東京高等裁判所 平成4年(う)716号 判決
被告人 山内光洋 外一名
〔抄 録〕
職権をもって調査するに、原判決の認定判示する被告人両名の罪となるべき事実によれば、被告人山内光洋は、原判示保育園の園長として、<1>主任保母が保育活動の実施について安全かつ適切に実施しているかどうか具体的に監督するとともに、<2>主任保母以下の職員に対しその都度安全面について十分な注意を与え、<3>場合により要求される十分な職員を配置し、園児が池に転落するなどの事故を未然に防止すべき注意義務(「業務上の注意義務」とは認定されていない。)があるのに、右<1><2><3>の注意義務を怠った過失があり、そのために、主任保母である被告人山内清視及び担任保母である宮内ひとみの過失との競合により、原判示神社参拝の際倉持宏史を原判示池に転落させて溺れさせ、原判示傷害を負わせた旨の業務上過失傷害罪の責任があるというのであり、被告人山内清視についても、同保育園の主任保母として、<4>園児が神社に参拝して帰園する際、駆け出す園児がいて混乱しているのを知っていたのであるから、引率する保母に対して、園児が池に転落するなどの事故防止の方策などについて実地に訓練するなどして具体的に指導するのは勿論、原判示当日に三組の園児を神社参拝に引率した五名の保母が、常に行動を共にし、行動中においても前後左右に保母を配置し、もって人員の把握が完全にできるよう指導し、園児が池に転落するなどの事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、右<4>の注意義務を怠り、神社参拝を全面的に担任保母に委ねた過失があり、そのために、園長である被告人山内光洋及び担任保母である宮内ひとみの過失との競合により、原判示神社参拝の際倉持宏史を原判示池に転落させて溺れさせ、原判示傷害を負わせた旨の業務上過失傷害罪の責任があるというのであるが、被告人山内光洋の注意義務については、主任保母を具体的に監督するというのが、いかなる保育活動について、どのような監督をすべきであるというのか(右<1>につき)、その都度注意を与えるというのが、いつ何のどういう安全面について、主任保母や担任保母らにそれぞれどのような注意を与えるべきであるというのか(右<2>につき)、十分な職員を配置するというのが、どういう場合に、どれ位の職員を、どのように配置すべきであるというのか(右<3>につき)、被告人山内清視の業務上の注意義務についても、担任保母である宮内ひとみの関係では神社参拝の往路復路いずれの際の過失をも問題としているのに、帰園の際のみにおける保母らの措置に対する指導を要求するのはどういう理由からか等の点が明確ではなく、このままでは、本件における被告人両名の注意義務の内容ないしはその懈怠の存否を判定し難い状況にあるといわなければならない。
原審の証拠調によって明らかになった保育園における一般的な保育業務のあり方や内容、原判示大宝保育園の組織、職員や園児の実態、神社参拝の園外活動をも含めた保育活動の状況、園長・主任保母・担任保母の立場及び相互の関係、原判示四月二〇日前後の頃における園児の保育園での順応状況、神社参拝の順路となる原判示池をも含めた園と神社との間の地理的状況等の諸点に照らし、園長ないし主任保母としては、保育園の生活に慣れない新入園児等を危険を伴う神社参拝に行かせる以上は、引率する保母らに対し、園児の安全確保のため、担任保母自らが各自の担任クラスの園児の行動を監視するのはもとより、相前後して神社参拝に赴く他のクラスの担任保母とも共同して、園児の行動の監視を徹底させ、もって園児が池に残留しあるいは立ち戻るなどして池に転落するなどの事故がないように、もし転落などの事故があっても速やかに発見して救出することができるようにするなど、それぞれの立場で果たすべき業務上の注意義務があるのではないかと窺われるところであるが、本件の公訴事実自体、被告人両名の注意義務の内容等が適切なものとはいえない状況にあるから、原裁判所としては、必要な訴因変更の手続を履践して、本件の事態に即し、被告人らの立場に応じた注意義務を明確にした上で、被告人両名においてそれらの注意義務を尽くしたといえるかどうか、その注意義務の懈怠と倉持宏史の原判示受傷の結果との間に因果関係があるといえるかどうか等の点につき更に審理を尽くす必要があるものといわなければならない。《中略》
以上のとおり、原判決には、必要な審理を尽くさず、そのために理由不備の違法をも招来しているものといわなければならないから、各控訴趣意に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三七九条、三七八条四号により原判決を破棄し、所要の諸点につき更に審理を尽くさせるため、同法四〇〇条本文により本件を下妻簡易裁判所に差し戻すこととする。
(近藤 栗原 高麗)