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東京高等裁判所 平成4年(う)624号 判決 1992年12月21日

本籍

神奈川県川崎市幸区神明町二丁目三七番地

住居

横浜市鶴見区諏訪坂八番一〇号

会社役員

田中秀雄

昭和一一年一〇月一七日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、平成四年三月一二日横浜地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官小谷文夫出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決中、被告人に関する部分を破棄する。

被告人を判示第一の罪について懲役六月に、判示第二及び第三の罪について懲役六月に処する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人柳瀬隆次、同島田種次及び同鈴木善和連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官小谷文夫名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

訴趣意第一(理由のくいちがいの主張)について

論旨は、要するに、原判決は罪となるべき事実の項において、原判示第一の事実につき、その犯行時期を昭和六一年九月一日と認定しておりながら、他方、量刑の理由の項において、「被告人らは、昭和六二年二月二五日、本件同種の犯行により、被告会社は罰金二〇〇〇万円、被告人田中は懲役一年(執行猶予三年。平成元年一一月七日、懲役一〇月、執行猶予二年八月に減刑及び短縮。)に各処せられたにもかかわらず、被告人田中は反省することなく、かえって、支払った右罰金及び重加算税を取り戻そうと考え、右判決言い渡しからわずか三か月を経たころから再び売上げを秘匿することを企てたものであって、動機に酌量の余地はないこと」と説示しているが、量刑理由に関する右説示部分は原判示第一の事実を含めた全事実について判示したものであることは行文上明らかであり、したがって、原判示第一の犯行時期についても、昭和六二年二月二五日の前刑判決言渡しの約三か月後からそのための売上秘匿を企てたものと認定していることに帰着し、その間に明白な理由齟齬があるから、到底破棄を免れないというのである。

なるほど、原判決を精査するに、その罪となるべき事実及び量刑の理由の各項に、所論指摘のような認定、説示がなされていることは判文上明らかである。そして、後者の説示は、量刑の理由の項の冒頭に掲げられており、また、特段の限定も付されていないことからすれば、一見、罪となるべき事実全般に関する説示であるかの如き観を呈している。

ところで、後に判断するように、関係証拠によれば、右量刑の理由の説示そのものが誤認に基づくことが明らかであるが、所論のような説示間の理由齟齬の有無は、判文相互を比較して判断すべきである(なお、右の誤認は、量刑事情に過ぎない犯行動機に関するものであるから、刑訴法三八二条所定の事実誤認には当たらない。)。そこで、罪となるべき事実に記載された各事実及び量刑の理由中の所論指摘部分を子細に読み比べ、合理的に解釈すれば、後者の説示は明らかに原判示第二及び第三の事実のみに関するものであると理解すべきであり、両者の間にくいちがいがあるものということは出来ない。所論は、結局、原判決の説示のいささか疎漏なことを論難する域を出るものではなく、破棄の理由とはなし難い。それ故、論旨は理由がない。

控訴趣意第二(訴訟手続の法令違反の主張)について

論旨は、要するに、原審裁判官は、被告人に対する判決宣告手続において、一旦言い渡した判決主文を、書記官や検察官の指摘を受けて二回に亘って言い直しており、しかも、三回目に言い渡した主文は、被告人に対する懲役の刑期を慌てて言い直したものであって、その間に、これを記載した書面を用意する暇があったものとは到底考えられず、刑訴規則三五条二項に従って主文の朗読がなされたものとは認められないから、右判決宣告手続には訴訟手続の法令違反が存し、右違反が判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。

そこで、検討するに、判決の宣告は、裁判長または裁判官が判決の主文及び理由を朗読し、あるいは主文の朗読と同時に理由の要旨を告げることによって行うものであるところ(刑訴規則三五条二項)、裁判長や裁判官がこれらの行為を行えば直ちに宣告手続が終了し、以後判決の宣告を仕直すことが一切許されないものと解すべきではなく、判決は、宣告のための公判期日が終了するまでの間、判決書又はその原稿の朗読を誤った場合にはこれを訂正することも、一旦宣告した判決の内容を変更し改めてこれを宣告することも違法ではなく、言直しがあったときは、その内容どおりのものとして効力を有するものと解すべきである(最高裁判所昭和五一年一一月四日第一小法廷判決・刑集三〇巻一〇号一八八七頁参照)。これを本件についてみるに、原審記録及び当審における事実取調べの結果によれば、原審裁判官は、原審第一八回公判期日において、午前一〇時ころから判決宣告を始め、まず理由から告知した後、「被告人有限会社伸成を罰金六五〇〇万円に、被告人田中秀夫を懲役一年二月に各処する。」旨の主文を言い渡し、直ちに訓戒に入ったが、途中立会書記官からメモを渡されるや、一〇分間の休廷を宣して退廷し、約一〇分後に再度入廷して、「被告人有限会社伸成を判示第一の罪につき罰金二五〇〇万円、判示第二、第三の罪につき罰金四〇〇〇万円に、被告人田中秀雄を判示第一の罪につき懲役六月、判示第二、第三の罪につき懲役六月に各処する。」旨言い渡したが、今後は立会検察官から書記官を介してメモを渡されると、「一年は一二か月でした」と述べ、被告人田中秀夫に対する懲役六月、六月は誤りで「七月、七月」である旨変更して判決宣告を終わった経過が窺われる。右によれば、原審裁判官は、判決宣告のための公判期日が終了する前に、二回に亘る変更をしているのであるから、三回目に言い渡した最後の判決がその内容どおりのものとして効力を有するものと解すべきである。

所論は、三回目の宣告は、原審裁判官が、検察官の指摘を受け慌てて二回目の主文を言い直したものであって、これに対応する書面が用意されていたものとは到底考えられず、刑訴規則三五条二項に則って主文の朗読がなされたものとはいえないと主張するが、二か所にある「六月」の記載を各「七月」に変更するのは極めて容易なことであるから、必ずしも所論のような推論が成り立つとは限らない上、当日の公判調書には、適法に「判決宣告」がなされた趣旨の記載がなされ、法定の期間内にその正確性につき異議の申立がなされた形跡も窺われないから、単なる憶測をもってこれを覆すに由ないものといわざるを得ない(ちなみに、刑訴規則三五条二項には「主文の朗読」とあるが、理由については要旨の告知をもって足りるとされていることと対比してその法意を考察すれば、判決の中で最も重要な主文についてはこれを要約することを許さず、必ず全文を告知すべき旨を明らかにした点に意義があるものと考えられ、「朗読」という表現があるからといって、常にその全文が書面に記載されていなければ宣告の効力を生じないという趣旨まで含むものとは解されない。このことは、主文を誤読した場合には、書面には記載されていない、誤読した内容に従って宣告の効力が発生すると解されていることからも明らかである。また、二回目の宣告においてその全文が朗読されている以上、三回目の宣告においては、その変更箇所のみを告知しても、全体としてみれば、主文の朗読があったものと評価出来ることはいうまでもない。)。

以上のとおり、原審裁判官のした判決の言渡しは、司法に対する国民の信頼という観点からすれば甚だ遺憾な面があったといわざるを得ないが、いまだもって判決宣告の手続に判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反があったとまでは認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三(量刑不当の主張)について

論旨は、要するに、原判示第一の罪に対する刑期が、同第二、第三の罪に対する刑期と対比して重きに過ぎるのみならず、各罪に対する二個の懲役刑にいずれも執行猶予を付さなかった点において重きに失し、それぞれ破棄を免れないというのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査して検討するに、本件は、遊技場等の経営を目的とする有限会社伸成(昭和五三年六月三〇日に設立した当時、その商号を「田中興業有限会社」と称していたが、平成元年四月二六日に「伸成興産有限会社」と、同年五月一三日に「田中興業有限会社」とそれぞれ変更した上、同年八月一一日に至り、更に、「有限会社伸成」と変更したものである。以下「伸成」という。)の実質的経営者として、その業務全般を統括していた被告人が、伸成の法人税を免れようと企て、同会社の業務に関し、売上の一部を除外する方法により所得を秘匿した上、(1)昭和六一年六月期における実際所得金額が一億九六二八万八〇三〇円であって、これに対する法人税額が八二四四万六六〇〇円であったにもかかわらず、所轄税務署長に対し、右事業年度の所得金額は一八三二万六四八五円であり、これに対する法人税額は五三八万九一〇〇円である旨を記載した内容虚偽の法人税確定申告書を提出した上、そのまま法定の納期限を徒過させ、もって不正の行為により、法人税七七〇五万七五〇〇円を免れ、(2)同六二年六月期及び同六三年六月期の二事業年度における実際所得金額が合計八億〇〇二〇万六四二〇円であって、これに対する法人税額が合計三億二二八八万四二〇〇円であったにもかかわらず、所轄税務署長に対し、右各事業年度における所得金額が合計五億二五二〇万一一九四円であり、これに対する法人税額が合計二億〇七三八万一七〇〇円である旨を記載した内容虚偽の各法人税確定申告書をそれぞれ提出した上、いずれもそのまま法定の納期限を徒過させ、もって不正の行為により法人税合計一億一五五〇万二五〇〇円を免れたという事案である。

右にみたように、各事業年度における逋脱額はかなり多く、逋脱率も、昭和六二年六月期は約四三パーセント、同六三年六月期は約二八パーセントと比較的低率に留まるけれども、同六一年六月期には実に約九三パーセントという高率を示している。そして、被告人が伸成でぱちんこ遊技場の経営を始めたのは、本業である田中製菓株式会社(代表取締役は被告人。以下「田中製菓」という。)の裏資金の捻出のためであり、いわば当初から脱税による資金獲得を予定していたものというべく、本件各犯行の動機も右の点に存するほか、更に、伸成の昭和五八年六月期から同六〇年六月期までの三事業年度の所得につき査察(以下「第一回目の査察」という。)がなされ、その結果多額の重加算税の賦課が予測されるや、これを含む税金分を取り戻すことをも目的としたものであって、酌むべき事情は全く見当たらない。被告人は、第一回目の査察開始の約三か月後から原判示第一の所得秘匿工作に着手し、更に、昭和六二年二月二五日、前記三事業年度の法人税逋脱につき懲役一年、三年間執行猶予の判決(原判示確定裁判)を受けながら、その執行猶予期間中に原判示第二、第三の犯行を重ねたものである。しかも、被告人は、いずれも従業員に指示して、継続的に売上を除外したばかりでなく、第一回目の査察の際、査察官から毎日の売上を記録したジャーナルペーパーを保存しておくように注意され、また、顧問税理士からも同様の指導を受けておりながら、右注意等に耳を貸すことなく、ジャーナルペーパーのみならず、その他本件所得秘匿工作にかかる関係記録等をも直ちに破棄し、真実の所得を示す証憑が一切残らないようにした上、除外した金員で無記名債券を購入するなど、簿外資金を隠匿し易い形態に変え、所得捕捉を著しく困難にしているのである。かかる犯行の動機、態様に加え、伸成の脱税は、同社が昭和五七年一〇月にぱちんこ遊技場「八兆」を開店して以来、六事業年度に亘り継続して敢行されていることを考慮すれば、被告人の納税意識の欠如には顕著なものがあり、厳しい非難に価するものというべきである。

所論は、原判決は、本件各犯行の動機が、前回の脱税で伸成が支払った罰金や重加算税を取り戻そうとすることにあった旨認定しているが、これを認めるに足りる証拠は皆無であって、被告人が本件犯行に及んだのは、当時赤字経営が続いていた田中製菓の配送センターの用地取得に必要な裏資金を確保することにあったものであることは明らかであるから、原判決の右認定は本件犯行の動機に関する事実を誤認したものである旨主張する。

そこで、検討するに、原判決は、確かに、所論が指摘するように判示しており、そして、被告人が支払った罰金を取り戻そうと考え、本件各犯行に及んだこと及び所得秘匿工作が確定裁判宣告後三か月も経過しないうちから再び企てられたことについては、これを認めるに足りる証拠は存しない。この点に関し、被告人は、検察官に対する平成二年二月一六日付供述調書第二五項において、「査察調査が私が考えた線で順調に進んでいくにつれ、何だか査察で税金を取られるのがバカバカしくなってきたのです。それに査察が始まって二、三ケ月経ち、ほとぼりがさめてきたことでもあり、そろそろパチンコ店の売上を抜き始めても、今度は、ばれずに済むのではないかと思うようになりました。そもそも私は自分の自由になる裏金、財産を作るためにパチンコ店経営を始めたのです。それがうまくいき始めた矢先に、査察が入って、裏金の一部を表にあぶり出されてしまい、非常に残念に思っておりました。第一回目の査察で、重加算税を含めて税金をたっぷり取られることになり、何とかそれを取り戻す必要があると思いました。幸い査察を受けたあとも、パチンコ店の売上は良好でしたから、須田に指示して、今度は一日当たり一〇〇万円、又は二〇〇万円の現金を吉兆の売上げ金の中から抜いて裏に回そうと決めたのは、昭和六一年三月の中旬か下旬のことでした。」と供述しているのであって、このような証拠関係に徴すれば、原判決の前記説示中、犯行動機に伸成が支払った罰金を取り戻す意図まで含まれていたとする点及び売上秘匿を企てた時期が原判示確定裁判の言渡の約三か月後であったとする点において、いずれも事実を誤認したものといわざるを得ない。しかしながら、被告人の右供述からも明らかなように、被告人は、第一回目の査察開始の約三か月後から、将来賦課されることとなる重加算税を含む税金を取り戻そうと考え、原判示第一の所得秘匿行為に及んでいることは明らかである(本件犯行の動機がそれのみでないことはすでに説示したとおりである。)。もっとも、被告人は、原審公判廷において、本件各犯行の動機につき、重加算税等を取り戻す意図はなかった旨、所論に副う供述をしているが、右供述は被告人の検察官に対する前記供述調書(原審において同意書面として取り調べられているばかりでなく、その供述内容が具体的であって、特に不自然不合理な点は見当たらない。)と対比し到底措信出来ない。以上のとおり、原判決には量刑事情に関する事実の一部につき誤認が存するけれども、その程度の誤認が本件の量刑判断に影響を及ぼすものとは考えられない。

所論は、原判示第一の罪は、原判示確定裁判にかかる罪の余罪に過ぎず、逋脱した税額も同第二、第三の各罪における逋脱税額に比して格段に少ないのに、後者と同等の懲役七月の刑を科しているのは明らかに不合理、不公平であるから、前者の刑期を相当程度短縮することによってその不均衡を是正すべきであると主張する。

なるほど、逋脱税額を比較すれば、前者が七七〇五万七五〇〇円であるのに対し、後者が合計一億一五五〇万二五〇〇円となることは所論のとおりである。しかし、さきに説示したように、逋脱率の点からみると、後者は約四三パーセント、約二八パーセントと比較的低率であるのに対し、前者は約九三パーセントの高率を示していること、第一回目の査察開始後約三か月経過した時点から売上除外を再開し、法人税の逋脱を繰り返していながらその情を秘し、恭順を装って執行猶予の判決まで得ていることに照らすと、前者の犯情も頗る悪質であって、これを後者より軽微なものということは出来ない。

所論は、被告人に対する各懲役刑の執行猶予を付さなかった点において、原判決の量刑が重過ぎて不当であると主張する。

そこで、被告人に有利な事情について検討すると、被告人は、査察段階においては否認の態度を見せていたものの、身柄を拘束されるに及んでからは、総ての事実を素直に認めて検察官の取調べに進んで協力し、公訴提起後逸速く贖罪のため財団法人交通遺児育英会及び同高松宮妃癌研究基金に各一億円の寄付をするなど、本件について深く反省していること、本件で検挙された際、新聞等で大きく報道されたため、同業者や取引先に対する信用等を著しく失墜するなど、社会的制裁を受けたこと、伸成は、本件について修正申告をし、その本税や重加算税等を含む合計四億二二〇四万円余の税金総てを納付した上、経理体制の改善に努める一方、代表取締役に三和銀行出身の軽部豊を、監査役に税理士大里慶三をそれぞれ迎えるなどして、経営体制の確立を図ったこと、被告人の家庭の事情、服役した場合の田中製菓に与える影響、その他の事情が認められる。

これらの諸事情を被告人のため十分斟酌しても、前示犯情に鑑み、本件が刑の執行猶予を相当とする事案であるとは到底認められない。しかし、以上に指摘した被告人に有利又は不利益な一切の情状を総合し、この種事犯に対する量刑の実情にも照らして検討するに、被告人を原判示第一の罪につき懲役七月、同第二、第三の罪につき懲役七月に処した原判決の量刑は、その刑期の点でいずれも重きに過ぎ、不当というべきである。論旨は右の限度において理由がある。

よって、刑訴法三九七条一項、三八一条により、原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、被告事件について更に次のとおり判決する。

当裁判所の認定する罪となるべき事実は、原判示第一ないし第三の各事実と同一(但し、原判示第一ないし第三の各事実中に、「確定申告書を提出し、」とある次に、それぞれ「そのまま法定の納期限を徒過し、」を加える。)であり、また、証拠の標目及び確定裁判についても、原判決の摘示と同一であるから、これらを引用する。

(法令の適用)

被告人の判示第一ないし第三の各所為は、法人税法一五九条一項にそれぞれ該当するので、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、判示第一の罪と前記確定裁判のあった法人税法違反の罪とは刑法四五条後段の併合罪であるから、同法五〇条によりまだ裁判を経ていない判示第一の罪について更に処断することとし、また、判示第二及び第三の各罪も同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二に罪の刑に法定の加重をし、それぞれその刑期の範囲内で被告人を判示第一の罪について懲役六月に、判示第二及び第三の罪について懲役六月に処することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 新田誠志 裁判官 浜井一夫)

平成四年(う)第六二四号

○控訴趣意書

被告人 田中秀雄

右の者に対する法人税法違反被告事件について、控訴の趣意は左記のとおりである。

平成四年八月七日

主任弁護人 柳瀬隆次

弁護人 島田種次

弁護人 鈴木善和

東京高等裁判所第一刑事部 御中

第一 理由齟齬

原判決には、次の点において理由齟齬があるから、その破棄を求める。

一 原判決は、(罪となるべき事実)第一において、被告人は、有限会社伸成の法人税を免れようと企て、同会社の売上の一部を除外し所得を秘匿したうえ、昭和六〇年七月一日から同六一年六月三〇日までの事業年度の法人税に関し、同六一年九月一日、所轄鶴見税務署に虚偽の確定申告書を提出して、七七〇五万七五〇〇円の法人税を免れたと認定する一方、(量刑の理由)において、昭和六二年二月二五日、本件同種の犯行により、被告人は、懲役一年(執行猶予三年)、右会社は罰金二〇〇〇万円に処せられたにもかかわらず、反省することなく、かえって、支払った右罰金及び重加算税を取り戻そうと考え、右判決言い渡しからわずか三か月を経たころから再び売上を秘匿することを企てたものであって、動機に酌量の余地はない旨説示している。

なお、量刑理由の右部分は、判示第一ないし第三にわたる被告人の全犯罪事実に通ずる動機、犯行態様、ほ脱額について説示し、被告人の反規範的傾向に根強いものがあることを指摘したものであることは、その行文上明らかである。

二 してみると、原判決は、判示第一に関する被告人の犯行時期を(罪となるべき事実)において、昭和六一年九月一日と認定しながら、(量刑の理由)においては、昭和六二年二月二五日の前刑判決言い渡しの約三か月以降からそのための売上秘匿を企てたものと認定していることに帰着し、その間明白な理由齟齬があるから、到底破棄を免れない。

第二 訴訟手続の法令違反

原判決には、判決の宣告手続において訴訟手続の法令違反があり、この違反が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、その破棄を求める。

一 原審がした判決宣告手続の実際

平成四年三月一二日の、被告人並びに有限会社伸成(以下、本項では単に「会社」という。)に対する原審第一八回公判調書には、その手続につき、「裁判官判決宣告」と記載されているのみであるが、宣告手続の実際は、次のとおりである。

1 午前一〇時開廷。裁判官は、まず判決理由を述べたうえ、主文として「会社を罰金六五〇〇万円に、被告人を懲役一年二月に各処する。」と告知し、続いて、訓戒に入ったが、途中書記官からメモを渡され、そのメモに目をやりながら訓戒を続けたものの、午前一〇時一五分に一〇分間の休廷を告げて休廷に入った。

2 午前一〇時二七分再開廷。裁判官は、右1の主文を「会社を判示第一の罪につき罰金二五〇〇万円、判示第二、第三の罪につき罰金四〇〇〇万円に、被告人を判示第一の罪につき懲役六月、判示第二、第三の罪につき懲役六月に各処する。」と言い直した。

3 ところが、右2の言い直しの直後、今度は、検察官から、被告人について右1より刑期が二か月少ないことを示唆されるや、裁判官は、直ちに、「被告人に対する懲役の六月、六月は間違いで、七月、七月である。」と言い直して、判決宣告を終えた(以上につき、当審で立証する。)

二 刑訴法三四二条は、「判決は、公判廷において、宣告によりこれを告知する。」と定め、これを受けて、刑訴規則三五条二項は、「判決の宣告をするには、主文及び理由を朗読し、又は主文の朗読と同時に理由の要旨を告げなければならない。」と定めている。以上によれば、判決の宣告に際しては、主文については朗読の、理由については朗読または要旨の告知の基礎となるべき、主文および理由を記載した書面が必要であり、これによって判決宣告が慎重かつ適正に行われるよう担保したものというべきである。これを本件についてみると、前記一の1および2の場合はその経緯に照らして刑訴規則の要請は充足されていたと見られるが、一の3の場合、裁判官は、検察官の示唆を受けた直後、慌てて被告人に対する各懲役刑の刑期の言い直しをしたもので、その間これに対応すべき書面の用意がなされたとは到底認められない。

三 ここで原審の審理経過を振り返ってみると、公判審理は平成二年五月三一日から平成四年一月三〇日まで一年八か月間、一七回にわたり、その間訴因変更二回、結審後の再開二回を数え(公判調書上、一回目は職権、二回目は弁護人申請と記載されているが、二回目についても、裁判所側の示唆に基づくものである。――当審で立証。)、十二分に審理を尽くしたうえ、同年三月一二日の第一八回公判期日の判決宣告を迎えたものである。当然のことながら、慎重に熟慮された適正な判決の宣告が期待されたところ、その実際はこれに反し、前記一のとおり、書記官や検察官の指摘や示唆を受けて、肝腎の主文が二転、三転するという粗雑極まる内容のものであった。当主任弁護人の多年の経験に徴しても、公判廷で三度にもわたって主文の言い直しがなされた様な事例は寡聞にして知らない。後述のとおり、新聞各紙が大幅の紙面を割いて原審の判決宣告手続の異例な不手際を一斉に報道したのもむべなりというべきである。このようにして、原審の判決宣告手続は、その基礎となる書面の用意がなかったというにとどまらず、後に指摘するような各種の誤りを併せ考えると、その実質においても、慎重かつ適正になされたものといえるか、多大の疑問を抱かざるを得ない。

四 以上のとおり、原判決には、判決の宣告手続において、訴訟手続の法令違反があり、この違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第三 量刑不当

原判決は、判示第一の罪に対する懲役刑の刑期が判示第二、第三の罪に対する刑期に対比して重きに失する点、並びに、判示第一の罪および判示第二、第三の罪に対する各懲役刑の執行を猶予しなかった点において、刑の量定が不当であるから、その破棄を求める。

一 原判示第一の罪に対する懲役刑の刑期が重きに失することについて

原判決は、判示第一の罪、および判示第二、第三の罪について、いずれも同等の懲役七月に各処しているが、右両者の犯情を対比してみると、

1 第一の罪は、原判決が摘示する確定裁判前の余罪に過ぎないのに対して、第二、第三の罪は、右確定裁判後に、同裁判による執行猶予の期間中に二回にわたって行われたものであること

2 量刑上最も重視すべき各犯行による法人税ほ脱額も、第一の罪では七七〇五万七五〇〇円であるのに対し、第二、第三の罪では、合計一億一五五〇万二五〇〇円とはるかに多額であること

等、顕著な差異が認められ、右両者について懲役の刑期を同等としているのは、明らかに不合理、不公平というべきである。

このことは、原判決自体が、有限会社伸成に対しては、第一の罪について罰金二五〇〇万円、第二、第三の罪について罰金四〇〇〇万円と明確な差等をつけて科刑していることに徴しても明らかである(もっとも、刑法四五条後段の規定上、同会社に対しては一個の主文をもって罰金刑を言い渡すべきであったというべく、原判決は、この点においても、過誤を犯していることになる。なお、検察官の論告求刑と対比してみると、原判決は、被告人及び右会社に対する量刑に際して、無批判にその求刑に依拠したものであることがよく窺われる。)。

したがって、原判決の量刑は、まず、この点において明らかに不当であり、適切に是正されなければならないものと確信する。そして、その是正に当たっては、刑訴法四〇二条の不利益変更禁止の原則に照らして、原判示第一の罪に対する懲役刑の刑期を、原判示第二、第三の罪に対する懲役七月の刑期に対比して、相当程度短縮することをもってなされるべきが至当であると考える。

二 原判決が被告人に対して懲役刑の執行を猶予しなかったことの不当について

原判決が認定した罪となるべき事実について、被告人は、すべて率直にこれを認めて反省しており、特に判示第二、第三の罪が前刑の執行猶予期間中に行われたことについては、弁解の余地なく、ひたすらお詫び申し上げるのみである。ところで、原判決は、被告人に対して判示第一の罪、および判示第二、第三の罪の各懲役刑の執行を猶予しなかった。しかしながら、以下に述べる諸般の情状を総合すれば、被告人には右刑の執行猶予を相当とすべき十分な理由が存するものと考える。

1 原判決の(量刑の理由)中の事実誤認

原判決の(量刑の理由)の摘示には、次のような事実誤認がある。

(一) 犯行の動機について

原判決は、被告人の本件犯行の動機を、「被告人らは、昭和六二年二月二五日、本件同種の犯行により、被告会社は罰金二〇〇〇万円、被告人田中は懲役一年(執行猶予三年)に各処せられたにもかかわらず、被告人田中は反省することなく、かえって、支払った右罰金及び重加算税を取り戻そうと考え、右判決言い渡しからわずか三か月を経たころから再び売上げを秘匿することを企てたものである」と認定し、その動機に酌量の余地はないときめつけている。

しかしながら、本件各犯行の動機が前刑との関連で支払った罰金及び重加算税を取り戻そうとすることにあったと認定するに足りる証拠は皆無であり、かえって、その動機は、原審弁論で縷々述べたとおり、当時赤字経営が続いていた被告人の本業である田中製菓株式会社の生き残りに不可欠な配送センター用地取得に必要な裏資金を確保することにあったものであることが明らかである。即ち、

(1) 一見、原判決の認定に添うかの如き証拠としては、被告人の平成二年二月一六日付け検事調書の第二五項中に、「第一回目の査察で、重加算税を含めて税金をたっぷり取られることになり、何とかそれを取り戻す必要があると思いました。」と記載されているのが、その唯一のものである。しかしながら、右の供述記載部分は、被告人が原審第二回公判で述べているとおり、検察官がその一方的思いこみからそうだろうと言って調書に織りこんだに過ぎないもので、被告人はそのようなことを言ってはいないというのが事実である。しかも、右の供述記載によっても、原判決のいうような「支払った罰金を取り戻そうと考えた」との文言は一切存在しない。右供述調書第二五項は、被告人が昭和六〇年一二月一九日の第一回査察後約三か月位を経て原判示第一に関する売上げ除外を始めた経緯を記載したものであるところ、その時点においては未だ前刑に関する起訴すらなされておらず、いわんや「支払った罰金を取り戻す」ことなど、あり得ないことも当然である。のみならず、関係証拠上、明らかなように、被告人は第一回査察の際に、売上除外金のうち約九七〇〇万円の摘発を免れていたものであり、これに対して右査察に伴い徴収された重加算税の税金が二二〇二万円である(当審で立証する。)ことと対比すれば、被告人が、原判決のいうように、敢えて、支払った重加算税を取り戻そうと考える理由も見当たらないというべきである。

(2) かえって、被告人の平成二年二月二〇日付検事調書には、被告人は、かねて本業である田中製菓株式会社の経営上配送センター用地の取得を望んでいたところ、急騰する地価対策としての国土法による規制のため、まとまった土地を入手するためには多額の裏資金を必要とする現実があり、これに備えて売上げ除外金を隠匿するようになった旨、説得力のある供述記載が存在する。そして、このことこそが、被告人の原審公判供述、並びにこれを裏付ける多数の関係証拠上極めて明らかなように、三期にわたって売上げ除外を続け、その金額を無記名割引債券に換えてそのまま隠匿保管してきた本件各犯行の真実の動機であったのである(この点については、なお後述する。)。

(3) さればこそ、検察官においても、本件各犯行の動機について、当初の冒頭陳述では、「前回の査察の際に徴収された重加算税等の税金を取り戻すこと等を目的とした」と述べながら、論告要旨では、ことさらその点には触れず、単に、「被告人は、当公判廷において、田中製菓の配送センター用地を取得する際の裏金を作るためであった旨供述している」と述べるにとどまっている。

もとより、その動機が配送センター用地取得のための裏資金を確保することにあったからといって、本件犯行の違法性が治癒されるものでないことは当然であるが、これを原判決の如く前刑との関連で支払った罰金及び重加算税を取り戻そうとすることにあったと認定する場合と対比すれば、その犯情において大きな相違があり、なお相当の酌量の余地が認められてしかるべきものと考える。

(二) 贖罪寄付に関する経緯とその評価について

原判決は、被告人がした贖罪寄付に関する経緯について、「被告人田中は、二つの財団法人宛各一億円合計二億円の金員を寄付していることが認められるものの、右各寄付は、被告会社と取り引き関係のある金融機関からの相当な便宜供与のもとで取得した株式を売却することで同被告人が巨額の利益を得ていたところ、その一部相当額につき、右金融機関からの好意的な取り扱いのもと、これから金員を借り入れてなされ、しかも、その返済についても右金融機関から前同様の取り扱いを受けているものである」と認定したうえで、「右寄付が応分の評価を受けるべきことは当然としても、これを過大に評価することはできない。」としている。

しかしながら、原判決の右認定は、原審における弁護人の詳細的確な立証を精査せず、多くの誤解、曲解のもとに、被告人の贖罪の真意や、寄付資金捻出の経緯を正しくとらえていないものであり、したがって贖罪寄付に対する評価も正当になされているとはいい難い。

即ち、「贖罪寄付資金借入に関します報告書」、「株式会社平和の株式購入売却に関します報告書」をはじめ、弁護人側の原審関係各証拠によれば、次のような事実関係が認められる。

(1) 被告人が贖罪寄付を決意したのは、平成二年二月二〇日の本件起訴後間もなくのことであり、同年五月三一日の第一回公判に先立つこと一か月余り前の同年四月二七日には、早くも、財団法人交通遺児育英会と財団法人高松宮妃癌研究基金に各一億円の寄付を終えている。被告人が右寄付を決意するに至った動機は、同年六月二七日付けの被告人の陳述書に詳しいが、要するに、生まれてはじめて酷寒の中で二三日間の逮捕、勾留生活を体験し、一時は自殺を決意する程に自らの非違を深刻に反省した被告人が、遅きに失したとはいえ、残された人生でできる限り犯した罪を償って行こうと決意し、その決意を確かめる意味で、自らの処分可能な私財のすべてを社会のために提供し、裸一貫となって会社経営に専心し、人生の再出発をしようと考えたことによるものである。なお、寄付の宛先の一つを財団法人交通遺児育英会としたことについては、被告人の妻が、かねて同育英会の「あしながおじさん募金」を含め、社会福祉団体に若干ながら寄付を続けていた機縁によるものと思われる。

(2) 次に、寄付資金の捻出については、右(1)のとおり、被告人は、当初、その当時において自らの処分が可能であった私財のすべて、即ち、それまでに正当に蓄財してきた被告人個人の定期預金、普通預金、国債、ゴルフ会員権の合計約二億円をこれに充当しようと考えていた。ところが、右預金先である三和銀行鶴見支店側では、一億円単位の預金が減っては大変困るとのことであり、逆に、貸付額をより多くしたいとの営業政策上の思惑から、被告人に対し、短期のことでもあり、二億円の融資を受けて欲しいと依頼してきた。被告人としても、個人及び会社を通じて多年の取引関係にある主力銀行からの依頼でもあることから、これに応じて融資を受けることとしたものである。

なお、被告人は、右融資を受けたことにより、本来なら不必要であった筈の利息約一二九〇万円の支払を余儀なくされるという不利益を蒙ったことを申し添えておく。

(3) 又、当時、有限会社伸成の三和銀行鶴見支店に対する債務の根担保として、被告人所有の株式会社平和の株券五万株が差し入れてあったが、その中から二万株が被告人に対する右(2)の融資の担保として振り替えられている。その事情は、次のとおりである。

即ち、右(2)のとおり、被告人は融資額二億円に見合う確実な返済原資を所有しており、銀行側として返済につきなんらの不安もなかったが、支店長権限の枠を超える多額融資のため、本店へ稟議して決裁を受ける必要上、すべて銀行側の取り計らうままに、右株券を便宜的に担保に振り替えるという形式的な操作がなされたものである。実際にも、右融資金は、右(2)の返済原資である被告人の定期預金、普通預金の解約と、国債、ゴルフ会員権の売却によって借り受けの一年四か月後の平成三年八月二九日までに完済され、右株券にはなんら手つかずのままに推移した。もとより、右同日、右融資が完済されるや、即日、右株券は有限会社伸成の根担保に戻されており、また、右融資期間中であっても、被告人は右会社の右銀行に対する債務につき連帯保証人の立場にあったのであるから、被告人所有の右株券は、右会社の債務関係においても、右銀行からの追及が可能な状態にあったことは論をまたず、いずれにしても、銀行側としては、なんらの不都合もなかったというべきである。

なお、株式会社平和では、平成四年二月二〇日付けで、一株を二株とする株式分割を行い、名簿登録株主に対して新株を無償交付したが、これによって被告人は新株五万株を取得したものの、右銀行側の要請により、その直後の同年三月四日、これを有限会社伸成の根担保に差し入れ済であることを付記しておく(当審で立証する。)。要するに、被告人の所有する平和の株券はその全部が、常時、担保として右銀行の管理支配下に置かれていることに留意されたい。

(4) ここで、被告人が株式会社平和の株式(以下、単に「平和株」という。)を取得した経緯について、一言しておく。もともと、有限会社伸成は右会社とパチンコ機械の仕入を通じて取引関係があったが、被告人は、昭和六三年七月ころ、たまたま売り込みにきた証券会社の営業マンに勧められて、公開前の平和株三〇〇〇株を購入した。その後間もなく、三和銀行鶴見支店長と世間話の際に同株の話が出、被告人は、同支店長から「同株式を公開時に買ってみれば面白い。購入資金は同銀行で全額融資するから是非買った方がいい。」と勧められ、株式ブームの折からでもあり、四、五万株を買ってみようという気持ちになった。そして、同年八月九日の平和株公開の当日、同支店長の指示に従って多めの買い注文を出しておいたところ、予想外にも一二万株が買い付けられたが、同支店長の先約のとおり、その購入資金はすべて右銀行鶴見支店の融資によって賄われた。同株式は、右購入と同時にすべて有限会社伸成の同銀行鶴見支店に対する債務の担保に差し入れられているが、その後、右購入資金の返済等のため、被告人によって逐次売却され、右(2)の寄付資金融資の際には、右(3)のとおり、五万株が根担保として残っていたものである。

事実関係は以上のとおりである。

原判決は、「被告人が有限会社伸成と取り引き関係のある金融機関からの相当な便宜供与のもとで取得した株式を売却することで多額の利益を得ていた」として、被告人の右(4)の平和株取得を非難するかの如くであるが、その経緯は前述のようなもので、当時の経済人、企業人としては誰もが普通に行っていた正当な商行為、取引行為に過ぎず、たまたま折からの株式ブームにより、結果的に被告人が相当の利益を得たからといって、そのこと自体なんら非難されるべきいわれはない。原判決は、右の文章に続けて、「その一部相当額につき」と述べているが、その文言が以下の文章のどこにどうつながるのか、その趣意は不明である。更に、原判決は、本件寄付資金の借り入れが、「右金融機関の好意的な取り扱いのもとになされた」とか、その返済についても、「右金融機関から同様の取り扱いを受けている」などと述べているが、右借り入れや返済の経緯は前記(2)、(3)のとおりであり、好意的な取り扱いを受けたのは、被告人ではなくて、むしろ銀行側であったというべきである。このようにして、贖罪寄付に関する原判決の評価は、すべて失当である。

ところで、原審弁論でも述べているとおり、この種租税犯においても、個人資産を、しかもその大部分である二億円という多額の寄付をして社会に償いを行ったという事例は、まず皆無であると思われる。ちなみに、本件ほ脱税額が合計一億九二五六万円であり、右寄付金の額は、これに見合うものである点にも留意されるべきである。更に本件寄付金が異例の多額であることもさることながら、それにも増して、前記(1)に詳述したとおり、起訴後間もなく第一回公判前に、自己の再生を賭けて自発的にこのような贖罪寄付を決意した被告人の心情により深い理解と同情が注がれるべきであると考える。そして、これらの諸点を勘案のうえ、被告人の本件贖罪寄付について、十分の正当な評価を賜るよう切望してやまない次第である。

2 被告人のために酌量されるべき諸情状――その一(原判決後の情状を除く)

原審では二度にわたって弁論が再開されているため、弁護人の弁論も第六回公判における第一回目の結審時に本論を、第一一回、第一七回公判における第二回目、第三回目の各結審時その補論を、それぞれ委曲を尽くして述べているが、原判決はこれらの弁論で述べた被告人のために有利な諸情状を十分に酌んでいるとは思われない。当審においては、是非とも、これらの諸情状を正当に評価し斟酌してりただきたく、本論、補論を含め、原審弁論中で述べたところを全面的に援用し、重ねて主張しておきたい。以下、その要点を述べる。

(一) 犯行の動機、態様、内容に関するもの

(1) 被告人が創業者である父から受け継ぎ、自己の本業として誇りをもって守ってきている田中製菓株式会社の経営再建のためには、多頻度小口配送という時代の要請に応え得る配送センター用地の取得が不可欠であるところ、国土法による規制との関係で地主から要求される多額の裏金を捻出し準備する必要に迫られたことが本件の動機であった(この点については、前記1の(一)でもふれた。)。

(2) 売上から除外した簿外の資金は、世上に多く見られるいわゆる課税永久ほ脱型のように、女性、ギャンブル、遊興等には勿論のこと、一切私的に費消されることなく、右(1)の目的のために、無記名割引債券の形でそっくり会社内部に保管されていたものである。したがって、典型的ないわゆる課税繰延型の類型に属し、いずれは課税の対象につながる可能性があり、その悪質さの度合いにおいて斟酌されるべき点がある。

(3) 本件のほ脱税額は、三事業年度合計で一億九二五六万円、これに重加算税を加えても、二億五九九五万円であり、国税庁発表の査察事績のほ脱税額平均値が、昭和六三年度で個人三億九六〇〇万円、法人三億三三〇〇万円、平成元年度で個人三億三〇〇万円、法人三億三三〇〇万円であることに対比すると、これを大きく下回っていることからみても、大型の脱税事件では決してなく、むしろ、本件程度の事件の殆どは、行政処分のみで終結しているのが実際である。

(4) 本件のほ脱税率は、三事業年度の合計で四七・五%であり、殆どの脱税の刑事事件が九〇%以上のほ脱税率である現状のもとでは、著しく低いということができる。のみならず、これを更に細分して各事業年度のほ脱税率を比較してみると、昭和六一年度こそ九三・四六%であったが、昭和六二年度は四三・四二%、昭和六三年度は二八・七一%と年を追う毎に急速に低くなり、ほ脱税額の絶対額においても、同様に大きく減少しているのであり、被告人が野放図に脱税に走っていたものではなく、むしろ、被告人の納税態度は漸次改善されてきていた。

(5) 原判決は、本件の犯行態様は巧妙悪質であると非難する。しかしながら、悪質なパチンコ業者は、「出玉率」調査による決算書類の分析だけでは脱税が発覚しないよう、売上げ除外とともに仕入除外を行うという巧妙な手段を採っているのに対し、被告人は仕入額の調整など全く行っておらず、いわば頭隠して尻隠さずの単純な経理操作をしていたに過ぎない。またその実際も、ジャーナルペーパーを破棄して売上げから現金を抜き取るというだけのものであり、更に、右の抜き取った現金による無記名債券の購入先も、これを分散したりせず、殆ど単一の金融機関に集中させているなど、凡さ巧妙悪質というには値しない稚拙は犯行態様というべきである。

(二) 犯行後の状況等に関するもの

(1) 被告人は、捜査の初期から一貫して本件犯行をすべて率直に認め、顕著な反省を示している。そのことは、被告人の査察調査や検察捜査に対する積極的な協力態度や、公判廷における供述内容(各陳述書を含む)等に明らかであるばかりか、(2)以下に述べる本項のすべての事柄が、これを客観的に裏付けるものである。なお、被告人が第一回査察や前刑の裁判を受けながら重ねて本件に至ったのについては、前記1の(一)の配送センター用地取得に必要な裏資金作りに迫られていたという動機もさることながら、査察の際に約九七〇〇万円の売上げ除外現金が発見を免れたことへの甘えや、前刑の裁判が身柄の拘束を伴うこともなく、一回結審、調書判決に示されるように、余りにもあっさりと済んでしまったため、十分な感銘力を受けるに至らなかったこと等が考えられるが、いずれにせよ、被告人の不心得によるものであって、この点深く後悔しているところである。

(2) 被告人は、原判決までに、様々な形で事実上の大きな制裁を受けている。

イ 酷寒の時期に二三日間に及ぶ逮捕勾留を受け、生まれてはじめての骨身にしみる深刻な衝撃を味わい、本件犯行に対する痛烈な反省を迫られたこと

ロ 被告人の右検挙が、「前回の追徴金、取り戻せ。また脱税二億二三〇〇万、パチンコ店社長ら逮捕」(原判決が認定した脱税額の実際は一億九二五六万円である。)などと、いちはやく新聞等に報道され、同業者、取引先メーカーや小売店をはじめ地域社会に対する被告人の社会的名誉と信用が著しく損なわれたこと

ハ 当然のこととはいえ、被告人は、本件法人税ほ脱に伴う修正申告のうえ、二事業年度分にわたり重加算税を含む多額の法人税、地方税合計四億二二〇四万一二五〇円をすべて迅速に納付しており、これによってこの間の所得の殆どを国庫に納付することになったものであり、国の側としても、この種事件における最大の関心事である納税の確保が実現できたこと

(3) 前記1の(二)で述べたとおり、被告人は、原審第一回公判前において、自発的に、自らの処分が可能であった私財の殆どすべてを捧げ、この種のケースでは殆ど類例を見ない二億円という多額の贖罪寄付を行ない、このことを通して自己の再生への決意を一段と固めるに至った。

(4) 有限会社伸成の経理体制については、いずれもコンピューターから打ち出される、ジャーナルペーパー及び営業日報の原資料に基づいて、税理士が収支を的確に把握し、これに基づいて正確な税務申告に努め、又、右の原資料をきちんと保存しておくなどの具体的な改善を図る一方、三和銀行出身の軽部豊を取締役社長に、公認会計士の大里慶三を監査役に配するなどして人事も改め、更に、被告人自らは同社の経営から手を引き、本業である田中製菓株式会社の経営再建に専心することとして、固く事件の再発防止を期している。なお、本件以後の諸納税がすべて適正に履行されていることは勿論である。

(5) 被告人は、喘息の持病で病弱の妻と結婚適齢期にある二子(なお、被告人自身にも狭心症の持病がある。―当審で立証。)、更には、百名を超える多数の従業員とその家族の生活を背後にかかえながら、田中製菓株式会社の経営に陣頭指揮をもって懸命に努めており、被告人の存在は同社の経営にとって一日たりとも不可欠というべきところ、被告人の人柄や能力、置かれた状況等を熟知した取引先メーカーの首脳や有力同業者等が、このまま被告人が社会的生命を喪失するようになることを惜しんで、異口同音に、今後の被告人の再生を保証し、積極的な協力を確約している。

以上のとおりであるが、右(一)、(二)については、被告人の各検事調書、陳述書、原審公判供述をはじめとする、原審関係各証拠によってその証明は十分と考える。

3 被告人のために酌量されるべき諸情状――その二(原判決後の情状)

(当審で立証)

(一) 被告人は、懲役実刑という酷しい原判決を受け、改めて自己の罪責の重味をかみしめ、反省悔悟の念を深めている。

先にふれたように、前刑の裁判は、身柄拘束もなく、一回結審のうえ調書判決で執行猶予とあっけなく終了したのに対し、今回の原審裁判は、逮捕、勾留を経たうえ、公判回数一八回、一年一〇か月の長期にわたり、その結果は懲役実刑の判決というまことに酷しいものであった。被告人にとってすべて生まれてはじめての深刻な体験であり、身柄拘束中は勿論のこと、長期の原審公判を通じ、慚愧の思いで終始したが、特に懲役実刑判決の言い渡しを受けた以後の被告人は、表面平静を装いながらも、片時として心の晴れる暇もなく、常に重苦しい不安と悔悟の交錯する日々の連続であり、改めて自己の罪責の重味をかみしめつつ、反省の念を一段と深め、今後は絶対に再犯なきことを固く期している。その意味において、原判決の所期する処罰効果は、既にその一半の目的を果しているといっても過言ではなく、被告人は事実上の強力な制裁を受けているということもできよう。

ここで、被告人の右のような心境の一端を示す一、二の事象を付加しておきたい。

(1) 平成四年七月三日付けの朝日新聞に、「判決の前日被告が自殺――保釈中、自分の別荘で」との小さな記事が載った。宇都宮地裁で売春防止法違反罪により保釈のうえ公判中の飲食店経営の某被告(五八歳)が、さきに懲役の求刑を受け、判決を翌日に控えての自殺であり、警察では懲役刑を受ける可能性を苦にしての自殺と見ているというものである。弁護人が右記事を被告人に示したところ、被告人は、右自殺者の心境はそのままそっくり現在の自分の心境である、自分としては原判決の趣旨を厳粛に受け止めており、これからの再出発に活かしていきたいと、その心境を切々と吐露した。

(2) 有限会社伸成の前取締役社長須田勝は、平成三年四月一六日、心筋梗塞により享年五四歳で、急逝した。同人は、被告人と幼な馴染みの間柄で、被告人が副業としてパチンコ業を始めるに当たり、協力を依頼して入社してもらい、以後被告人の片腕として事業経営を助けてくれた人物である。そして、本件事犯についても、被告人の指示を受け、売上げ除外の実行に加担し、被告人とともに逮捕、勾留され、会社代表者として起訴を受けた。そのような関係上、被告人としては、同人の急逝には本件による心労が深くかかわるものと考え、自己の不心得が年来の親友を巻き添えにしてその死を招いたという自責の念にかられており、この点からも本件罪責を痛切に反省し、同人の死を無駄にしないためにも今後の更生を深く期しているものである。もとより、同人の葬儀は、被告人が葬儀委員長として鄭重に執り行うとともに、遺族に対しては三六〇〇万円という前例のない退職慰労金を贈り、更に墓を改修して、墓参にもつとめている。

(二) 被告人は、本件判決の新聞報道によって大きな社会的制裁を受けている。

さきにも一言したが、本判決宣告の翌日、主要新聞各紙は、一斉に、被告人に対する有罪判決の要旨と、その宣告に当たり裁判長に再三の判決言い直しという異例の不手際があったことを大々的に報道した。それは、「脱税の量刑誤る、地裁裁判長、休廷後、主文読み直す」、「脱税判決、裁判長うっかり続き」、「併合罪適用で勘違い、検察官指摘で判決言い直し」などの見出しをもって、毎日、産経は各七段、神奈川は六段、読売、日経は各三段抜きという、各紙いずれも人目を引く扱いであった。各記事に、被告人の氏名、年齢、職業、住居が明記されていたことは勿論である。有罪判決の報道がなされること自体はやむを得ないものの、もし裁判所側の判決言い直しという不手際がなかったならば、各紙が本件判決をこれ程までに大きく取り上げることはなかったのではなかろうか。ともあれ、このような報道にさらされた結果、被告人は、取引先のメーカー、小売業者や同業者をはじめ、知己、友人や地域社会一般に対して、広く名誉、信用を失墜し、手酷しい社会的制裁を受けている。この点も、量刑上十分に斟酌されるよう希望する。

(三) 被告人は、有限会社伸成の関係では、控訴することなく原判決に服し、主文所定の罰金を速やかに納付し終えている。

被告人が、本件起訴後、右会社の経営の実際から手を引き、現取締役社長軽部豊にその一切を委ねたことは先に述べたとおりであるが、同会社が田中製菓株式会社を中核とするいわゆる田中グループに属し、被告人がそのオーナーであること自体には変りない。被告人は、そのような立場において、有限会社伸成に対する原判決を潔く受け入れて、主文所定の罰金六五〇〇万円を、早くも平成四年五月二五日には横浜地検に納付し終えている。このことは、被告人が本件犯行を衷心から反省していることの大きな証左として、高く評価されるべきである。

(四) 被告人は、原判決後、推されて、神奈川県菓子卸商業組合副理事長、同川崎支部長に就任し、業界のために幅広く活躍している。

被告人は、前任者死去の後を受けて、平成四年五月、従来の県組合理事、支部副支部長から、右役職に昇格した。県組合理事長である梶ケ谷多水造は、原審証人として、「菓子業界は他業種に比べて利益率が低く、組合としては、対メーカーへの利益率交渉、共同購買、従業員の福利厚生、更には緊急の課題として、共同配送センター設立による物流システムの改革等に取り組んでいるが、そのためには強力なリーダーが望まれており、被告人あたりが適任として期待されている。」と供述しているが、原判決の言い渡し直後であるにもかかわらず、被告人が右のような要職に推されたのは、県内の菓子卸業界がいかに被告人の人柄、力量に期待しているかを如実に示すものである。被告人は、就任後、県組合や川崎支部においては勿論のこと、同年五月二〇日、大阪市で開催された全国菓子問屋組合連合会、全国菓子卸商業組合連合会の各通常総会に県代表として出席するなど、幅広い活躍を展開している。被告人としては、本件で損なわれた名誉挽回のためにも、業界の発展を目指して、右役職の名を汚すことのないよう、引き続き微力を尽くしていきたいと決意しており、この点についても、当審の十分な配慮を希望する。

(五) 被告人は、田中製菓株式会社の経営に真摯に打ち込んでおり、被告人の存在は同社の存続、並びに多数従業員及びその家族の生活のために不可欠である。

この点は、さきに2の(二)の(5)でふれたところであるが、原判決後の状況について更に付言しておきたい。

(1) 同社は、有限会社菓子現金問屋田中屋、有限会社田中屋北部店を傘下にもち、菓子、食品、たばこの卸売を業として、資本金三〇〇〇万円、最近の年商は約三六八億円、年間実所得は約五四〇〇万円を数えているが、典型的な被告人のワンマン経営にかかる中小企業であり、その中核である菓子部門は数年来赤字経営が続いていたところ、最近漸く黒字への傾向が見えるようになってきている。そして、これを支えるものは、もとより、被告人の懸命な経営努力である。ちなみに、被告人の同社々長としての活動振りを一瞥すると、毎朝七時三〇分前後には出社し(会社始業は八時)、経営会議、営業会議、仕入れ先メーカー幹部や銀行支店長らとの応接、新商品についての商談、各事業所迴り(前記菓子食品現金問屋田中屋、田中屋北部店)、有力小売先訪問等を精力的にこなし、又、月末には、仕入れ先約一五〇社についての約八億円にのぼる支払い状況を個別にチェックするといった状況である。まさに陣頭指揮というにふさわしく、対従業員、対取引先との人的信頼関係の厚いことや、多年の経験に基づき営業の勘どころを的確に掌握していることなどからみれば、到底余人をもって代えることはできない。したがって、同社の存続は勿論のこと、現代百名を超える従業員及びその家族の生活が被告人の双肩にかかっているといっても過言ではない。

(2) 配送センター用地の確保は、依然として同社経営上の大きな懸案事項であるが、適当な土地が容易に見当たらず、やむなく、当面次のような対策を講じている。

イ 警察当局の指導のもと、同社周辺道路の駐停車禁止取締り強化のため、交通誘導警備員の配置、駐車違反防止監視カメラの設置、立体駐車場の建設をしたほか、メーカーへの支払代金を振込み制に変更して毎月末約八百台の車による来社を削減し、更に、メーカーのセールスや商品納入の運転者に駐停車に関する協力方を徹底している。

ロ 月間取引き額三〇万円未満の小売一八一店との取引きを打ち切って整理し、又、小売店からの受注締切り時間と配送日時並びに一回当たり配送量を改定合理化し、配送の効率化を工夫している。

これら計画の策定、実行に当たっても、被告人が中心となってこれを推進していることはいうまでもない。

なお、前記神奈川県菓子卸商業組合梶ケ谷理事長が、横浜市内で経営する菓子卸商株式会社キクヤにおいても、最近横須賀港埋立地に設立された神奈川共同物流センターに加入して、商品の物流システムの革新化を期しており、配送センターの確保がますます菓子卸業界の緊急の課題となってきていることを重ねて強調しておきたい。

4 まとめ

被告人と三〇年来にわたり製菓メーカーとして公私のつき合いをもつカルビー株式会社社長松尾聰は、原審証人として、「被告人は激情家という面とナイーヴな面を併せ持っている。自分としては、被告人の業界や、会社、友人等に対する責任感や思いやりを高く評価している。本件については残念かつ情けないことだが、被告人がこれを立派な経営者となる機会にして欲しい。自分も友人として被告人を支えていくつもりである。」と供述している。まさに知己の言というべきである。当弁護人らが被告人と親しく接してきたところによっても、その人柄は、やや直情径行的なところはあるが、本来明るく気さくで、よく気がつき、人の面倒見がよく、企画力、実行力にもすぐれ、中小企業の経営者としてうってつけの、有能な経験と手腕をもっており、業界はじめ公共のためにも、よく貢献、活躍できる人材であると思われる。

これまで縷々と述べてきたとおり、被告人は本件犯行を心底から悔悟、反省しており、既に数々の事実上の社会的制裁を受け、支払うべき代償は十分に支払い、多額の贖罪寄付もして再生の決意を確め、再犯の虞はもはや皆無であると確信する。当五五歳、まさに働き盛りのこのような被告人を刑務所に送り込んで得られるものは何か。それは、単に、一定期間の社会的隔離と定役の賦課にとどまるものではなく、これによって、被告人の社会人、経済人としての有用な生命を剥奪、抹殺するという、被告人にとってまさに回復不能の致命的な結果をもたらすことにつながるであろう。そのことは、出所後の被告人の業界における信用の失墜、会社内における指導力の喪失等の事態を考えれば明白であろう。このような結果を招来することが形政の目的に叶うものとは到底考えられない。被告人は、当弁護人らに対して、「このままでは何としてもやり切れない。必ず立派に立ち直って、世間の皆様に自分を見直してもらえるよう、一生懸命に今後の余生を生きていきたい。」とその心境を洩らすことが多いが、原審での証言ないし陳情書で、今後とも被告人を支えることを約してくれている、梶ケ谷神奈川県菓子卸商業組合理事長、松尾カルビー株式会社社長、松井静郎株式会社ロッテ副社長らとともに、当弁護人らも被告人の更生振りを見守っていく所存である。

幸い、本件犯行後四年、前刑の執行猶予期間満了後二年九か月が既に経過しており、もとより、本件につき、被告人に執行猶予の資格は法律上十分に備わっている。よって、以上諸般の情状を総合勘案され、原判決を破棄したうえ、法の許す最長期間であっても結構であり、被告人に対して是非とも懲役刑の執行を猶予するとの判決を賜わるよう切望する次第である。

(追而 本件と事案に異なる点もあるが、ほ脱法人税額一三億六千万円余の被告人に対し、懲役実刑の原判決を破棄して執行猶予が付された最近の裁判例があることを付記しておきたい。――平成二年七月一三日・大阪高裁第六刑事部判決・税務訴訟資料第一七九号三六二二頁。)

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