東京高等裁判所 平成4年(う)612号 判決 1993年3月08日
本籍
横浜市神奈川区三ツ沢下町九〇番地
住居
同市中区山下町一〇〇番地の三 リレント山下町七〇一号室
会社員(元会社役員)
水上迪雄
昭和一六年八月一四日生
右の者に対する法人税法違反被告事件について、平成四年四月二三日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官小谷文夫出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人藤井光春名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官小谷文夫名義の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。
一 控訴趣意中事実誤認の主張について
論旨は、要するに、原判決は、原判示第二の昭和六二年八月期における水上土地建物株式会社(以下「水上土地」という。)の所得金額等を算出するに当たり、同社が旭光学工業株式会社(以下「旭光学」という。)から<1>東京都豊島区南池袋二丁目一六番四及び<2>同番一二の各土地を各三〇億円で買い受け、これらを学校法人高宮学園(以下「高宮学園」という。)に売却したものと認定しているが、実際は、右<1>の土地は、株式会社エイジアエンタープライズ(以下「エイジア」という。)が旭光学から三〇億円で買い受け、これを三一億円で水上土地に売却したものであるから、エイジアが実体のないダミーの機能しか持たされなかったとしてその存在を無視した原判決は、右<1>の土地の取得価額を一億円過少に誤認したものであって、右誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。
そこで、原審の記録及び証拠物を調査して検討するに、原判決挙示の関係証拠を総合すれば、以下の各事実が認められる。すなわち、
1 水上土地は、被告人の直接担当の下に、旭光学から右<1>の土地三九三・六五平方メートル及び<2>の土地三九三・九八平方メートルを一括して代金合計六〇億円で購入する話を進めて来たが、同社の決算対策上の都合及び国土法改正による五〇〇平方メートル以上の土地の売買規制強化をあらかじめ避ける目的から、取引を二つに分け、右<1>の土地を昭和六一年九月二九日に代金三〇億円で、右<2>の土地を同年一〇月一日に代金三〇億円でそれぞれ買い受けることとし、同社との間にその旨の売買契約書を作成した。
2 ところが、水上土地が右購入資金の融資方を依頼した三井不動産ファイナンス株式会社(以下「三井不動産ファイナンス」という。)の担当者から、六〇億円の融資申込みが水上土地一社からなされたのでは、内部審査で融資限度額枠に抵触する虞があると指摘されたため、水上土地名義で三一億円、エイジア名義で三〇億円の融資を受けることとし、右<1>の土地については、旭光学からエイジアが買い受けた旨の所有権移転登記をした上、三井不動産ファイナンスのため、抵当権設定登記をした。
3 エイジアは、水上土地が一〇〇パーセント出資して設立した会社で、同社から専務取締役森川慶利が代表取締役として出向していたが、右取引当時は実際の営業活動は行っておらず、旭光学及び三井不動産ファイナンスとの右取引においても、右森川は両社との折衝や借入金、売買代金の授受、返済等には全く関与しておらず、ただ被告人から指示されるまま契約書類に押印しただけであった。
4 前記<1><2>の土地の売却は水上土地取締役営業第二部長桶田厚志が担当し、高宮学園に売却することになったところ、同学園が、右<1>の土地をエイジアから購入する形になることを肯じなかったため、被告人の指示により、水上土地がエイジアから三一億円で購入した旨の売買契約書を作成してその旨の所有権移転登録をした上、一括して同学園に売却したが、ここでも、右森川は、被告人の指示に従って契約書を作成しただけであった。
5 水上土地とエイジア間では、同年九月二九日に水上土地がエイジアに三〇億円で右<1>の土地を売却した上、同年一二月二日に三一億円でこれを買い戻した旨の各契約書類を作成したが、右差額の一億円は、エイジア名義で登記費用等を支弁するのに当てられている。
右事実を総合すると、前記<1><2>の土地は、水上土地において旭光学から六〇億円で購入し高宮学園に売却したものであって、右<1>の土地の取引にエイジアを介在させたのは三井不動産ファイナンスからの融資の条件を整えるため、また、エイジアから買い戻す形をとったのは高宮学園への売却を円滑に進めるため、いずれも書類上の処理をしたものに過ぎないことが明らかである。所論の指摘する(1)エイジアが現に実在する会社であること、(2)右<1>の土地の購入資金三〇億円の借入れがエイジア名義でなされていること、(3)右土地の所有権移転登記がエイジアを経由していること等の諸点は、何ら右認定を左右するものではない。
以上のとおり、水上土地が右<1>の土地の売買にエイジアを介在させたのは、神田須田町物件や代田四丁目物件の場合のように、もっぱら脱税のための利益の圧縮を主目的としたものでないことは認められるが、このような書類上の処理をした結果、右<1>の土地の取得価額に一億円の増差を生じ、水上土地の公表所得金額を過少ならしめることもまた明らかであり、被告人はそのことを認識、認容していたものである(被告人の検察官に対する平成三年六月一七日付供述調書一八項)。それ故、原判決が右一億円を土地建物売上原価に計上せずに逋脱所得金額を認定したことに誤りはなく、論旨は理由がない。
二 控訴趣意中量刑不当の主張について
論旨は、要するに、被告人に対する懲役刑に執行猶予を付さない上、これに罰金刑を併科した原判決の量刑は重過ぎて不当であるというのである。
そこで、原審の記録及び証拠物を調査して検討するに、本件は、被告人が自己の経営する不動産会社の法人税二事業年度分合計五億六六一九万余を逋脱した事案であって、その免れた税額が多額であること、逋脱の方法も、従業員や取引先を巻き込み、ダミー法人を取引に介在させることによる売上の一部除外、売上の繰り延べ、いわゆるB勘屋を利用した仲介手数料等の架空ないし水増し計上等の所得秘匿工作を組織的かつ継続的に行った上、虚偽過少の確定申告に及んだという悪質なものであること、脱税の動機も、税金を免れできるだけ多くの資産を残したい、不動産取引では多額の裏金を要求されることが多いのでそれに備える必要があるなどというものであって、格別斟酌に値しないことに照らすと、被告人の刑事責任は重いというべきである。
してみると、被告人は査察調査の当初から事実を認め、捜査、公判を通じて反省の態度を示していること、起訴前に修正申告をして本件各事業年度の法人税本税のほか、附帯税、地方税も完納していること、逋脱率は通算四一パーセント余りで、特に高率とはいえないこと、水上土地(平成二年九月一日以降の商号は株式会社エムザコーポレーション)は平成三年一月破産宣告を受け、被告人もその影響を被り、経済的苦境に陥っていること、被告人はこれまで前科前歴なく過ごしてきた者であること、その他所論指摘の被告人のために斟酌し得る諸事情を十分考慮しても、被告人を懲役二年の実刑及び罰金一〇〇〇万円に処した原判決の量刑はやむを得ないところというほかなく、これが重過ぎて不当であるということはできない。
ちなみに、所論は、税務当局の示唆により被告人が修正申告、納付した本件各事業年度の税額が原判決の認定した逋脱税額を一億円余り下回っていることに疑義を呈すかの如くであるが、原判示逋脱税額は、厳格な証明によって合理的疑いを容れる余地なく立証されており、原審の税法の解釈にも何らの過誤は認められないから、税務当局がこれと異なる税務処理をしているからといって、本件の事実認定はもとより、量刑の事情にも何らの影響を及ぼすものではない。
また、所論は、納税義務を果たし、無一文となった被告人に対しては、その再出発や家族の生活の維持などを考慮し、もはや罰金刑を科すべきではないとも主張する。しかし、水上土地は、本件脱税が行われた各事業年度当時、資本・経営の両面において被告人が支配していた会社であり(同各事業年度末における被告人の持株比率は、昭和六一年八月期は一〇〇パーセント、同六二年度八月期は八八・五パーセントである。)、本件脱税の利益も究極的には被告人に帰属するものであったこと、同社は、後に破産したことにより起訴されず、事実上処罰を免れているけれども、破産するようなことがなければ、被告人とともに起訴されて相応の罰金刑に処せられ、同社のオーナーである被告人にも事実上の制裁効果が及ぶことは必定であったことなどにかんがみると、原判決が、行為者である被告人に対し、懲役刑のみの科刑に留めず、懲役刑と罰金刑とを併科したのは、法人税法一五九条一項の趣旨に一層合致するものであって、相当というべきである。そして、所論指摘の、被告人が逋脱した本税や附帯税等の納付に努めたこと、水上土地の破産、その後における被告人の経済的苦境等の事情は、被告人に対する罰金額の決定に当たって考慮すべき事情に留まり、懲役刑と罰金刑の併科を不当とするまでの事情とはいえないから、所論は採るを得ない。
論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 新田誠志 裁判官 浜井一夫)
平成四年(う)第六一二号
○ 控訴趣意書
被告人 水上迪雄
右の者に対する法人税法違反被告事件について控訴趣意書を提出する
平成四年六月二九日
弁護人弁護士 藤井光春
東京高等裁判所第一刑事部 御中
記
一、原判決には事実の誤認があり、その誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかである。
原判決は
南池袋二丁目の二筆の取引は、買受資金調達先の三井不動産ファイナンスから融資限度枠を理由に別会社への融資の形を求められたことなどもあって、エイジアエンタープライズ株式会社を介在させたものであるが、被告人によって設立した右会社は、その設立当初の目的はともかく、実体のないダミーとしての機能しか持たされなかったもので、右の取引を特別有利に斟酌し得るものではないと判示している。
しかしエイジアエンタープライス株式会社(以下エイジアという)の設立登記は昭和六一年六月一三日、資本金一〇〇〇万円で不動産取引を目的として設立されたもので、れっきとした権利義務の主体である。また発行済株式全部を水上土地株式会社が持つ(弁第二〇号証)親会社、子会社の関係にある。このようなことを背景にして南池袋の取引をみるに、須田町物件(岩本町)、代田四丁目物件(新代田)につきエイジアをダミーと認定したと同様に南池袋の取引もダミーであると断ずることはできない。
被告人の公判廷の供述によると売主旭光学工業は自らの都合で二筆の土地を時期及び買手を異にして売りたいとし、(被告人の検事調書にもある)検甲第一号証には融資者の三井不動産ファイナンスから六〇億もの融資につき融資限度枠を理由に内三〇億については水上土地とは別の会社でなければ融資は難しいとのことであり、水上土地はその融資先として子会社エイジアを申し入れて融資側から了解を得たものでこの資金で一筆を水上土地が、他をエイジアが買取ったのが事実である。他方買主高宮学園がその都合で二筆を水上土地に一本化した上で買取りたいとの強い意向を示したので水上土地としても取引を成功させるためこれに応じたもので、この取引は契約自由、私法的自治のはたらく取引そのもので徒らに脱税犯視すべき取引ではないと思料する。
検甲一号証の南池袋の取引についての調査書付表のチャートによると
1.昭和六一年九月二九日の取引は旭光学工業とエイジアが三〇億で<1>の土地の売買契約
2.昭和六一年一〇月一日の取引は旭光学工業と水上土地が三〇億で<2>の土地の売買契約となっている。
この取引代金はエイジアと水上土地が三井不動産ファイナンスからそれぞれ融資を受けた金員であることは三井不動産ファイナンスの供述でも明らかである。
3.高宮学園の要請で<1>及び<2>の土地を一体として売渡すために水上土地が同年一二月二日エイジアから三一億円で買取り、同日<1>及び<2>の土地を一体として高宮学園に売渡したことを示している。
これに対して平成三年六月一七日付被告人の検察官供述調書添付の南池袋の取引についてのチャートは<1>の物件につき、旭光学工業から水上土地が昭和六一年九月二九日買取りこれを同日エイジアに同額で売渡し同年一二月二日水上土地が三一億円で買戻したことになっている。
三井不動産ファイナンスは水上土地に三〇億、エイジアに対し三〇億融資したものでエイジアが融資を受けた右三〇億円を水上土地に貸付けた事実はない。ときに水上土地には<1>の取引代金三〇億という巨額の金を支払う能力はなかった。
脱税のために利益を分散する意図があれば買戻代金を三一億としないで利益分をもっと上積して買戻す筈である。
三井不動産ファイナンスもエイジアの取得した<1>の土地に三〇億円の抵当権を別表のとおり設定しているもので、査察官調書は予断に基く尋問に被告人が迎合したか、混乱による供述であり検察官調書も査察官調書を前提としてそのチャートも旭光学工業との取引につき査察官のものとは違えて作成されているものであり、南池袋の土地の売買については被告人の公判廷の供述が事実である。
エイジアをダミーとして扱うことは水上土地の<1>の土地の三一億円と三〇億円の差額一億円が取得費として架空計上されたこととなり脱税額延いては犯情に影響することも大であり従って判決に影響すること明らかである。
二、原判決は刑の量定が不当である。
原審は平成四年四月二三日被告人を懲役二年及び罰金一〇〇〇万円に処する、未決勾留日数中五〇日を右懲役刑に算入する旨宣告した。
しかしながら右量刑は次に述べる事由からして不当であり懲役刑には執行猶予を付さるべきであり、また罰金刑は併科されるべきでないと思料する。
1.すなわち罪となるべき事実を見ると(1)公訴事実と同じく昭和六一年八月期のいわゆる脱税額が一億三八三四万二四〇〇円であるところ、査察後の修正で申告による徴税額は一億八六四万一七〇〇円(弁二六号証)であり、(2)同じく昭和六二年八月期の脱税額は四億二七八五万三一〇〇円で、前同様査察後の修正申告による徴税額は三億五二九〇万八九〇〇円となっている(弁二六号証)右金額の齟齬は検察官の冒頭陳述書添付の別紙ほ脱税額計算書と右弁二六号証修正申告書(査察官の一方的指示によるもの)‥海東証言。に記載の所得金額、課税土地譲渡利益金額において検察官と国税局査定の相違によるものである。
納税者である国民の側からすると税務当局が窓口として広く納税者に応待している点からすれば税務当局の方がその取扱いにつき公平感があるものと思う。昭和三八年五月一五日東京地裁刑事一八部(事件番号不明税務訴訟資料四六号七三二頁)の判決にも「刑事裁判における所得の認定が税務官庁や民事訴訟におけるそれより一層厳格な法則に従うべきであるとの理由は見出し難く、刑事裁判においても真実の所得額の認定に関する限り証拠の採否、証拠評価の方法等については徴税機構における課税実務の実際を参酌することが必要であって、これを無視することはできず、刑事裁判であるからといって課税実務に認容されている合理的証拠以上に厳密な証拠を必要とするものとは解し難い」としている。
税務官庁と検察及び裁判所との脱税額についての認定のくい違いには査察後の修正申告の経緯からして被告人は戸惑うのみである。
2.ともかく、査察後の修正申告は二期分とも平成元年四月四日に行い(弁二六号証)その昭和六一年八月期のものは平成元年五月三一日に納付済みであり(弁一号証)同じく六二年八月期については本税、重加算税及び延滞税を含め平成元年一〇月三日までに完納されている(弁六~九号証)。
租税犯の保護法益は国又は地方公共団体の課税権とされているが、本件においては右納税により国庫の租税収入は確保されるに至り、その結果侵害された法益も回復が図られた次第で、処罰の必要性も相当程度減殺されたものと考える。
3.情状関係につき、
昭和六三年三月下旬から同年八月まで海東税理士が立会いの上、国税局の通常調査を受けその指示に従って国税局の指導を受けるべく右税理士及び被告人は国税局に通って努力したことは公判廷の被告人の供述、海東証人の証言にあるとおりである。
然し国税局は被告人らとの接触を敢えて避け続け、同年九月八日被告人の会社は突如、国税局の査察を受け平成元年三月中旬まで被告人は十数回に亘って国税局で調査を受けた。
そして査察官は平成元年三月下旬被告人と海東税理士を国税局に呼び海東税理士に弁二六号証の所得金額の計算に関する明細書及び利益積立金額の計算に関する明細書記載内容を半ば強制的に提示して修正申告を指示した。
そこで被告人は右に基き平成元年四月四日修正申告(弁甲二六号証)を行い、同年五月三一日から同年一〇月三日まで本税を納付し、この外重加算税、延滞税も昭和六一年八月期の分五三〇八万一五〇〇円、同じく昭和六二年八月期分につき計二億七〇〇万三一〇〇円を同年一〇月三日までに納付し結局六一年度分一億六一七二万三二〇〇円、六二年度分六億六〇二六万五八〇〇円を完納したのである(弁一~三号証、同六~一一号証)
その後平成元年八月期については青色申告の取消により優遇措置を受けられない儘、三三億九千万余も完納した。勿論地方税も完納したこと弁四、五、一三、一四及び一九号証に示すとおりである。
被告人は日本リース、東洋信託、三井不動産ファイナンスときに町金融からも借金して納税に努めた。その後営業内容が悪化し、被告人個人としても借財がかさんで無一文となり水上土地(エムザ)は平成三年一月八日破産宣告を受けるに至った。
右査察後の修正申告から二年二か月を経過し、ほとぼりもさめた頃の平成三年六月一一日には被告人は昭和六一年度、同六二年度の法人税法違反で突然逮捕され同年九月六日の保釈まで身柄の拘束を受けたのである。
被告人は約三か月の拘置中、当初の二週間は検察官の尋問を受け続け、その後は反省と悩みの毎日であった。すなわち被告人自身は早稲田大学卒業後、直ちに東急建設に入社し以来約二〇年間誠実に勤続した。退社後独立して不動産業を営んだ時期が不動産狂乱の時代で有卦に入り、急速に業績が上がり一介の給料取りから俄らに億単位の金を容易に動かし得るようになった。勢い金に対する感覚も麻痺したのか、身を過って脱税の罪を犯すに至った。従業員及びその家族の生活上の不安、会社債権者に対し大いなる迷惑をかけたことに思いを致し、一方自らの妻子は一部の債権者の厳しい取立に苦しめられ、自らもこれからの身の振り方など身から出たさびとはいえ、深く反省し思い悩んだこと、一審の弁論でのべたとおりである(弁論要旨)。
本件の経緯をみるに、被告人はB勘につき、遅まきながら中途、その非を悟って、一応の是正をなし、税務の通常調査、査察には指示されるとおりに修正し、多額の脱税分も完納し、青色申告の取消による優遇措置の剥奪、生まれて初めて経験した逮捕及び取調、三か月に及ぶ拘置、水上土地の破産宣告、納税のための借財による個人財産の喪失、家族に対する一部債権者の脅し等幾多の制裁を受けてきた。
大方の脱税犯は未納のままというのが通常であるが、被告人は本件脱税については国税局に指示されるままに早期に納税を済ましており、査察後の平成元年八月期のものについても前述のとおり三三億余万円の法人税を完納しこれに伴う地方税は勿論倒産前の平成二年八月期までの納付も関係証拠により明らかである。
本件は脱税額が億単位で多額ではあるが、これを上廻る脱税者が次々と処断されていること新聞紙に報道されているところである。
主として朝日新聞に報道された主な法人税法または所得税法違反(東地刑)は次のとおり
<省略>
右の事例には所得税法違反のものが多いが法人税法違反の罰則第一五九条と、所得税法違反の罰則第二三八条には五年以下の懲役刑と罰金が同じように規定されている。
そして今なお巨額の脱税事犯が挙げられていることは新聞の報道しているところである。
被告人に対して宣告された刑罰と右の判決例等とを比較考量したとき極めて不均衡であるといってよい。それ故被告人の懲役刑には少なくとも執行猶予を付さるべきものと思料する。処罰の均衡なくしては裁判は信頼されない。
右稲村氏にはこれらの納税を果せば被告人にはもはや見るべき資産がなく、家族の生活を維持するのが困難な状態に追い込まれかねない等の事情を考慮し、罰金刑の併科は被告人にとって将来の人生の再出発の妨げとなり刑政の目的に反するとして罰金刑を併科しないとの判示がある。これにより既に無一文となった被告人のそれをみるとき、右以上の配慮がされて然るべきであり被告人には罰金を併科すべきではないと思料する。
加えて被告人の妻は夫の不祥事にも拘らずよくその家族を守り、妻の実家は経済的にも堅実で、事実本件保釈金も妻の母が求められて用立てているものである。また長女、長男は大学と高校に就学中で父親の再起を希いそれを確信している。被告人は現在満五〇歳で働き盛りの年であり、弁二七号証にあるとおり東京のウオーターフロントで多目的ホール「MZA有明」を開場しミュージカルやロック系のコンサートを盛に催したように音楽産業ビジネスのノウハウの特技を持ち平和の時代の好ましいビジネスの担い手となり得ること間違いない。
被告人は以上述べたとおり個人的にあるいは社会的に、そして国家的にも制裁を受け猛省しているものである。
既に査察後の納税を了えて三年余を経過した現在、彼此勘案せられて懲役刑には執行猶予を付された上、罰金刑は取消されたく申立てるものである。
別表
<省略>