東京高等裁判所 平成4年(く)89号 決定 1992年6月02日
少年 T・T(昭和51.9.2生)
主文
原決定を取り消す。
本件を東京家庭裁判所に差し戻す。
理由
本件抗告の趣意は、申立人が提出した抗告申立書に記載されているとおりであるからこれを引用するが、要するに、少年を初等少年院に送致した原決定の処分は重過ぎて著しく不当であるというのである。
そこで一件記録を調査して検討する。
記録によると、
少年は、本年4月中学校を卒業したばかりの15歳の少年であるが、
(1) 中学校3年生になってから遅刻、無断欠席等が多くなり、夜遊びも増えて生活が乱れ、度々教師等から注意を受けるようになったこと、
(2) 中学校3年生であった平成3年7月及び8月に、他1名と共謀の上、原動機付自転車1台を窃取し、駅駐輪場に放置されていた他人の自転車1台を横領して、警察に検挙され、取調べを受けたこと(同年12月3日東京家庭裁判所に送致、非行事実第6及び第7)、
(3) その後も生活態度は改まらず、喫煙、飲酒、深夜徘徊等により度々補導され、3学期になると殆ど学校へ行かなくなり、平成4年1月24日、他1名と共謀の上、原動機付自転車を窃取し、同月27日、右原動機付自転車を無免許運転したこと(非行事実第8及び第9)、
(4) 同年2月2日から同月12日までの間に、他数名と共謀の上、4回にわたり通行中の女性の背後から現金等在中のバッグ4個をひったくり窃盗し(被害現金総額約17万8000円)、1回は同様ひったくり窃盗しようとしたが、未遂に終わったこと(非行事実第1ないし第5)、が認められる。
以上の非行のうち、ひったくり窃盗は、原決定も説示するとおり、極めて危険で、悪質な事案であるといわざるを得ない。右非行において主犯的な地位にあったのは、Aであるが、少年も、5回のうち後半の3回は自ら実行行為をし、積極的に犯行に加担している。
また、少年は年齢に比して考え方が幼稚で、社会規範に対する認識が甘く、自律的な構えに乏しく、地道な努力を嫌い、短絡的に見た目の派手さや格好良さで欲求充足を図ろうとしがちであって、周囲から指導を加えられても、一旦は素直に従うものの、自分の行動の問題性について深く考えようとせず、すぐまた平気で同じことを繰り返す傾向が顕著であった。
少年の両親は、少年のことを心から心配し、夜遊び等についてしばしば注意、叱責してきたが、少年に反発されると、何も言えなくなるなど、少年に対し強力、適切な指導を行うことが困難な状況であった。
しかし他方、少年にはこれまで処分歴がなく、問題行動が目立ち始めたのも昨年4月ころからであって、その非行性が著しく深化しているとは認め難い。
また、少年の両親は、本件を機に、これまでの指導方針を反省し、熟慮の末、少年を現在の環境から切り離し、親許からも離れた新しい境遇で再起を図らせるため、少年を新潟県の伯父(父親の兄)に預け、その直接の指導、監督の下に、同人の経営する会社で地道に働かせる方針を案出し、その準備を進めるとともに、ひったくり窃盗事件の被害弁償のため、積極的に共犯者の親と連絡をとるなど、少年の更生のために懸命の努力をしている。
これらの点からすれば、原決定当時においても、在宅処遇の考慮される余地がなかったとはいえないように思われる(家庭裁判所調査官の意見参照)。
ところが、少年は、ひったくり窃盗の共犯者である前記A等に対する処分が保護観察に止まったこともあってか、事件を甘く見て、内省が深まらず、審判廷における反省の言葉も甚だ表面的なものに止まり、新潟の伯父の許で働くことについても、東京の友達に会えなくなるから嫌だなどと述べて、これを拒否する有様であった。
原決定が、右のような状況を総合的に考慮し、在宅処遇により少年の更生を期するのは困難であると判断して、少年を初等少年院に送致したことには、相当の理由があると認められる。
しかしながら、当審における事実取調べの結果によると、少年は、少年鑑別所から少年院に送致されたころから反省と自覚を深め、少年院を訪れた附添人や両親に対し、素直に反省の気持ちを吐露した上、進んで前記伯父の許で真面目に働きたいと述べている状況が窺われる。
また、少年の両親は、ひったくり窃盗の被害者との間で示談を済ませるとともに、少年を新潟の伯父の許に預けるに当たっては、近くの伯母(父親の姉)方に母親が少年と一緒に同居させてもらい、右伯父等と一緒に少年の指導、監督に当たることとし、関係者の了承を得ている。右伯父は、少年の父の経営する会社の関連会社で防火設備部材加工を行っている者であるが、少年の両親の申し入れを快く受け入れ、右会社で少年に機械の取扱い、図面の見方等を教えるとともに、責任をもって少年の生活指導をする旨述べている。また、右伯母は、現在1人住まいをしている者であるが、少年にはその幼児のころから慕われており、少年の母親とともに少年の指導に当たりたい旨述べている。
以上のような原決定後の事情をも併せ考慮すると、現時点においては、少年を在宅処遇により更生させる余地も大きいと認められるので、在宅処遇により少年の更生を期するのは困難であるとして少年を初等少年院に送致した原決定の処分は、著しく不当であるといわなければならない。
よって、本件抗告は理由があるので、少年法33条2項、少年審判規則50条により原決定を取り消し、本件を東京家庭裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 吉丸眞 裁判官 木谷明 平弘行)
〔注〕受差戻審(東京家 平4(少)4396号、平4.6.16保護観察決定)
〔参考1〕原審(東京家 平3(少)12117号、12129号、平4(少)3078号、3212号 平4.4.22決定)<省略>
〔参考2〕処遇勧告書<省略>
〔参考3〕抗告申立書
少年 T・T
右少年に対する窃盗、同未遂、占有離脱物横領、道路交通法違反保護事件〔平成3年(少)第12117号、同12129号、平成4年(少)第3078号、同3212号〕につき、左記のとおり抗告を申し立てる。
平成4年5月1日
右法定代理人親権者
父 T・H
同母 T・M子
附添人(右両名代理人)
弁護士 ○○
東京高等裁判所御中
抗告の趣旨
原決定を取り消し、本件を東京家庭裁判所に差し戻す。
抗告の理由
原審の少年に対する初等少年院送致決定は少年の有する要保護性に比し、著しく重きに失し、その処分は著しく不当であって速やかに取り消されるべきである。
一 原決定が少年の非行事実の中で特に重視したのは、窃盗・同未遂の点であると考えられるので、まずこの点を中心に述べる。
本件犯行(窃盗)は、B、A、C、Dとともに行われたが、右A、Cは少年より年上であり、またAには過去にひったくりの経験があって、本件各犯行においては同人が窃取方法や窃取した金の配分を決めるなど主導的役割を果しているのである(Cの司法警察員に対する平成4年2月25日付供述調書3丁裏、7丁裏、10丁表、11丁裏~12丁裏、Bの司法警察員に対する同年3月24日付供述調書4丁表裏、6丁裏、10丁表等)。非行事実第1及び第2については実行行為自体を行ったのは他の少年であり、またその余についても、少年は、追従的、付和雷同的に行動したものに過ぎない。
また、本件犯行(窃盗)は、いずれも、平成4年2月6日に、少年が父親から強い注意を受けて家出をした直後の一時期に行われており、帰るところがなく金銭にも困窮した少年の不安定な精神状態の下で行われたものであることも注意すべきである。
原決定は、本件犯行(窃盗)の悪質さを強調するが、右事情からすれば本件(窃盗)に現われた少年の非行の度合は決して重大とは言えない。
二 少年は、中学1、2年は真面目に学校に通っており、中学1年の時は、年間の欠席2日早退1日のみ、中学2年のときは欠席、遅刻、早退共に零である(平成4年2月5日付○○中学校長の学校照会書に対する回答)。少年の補導歴等を見ても分かるように少年の非行が目立つようになったのは主に中学3年の夏以降であって、少年の非行の期間を見ても非行の根は決して深いものではないと言わねばならない。
少年は、高校進学を希望していたが、自信がなくなり一時進学を断念した後、再度進学と決め、入学試験の日も試験場まで行ったものの自信がなく結局受験せずに帰ってしまったものである。
少年は、附添人との面会の際に、非行の原因の1つは高校に入っても援業について行けないことが怖かったため平成3年夏頃高校受験をしたくなくなったことであると話し、もし施設から出ることができたら父親の下で1年働いた後出来れば高校へ進学したいと語っていた。
また、少年は、同じく附添人との面会の際、自己の行為、特に老人に対して本件犯行を行ったことに深い反省を示し、将来自分で働いてその償いをして行きたいと話した。
少年は、これまで、家庭裁判所に送致された経験は無い。今回、少年は初めて少年鑑別所へ入所し、さらに初等少年院に送致されて長期の身柄拘束を経験した。今回の体験は、少年に従来の非行への反省を促し強い感銘を与えたものと信ずる。
原決定は、少年の反省が型通りで表面的なものに留るというが、少年の年令及び知能程度からして少年の表現力が乏しいこと、及び審判廷という場での緊張から自己の気持を充分に表現できない可能性に配慮すべきである。
そして仮に少年に自己の生活態度に対する認識の甘さがあるとしても、次に3項で述べる少年の両親の熱意をもってすれば、両親の指導によって充分改善可能であると考える。
三 少年の両親は、これまでも少年に対し深い愛情を注いできたが、本件を機に少年の指導について自覚を新たにし、今後少年の監督・指導に万全を期す覚悟である。
少年の両親は、少年を更生させるためには、環境を変えることが何よりも必要であると考え、少年を父親の経営する会社で働かせることとするが、当面関連会社である、少年の伯父T・Sの経営する新潟県豊栄市○○××番地所在有限会社○○工業の工場で少年を働かせる考えである。
右T・Sも少年を受け入れ、その仕事上及び私生活上の監督を誓っている。少年の父親は、その経営する事業の関係で東京に留らざるをえないが、少年の母親は、新潟に行って少年とともに生活する考えである。これによって、一家の生活が二分されることとなり、少年の父親及び姉の生活に支障が生ずることとなるが、少年の両親は、少年の更生のためになしうるすべてのことを行う決意である。
四 これまで、本件について被害弁償がなされていなかったが、これは少年の両親の怠慢によるものではない。当初、被害者の連絡先を警察に聞いても教えてもらえないと考えたためにこれを知るのに時間がかかったうえ、共犯者の親が共同で示談をしようとしたため連絡・調整に手間取ったという事情があった。
少年の両親は、他の共犯者との調整を待たずに被害弁償を行うこととし、附添人とともに被害者宅を訪れて謝罪及び弁償をした。
その結果、平成4年4月29日、H子及びI子との間で被害弁償及び示談が完了し、同年5月1日、G子及びE子との間で被害弁償及び示談が完了した。また、少年の両親は、未遂に終ったF子に対しても謝罪に訪れている。
結果的に見ると短期間で示談が完了しているが、被害者のなかには不在がちの者や、その後住居を移転した者もおり、被害者との連絡を行い1軒1軒訪ねて示談を進めるのは容易なことではない。ここに少年の更生にかける両親の熱意をくみとるべきである。
なお、右は原決定の後に生じた事情であるが、少年に対する処分の相当性を考えるにあたり充分考慮に入れられるべきである(東京高等裁判所昭和54年11月14日決定・家裁月報33巻1号109頁等参照)。
五 さらに、少年より年上でかつ本件犯行でリーダ一格であった少年を含め、共犯者のうちA及びCはいずれも保護観察となり、Dも横浜に在住している(少年調査票3頁)。Bは少年院送致となったが、同人は本件犯行当時既に保護観察中であったという事情がある。
このように、原決定は、他の共犯者との処遇のバランスという点からも相当でないと言わざるをえない。
六 さらに、調査官も、直ちに少年院に送致するのではなく試験観察によって様子を見るべきであるとの意見を表明している。
七 以上述べた事情からすれば、今回初めて家庭裁判所の審理を受けた少年に社会内で更生する機会を全く与えることなく、短期少年院送致とした原決定は余りに酷と言わざるをえない。
以上