東京高等裁判所 平成4年(ネ)1156号 判決 1994年2月01日
主文
一1 原判決主文第三項のうち控訴人・附帯被控訴人プリネット株式会社の請求に関する部分中金三五一四万二七四三円及びこれに対する昭和六三年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員に係る部分を取り消す。
2 被控訴人・附帯控訴人は控訴人・附帯被控訴人プリネット株式会社に対し、金三五一四万二七四三円及びこれに対する昭和六三年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 控訴人・附帯被控訴人プリネット株式会社のその余の本件控訴を棄却する。
4 被控訴人・附帯控訴人の控訴人・附帯被控訴人プリネット株式会社に対する本件附帯控訴を棄却する。
二1 原判決のうち被控訴人・附帯控訴人敗訴部分中控訴人・附帯被控訴人関純弥に関する部分を取り消し、右部分に係る控訴人・附帯被控訴人関純弥の請求を棄却する。
2 控訴人・附帯被控訴人関純弥の本件控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人・附帯被控訴人プリネット株式会社と被控訴人・附帯控訴人との間に生じた分は、これを五分し、その四を控訴人・附帯被控訴人プリネット株式会社の、その余を被控訴人・附帯控訴人の負担とし、控訴人・附帯被控訴人関純弥と被控訴人・附帯控訴人との間に生じた分は全部控訴人・附帯被控訴人関純弥の負担とする。
四 この判決は前記一2に限り仮に執行することができる。
理由
一 請求原因1(融資契約の締結)及び同2(本件工場進出計画中止に至る経緯)について、当裁判所の認定するところは、原判決の「理由一、二」(原判決二一枚目表二行目から二九枚目表終わりより三行目まで、ただし、二三枚目表末行から同裏六行目までを削除する。)と同一であるから、これを引用する。
二 そこで、被控訴人の不法行為の成否について判断する。
1 企業とそのいわゆるメインバンクとして取引を継続してきた銀行が、右企業から新規に計画した事業について必要資金の融資の申込を受け、当該計画の具体的内容を了知したうえ、右企業と消費貸借契約の締結に向けて交渉を重ねている途中であり、金銭の授受がなく消費貸借契約が成立したとはいえない段階においてであつても、融資金額、弁済期、借入期間、利率、担保の目的物及び担保権の種類並びに保証人等の貸出条件について具体的な合意に達し、銀行が右貸出条件に基づく融資をする旨を記載した融資証明書を発行して融資する旨の明確な約束(以下「融資約束」という。)をした場合において、右融資約束が破棄されるときには、右企業の新規事業計画の実現が不可能となるか若しくは著しく困難となり、右企業が融資約束を信じて当該計画を実現するためにとつた第三者との契約若しくはこれと実質的に同視することができる法律関係等の措置を解消することを余儀なくされる等し、このため右企業が損害を被ることになる等の事情があり、しかも当該銀行が、このような事情を知り又は知りうべきであるにもかかわらず、一方的に融資約束を破棄する行為に出たときには、かかる行為に出るにつき取引上是認するに足る正当な事由があれば格別そうでない限り、当該銀行は、右企業が前示のような損害を被つたときには、民法七〇九条、七一五条に基づき、これを賠償する責任を負うものと解すべきである。
2(一) 本件において、被控訴人は、控訴会社のメインバンクとして取引を継続してきたものであるところ、控訴会社から新規の本件工場進出計画につき、当初から必要資金の一部の融資の申込を受け、その具体的内容を了知したうえ、昭和六三年一一月九日、控訴会社に対し、千葉県企業庁提出用に、融資金額、借入期間、利率、担保及び保証人等を記載した前記融資証明書(以下「本件融資証明書」という。)を発行し、右記載のとおりの融資をする旨の明確な約束(以下「本件融資約束」という。)をしたことは、前記認定のとおりであり、控訴会社と被控訴人支店との交渉経過に照らすと、被控訴人の控訴会社に対する右のような内容の融資する旨の意思の表明は、本件融資証明書の発行前においても、控訴会社との交渉の段階でなされていたものと推認される。
そして、成立に争いがない乙第一九、第二〇号証、第二一号証の一、二、四、第二二号証の一、二、当審証人松本昌三の証言、原審における控訴人兼控訴会社代表者関純弥本人尋問の結果並びに原審及び当審証人縄田晴明の証言によれば、控訴会社は、前記のとおり、本件工場進出計画を策定し、工場用地として、千葉県企業庁が主体となつて開発している芝山第二工業団地の分譲地を買い求めることとする一方、昭和六三年六月ころから東急建設との間で、新工場建設の交渉を始め、同年九月上旬から同社に新工場の設計をさせるとともに、同年一〇月建築確認申請手続をし、同社に対し、翌年三月には操業を開始したいとの希望を告げていたところ、被控訴人から右意思の表明及び本件融資約束どおりの融資を受けることができるものと信じて、本件工場進出計画遂行のため、昭和六三年一〇月一八日千葉県企業庁に対し本件工場用地の譲受けの申込みをし、ついで、控訴会社の新工場での操業開始時期をできるだけ早め、基礎工事における杭打工事及び鉄骨工事の材料を確保する必要から、同年一一月一〇日東急建設に対し、同社から概算見積を受けて契約内容が相当煮詰まつた段階に達していた新工場建築につき、その請負契約の発注を確約したこと、縄田支店長は、控訴会社が千葉県企業庁及び東急建設と右のような取引関係に入つたことをそのつど了知していたことが認められる。
(二) 原審及び当審における控訴人兼控訴会社代表者関純弥本人尋問の結果、当審証人縄田晴明の証言並びに弁論の全趣旨によると、控訴会社のメインバンクであつた被控訴人が、本件工場進出計画につき、控訴会社に対して融資を拒絶するときには、他の都市銀行も被控訴人に追随して融資をしないこととなり、また、他の金融機関からの融資によつては利息等の点において都市銀行からの融資に比し不利益となつて、結局控訴会社の本件工場進出計画が不可能となるか又は著しく困難となる状況にあつたものであり、このような状況も縄田支店長のよく知るところであつたことが認められる。
(三) しかるに、被控訴人は、同月三〇日、被控訴人支店の森副支店長を控訴人関に同伴させ、千葉県企業庁主幹松木昌三に対し、同年一二月一四日に売買代金の送金をする旨確約する旨の意思を表明させるなどして本件融資約束を更に裏付けるような行動をとりながら、同月八日には、被控訴人支店縄田支店長は、控訴会社に対し、一方的に融資は一切できない旨伝えたこと(以下「本件融資拒絶」という。)は、前記認定のとおりである。
(四) 当審における控訴人兼控訴会社代表者関純弥本人尋問の結果によると、控訴会社は、平成元年一月に本件工場進出計画を中止するに至つたことが認められる。
そこで、被控訴人が昭和六三年一二月八日にした本件融資拒絶と控訴会社の本件工場進出計画の中止との間に因果関係があるかどうかについて検討するに、(1)被控訴人支店の縄田支店長は同月三〇日控訴会社に対し、再び三億七〇〇〇万円の融資をする用意がある旨通知したこと、(2)控訴会社は同月一九日東海銀行から三億円の融資を受け、(3)更に、同月二八日三和銀行系列の株式会社三和ビジネスファイナンスから、融資承諾の通知を受けていたことは前記認定のとおりである。
しかし、当審証人縄田晴明の証言により真正に成立したと認められる乙第一七号証の一、二、当審証人住出一正の証言、原審及び当審における証人縄田晴明の証言並びに控訴人兼控訴会社代表者関純弥本人尋問の結果によれば、(1)の融資においては、控訴会社の工場進出により将来予想される運転資金等のはねかえり資金につき、被控訴人は一切関知しないことが条件とされていたこと、(2)の東海銀行からの借入は、メインバンクである被控訴人の融資実行が条件となつており、東海銀行は被控訴人のした本件融資拒絶を知らないで三億円の融資を行つたが、被控訴人の融資実行がなければ早晩返済の必要に迫られる事情にあつたこと、(3)の三和ビジネスファイナンスからの融資は、金額六億円、返済期間三〇年であるが、利率は年六パーセントで、融資実行時に貸付金額の一パーセントないし一・二パーセントの手数料を支払うことが条件となつており、被控訴人の融資条件より控訴会社にかなり不利なものであつたこと、控訴人関は、本件融資拒絶による心労と被控訴人への不信感に加え、メインバンクである被控訴人の支援が得られなければ、右の状況ではこれ以上本件工場進出計画を進めることは無理であると判断し、控訴会社において平成元年一月になつて、計画を最終的に中止するに至つたことが認められ、右事実によれば、控訴会社の右計画中止は、結局は、被控訴人が当初の本件融資約束どおり融資を実行しなかつたことに起因し、本件工場進出計画の中止と本件融資拒絶との間には因果関係があるものというべきである。
(五) 右事実及び前記認定の事実関係に照らすと、縄田支店長は、本件融資拒絶をした当時、一方的に本件融資拒絶の行為に出るときには、控訴会社が、本件工場進出計画を実現することができなくなり、千葉県企業庁及び東急建設との取引関係の解消等の措置を採らざるを得なくなり、これによつて損害を被るに至ることを知つていたか又は知りうべきであつたものというべきである。
3 そこで、縄田支店長が本件融資拒絶の行為に出るにつき取引上是認するに足る正当な事由があつたかどうかについて、検討することとする。
(一) 被控訴人は、控訴会社は本件融資証明書の発行を受けた日の翌々日である同年一一月一一日融資申込みを撤回し、同月二一日改めて融資の申込みをしたものであり、被控訴人支店は三和銀行の肩代わりを条件とするつなぎ融資であることを確認のうえこれを了承したところ、同年一二月八日、三和銀行の肩代わりの話が進行していないことが判明し、その前提条件が満たされていないため、右つなぎ融資の申込みを拒絶したものである旨主張し、原審及び当審証人縄田晴明並びに原審証人山本嘉明及び同森広美の各証言中には、融資拒絶の経緯及び理由が被控訴人の右主張のとおりであるかのような供述部分もある。
しかしながら、控訴会社が昭和六三年一一月一〇日三和銀行芝浦支店から、工場建築資金の融資に加えて、被控訴人からの既存借入金全額の肩代わり、すなわちメインバンクの変更の申入れを受けたとの被控訴人の主張は、これを認めるに足る証拠はなく、かえつて成立に争いがない甲第四四号証、乙第八号証の一、二及び当審証人住出一正の証言によれば、三和銀行芝浦支店は控訴会社の本件工場進出計画を聞知し、支店長代理住出一正と外交担当者迫中が、同月八日、控訴会社を訪問して控訴人関と会つたこと、その際、住出らが、工場建築資金の融資に加えて、被控訴人からの既存借入金全額の肩代わりについての打診程度のことをしたが、明確に右のような申入れをしたことはなく、また、控訴会社から住出らに対し右融資の申入れもなされなかつたこと、その後同月中旬に三和銀行の右外交担当者迫中から控訴会社に対して本件工場進出計画に関し融資の勧誘が行われたが、それも融資の打診程度の域を超えるものではなかつたことが認められる。当審証人縄田晴明の証言により真正に成立したと認められる乙第一六号証には、「一一月一〇日に、工場建築資金の融資に加えて、三菱の既存借入全額肩代わりを社長宛に申入れした。但し、この時点では、まだ柔らかい話で固まつた訳ではない。」との記載があるが、同記載は右程度の意味を超えるものではないと解すべきである。
右のとおり、三和銀行芝浦支店が控訴会社に対し、控訴会社の被控訴人からの既存借入金の全額につき肩代わりする旨の申入れをしたことも、控訴会社から住出らに対し右融資の申入れもしたことがなかつたものであり、これらの事実と原審における控訴人兼控訴会社代表者関純弥本人尋問の結果に照らすと、前記各証人の供述部分は到底採用できないし、他に被控訴人の前記主張を認めるに足る証拠はない。
(二) また、被控訴人は、同年一一月八日控訴会社は太陽神戸銀行に対し五億円の融資申込みをしているが、これは、本件工場用地に第一順位の担保権設定を必要とする千葉県の制度融資による融資申込みであり、被控訴人の融資の担保と競合して両者は相容れないから、被控訴人の融資の不足額を補うものではなく、被控訴人に対する融資申込の撤回を裏付けるものであるかのような主張をする。
しかしながら、原審及び当審における控訴人兼控訴会社代表者関純弥本人尋問の結果によると、控訴会社は当初、被控訴人支店に対し、本件工場用地購入及び同工場建設資金として合計七億七〇〇〇万円の融資を申し入れていたが、同月七日縄田支店長から本件工場用地購入資金三億七〇〇〇万円のみ融資する旨の回答を受けたため、翌日、その不足額を補うために、やむなく太陽神戸銀行に対し右五億円の融資申込みをしたものであるが、同銀行が右申込に応諾するかどうか未定な段階において、控訴会社が被控訴人に対する融資申込を撤回する意思を有しておらず、また、右のような意思を被控訴人支店に示したこともなかつたことが認められる。したがつて、被控訴人の右主張も採用することができない。
(三) 更に、被控訴人は、本件融資証明書を回収しなかつたのは、被控訴人としては、本件工場進出計画に反対であつたが、控訴会社が同計画を推進し支援してくれる銀行があると力説していたので、他行が融資を決定し融資証明書を発行するまでの間、控訴会社の立場や事情を考慮したからであると主張し、成立に争いがない乙第一三号証及び原審証人縄田晴明の証言中には、これに沿う記載ないし供述部分があるが、同証言によれば、被控訴人支店は控訴会社から本件融資証明書の回収を猶予するよう依頼されたことはなく、回収しないことにつき被控訴人主張の理由が控訴会社に表明されていないことが認められるから、本件融資証明書を回収しなかつたことが被控訴人主張の理由によることは、控訴会社が本件融資証明書どおりの融資を受けられるとの信頼を解消する事由となり得ず、その他被控訴人が右信頼を解消するに必要な措置を講じたことを窺わせる証拠もない。
(四) ところで、縄田支店長が同年一一月一一日控訴会社から融資申込の撤回があつたものと理解したこと、及び同月二一日控訴会社からつなぎ融資の申込があつたものと理解したことは、前記認定のとおりであるが、縄田支店長の右のような理解は、事実関係を十分調査検討することなく、また、控訴人関及び控訴会社に対し確認することなく、一方的にそう思い込んだものに過ぎず、縄田支店長が右のように思いこんだことにつき、控訴会社又は控訴人関に責めに帰すべき事由があるともいえないから、本件融資約束を一方的に破棄するにつき取引上是認するに足る正当な理由があるとはいえないものというべきである。
4 前記認定の事実関係によると、(一)千葉県企業庁との本件工場用地の売買契約及び東急建設との工場建設の請負契約は、いずれも本件融資拒絶後に締結されたものであるが、右各契約の基礎は、本件融資拒絶の前に既に形成されていたものであることは前示のとおりであり、控訴会社のその後の計画実現に向けての努力が背景にあることを考慮すると、本件融資拒絶後においては、控訴会社は右各契約を締結すべきでなかつたとはいえず、控訴会社が取引の相手方と確約している以上、右各契約を締結したことは、経済人としては合理的な範囲内にある行動というべきであり、(二)被控訴人支店の縄田支店長は、本件融資約束を一方的に破棄したものというべきであり、同支店長が右のような行為に出るにつき、取引上是認するに足る正当な事由があるとはいえないから、(三)被控訴人は、控訴会社が千葉県企業庁及び東急建設との右関係の解消を余儀なくされたことにより被つた損害につき、控訴会社に対し、民法七一五条に基づき、その賠償責任があるものというべきである。
三 そこで、控訴会社の損害額及び被控訴人において賠償すべき額について判断する。
1 まず、控訴会社の損害額について判断する。
(一) 請求原因4(一)(1)(2)の損害
控訴会社は、昭和六三年一二月一三日、千葉県企業庁との間で本件工場用地について売買契約を締結し、翌日、代金三億六五六九万七一九九円を支払つたことは前記認定のとおりであり、成立に争いがない甲第四、第五ないし第七号証、同第九、第一〇ないし第一四号証、乙第一九、第二〇号証、同第二一号証の三、四、六ないし八、同第二二、第二三号証、原審における控訴人兼控訴会社代表者関純弥本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、控訴会社は、同月二七日、東急建設との間で、請負金額一二億二三〇〇万円とする工場建設の請負契約を締結したこと、控訴会社は、本件工場用地買受けに伴い、登録免許税四四三万一三〇〇円、不動産取得税二三六万三三〇〇円、固定資産税八二万七一〇〇円及び収入印紙代二〇万円を支払つたこと、控訴会社は本件工場進出計画の中止を決定し、平成元年二月二三日千葉県企業庁に対し、右計画を断念する旨伝え、同年三月三〇日、本件工場用地を控訴会社が買い受けた代金額から一割を減額した三億二九一二万七四七九円で買い取つてもらい、また、同年二月七日、東急建設と右請負契約を合意解除し、控訴会社は右解除に伴い、東急建設に対し、既設工事代金として一億五一七七万五〇〇〇円及び安全対策措置費用として二〇〇万円の支払を余儀なくされたことが認められる。
そうすると、控訴会社は、本件融資拒絶を受けた結果、右各契約を合意により解消することを余儀なくされ、これにより、請求原因4(一)(1)イの本件工場用地の買受代金とこれを千葉県企業庁に買い取つてもらつて受領した買戻代金との差額三六五六万九七二〇円、同ロの登録免許税四四三万一三〇〇円、同ハの不動産取得税二三六万三三〇〇円、同ニの固定資産税八二万七一〇〇円、同ホの収入印紙代二〇万円の合計四四三九万一四二〇円及び同(2)イの既工事代金一億五一七七万五〇〇〇円、同ロの安全対策措置費用二〇〇万円の合計一億五三七七万五〇〇〇円の損害を被つたものというべきである。
(二) 請求原因4(一)(3)の損害
控訴会社は、本件融資約束後の昭和六三年一一月一八日東海銀行芝浦支店から三億円の融資証明書の発行を受け、本件融資拒絶後の同年一二月一九日に同銀行同支店から三億円の融資を受けたことは、前示認定のとおりであるが、控訴会社において、同支店から融資証明書の発行を受けたからといつて、融資を受けなければならない義務を負担したとはいえず、また、融資を受けなかつたとしても損害賠償義務を負うに至るような法律関係又はこれと同視しうべき関係が形成されたものとはいえなかつたのであるから、右三億円の借入れを受けるかどうかは、控訴会社において自由に決定することができたものというべきである。したがつて、本件融資拒絶後においてされた右三億円の借入れは、本件融資約束が履行されることを信じてなされたものではないうえ、右三億円の借入れに係る損害は、本件融資拒絶と相告因果関係があるものとはいえないものというべきである。右三億円が東急建設に対する支払に当てられたことは、前示認定のとおりであるが、このことは右判断を左右するものではない。したがつて、請求原因4(一)(3)の損害に関する控訴会社の主張は、採用することができない。
(三) 請求原因4(一)(4)(6)(7)の損害
控訴会社は右各損害は本件融資拒絶がされたことによつて被つた損害である旨主張するが、右各損害の発生の原因である取引はいずれも本件融資拒絶後に生じたものであることは、右主張自体から明らかであるところ、縄田支店長において本件融資拒絶当時右各損害の発生を予見し又は予見すべきであつたと認めるに足る事実関係は本件全証拠をもつてしても認め難いのみでなく、右各損害が融資拒絶によつて通常生起する事態の推移によつて生じる損害といえないものであることも、主張自体に照らして明らかであるから、本件融資拒絶と右各損害との間には相当因果関係があるとはいえないものというべきである。したがつて、控訴会社の右主張は、採用することができない。
(四) 請求原因4(一)(5)の損害
成立に争いがない甲第二四号証及び弁論の全趣旨によれば、控訴会社は、昭和六三年九九月二八日、被控訴人支店に対し、請求原因4(一)(5)イの不動産担保実査手数料五万〇三〇〇円を支払つたが、右手数料は、被控訴人支店が本件工場進出計画につき控訴会社に対して融資するかどうかを決定するに当たり、担保物件の評価のために必要な経費であつたものであり、控訴会社が負担するとの合意のもとに被控訴人支店に支払つたものと認められる。右認定の事実関係に照らすと、右手数料の支出と本件融資拒絶との間には相当因果関係があるとはいえないものというべきである。
また、請求原因4(一)(5)ロないしニの各損害は、請求原因4(一)(4)(6)(7)の損害についての前示と同一の理由により、本件融資拒絶と相当因果関係のある損害とはいえないものというべきである。
したがつて、請求原因4(一)(5)の損害に関する控訴会社の主張も採用することができない。
2 被控訴人の賠償すべき額について判断する。
(一) 成立に争いがない乙第一、第二、第一一号証、第二一号証の一、原審証人縄田晴明の証言並びに原審及び当審における控訴人兼控訴会社代表者関純弥本人尋問の結果によれば、控訴会社はオフセット印刷等を営業とし、資本金三〇〇〇万円の控訴人関の同族会社であること、昭和六一年度から昭和六三年度における控訴会社の売上高は約四億七〇〇〇万円ないし五億三〇〇〇万円、同経常利益は約三〇〇〇万円から三四〇〇万円程度であること、控訴会社は設備投資額三四億円とする本件工場進出計画を策定し、右資金は被控訴人からの借入れのほかは、自己資金が三億円、東海銀行からの借入金三億円、機械設備二〇億円余はリースにより賄い、売上金を借入金の弁済原資と予定していたこと、また、控訴会社は昭和六三年九月、被控訴人支店に右計画に必要な資金の融資を依頼する以前の同年一月には、既に旧西ドイツの某会社に輪転印刷機等の発注をしていたことが認められる。そして、右投資によつて運転資金も相当増大することが予想されたところであるが、前掲各証拠によつても、被控訴人から当然支援を得られるものと漫然と考え、その調達につき慎重に配慮していたことを窺わせる形跡は認められない。右事実によれば、本件工場進出計画は、控訴会社の規模及び営業実績等から見て過大投資であることは否定できず、本件融資拒絶後に控訴会社の努力によつて他からの資金借入れが可能となつたものの、本件工場進出計画を中止せざるを得なかつたのは、右計画の過大性と控訴会社の運転資金調達に対する配慮不足等にも一因があつたものというべきであるから、これらの事情は控訴会社の損害額(但し、請求原因4(一)(2)の損害を除く。)を算定するに当たつて斟酌すべきものであるところ、その過失割合は控訴会社につき六割、被控訴人につき四割とするのが相当である。
(二) 更に、前記のとおり、控訴会社は昭和六三年一二月二七日、東急建設との間で請負金額一二億二三〇〇万円とする工場建設の請負契約を締結したが、成立に争いがない乙二一号証の五によれば、その時点においては、控訴会社には、右建設計画が過大であること、資金調達が困難であることは判明していたことが認められ、そうであれば、控訴会社としては、より以上の努力をして、工場規模縮小計画に基づく請負契約を締結するなど損害をできる限り少なくすべき信義則上の義務があつたのであり、それにもかかわらず、東急建設のいうがままに当初の計画どおりの請負契約を締結したといえるのであるから、請求原因4(一)(2)の損害については、前記(一)認定の事情に加え、この事由も控訴会社の損害額を算定するに当たつて斟酌すべきものであるところ、その過失割合は控訴会社につき九割、被控訴人につき一割とするのが相当である。
(三) 以上の過失割合に従い、被控訴人が控訴会社に対して賠償すべき損害額を算定すると、請求原因4(一)(1)の損害については一七七五万六五六八円(過失相殺六割)、同(2)の損害については一五三七万七五〇〇円(同九割)、合計三三一三万四〇六八円となる。
(四) 請求原因4(一)(8)の損害
控訴会社が本件訴訟代理人らに対し、本訴の追行を委任し、報酬支払を約したことは弁論の全趣旨により明らかであるところ、本件事案の難易、審理経過、本訴認容額等に鑑み、本件不法行為と相当因果関係のあるものとして被控訴人に対し請求することができる弁護士費用の額は、三〇〇万円をもつて相当と認める。
四 控訴人関は、本件融資拒絶は、控訴人関に対する関係でも不法行為を構成する旨主張する。
しかしながら、本件融資約束は被控訴人が控訴会社に対してしたものであり、したがつて、本件融資拒絶も控訴会社に対する行為であつて控訴人関に対する行為ではなく、本件融資拒絶の直接の当事者に当たらない控訴人関が、控訴会社の代表者であり、本件融資拒絶によつて精神的苦痛を受けたからといつて、それのみでは、本件融資拒絶が控訴人関に対する不法行為となるものではない。そして、控訴人関において、本件融資拒絶が同控訴人に対しても不法行為を構成するものであることを認めるに足る事実関係について、主張・立証しないから、その余の点について判断するまでもなく、控訴人関の不法行為の主張は、これを認めることはできないものというべきである。
五 以上のとおりであるから、(一)(1)控訴会社の本訴請求は金三六一三万四〇六八円及びこれに対する不法行為の日である昭和六三年一二月八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がないものというべきであり、したがつて、原判決のうち控訴会社敗訴部分中その請求を三億二三三五万九一四九円及びこれに対する昭和六三年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を超えて棄却した部分(原判決主文第三項のうち控訴会社の請求に関する部分中三五一四万二七四三円及びこれに対する昭和六三年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員に係る部分)は相当でないから、控訴会社の本件控訴に基づき、これを取り消し、三五一四万二七四三円及びこれに対する昭和六三年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める控訴会社の請求を認容し、(2)控訴会社のその余の本件控訴及び被控訴人の控訴会社に対する本件附帯控訴はいずれも理由がないから、棄却することとし、(二)控訴人関の本訴請求は理由がなくこれを棄却すべきであり、したがつて、原判決のうち被控訴人敗訴部分中控訴人関に関する部分は相当でないから、被控訴人の本件附帯控訴に基づき、これを取り消し、控訴人関の本訴請求を棄却し、同控訴人の本件控訴は理由がないから棄却することとする。
よつて、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、九二条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 柴田保幸 裁判官 長野益三 裁判官 伊藤紘基)