東京高等裁判所 平成4年(ネ)1093号 判決 1992年12月02日
平成四年ネ第一〇九三号事件控訴人・同第一五九四号事件被控訴人(第一審被告、以下「第一審被告」という。)
静岡県
右代表者知事
斉藤滋与史
右訴訟代理人弁護士
堀家嘉郎
右訴訟復代理人弁護士
松崎勝
右指定代理人
丹羽純子
同
川島悟
平成四年第一〇九三号事件被控訴人(第一審原告、以下「第一審原告A」という。)
吉本健一
平成四年第一〇九三号事件被控訴人(第一審原告、以下「第一審原告A」という。)
藤本治
平成四年第一〇九三号事件被控訴人(第一審原告、以下「第一審原告A」という。)
森正孝
平成四年第一〇九三号事件被控訴人(第一審原告、以下「第一審原告A」という。)
渡辺真一郎
平成四年第一〇九三号事件被控訴人(第一審原告、以下「第一審原告A」という。)
辻哲子
平成四年第一〇九三号事件被控訴人(第一審原告、以下「第一審原告A」という。)
金龍澤
平成四年第一〇九三号事件被控訴人(第一審原告、以下「第一審原告A」という。)兼第一審原告Aら六名訴訟代理人弁護士
中村順英
第一審原告Aら七名訴訟代理人弁護士
大蔵敏彦
同
藤森克美
同
河村正史
同
興津哲雄
同
伊藤みさ子
同
水上東作
平成四年ネ第一五九四号事件控訴人(第一審原告、以下「第一審原告B」という。)
浅沼保
平成四年第一五九四号事件控訴人(第一審原告、以下「第一審原告B」という。)
白鳥良香
平成四年第一五九四号事件控訴人(第一審原告、以下「第一審原告B」という。)松谷清こと
高島清
平成四年第一五九四号事件控訴人(第一審原告、以下「第一審原告B」という。)
小杉尅次
平成四年第一五九四号事件控訴人(第一審原告、以下「第一審原告B」という。)
芳賀直哉
平成四年第一五九四号事件控訴人(第一審原告、以下「第一審原告B」という。)
桜井知佐子
平成四年第一五九四号事件控訴人(第一審原告、以下「第一審原告B」という。)
鈴木卓馬
平成四年第一五九四号事件控訴人(第一審原告、以下「第一審原告B」という。)
今村高五郎
平成四年第一五九四号事件控訴人(第一審原告、以下「第一審原告B」という。)
大野友子
第一審原告A中村順英を除く第一審原告ら一五名訴訟代理人弁護士
中山武敏
同
青木孝
主文
一 本件各訴訟を棄却する。
二 控訴費用は、平成四年ネ第一〇九三号事件については第一審被告の負担とし、同第一五九四号事件については第一審原告Bらの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
[平成四年ネ第一〇九三号事件]
一 控訴の趣旨
1 原判決中、第一審被告の敗訴部分を取り消す。
2 第一審原告Aらの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告Aらの負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
控訴棄却
[平成四年ネ第一五九四号事件]
1 原判決中、第一審原告Bらの敗訴部分を取り消す。
2 第一審被告は、第一審原告B浅沼保、同白鳥良香、同高島清、同小杉尅次、同芳賀直哉に対し、各二万二〇〇〇円、同桜井知佐子、同鈴木卓馬、同今村高五郎、同大野友子に対し、各一万一〇〇〇円及び右各金員に対する昭和六三年一〇月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
控訴棄却
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
第一審原告A、Bら(以下「第一審原告ら」という。)は、静岡市及びその近隣に居住する静岡県民であり、第一審被告は、普通地方公共団体であって、地方自治法二四四条一項に基づき、静岡市駿府町一番七〇号に静岡県総合社会福祉会館を設置し、その中に静岡県婦人会館(以下「本件会館」という。)を設置しているものである。
2 連絡会議の結成と本件集会の準備
第一審原告Aら及び第一審原告B浅沼保、同白鳥良香、同高島清、同芳賀直哉らは、ほか約二〇名の者とともに、昭和六三年九月三〇日、天皇制の問題を学習、研究し、市民間の論議を深めるべく、「天皇制を考える市民連絡会議」(以下「連絡会議」という。)を結成し、その代表に第一審原告A吉本健一、副代表に同藤本治、事務局長に同森正孝、事務局次長に同渡辺真一郎を選出し、同年一〇月一〇日の午後一時から五時まで、「天皇制を考える討論集会」と題するシンポジウム(以下「本件集会」という。)を開催し、それに広範な市民の参加を呼び掛けることにした。本件集会の会場設定は、第一審原告A渡辺真一郎が担当し、そのパネラーには、同森正孝、同藤本治、同金龍澤、同辻哲子、同中村順英が、コーディネイターには、同吉本健一がそれぞれ予定されていた。
3 本件処分の存在
第一審原告A渡辺真一郎は、同年一〇月六日、本件集会を使用目的として、本件会館の使用承認を申請したが、静岡県知事は、同月七日、右申請は、静岡県総合社会福祉会館の設置、管理及び使用料に関する条例(以下「本件条例」という。)五条二号の「管理及び運営上支障があると認めるとき」という使用不承認事由に該当するので、承認できない旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。
4 本件処分の違法性
憲法二一条の言論、集会、結社の自由は、市民的自由の中核であり、民主主義社会の根幹であるから、地方公共団体の公の施設の管理者は、住民が集会や会議のために使用することが予定されている施設につき、使用許可の申請があったときは、その施設の目的に沿った使用の申請である以上、具体的かつ正当な理由がない限り、その申請を拒むことができず、このことは地方自治法二四四条二項からも明らかである。
本件条例は、会館の使用不承認事由として、前記五条二号のほか、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあると認めるとき」(五条一号)、「その他その使用を不適当と認めるとき」(同三号)を列挙しているが、右に述べたことからすれば、これらの規定により使用を承認しないことができる場合とは、使用目的が施設の設置目的に反する場合とか、使用方法自体が器物を損傷し、あるいは騒音を発したり、独占的使用が長期に及び他の使用を妨げるなど、具体的な管理上の支障が明白に生ずる危険のある場合に限定される。
5 第一審被告の責任
静岡県知事は、本件集会について、右4の具体的な管理上の支障が生じる危険がなかったにもかかわらず、昭和天皇の病状が悪化しているこの時期に天皇制を問題にすること自体を本件会館の管理上の支障に藉口して禁止すべく本件処分をしたものであるから、本件処分は、憲法二一条、地方自治法二四四条二項に違反するし、仮に言論、集会の内容自体を不承認の動機、理由としたものでないとしても、地方自治法二四四条二項、三項、本件条例五条の解釈運用を誤って、本件会館の管理権を適正に行使せず、その結果、第一審原告らの言論、集会の自由を侵害したものであるから、第一審被告は、国家賠償法一条一項に基づき、本件処分によって第一審原告らの被った損害を賠償する責任がある。
6 第一審原告らの損害
(一) 前記2のとおり、第一審原告Aらは、連絡会議の役員となり、また、本件集会のパネラー、コーディネイターの予定者として、本件集会実現に向けての強い意思を有していたものであるところ、本件処分により、憲法に保障された言論、集会の自由を侵害されたものであって、その精神的苦痛に対する慰藉料は、第一審原告A吉本健一、同藤本治、同森正孝、同渡辺真一郎については各金一〇万円、同辻哲子、同金龍澤、同中村順英については各金五万円が相当である。
(二) 第一審原告Bらは、かねてから天皇制の問題に深い関心を持ち、本件集会への参加の決意を固めていたものであるところ、本件処分により多大な精神的苦痛を被ったものであって、それを慰藉するには、第一審原告B浅沼保、同白鳥良香、同高島清、同小杉尅次、同芳賀直哉については、各二万円、同桜井知佐子、同鈴木卓馬、同今村高五郎、同大野友子については、各一万円の金員が相当である。なお、第一審原告Bらと本件集会との関わりについての個別的な事情は次のとおりである。
(1) 第一審原告B浅沼保は、連絡会議発足当初からのメンバーであり、本件集会の計画立案の一端にたずさわり、打ち合わせ場所にも電車とバスを乗りついで赴き、本件集会でも自分の意見を発表しようとしていた。
(2) 同白鳥良香は、連絡会議を結成した者の一人であり、本件集会への参加を多数の人に呼び掛けたほか、本件処分後、集会の会場を確保すべく、市民文化会館への借り入れの交渉に当たった。
(3) 同高島清は、本件集会の準備活動の一端を担ってきたものであり、また、同白鳥とともに、市民文化会館の借り入れの交渉に当たった。
(4) 同小杉尅次は、自分が牧師を勤める教会の週報で、礼拝に訪れる者に本件集会への参加を呼び掛けるなどの活動をした。
(5) 同芳賀直哉は、連絡会議発足当初からのメンバーであり、本件集会の計画立案の一端に携わったほか、自己の勤める大学の学内で知人に集会への参加を呼び掛け、また、本件集会で自分の意見を発表しようとしていた。
(6) 同桜井知佐子は、当日、有給休暇をとって本件集会参加の準備をしていたものであるところ、その日に集会中止の連絡を受け、休暇が無駄になってしまった。
(7) 同鈴木卓馬は、平素から天皇制について関心を持っていたものであるが、本件集会は、同人にとって種々の問題を問う機会として、出席することに強い期待を持っていたのに、それができなくなった。
(8) 同今村高五郎は、本件集会開催の連絡を受け、集会で意見を発表すべく、電話で参加を通知するとともに、関係団体の知人等にも、集会参加の呼び掛けをした。
(9) 同大野友子は、本件集会を新聞で知り、当日、本件会館にタクシーを使用して赴いている。
(三) これらの損害と相当因果関係のある弁護士費用は、損害額の一割である。
7 よって、第一審原告らは、第一審被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、第一審原告A吉本健一、同藤本治、同森正孝、同渡辺真一郎は、各金一一万円、同辻哲子、同金龍澤、同中村順英は各金五万五〇〇〇円、第一審原告B浅沼保、同白鳥良香、同高島清、同小杉尅次、同芳賀直哉は、各二万二〇〇〇円、同桜井知佐子、同鈴木卓馬、同今村高五郎、同大野友子は、各一万一〇〇〇円及びこれに対する本件不法行為の日の後である昭和六三年一〇月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の後段の事実は認めるが、前段の事実は知らない。
2 同2の事実は知らない。
3 同3の事実は認める。
4 同4の事実中、本件条例に第一審原告ら主張のような規定があることは認めるが、その余は争う。
5 同5及び6は争う。
三 第一審被告の主張
静岡県総合社会福祉会館及びその中にある本件会館は、身体障害者や婦人及びそれらの団体など、いわゆる弱者といわれる人達の城的存在として、その優先的な活用が図られており、当日も、それらの人々による種々の使用が予定されていた。
このような性格を持つ本件会館を、昭和天皇の病状が悪化し、そのことにつき国民的関心が集まっていた時期に、天皇制の反対ないし批判を目的とする本件集会のために使用することはその設置目的にそぐわないものであるし、また、本件集会に対しては事前に右翼からの中止を求める抗議などもあり、本件集会を開催するときは、右翼の実力行使などによって、他の会合が妨害されるのみならず、最悪の場合には怪我人等も出るおそれがあると予測された。
このような本件会館の設置目的、当日における他の利用状況、本件集会の目的と当時の社会的状況等からすれば、第一審原告らの本件会館の使用承認申請は、本件条例五条二号の「管理及び運営上支障があるとき」に該当するというべきであり、右申請を承認しなかった本件処分に裁量権の逸脱はなく、本件処分は適法である。
四 第一審被告の主張に対する認否
第一審被告の主張は争う。
第三 証拠<省略>
理由
一本件の事実経過
前記当事者間に争いのない事実に加え、<書証番号略>、原審における証人林のぶ、同佐野哲の証言、第一審原告A吉本健一、同渡辺真一郎、同藤本治各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
1 第一審原告らは、いずれも静岡市及びその近隣に居住する静岡県民であるところ(但し、大野友子は第一審判決後、静岡市から名古屋市に転居)、第一審原告Aらが主体となって、昭和六三年九月三〇日、折から昭和天皇の病状が悪化し、全国各地で各種催物が自粛されたり、快癒祈願の記帳が行われたりして、国民の天皇に対する関心が高まっている機を把えて、天皇制の問題を学習、研究し、市民間の論議を深めるべく、連絡会議を結成し、その代表に第一審原告A吉本、副代表に同藤本、事務局長に同森、事務局次長に同渡辺を選出し、同年一〇月一〇日の午後一時から五時まで、本件集会を開催し、それに市民の参加を呼び掛けることにした。
2 第一審原告A渡辺は、同年一〇月一日、市民センター渡辺名義で、静岡県婦人協会に電話して、同月一〇日午後一時から五時までの間の本件会館の会議室使用を申し込み、応答した担当者は会議室使用予定表に記入した。従来、このように電話で使用の申し入れをしたのち、正式な使用承認がなされなかった例はなかったため、第一審原告A渡辺は、同森に、会場の確保ができた旨を伝え、同森は、以下のような問題提起者とそのテーマを紹介する本件集会のちらしを作成し、多数の市民に配布した。
第一審原告A森「天皇の戦争責任と戦後責任はなにか」
同藤本「戦後天皇制は何が問題か」
同金「在日朝鮮人から見た天皇制」
同辻「国家神道への道と内なる天皇制」
同中村「天皇は法的にはどんな位置にあるのか」
コーディネーター 同吉本
そして、右問題提起者(パネラー)は、その準備にとりかかった。
3 本件会館は、静岡県総合社会福祉会館内に婦人の福祉を増進する目的で第一審被告により設置され、婦人協会が本件条例に規定する維持管理、会議室の使用承認等に関する事務の委託を受けていた。本件条例においては、会議室を使用しようとする者は知事の承認を受けなければならず、婦人団体が会館の使用について優先することとされていたが、それ以外には広く一般の使用が許されていた。本件条例で定める使用不承認事由は、「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあると認めるとき」(五条一号)、「管理及び運営上支障があると認めるとき」(同二号)、「その他その使用を不適当と認めるとき」(同三号)というものである。
4 同月四日、本件集会が新聞報道されたため、婦人協会事務局長佐野は、静岡県県民生活局婦人課長林の指示を得たうえ第一審原告A渡辺に対し、混乱が起きたり、騒音が出たりするので、本件会館の使用を承認できない旨口頭で伝えた。同月五日、第一審原告A吉本、同藤本、同渡辺らは、婦人協会会長川野辺及び右佐野に対し、使用承認を求めたが、進展はなかった。同月六日、第一審原告A渡辺、同中村は佐野に対し、本件集会のための本件会館の使用承認申請書を正式に提出し、これに対して静岡県知事は、同月七日、右申請は、本件条例五条二号の使用不承認事由に該当するとして、本件処分をした。
5 第一審原告A吉本らは、場所を変えて予定通り同月一〇日に本件集会を開催すべく、代替会場の確保に奔走したが見付からず、期日を延期し、改めて会場を探したが、本件会館の使用をめぐる問題が新聞報道されたこともあり、静岡労政会館や、静岡市の市民文化会館の使用も拒否され、ようやく同月二二日及び二九日に、静岡県評会館において、同内容の集会を開くことにこぎつけた。右両日の集会においては、二二日の集会に際し、近隣において右翼の宣伝車一台による街頭演説があったにとどまり、混乱はなかった。
二本件処分の違法性
1 本件条例五条二号は、「管理及び運営上支障があるとき」を本件会館の使用不承認事由としているところ、地方自治法二四四条二項は、普通地方公共団体は正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならないとし、また、同条三項は、住民が公の施設を利用することについて、不当な差別的取扱いをしてはならないと定めていること、右地方自治法の規定は、憲法二一条の集会、結社、表現の自由と密接に関連する規定であることなどからすれば、本件条例の右規定は、管理権者による主観的あるいは政策的な判断を許すものではなく、客観的にみて管理運営上の支障を生じる蓋然性が合理的に認められる場合にのみ使用を承認しないことができることを定めたものと解すべきである。
2 これを本件についてみるに、第一審被告は、本件集会を開催するときは、右翼の実力行使などによって、本件会館を含む建物内の他の会合が妨害されるおそれがあった旨主張するが、証人佐野哲、同林のぶの証言によっても、その根拠は、本件集会が新聞報道されたのち、本件会館の管理を委託されている婦人協会や、静岡県県民生活局婦人課に右翼を名乗る者などから、本件集会に本件会館を貸すことについての抗議の電話が何本かあったというのみであり、それ以上に本件会館での本件集会の開催を実力で阻止するような動きがあったとか、あるいは、他府県における公の施設での同種の集会で混乱が起きたとかの具体的、客観的な根拠に基づくものではないうえ、当時、右翼団体は活動を自粛していた時期にあり、現実に妨害活動や混乱の生じる可能性を極めて低かったと考えられ、このことは前記一2のように、その後開催された本件集会と同内容の集会において、混乱がなかったことからも明らかである。なお、右のような妨害活動は、集会、結社、言論の自由に対する不法な実力行使であり、民主主義社会において許容されるべきものではないのであるから、公の施設の管理運営を図る責任者としては、そのような妨害活動が予測されるときは、まず、警察に警備を要請するなどの方法により、それを防ぐ措置を講ずべきであり、それをしないまま安易に管理運営上の支障を理由に使用を拒むことが許されないことはいうまでもない。
また、第一審被告は、婦人等弱者が優先的に利用すべき本件会館を、昭和天皇の病状が悪化していた時期に、天皇制の反対ないし批判を目的とする本件集会のために利用することはその設置目的にそぐわないものである旨主張するが、本件会館につき婦人団体が優先的な利用権を持っていることは認められるものの、公の施設である以上、一般に使用が可能な部分について、使用予定者の思想、信条や、当該集会の意図する目的、内容等によって、使用の許否を政策的に判断することが許されないことはいうまでもないから、右主張は理由がない。
したがって、本件では、客観的にみて管理運営上の支障を生じる蓋然性が合理的に認められる場合に当たるとはいえないし、その他、本件条例の規定に照らしても、本件集会のため本件会館を使用させることが特に不適当と認めるべき事情はないから、本件処分は、本件条例に定める不承認自由がないにもかかわらず、正当な理由なく公の施設の利用を拒んだ違法なものというべきである。
三第一審被告の責任
静岡県知事が、天皇制を問題にすること自体を禁止すべく、本件処分をしたことを認めることのできる証拠はないが、右二に述べたところからすれば、同知事は、本件会館の管理運営を所管する公務員として当然に要求される判断を誤り、違法な処分に及んだ点において過失があったというべきであり、これによって第一審原告らの被った損害を賠償する責任がある。
四第一審原告らの損害
1 第一審原告Aらの損害
第一審原告Aらは、前記一1、2のように、本件集会の実現に向けて種々の活動を行っていたこと、すなわち、第一審原告A吉本、同藤本、同森、同渡辺は、本件集会の主催者であり、ことに同渡辺は、本件集会の会場確保のため連絡会議で中心的役割を果したこと、同藤本、同森、同辻、同金、同中村は、本件集会においてパネラーとして意見発表の機会が予定され、その準備をしていたこと、同吉本は、そのコーディネーターとして重要な役割を担っていたことなどからすれば、同原告らは、いずれも、本件集会について、その主催者あるいはパネラーとして、自己の天皇制に関する思想、信条を世に問う機会としての、確実性、具体性のある人格的利益を有していたものということができる。したがって、第一審原告Aらが、本件処分によって右利益を奪われることにより被った精神的苦痛を慰藉するには各金五万円をもってするのが相当であり、また、それと相当因果関係のある弁護士費用は各金五〇〇〇円が相当である。
よって、第一審原告Aらの請求のうち、弁護士費用を含め各金五万円の請求を認容した原判決は、相当である。
2 第一審原告Bらの損害
<書証番号略>に弁論の全趣旨を総合すれば、第一審原告Bらは、いずれもかねてから天皇制の問題に深い関心を持っており、本件集会に参加の決意を固めていたこと、第一審原告Bら各自の本件集会の関わり合いは、請求原因6(二)(1)ないし(9)のようなものであることが認められるが、これらのことを考慮に入れても、同原告らの本件集会への関わりの度合は、帰するところ、本件集会に参加し、状況に応じて自己の意見を表明し、パネラーや他の参会者と意見交換ができることへの期待に過ぎず、その実現を妨げられたことによる利益侵害の程度は、第一審原告Aらのそれに比して格段に小さいものといわざるを得ないから、前記一5のように、その後ほどなく本件集会と同内容の集会が開かれていることにも照らせば、第一審原告Bらが本件処分によって被った精神的損害は、慰藉料請求権を認めるに足るほどのものと評価することはできない。
五結論
よって、原判決は相当であるから、民訴法三八四条により本件各控訴を棄却し、控訴費用の負担について同法九五条及び八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官高橋欣一 裁判官矢崎秀一 裁判官及川憲夫)