東京高等裁判所 平成3年(行コ)125号 判決 1992年3月12日
北海道岩見沢市緑が丘四丁目二二一番地六四
控訴人
池浦吉衛
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被控訴人
特許庁長官 深沢亘
右指定代理人
田口紀子
同
井上邦夫
同
村田義尊
同
大橋信彦
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、出願番号昭和五七年第一七三四八五号の特許権をすぐ交付せよ。
3 訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨の判決。
第二 当事者の主張
一 原判決の二丁裏一行に「その後右出願無効処分は確定した(弁論の全趣旨)。」とあるのを「控訴人は右決定の後に取消訴訟を提起しなかった(争いがない)。」と訂正して、原判決「第二 事案の概要」を引用する。
二 当審における控訴人の主張
1 判決に関与できない裁判官の関与の主張
平成三年九月二日の裁判で、裁判官が交代したため控訴人は裁判長に質問をしたところ、交代した裁判官の氏名以外は教えてもらうことができなかった。右は、法令により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したものと思われる。
2 審判の公開(憲法八二条)違背の主張
審判の公開の場合、裁判が行われることが前もって一般の人に知らされていることが必要であるところ、知らされていれば傍聴人として出廷するものと予想される控訴人の教え子や親戚のものが出廷しておらず、控訴人の裁判が前もって一般の人に知らされていなかったものと思われる。
3 原判決の理由不備の主張
原判決には次の各点についての理由が付されていない。
(一) 控訴人が原審で主張した、昭和五八年九月二九日付出願無効処分に関する刑法一五六条(虚偽公文書作成)違反の主張
(二) 控訴人が原審で主張した、平成元年五月二四日付「出願の経緯についての回答書」に関する刑法一五六条違反の主張
(三) 控訴人が原審で主張した行政不服審査法四一条違反の主張
(四) 控訴人が原審で主張した刑法一九三条(公務員職権濫用)違反の主張
(五) 控訴人が原審で主張した出願番号通知に関する国家公務員法二七条(平等取扱いの原則)違反の主張
(六) 控訴人が原審で主張した、昭和六〇年六月二〇日付異議申立棄却決定に関する刑法一五六条違反の主張
(七) 原判決が「特許の出願から特許権の設定の登録に至るまでの諸手続を詳細に定めた特許法の諸規定から特許権設定の登録を求める訴訟が許されないのは明らか」と判断した点
(八) 原判決が一定の行政処分の作為を求める訴訟が許されない理由として示した「三権分立の建前」及び「原則として」とは何かの点
4 特許庁の拒絶理由捏造による特許権不交付の不作為の違法に基づく特許権設定登録請求の主張
被控訴人は、控訴人のなした出願番号昭和五七年第一七三四八五号の特許出願(以下、「本件出願」という。)に対し、九年三か月を経過しているにもかかわらず、次の各違法を行って拒絶理由を捏造し、出願公告、公告決定、特許登録査定をせず、特許権の設定登録を行わない。
よって、被控訴人に対し、本件出願に対する特許権の設定登録をするよう求める。
(一) 特許法一八条一項違反による拒絶理由の捏造
(二) 昭和五八年九月二九日付出願無効処分に関する刑法一五六条違反による拒絶理由の捏造
(三) 平成元年五月二四日付「出願の経緯についての回答書」に関する刑法一五六条違反による拒絶理由の捏造
(四) 特許法六五条の二に違背した、原子力発電関係者の利益を守る(本件出願に係る発明が広く使用されるようになると、原子力発電の従業員が職を失うことになる。)ための、拒絶理由の捏造
(五) 行政不服審査法四一条違反による拒絶理由の捏造
(六) 刑法一九三条違反による拒絶理由の捏造
(七) 国家公務員法二七条違反による拒絶理由の捏造
(八) 昭和六〇年六月二〇日付異議申立棄却決定に関する刑法一五六条違反による拒絶理由の捏造
(九) 憲法三二条に違背した拒絶理由の捏造
5 訴訟手続の法令違反の主張
(一) 原審においては証拠提出の機会が不充分であった。
(二) 被控訴人は、原審において、準備書面(答弁書)を裁判所を経由することなく口頭弁論期日(平成三年五月二七日)の四日前に控訴人に直送し、控訴人に準備をなすに充分な期間を与えなかった。
(三) 被控訴人から控訴人に対する書留郵便物の糊付けが悪く、書留郵便物の内容が郵便局員に知れた。
6 法令の適用の誤りの主張
(一) 原判決は、行政庁に対し一定の行政処分の作為を求める訴訟は三権分立の建前から原則として許されないと判示しているが、三権分立の建前から原則として許されないとする法律は存在しない。基本的人権として、憲法三二条は何人も裁判所において裁判を受ける権利があるとしており、同条を適用しないのは法令の適用を誤ったものである。
被控訴人は、特許法一八条一項、同法六五条の二、同法一七条二項二号、刑法一五六条、同法一九三条、行政不服審査法四一条、国家公務員法二七条にそれぞれ違背する不法行為を行っているものであり、控訴人は被控訴人に対し、民事訴訟法一五条により、行政処分の作為を求める訴訟をすることができるものである。
(二) 原判決は、特許の出願から特許権の設定の登録に至るまでの諸手続を定めた特許法の諸規定をみると、本件訴えのように特許権の設定登録を求める訴訟が許されないことは明らかであると判示しているが、特許法の諸規定には、特許権の設定登録を求める訴訟が許されないとする規定はない。
(三) 本件出願については出願無効処分は確定していないものであり、これを確定したとするのは、特許法に該当する法令はなく、特許法の適用を誤ったものである。。
(四) 原判決は、本件訴えは不適法であると判示するが、法令の条文の明示もなく不適法とするのは刑法一九三条に違反する。
(五) 原判決は、被控訴人の主張のみを取り上げ、控訴人の主張を全くといってよいほど取り上げておらず、国家公務員法二七条に違反するものである。
(六) 原判決は本件訴えが適法であるのに不適法とするものであり、国家公務員法二七条、同法九九条、刑法一九三条に違反する。
(七) 原判決の判決書には裁判官の印がなく、民事訴訟法一九一条に違反する。
7 審理不尽の主張
被控訴人は刑法一五六条、同法一九三条、行政不服審査法四一条、国家公務員法二七条にそれぞれ違背する不法行為を行っているにもかかわらず、原判決にはこの真実発見の義務を怠った審理不尽がある。
8 事実無視
本件の事案の概要は、被控訴人が特許権を交付しないのは、特許法一八条一項、同法六五条の二、同法一七条二項、刑法一五六条、同法一九三条、行政不服審査法四一条、国家公務員法二七条に違背する等として、被控訴人に対し特許権をすぐに交付するよう求めた訴訟とすべきなのに、原判決の事案の概要の一項の記載は、事実を無視したものである。
理由
一 当裁判所も、控訴人の本件訴えは不適法であり、これを却下すべきものと判断する。その理由は、次に付加するほか、原判決二丁裏四行ないし一一行までと同一であるから、これを引用する。
二 控訴審における控訴人の主張に対する判断
1 判決に関与できない裁判官の関与の主張について
控訴人が主張するように、単に交代した裁判官の氏名以外が明らかでないというだけでは当該裁判官が判決に関与することができない裁判官であると認めるべき理由とはならず、他に、交代した該裁判官が判決に関与することができない裁判官であると認めるべき具体的事実の主張も立証もないから、控訴人の右主張は理由がない。
2 審判の公開(憲法八二条)違背の主張について
裁判の公開は憲法八二条及び裁判所法七〇条が規定するところである。裁判の公開の制度は、開廷日時等の個々の裁判の進行に関する具体的事項を予め一般の人に知らせることまでを必要とするものではなく、裁判が行われている法廷を何人も傍聴可能な状態におけば足りるものである。そして、裁判の公開の有無は書記官の作成する調書に記載され、公開したか否かの事実は調書によってのみ証明され得る(民事訴訟法一四二条、同一四三条、同一四七条)。そして、原審の各口頭弁論調書によれば、原審の口頭弁論期日はいずれも公開の法廷で行われていることが認められるから、控訴人の右主張は採用できない。
3 原判訣の理由不備の主張について
(一) 本件訴訟は、被告を特許庁長官としているところからみて、特許権の設定の登録という行政処分をなすべきことを求める訴訟であると解せられるところ、このような訴えが不適法であることは原判決が判示するとおりである。
原判決には理由が付されていないとして控訴人が主張する(一)ないし(六)の点は、特許出願手続における行政庁の行為の違法をいうものであるが、裁判所は提起された訴えについて、まず適法要件を審査し、その結果適法要件を欠くとの判断に至れば、その実体について審理判断することなく、直ちに訴えを不適法として却下しなければならないものである。しかして、本件訴訟が不適法である以上、原判決が右(一)ないし(六)の点につき審理判断を示さなかったことに違法はなく、この点に関する控訴人の主張は理由がない。
(二) また、原判決には理由が付されていないとして控訴人が主張する(七)及び(八)の点が理由がないことは、後記6に説示するところから明らかである。
4 特許庁の拒絶理由捏造による特許権不交付の不作為の違法に基づく特許件設定登録請求の主張について
本件訴訟は特許権の設定の登録を求める訴訟と解すべきであるが、かかる訴訟が不適法であって許されないことは原判決が判示するとおりであり、その主張に係るような事項について判断を示す必要がないことは、3(一)に説示したとおりである。
5 訴訟手続の法令違反の主張について
一件記録によれば、本件訴訟は平成二年三月一九日に提起され(同月二二日受付け)、平成三年五月二七日、同年七月一二日、同年九月二日の三回にわたる口頭弁論を経て、同年一〇月二八日原判決が言渡されたもので、右経過によれば、原審において証拠提出の機会が控訴人にとって不充分であったものと認めることはできず、また、被控訴人が平成三年五月二七日付け答弁書を控訴人に直送したのが平成三年五月二七日の口答弁論期日の四日前であったとしても、前記のようにその後二回口答弁論期日が開かれているから、控訴人として、前記答弁書に対し反論する充分な期間があったものと認めることができる。したがって、(一)及び(二)の主張は理由がない。更に、(三)の主張も、そのような事実が何故に原判決を違法ならしめるのか明らかでなく、採用の限りでない。
6 法令の適用の誤りの主張について
(一) 行政庁に対し一定の行政処分の作為を求める訴訟が三権分立の建前から原則として許されないことは、原判決が判示するとおりである。すなわち、法は、三権分立の建前から、行政権を行政主体に分属せしめており、ただ、違法な行政行為によって侵される私人の権利、利益の回復を求める手段として、行政権から独立した裁判所に行政行為の法律適合性を審査する権限を与えているものである。そして、この裁判所による行政行為の法律適合性のコントロールは、違法な行為によって自己の権利、利益を侵害された私人がこのような行政行為に対して取消訴訟を提起する途を確保することによって実現されるのを原則とし、行政庁に対し一定の行政処分の作為を求める訴えを提起することは、原則として、許されない。憲法三二条が何人も裁判所において裁判を受ける権利があるとするのも、右原則を前提としたうえでの権利の保障であり、憲法三二条を根拠に行政庁に対し一定の行政処分の作為を求める訴訟が許されると解することはできない。
控訴人は、原判決が「行政庁に対し一定の行政処分の作為を求める訴訟は三権分立の建前から原則として許されない。」と判示したことについての理由が不備であり、また、そのような訴訟が許されないとする法律は存在しない旨主張する。しかし、かかる訴訟が許されないのは、国家の統治機構を立法、司法、行政の別個独立の機構に分け、相互の抑制均衡により、国政の適正な運用を期待するという三権分立の制度の本質に由来するものであって、特にかかる訴訟を許容しないとの立法を要するものではない。例外的にかかる訴訟を許容するとしても、その場合にはその旨の法律の定め又はこれを必要とする特段の事情が存することを要するものと解すべきところ、本件においては右のような法律の定めはなく、また、特段の事情を認めるに足りる資料はないから、本件訴訟は、右の原則論に則り、不適法なものといわざるを得ない。控訴人が指摘する原判決の判示もこれと同旨に解されるから、その理由に不備があるとはいえない。
なお、民事訴訟法一五条の規定は、民法七〇九条ないし七二四条、国家賠償法一条等、法律の具体的な規定に基づいた不法行為に関する訴えの裁判籍を定めた規定であって、民事訴訟法一五条の規定自体によって不法行為に関する訴えが認められるものであると解することはできないから、民事訴訟法一五条により行政処分の作為を求める訴訟をすることができるとする控訴人の主張は失当である。
(二) 控訴人は、原判決が「特許の出願から特許権の設定の登録に至るまでの諸手続を詳細に定めた特許法の諸規定から特許権の設定登録を求める訴訟が許されないのは明らかである。」と判示したことについての理由の不備があり、また、特許法には特許権の設定登録を求める訴訟が許されないとする規定はないから同訴訟が許されるべき旨主張するが、行政庁に対し一定の行政処分の作為を求める訴訟が三権分立の建前から原則として許されないことは前判示のとおりであり、原判決は、かかる原則論に立脚したうえ、特許法の諸規定を検討した結果、かかる訴訟を許容すべき規定が同法中にないものと判断したものであるから、控訴人が指摘する原判決の判示に理由の不備はなく、控訴人主張のように、特許法に特許権の設定登録を求める訴訟が許されないとする規定がないからといって、同訴訟が許されるわけではない。
(三) 控訴人は本件出願の出願無効処分に対する異議申立を棄却する旨の決定後に取消訴訟を提起しなかったことは当事者間に争いのないところであるから、本件出願について出願無効処分が確定したものであり、同処分が確定していないとする控訴人の主張は理由がない。
(四) 原判決は、特許法の諸規定から、特許権の設定登録を求める訴訟が許されないと判断するものであって、法律の規定に基づき不適法と判断するものであるから、刑法一九三条に違反するものとはいえない。
(五) 判決は、当事者の主張すべてを取り上げて判断することを必要とするものではなく、結論に至るに必要な事項について判断すれば足りるものである。一件記録によれば、原判決は訴えの適法性の有無の観点から当事者の主張を検討したものと認めることができるから、この点に関する控訴人主張は理由がない。
(六) 原判決は、前判示のとおり本件訴えを正当に不適法と判断するものであり、国家公務員法二七条、同法九九条、刑法一九三条に違反するものではない。
(七) 控訴人は原判決の判決書には裁判官の印がない旨主張するが、原審記録によれば、原判決の判決書の原本には裁判官の署名捺印が存在することが認められるから、控訴人の同主張は理由がない。
7 控訴人は原判決の審理不尽を主張するが、不適法な訴えにあっては、裁判所はその実体についての審理判断をすることなく、直ちに訴えを不適法として却下しなければならないものであることは前判示のとおりであるから、控訴人の主張する被控訴人の不法行為について審理しなかったことをもって審理不尽とすることはできない。
8 原判決の事実摘示自体には誤りはなく、この点に関する控訴人の主張は理由がない。
三 以上によれば、原判決は相当であり、控訴人の被控訴人に対する本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきである。よって、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 田中信義 裁判官 杉本正樹)