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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)49号 判決 1992年3月25日

原告

株式会社百又

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  特許庁が、平成2年10月18日、同庁平成2年審判第865号事件についてした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年12月8日、名称を「水耕栽培装置」とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録出願をしたところ、平成元年11月27日、拒絶査定を受けたので、平成2年1月25日、これに対する審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成2年審判第865号事件として審理し、平成2年10月18日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年12月25日、原告に送達された。

二  本願考案の要旨

貯水槽(1)と、該貯水槽の上方に配備され底板(21)から所定の高さ位置に多孔質の苗床板(4)を備えた水耕栽培槽(2)と、貯水槽(1)の水を栽培槽(2)に汲み上げるポンプ(3)と、栽培槽(2)に配備され該栽培槽に流入する水を貯水槽(1)に戻すサイホン(5)と、貯水槽(1)中に配備され、宝永石の如くAl、Ca、Mg、Mn等の金属成分を含有し、水道水をミネラルイオン水に代える作用のある自然石とで構成され、サイホン(5)の上端は栽培槽(2)の苗床板(4)高さに略等しく、流入口(51)は栽培槽(2)の下部に位置し、流出口(52)は貯水槽(1)上に位置しており、サイホン管の排水能力は栽培槽への流入量よりも大きく設定されている水耕栽培装置(別紙本願考案図参照)。

三  本件審決の理由の要点

1  本願出願の日は前記一記載のとおりであり、本願考案の要旨は前記二記載のとおりと認める。

2  これに対して、原査定の拒絶理由に引用した実開昭52―83943号(以下「引用例」という。)には、「貯水槽と、底から所定の高さ位置に穴を有する栽培板を具えた栽培槽と、貯水槽の水を栽培槽に汲み上げるポンプと、栽培槽に配備され該栽培槽に流入する水を貯水槽に戻すサイホンと、吸水口は栽培槽の下部に位置し、排水口は貯水槽上に位置している水耕栽培装置及び貯水槽11の水10を栽培槽5にもどすポンプ12を備え、栽培水4の水位が一定以上に達するとサイホン9が作動し、栽培水4の水位が吸水口6の近傍にまで下がる」点が記載されている。

3  そこで、本願考案と引用例に記載のものとを対比すると、まず、引用例に「貯水槽11の水10を栽培槽5にもどすポンプ12を備え、栽培水4の水位が一定以上に達するとサイホン9が作動し、栽培水4の水位が吸水口6の近傍にまで下がる」と記載されていることから、サイホン管の排水能力は栽培槽へ流入する水量よりも大きく設定されていることは自明のことであり、また、本願考案の「多孔質の苗床板」「流入口」「流出口」は、「穴を有する栽培板」「吸水口」「排水口」にそれぞれ相当するから、結局両者は、「貯水槽と、底から所定の高さ位置に穴を有する栽培板を具えた栽培槽と、貯水槽の水を栽培槽に汲み上げるポンプと、栽培槽に配備され該栽培槽に流入する水を貯水槽に戻すサイホンと、流入口は栽培槽の下部に位置し、流出口は貯水槽上に位置しており、サイホン管の排水能力は栽培槽へ流入する水量よりも大きく設定されている水耕栽培装置」である点で一致し、(1)本願考案では「貯水槽(1)中に配備され、宝永石の如くAl、Ca、Mg、Mn等の金属成分を含有し、水道水をミネラルイオン水に代える作用のある自然石とで構成され」、(2)「サイホン(5)の上端は栽培槽(2)の苗床板(4)高さに略等しく」したのに対し、引用例ではそれらの点の具体的な記載がないことで相違している。

4  次にこの相違点について検討すると、(1)については、植物の栽培手段において、麦飯石の如くAl、Ca、Mg、Mn等の金属成分を含有し、水を浄化する作用のある自然石を使用することは出願前周知である(例えば、特開昭53―69134号公報及び実開昭58―65856号公報参照のこと)。(2)については、当業者にとつては対象とする植物の種類に応じてそれに適当な根部の浸り具合を保証するようにサイホン上端の高さを設定するのが通常であるから、この点は単なる設計変更にすぎない。

ところで、引用例に記載された水耕栽培装置における貯水槽に上記周知の事項を採用し本願の考案を構成することは、当業者にとつて極めて容易になし得ることである。

そして、本願考案の要旨とする構成によつてもたらされる効果も、引用例に記載された考案から当業者であれば予測することができる程度のものであつて、格別のものとはいえない。

5  したがつて、本願考案は引用例に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法第三条第二項の規定により実用新案登録を受けることができない。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、引用例の記載事項の認定を誤り、サイホン管の排水中もポンプが揚水を継続するものであると誤認し(取消事由1)、周知技術の新たな提示については拒絶理由を通知し、これに対する意見陳述の機会を与えなければならないのにこれを怠り(取消事由2)、しかも周知技術でないものを周知技術であると認定を誤つた(取消事由3)結果、本願考案が引用例に記載された考案に基づいてきわめて容易に考案をすることができたものであると誤つて判断したものであるから、違法として取り消さなければならない。

1  取消事由1について

本件審決は、引用例に記載のサイホン管の排水能力は栽培槽へ流入する水量よりも大きく設定されていることは自明とした。

しかし、本件審決の右結論が妥当するのは、サイホン管の排水中も、ポンプは止まらず揚水を継続している場合に限られる。ところが引用例中には、サイホン管の作動中、ポンプは運転を続けているのか、停止しているのか記載はない。したがつて、引用例には、本件審決の前提事項を裏付ける記載は見当らず、ポンプが常時動いていることを正当とする事情も存しない。むしろサイホン管の排水中もポンプが揚水を続けることは不経済であるから、サイホン管の排水中は、ポンプは停止していると考える方が常識的である。

なお、被告は、乙第一ないし三号証を示し、水耕栽培装置において、ポンプにより連続的に給液させるのが技術常識であると主張している。

しかし、乙第一号証及び同第二号証が公告されたのは、引用例が出願される僅か三か月前である。そして、乙第三号証が公開されたのは、引用例の出願後であるから、引用例において乙第一ないし三号証の内容を技術常識とすることはできない。

2  取消事由2について

原査定は、甲第三号証のクレームを対象とし、引用例を周知例とした。ところが本件審決は、甲第四号証のクレームを対象としたから、新らたな周知例(甲第六号証、甲第七号証)を出願前周知の例として引用し、結論した。

甲第六、七号証の周知例は、甲第四号証のクレーム中、「栽培槽中に配備され、金属成分を含有して、水道水をミネラルイオン水に代える作用のある自然石」の構成が、出願前周知であることを示すために引用されたものである。

クレーム中の「自然石」は、本件実用新案登録出願の必須構成であるから、この構成要件に対する拒絶理由は、実用新案法第四一条で準用する特許法第一五九条第二項の規定により、出願人に対して拒絶理由通知をし、意見を述べる機会を与えるべきであつた。

甲第六、七号証は、本件審決中で初めて引用された周知例であるから、原告は意見を述べる機会が奪われたまま、審決を受けたのである。したがつて、本件審決は、特許法第一五九条第二項で準用する特許法第五〇条の規定に反して行われた違法がある。

3  取消事由3について

本件審決は、植物の栽培手段において、麦飯石の如く金属成分を含有し、水を浄化する作用のある自然石を使用することは出願前周知であると認定し、その実例として甲第六、七号証を示した。

自然石は、どの様な形態で植物栽培手段のどの場所へ、どの様に配置するかが大切である。本願考案は、自然石を砂利形式で、貯水槽の中へ配置し、水中に沈めて使用している。一方、甲第六号証は、麦飯石を微粉末にして水の懸濁液となし、萠やしを漬け込んでいるから、自然石の形態、設置場所、用法が本願考案とは全く異なる。また、甲第七号証は、麦飯石を容れた袋をマツト状にして、海苔養殖するから、本願考案とは一層異なる。

本件審決は、本願考案の自然石の形態、設置場所、用法が甲第六、七号証とは相異する点を看過し、本願考案を周知例と同一とした点で、本願考案を誤認している。

第三請求の原因に対する認否及び主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認め、同四の主張は争う。

二  本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。

1  取消事由1について

引用例のサイホンとポンプは、その実用新案登録請求の範囲の記載から明らかなように、「サイホン管の排水中はポンプを停止する」ための具体的手段(例えば、水位とか、流速を検知する手段等)は示されていないこと、また、発明の実施例の断面図である図面にもポンプ以外に他にそれを停止させる手段が開示されていないことからポンプは常時運転を続けている(すなわち、ポンプは止まらず揚水を継続している)と解するのが自然である。

そして、一般に、ポンプ及びサイホンを利用した水耕栽培装置においては、ポンプにより連続的に給液させるのが技術常識である(乙第一号証ないし第三号証参照)ことを合わせて考慮すれば、尚更のこと、そのことがいえるのである。原告の不経済であるからサイホン管の排水中はポンプを停止しているということの主張には根拠がなく、不自然な解釈といわざるを得ない。

2  取消事由2について

本件審決が本願考案の進歩性を否定したのは、原査定の拒絶理由で引用された引用例を使つてであつて、周知例からではない。周知例は、審判段階で補正によりされた明細書の実用新案登録請求の範囲の補正事項(本願考案の必須の構成要件の追加)について、それが、本願考案の出願前既に周知の技術的事項であつたことを、審判中で補足的に例示したに止まり、拒絶の理由に追加や変更を加えるものではない。

したがつて、本件審決に、特許法第一五九条第二項で準用する特許法第五〇条の規定についての法令違背はない。

3  取消事由3について

本願考案の自然石についての構成は、実用新案登録請求の範囲の記載のとおり「貯水槽(1)中に配備され、宝永石の如くAl、Ca、Mg、Mn等の金属成分を含有し、水道水をミネラルイオン水に代える作用のある自然石」となつており、自然石の作用について限定はあるものの、形態については何ら規定はなく、原告のいう「自然石を砂利形式で」の点は、実用新案登録請求の範囲の中に記載されてはいない。したがつて原告の主張は根拠のないことを前提としたものであり失当である。

さらに、原告は「設置場所、用法が本願考案とは、全く異なる。」と主張するが、実用新案登録請求の範囲から明らかなように、自然石に関しては「貯水槽(1)中に配備され、宝永石の如くAl、Ca、Mg、Mn等の金属成分を含有し、水道水をミネラルイオン水に代える作用にある自然石」と記載されており、自然石の普通の使用態様(麦飯石は吸着機能、浄化機能、ミネラル溶出機能等を有するため、それと接触させた水を利用することによつて農業、水産業、園芸等に広く使用されている。)の範囲であつて、特有の設置場所や用法で使用したものではない。

第四証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び本件審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二  本願考案について

成立に争いのない甲第二号証ないし第四号証によれば、本願明細書には、本願考案の技術的課題、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

1  技術的課題

(一)  本考案は、家庭でかいわれ大根、しめじ、その他水耕栽培できる植物を栽培するのに適した小型の水耕栽培装置に関する。(甲第二号証第一頁一六行ないし一八行)

(二)  近時、サイホン及びポンプを利用して水を循環させる方式の小型水耕栽培装置が提案されている(例えば実開昭52―83943号)。

上記小型水耕栽培では、栽培槽と、該槽の下方に配備した貯水槽との間をサイホンとポンプによつて水道水を循環させ、栽培植物が吸収し或は自然蒸発した水の不足分だけ補充している。

従つて上記の装置を長期間、使用していると、水の腐敗、水苔の発生の問題が生じる。又、水道水は、ミネラル分の不足や、酸性、アルカリ性の偏り等の水質の悪さはいかんともし難く、加えて、塩素殺菌剤が水質を一層悪化させているのが現状である。……

本考案は、貯水槽に収容した特殊天然石の作用によつて上記問題を解決できる水耕栽培装置を明らかにするものである。(甲第四号証第二頁六行ないし第三頁二行)

2  構成

本願明細書の実用新案登録請求の範囲記載の構成の採用

3  作用効果

(一)  種子及び生育して生えた根は水位が下つている間は空気に触れて酸素を直接吸収するので、成長が促され、水位が上れば水に漬かつて充分な湿度を与えられる。(甲第二号証三頁一三行ないし一六行)

(二)  貯水槽(1)に収容した特殊天然石が該槽中の水に溶け込んでいるカドミニウム、POB、水銀等の有害物質を吸収し、その中和、解毒を図る。合わせて石に含まれるAl、カルシウム、マグネシウム、マンガンなどのミネラル成分がイオンの形で溶け出し、水の有効ミネラルを豊富にし、「死に水」とも言える水道水を「活き水」に変える。この「活き水」は、水耕栽培植物の発育を増進すると共に、植物に有効成分が蓄積され、植物を介して該有効成分が体内に吸収される効果がある。(甲第四号証第四頁一行ないし一〇行)

(三)  栽培槽への水の汲み上げは連続運転のポンプで行ない、栽培槽から貯水槽への水の排出はサイホンで行ない、フロートスイツチや弁を用いた(「用いない」の誤りと認める。)ので、故障の虞れは殆んどない。(甲第二号証第三頁一七行ないし末行)

三  取消事由1について

1  原告は、「引用例には、ポンプが常時動いていることを正当とする事情は存しない。むしろサイホン管の排水中もポンプが揚水を続けることは不経済であるから、サイホン管の排水中は、ポンプは停止していると考える方が常識的である。」旨主張する。

しかしながら、サイホン管の排水中は、ポンプが自動的に停止する構成とするためには、サイホン管の作動・停止を感知する感知手段と、右感知手段の感知に従つてポンプの駆動・停止を制御するための制御手段等を要することは技術常識であるところ、成立に争いのない甲第五号証によれば、引用例の実用新案登録請求の範囲の項には、「排水口8が栽培槽5の外下部に開口するサイホン9を備え、排水口8から排水された水10を収容する貯水槽11を備え、貯水槽11の水10を栽培槽5にもどすポンプ12を備え、栽培水4の水位が一定以上に達するとサイホン9が作動し、栽培水の水位が給水口6の近傍にまで下がる」と記載されており、引用例には、貯水槽11の水を栽培槽5に汲み上げるポンプ12と栽培槽5に流入する水を貯水槽11に戻すサイホン9が記載されているものと認められるが、引用例の実用新案登録請求の範囲の他の記載、図面の簡単な説明の欄の記載及び図面(本判決別紙引用例図参照)を参酌しても、「ポンプ12をサイホン9の作動・停止と連動して駆動・停止させる」ことについての記載がないことは勿論のこと、それを示唆させる記載もないものと認められる。

したがつて、引用例には、「ポンプ12をサイホン9の作動・停止と連動して駆動・停止させる」機構がないものとみるのが相当である。

2  成立に争いのない乙第一、二号証によれば、乙第一号証及び第二号証の各実用新案公報には、次の通り記載されていることが認められる。

(一)  この液位変更手段5はサイホン原理を利用したものであつて、……液面が第3図のように排液管18の上端高さAまで上昇したときから……排出されるが、その溢流量は液位上昇と共に次第に増し……最後に液ばかりが排出されるとサイホン現象が発生し、帽体19および排液管18が作る逆U字状環状通路において、給液量よりも大なる流量で急速に排液される。(乙第一号証一頁第2欄二二ないし三三行)

ポンプ10による給液が続行される限り、自動的に排液が反復され、栽培槽3内の養液14は給液側から排液側へ流動する。(同号証第二頁第3欄九行ないし一一行)

(二)  この給液は、空気ポンプを働らかせる限り、連続的に一定の流量で行われる。栽培槽1への上記連続的な給液により、栽培槽1内の液位は上昇し、……液位が第3図に示すaの高さ近くまで達した時点では、排液管9上端部の連通路10に養液がほぼ充満して、排液管9からの排液は逆U字型環状連通路10内と外気とを遮断する閉鎖流の状態となり、同状態での連続的な排液によつて、栽培槽1内の養液は上記ポンプ7による給液量よりも多く排出されることになる。(乙第二号証第一頁第2欄一六行ないし三一行)

右事実によれば、乙第一号証及び第二号証の各公報は、いずれも「ポンプとサイホン管を利用して水を循環する水耕栽培装置」に関するものであり、かつ、右各装置は、「ポンプは連続運転されるものであるとともに、サイホン管の排出能力は栽培槽にポンプで流入する水量よりも大きく設定される」ものであると認められるものである。

原告は、乙第一号証及び乙第二号証が公告されたのは、引用例が出願される僅か三か月前であるから、引用例において乙第一号証及び乙第二号証の内容を技術常識であるとすることができない旨主張する。

しかしながら、前掲乙第一、二号証、成立に争いのない乙第三号証によれば、乙第一号証及び乙第二号証記載の各実用新案公報が公告されたのは、引用例が出願される三か月前であるが、それが公開されたのは、引用例が出願される一年半以上前であり、また、乙第三号証記載の発明が出願されたのは、引用例が出願される六か月も前であって、そこには乙第一、二号証と同旨の技術内容が記載されていることが認められるから、引用例において乙第一号証及び乙第二号証に記載された技術内容は、水耕栽培装置の技術分野において、周知の事項であつたものと解される。

3  以上の事実によれば、引用例には、「ポンプ12をサイホン9の作動・停止と連動して駆動・停止させる」ことについての記載もそれを示唆させる記載もない上、「ポンプは連続運転されるものであるとともに、サイホン管の排出能力は栽培槽にポンプで流入する水量よりも大きく設定される」ことが、引用例の出願当時、当業者にとつては周知であつたと認められる。

したがつて、本件審決が、引用例について、「サイホン管の排出能力は栽培槽へ流入する水量よりも大きく設定されていることは、引用例から自明である」と認定したことに誤りはない。

四  取消事由2について

原告は、甲第六号証及び第七号証は、本件審決中で初めて引用された周知例であるから、意見を述べる機会を奪われた旨主張する。

しかしながら、本件審決は、植物の栽培手段(植物の栽培の技術分野)において、「麦飯石の如き水を浄化する作用のある自然石を使用する」技術的事項が本件出願前周知であることを認定し、その例示として特定の刊行物である参照例を挙げているものである。そして、前記の技術的事項が周知の技術的事項と認められるものであることは、後記五記載のとおりであり、本件審決が参照例として特定の刊行物を挙げたのは、それらの事項が周知であることについて単に参考までに示したにすぎないというべきである。

したがつて、前記周知技術の提示あるいは該周知技術の参照例の提示については、実用新案法第四一条で準用する特許法第一五九条第二項に基づく拒絶理由を通知し、意見陳述の機会を与える必要は認められないので、原告のこの点に関する主張は理由がない。

五  取消事由3について

1  成立に争いのない甲第六号証によれば、甲第六号証の公開特許公報は昭和53年6月に公開されたものであり、同公報には、植物を栽培(発芽・育成)する手段として水を用いる場合において、該水を浄化させるために麦飯石の如き自然石を使用すること、麦飯石は、タンク内に配備し、通常大豆大の粒体を使用すること、麦飯石は、ミネラル分を溶出して水に活性を与え、水中の汚濁物質を吸着浄化して水質を改善することが記載されているものと認められる。

また、成立に争いのない甲第七号証によれば、甲第七号証の公開実用新案公報は昭和58年5月に公開されたものであり、同公報には、海苔を養殖する手段として海水を用いる場合において、麦飯石の如き自然石を使用することが記載されているものと認められる。

右事実によれば、甲第六号証及び甲第七号証の各公報は、いずれも本願の出願前に頒布された刊行物である上、麦飯石が水を浄化する作用を有することが周知であることは当裁判所に顕著であるから、右各公報によつて、「植物を栽培する手段として水を用いる場合において、該水を浄化させるために麦飯石の如き自然石を使用する」手段が本件出願前に周知であつたと解される。

2  原告は、甲第六号証及び甲第七号証に記載のものは、「水耕栽培」の例ではなく、水耕栽培装置中に自然石を配置することは、新規であり、周知技術ではない旨主張する。

しかしながら、本件審決は、「植物の栽培」において周知であると認定しているものであつて、「水耕栽培」において周知であると認定しているものではないから、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、本願考案は「自然石を砂利形式で、貯水槽の中へ配置し、水中に沈めて使用する」ものであるから、甲第六号証及び甲第七号証記載のものとは相違する旨主張する。

しかしながら、本願考案の自然石に関する構成は、「貯水槽(1)中に配備され、宝永石の如くAl、Ca、Mg、Mn等の金属成分を含有し、水道水をミネラルイオン水に代える作用のある自然石」であつて、自然石を貯水槽中に配備する構成は記載されているものの、自然石を「砂利形式」で配置することについては何ら記載していない。

したがつて、自然石を「砂利形式」で配置することについての原告の主張は、本願考案の構成に基づかない主張であつて理由がない。

3  したがつて、本件審決が、「植物の栽培手段として、麦飯石の如くAl、Ca、Mg、Mn等の金属成分を含有し、水を浄化する作用のある自然石を使用することは、出願前周知である」と認定したことに誤りはない。

六  よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 裁判官 島田清次郎)

<以下省略>

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