東京高等裁判所 平成4年(う)167号 判決 1992年8月19日
本店所在地
東京都武蔵野市西久保一丁目四番一二号
羽田産業株式会社
右代表者代表取締役
則竹朋信
本籍
東京都武蔵野市西久保二丁目三二八番地
住居
同市西久保一丁目四番一二号
会社役員
則竹朋信
昭和八年九月二〇日生
右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成三年一二月三日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らからそれぞれ控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官小谷文夫出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
原判決を破棄する。
被告人羽田産業株式会社を罰金八〇〇〇万円に、被告人則竹朋信を懲役一年二月に処する。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人鈴木晴順名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官小谷文夫名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。
論旨は、要するに、被告人らに対する原判決の各量刑がいずれも重過ぎて不当であるというのである。
そこで、原審記録及び証拠物を調査して検討するに、本件は、不動産の売買、斡旋、賃貸などのほか、洋服生地の販売業等を目的とする被告人羽田産業株式会社(以下「被告会社」という。)の代表取締役として、その業務全般を統括している被告人則竹朋信(以下「被告人」という。)が、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上、期末たな卸及び家賃収入の一部を除外したばかりでなく、支払手数料(不動産)を架空計上するなどの方法により、(1)被告会社の昭和六一年七月期における実際所得金額が九五八二万〇一二二円、課税土地譲渡利益金額が四二三二万六〇〇〇円であったにもかかわらず、所轄税務署長に対し、所得金額が四二三三万二三一四円、課税土地譲渡利益金額が九八二万四〇〇〇円であって、これに対する法人税額が、一八九七万九八〇〇円である旨を記載した内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定の納期限を徒過させ、もって不正の行為により、被告会社の法人税二九六六万〇七〇〇円を免れ、(2)被告会社の昭和六二年七月期における実際所得金額が五億七五九三万四六四六円、課税土地譲渡利益金額が六億〇六三〇万四〇〇〇円であったにもかかわらず、所轄税務署長に対し、所得金額が一億一二五二万一八〇八円、課税土地譲渡利益金額が一億一六七五万円であって、これに対する法人税が六九二四万七四〇〇円である旨を記載した内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定の納期限を徒過させ、もって不正の行為により、被告会社の法人税二億九二五四万四三〇〇円を免れたという事案である。
右に見たように、本件は、被告会社の二事業年度にわたる法人税合計三億二二二〇万五〇〇〇円を免れたというものであって、その逋脱額が多いことはもとより、逋脱率も高率(昭和六一年七月期については約六〇・九パーセント、同六二年七月期については約八〇・八パーセント)であること、被告人が本件各犯行に及んだ動機も不動産取引に関する裏金資金を捻出しようとしたものであって、格別考慮に価するものとは認められないこと(この点につき、所論は、不動産の取引額が高額化するに従い、地権者、物件提供者や仲介業者らから裏金を要求されることが多く、これに応じなければ不動産取引を継続することが出来ない状態であったため、やむなく裏金を作らざるを得なかったものであって、決して、被告会社や被告人自身の利益を図ったものではない旨主張する。しかしながら、たとえ地権者や仲介業者らから裏金を要求され、かつ、これを拒絶すると不動産取引を継続することが出来なくなる虞があったとしても、裏金を作ること自体脱税に当たり、あるいは脱税を助長するものであること、被告会社の出資者は被告人のみであって、その利益はいずれ出資者である被告人に還元されるのであるから、被告人が被告会社の取引資金を捻出するため裏金を作ったことは、結局、被告人の私利私欲に基づくものというべきであってこの点を特に被告会社や被告人のために有利に斟酌すべきいわれはない。)、犯行の態様に至っては、不動産取引につき、多数回にわたり、ダミーを介在させて売上を除外した上、架空の領収書を作成して支払手数料を架空計上するなどし、洋服生地の販売業等についても、売上を除外しており、全体の犯情が極めて悪質であること、加えて、被告会社において、本件法人税中、昭和六一年七月期の本税三一二四万五九〇〇円、過少申告加算税九万七〇〇〇円及び延滞税四〇万五五〇〇円を、同六二年七月期の本税五五九八万七二〇〇円、延滞税一六万八〇〇〇円を納付したのみで、その余の法人税等(本税だけでも合計三億三六一七万円余に達しており、重加算税等を加えると、実に四億三四九六万円余にも及んでいる。)を未だに納付していないこと、以上の諸事情に鑑みると、被告人らの刑責はいずれも重いといわざるを得ない。
所論は、原判決が認定した昭和六一年七月期及び同六二年七月期における被告会社の所得金額中、合計五億三一八二万八四〇〇円は、その大半が裏金によって取得したものであって、単に数字上のものに過ぎず、その実体とは著しく相違しており、被告会社としては実質的な利益を取得していない旨主張する。しかしながら、関係証拠によれば、原判決の認定した右各事業年度における被告会社の所得金額は優に認定することが出来、当審における事実取調べの結果によっても、その認定に誤りを見出すことは出来ない。たとえ被告会社における所得金額の大半が裏金によって取得されたものであっても、その裏金そのものが被告会社の資産に帰属する以上、これを資金として取得した所得もまた被告会社に帰属すべきことは当然であって、被告会社において実質的な利益を取得していることは明らかであるから、所論の理由がないことは多言を要しない。
次に、所論は、横浜市篠原台所在の物件につき、取得価格より約五一〇〇万円も安く手放す羽目になったので、同額の損失を被った旨主張するが、大蔵事務官作成の不動産仕入高調査書及び期末棚卸高調査書によると、被告会社が昭和六二年三月一二日に右物件を仕入れ、その代金などとして同年七月二六日までの間に、八回にわたり、合計一億一八八六万五八〇〇円を支払ったこと、同年七月期において、右物件につき同額の期末たな卸高を計上していることが認められるから、所論のような売却損を生じたものとしても、その発生時期は翌期以降に属することが明らかであり、これを当期の損金に計上することは許されない。所論は期ずれの主張であってもとより採用の限りではない。
更に、所論は、原判決は、被告会社が昭和六二年七月期に千葉市若松町所在の土地を一億八一〇〇万円で仕入れたものとして、同期における被告会社の所得金額を算出しているが、実際は一億五〇〇〇万円で仕入れたものであるから、その差額三一〇〇万円については被告会社の所得金額から除外すべきである旨主張する。しかし、不動産仕入高は本来借方勘定であって、これを減算することは所得金額の増加を招くから、所論がそれのみを主張するのであれば、不利益主張に当たることが明らかである。ところで、本件においては、所論不動産は期中に販売されていないから、右仕入金額は貸方勘定の期末たな卸高に当然含まれており(そのことは、関係証拠上明白である。)、所論の三一〇〇万円を仕入金額から減算する場合には、期末たな卸高からも当然同額を減算すべきこととなるのであって、所得金額には差引き何らの変動をも生じない。してみると、原判決の仕入金額の算定に仮に所論の誤りがあったとしても、そのことは所得金額の認定には何ら影響しないから、所論は主張自体失当というべきである。なお、当審において取り調べた関係証拠によると、被告会社は、前記物件を仲介した者らに右三一〇〇万円を詐取され、同額の損害を被ったとして、同人らに対し、その返還を求める訴訟を提起したが、未だ解決するまでには至っておらず、現在も係属中であることが認められる。してみると、仮に、所論が不動産仕入高、期末たな卸高とは別個の科目として三一〇〇万円の損失を被った旨の主張をする趣旨であるとしても、昭和六二年七月期中に、その損失額が確定したとはいえず、したがって、これを同期の損失に計上することは出来ない筋合いである。この点からしても所論は採るを得ない。
しかしながら、被告人は、査察の段階から自己の非を率直に認め、その解明に積極的に協力したほか、原審公判廷において、二度と脱税しない旨述べるなど、本件について深く反省しており、本件により信用を失墜し、業績も著しく低下するなど、ある程度社会的制裁も受けていること、更に、その所有する不動産を売却して、その代金を本件法人税の納付に充てるべく鋭意努力したが、不動産業界の不況により未だに右不動産を処分することが出来ない状況にあること、しかし、本件法人税の滞納処分として、右不動産が差し押さえられているので、将来相当額の納税が見込まれること、前科前歴がないのみならず、脳梗塞を患いその治療中であって、健康が勝れないこと、被告人が服役することになると、現在営んでいる不動産業に少なからず影響を及ぼすこと、その他被告人らに有利な諸般の事情を充分斟酌し、この種事犯に対する科刑の実情にも照らして被告人らに対する量刑について再考してみると、被告人に対し、刑の執行を猶予すべきものとは認められないが、被告会社を罰金一億円に、被告人を懲役一年六月にそれぞれ処した原判決の量刑は、その金額及び刑期の点でいずれも重過ぎて不当であるといわざるを得ない。論旨は右の限度で理由がある。
よって、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い被告事件について更に次のとおり判決する。
原判決の認定した各事実に刑種の選択、併合罪の処理等をも含めて原判決と同一の法令を適用し、その金額及び刑期の範囲内で、被告会社を罰金八〇〇〇万円に、被告人を懲役一年二月に処することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 新田誠志 裁判官 浜井一夫)
平成四年(う)第一六七号
○ 控訴趣意書
被告会社 羽田産業株式会社
被告人 則竹朋信
右被告会社及び被告人に対する法人税法違反被告事件についての控訴の趣意は次の通りである。
平成四年三月七日
右被告両名弁護人 鈴木晴順
東京高等裁判所第一刑事部 御中
控訴の趣意
原審が、被告人則竹朋信を懲役一年六月の実刑に、被告羽田産業株式会社を罰金一億円に処する旨言渡した原判決の量刑は、何れも重きに過ぎ不当であるから、原判決の破棄を求めるものである。
第一、原判決の認定事実及び量刑理由の要旨
一、原審判決は、被告会社の法人税法違反に関し、被告人は、
第一、昭和六〇年八月一日から同六一年七月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が九五八二万〇一二二円、課税土地譲渡利益金額が四二三二万六〇〇〇円であったのにかかわらず、同六一年九月三〇日、東京都武蔵野市吉祥寺本町三丁目二七番一号所轄武蔵野税務署において、同税務署長に対し、所得金額が四二三三万二三一四円、課税土地譲渡利益金額が九八二万四〇〇〇円であり、これに対する法人税額が一八九七万九八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額四八六四万〇五〇〇円と右申告税額との差額二九六六万〇七〇〇円を免れ、
第二、昭和六一年八月一日から同六二年七月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が五億七五九三万四六四六円、課税土地譲渡利益金額が六億〇六三〇万四〇〇〇円であったのにかかわらず、同六二年九月三〇日、前記武蔵野税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一億一二五二万一八〇八円、課税土地譲渡利益金額が一億一六七五万円であり、これに対する法人税額が六九二四万七四〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額三億六一七九万一七〇〇円と右申告税額との差額二億九二五四万四三〇〇円を免れ、
たものである。との事実を認定し、被告会社の業務の統括者である被告人を懲役一年六月の実刑に、被告会社を罰金一億円にそれぞれ処する旨の判決を言渡したものである。
二、右の事実について、被告会社、被告人に対する量刑の理由の要旨は、被告会社は、不動産の売上除外、仲介手数料の架空計上、商品売上除外、期末棚卸高の除外、家賃収入除外を行い、総額約三億二二二〇万円を脱税したものであり、脱税率も相当高いうえ、国において定められた土地重課制度を、単純な自己の利欲のために没却せしめたもので、看過できないものがあり、相当の資産を有しているにもかかわらず、前記各年度の本税延滞税の一部を納付したのみで、その余の本税、加算税、延滞税を納付することなく、今後の土地の高騰を願い、或は今後得られるものと目算する手数料収入に期待を寄せて、現有財産を処分することなく、税金を滞納し続けている、というものである。
三、被告会社が、主として不動産の売上除外、仲介手数料の架空計上等により、前記両年度において合計三億円以上の法人税を免れることになったことは、原審判決認定の通りであるが、右不動産売上除外等は、決して課税を免れることのみを目的として行ったものではなく、あえてかかる行為をせざるを得なかった事情があったのであり、決して被告人が私利私欲のみを図ったものではない。また現に課税税額を滞納していることも事実であるが、それは決して原審判決のいう如く、今後の土地の高騰を期待して処分を怠っているということではなく、現下の不動産事情が依然として極めて厳しく、資産の換価ができない情況にあるためである。
その他、原判決の量刑理由には、多々不当とみるべき点があり、被告会社並びに被告人に対する各刑は余りにも過重というべきである。
第二、被告会社の本件ほ脱の動機並びに不動産売上除外等の実情等について。
一、検乙一ないし六の被告人の検察官に対する供述調書並びに原審公判廷における被告人の供述によれば、被告会社及び被告人の経歴、本件ほ脱の行為の動機となった諸事情並びに不動産売上の除外の実情等は次に述べる通りである。すなわち
被告人は、昭和二八年八月から東京都千代田区神田須田町にあった毛織物卸業三浦産業株式会社に約一〇年勤務した後、則竹商店という名称で三多摩地区を中心に、いわゆる外商方式で洋服生地の販売業を始めたものであるが、昭和四三年ころから羽田産業株式会社という法人名をもって同様の営業を継続してきたものである。然し株式会社といっても資本金は三〇〇万円であり、株主は被告人一人だけの、いわゆる個人会社に過ぎず、その営業内容は、店舗を持たず、客から背広仕立の注文を取り、下職に縫製させて販売するというやり方で、東京電力株式会社並びに横河電機株式会社の出入業者として認められ、主として、その従業員の注文を受けて営業をしていたものである。
たまたま昭和五〇年ころ、洋服業のかたわら不動産の取引に関与したことが契機となり、被告人は、被告会社の営業を不動産取引にも広げることにしたものである。被告会社は昭和五三年一一月宅地建物取引業法に基く不動産仲介業の免許を取得したが、その頃、不動産営業は仲介を主とし、月に一、二件の取引があるに過ぎず、営業の主力は、背広の外商並びにそのころ武蔵野市内に設けたテーラー羽田という洋服店の営業であった。
二、このように、被告会社における不動産営業はいわゆるサイドワークに過ぎなかったものであるが、昭和五九年ころから土地事情は、地価高騰の趨勢にあり、不動産業は一般にいわゆる土地の買収が主流となった。
然し、被告会社の不動産業は、それまで単なる仲介業をするに過ぎず、不動産を買い入れるほどの資金を持ち合わせていなかった。ところがたまたま取引関係があった三栄信用組合武蔵野支店から、資金の融資を受けることができるようになった。当時の金融事情は資金過剰気味で、折から高騰を続けていた不動産投資には盛んに融資を行っていた時期である。
然しその融資は、不動産担保の融資であるから、不動産買取に必要な手付金とか、関連諸経費分についての融資は受けられず、被告会社はこれら資金については独自の資金を調達せざるを得なかったので、被告人は自己の関係筋から多額の資金の借入れをしてまかなっていたのである。(弁第一号証)
然し、取引額が高額となるに従い、地権者や物件の情報提供者、仲介業者等から裏金を要求されることが多くなり、これに応じなければ取引ができないということがあり、その資金は結局簿外において作らざるを得なかったのである。
勿論このような簿外金の取引は、不公正な取引であり、商取引上も商道徳上も容認できるものではないが、力関係の赴くところ、被告会社としてこれを拒否することは、不動産営業の継続不能の事態ともなりかねず、右簿外金の提供行為をしないことを被告会社もしくは被告人に期待することは、著しく困難な次事情にあったものというべきである。またこのような簿外金のほか前述のように、資金の弱い被告会社としては、不動産取引に必要な手付金等の資金を準備することが必要でもあったのである。
三、そこで被告人は、不動産取引において第三者を仲介者として介在させて、差益を被告会社において取得し、これを簿外金として保有しようと考えたのである。このような方法は、被告会社の所得を隠匿する行為であり、直ちに法人税ほ脱につながる行為ではあるが、その動機は、右に述べたように、資金力の甚だ弱い被告会社が、不動産営業を継続してゆくため、結果として、所得隠匿、諸税ほ脱となることを知りつつも、あえてこのような方法をとらざるを得なかったもので、決して、被告人が自己の利益を図ったり、或はこの資金を他の事業に投資したりする目的でしたものではないのである。
被告会社が、昭和六一、六二会計年度において、中間者を介在させて、所得隠匿を図った不動産取引は、検甲第一号証不動産売上高調査書記載の六件で、内一件は、被告会社社員石田裕司名義を用いた外はすべて三徳企業株式会社名義を使用したものであるが、その経緯は次の通りである。
すなわち、
被告人はかねて知り合いであった同社の代表取締役竹内春雄に懇請されて、個人的に借金までして多額の資金を用立ててやったが、同社の倒産後、被告会社の裏書を偽造したと思われる小切手が多数出てきたことから、被告人は、右竹内から同社の代表印等を預かることになったものである。
被告人は、三徳企業を不動産取引の中間者として契約することについて、竹内春雄の承諾は得ていなかったが、被告人は、多額の回収不能債権を持つこととなった被告会社のため、三徳企業を利用しようと考えたもので、三徳企業の介在によって生ずる利益分をもって、同社の被告会社に対する債務に充当するという考え方に基ずいたもののようである。
このような中間者介在による不動産取引によって得た被告会社の差益は、前記二会計年度において、前記検甲第一号証記載のように総額五億〇二六二万円に及ぶが、これらは、一時知人もしくは架空名義をもって預金をした後、順次、主として他の不動産取引の手付金、その他の経費等に充当し、一部を知人等に対する貸付金に使用したもので、その経緯(弁)第三号証及び同第五号証の資料によって証明することができるものである。
被告人はこの差益分を、被告人個人の用に供したりもしくは遊興に費消したりしたということは全くなく、国税局の調査において使途が不明であったのは約一〇〇万円に過ぎない。またこの差益分によって取得した不動産の大部分は、現在被告会社所有物件となっており、本件法人税徴収のため、国税当局の差押によって保全されている。
四、被告人の行った右のような不動産売上除外の行為について、被告人は、国税査察の段階において、その非を率直に認めて反省し、国税当局に対して積極的に資料を提供するなど、事実の解明に協力し、原審においても起訴事実を全面的に認め、国法を犯したことについて心からなる反省の情を吐露しているのである。
もとは一介の洋服屋に過ぎなかった被告人が、特に法律や税務の知識もなく、時流に乗って突然数千万円から数億円という不動産の取引をするようになってしまい、その流れの中で、必死になって生きて行こうとした結果が三億円に余る脱税となり、被告会社にも被告人にも何ら残されたものはないのである。被告人の右のような脱税の行為の責任は重大ではあるが、以上述べてきたような事情、並びに後に述べるように、差押によって保全されている被告会社所有名義の数件の不動産を処分することによって本件脱税額の納付がほぼ可能と見込まれる事情等を斟酌すれば、被告人に対し懲役一年六月の実刑をもって臨んだ原判決の量刑は、重きに過ぎ不当であるというべきである。
第三、被告会社所得の変動について。
一、被告会社は、前述のような事情によって、不動産売上の除外を行ったもので、原審認定の両会計年度における課税土地譲渡利益金については特に問題とすべき点はないが、右会計年度における被告会社の所得の点については、修正損益計算書(原判決書添付、以下原判決書別紙一、二という)上の金額とその実態とは著しく相違する。すなわち、原判決書別紙二によれば、昭和六一年八月ないし同六二年七月の会計年度において、公表(申告)利益額が一億一二五二万一八〇八円に対し、修正利益額は五億七五九三万四六四六円(原判決認定所得)であるが、その依って来たる主たる理由は不動産仕入高勘定の金額の違いである。
すなわち、同勘定の申告額三一億三二四〇万五一三三円に対し修正申告額は三三億九五一六万五一三三円で、二億六二七六万円の増加が認定された結果によるものである。この増加額については、検甲第五号証の不動産仕入高調査書に記載されているように、前記不動産売上除外によって得た資金(検甲第一号証記載)の一部をもって取得した八件の不動産の仕入高の差額である。そしてその差額は、すべて前記のように簿外の裏金として支払われた金額であることは同調査書の関係人の供述並びに(弁)第三号証添付書類6の2の資料によって明らかである。
被告会社は、不動産売上除外を行った結果、二会計年度において合計五億三一八七万八四〇〇円の差益を取得し(検甲第一号証)、これにより課税譲渡益に対する課税を受けることは当然ではあるが、その差益の大半は、右のように裏金として他の不動産を取得したため、裏書相当分二億六二七六万円が資産勘定に計上され、所得額の増加を来す結果となったのである。
ちなみに検甲第五号証記載横浜市篠原台の物件は、全棟六戸のマンションのうち四戸分を全額簿外で一億一八八六万五八〇〇円で買い入れたものであるが、残二戸分が買収できず、結局約六〇〇〇万円で手放すことになり、約五一〇〇万円の損失をしている。
右のように原審判決認定の昭和六一年度会計年度の所得五億七五九三万円の大半は、数字上のものであり、被告会社にとっては何ら実質的な利益として存在するものではないのである。
二、検甲第五号証不動産仕入調査書記載物件のうち、千葉市若松町の土地については、以下述べるような問題があり、同物件についての差額金三一〇〇万円については、所得計算上除外される結果となる可能性がある(以下の主張並びにその証拠の提出については、刑事訴訟法第三八二条の二第三項の疎明資料を添付する)。すなわち、
(一) 被告会社は、昭和六二年四月株式会社フォーサム(代表取締役金子繁)並びに有限会社布施ハウジング(代表取締役布施信夫)の仲介により千葉市若松町所在土地二筆二八三三・〇五平方米を、有仁工業株式会社(代表取締役黒尾留雄)から買受けたが、その際、右仲介人より売買代金一億八一〇〇万円のうち三一〇〇万円は簿外金とする条件を示されてこれを諒承し、右仲介人らに土地代金一億八一〇〇万円を支払ったが、その後、昭和六三年三月右黒尾留雄より、売買代金は一億五〇〇〇万円で簿外金のことは全く関知しない、との申入れがあったので、右簿外金三一〇〇万円は右仲介人両名において不法に取得したのではないかとの疑いを生じた。
(二) そこで被告会社は、昭和六三年五月一三日付書面をもって右仲介人両名に対し、三一〇〇万円の返還を求めたが、何らの回答もなく徒過したので、やむを得ず時効直前の平成三年三月一五日右両仲介人会社及び代表者に対し右三一〇〇万円返還の訴訟を東京地方裁判所に提起したものである。
右訴訟の経緯は弁護人提出予定の書証により明らかにするが、右仲介人両名は、売買代金は一億八一〇〇万円であると主張するが、売主有仁工業に全額入金にはなっていない模様で、最終的にはその代表者黒尾留雄の証言を待つほかない(同人に対する証人訊問は平成四年四月九日行われる予定である)。
(三) 右の結果もし、有仁工業が右物件の代金として簿外金を受け取っていないとすれば、右物件の仕入原価は一億五〇〇〇万円で、三一〇〇万円は、仲介人からが不法に取得したものであって、仕入原価に算入されず、従って原判決認定の被告会社の所得額にも変動を来す結果となるのである。
三、前記一において述べたように、原判決書別紙三記載の通り、昭和六一年度の実際所得は、計算上、申告額より四億六三四一万二八三八円多い五億七五九三万四六四六円であるとみなされ、これに対する税額は二億四〇九三万二二八〇円と認定されたものであるが、右所得の増額は、前記のように裏金使用による取得価額の増大に基くもので、右二億四〇〇〇万円の税額は、本件脱税総額三億二二二〇万円のうち七割を超える額であるが、被告会社にとっては、取引相手から裏金を強制されて支払うなど、実質的資産の増大でも無く、また被告会社の利益ともなっていない金額である。被告人としては、原判決認定の計算結果は、税法上当然の結果であると反省しており、右所得金額を争うつもるはないが、右のような事情を考慮すれば、被告会社に対する罰金一億円並びに被告人に対する懲役一年六月の実刑は重きに過ぎ、不当であるというべきである。
第四、被告会社及び被告人の現状並びに納税について
一、検甲第三五号証の石田裕司の供述調書、検乙第一ないし第五の被告人の各供述調書並びに被告人の原審公判廷における供述によれば、被告会社被告人の現状は次の通りである。すなわち、
被告会社は、昭和六〇年から同六二年ころは、不動産業務に担当する者として石田裕司、金子秀則、外二名らが勤務していたが、本件脱税の査察を受けた昭和六三年三月以降は、営業活動が殆ど停滞したため、右従業員らは全部退職した。
また不動産関係の仕事は金融引締及び国土法の規制等による地価下落等のため、業績は殆どなくなった。現在被告会社事務所には電話番が一名いるのみである。被告会社の本店事務所は、被告人と被告人長男則竹信二が各持分二分の一をもって共有する四階建建物の三階にある。この建物の敷地八一・九三平方米は被告人の所有名義である。
右建物の一階は自然食品の店に賃貸し、二階は長男が学習塾の経営に使用し、三階が被告会社の事務所、四階が被告人の自宅である。
この土地及び建物の被告人持分については、国税滞納の差押が執行されているが、土地建物とも納税のための売却予定物件として弁第四号証に掲げてあり、後に述べる売却予定会社保有物件と共に、すみやかに売却して、丸裸となるべく懸命の努力をしているものである。
被告人は昭和五六年妻良子に先立たれ、長女和代と二人暮しであったが、長女も最近独立して生計をたてるため他に転出し、現在被告人は、脳梗塞の疾患に苦しみながら、主として一階の賃料収入に頼って一人でこの建物で暮らしており、現在は、差押物件の売却のため、病身に鞭打って努力しているのである。
二、原審判決は、被告人被告会社が「相当の資産を有しているにもかかわらず、平成三年九月一七日現在において昭和六一年分の本税三一二四万五九〇〇円、加算税九万七〇〇〇円、延滞税四〇万五五〇〇円、昭和六二年度分の本税五五九八万七二〇〇円、延滞税一六万八〇〇〇円を納付したのみで、その余の本税、加算税、延滞税を納付することなく、今後の土地の高騰を願い、或は今後得られるものと目算する手数料収入に期待を寄せて、現有財産を処分することなく、税金を滞納し続けているのである。」と述べているが、これは原審の誤解と偏見に基く見解である。
すなわち、弁第四号証のように、国税差押により保全されている被告会社所有物件は四件、被告人所有物件は一件(但し建物については前記のように持分二分の一)であるが、何れも取得の際に、金融機関から融資を受けたため、相当額の抵当権が設定されており、今後仮りに売却できたとしても、抵当債務の弁済と滞納税額の納付に充当し得る程度のものであるが、被告人の懸命の奔走にもかかわらず、任意売却が実現できず今日に至っているものである。
すなわち、我が国の経済は、平成三年頭初以降景気の落ち込みによって急激な変動を来しており、特に不動産関係においては、平成三年二月に、一部金融緩和の措置が取られるようになったものの、依然として不況下にあり、地価の下落にもかかわらず、不動産特に土地の売却が著しく困難となっていることは公知の事実である。現に被告会社においても、売却予定物件について引き合いはあるものの金融機関の融資協力が得られず成約に至っていないのが実情である。
刑事訴追を受けて、深甚なる反省をし一日も早く滞納税金を完納したいと願っている被告人が、今この時に、「今後の土地の高騰」を願っているなどということは全くあり得ないことである。被告人は未だに「現有財産を処分することなく」徒過しているといっても、これを時価を無視した著しい低廉価額で処分すれば滞納税金すら払えない結果となってしまうのである。被告人は今病身にもかかわらず、あらゆる関係筋に情報を流して、会社保有物件の売却に努力しているので、いましばらくの期間があれば、実現の可能性は充分にある。
三、前記のように、被告会社において、その業務を扱う者は被告人のみである。もし被告人が刑の執行を受けることになれば、被告会社の宅地建物取引業法の免許は取消され、かつ、前記売却予定物件の売却並びに滞納税金の納付も著しく困難となること明白である。
現在我が国の経済の低迷に伴って、税収の減少が危惧されている。この際滞納税金を速やかに完納し、国の財政を支えることは国民の急務とすべき所である。本件脱税につき、被告人がその責任を厳しく問われることはやむを得ないことではあるが、既に昭和六三年三月の本件脱税査察以来、被告人は連日にわたる聴問、調査、告発、検察官の取調、刑事訴追、公判並びにこれらに伴う、信用の失墜、業務の破綻、現在の生活の窮状と、事実上社会的制裁は充分に受けており、あえて実刑を課さなくても、刑事責任追及の目的は充分達成されており、むしろ、今後被告人をして、滞納税額の完納のため全力を傾倒する機会を与えるべきであると思料するものである。
また被告会社に対する罰金一億円は、前記のような被告会社の所得の実態、差押に係る現有資産の実情、並びに被告会社の現在の業務の状況からすれば、高額に過ぎ不相当というべきである。
結語
以上の次第で、原審が、被告人を懲役一年六月の実刑に、被告会社を罰金一億円に処する旨言渡した判決の量刑は、右に述べた通り、著しく不当とみるべき点があり、被告人に対しては、その刑の執行の猶予を言渡すのが相当であり、また被告会社に対する罰金については相応額の減額をするのが相当であるから、原判決の破棄を求めるものである。
疎明資料
控訴趣意書第三の第二項の事実についての、刑事訴訟法第三八二条の二の第三項の疎明資料は別紙の通りであるる
弁護人 鈴木晴順
陳述書
一、昭和六三年三月羽田産業株式会社が脱税の査察を受け、私は本当に悪いことをしたと思い、その調査には何事も隠さず、すべて打明けてお話致しました。
その中で、羽田産業が昭和六二年四月に有仁工業から買った千葉市若松町の土地は契約書上は一億五千万円でしたが、仲介の株式会社フォーサム代表者金子繁、及び有限会社布施ハウジング代表者布施信夫両名から、三一〇〇万円は裏金で有仁工業に渡すものであるといわれ、総額一億八一〇〇万円を支払いましたので、国税調査の際正直にそのことを調査官の舟久保さんに申し上げました。このような裏金を払った取引は他にもありましたので、全部説明しました。これについて国税局の方でみな調査をされましたが、この若松町の取引については、売主の有仁工業は、売買代金は一億五千万円で、裏金など一切受け取っていない、記帳もそうなっている、との調査結果だったそうで、舟久保さんから、「有仁工業は裏金を受け取っていないと言っているのだから、三一〇〇万円は仲介人にだまし取られたものではないか」と言われ、これを取り返して税金を払うようにしなさい、と言われました。
二、そこで、すぐ金子と布施に対して三一〇〇万円の返還を請求する通告書を出したのですが、相手から何の応答もなく、その後の引続いての調査や、取調のため、時間がたってしまいましたが、時効になる直前の平成三年三月一五日、仲介人両名に対して三一〇〇万円返還請求の民事訴訟を東京地方裁判所に提起しました。
然し肝心の金子と布施が三一〇〇万円を受け取ったと言う証拠書類は押收書類として検察庁にあり、私の刑事裁判が進むまだ還付してもらえませんでした。この証拠書類は検察庁から還付を受けたのは、平成三年九月ころでした。
従ってこの若松町の裏金三一〇〇万円の問題は第一審の際証拠として提出することができなかったものであります。
検察庁から還付を受けた契約書の写を添付します。
平成四年三月四日
武蔵野市西久保一丁目四番一二号
則竹朋信
東京高等裁判所第一刑事部 御中