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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)87号 判決 1992年7月28日

東京都千代田区有楽町1丁目4番1号

原告

電気化学工業株式会社

同代表者代表取締役

志村文一郎

同訴訟代理人弁理士

吉嶺桂

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

同指定代理人

野村康秀

加藤公清

廣田米男

武井英夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者双方の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が昭和62年審判第8441号事件について平成3年2月21日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年6月11日、名称を「複合プラスチックシート」とする発明(以下「本願発明」という。)について、特許出願(昭和56年特許願第89991号)したが、昭和62年3月10日拒絶査定を受けたので、同年5月21日査定不服の審判を請求し、昭和62年審判第8441号として審理され、特許出願公告(平成1年特許出願公告第43622号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成3年2月21日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年4月1日原告代理人に送達された。

2  本願発明の要旨

ポリスチレン系又はABS系樹脂シート基材の両面に、樹脂100重量部当りカーボンブラックを5~50重量部含有し、しかもその表面比抵抗値が1010Ω以下であるポリスチレン系又はABS系樹脂のフィルム又はシートを共押出により一体に積層した後、得られた積層体を圧空又は真空成形することを特徴とする半導体包装用表面導電性複合プラスチック容器の製造方法

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、本件出願前頒布された昭和50年特許出願公開第91677号公報(以下「第一引用例」という。)には、カーボンブラックを含有するポリエステルフィルム(第一成分)を、カーボンブラック無添加のポリエステルフィルム(第二成分)の少なくとも一面に、共押出により積層した積層ポリエステルフィルムについて記載されており、カーボンブラック添加量は、「好ましくは5~25重量%がよい。」「この範囲の添加量では得られるフィルムの表面抵抗率は1016Ω以下の値である。」(2頁右下欄11~18行)、「5重量%以下の場合の表面抵抗率が1015~1013Ω以上であり」(2頁左下欄下から2行~最下行)と記載されて表面導電性の良いことが示されており、さらに、「用途によっては、第二成分の…両面に第一成分を積層した…三フィルムであってもよく」(4頁右上欄6~8行)とも記載されており、この記載は両面を導電性フィルムとした三層構造を取り得ることを開示しているものである。そして、該積層フィルムが、「ポリエステルフィルムが一般に有する優れた強度、こしの強さ」等に加え、「電気伝導性、寸法安定性、離形性に優れ」ており(1頁左欄下から2行~右欄2行)、その用途に関する「導電フィルムとした場合…静電防止用…等に用いられ」、「カーボンブラックを含む面の離形性、寸法安定性が良好であることから成型加工して黒色有形物として用いられる」(4頁右上欄下から3行~左下欄3行)という記載、及び実施例1で「形のよい、ひび割れ、破損、破断のない、箱」を得ていることからみて、静電防止効果のある表面導電性複合プラスチック容器を得ることができることが実質的に記載されているといえる。

(3)  そこで、本願発明と第一引用例記載の発明とを比較検討してみるに、両者は、カーボンブラックを含有させた樹脂フィルムを樹脂シート基材両面に共押出により一体に積層した積層体を成形して表面導電性複合プラスチック容器を製造する点で一致し、表面層のカーボンブラック配合量、表面比抵抗値も重複しており、ポリスチレン系樹脂の成形法として圧空又は真空成形法は本件出願前周知であることを考慮すれば、両者は、<1>第一引用例記載の発明では、用いる樹脂がポリエステル樹脂であるのに対し、本願発明では、ポリスチレン系又はABS樹脂である点、<2>本願発明では、得られる容器の適用対象として半導体包装用に限定しているのに対し、第一引用例記載の発明では格段の規定がない点、においてのみ相違している。

(4)  そこで、まず、相違点<1>について検討すると、本件出願前頒布された昭和48年特許出願公開第25080号公報(以下「第二引用例」という。)には、カーボンブラックを配合含有する層を含む積層シートから成る帯電防止シートが記載され、その用途としてトレイ、箱等が例示されており(7頁右下欄1~5行)、更に、同引用例には、そのシートの原料樹脂として使用できる熱可塑性物質の例として線状ポリエステルとともに、スチレンの重合体、及びアクリロニトリル、ブタジエン、スチレンの共重合体が並列的に記載されている(5頁左上欄最下行~右上欄13行)如く、ポリエステル、ポリスチレン及びABS樹脂はいずれも周知の容器成形用樹脂であるといえるから、ポリエステル樹脂に代えポリスチレン又はABS樹脂を用いる程度のことは当業者が必要に応じて適宜なし得ることと認める。

(5)  次いで、相違点<2>についてみると、原告も明細書中で認める如く、半導体包装用容器として帯電防止性が不可欠であることが本件出願前周知であり、そのために種々の方法が提案されていたのであるから、前述の如く第一引用例の記載から充分に示唆される帯電防止性の内外表面導電性の複合プラスチック容器の具体的用途として半導体包装用を想到することに格別の困難性は見い出せない。

(6)  そして、本願明細書を詳細に検討しても、上記相違点に基づく予測できない程の顕著な効果が奏せられたとは到底認めることができない。

したがって、本願発明は、第一引用例及び第二引用例の記載に基づき当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることはできない。

4  審決を取り消すべき事由

第一引用例に審決の理由の要点(2)認定の技術内容が記載されていること(ただし、実質的に静電防止効果のある表面導電性複合プラスチック容器を得ることができることが記載されていることを除く。)は認めるが、審決は、第一引用例及び第二引用例記載の技術内容の認定を誤った結果、本願発明と第一引用例記載の発明との一致点の認定を誤り、かつ、本願発明と第一引用例記載の発明との相違点に関する判断を誤り、更に、本願発明の顕著な効果を看過した結果、本願発明は、第一引用例及び第二引用例の記載に基づき当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論を導いたから、違法なものとして取り消されるべきである。

(1)  一致点の認定の誤り(取消事由(1))

<1> 審決は、第一引用例には「静電防止効果のある表面導電性複合プラスチック容器を得ることができることが実質的に記載されている」と認定した(審決4頁4~6行)うえで「本願発明と第一引用例記載の発明とを比較検討してみるに、両者は、カーボンブラックを含有させた樹脂フィルムを樹脂シート基材両面に共押出により一体に積層した積層体を成形して表面導電性複合プラスチック容器を製造する点で一致し」ていると認定している。

しかしながら、第一引用例には、「導電フィルムとした場合、磁気テープ、電力ケーブル、通信ケーブル等の半導電性被覆テープ、静電防止用、面発熱体素子等に用いられる。」と記載されており(4頁右上欄下から3行~左下欄1行)、該記載は静電防止用容器の成形用として用いうることを示すものではなく、成形加工用としては黒色有形物として認識されているにすぎず(4頁左下欄1~3行)、第一引用例記載の発明は表面導電性複合プラスチック容器として使用することを意図していない。したがって、審決の上記認定判断は誤っている。

この点に関する被告の主張は、次のとおりいずれも失当である。

(イ)被告は、第一引用例記載の発明と本願発明とで技術的課題が共通すると主張するが、本願発明は、機械的強度、耐折強さ及び耐衝撃性が大でしかも半導体を輸送し、あるいは長期保存しても帯電による影響を受けたり、誤動作を起こすことがないという従来技術では解決できなかった半導体包装用表面導電性複合プラスチック容器の製造方法を提供することを課題とするもので、被告主張のようにカーボンブラックを大量に練り込んだシートを成形する際の問題点を解決するに留まるものではなく、本願発明の技術的課題は第一引用例に記載されていない。

(ロ)被告は、積層方式が一致すると述べるが、第一引用例には、具体的には二層フィルムが記載されているのみで、三層に積層した場合には用途の具体的記載がなく、第一引用例にカーボンブラックを含有させたポリエステル樹脂フィルムを樹脂シート基材の両面に共押出により一体に積層した積層体が記載されているとは言えない。

(ハ)被告は、第一引用例に積層体を成形して複合プラスチック容器を製造することが記載されていると主張するが、第一成分フィルムと第二成分フィルムに積層した二層のフィルムを室温でプレスして多数の箱を製造したことが記載されているのみで、箱の容器の具体的用途については何ら記載されておらず、被告主張のような記載はない。

(ニ)被告は、第一引用例には「表面導電性複合プラスチック容器を製造する」ことが記載されていると主張するが、第一引用例に具体的に記載されている容器は、箱の内面、外面ともに導電性の複合プラスチックからなる容器ではないというべきである。

(ホ)被告は、第一引用例に記載された積層フィルムを成形加工して製造した箱が黒色でも、電気伝導性の性質を備えていることは技術常識上明らかであると主張するが、第一引用例にはカーボンブラックを含有させてない第二成分の片面にカーボンブラックを添加した第一成分を積層したフィルムを用いてプレス成形加工した箱が記載されているのみで、箱の内外両面にカーボンブラックを添加した両面導電性の箱が記載されているわけではない。

<2> また、審決は、本願発明と第一引用例記載の発明は、「表面層のカーボンブラック配合量、表面比抵抗値も重複しており」と述べている。

しかしながら、第一引用例には、「第一成分中のカーボンブラック添加量は、(中略)0.01~40重量%、好ましくは5~25重量%がよい。尚この範囲の添加量では得られるフィルムの表面抵抗率は1016Ω以下の値である」(2頁右下欄9~13行)、「カーボンブラック添加量が5重量%以下の場合の表面抵抗率が1015~1013Ω以上であり」(2頁左下欄下から2行~最下行)と記載されているのみである。そして、特許法施行規則様式16の備考14のロの規定から、最良の結果をもたらすものであると解される第一引用例の実施例にも、カーボンブラックを5重量%添加したポリエチレンテレフタレートフィルムとカーボンブラックを添加してないポリエチレンテレフタレートフィルムを積層したフィルムを用いて表裏異滑の箱を製造した例が記載されているが、このフィルムのカーボンブラックを5重量%添加したポリエチレンテレフタレートフィルム面の表面比抵抗値はせいぜい1013Ωの表面抵抗率を有するカーボンブラックを添加したポリエチレンテレフタレートフィルムをカーボンブラックを添加していないポリエチレンテレフタレートフィルムの片面に積層した二層積層フィルムが用いられているのみである。したがって、第一引用例には、ポリスチレン系又はABS系樹脂シート基材の両面に樹脂100重量部当たりカーボンブラックを5~50重量部含有し、しかもその表面比抵抗値が1010Ω以下であるポリスチレン系又はABS系樹脂のフィルム又はシートを共押出により一体に積層したフィルムは記載されていないというべきであり、審決の上記の認定のうち「表面比抵抗値も重複している」という認定は誤りである。

この点に関する被告の主張も、次のとおり、いずれも失当である。

(イ)第一引用例には、被告の主張に反してカーボンブラック含有量を40重量%添加した場合表面抵抗率が1010Ω以下に低下するとの記載はない。

(ロ)被告は、後記第一周知例及び第二周知例の記載を引用し、半導体等電子機器部品等の包装用材料として1010Ω以下の表面抵抗率のものが必要であると主張するが、被告主張の記載があるからといって、第一引用例のフィルムが表面抵抗値1010Ω以下のものを包含しているということができないから、被告の主張は理由がない。

(2)  相違点に対する判断の誤り(取消事由(2))

<1> 相違点<1>についての判断の誤り

審決は、第二引用例には、「カーボンブラックを配合含有する層を含む積層シートから成る帯電防止シートが記載され、その用途としてトレイ、箱等が例示されており(7頁右下欄1~5行)、更に、同刊行物には、そのシートの原料樹脂として使用できる熱可塑性物質の例として線状ポリエステルとともに、スチレンの重合体、及びアクリロニトリル、ブタジエン、スチレンの共重合体が並列的に記載されている(5頁左上欄最下行~右上欄13行)如く、ポリエステル、ポリスチレン及びABS樹脂はいずれも周知の容器成形用樹脂であるといえるから、ポリエステル樹脂に代えポリスチレン又はABS樹脂を用いる程度のことは当業者が必要に応じて適宜なしうることと認める。」と認定判断している。

しかしながら、第二引用例には、ほこりのつかない帯電防止された熱可塑性物質の積層シートないしシート状物品が記載されているのみであり、そのシート状物品は、カーボンブラックを含有する箔(層)を内面とし、カーボンブラックを含有していない箔を外面とするものである。これに対して、本願発明により得られる半導体包装用表面導電性複合プラスチック容器を製造する積層体は、内側(基材)の樹脂はカーボンブラックを含有しないか、又は含有しても少量含有するもので、その外側両面にカーボンブラックを5~50重量部含有させて表面比抵抗値を1010Ω以下にしたものであり、第二引用例記載のシート状物品と本願発明における積層体の構成は反対であり、その技術的思想は全く異なるから、第二引用例記載の発明を本願発明と結びつけることはできない。さらに、第二引用例においては、シート状物品の原料樹脂としてありとあらゆる数多くの熱可塑性樹脂が記載されており(4頁右下欄下から3行~5頁左下欄11行)、この中からスチレン系重合体とABS系樹脂を極度に表面導電性を有する半導体包装用容器材料として選択することは容易ではない。

したがって、ポリエステル樹脂に代えポリスチレン又はABS樹脂を用いる程度のことは当業者が必要に応じて適宜なし得るとした審決の判断は、誤りというべきである。

この点に関する被告の主張(イ)は、原告が第二引用例には「ほこりのつかない帯電防止された」熱可塑性物質の積層シートないしシート状物品が記載されているのみであると主張し、これらの用途面まで否定するものではないことを無視している。なお、第一周知例及び第二周知例は、むしろカーボン等を充填することは従前不完全であったことを述べるものであり、第三周知例には一般のスチロール樹脂が真空又は圧空成形されることを示すのみで、本願発明のようにカーボンブラックを含有する樹脂を基材の両面に共押出した積層物が過熱されて圧空又は真空成形される成型法は記載されていないので、これらの周知例は、むしろ本願発明の技術的課題の困難性、新規性を裏付けるものである。そして、被告の主張(ロ)は、上記のとおり失当である。

<2> 相違点<2>についての判断の誤り

審決は、「原告も明細書中で認める如く、半導体包装用容器として帯電防止性が不可欠であることが本件出願前周知であり、そのために種々の方法が提案されていたのであるから、前述の如く第一引用例の記載から充分に示唆される帯電防止性の内外表面導電性の複合プラスチック容器の具体的用途として半導体包装用を想到することに格別の困難性は見い出せない。」と判断している。

しかしながら、前記のとおり、第一引用例は、表面導電性の複合プラスチック容器を製造することを意図しておらず、内外表面導電性の複合プラスチック容器は示唆さえもされていない。したがって、上記の審決の判断は誤りであり、後記のこの点に関する被告の主張も失当である。

(3)  本願発明の奏する作用効果の看過(取消事由(3))

<1> 審決は、「本願明細書を詳細に検討しても、上記相違点に基づく予測できない程の顕著な効果が奏せられたとは到底認めることができない。」と判断している。

しかしながら、本願発明の効果は、明細書の3頁26行~4頁20行に本願発明の実施例とともに4つの比較例を挙げて、明確に記載されている。すなわち、0.4mmの厚さの耐衝撃ポリスチレン基材の両面に、耐衝撃性ポリスチレン100重量部にアセチレンブラック(カーボンブラックの一種)30重量部を加えた表面比抵抗値2×104Ωcmの耐衝撃性ポリスチレンをそれぞれ0.5mmの厚さで共押出により一体に積層した0.5mmの厚さのシートを真空成形して得られた表面導電性半導体包装用容器は、半導体を長期にわたって保存しても帯電による誤作動等を起こすことなく、十分に使用に耐えたが、耐衝撃性ポリスチレン100重量部にアセチレンブラック30重量部を加えた樹脂から製造した0.5mmのシート(比較例1)及びABS樹脂100重量部にアセチレンブラック30重量部を加えた樹脂から製造した0.5mmのシート(比較例2)は、それぞれ耐折強さが弱いため容器を成形することが不可能であり、また実施例1記載のカーボンブラックを配合した耐衝撃性ポリスチレンを0.1mmの厚さでカーボンブラックを配合してない耐衝撃性ポリスチレンの0.4mmのシートの片面に積層したシート(比較例3)及び耐衝撃性ポリスチレン100重量部に15重量部のケチェンブラック(カーボンブラックの一種)を配合した0.1mmの層を耐衝撃性ポリスチレンの0.4mmの厚さのシートの片面に積層したシート(比較例4)は、それぞれの表面比抵抗は十分に低く、かつ、機能的性能において優れたものであったが、これらのシートを成形して得られた容器は片面が非導電体層(カーボンブラックを配合してない樹脂の層)であるため、半導体の長期保存又は運搬時に非導電体層の帯電による影響を受け、誤作動を起こす半導体が多数出るため、比較例3及び4の容器は好ましくないものであることは、明細書の記載から明らかである。審決は、本願発明のこのような顕著な効果を看過している。

被告は、この点に関して、後記の第一周知例及び第二周知例をも引用して反論するが、第一周知例には片面に導電性塗料を塗布した袋でも有効であることが記載されている一方で、第一周知例及び第二周知例には、本願発明におけるように表面抵抗値が1010Ω以下となるようにカーボンブラックを含有させたポリスチレン系又はABS樹脂の導電性シート又はフィルムを用いる場合においても両面に積層する必要があることは示されていない。本願発明は、導電層を片面にのみ設けることは両面に設けた場合より帯電効果が劣り、帯電防止効果も劣るという従来知られていなかった技術的課題を解決したものであって、この反論は理由がない。

<2> 次に、審決は、本願発明の構成要件の一つである、積層体を「圧空又は真空成形すること」に関しては、「ポリスチレン系樹脂の成形法として、圧空又は真空成形法は本件出願前周知であることを考慮すれば」(4頁13~15行)と述べているのみであり、この構成要件による効果について何らの判断を行っていない。

しかし、本願発明のように、表面比抵抗値が1010Ω以下の値となるような多量のカーボンブラックを配合したポリスチレン系又はABS系樹脂をポリスチレン系又はABS系樹脂シート基材の両面に一体に積層したフィルムは、圧空又は真空成形によらなければ、基材の両面に特定量のカーボンブラックを配合したポリスチレン系又はABS系積層樹脂膜が切れることのないあるいは成形に際し偏肉することのない均一な容器は得られない。

言い換えれば、上記容器を製造する場合、圧空又は真空成形することにより積層体の表面比抵抗値に何ら影響を与えることなく、積層体と同じ表面比抵抗値を有する容器を容易に製造するという優れた効果を有するのである。

そうすると、ポリスチレン系樹脂の成形法として圧空又は真空成形法が本件出願前周知であることを前提として、本願発明で用いられた圧空又は真空成形による顕著な効果を無視し、該成形法による効果を判断の対象から除外した審決は違法である。

第3  請求の原因の認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の審決の取消事由は争う。審決の認定、判断は正当であって、審決に原告主張の違法は存在しない。

(1)(取消事由(1)について)

<1>について

次の各点を合わせると、本願発明と第一引用例記載の発明の「両者は、カーボンブラックを含有させた樹脂フィルムを樹脂シート基材両面に共押出により一体に積層した積層体を成形して表面導電性複合プラスチック容器を製造する点で一致」するとした審決の認定に何らの誤りはない。

(イ)技術的課題の共通性

第一引用例に記載の発明は、電気伝導性、離型性等を改善する目的で、ポリエステルフィルム中にカーボンブラックを大量に添加していくと、成形性や品質の低下が生ずる欠点があり、その技術的課題を解決するために、カーボンブラックを添加しないフィルムを積層裏打することによって、カーボンブラックを大量に添加しても、成形性を損なわないようにしたものであると解される。これは、カーボンブラックを樹脂中に多量に繰り込んだシートを成形する際の問題点を解決するという、本願発明の技術的課題と共通している。

(ロ)積層方式の一致

第一引用例における積層方法は、カーボンブラックを含有させた樹脂フィルムを、樹脂シート基材両面に、共押出により一体に積層するものであり、本願発明と積層方式が一致する。

すなわち、第一引用例には、三層の積層フィルム(4頁右上欄6行~8行)、共押出により積層して積層体を得ること(3頁右下欄3~6行)が開示されている。なお、第一引用例記載の発明は、実施例として記載されたもののみに限定して解するべきではないし、用途の具体的な記載の有無と積層体又は積層方法の記載の有無とは直接の関係がないというべきである。

(ハ)積層体を成形して複合プラスチック容器を製造する点の一致

第一引用例には、成型加工用途として使用する場合、カーボンブラック添加面の離型性、寸法安定性が良好であるため過熱成型機に接触する面として使用してもよいこと、複合フィルムを成型加工して黒色有形物として用いること、実施例1及び2としてフィルムから切り取った生地から室温で多数の箱をプレスしたことが記載されているが、複合フィルムから製造した箱が「複合プラスチック容器」に相当することは明らかであり、また、プレス加工が加熱成型機に面を接触するような成型方法の一つであることは技術常識である。

したがって、第一引用例には、「積層体を成形して、複合プラスチック容器を製造する」ことが記載されている。

(ニ)表面誘導性と電気伝導性の同一性

本願発明における「表面誘電性」の指標である「表面比抵抗値」と第一引用例における「電気伝導性」の指標である「表面抵抗率」とが同一の概念であることは技術常識であるから、本願発明での「表面誘電性」と第一引用例での「電気伝導性」とは実質的に差異がない。そして、第一引用例に記載される複合プラスチック容器は、電気伝導性を有する複合フィルムを成型加工して得たものであるから、この容器が電気伝導性の性質を有していることは技術常識上明らかであり、第一引用例には、「表面導電性複合プラスチック容器を製造する」ことが記載されている。

(ホ)表面導電性を有している点の一致

原告は、第一引用例の実施例に記載された箱は、黒色有形物として認識されているにすぎず、成形加工物である表面導電性複合プラスチック容器として使用することを意図していないと主張するが、第一引用例には、「本発明は積層ポリエステルフィルムに関する。更に詳しくは、(中略)ポリエステルフィルムが一般に有する優れた強度、(中略)電気伝導性、(中略)に関する」もので、「第1成分中のカーボンブラックが表面に凹凸を形成し、滑り性が良く、かつ電気伝導性(中略)に優れたポリエステルフィルムとすることができる」と記載されているから、第一引用例に記載された積層フィルムは、電気伝導性の性質を有しており、フィルムをプレス成形加工して製造した箱が黒色であるとしても、成形加工素材であるフィルムの電気伝導性の性質を備えていることは技術常識上明らかであって、この点において本願発明と一致している。

<2>について

次のとおり、審決が「表面比抵抗値も重複して」いるとした認定に誤りはない。

(イ)第一引用例に原告指摘のとおりの記載があることは認めるが、これらの記載からすると、その記載のうちの「得られるフィルムの表面抵抗率は1016Ω以下の値である」の意味は、カーボンブラックが導電性物質であることから、カーボンブラック含有量が0.01重量%のときに表面抵抗率が最大値の1016Ωとなり、カーボンブラックの含有量をより多量にするにつれて表面抵抗率が低下することと解され、カーボンブラック含有量5重量%で表面抵抗率1013Ωであることが開示されていることからみて、カーボンブラックを5重量%より多量に含有させていけば、表面抵抗率が更に減少し、カーボンブラック含有量40重量%では表面抵抗率が1010Ω以下に低下することは、技術常識上明らかである。

(ロ)第一引用例の複合フィルムは、電気伝導性であり、フィルム状で静電防止用に使用されるものであるから、静電防止効果を有する。

半導体等電子機器部品等の包装用材料として使用されるような静電防止効果のあるシート材料として、1010Ω以下の表面抵抗率のものが必要であることは、昭和56年特許出願公開第69157号公報(昭和56年6月10日出願公開。以下「第一周知例」という。)の2頁左上欄10~14行に「108Ω以下、好ましくは、103~107Ω程度」と記載され、昭和50年実用新案登録願第111524号(昭和52年実用新案登録出願公開第26873号公報)のマイクロフィルム中の昭和51年1月7日付(昭和51年5月12日差出)手続補正書添付の明細書(以下「第二周知例」という。)4頁1~2行に「102~106Ω」と記載され、広く知られていることである。

これらの事実からしても、静電防止効果のある複合フィルムとしての第一引用例のフィルムについて「1016Ω以下」の表面抵抗率(すなわち、表面比抵抗値)が1010Ω以下を含有するとの審決の認定に誤りはない。

(2)(取消事由(2)について)

<1>について

次のとおり、原告の主張は失当であり、審決の判断は正当である。

(イ)原告は、第二引用例には、積層シートないしはシート状物品が記載されているのみであり、第二引用例記載の発明と本願発明とは技術的思想が全く異なると主張するが、失当である。

すなわち、第二引用例には、カーボンブラックを多量に含有するシートとカーボンブラックを含有しないシートから成る積層シートが、様々な分野、たとえばトレイ、箱等の物品に使用できることが記載されており(7頁右下欄1~5行)、その記載からすると、トレイや箱が容器であることは明らかであるから、積層体を成形加工して容器を製造することが記載されている。また、第二引用例記載の発明と本願発明とはカーボンブラックを多量に含有させたシートの積層体を成形するという技術的思想において共通しているのである。

(ロ)ポリスチレン又はABS樹脂を使用することは容 易である。

すなわち、上記積層体に使用できる樹脂材料については、第二引用例の4頁右下欄下3行~5頁右下欄2行に記載されているが、その中に「スチレンおよび置換スチレンたとえばα-メチルスチレンの重合体及び共重合体」、「アクリロニトリル、ブタジエン及びスチレンの共重合体」(すなわち、ABS樹脂)及び「ポリ(エチレンテレフタレート)やポリ(ブチレンテレフタレート)のような線状ポリエステル」が明示されている。そして、ポリスチレン、ABS樹脂が容器に成形加工するための材料として普通に知られたものであることは、第一周知例、第二周知例(2頁4行)及び須本一郎著「プラスチック材料講座(11)スチロール系樹脂」(昭和45年1月31日日本工業新聞社発行)(以下「第三周知例」という。)333~334頁等にも記載されている。

したがって、ポリエステル樹脂に代えポリスチレン又はABS樹脂を用いる程度のことは当業者が必要に応じて適宜なし得ることであるとした審決の判断に、誤りはない。

なお、原告は、第二引用例記載のシート状物品と本願発明における積層体の構成は反対であると主張するが、第二引用例5頁右下欄14行~6頁左上欄5行には、カーボンブラックを10~50重量%含有させたシートの積層体を成形加工して容器を製造することが開示されているから、カーボンブラックを多量に含有させたシートの積層体を成形するという技術的思想において、本願発明と相違しないから、このような層の配置の相違は結論の当否を左右しない。

<2>について

前記のとおり、この点に関する原告の主張は前提において誤っており、半導体包装用容器が表面伝導性の包装材料の主たる用途として普通に知られていることは第一周知例1~2頁に記載された従来技術の説明でも明らかであるから、審決の判断に誤りはない。

(3)(取消事由(3)について)

<1>について

本願明細書に記載された本願発明の効果は、導電性を向上させるためにカーボンブラックを多量に含有させたことによる効果そのものである。そして、本願明細書の比較例1及び2は基材シートを使用積層しておらず、容器を成形することが困難であったことを示し、比較例3及び4は導電層を片面のみに有するシートを用いると非導電層の帯電による影響を受け、誤作動を起こす半導体が出ることを示している。半導体包装容器において導電層を両面に設けることは、第一周知例3頁7~8行、第二周知例1頁実用新案登録請求の範囲にも記載され、普通に行われていたことである。したがって、第一引用例に記載された「三層フィルム」すなわちカーボンブラックを多量に含有させた導電層を両面に積層したフィルムを成形加工して容器を製造すれば、本願発明と同一の効果が生じているはずであるから、審決の判断には誤りはない。

<2>について

前記のとおり、第二引用例に、ポリスチレン系又はABS系樹脂を材料として選択し、積層体を成形加工して表面導電性複合プラスチック容器を製造することが記載されている以上、その成形加工方法として、圧空又は真空成形を採用することは通常の実施手段であり、審決に原告主張の誤りがあるというべき謂れはない。

第4  証拠関係

本件記録中の証拠目録の記載を引用する(後記のとおり理由中で引用する書証はいずれも成立に争いがない。)。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)の各事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決の取消事由について判断する。

(1)  甲第2号証によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

<1>  本願発明は、帯電防止性を有し、かつ、機械的強度、剛性、耐衝撃性、耐折強さ等に優れ、IC製品の包装用に適した半導体包装用表面導電性複合プラスチック容器の製造方法に関する(本願公報1欄15行ないし18行)。

従来、ポリスチレン系又はABS系樹脂シート基材は表面比抵抗値が高いため非常に帯電し易く、これをIC製品の包装容器に使用した場合、ICの機能を破壊するのでいろいろ改善が提案されていたが(同1欄20行ないし2欄5行)、一定水準の機械的強度、耐折強さ及び耐衝撃性を保持する必要があるのに、まだその要求を満たす包装用表面導電性複合プラスチックシートは開発されていなかった(同3欄21行ないし24行)。本願発明は、このような従来技術の欠点を解決するもので、カーボンブラック含有樹脂層の押出しも安定化し、かつ、二次加工適性も優れ、さらに複合シートの機械的強度、耐折性及び耐衝撃性に優れ、導電性効果の保持力、すなわち表面比抵抗値が長時間にわたり安定した半導体包装用表面導電性複合プラスチック容器の製造方法を提供(同3欄30行ないし36行)することを技術的課題(目的)とするものである。

<2>  本願発明は、前記技術的課題を解決するために本願発明の要旨(特許請求の範囲)記載の構成(同3欄38行ないし44行)を採用した。

<3>  前記構成により、本願発明の複合プラスチックシートは、表面比抵抗、機械的強度に優れ、また真空成形して容器とした後の性能も何ら変化がなく、しかも容器の表面が両面にわたって導電層となっているため帯電がなく、半導体を長期に保存しても何ら帯電の影響を受けることがない(同8欄末行ない10欄末行)という作用効果を奏するものである。

(2)  第一引用例に審決認定の技術内容が記載されていること(ただし、実質的に静電防止効果のある表面導電性複合プラスチック容器を得ることができることが記載されているとの点を除く。)は当事者間に争いがない。

原告は、審決は、第一引用例及び第二引用例記載の技術内容の認定を誤った結果本願発明と第一引用例との一致点の認定を誤り、また、本願発明と第一引用例に記載の発明との相違点に関する判断を誤り、更に、本願発明の顕著な効果を看過した結果、本願発明は第一引用例及び第二引用例の記載に基づき当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論を導いたから違法であり、取り消されるべきであると主張する。

(3)  そこで、まず、第一引用例の記載の技術内容について検討すると、甲第3号証によれば、第一引用例は、発明の名称を「積層ポリエステルフィルム」とする特許出願公開公報であって、第一引用例記載の発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

<1>  第一引用例記載の発明は、ポリエステルフィルムが一般に有する優れた強度、こしの強さ、耐摩耗性、耐熱性を維持し、且つ滑り性、電気伝導性、寸法安定性、離型性に優れた、積層ポリエステルフィルムに関する(1頁左下欄17行ないし右下欄2行)。

ポリエステルフィルムにカーボンブラックを大量に添加して滑り性、電気伝導性、寸法安定性、離型性に優れたフィルムに製膜しようとすると、カーボンブラックの添加量の増加と共に延伸性が損なわれ、通常製膜法ポリエステルフィルムの延伸倍率まで延伸出来ず、製膜時に破断がしばしば起り、製膜性が低下すると共に得られるフィルムの品質が低下する(1頁右下欄13行ないし20行)。このように優れた機械的強度を付与し、極薄化することと、カーボンブラックを多量に添加して滑り性、電気伝導性、寸法安定性、離型性を付与し、なお且つ製膜性、生産性の向上をはかることとは相反し、両者を両立させることは極めて困難である(2頁左上欄18行ないし右上欄3行)。

この発明は、このような欠点を除き、両者の性質を具備せしめたフィルムを得る(2頁右上欄4行ないし5行)ことを技術的課題(目的)とするものである。

<2>  この発明は、前記技術的課題を解決するために、カーボンブラック0.01~40重量%分散せしめたポリエステルよりなるフィルムを、前記ポリエステルフィルムのカーボンブラック添加量より少ないカーボンブラックを含有するポリエステルフィルムの少なくとも一面に積層した積層ポリエステルフィルムからなる(1頁左欄5行ないし10行)構成を採用した。

<3>  この発明は、上記構成により、カーボンブラック添加フィルム単独では得られない優れた機械的強度を有するフィルムを製膜することができ、同時にまたポリエステル同士の積層物であることから、接着性も良好であり、剥離のない、そしてカーボンブラック添加面からみると半光沢性を示し、カーボンブラックの添加量の少ない面からみると鏡面状光沢を示す積層ポリエステルフィルムを与え(2頁右上欄12行ないし左下欄2行)、また、共押出の場合、第一成分中のカーボンブラックが表面に凹凸を形成し、滑り性が良く、かつ電気伝導性、離型性、寸法安定性に優れたポリエステルフィルムとすることができる(4頁左上欄1行ないし10行)という作用効果を奏する。

そして、甲第3号証によれば、第一引用例には更に次の記載があることが認められる。

<4>  第一引用例記載の発明における積層ポリエステルフィルムの形態について、「用途によっては、第二成分の片面或は両面に第一成分を積層した二層、或いは三層フィルムであってもよ」い。(4頁右上欄6行ないし8行)

<5>  この発明における積層方法について、「カーボンブラックを多量に添加した樹脂(第一成分)に第二成分を積層させる方法は特に限定されないが、第一成分の樹脂と積層する第二成分の樹脂を共押出方式で押出するのが好ましい。」(3頁右下欄3行ないし6行)

<6>  この発明の用途について、「共押出方式でカーボンブラックの添加していないポリエステルで裏うちすることにより、延伸倍率をあげて機械的強度の優れた表裏異面のポリエステルフィルムとすることができる。成型加工用途として使用する場合、カーボンブラック添加面の離型性、寸法安定性が良好であるため加熱成型機に接触する面として使用しても良い。」(4頁左上欄13行ないし右上欄1行)、「導電フィルムとした場合、(中略)静電防止用(中略)等に用いられる。」(4頁右上欄18行ないし左下欄1行)、「カーボンブラックを含む面の離型性、寸法安定性が良好であることから、成型加工して黒色有形物として用いられる。」(4頁左下欄1行ないし3行)

<7>  実施例の記載として、

「実施例1

片面(第一成分)にはカーボンブラック旭X-1(旭カーボン社製)を5重量%添加したポリエチレンテレフタレートで構成し、他の片面はカーボンブラックを添加してないポリエチレンテレフタレートで構成し、第一成分と第二成分の比が10:90になるよう押出して厚さ300μのポリエチレンテレフタレート積層未延伸フィルムを得た。第一成分面からみると半光沢状黒色を有しており第二成分面からみると鏡面状黒色を示す。フィルムから切り取った生地から室温で多数の箱をプレスした。その結果形のよい、ひび割れ、破損、破断のない表裏黒滑の黒色の箱が製せられた。

実施例2

厚み2.33mmのポリエチレンテレフタレートフィルムで片面にはカーボンブラック旭X-1を5重量%添加したポリエチレンテレフタレートで構成し、他の片面はカーボンブラックを添加していないポリエチレンテレフタレートで構成し、第一成分と第二成分の比が10:90になるように押出して縦方向に3.0倍、横方向に3.1倍逐次二軸延伸を行ない210℃の温度で熱固定して250μのフィルムを得た。(中略)シートから切り取った生地から室温で多数の箱をプレスした。その結果、形のよい、ひび割れ、破損、破断のない、かつ機械的性質の強靭な箱が製せられた。」(4頁左下欄9行ないし5頁左上欄3行)

(4)  前記(3)における認定によれば、第一引用例記載の発明は、積層形態として第二成分の両面に第一成分を積層した三層フィルムを、また、積層方法として共押出方式を、更に、その用途として成形加工による容器を包含するものであることが明らかであるから、第一引用例には、カーボンブラックを含有させた樹脂フィルムを樹脂シート基材両面に共押出により一体に積層した積層体を成形して複合プラスチック容器を製造することが記載されているということができる。また、前記認定のとおり、第一引用例記載の発明は、電気伝導性に優れた積層ポリエステルフィルムに関するものであるから、上記容器が電気伝導性、すなわち表面導電性を有していることを否定することはできないというべきである。そこで、前記(1)の認定と対比すると、本願発明と第一引用例記載の発明の両者は、カーボンブラックを含有させた樹脂フィルムを樹脂シート基材両面に共押出により一体に積層した積層体を成形して表面導電性複合プラスチック容器を製造する点で一致すると判断されるから、この旨認定した審決の判定には何らの誤りはないといわなければならない。

この点について、原告は、第一引用例には、静電防止用容器の成形用として用いうることは示されておらず、成形加工用としては黒色有形物として認識されているにすぎず、第一引用例記載の発明は、表面導電性プラスチック容器として使用することを意図していないと主張する。確かに、甲第3号証によれば、第一引用例ではその実施例に係る記載中には、得られた容器の導電性に触れた明示的な記載がないが、前記(3)の認定によれば、第一引用例には明らかに、電気伝導性に優れたカーボンブラックフィルムを供することを技術的課題とし、電気伝導性に優れた作用効果を奏し、成形加工用途に使用して、静電防止用に用いられることが記載されているのであるから、原告のこの主張は失当であるというほかはない。

そうすると、取消事由(1)の<1>の主張は、理由がない。

(5)  また、第一引用例に、「カーボンブラック添加量が5重量%以下の場合の表面抵抗率が1015~1013Ω以上であり」(2頁左下欄19行ないし20行)と記載されていることは当事者間に争いがなく、カーボンブラック自体が導電性物質であることは経験則上明らかであるから、第一引用例記載の発明においては、カーボンブラック添加量が5重量%以上の場合の表面抵抗率は十分1015~1013Ω以下の値をとり得るものと認定することができる。

ところで、前記(3)の認定によれば、第一引用例記載の発明は導電性フィルムとした場合には静電防止用に用いられるものであり、静電防止と帯電防止が同義であることは技術上自明であり、かつ、弁論の全趣旨によれば電気伝導性の指標として表面抵抗率と表面比抵抗値とが実質的に同じものであることも技術常識であることが認められるところ、乙第1号証によれば、発明の名称を「導電性を有する包装材料」とする特許出願公開公報である第一周知例には、「静電気障害を生じやすい電子機器部品等の包装のための導電性を有する包装材料としては、包装材料の表面固有抵抗が108Ω以下、好ましくは103~107Ω程度であることが望まれており」との記載(2頁左上欄10行ないし14行)があり、甲第4号証によれば、後記第二引用例には、「B.S.2050によれば表面が帯電防止性であるためには表面抵抗が5×104ないし108オームでなければならないとされている」との記載がある(8頁左下欄8ないし11行)ことが認められ、静電防止用フィルムの場合108Ω以下の表面抵抗率のものが必要とされることは周知事項であるということができる。

したがって、第一引用例記載の発明において、カーボンブラック添加量が5~50重量%の場合には、表面抵抗率が108Ω以下の範囲内の値となる場合があると解されるから、第一引用例記載の発明の表面比抵抗値は、本願発明の表面比抵抗値と重複するというべきである。

そうすると、本願発明と第一引用例記載の発明において、表面比抵抗値が重複しているとした審決の判断は正当であり、取消事由(1)の<2>の主張は失当というほかはない。

そして、弁論の全趣旨によれば、ポリスチレン系樹脂の成形法として圧空又は真空成形法が本件出願前周知であったことが認められるから、この事実と以上の検討の結果をあわせて考えれば、本願発明と第一引用例記載の発明との相違点は、審決が<1>、<2>として認定した二つの相違点のみであるということができる。

(6)  そこで、まず相違点<1>の点についてみると、甲第4号証によれば、第二引用例は、発明の名称を「ほこりがつかない熱可塑性シート」とする特許出願公開公報であって、第二引用例記載の発明について、次のとおり記載されていることが認められる。

<1>  第二引用例記載の発明は、ほこりがつかない熱可塑性シート、すなわち表面が大気中のほこりや灰を吸引しないようにした熱可塑性物質から成るシートに関する(1頁右下欄6行ないし8行)。

熱可塑性シートの表面は他の物質に接触すると静電荷を帯び易く、そのため大気中のほこりや灰の微粒子を吸引する傾向がある(1頁右下欄13行ないし2頁左上欄1行)ので、帯電防止をする試みがされてきたが、そのような帯電防止シートを得るための従来のひとつの方法としてシート製造の間にある種の帯電防止物質をシート中に配合する(2頁右上欄13行ないし15行)方法があるが、この方法には、第1に全シートの色が黒くなり、第2に高価につき、第3にシートが脆くなるという欠点があった(2頁左下欄9行ないし右下欄8行)。この発明は、カーボンブラックを含有するものの、これらの欠点のない、ほこりのつかないシートを提供することを技術的課題(目的)とする(2頁右下欄9行ないし3頁左上欄4行)。

<2>  この発明は、前記技術的課題を解決するために、カーボンブラックを配合含有する予め形成した少なくとも1枚の箔及びカーボンブラックを配合含有しない予め形成した少なくとも1枚の他の箔から成り、後記の箔をほこりがつかない表面として積層シートの外表面にしたことを特徴とするほこりがつかない表面をもった熱可塑性物質製の積層シートないしシート状物品(1頁左下欄5行ないし11行)という構成を採用した。

<3>  この発明のシートに使用する熱可塑性物質の例としては、「スチレンおよび置換スチレンたとえばα-メチルスチレンの重合体および共重合体;アクリロニトリルの重合体および共重合体(特にスチレンとの);並びにブタジエンの重合体および共重合体がある。特に有用な一群の熱可塑性物質は、アクリロニトリル、ブタジエンおよびスチレンの共重合体からなる。(中略)ポリ(エチレンテレフタレート)やポリ(ブチレンテレフタレート)のような線状ポリエステルもまた使用できる。」(5頁左上欄14行ないし右上欄13行)

<4>  この発明のシートの用途としては、「この発明の積層シートは、いろんな分野、たとえば(中略)トレイ、(中略)箱(中略)に使用できる。」(7頁右上欄1行ないし5行)

上記認定の第二引用例の記載によれば、第二引用例には、トレイ、箱等を用途とするカーボンブラック含有樹脂シートと非含有シートから成る帯電防止性積層シート及び該シートの原料樹脂として、線状ポリエステルと同様にスチレンの重合体やアクリロニトリル、ブタジエン、スチレンの共重合体を用いることが記載されているということができる。

他方、乙第1号証によれば、第一周知例には「これらのICなどの電子機器部品(中略)を包装する際に汎用のプラスチックフィルム、たとえばポリエチレン、(中略)ポリスチレンなどの各フィルム及びこれらの組合せ積層化された材料による包装袋、トレーなどが用いられてきた」(1頁右下欄3行ないし10行)との記載があり、乙第2号証によれば、考案の名称を「静電気防止のI.C.運搬ケース」とする実用新案登録願手続補正書のマイクロフィルムである第二周知例には「MOS-ICは、外部からの異状電圧によって絶縁が破壊される。運搬中に互いに接触しているうちに静電気を持ち思いがけない事故を招く。(中略)現在では、(中略)A.B.Sなどのプラスチックケースに静電防止処理を施したものなどがある。」(手続補正書中の明細書1頁15行ないし2頁5行)との記載があることが認められ、これらの記載によれば、半導体包装用プラスチック容器の原料樹脂として、ポリスチレン(スチレンの重合体であることは技術常識である。)やABS樹脂(アクリロニトリル、ブタジエン、スチレンの共重合体の樹脂であることは技術常識である。)を用いることは、周知であると認定することができる。

そうすると、第一引用例の記載事項と第二引用例の記載事項とは、カーボンブラック含有樹脂シートと非含有樹脂シートから成る帯電防止性積層シートから容器を製造する点で共通し、また、第二引用例記載のシートは、第一引用例記載のシートの原料樹脂であるポリエステルも、その原料樹脂の一つとして使用するものであり、他方、半導体包装用プラスチック容器の原料樹脂としてポリスチレンやABS樹脂を用いることは周知であるから、後述のとおり、第一引用例記載の複合プラスチック容器を半導体包装用に適用することは容易に想到し得るところ、この適用の際に第一引用例記載の積層フィルムの原料樹脂としてポリエステルに代えてポリスチレン又はABS樹脂を用いることは当業者にとって容易であったといわなければならない。

この点に関し、原告は、第二引用例記載の発明と本願発明とはカーボンブラックを含有する層を内面とするか外面とするかの点で積層体の構成が反対であり、また第二引用例にはシート状物品の原料樹脂として数多くの熱可塑性樹脂が記載されており、この中からスチレン系重合体とABS系樹脂を選択することは容易ではないと主張する。しかしながら、前記の認定によれば、第二引用例記載の発明においても帯電防止のためにカーボンブラックを配合含有した箔とそうでない箔を積層するという技術的思想は本願発明と共通しているから、上記の判断をする上では原告指摘の構成の差なるものはほとんど意味をもたないと考えられること、前述のとおり、半導体包装用プラスチック容器の原料樹脂としてポリスチレン及びABS樹脂を用いることは周知であるところ、第二引用例には原料樹脂として第一引用例記載のフィルムの原料樹脂であるポリエステルがポリスチレン及びABS樹脂と同列に掲げられていることが明らかにされているから、スチレン系重合体とABS系樹脂を選択することが容易でないということはできず、上記の原告の主張は理由がないというべきである。

結局、取消事由(2)の<1>は、失当である。

(7)  次いで、相違点<2>について検討すると、甲第2号証によれば、原告は、本願明細書において、IC製品の包装容器に帯電し易い基材を用いた場合ICの機能を破壊するので、従来その改善のために様々な提案がされている旨を記載している(明細書1頁20行ないし2頁2行)ことが認められ、本件出願前、半導体包装用容器に帯電防止が必要とされ、そのために種々の方法が提案されていたことが明らかである。ところで、前記(4)のとおり、第一引用例には表面導電性を有する複合プラスチック容器を製造することが記載されており、また、前記(4)において検討したとおり、第一引用例記載のフィルムを導電性フィルムとした場合には、静電防止用に用いられ得るのであるから、第一引用例記載のフィルムを半導体包装用に適用することは、本件出願当時当業者が容易に想到し得ることであったといわなければならない。

そうすると、取消事由(2)の<2>も理由がないというべきである。

(8)  原告は、取消事由(3)において、審決が本願発明の作用効果を看過していると主張するので、この点について判断を進める。

前記(1)の認定によれば、本願発明の作用効果は、(Ⅰ)複合シートの表面比がすぐれていること、(Ⅱ)複合シートの機械的強度がすぐれていること、(Ⅲ)真空成形後の複合シートの性能が何ら変化しないこと、(Ⅳ)複合シートから製造した容器に半導体を長期間保存しても何ら帯電の影響を受けることがないことの4点である。そこで、以下において、これらの作用効果の予測性を検討する。

(Ⅰ)の作用効果について

前記当事者間に争いがない本願発明の要旨によれば、本願発明の積層体、すなわち複合シートは、1010Ω以下のフィルム又はシートを両面とするものであるから、その表面比抵抗は当然1010Ω以下である。これに対して、前記(5)において検討したとおり、第一引用例記載の発明に係る積層フィルムは、108Ω以下の表面比抵抗値をとる場合があるのであるから、(Ⅰ)の作用効果が予想外のものということはできない。

(Ⅱ)の作用効果について

前記(3)における認定によれば、第一引用例記載の発明に係る積層フィルムは、ポリエステルフィルムが一般に有する優れた強度、こしの強さを維持するもので、延伸倍率を上げて機械的強度の優れたフィルムとすることを可能にし、実施例においても機械的性質の強靭な箱が製造されたというのである。ところで、前記(3)の認定によれば、積層フィルムは二層のものと三層のものとを含んでいるが、甲第3号証を子細に検討しても、積層フィルムが二層のものの場合と三層のものの場合とで機械的強度に有意差が生じるとの記載は見当たらず、本願発明に係る甲第2号証にもこの点を示す記載はない。そうすると、第一引用例記載の発明に係る積層フィルムは、三層の場合でもすぐれた機械的強度を有しているということができるから、本願発明の(Ⅰ)の効果が予想外であるということも難しい。

(Ⅲ)の作用効果について

ポリスチレン系樹脂の成形法として、圧空又は真空成形法が本件出願前周知であったことは前記(5)において認定したとおりであるが、本件全証拠殊に本願発明に係る特許出願公告公報である甲第2号証によっても、圧空又は真空成形法が被成形材の材質に何らかの影響を与えるとの事実を認めるには足りないから、本願発明の(Ⅲ)の作用効果が予想外であるということはできない。

(Ⅳ)の作用効果について

前記(5)における認定によれば、静電防止用フィルムの場合108Ω以下の表面抵抗率のものが必要とされることは周知事項であり、殊に電子機器部品等の包装材料について触れた第一周知例には、その包装材料としては表面固有抵抗が108Ω以下、好ましくは103~107Ω程度であることが望まれることが示されていることが明らかであり、半導体包装用容器としては表面抵抗率が108Ω以下のものが必要とされることは周知であると認められる。ところで、前記(4)及び(5)における検討の結果によれば、第一引用例には表面比抵抗値が上記の範囲内である複合プラスチック容器が記載されているということができるから、この容器を半導体包装用に適用すれば、帯電の影響を受けずに半導体を長期にわたり保存することは、当業者が容易に予想し得ることであるといわなければならない。

原告は、<1>本願明細書に記載された実施例と比較例の記載を検討すると本願発明の作用効果は顕著であり、また<2>本願発明の圧空又は真空成形の構成要件による優れた作用効果があるのに、審決はこれらの点を看過していると主張している。

しかしながら、まず<2>の点は、(Ⅲ)の作用効果について前述したところから理由がないことは明らかであり、また、<1>の主張も、次のとおり失当というほかはない。

すなわち、甲第2号証によれば、本願明細書に実施例と比較するために記載された比較例のうち、比較例1及び2に使用されたシートは積層されていないこと、比較例3及び4は導電層を両面に設けず、片面にのみ有するシートであること、本願明細書に他に比較例の記載はないことが認められる。ところで、前述のとおり第一引用例には積層したフィルムが記載されており、また、乙第1号証によれば、第一周知例には、「高度の導電性が要求される場合には両面に導電層を設けることが可能であり」(3頁左下欄8行ないし9行)との記載があり、乙第2号証によれば、第二周知例には、「導電性顔料であるカーボン及びグラファイトと、その混合粉末を20~70%の範囲で結合する樹脂と分散させて導電性塗料を作り、此をプラスティクス材料で出来たI.C.運搬ケースに内、外を塗布して静電気防止と摺動性を良好にしたI.C.運搬ケース」(手続補正書中の明細書1頁6行ないし11行)が記載されており、半導体包装容器において導電層を両面に設けることが周知であったことも認めることができる。そうしてみると、本願明細書の比較例は、第一引用例に記載の方法や周知の方法を採用していないことが明らかであり、このような比較例と実施例を対比して論じた作用効果は意味をもたないというべきであり、かえって、上記検討の結果と対比すれば、第一引用例との相違点にもかかわらず本願発明により顕著な作用効果が奏されるとは認められないというほかはない。

3  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

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