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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)91号 判決 1992年1月29日

原告 ルイ・ヴィトン

原告代表者総支配人 ダニエル・ピエット

原告訴訟代理人弁護士 藤田泰弘

同 高松薫

同 園山俊二

被告 株式会社 ナガホリ

被告代表者代表取締役 長堀守弘

被告訴訟代理人弁理士 旦範之

同 高橋功一

同 旦武尚

主文

一  特許庁が、同庁昭和六〇年審判第七三一八号事件について、平成二年一二月二〇日にした審決を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文と同旨の判決

二  被告

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、別紙一記載のとおりの構成よりなり、指定商品を第二一類「装身具、ボタン類、かばん類、袋物、宝玉およびその模造品、造花、化粧用具」とする登録第一七四一〇九八号商標(昭和五三年四月六日出願、昭和六〇年一月二三日登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。

原告は、昭和六〇年四月一九日、本件商標登録を無効とする旨の審判を請求し、特許庁は同請求を昭和六〇年審判第七三一八号事件として審理したが、平成二年一二月二〇日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は、平成三年二月二五日、原告に送達された。なお、出訴期間として九〇日が附加された。

二  本件審決の理由の要点

(1)  本件商標の構成、その指定商品、出願から登録に至る経緯は前記一記載のとおりである。

(2)  請求人(原告)が本件商標の登録無効の理由に引用する登録第一三三二九七九号商標(以下「引用A商標」という。)は、別紙二に示すとおりの構成よりなり、第二一類「装身具、ボタン類、かばん類、袋物、宝玉およびその模造品、造花、化粧用具」を指定商品として、昭和四八年三月一四日登録出願、同五三年五月一日に登録されたものであるが、該商標の商標権は、商標登録原簿の記載に徴すれば、昭和六三年五月一日存続期間満了により消滅しているものである。

同じく登録第一四一九八八三号商標(以下「引用B商標」という。)は、別紙三に示すとおりの構成よりなり、第二一類「装身具、ボタン類、かばん類、袋物、宝玉およびその模造品、造花、化粧用具」を指定商品として、昭和五一年二月四日登録出願、同五五年六月二七日に登録されたものである。

また、同じく登録第一四四六七七三号商標(以下「引用C商標」という。)は、別紙四に示すとおりの構成よりなり、第二一類「かばん類、その他本類に属する商品」を指定商品として、昭和五一年一一月九日登録出願、同五五年一二月二五日に登録されたものである。

(3)  請求人(原告)は、「本件商標の登録は、これを無効とする。審判費用は被請求人(被告)の負担とする。」との審決を求めると申し立て、その理由を次のように述べ、証拠方法として審判甲第一号証ないし同第六号証を提出している。

ア 本件商標と引用A、Bの商標を対比するに、本件商標は「L」に「D」を重ねた態様からなるのに対し、引用A、B商標は、「L」に「V」を重ねた態様からなり、両者を構成する文字中「L」の文字は、やや右側へ傾いた態様からなるので、本件商標は、引用A、B商標と外観上類似する商標である。

さらに、本件商標は、その構成より「エルディー」の称呼を生じ、他方引用A、B商標は、その構成より「エルヴィー」の称呼を生ずるのであって、両者は共に五音構成からなり、第三音において「デ」と「ヴ」の濁音の差異にすぎず、極めて近似した響きの音といえる。

してみると、本件商標は、引用A、B商標と外観及び称呼の点において類似する商標であり、かつ、指定商品も同じくするものであるから、商標法第四条第一項第一一号に該当すること明らかである。

イ 引用A、B、Cの各商標は、本件商標の指定商品中に含まれるバッグ等に使用して周知著名な商標である。

以上の事実を勘案するとき、本件商標は、商標法第四条第一項第一〇号に該当し、また、他人の業務に係る商品と商品の出所について混同を生ずるおそれがあるものであるから、商標法第四条第一項第一五号に該当するものである。

(4)  被請求人(被告)は、結論同旨の審決を求めると答弁し、その理由を次のように述べ、証拠方法として審判乙第一号証ないし同第五号証を提出している。

ア 引用各商標は、いずれもローマ字二字よりなるモノグラムで構成されているものである。しかして、ローマ字二字のみからなる商標は極めて簡単かつありふれた商標として、商標法第三条第一項第五号に該当し、登録され得ないものであるが、ローマ字二字をモノグラムをもって構成された場合には、登録適格があり、かつ、その構成からは特定の称呼、観念を生じないものといわなければならない。

したがって、請求人(原告)が本件商標及び引用各商標から称呼、観念を生ずるという主張は理由がない。

また、本件商標と引用各商標との外観の点について判断すれば、前者は、「L」と「D」のモノグラムであり、後者は、「L」と「V」のモノグラムであり、両者はローマ字の「L」を共通にするが、「D」と「V」の別異のローマ字をもってモノグラムとする構成であるので、両商標は外観の点においても非類似の商標である。

イ 引用各商標は、請求人(原告)の主張するように、バッグ等に使用して周知著名であるとしても、本件商標とは、前記のとおり全く別異のものである。

したがって、本件商標は、商品の出所の混同を生ずる余地のないものである。

(5)  よって按ずるに、本件商標は、別紙一に示すとおり、ローマ字「D」と「L」とを組合せてモノグラム化された構成からなるものであるのに対し、引用A、Bの商標及び引用C商標の構成中の引用A商標とほぼ同一の構成態様からなる部分は、別紙二、三及び四に示すとおり、いずれもローマ字「V」と「L」とを組合せてモノグラム化された構成からなるものであるから、これらが共に「L」のローマ字を構成中に有しているとはいえ、本件商標は「D」のローマ字、引用各商標は「V」のローマ字の字形を著しく異にするローマ字との組合せから構成されているものであるから、両者はその構成の軌及び形象を著しく異にし、これを時と処を異にして観察するも、外観上において相紛れるおそれがなく十分識別し得るものと認めうるところである。

また、称呼、観念上よりみるも、本件商標と引用A、B及びCの商標のモノグラム化された構成からは、いずれも特定の称呼、観念を生ずるものとは認められないものであるから、この点については、両者は比較すべくもない。

してみれば、本件商標は、引用A、B及びCの商標とは、外観、称呼及び観念のいずれの点よりみても相紛れるおそれのない非類似の商標というべきである。

さらに、上記引用の各商標がバッグ等に使用して周知著名であるから、請求人(原告)の業務に係る商品と混同を生じるおそれがあるという請求人(原告)の主張については、たとえ、引用の各商標が著名なものであるとしても、これらが本件商標と非類似のものであることは前記のとおりであるから、請求人(原告)の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがある商標といえず、この点についての主張は採用できない。

したがって、本件商標は、商標法第四条第一項第一一号、同第一〇号及び第一五号の規定に該当するものとして、その登録を無効とすることはできない。

三  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、本件商標と引用各商標との称呼上及び外観上の類似を看過し、本件商標が周知の引用各商標に類似する商標であることあるいは商品の出所を混同する商標であることを看過したものであって、違法として取り消されなければならない。

(1)  称呼上及び外観上の類似

ア 本件審決は、本件商標及び引用各商標のモノグラム化された構成からは特定の称呼、観念を生じないから、称呼上の類似は生じないとしている。

しかし、本件の場合、両商標は図案化された組合せ文字(モノグラム)であるとはいえ、その構成要素たる個々のローマ字は明らかに判別可能であり、かつ共通する構成要素「L」の位置及びもう一方の構成要素の相対位置を勘案すれば、引用各商標は「エルヴィー」、本件商標は「エルディー」と、各々容易に称呼される。一般に人がローマ字の配列を見る場合、個々のローマ字の称呼を配列に沿って直観する。

してみれば、本件商標及び引用各商標から生ずる称呼「エルヴィー」及び「エルディー」は、たった一字の濁音を除き同一であり、極めて近似した称呼を感知させるといえる。

イ 本件商標及び引用各商標は、いずれもローマ字二字からなるモノグラムの形式で成り立っており、ローマ字の「L」を共通にしている。

両商標を構成する文字の大きさは近似している上、共通の構成要素である「L」を構成する二本の線の交わる角度はほぼ同じであり、水平線に関しては右先端部分にある斜線と平行するように描かれたはね及び斜線両端の張り出しを同じくしている。

また、二文字の配列に関しては、共通の構成要素である「L」を下に、もう一つの構成要素を上に、しかも「L」の斜線上の一点において「L」と交わらせているところも共通している。

ウ 以上の事実によれば、本件商標と引用各商標とは、称呼上及び外観上からも類似していることは明らかである。

(2)  本件商標及び引用各商標は、前記のとおり、称呼上及び外観上からも類似しているほか、引用各商標は本件商標の指定商品たるバッグ等に使用され、周知著名となっている。

したがって、引用各商標は、商標法第四条第一項第一〇号中のいわゆる「周知商標」に該当し、本件商標は、同号の「これに類似する商標」に該当する。

(3)  仮に、本件商標と引用各商標とが経験則上類似するとはいえないとしても、本件商標は、商標法第四条第一項第一五号の「他人の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがある商標」に該当する。

すなわち、商標法において類似の規定(第四条第一項第一〇号及び第一一号)と出所の混同(同項第一五号)を別々に規定し、第一五号に至っては、殊更「(第一〇号から前号までに掲げるものを除く。)」と但し書をしている点を考えると、たとえ類似の観点から被侵害商標権者を救済できなくとも、当該商標の周知性・著名性を含め、取引の具体的な実情を考慮し、全体的に観察して出所の混同が生ずるおそれがあれば、第一五号によって救済しようとするのが、商標法第四条の立法趣旨である。

したがって、本件審決のように、非類似であるから出所の混同を生じようがないとするのは、同条第一五号の存在意義を無視するものである。

第三請求の原因に対する認否及び主張

一  請求の原因一及び二の事実は認める。

二  本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。

(1)  称呼上及び外観上の類似について

ア ローマ字二文字よりなる通常の配列の文字は、そのローマ字により配列に沿って称呼が生じるが、そのようなローマ字二文字のみよりなる商標は、そもそも極めて簡単かつありふれた商標として、商標法第三条第一項第五号に該当し、登録され得ないものである。

これに対して、ローマ字二文字をモノグラムをもって構成した場合は、もはや通常使用される文字ではなく全体を一つの構成として成立する図案化された商標と把握されるのであって、もはや通常の文字として把握されるようなローマ字二文字の称呼が生じなくなることから初めて自他商品の識別が可能となり、登録適格を有するに至るものである。この場合は、全体を一つのモノグラム商標を構成していることから特定の称呼、観念は生じないことは、商標法上当然のことである。

してみれば、本件商標はもとより引用各商標も、商標法第三条第一項第五号を具備して登録されていることに鑑みれば、両者は、何ら、特定の称呼、観念を生じないものである。

イ 本件商標と引用各商標の外観を対比するに、本件商標は、「D」に「L」を重ねてモノグラムとなしたものであり、引用各商標は、「L」に「V」を重ねてモノグラムとなしたものであって、「L」という点では共通するが、ローマ字の「D」と「V」の相違という外観上の顕著な相違を有するものである。

そもそも、「D」と「V」のごとく、全く別異な外観を有する文字を、「L」の文字に重ねてモノグラムとなした場合、「D」や「V」から把握される外観は、モノグラム上も非常に大きなウエイトを占めることは当然であるとともに、ローマ字二文字よりなるモノグラムにおいては、一文字の占める外観の印象は、極めて大きいものである。

してみれば、本件商標と引用各商標は、全く別異な外観を有する「D」と「V」の相違が存在することから、両者は、非類似の商標であるのみならず、何ら彼此混同誤認する余地のないものである。

複数の文字のモノグラムよりなる商標について、その一文字を共通するからといって、すべて類似ないし出所混同のおそれあるとする原告の主張は、商標法上到底採用することのできないものである。

(2)  「周知商標」について

引用各商標がいくら周知といっても、称呼、観念のみならず、全く外観の違う本件商標が、引用各商標と類似することとはならないことは明らかである。

(3)  出所の混同について

商標法第四条第一項第一〇号及び第一一号は、一般的出所の混同防止の規定であって、類似する商標の登録を排除するものであり、また、同項第一五号も具体的出所混同の防止の規定であって、具体的に出所混同が生じるおそれがある商標の登録を排除するための規定である。

この場合、商標法第四条第一項第一五号は、類否のみならず、具体的出所混同のおそれも判断する必要があるが、本件商標と引用各商標とは、その称呼、観念のみならず、全く外観を異にするものであり、出所混同の生じるおそれの余地の全くない商標である。

したがって、本件審決は、本件商標と引用各商標が全く違う、相紛れるおそれがなく充分識別し得る商標であることを明示すべく、非類似との表現を用いたのであり、原告主張の如き商標法第四条第一項第一五号の存在意義を無視したものではない。

第四証拠《省略》

理由

一  請求の原因一及び二の事実(特許庁における手続の経緯及び本件審決の理由の要点)については当事者間に争いがない。

二  そこで、取消事由について検討する。

(1)  別紙一ないし四に示すとおり、本件商標がローマ字の「D」と「L」を、各文字を構成する縦線をいずれも右側に傾斜させて、「D」を上にし「L」を下に重ねてモノグラムとしたものであり、引用各商標(ただし、引用C商標についてはその文字部分。以下同じ。)がローマ字の「L」と「V」を、「L」を構成する縦線を右側に傾斜させて、「V」を上にし「L」を下に重ねてモノグラムとしたものであること、両商標を構成する文字の大きさは近似している上、共通の構成要素である「L」を構成する縦線は横線に比してかなり太く、しかもその上端には短い横線の張り出し部分があり、下部の横線は、縦線よりも左に少し張り出しているほか、右先端部分には縦線と平行するようにはね上げ部分があるなど、その形はほぼ同じであること、本件商標の「D」の縦線及び曲線の中央部分は横線に比してかなり太く、縦線の両端にはいずれも左側への張り出しがある一方、引用各商標の「V」の左側斜線は右側斜線に比してかなり太く、また、両斜線の上端にはいずれも張り出しがあること、両商標は、上記のように、ローマ字を多少図案化してはいるが、本件商標がローマ字の「D」と「L」を、引用各商標がローマ字の「L」と「V」をいずれもモノグラムとしたものであることは一見して認識し得ること、以上の点は、両商標の構成からみて明らかである。

(2)  本件審決は、「称呼、観念上よりみるも、本件商標と引用A、B及びCの商標のモノグラム化された構成からは、いずれも特定の称呼、観念を生ずるものとは認められない」と判断している。

確かに、複数のローマ字をモノグラム化した構成からは特定の観念を生じることはないとしても、モノグラムとは文字の組合せであるから、文字に称呼がある以上、当該商標が複数のローマ字をモノグラム化した構成からなることが一見して明らかな場合にまで、一切称呼が生じないと解することは相当ではない。

これを本件についてみるに、上記のとおり、本件商標がローマ字の「D」と「L」を、引用各商標がローマ字の「L」と「V」をモノグラムとしたものであることは一見して認識し得ることであるから、本件商標からは「ディーエル」の、引用各商標からは「ヴィーエル」、「ヴイエル」または「ブイエル」あるいは「エルヴィー」、「エルヴイ」または「エルブイ」の称呼が生ずると解するのが相当である。

してみると、本件審決が、「本件商標と引用A、B及びCの商標のモノグラム化された構成からは、いずれも特定の称呼を生ずるものとは認められないものである」旨判断したことは、誤りといわねばならない。

被告は、「ローマ字二文字よりなる通常の配列の文字は、そのローマ字により配列に沿って称呼が生じるが、そのようなローマ字二文字のみよりなる商標は、そもそも極めて簡単かつありふれた商標として、商標法第三条第一項第五号に該当し、登録され得ないものである。これに対して、ローマ字二文字をモノグラムをもって構成した場合は、もはや通常使用される文字ではなく全体を一つの構成として成立する図案化された商標と把握されるのであって、もはや通常の文字として把握されるようなローマ字二文字の称呼が生じなくなることから初めて自他商品の識別が可能となり、登録適格を有するに至るものである。」旨主張する。

しかしながら、ローマ字二文字よりなる通常の配列の文字が登録され得ないものであるか否かはさておき、図形を商標として使用する場合においても称呼が生じる場合があるとおり、たとえローマ字二文字をモノグラムをもって構成した商標の場合であっても、称呼が生ずることがあることは前記認定のとおりであって、このことは図形商標においても称呼が生ずることがあることからも明らかであるから、被告の上記主張は理由がない。

(3)  したがって、本件審決が、「モノグラム化された構成からは、特定の称呼を生ずるものとは認められないものであるから、この点について、両者は比較すべくもない。」旨判断した上、「本件商標は、引用A、B及びCの商標とは、称呼の点よりみても相紛れるおそれのない非類似の商標というべきである。」旨判断したことは誤りであるといわなければならず、本件審決は、その余の点について判断するまでもなく取消しを免れない。

三  よって、本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 島田清次郎)

<以下省略>

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