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東京高等裁判所 平成3年(行コ)72号 判決 1992年4月15日

控訴人

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

浅野晴美

外三名

被控訴人

林長成

右訴訟代理人弁護士

佐藤利雄

神崎直樹

高﨑英雄

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

本件控訴を棄却する。

二  当事者双方の主張は、当審における主張を次のとおり付加する外、原判決第二「事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

1  控訴人

(一)  改正前国籍法の下における国籍離脱は、同法一〇条、一二条により法務大臣に対する国籍離脱の届出行為に対して法務大臣の受理行為を介存させ、その後に行う官報告示の日から国籍離脱の効力が発生するものとされている。この「受理」という行為は、講学上、一般に準法律行為的行政行為とされ、その意義については、単なる事実行為である届出を受け付ける行為と異なり、当該届出が法に定める届出として有効な行為であることを確認、判断して受領する行為をいい、受動的な意思行為であるとされている。そして改正前国籍法が右のとおり国籍離脱の効力発生につき「受理」を前提としていることからすると、法務大臣が国籍離脱の要件を実質的に審査し、その適法性を確認して有効なものと判断した場合のみ届出を受理して、その効力を発生させるとしたものと解するのが文理に素直な解釈である。

また、国籍離脱は創設的身分行為に属するものであるところ、同様に創設的身分行為であり、届出を要する婚姻及び離婚についても、法律上「受理」行為を介存させており、この届出の受理あるいは不受理について、戸籍法一八一条で「戸籍事件について、市町村長の処分を不当とする者は、家庭裁判所に不服の申立てをすることができる。」と規定して不服申立ての対象となる処分としていることに照らしても、改正前国籍法一二条一項の「受理」の法的性質が、右婚姻及び離婚の届出の受理と同じ性質を持つものと解するのが相当である。

したがって、改正前国籍法の下における国籍離脱は、国籍離脱の届出だけによって発生するのではなく、右届出について法務大臣が受理するという行政処分により効力が発生するものであり、ただ、その発生時期が同法一二条三項により官報告示からとされている。

(二)  (一)に述べたとおり、国籍離脱の効力は、「受理」という行政処分により生じるのであって、法務大臣が二重国籍要件等の存否につき判断し、右要件が存在するとして受理した場合には、その要件が存在するとの判断につき公定力が生ずることになる。したがって、受理された国籍離脱の届出につき実体的に要件を充足していないという瑕疵があっても、それが行政処分を無効とする瑕疵でない限り、行政処分の公定力により、当該受理が権限ある行政庁または裁判所により取り消されないうちは有効とされるものである。本件は未だ権限ある行政庁や裁判所により取り消されていないのであるから有効である。それゆえ、二重国籍要件が国籍離脱の実体上の要件であり、これが満たされていなければ国籍離脱の効力が生ずる余地はないという解釈は採用できない。

(三)  瑕疵ある行政行為が無効となるためには、行為に内在する瑕疵が重大であることのほか、瑕疵の存在が明白であることが必要であり、瑕疵が明白であるというのは、処分成立の当初から、誤認であることが外形上、客観的に明白である場合を指すものと解すべきである。そして、多数の届出を迅速に処理しなければならない国籍離脱届出の受理にあたっては、届出の際に添付される、届出人の外国国籍を有することを当該外国官憲の発行した国籍証明書等によって審査するのが限度であり、その国籍取得の原因となった身分行為の効力にまで立ち入って審査をすることは事実上不可能であるという実体にかんがみれば、添付された書類に明白な誤りがある場合等、外国国籍を有することを疑わしめる事情が、右書類等から外見上明らかに窺われない限り、二重国籍要件の欠如という瑕疵が処分成立の当初か外形上、客観的に明白であるとはいえない。本件においては、外形上被控訴人の中華民国国籍の取得を疑わせる事情はなかったのであるから、二重国籍要件欠如の瑕疵は外形上客観的に明白であったということはできず、本件国籍離脱は無効とならない。

2  被控訴人

控訴人の主張を前提とすると、受理が効力要件となる場合の一般論として、受理要件が欠缺している場合にも、受理さえなされれば確定的に効力が発生し、受理という行政行為が有効である限りもはや受理要件の有無は問題とならないということになるが、このような考えを支持することはできない。

法形式の上からも、控訴人のような解釈が成り立つものではなく、法の規定によれば、国籍離脱の要件を満たしている者のみが法的に意味を持つ届出をなしうるとされていることは明らかであり、本件の場合、法務大臣の受理の前提となる届出自体が無効であって、法的には存在しないのと同じなのである。

したがって、本件の受理は、右のような法的に無意味な届出を受理しただけのものに過ぎず、被控訴人の国籍離脱という法的効果が発生していないことは明らかである。

控訴人の主張は、受理行為の違法を理由に国家賠償を求めているようなケースでは意味を持つものものといえるが、被控訴人は、受理行為の違法を主張しているのではなく、本件受理行為にもかかわらず国籍離脱という法的効果が発生していないことを述べているだけである。

三  証拠関係<省略>

理由

一当裁判所も、被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきものと判断する。その理由は原判決第三「争点に対する判断」に説示するとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり付加する。

原判決書四枚目裏四行目の次に、行を改め左のとおり付加する。

「なお、控訴人は、改正前国籍法の下における国籍離脱届出の受理行為が準法律行為的行政行為であることを前提に、法務大臣が国籍離脱の要件を実質的に審査し、判断した受理行為には公定力があり、当該受理が権限ある行政庁または裁判所により取り消されないうちは有効であると主張する。

国籍離脱の効力が生ずるためには、届出人が外国国籍を有すること(二重国籍者)と法務大臣に対する届出とこれに対する法務大臣の受理行為と官報での告示行為が必要であるが、法務大臣が受理行為をする否かを決するに当たっては届出人の外国国籍の有無の要件を審査・判断の対象とし、届出人には外国国籍を有することが処分の前提として判断されているといえる。そして、法務大臣の国籍離脱届出の受理行為には公定力があることは控訴人主張のとおりであるが、右の公定力は当該処分の有効性を特段の事由がない以上、何人も否定し得ないというもので、当該処分を行うに当たり判断した前提要件の存否について生じるものではないから、届出人の外国国籍の有無についてまでその効力が及ぶものではない。このことは、控訴人が本件受理行為と同様の法的性質を持つと指摘する婚姻及び離婚届の受理においても同様である。すなわち、婚姻あるいは離婚の効力が生ずるためには、その届出が受理されることが必要であると同時に、実体的要件として右届出時にその当事者に婚姻あるいは離婚意思が存在することが必要である。したがって、当事者に婚姻あるいは離婚意思が存在しない場合には、右届出の受理が有効であったとしても、婚姻あるいは離婚の効力は否定されるのであり、右受理が有効であることは当事者の婚姻あるいは離婚意思の存否という実体的要件の判断に影響をもたらすものではない。

控訴人は法務大臣が二重国籍要件等の存否につき判断し、右要件が存在するとして受理した場合には、その要件が存在するとの判断につき公定力が生ずることになると主張するが、法務大臣の受理行為が有効である限り、何人も右判断に拘束され実体的要件の判断をすることが許されないということであるならば、右主張が失当であることは、すでに述べたとおりである。行政行為の公定力は、当該受理行為が権限ある行政庁または裁判所により取り消されないうちは有効であるとする効力であって、その前提要件の存否の判断についてまで生ずるものではないからである。

本件国籍離脱の届出は、当時届出人が外国国籍を有することは明らかであったところ、後日認知が無効となり、届出の時点においては外国国籍を有しなくなったが、法務大臣の受理行為には重大明白な瑕疵があるとは認められない場合の国籍離脱の効力が問題となった事案である。改正前国籍法は、国籍離脱の自由は認めるものの、無国籍者の発生を防止するために、国籍離脱をすることができる場合として、二重国籍者であることを明示している。しかし、本件のように後発的に二重国籍要件を欠く場合が発生することは十分予想されるところ、このような場合に控訴人主張のように解すると、必然的に無国籍者が生じることとなるが、これに対処するための規定は存しない。このような事態は無国籍の発生防止を目指す改正前国籍法の趣旨に反するものといわなければならない。しかも、本件国籍離脱届出は、被控訴人の両親が提出したものであり、被控訴人が当時三歳であるから、被控訴人の意思によらずに誤った届出がなされたものである。そして、昭和五九年法律第四五号の現行国籍法によれば、国籍離脱はその届出によって当然に効力を生ずるとされている。これらの事情を考慮するならば、改正前国籍法における国籍離脱の効力要件として実体的要件を充たすことも要求していると解すべきところ、被控訴人は外国国籍を有するものでなかったのであるから、国籍離脱の効力は生ぜず、現在も日本国籍を有しているものである」。

二よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡田潤 裁判官安齋隆 裁判官森宏司)

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