大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成3年(行コ)48号 判決 1994年2月28日

控訴人

押田成人

(ほか一二名)

右控訴人ら訴訟代理人弁護士

久保田昭夫

仲田晋

小林七郎

野澤裕昭

宮坂浩

森田宗一

中平健吉

中平望

両角吉次

田崎信幸

千葉恒久

黒澤計男

被控訴人

富士見町長 有賀武治

右訴訟代理人弁護士

大田黒昔生

右指定代理人

武藤本治

雨宮良一

五味久幸

矢沢彰

被控訴人

右代表者法務大臣

三ケ月章

右指定代理人

久保田浩史

及川まさえ

益子捷兵

清水浩次

斉藤光芳

斎藤雅昭

伊藤靖夫

理由

一  本件各請求の態様及び要件について

本件は、富土見町の住民である控訴人らにおいて、

1  被控訴人町長に対し、

(一)  地方自治法二四二条の二第一項一号の規定に基づき、被控訴人町長が本件事業に関して八ツ岳上水道から一切の水の供給をすることの差止め

(二)  同項二号の規定に基づき、被控訴人町長が国に対し本件事業に関して八ツ岳上水道から給水する旨の承諾を与えたことが無効であることの確認

(三)  同項三号の規定に基づき、被控訴人町長が国に対し本件事業に関して八ツ岳上水道から給水する旨の承諾を与えたことが違法であることの確認

2  被控訴人国に対し、同項四号の規定に基づき、富士見町に代位して

(一)  主位的に、被控訴人国が富士見町に対し本件事業に関して八ツ岳上水道から給水を受ける権利を有しないことの確認

(二)  予備的に、被控訴人国が富士見町に対し本件事業地内の用地貸付契約者のために八ツ岳上水道から給水を受ける権利を有しないことの確認

を求めるものである。

右の各請求を、地方自治法二四二条の二第一項各号及び二四二条一項の各規定に当てはめると、1(三)を除くその他の請求は、被控訴人町長により「当該行為」がされたこと、又は「当該行為」がされることが相当の確実さをもつて予測されることを前提として、「当該行為」の差止め(一号)、行政処分たる「当該行為」の無効確認(二号)及び「当該行為」の相手方に対する法律関係不存在確認(四号)を求めるものである。ここにいう「当該行為」とは、右の各規定に照らすと、違法な(一)公金の支出、(二)財産の取得・管理・処分、(三)契約の締結・履行、(四)債務その他の義務の負担を指すことが明らかであるが、本件においては、控訴人らは公金の支出を請求の対象としておらず、また財産の取得があつたことは主張していないから、(イ)財産の管理・処分、(ロ)契約の締結・履行、(ハ)債務その他の義務の負担という三つの類型の行為についてその存否を検討すべきこととなる。そして、前記1(一)の請求との関係では、被控訴人町長が当該行為をすることか相当の確実さをもつて予測されるかどうか、1(二)の請求との関係では、当該行為が行政処分といえるかどうか、2(一)、(二)の請求との関係では、当該行為により富士見町と国との間に法律関係が発生したかどうかが更に検討されなければならない。

また前掲1(三)の請求は、怠る事実の違法確認(三号)を求めるというのであるから、一般的には、違法に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実があることを前提とするものであるが、本件において控訴人らは公金の賦課、徴収を怠る事実があることは主張していないから、財産の管理を怠る事実のみを問題とすれば足りる。

そこで、以下このような観点から各請求の適否について判断する。

二  被控訴人町長に対する差止請求について

前掲一1(一)の請求は、本件事業に関し一切の水の供給をすることの差止めを求めるものであるが、この請求は、被控訴人町長が本件事業に関し町の上水道から給水することをもつて「当該行為」ととらえるものとみられる。すなわち、まず本件回答により町長と国との間に水道供給契約が成立したとして、その契約の履行としてされる給水の差止めを求め、仮に本件回答をもつて契約の成立に至らないものとしても、本件事業に関し町の上水道から水が供給されることが相当の確実さをもつて予測されるとして、やはり給水の差止めを求めるものであると解される。

ところで、本件事業のため本件事業地内に町の上水道から給水するためには、町水道条例の改正及び水道事業変更についての県知事の認可等所定の法的手続を経ることが必要であるが、そこに至る過程においてもろもろの準備的ないし事実的行為が行われ、またその現実の履行として町の上水道の施設から水道管を通して水を流すという事実行為も行われる。そしてこのような行為の実際は、町の水道事業の法的主体である町長によつて行われることもあれば、担当部門の職員によつて行われることもあり、一口に町の上水道からの水の供給行為といつても、実行者を異にし行為の種別ないし性質を異にする種々の行為が考えられるのであるが、本件において控訴人らは、主体を町長と限定する以外には、行為の種別を特定することなく、町の上水道からの水の供給行為を一連の法律的、事実的行為の総体としてとらえ、一切の水の供給行為の差止めを求めるものと解される。一方、町の水道事業の法的主体は町長であるから、仮に個々の行為(特に事実行為)について現実に手を下して実行する者が町長以外の職員であることがあつても(多くの場合そうであると考えられる。)、上水の供給行為を総体としてとらえてその差止めを求める場合には、事業主体である町長をその相手とすれば足りると考えられる。この場合差止めを求める個々の行為を特定しなければ請求が特定しないというものではない。したがつて、右のような一連の法律的、事実的行為の総体としての、町の上水道からの給水行為が財務会計上の行為と認められるのであれば、それは住民訴訟による差止めの対象となるというべきである。また、そのような総体としての一連の給水行為が未だ行われていない場合であつても、右のような意味での給水行為が行われることが相当の確実性をもつて予測されるときは、住民訴訟により予め差止めの対象とすることができる。

控訴人らは、主位的に、本件回答により町長が国との間に上水供給に関する契約を締結したとして現に給水行為が存在することを主張し、予備的に、仮に本件回答をもつて上水供給契約が成立しなかつたとしても、町長が本件回答をしたことにより、上水という財産の管理又は処分をすること、若しくは本件事業地に上水を供給する債務を負担することがあり得ることは明らかになり、これらの行為がされることが相当な確実性をもつて予測されるとして、いずれにしても地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき給水行為の差止めを求めることができるというのである(被控訴人らは、右相当な確実性をもつて予測されるとの控訴人らの主張を時機に遅れたものであるというが、理由がない。)。

ところで、本件回答の内容が「本件事業によつて必要となる水を町の上水道から供給する。」ないし「本件事業地の水は町の上水道で対処する。」というものであること、及び本件事業地を給水区域とする給水条例が改正され、かつこれにつき長野県知事の認可がされたことは、当事者間に争いがない。そうすると、本件回答が控訴人らの主張するような契約の性質を有するものであるか否かにかかわらず、被控訴人町長が主体となつて本件事業のため前記のような行為により町の上水を供給する行為は、既に実施の段階に入つており、また今後も引続き行われることは相当な確実性をもつて予測されるといわなければならない。

そして、町の上水道施設により浄化、殺菌等の処理を施し上水として供給されることが可能となつた水は、自然界にあつてそのままでは飲料に供し得ない水とは異なり、財産的価値のあるものであるから、町の上水を国の事業のため事業地内に供給することは、広く町の財産の管理・処分に相当する行為ということができる。したがつて、このような給水行為は財務会計上の行為に当たり、住民訴訟による差止めの対象となると解するのが相当である。

なお、控訴人らは、原審において、国に対し本件事業に関し八ツ岳上水道から給水することの差止めを求めるとの請求の趣旨を掲げていたが、当審において、「国に対し」という文言を外し、本件事業に関し八ツ岳上水道から一切の給水をすることの差止めを求めるとの請求の趣旨に改める旨申し立てた。従前の請求の趣旨は、給水の相手を国と特定してその差止めを求めるもののようにみられるが、本件における控訴人らの主張に照らすと、このような特定は意味のあるものとは考えられず、当審において改められた請求の趣旨は従前の請求の趣旨と同一性を有するものといつてよい。すなわち、本件事業を実施するためには本件事業地内に町の上水道から給水を受けることが不可欠であり、本件事業地内に給水を受けるには、本件事業の事業主体である国が本件事業地内に上水供給のためのポンプ室、配水管、給水装置との接続機器、量水計等の諸設備を設置、敷設するなどして町の上水道施設から上水の供給を受け得る設備体制を整備した上、本件事業地内の用地貸付契約者が個別に町との間に給水契約を締結して初めてこれが実現することになる。このような関係においては、本件事業に関し町の上水道から給水を受けるのは、本件事業地において本件事業を実施するに当たり町から上水の供給という利便の提供を受ける事業主体という面に着目すれば国であるということができるし、現実に給水による利益を享受する利用者という面に着目すれば各用地貸付契約者であるということもでき、いずれに解することも可能であろう。しかし、本件における控訴人らの主張は、これを全体にわたつて検討すれば、本件事業のため本件事業地内に町の上水道から給水することは、相手が右のような意味での国であろうと各用地契約者であろうと、およそ違法であるというものであることは明らかである。このような主張の下に給水行為の差止めを求めるに当たつて、相手を国とする給水と相手を各用地貸付契約者とする給水とに分けてそのいずれかに限定することは、意味のあることとは考えられない。控訴人らが従前の請求の趣旨において給水の相手を国と特定するかのような文言を用いていたのは、本件において終始、町長と国との間に給水契約が成立し、またそれが国を相手とする行政処分の性質を合わせもつと主張しているため、それと符節を合わせたにすぎないと解されるのであつて、その真意は、本件事業のため本件事業地内に町の上水道から給水することを不可として一切の給水行為の差止めを求めるというにあることは、本件における控訴人らの主張全般に照らして明らかである。したがつて、従前の請求の趣旨において差止めの対象である給水行為の相手を国と特定していたのはむしろ無用のことであつたと考えられるのであり、当審において改められた請求の趣旨は従前の請求の趣旨と同一性を有するものといつて差し支えない。

被控訴人らは、給水の相手を特定せずに単に一切の給水行為の差止めを求めるというのでは請求が特定しないと主張する。しかし、控訴人らの主張は、前記のように、本件事業のため本件事業地内に町の上水道から給水することは、その相手を国と解しようと各用地契約者と解しようと、およそ違法であるというものであつて、このような主張の下においては、給水の相手方を特定しなくても請求は特定しているということができる。

右のとおりであるから、原判決中、被控訴人町長に対する給水の差止請求にかかる訴えを、本件回答が財務会計上の行為に当たらないことを理由に不適法とした部分は、違法であつて取消しを免れない。そしてこの請求について更に審理を尽くさせるため、本件訴えのうち右請求にかかる部分を原審に差戻すべきである。

三  被控訴人町長に対する無効確認請求及び被控訴人国に対する請求について

1  被控訴人町長に対する前掲一1(二)の請求は、本件回答により町長が国に対し本件事業に関し八ツ岳上水道から給水する旨の承諾を与えたことの無効確認を求めるものであるが、地方自治法二四二条の二第一項二号により無効確認の請求ができるのは、当該行為が行政処分である場合であるから、控訴人らの右請求が成り立つためには本件回答が行政処分の性質を有することが必要である。

また、被控訴人国に対する前掲一2(一)、(二)の請求は、町長と国との間に上水の供給を目的とする契約が成立したことを前提とするものであることは、控訴人らの主張に照らして明らかである。

2  控訴人らは、主位的に、本件回答により町長と国との間に本件事業の事業主体である国に対し町の上水道から上水を供給する契約が成立したと主張し、予備的に、本件回答により町長と国との間に本件事業地内の用地貸付契約者全体を受益者として上水を供給する第三者のためにする契約が成立したと主張するとともに、この契約はいずれであつても行政処分としての性質を有すると主張する。そこで以下この主張について判断する。

3  請求原因1ないし3の事実及び被控訴人町長と被控訴人国とが昭和六一年七月から本件事業に関して協議を重ね、国は昭和六三年八月一〇日町長に対し環境保全条例に基づき開発事業協議書を提出したこと、町長は同月二二日国に対し、環境保全条例に基づく開発協議が完了した旨通知し、また「本件事業地の水は町の上水道で対処する。」との本件回答をしたこと、国が本件事業地内で配水施設等の工事を実施していること、町長が平成元年一二月本件事業地への給水を可能にする給水条例改正案を町議会に提出し、これが可決成立したこと、長野県知事がこれを認可したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

4  本件事業の概略、本件回答がされるまでの経緯及びその後の事実経過についての当裁判所の認定、判断は、次に付け加えるほか原判決書一七枚目表六行目中「いずれも」から一九枚目裏九行目末尾までと同じであるから、これをここに引用する。

(一)  原判決書一七枚目表八行目中「第二号証、」の次に「当審における証人五味久幸の証言、」を加える。

(二)  同一八枚目表二行目中「実現」の次に「を」を加え、九行目から一〇行目にかけて「開発協議議定書」を「開発事業協議書」に改める。

(三)  同一八枚目裏八行中「そこで」から一二行目末尾までを次のとおり改める。

「そこで、長野営林局長は昭和六三年三月ころ被控訴人町長に対し、ふれあいの郷事業の契約者が必要とする水について富士見町の水道事業から供給を受けたいと要望するとともに、技術的にみた場合の給水の可能性、問題点、費用等について照会、相談をした。町は、これを受け、町長の指示により水道課が中心となつて、本件事業地の地理的条件(特に土地の高さ)が水を引くことを可能とするものかどうか、その他水道管の太さ、深さ、使用材料等に関する技術的問題及び工事費用について内部的に検討し、国との話合いを行つた結果、取水量、配水量等に照らしても給水は可能であると判断し、この結論を町長に報告した。

その間前記のように、同年八月一〇日同営林局長から町長に対し開発事業協議書が提出さた。

同年二二日町長は、町役場の町長室において有賀水道課長及び植松公務係長の立会いの下に、長野営林局総務部長坂口陽一に対し書面を交付して前記のように協議完了の通知をした。その際、町長は右坂口に対し、口頭で「ふれあいの郷への給水は町の上水道で対処する。」と告げた(本件回答)。」

(四)  同一九枚目裏八行目中「提出」から九行目末尾までを「提出し、同改正案は可決成立した。そして長野県知事はこれにつき認可を与えた。」に改める。

5  右事実によると、町長は、長野営林局長からの要望に応えて、町の水道課を中心に担当部門に、本件事業地内に町の上水道から給水することが可能かどうかを、主として技術的側面から検討させ、これが可能であるとの報告を受けたため、前記協議完了通知をする機会に本件回答をしたものであることが明らかである。もつとも、この回答の内容は、町長が、単に給水の技術的な可能性についての営林局長からの照会、相談に対してこれを肯定する回答をしたというだけではなく、水道事業の法的主体の立場において、町の行政、財務上の諸施策に照らし、国の事業のため町の上水道から水を供給することの可否についての一種の政治的判断を含め、これを実現するとの意向をも表明したものと認められる。

しかし、本件回答により、町長と国との間に法律上の権利義務関係が設定されたと認めることはできない。なぜなら、右のような内容の回答をしたからといつて、国が町長に対し町の上水道から本件事業地内に給水を求める権利を直接取得したとは考えられないからである。町の上水道から条例の定める給水区域外に上水を供給するためには条例の改正及びこれについての県知事の認可が必要であり、このような手続を経ない段階において町長が右のような回答をしても、本件事業地内への給水を可能とするように町長の権限を行使して条例の改正を実現し知事の認可を得るための努力をし協力するとの決意ないし方針の表明というもの以上の意味をもつとは考えられない。

仮に控訴人ら主張のような契約の成立を予定していたのであれば、国に対して直接用水を確保させることを内容とするものであれ、また用地貸付契約者に給水することを目的とする第三者のためにする契約であれ、それはきわめて重要な法的効果を生ずるものであり、しかも町の最高の地位にある町長が国を相手として契約当事者となるものであるから、その型式においても単なる口頭による回答によることなく、契約書等、それ相応の書面が作成されて然るべきであり、またその作成に先立つて所管の部局において文案の検討がされることが考えられてよいはずであるが、〔証拠略〕によれば、契約書等の書面は作成されていないことが認められ、また本件全証拠によつても書面の作成が予定されその文案が検討されたような事実を認めることができない。このことからしても、控訴人ら主張のような契約が成立したとみるのは困難である。

このようにしてみると、本件回答が、公定力をもつて相手方である国の法律上の地位ないし権利関係に何らかの効果を及ぼすような行政処分としての性質を有すると解するのも困難である。

6  控訴人らは本件回答は行政上の確約に当たると主張する。

控訴人らにおいて本件回答が行政上の確約に当たると主張するのは、専ら本件回答の財務会計行為性を基礎付けるためであることは、その主張に照らして明らかであるが、前掲一1(一)の差止請求については、既にみたとおり、控訴人らが差止めの対象とする町長による本件事業地内への給水行為は町の財産の管理処分に当たり財務会計行為性を肯認することができ、かつ差止めの対象の特定において欠けるところはないと判断されるのであるから、この請求の関係でこの上本件回答が行政上の確約に当たるかどうかを議論する実益はない。また、前掲一1(三)の怠る事実の違法確認請求については、既にみたとおり怠る事実があるとは認められないところ、本件回答が行政上の確約に当たるかどうかによつて右の判断が左右されるものではないから、やはり議論の実益を欠く。

前項一1(二)の無効確認請求は、本件回答が行政処分であることを前提とするものであり、一2(一)、(二)の各請求は、国が富士見町から、自ら又は用地貸付契約者のため給水を受ける権利を取得すべき法律関係が形成されたことを前提とするものである。控訴人らは、本件回答が行政上の確約に当たることがすなわち本件回答が行政処分に当たることの根拠について、明確に主張しないが、いずれにしても、町長による本件回答が国に対し本件事業に関し給水を受ける権利を取得させ法律関係を発生させるものであることの根拠として、本件回答が行政上の確約に当たると主張するものと解される。そして、そのような主張が理由があるとされるためには、本件回答の主体である町長が本伴回答において表明した内容に従つた法的拘束を受けることが肯認されなければならない。しかし、さきに認定した事実関係の下では、本件回答が、その内容、型式及びそれがされた機会等に照らし、町長を法的に拘束するようなものであつたとは到底認められない。したがつて、本件回答が行政上の確約に当たることを右の各請求の根拠とする控訴人らの主張は理由がないといわなければならない。

なお、行政上の確約というのは、行政主体の特定の意思の表明が契約あるいは行政処分に該当しない等のため、その相手方に対し権利義務ないし法的地位の変動を生じさせる効果をもたないにもかかわらず、当該具体的事実関係の下で相手方の期待を保護しこれを救済する必要がある場合に、主として信義則の観点から右のような意思の表明に何らかの拘束力を認めることを基本的内容とする講学上の概念であつて、その要件、効果に関しては未だ定説というべきものはないが、専ら、当該意思の表明が向けられた相手方がその適用を受け利益を得ることに、このような概念を肯定する意義がある。

ところが、本件においては、本件回答の相手方である国は、本件回答が行政庁の自己拘束力を内容とする行政上の確約に当たることを否定し、本件回答がそのような行政庁の確約に該当することから生ずべき利益を享受する意図も有していないことが明らかである。ある行為が法律上の特定の概念に当たるかどうかは、客観的に判断すべきものであり、その行為の相手方がこれをどのようにとらえ主張しているかということは本来かかわりのないことではあるが、行政上の確約という概念が前記のように特殊な場面における適用を予定したものであることからすれば、本件回答の直接の相手方である国がその適用を主張して救済を求めているわけでもないのに、第三者である控訴人らがこの概念を援用して法的効果のあることを主張するのは、適用の場を異にするといわなければならない。換言すれば、本件においては行政上の確約という概念を適用するための基礎たる事実関係を欠くというべきである。この点からしても、本件回答が行政上の確約に当たるとする控訴人らの主張は、採用することができない。

7  したがつて、被控訴人町長に対し、本件回答により町長が国に対し本件事業に関し八ツ岳上水道から給水する旨の承諾を与えたことの無効の確認を求める請求は、その対象たる行政処分がされたことが認められず、また、被控訴人国に対し、本件事業に関し八ツ岳上水道から給水を受ける権利を有しないことの確認を求める請求は、その前提としての契約ないし法律関係の成立が認められないから、いずれも不適法として却下を免れない。

原判決中これと同旨の見解に立つて、右の各請求にかかる訴えを却下した部分は正当であり、この部分に関する控訴はいずれも理由がない。

四  被控訴人町長に対する怠る事実の違法確認請求について

被控訴人町長に対する前記一1(三)の被控訴人町長が国に対し本件事業に関して八ツ岳上水道から給水する旨の承諾を与えたことが違法であることの確認を求める請求は、控訴人らの主張によれば、地方自治法二四二条の二第一項三号に基づき怠る事実の違法確認を求めるものであるというのである。しかし、同号の規定が住民に特に怠る事実の違法確認という態様の訴えの提起を認めた趣旨は、地方公共団体の財務会計上の行為につきその機関又は職員が法律上これを行うべき義務があるにもかかわらず職務懈怠によりこれを行わない場合に、それが違法であることを確認することにより一般的な公益を擁護するというにあると解されるのであつて、右規定に基づく請求は、地方公共団体の機関又は職員の職務懈怠という不作為を請求の対象とする点において、他の各号の規定する請求とは截然と区別されたものである。ところが、本件において控訴人らは、前掲請求の趣旨自体から明らかなように、給水についての町長の承諾という行為をとらえてそれが違法であることの確認を求めるというのであり、不作為としての怠る事実が何であるかを請求において特定せず、また主張もしていない。

もつとも、控訴人らは、町長が本件事業に関し国に対して八ツ岳上水道から給水する旨の承諾を与えたことは違法であるから、町長は町の財産である上水道の管理を怠つたことになると主張するもののようであるが、このような見地からすれば、地方公共団体の財産につきその機関又は職員に違法な行為があつたすべての場合に、財産の管理を怠る事実があることになり、ひいて前掲三号の怠る事実の違法確認請求が可能であることになるが、それでは、右三号の規定がわざわざ不作為としての怠る事実を対象としてその違法確認請求を認めた趣旨が損なわれてしまうことになる。右規定の対象とする怠る事実は、具体的特定の不作為を指すと解されるのであり、控訴人らの考えているような一般的抽象的な財産管理に関する違法状態はこれに当たらないというべきである。

そうすると、控訴人らの前記請求はその対象を欠くものというほかなく、不適法として却下を免れない。したがつて、原判決中この請求にかかる訴えを却下した部分は、結論において正当である。

五  よつて、原判決中、被控訴人町長に対する給水の差止請求にかかる訴えを却下した部分を取消し、本件訴えのうち右請求にかかる部分を原審に差戻すこととするが、被控訴人町長に対するその余の控訴及び被控訴人国に対する控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、この部分の訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する、

(裁判長裁判官 丹宗朝子 裁判官 新村正人 市川賴明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例