垂直同期信号が各記録軌跡の始めの側に位置するように配置して磁性媒体上に記録するに際し、該磁性媒体を前記回転磁気ヘツド用のシリンダーの周囲に巻き付ける角度を通常テレビジヨン信号を記録するに要する巻き付け角度よりも余分にヘツドと磁気媒体が当接しはじめる側に多く巻き付け、テレビジヨン信号が記録された各記録軌跡の延長上で、各記録軌跡の始めの部分に記録される垂直同期信号の記録位置よりも手前の部分に一フイールド期間単位で時間圧縮された音声信号を記録し、再生時、該回転磁気ヘツドでテレビジヨン信号を再生するとともに再生された音声信号を時間伸長して連続した再生音声信号を得ることを特徴とする磁気記録再生方式」(別紙図面(一)参照)
三 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
2 昭和五〇年特許出願公開第七八三一〇号公報(以下「引用例」といい引用例記載の発明を「引用発明」という。)には、「四個の回転磁気ヘツドによつてテレビジヨン信号を一/一六フイールドを単位として順次不連続な記録軌跡として該テレビジヨン信号を磁性媒体上に記録するに際し、該磁性媒体を前記回転磁気ヘツド用のシリンダーの周囲に巻き付ける角度を通常テレビジヨン信号を記録するに要する巻き付け角度よりも余分に多く巻き付け、テレビジヨン信号が記録された各記録軌跡の延長上に、一/一六フイールド期間単位で時間圧縮された音声信号を記録し、再生時、該回転磁気ヘツドでテレビジヨン信号を再生するとともに再生された音声信号を時間伸長して連続した再生音声信号を得る磁気記録再生方式」で、その中には「音声の記録は、前でも後ろでもよい」
(二頁右上欄二〇行目)との記載がある(別紙図面(二)参照)。
3 本願発明と引用発明を対比すると、引用発明において音声を前に記録する場合は、本願発明においてヘツドと磁性媒体が当接しはじめる側に磁性媒体を多く巻き付けることに対応するから、両発明は、「複数の回転磁気ヘツドによつてテレビジヨン信号を順次不連続な記録軌跡として磁性媒体上に記録するに際し、該磁性媒体を前記回転磁気ヘツド用のシリンダーの周囲に巻き付ける角度を通常テレビジヨン信号を記録するに要する巻き付け角度よりも余分にヘツドと磁性媒体が当接しはじめる側に多く巻き付け、テレビジヨン信号が記録された各記録軌跡の延長上に時間圧縮された音声信号を記録し、再生時、該回転磁気ヘツドでテレビジヨン信号を再生するとともに再生された音声信号を時間伸長して連続した再音声信号を得る磁気記録再生方式」である点において一致する。
これに対し、本願発明は、テレビジヨン信号及び音声信号を一フイールド期間単位として記録するのに対し、引用発明は、テレビジヨン信号及び音声信号を一/一六フイールド期間単位として記録している点(相違点<1>)及び各信号の記録順序が、本願発明では、時間圧縮された音声信号、テレビジヨン信号の垂直同期信号、テレビジヨン信号の順であるのに対して、引用発明においては、時間圧縮された音声信号、テレビジヨン信号の順であることは明らかであるが、垂直同期信号の記録位置が明記されていない点(相違点<2>)、でそれぞれ相違する。
4 各相違点について判断すると、同<1>は、二個の回転磁気ヘツドを有するVTRにおいて、磁性媒体を媒体ガイドドラムの外周に一八〇度を超える角度範囲で巻き付けて、一八〇度を超える部分に他の信号を記録することは、昭和四五年特許出願公告第二八六九号公報(特に、五欄一七行ないし二〇行、以下「周知例」という。別紙図面(三)参照)に記載されているように周知であり、その場合にテレビジヨン信号は一フイールドを期間単位として記録されていることは当業者の常識であるから、相違点<1>は引用例に記載された四ヘツド型VTRを用いて時間圧縮した音声信号を記録する技術を単に二ヘツド型VTRに転用すれば音声信号も一フイールドを期間単位として記録されることは当然であるから、その転用に格別の困難性は認められない。
同<2>は、テレビジヨン信号記録の始めの部分に垂直同期信号を記録することは当業者の常套手段であるから、相違点<2>は格別のものではない
5 以上のとおり、本願発明は、引用発明及び周知技術、常套手段に基づき当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法二九条二項に基づき特許を受けることができない。
四 審決の取消事由
審決の理由の要点1は認める。同2のうち、「該磁性媒体を前記回転磁気ヘツド用のシリンダーの周囲に巻き付ける角度を通常テレビジヨン信号を記録するに要する巻き付け角度よりも余分に多く巻き付け(る)」との部分は否認するが、その余は認める。同3のうち、一致点の認定に関し、「磁性媒体を前記回転磁気ヘツド用のシリンダーの周囲に巻き付ける角度を通常テレビジヨン信号を記録するに要する巻き付け角度よりも余分にヘツドと磁性媒体が当接しはじめる側に多く巻きつけ(る)」との点が両発明の一致点であることは否認するが、その余は認める。相違点の認定に関し、引用発明においては、「記録軌跡の始めに時間圧縮された音声信号を次にテレビジヨン信号をそれぞれ記録して」いるとの点は争うが、その余は認める。同4のうち、テレビジヨン信号記録の始めの部分に垂直同期信号を記録することは当業者の常套手段であることは認めるが、その余は争う。同5は争う。審決は、本願発明及び引用発明の各技術内容の正当な理解を誤った結果、一致点を誤認し、また、各相違点に対する判断を誤り、本願発明の顕著な作用効果を看過したものであるから、違法であり、取消しを免れない。
1 一致点認定の誤り-その一(取消事由一)
審決は、両発明は、「複数の回転磁気ヘツドによつてテレビジヨン信号を順次不連続な記録軌跡として磁性媒体上に記録するに際し、該磁性媒体を前記回転磁気ヘツド用のシリンダーの周囲に巻き付ける角度を通常テレビジヨン信号を記録するに要する巻き付け角度よりも余分にヘツドと磁性媒体が当接しはじめる側に多く巻き付け(る)」点を両発明の一致点とするが、右一致点の認定は、以下に述べるように誤っている。
すなわち、本願発明の特許請求の範囲には「通常テレビジヨン信号を記録するに要する巻き付け角度よりも余分にヘツドと磁性媒体が当接しはじめる側に多く巻きつけ(る)」との記載があり、この記載部分の技術的意義は、「通常テレビジヨン信号を記録するに要する巻き付け角度」、すなわち、「従来技術において巻き付けられていた角度」よりも更に余分にテープをヘツドに巻き付けることを意味している(本願明細書の発明の詳細な説明の欄では、この「更に余分に巻き付けた角度をθとしている。)。ところで、従来の二ヘツド型VTRの技術においてはヘツド切替え時における画像信号の接続性に余裕を持たせるために必要最少限の巻き付け角度(一八〇度)よりも余分にテープを巻き付けることから、磁気テープは「一八〇度+二α」巻き付けられていた。そこで本願発明においては、明細書に記載したとおり、更にθ部分だけ余分に巻きつけている(すなわち、全体の巻き付け角度は、一八〇度+二α+θとなる。)。
これに対し、引用例には、磁気テープは、「4ヘツド形VTRにおいては・・・一/一〇程度長くなっている。そこで、本発明ではこの点を利用し、」(甲第四号証、二頁左上欄一七行ないし同頁右上欄一行))とあるように、磁気テープを一〇分の一程度長く巻き付ける旨記載されているが、右記載は前記の二α部分に相当するものと考えるべきであるすなわち、引用発明は、前記の記載部分から明らかなように、引用発明において始めて「一/一〇程度長く」したわけではないから、右「一/一〇程度長く」が通常の巻き付け角度に含まれていることは右記載自体からも明らかなところである。このように、引用発明は、従来技術における「通常テレビジヨン信号を記録するに要する巻き付け角度」を利用しているにすぎず、更に余分に巻き付けるものではない。言い換えれば引用発明は、「通常テレビジヨン信号を記録するに要する巻き付け角度」の範囲内において信号を記録しようとする技術的思想を開示しているにすぎず、本願発明のような、右「巻き付け角度」の範囲を超えて更に「余分に・・・多く巻きつけ」ようとする技術的思想は全く開示しておらず、両者は異質の技術といえるのである。まず、発明の構成からみると、引用発明の特許請求の範囲の記載は、「テープの幅方向に記録ヘツドを順次走行させ画像信号を記録するように構成したVTRにおいて各記録トラツクの一部に、そのトラツクに記録される画像信号に対応した期間の音声信号を時間軸圧縮して記録するようにしたことを特徴とするVTRにおける音声信号記録方式。」であり、「各記録トラツクの一部に」となっていて、本願発明のように「余分に」との記載はなく、その明細書の詳細な説明をみても、本願発明のθ部分に相当する記載はない。さらに、引用発明が前提とする従来技術は甲第六号証に記載のVTR技術であることは明らかであるところ、右甲号証にも、本願発明のように「余分に」巻き付けることは開示されていない。また、作用効果からみても、本願発明は、アフターレコーデイング(以下「アフレコ」という。)時における音声信号に起因する画像信号及び垂直同期信号への干渉、影響を実害のない範囲に止め、もってきれいな画質及び安定した画面を実現しようとするものであるのに対し、引用発明は、「音声信号を十分な音質で記録」しようとすることだけで、本願発明における右の事項は全く認識されておらず、結局、このことは、引用発明においては「余分に」巻き付ける構成を採用する技術的な意義が存在しないことを意味するものである。
したがって、引用発明において、前記のとおり一〇分の一程度長く巻き付ける前記の二α部分と、本願発明の「余分に・・・多く巻きつけ(た)」前記のθ部分が一致するとした審決の認定は誤っている。したがって、この点において、審決は一致点を誤認し、相違点を看過したものというべきである。
2 一致点認定の誤り-その二(取消事由二)
本願発明においては、時間圧縮された音声信号の記録位置が垂直同期信号、すなわち、テレビジヨン信号よりも前と限定されている。これに対して、引用発明においては、時間圧縮された音声信号はテレビジヨン信号の前又は後とされていて、その記録位置は何ら限定されていない。したがって、音声信号の記録位置は相違するのであり、この点を両発明の相違点として取り上げるべきであるのに、審決は、右の相違点を一致点と認定する誤りを犯したものである。
本願発明が、音声記録位置を「前」と限定した趣旨は、以下のとおりである。本願発明は、いわゆるアフレコを可能とする音声信号の記録方式を目的とするものであることから、このアフレコ方式においては一方のヘツドで画像を再生すると同時に他方のヘツドで音声を記録するため記録用の音声信号が画像再生ヘツドに干渉して再生画像が乱れるという問題点がある。そこで、本願発明は、一フイールド単位で画像信号を記録し、その前に音声信号を配置することによりアフレコ時、一方のヘツドで音声信号の記録を開始する時点において、他方のヘツドは画面の最下端に相当する画像信号の一フイールドの最終部分を再生するため、再生画面に実質的影響を及ぼさないように配慮されている。これに対し、一/一六フイールドを単位として画像を記録している引用発明においては、音声信号を記録軌跡の前、後のいずれに配置しても、音声信号の記録を開始する時点において、一フイールドの画像信号の途中を再生しており、再生画面にノイズが生ずるため、音声信号の配置を特定することは格別の技術的意義を有しない。このように、一フイールドを単位とする場合と一/一六フイールドを単位とする場合とでは、音声信号の記録位置は本質的に異なるのに、審決はこの点を格別のものとはいえないとして、両者を一致点としたが、右判断が誤りであることは明らかである。
3 相違点<1>の判断の誤り(取消事由三)
審決は、相違点<1>に関し、二個の回転磁気ヘツドを有するVTRにおいて、磁性媒体を媒体ガイドドラムの外周に一八〇度を超える角度範囲で巻き付けて、一八〇度を超える部分に他の信号を記録することは、周知であるとするが、審決がその根拠として引用する周知例には、「情報信号を記録する」とあるだけで、VTRに関する技術であるかどうかすら不明である上、周知例中には、VTR技術を開示したと認められる記載はない。また、審決は、引用例の四ヘツド型VTRの技術を本願発明の二ヘツド型VTRに転用することは格別困難ではないとするが、二ヘツド型VTRにおいては、音声信号を一フイールド単位で記録するため一/一六フイールド単位で記録する場合の一六倍の音声トラック長が必要になるところ、通常の二ヘツド型VTRにおける重複トラック部分では一フイールドの音声信号を記録することは不可能であるから、四ヘツド型VTRの技術を本願発明の二ヘツド型VTRに転用することは容易ではない。また、本願発明は、テレビジヨン信号及び音声信号を一フイールドを期間単位として記録することとした結果、後に詳述するところの良好な画像を得ることを可能としたものである。したがって、審決の相違点<1>に関する判断は誤っている。
4 相違点<2>の判断の誤り(取消事由四)
本願発明は、<ア>「テレビジヨン信号を一フイールドを単位として順次不連続な記録軌跡」として記録したこと、<イ>「該磁性媒体を前記回転磁気ヘツド用のシリンダーの周囲に巻き付ける角度を通常テレビジヨン信号を記録するに要する巻き付け角度よりも余分にヘツドと磁気媒体が当接しはじめる側に多く巻き付け(た)」こと、<ウ>「各記録軌跡の始めの部分に記録される垂直同期信号の記録位置よりも手前の部分に一フイールド期間単位で時間圧縮された音声信号を記録し(た)」こと、の各構成を組み合わせることによって、時間圧縮音声信号記録位置が各トラツクの始めにある場合には、モニター画面上のノイズ位置が画面の最下端になり、余り目立たなくなるという良好な画像を得ることができるという効果(甲第三号証一一欄二二行ないし一二欄一行)、及び、垂直ブランキング期間にノイズが発生せず、モニター画面の垂直同期が乱されることがなく、特にアフレコ時にも画面が安定するとの効果(前同一二欄二行ないし五行)との作用効果を奏するものである。このように、本願発明は、右<ア>ないし<ウ>の各構成を組み合わせることによって、良好な画像及びアフレコ時においても画面が安定するという作用効果を得たものであるが、後者の作用効果について詳述すると以下のとおりである。すなわち、本願発明においては、テレビジヨン信号の前部に置かれる垂直同期信号の前に音声信号が記録されるため、一つのヘツドが垂直同期信号を再生する時、他のヘツドはテレビジヨン信号の一フイールドの最終部分を再生し、垂直同期信号がヘツドから影響を受けることなく、「垂直ブランキング期間にノイズが発生せず、モニター画面の垂直同期がみだされることがなく」なり、本願発明の技術的課題である「アフレコも可能な音声信号の記録方式」を実現できるのである。これとは反対に音声信号が垂直同期信号の後のテレビジヨン信号の更に後に記録される場合には、一つのヘツドが垂直同期信号を再生する時、他のヘツドは音声信号を記録することとなるので、この音声信号が再生された垂直同期信号に影響を与えることとなり、アフレコ時再生画面が乱れることとなるのである。以上のように、本願発明は一フイールド構成を採用した結果生ずる、画面が安定しなくなるという技術的課題を音声信号を前記のような記録位置とする<ウ>の構成を採用することによって解決したものである。したがって、このような画面の安定という作用効果を生ずる相違点<2>の構成を格別のものとすることはできないとする審決の判断は誤っているというべきである。
第三 請求原因に対する認否及び被告の主張
請求原因一ないし三は認めるが、同四は争う。審決の認定判断は正当である。
一 取消事由一について
原告は、引用例における「必要な期間よりもさらに一/一〇程度長くなっている」の「一/一〇程度」とは、本願発明における一八〇度+二α+θの二αの部分に相当し、θ部分を含まないとして、両者が一致するとした審決の認定を非難するが、以下に述べるように、失当である。すなわち本願発明の二αとは、あってもなくてもよい巻き付け角度を意味するものではなく、画像信号を切れ目なく記録するために必要な巻き付け角度である。そうすると、引用例に記載の「画像信号を切れ目なく記録するために必要な期間」とは、本願発明の「通常テレビジヨン信号を記録するに要する巻き付け角度」(一八〇度+二α)に相当するものである。してみると引用例の「さらに一/一〇程度長くなつている」とは、本願発明の「余分」に巻き付ける角度(θ)に対応すると解するのが自然である。なぜなら、引用発明においては、必要最小限巻き付ける角度(九〇度)と二αとの和の角度に相当する「画像信号を切れ目なく記録するために必要な期間」に次いで、「さらに一/一〇程度長くなつている」期間が存在すると記載されているからである。したがって、審決の上記一致点の認定に誤りはない。
二 取消事由二について
原告は、引用例においては、「音声の記録は、前でも後でもよい」と音声記録位置が選択的に記載されているのに対し、本願発明においては、右記録位置をそのうちの「前」に特定したものであり、その特定に格別の技術的意義が認められるから、両者を一致点とすることはできないとし、審決の認定判断を非難する。しかし、右主張は以下に述べるように、失当である。
審決引用の周知例には、一八〇度の角間隔を保って二個の回転磁気ヘツドが回転体上に取り付けられ、磁化軌跡に記録された情報内容と関連する補助信号を、磁化軌跡の延長上に記録する磁気記録方式が記載されておりその第2図の説明部分には、「各情報の磁化軌跡2の始めの部分をその延長方向に第1図における補助信号の磁化軌跡3に対応する部分まで延長して、その延長部分に補助信号の磁化軌跡4を形成してもよい。」と記載されている(甲第五号証二欄一六行ないし一九行)。周知例記載の「情報信号」、「補助信号」の具体的内容は明らかにされていないが、本出願時点においては、一八〇度の角間隔を保って二個の回転磁気ヘツドが回転体上に取り付けられた装置としてVTRが存在することは周知であり、また、二ヘツドのVTRにおいてテレビジヨン信号は一フイールド期間単位として記録されることは、当業者における技術常識であった。そして、周知例記載の発明は、引用発明と同様、「テレビジヨン信号の録画再生の磁気的なもの」を表す日本特許分類の「97(5)B3」に属していることからも、VTRに関する技術であることが当業者には明らかといえるのであるまた、本出願時点において、二ヘツドのVTRも四ヘツドのVTRも周知であったことからすると、前記「情報信号」が「テレビジヨン信号の画像信号」に、「補助信号」が「音声信号」に対応することは、当業者にとって明らかなことである。
してみれば、周知例記載のものに引用例記載の音声圧縮、伸長の技術を当てはめれば、周知例記載のものが一フイールドを単位として記録することが自明であり、かつ、一フイールドを単位として記録すれば、乙第二号証である昭和三六年特許出願公告第七八三〇号公報の二頁右欄八行ないし一〇行に記載されているように、記録時に画面の中央にノイズが生じないことが周知であるから、選択的に記載されている記録位置からその一つを特定したことに格別の技術的意義があるとはいえないというべきである。したがって、右特定に格別の技術的意義があることを前提とする原告の主張は失当である。
三 取消事由三について
原告は、周知例記載の技術はVTRに関する技術と認識することはできないとするが、前記のとおり右主張は失当であり、当業者は周知例に記載の技術をVTRに関する技術であると充分に認識できることは既に述べたとおりである。そして、審決が述べているように、周知例記載の技術に引用例記載の音声圧縮、伸長の技術を当てはめれば、一フイールドを単位として記録するものとなることが自明であり、かつ、一フイールドを単位として記録すれば、乙第二号証である昭和三六年特許出願公開第七八三〇号公報に記載のように、記録時に画面の中央にノイズが生じないことが周知であることは前述のとおりであるから、「一フイールド期間単位として記録されることは当業者の常識である」ということができる。また、原告は四ヘツド型VTRと二ヘツド型のVTRとの両方式には技術的差異があるから前者を後者に転用することはできないと主張するが、本出願前においては、四ヘツド型VTRも二ヘツド型VTRも共に周知であり、信号の処理方式の相違もそれに伴って周知であった訳であり、技術を転用するにしても周知事項の範囲内でそれぞれのVTRの方式に適合するように変更することは、正に当業者の常識事項であるから、転用が困難であるということはできない。さらに、原告は、テレビジヨン信号を一フイールド単位で記録する場合には音声信号も一フイールドを単位として記録しなければならず、そのような音声信号を記録するための充分なスペースがないと主張するが、本願発明も引用発明も記録媒体上に画像信号に対してほぼ同一比率の音声信号用のスペースが確保されているのであり、記録されている画像信号に対する音声信号用の記録スペースであるという点においては変わりがなく、前記のように、四ヘツド型VTRも二ヘツド型VTRも共に周知である状況においては、いずれの記録方式を採用するかは、単なる設計事項にすぎない。なお、本願発明は二ヘツド型VTRに限定されるものでないことは、甲第三号証一〇欄二五行ないし三二行の記載からも明らかである。
四 取消事由四について
まず、原告主張の「良好な画像」が得られるとの作用効果の点についてみると、乙第二号証には、「一つのヘツドは一フイールドを走査するようにできるから、画面の途中で切換とヘツドの交換による不整現象が生じない。」との記載があり、この記載からも明らかなように、一つのヘツドが一フイールド単位で記録すれば、画面の中央にノイズが発生しないことは既に、本出願前の周知の技術的事項であったものである。また、音声のアフレコ時における再記録音声信号が再生映像信号に混入することに起因して生ずるノイズは、音声信号をテレビジヨン信号の「前」に記録する方式にしても、「後」に記録する方式にしても、二つのヘツド間の距離が等しいので、ノイズのレベルは等しく、画面に現れるノイズの発生する場所が画面の下か上かの相違はあるものの、発生する期間は共にθで等しいからこの点からは、音声信号をテレビジヨン信号の「前」に記録する方式が良いか、「後」に記録する方式が良いかの優劣はいえない。ただ、アフレコ時の垂直同期信号の乱れ、すなわち、「画面の安定」との作用効果については、音声信号をテレビジヨン信号の前に記録する方式の方が勝っているが、この点は、引用例におけるアフレコ時を考慮すべき旨の記載及び周知例における音声信号をテレビジヨン信号の前に記録するとの示唆をみればすぐ判る程度の問題である。したがって、原告主張の良好な画質、及び、安定した画面の各作用効果は、周知例に記載の技術に引用例記載の技術を適用することにより、また、自明の乙第二号証から当業者が充分に認識することができるものといわねばならないから、このような作用効果を格別のものとすることはできず、したがって、この点に関する原告主張も失当である。
第四 証拠
証拠関係は書証目録記載のとおりである。
理由
一 請求の原因一ないし三は当事者間に争いがない。
二 成立に争いのない甲第三号証(本願発明の出願公告公報)によれば、本願発明の概要は、以下のとおりであると認められる。すなわち、本願発明は、複数個の回転ヘツドによって映像信号を不連続な記録軌跡として順次磁気記録媒体上に記録する回転ヘツド型の磁気記録再生装置(以下「VTR」という。)に関する発明である(一欄二〇行ないし二三行)。従来技術においては、映像信号は回転ヘツドにより磁気テープの長手方向に対して傾斜した記録軌跡として順次記録し、音声信号は固定ヘツドにより磁気記録テープの端部に記録する構成が採られていた。しかしながら、磁気記録テープの高密度化が進展するにつれてテープ速度が低速となるため、前記のような従来の音声信号の記録方式では、良い音質を得ることができないという問題点が生じた(二欄二行ないし三欄一五行)。そして、このような問題点の解決策として従来採られていた方法には、磁気テープを収納するカセツトの形状の維持が困難となるものや、音声記録だけを再記録するいわゆるアフレコができない等の問題点を有するものであった(三欄一六行ないし四欄一四行)。そこで、本願発明は、高密度化に適し、かつ、アフレコも可能な音声信号の記録方式の提供を目的(課題)とし(四欄一五行ないし一七行)、特許請求の範囲(一欄二行ないし一八行)記載の構成を採択したものであり、この結果、<1>音声帯域の一五KHzをテープ速度と無関係に確保することができる、<2>ワウ、フラツターの影響を殆ど受けない、<3>音声記録再生用の固定ヘツドが不要となり、ビデオ記録用の回転ヘツドを共用することができる、<4>音声信号のアフレコが可能となる、<5>アフレコ信号の再生映像信号への混入による映像信号のノイズ位置を画面最下端とすることにより、ノイズを目立たなくする、<6>アフレコ時にも、垂直ブランキング期間内にノイズが発生しないことにより、モニター画面の垂直同期が安定する、との各作用効果を奏することを可能としたものである(一〇欄三三行ないし一二欄五行)。
三 取消事由について
1 取消事由一について
(一) 原告は、審決が引用例に「該磁性媒体を前記回転磁気ヘツド用のシリンダーの周囲に巻き付ける角度を通常テレビジヨン信号を記録するに要する巻き付け角度よりも余分に多く巻き付け(る)」構成が開示されているとした点を誤りとし、この点を本願発明と引用発明の一致点とした認定は誤りであると主張するので、この点から検討する。
まず、右の一致点認定における前提となる本願発明の特許請求の範囲における「通常テレビジヨン信号を記録するに要する巻き付け角度」の技術的意義について検討するに、右記載が、本出願前において、VTRにおけるテレビジヨン信号を記録する一般的な巻き付け方式を前提とするものであることは、右の記載自体から明らかであるというべきである。そこで、右の本出願前のVTRにおける一般的なテレビジヨン信号の巻き付け方式について検討するに、成立に争いのない甲第六号証(一九七二年McGRAW-HILL,Charles E.Lowman著「Magnetic Recoding」一八二頁ないし一八七頁)によれば、四ヘツド型VTRにおいては、四つのヘツドは九〇度離れてヘツドドラムの外周に取り付けられていること、映像ヘツドは、テープの上縁から約九〇ミル下方でテープと接触すること(音声トラツクは上端から七五ミルの幅で長手方向に設けられる。)、テープは雌型ガイドによりヘツドドラムの外周に適合するように形作られること、雌型ガイドの高さは、テープの中心線とヘツドドラムの中心線が一致するように設定されなければならないこと、ヘツドが動いているのと同時にテープが長手方向に動いているので、トラツクは前方へのテープの動きのために傾けられ、これにより、次のヘツドチツプが最初のトラツクに対して下流に横たわることを保証すること、任意のトラツクの下部の情報は、次に位置するトラツクの上部にも重複して記録されていること、この重複部分の情報は、四つのヘツドが連続的に駆動されていることからすると冗長な情報であるが、もし、雌型ガイドの高さの設定が、ヘツドドラムの中心線よりも高すぎる場合には、ヘツドは回転の開始部分でテープに接触していないため、回転の開始部分の情報が失われるし、これに対しもし、低すぎる場合には、テープトラツクの下部で情報が失われることそこで、前記の雌型ガイドの高さ設定上のずれを考慮に入れて、必要とする情報よりも多くの情報をトラツクの下部及び次のトラツクの上部に記録する方法を採用していること、以上の各技術的事項が認められ、他にこれを左右する証拠はない。
そうすると、以上の各技術的事項によれば、四ヘツド型VTRにおける映像信号の記録は、本来、前記の雌型ガイドの高さ設定上のずれが生じないものと仮定すれば、四つのヘツドがヘツドドラム上に九〇度の間隔で設けられていることからすると、テープとヘツドとの接触角度は九〇度で足り、これによって連続した映像信号の記録が可能となるはずであるが、前記のような仮定は極めて危険であるため、ずれの生ずるテープとヘツドの当接開始部分(トラツクの上端部分)及び当接終了部分(トラツクの下端部分)での情報の脱落を防止するために、この部分に情報を重複して記録すること、すわなち、テープとヘツドとの接触角度を九〇度以上にして接触にゆとりをもたせることが行われていたものであり、かかる技術的事項は、前記の刊行物の出版年度からみて、本出願前の当業者に周知の技術的事項であったものとみて差し支えがないものというべきである。そして、四ヘツド型VTRであることによって規定される九〇度の巻き付け角度及び前記のずれの発生を想定してのテープとヘツドの当接開始部分及び同終了部分における映像信号の重複記録に要する巻き付け角度は、映像信号の脱落を防止する上で不可欠のものであることから、いずれも映像信号を切れ目なく記録するための不可欠な巻き付け角度というべきであり、他に本件全証拠を検討しても、右の二要素以外にテープとヘツドの当接を必要ならしめる技術的要素を見いだすことはできない。また、その発行年度等からみて本出願前における周知の技術文献であることが明らかな成立に争いのない乙第三号証(昭和四七年三月三〇日日本放送出版協会発行、原正和、高橋三郎著「小型VTR 統一形のしくみと録画の実際」二八頁ないし三〇頁)には、四ヘツド型VTRは世界の放送用VTRの標準方式に採用されていること、この方式においては、ビデオテープは幅二インチのものが使用され、ヘツドドラムと直角方向に走行させること、テープがヘツドに完全に密着するようにヘツドドラムの対向面に精密なテープガイドが設けられており、このガイドによりテープが真空吸引され、一二〇度の円弧状に曲げられて、ヘツドに密着すること等の記載と共に、「各トラツクの両端はいくぶんオーバーラツプされております。これは再生時のトラツクのつぎ目をこの重複期間中ある水平帰線消去信号期間中に行ない、つぎ目が画面の中に現われないように配慮されています。」(三〇頁一九行ないし二五行)との記載が認められ、この記載部分もテープの巻き付け角度に関する前記認定の技術的事項と同様の趣旨を含むものであると解される。なお、前掲甲第三号証によれば、二ヘツド型VTRにおいては、ヘツドが回転ドラム上に一八〇度の角間隔で設置されていることが認められ、この点において四ヘツド型VTRと相違するが、テープとヘツドの当接に関しては、四ヘツド型VTRにおける前記認定のずれの問題は、ヘツド数と関係ないヘツドとテープの当接に起因する技術的要請であるから、前記のテープとヘツドとの当接のずれによる情報の脱落の問題は二ヘツド型VTRにも等しく妥当する問題ということができる。
以上によれば、本出願前におけるVTRに関する周知の技術的事項を踏まえて考えると、本願発明の特許請求の範囲における「通常テレビジヨン信号を記録するに要する巻き付け角度」の技術的意義は、四ヘツド型VTRにおいては九〇度、二ヘツド型VTRにおいては一八〇度の各ヘツド間の間隔によって決定される巻き付け角度にそれぞれテープとヘツドとの当接のずれによる情報の脱落を防止するために情報を重複して記録した巻き付け角度を加えたものを意味するものと一義的に理解することが可能というべきである。
(二) そこで、前項に認定の周知の技術的事項を踏まえて、引用発明について検討する。
成立に争いのない甲第四号証(引用発明の特許出願公開公報)によれば、引用発明は、「テープの幅方向に記録ヘツドを順次走行させ、画像信号を記録するように構成したVTRにおいて各記録トラツクの一部にそのトラツクに記録される画像信号に対応した期間の音声信号を時間軸圧縮して記録するようにしたことを特徴とするVTRにおける音声信号記録方式。」(特許請求の範囲)であり、その詳細な説明には、引用発明の実施例に関して、「4ヘツド形VTRにおいてはテープに各記録ヘツドが接触している期間は画像信号と(「を」の誤記と認められる。)切れ目なく記録するために必要な期間よりもさらに一/一〇程度長くなつている。そこで、本発明ではこの点を利用し、第1図に示すようにテープ1上に各記録ヘツド(図示せず)により少なくとも画像信号を切れ目なく記録するために必要な期間だけ画像信号を記録して画像トラツク2を形成したあとひきつづいて、或はその前に同じヘツドを用いて音声信号を記録して音声トラツク2'を形成する。このために音声信号は1つのヘツドが画像トラツク2を形成する期間に相当する画像記録期間(現用のVTRの一例では1ms)だけ時間軸圧縮してこのヘツドが音声トラツク2'を形成する期間に相当する音声信号記録期間に取り出し記録する。」(二頁左上欄一七行ないし右上欄一一行)との記載が認められるところ、右記載中の四ヘツド型VTRにおける「画像信号を切れ目なく記録するために必要な期間」については、何らの留保がないことからすると、この点については、引用発明の出願前における周知の技術状況を踏まえたものであると推認するのが相当であり、前記認定の本出願前周知の技術的事項を記載した前掲甲第六号証の出版が一九七二年であり、前掲甲第四号証によれば、引用発明の出願は昭和四八年(一九七三年)一一月九日と認められるから、両者は同時期であり、かつ、共に四ヘツド型VTRであることからすると、前記認定の周知の技術的事項が引用発明についても等しく当てはまるものとみて差し支えがないものというべきできあり、これを別異に理解すべき技術的根拠を窺わせる証拠はない。
そうすると、引用発明における前記の「画像信号を切れ目なく記録するために必要な期間」とは、これに引き続いて、あるいはその前に「音声信号を記録して音声トラツク2'を形成する。」ことからみて、四ヘツド型VTRにおける前記認定の周知の技術的事項と同様の巻き付け角度すなわち、九〇度と前記認定のずれによる情報の重複記録部分の両者をもって映像信号が記録されているものと解するのが相当というべきである。なぜなら、このように解さないと、ヘツドと雌型ガイドとのずれに起因して映像信号の脱落を生ずるおそれ、すなわち、画像信号を切れ目なく記録することが不可能となるおそれがあるからである。
してみると、引用発明においても、前記の特許請求の範囲にあるように、「各記録トラツクの一部に、そのトラツクに記録される画像信号に対応した期間の音声信号を時間軸圧縮して記録する」ものであるから、「通常テレビジヨン信号を記録するに要する巻き付け角度よりも余分に」「多く巻きつけ」られていることは明らかというべきである。
(三) 原告は、この点について、本願発明の特許請求の範囲の「通常テレビジヨン信号を記録するに要する巻き付け角度よりも余分にヘツドと磁性媒体が当接しはじめる側に多く巻きつけ(る)」とは、「従来技術において巻き付けられていた角度よりも更に余分にテープをヘツドに巻き付けること」を意味しているのに対し、引用発明は、「通常テレビジヨン信号を記録するに要する巻き付け角度」を利用し、その範囲内において音声信号を記録しようとする技術的思想を開示しているにすぎないから両者は異質の技術といえるのであると主張するので検討するに、まず、本願発明の特許請求の範囲における「通常テレビジヨン信号を記録するに要する巻き付け角度」の技術的意義は、既に前記(一)に説示したようにヘツドドラム上に設けられたヘツドの数に応じて決定される巻き付け角度にテープとヘツドの当接のずれによって生ずる情報の脱落を防止するための重複して巻き付けた角度をいうものであり、本願発明の前記「余分に多く・・・巻き付ける」とは、右の巻き付け角度よりも多く巻き付けることを意味するものであることは、一義的に明らかであり、かかる技術的観点から引用発明をみたとき、同発明においても、「通常テレビジヨン信号を記録するに要する巻き付け角度よりも多く巻き付けている」ことは、本願発明と同様であるから、引用例に「余分に・・・多く巻き付け(る)」等の記載がないことをもって、巻き付け角度において本願発明と異なるとすることはできない。また、アフレコ時における音声信号に起因する画像信号及び垂直同期信号への干渉、影響を実害のない範囲に止め、もってきれいな画質及び安定した画面を実現するという本願発明の作用効果は、後述するとおり、本願発明における前記の「余分に・・・多く巻き付け(る)」構成と「音声信号の記録位置」に関する構成及び「一フイールドを単位として記録」する構成等のその余の構成要件との組合せの結果、奏する作用効果であり、右「余分に・・・多く巻き付け(る)」構成のみの作用効果ではないから、これを引用発明と対比して、技術的思想が異なるとすることは比較の方法において相当ではなく、採用できない。なお、以上のような組合せの奏する作用効果の意義については後に検討するとおりである。
(四) 以上の次第であるから、審決の前記一致点の認定に誤りはなく、取消事由一は採用できない。
2 取消事由二について
原告は、審決が引用例に「音声の記録は、前でも後でもよい」と記載されていることを指摘し、引用発明において、右「音声」を「前」に記録する場合には、音声信号の記録位置の点において本願発明と一致するとした認定について、引用例に右審決指摘の記載があることは認めた上で、音声信号の記録位置に関する両者の技術的意義は異なるとして、右一致点の認定は誤りであると主張する。
そこで検討するに、引用例に「音声の記録は、前でも後でもよい」と記載されている事実は当事者間に争いがなく、また、前記認定のように、引用例には、四ヘツド型VTRに関して、「画像信号を切れ目なく記録するために必要な期間だけ画像信号を記録して画像トラツク2を形成したあとひきつづいて、或はその前に同じヘツドを用いて音声信号を記録して音声トラツク2'を形成する。」との記載があるのであるから、この記載における画像トラツク2の前に音声トラツク2'を形成する場合は、本願発明の「テレビジヨン信号が記録された各記録軌跡の延長上で、各記録軌跡の始めの部分に記録される垂直同期信号の記録位置よりも手前の部分に・・・音声信号を記録」する場合における音声信号の記録位置と同一であり、したがって、この点を一致点とした審決の認定に誤りはない。
この点について、原告は両者における音声信号の記録位置が有する技術的意義は異なると主張するところ、その主張は要旨、アフレコ時においては一方のヘツドで画像を再生すると同時に他方のヘツドで音声を記録するため、記録用の音声信号が画像再生ヘツドに干渉して再生画像が乱れるという問題点がある、そこで、本願発明においては、一フイールド単位で画像信号を記録し、その前に音声信号を配置することによりアフレコ時、再生画面に実質的影響を及ぼさないように配慮したものであり、音声信号の記録位置はかかる技術的意義を有する点において引用発明における音声信号の記録位置と技術的意義を異にするというものである。右主張からも明らかなように、原告のこの点に関する主張は、音声信号の記録位置に関する構成と、一フイールドを単位として画像信号を記録するとの構成の組合せの結果奏する作用効果の主張であり、この組合せの奏する作用効果をもって引用発明において採用された音声信号の記録位置と技術的意義が異なるとするものであるから、この点は相違点<1>に関する後記3並びに相違点<2>及び本願発明の作用効果の顕著性に関する同4において検討するのが相当というべきである。
3 取消事由三について
まず、原告は、審決が相違点<1>の判断において周知例として援用した昭和四五年特許出願公告第二八六九号に記載の技術はVTRに関する技術とはいえないと主張するので、この点から検討することとする。成立に争いのない甲第五号証(周知例に関する特許出願公告公報)によれば、同公報記載の発明は、日本特許分類の「一〇二E三二」、「一〇二E〇」、「九七(5)B三」に分類され、その名称を「磁気記録方式」とするものであることが認められるところ、成立に争いのない乙第一号証によれば、右「九七(5)」類は、「テレビジヨン」に関する事項の分類であり、その「B」は「テレビジヨン信号の録画、再生」であり、さらに、その「三」は「磁気的なもの」を、また、右「一〇二E」は、「音響装置」における「磁気的録音、再生」であり、さらに、その「三二」は「被変調信号を録音再生するもの」を意味するものであることが認められるから、前記の分類によれば、右公報記載の技術的事項がテレビジヨン信号の録画及び再生、すなわち、VTRに関する技術であると当業者において認識することができるものと判断して差し支えがないものというべきであるから、この点に関する原告の主張は採用できない。そして、前掲甲第五号証によれば、同号証記載の発明は、本出願より八年以上前の昭和四五年一月三〇日に出願公告されている事実が認められるから、この事実によれば、同号証記載の技術的事項は本出願前において周知であったものと認めて差し支えがないものというべきである。
そこで、右周知の技術的事項についてみるに、前掲甲第五号証によれば前記公報記載の発明の実施例を図示した第3図に関し、「5は回転磁気ヘツド装置を示し、これは例えばほぼ一八〇度の角間隔を保つて回転磁気ヘツド6aおよび6bが回転体7に取付けられ、この回転体はモーター8にて回転せしめられ、また回転磁気ヘツドの回転円と接近し、その軸心と同軸をなす磁気テープ案内筒体9が設けられて構成される。この筒体9に沿つてその軸に対し斜めに磁気テープ1が案内移送せしめられ磁気テープ1上にその長手方向に対し斜めの磁化軌跡2が順次形成され、またはこれより再生されるようになされる。この場合磁気ヘツド6aにて1つの磁化軌跡2が形成されるとき、これと隣接する磁化軌跡は他方の磁気ヘツド6bにて形成されるものである。」(二欄二二行ないし三四行)との記載が認められるところ、この第3図と前掲甲第三号証(本願発明の出願公告公報)の第1図を対比すれば、当業者において、前掲甲第五号証記載の発明が二ヘツド型VTRに関する発明であると認識することは容易であると判断できるから、同号証に記載の「情報信号」、「補助信号」がそれぞれVTRにおける「映像信号」(「画像信号」)、「音声信号」に相当するものと理解することは充分に可能というべきである。そして、前掲甲第五号証には、「本発明はかかる点に鑑み情報信号を記録する磁気ヘツドにて補助信号を磁化軌跡の延長に記録し、上述せる情報信号と補助信号との記録時における相対関係が何等制御手段を施す事なく自動的に得られるようになし、また磁気媒体の停止時においても情報信号のみならず補助信号をも再生し得るようにせんとするものである。即ち一般に磁気媒体の長手方向に対し横方向の磁化軌跡を順次に形成する場合は一本の磁化軌跡の終りの部分と隣接の磁化軌跡の始めの部分とは同じ情報が記録され、再生時において一つの磁化軌跡から次の磁化軌跡に移る場合情報の切断がなされないようになされている。よつてかかる磁化軌跡の情報の重複部分の一部に補助信号を記録することができる。または各情報の磁化軌跡2の始めの部分をその延長方向に第一図における補助信号の磁化軌跡3に対応する部分まで延長して、この延長部分に補助信号の磁化軌跡4を形成してもよい。」(二欄二行ないし一九行)との記載が認められるところ、前記のとおり、右周知例には二ヘツドのVTRが開示されており、右「情報信号」、「補助信号」はそれぞれVTRにおいては「映像信号」、「音声信号」と理解することが可能であるから、結局、右周知例には、二ヘツド型VTRにおいて、磁性媒体をガイドドラムの外周に一八〇度を超える角度で巻き付け、一八〇度を超える部分に音声信号を記録することが記載されているものと理解することが可能というべきである。そして、成立に争いのない乙第二号証(昭和三六年特許出願公告第七八三〇号公報)によれば、二ヘツド型VTRにおいて、テープに斜め方向に設けられた一本の記録軌跡に一フイールド分の記録を行うことが可能であることは本出願前周知であったものと認めることができ、他にこれを左右する証拠はなく、したがって、以上によれば、前記の各周知技術に基づいて、相違点<1>を格別のものとすることができないとした審決の判断に誤りがあるとすることはできない。なお、前掲甲第三号証によれば、本願明細書には、「本発明では2ヘツドヘリカルスキヤン方式VTRにおいて音声信号を圧縮して回転ヘツドで記録する場合について述べたが、必ずしも2ヘツド方式にかかわらず、複数ヘツドで連続信号を不連続軌跡としてオーバーラツプ記録するような装置に応用できる。」(一〇欄二五行ないし三〇行)との記載が認められ、この記載によれば、本願発明者も二ヘツド型VTRと四ヘツド型VTRとの互換性は困難ではないとの認識を有していたものと推認することが可能というべきである。
以上の次第であるから、相違点<1>に対する審決の判断に誤りはなく、取消事由三は採用できない。
4 取消事由四について
テレビジヨン信号の始めの部分に垂直同期信号を記録すること自体が当業者の常套手段であることは当事者間に争いがないが、問題は、本願発明の他の構成との関係において垂直同期信号の前記の記録位置の技術的意義を格別のものとすることはできないとした審決の判断の当否にあるので、以下、この点について検討する。
原告は、この点について、垂直同期信号、テレビジヨン信号、時間圧縮した音声信号の順序に記録した場合には、アフレコ時における音声信号が垂直同期信号を乱して画面の安定を損なうところ、本願発明の採用した各信号の記録順序によれば、画面の安定の作用効果が得られると主張する。そこでこの点をみるに、前掲甲第三号証には、「(5) さらに前に記録された音声信号の上に再記録する場合には、音声再記録(アフターレコーデイング)時にモニターする映像信号のビデオヘツド再生レベルに対して、再記録する音声信号の記録レベルが大きいためロータリートランス等で再記録音声信号が再生映像信号に混入しノイズになるが、また、第8図の場合のように時間圧縮音声信号記録位置が各記録トラツクの始めにある場合には、モニター画面上のノイズ位置は画面の最下端になりあまり目立つことがなく、さらに大きな特徴は垂直ブランキング期間にノイズが発生せず、モニター画面の垂直同期が乱されることがなく(特にアフレコ時にも画面は安定)という利点がある。」(一一欄一六行ないし一二欄五行)との記載があり、この記載によれば、原告主張の作用効果が期待できるものと認められる。ところで、右の画面上のノイズが目立たないこと及び画面の安定が得られることの各作用効果は、二つのヘツドが処理する信号相互間の干渉の問題であることは、右記載から明らかであるところ、本件全証拠を検討しても、かかる信号相互間の干渉の問題が本出願前に知られていなかった新たな技術的問題であることを認めるに足りる証拠はなく、かえって前掲甲第三号証の前掲部分は、右干渉の問題が存在することを当然の前提として、その解決策を提示していることからすると、前記信号相互間の干渉の問題の存在は本出願前の周知の技術的事項であったものと推認することができ、他にこの推認を左右する証拠はない。してみると、かかる干渉問題は、二ヘツド型VTRにおいては、二つのヘツドは一八〇度の間隔でヘツドドラム上に設けられていることは既に認定したとおりであるから、一方のヘツドが音声信号を記録する場合には、他方のヘツドがテレビジヨン信号あるいは垂直同期信号を再生することになることはヘツドの前記の取付位置から明らかないわば自明の技術的事項であり、したがって、以上の当業者に明らかな技術的事項を前提とするならば、アフレコ時における音声再記録の場合に、前記の干渉問題を回避するために、前記の各信号の記録位置をいかなる順序にすることが妥当であるかは、当業者であれば、容易に想到し得る程度の事項であったものといって差し支えがないものというべきである。そして、以上に加えて、VTRに関する技術的事項が記載されているものと認めて差し支えがないことは既に認定したとおりである周知例には、音声信号(補助信号)をテレビジヨン信号(情報信号)の前に記録することが記載されているのであるから、この点からみても、本願発明における時間圧縮された音声信号、垂直同期信号及びテレビジヨン信号の記録順序をもって、当業者が容易に想到し得ないものということはできないものであるし、本願発明の原告主張の前記<ア>ないし<ウ>の組合せによる前記良好な画像及び画面の安定の各作用効果も当業者が予測し得ない格別の作用効果ということは困難といわざるを得ない。
そうすると、相違点<2>に対する審決の判断に誤りはなく、また、本願発明の奏する作用効果のうち、前記二に認定の本願発明の課題とした音声信号の高密度化に適した記録再生及びアフレコ可能な音声記録方式の提供という主要な作用効果である<1>ないし<4>の各作用効果はテレビジヨン信号の延長上に音声信号を記録する方式の引用発明においてもいずれも同様に奏するものと認められるから、結局前記二に認定の本願発明の奏する<1>ないし<6>の各作用効果をもって、いずれも当業者において予測することが困難な格別なものとすることはできないというべきである。
したがって、また、審決に本願発明の顕著な作用効果を看過した違法もないというべきである。
5 以上の次第であるから、取消事由はいずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。
四 よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)
別紙図面(一)
<省略>
別紙図面(二)
<省略>
別紙図面(三)
<省略>