東京高等裁判所 平成4年(ネ)2322号 判決 1993年12月20日
控訴人・附帯被控訴人
エス・バイ・エル明成建設株式会社
右代表者代表取締役
石川明美
右訴訟代理人弁護士
堤淳一
同
安田彪
同
石田茂
被控訴人・附帯控訴人
早川照子
右訴訟代理人弁護士
滝谷滉
主文
一 控訴人の控訴に基づき原判決主文第一項を次のとおり変更する。
1 控訴人の主位的請求を棄却する。
2 被控訴人は控訴人に対し、控訴人が被控訴人に金五〇〇〇万円を支払うのと引き換えに、原判決別紙物件目録記載(二)の建物を収去して、同目録記載(一)の土地を明け渡せ。
3 控訴人のその余の予備的請求を棄却する。
二 本件附帯控訴を棄却する。
三 訴訟の総費用はこれを一〇分し、その九を控訴人・附帯被控訴人の、その余を被控訴人・附帯控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)
1 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
2 (主位的請求)
被控訴人は控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載(二)の建物(以下「本件建物」という。)を収去して、同目録記載(一)の土地(以下「本件土地」という。)を明け渡せ。
3 (予備的請求)
被控訴人は控訴人に対し、控訴人が被控訴人に四二〇〇万円を支払うのと引き換えに、本件建物を収去して、本件土地を明け渡せ。
4 仮執行宣言
5 本件附帯控訴を棄却する。
二 被控訴人・附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)
1 本件控訴を棄却する。
2 原判決中、被控訴人敗訴部分を取り消す。
3 被控訴人と控訴人との間において、被控訴人が原判決別紙地上権目録記載の地上権(以下「本件地上権」という。)を有することを確認する。
4 控訴人は被控訴人に対し、本件土地につき、本件地上権の設定登記手続をせよ。
第二 事案の概要
本件は、控訴人が本訴として本件土地の所有権に基づき、被控訴人に対し本件建物を収去して本件土地を明け渡すことを求め、被控訴人が反訴として、控訴人に対し本件土地に本件地上権を有するとしてその存在確認、及びその設定登記手続を求めたところ、原判決が本訴及び反訴をいずれも棄却したので、控訴人が控訴し、これに対し被控訴人が附帯控訴した事案である。
以上のほかは、原判決の「第二 当事者の主張」のとおりであるから、これをここに引用する。ただし、次のとおり付加訂正する。
一 原判決三枚目表六行目の「訴外」の前に「当時の所有者である」を、同表七行目の「買い付け」の次に「て所有権を取得し」をそれぞれ加える。
二 原判決五枚目表七行目の「に記載の如き」を「3に記載のとおり、本件土地の実質的所有者は被控訴人であるが、マンション業者である控訴人はそのことを知りながら、被控訴人を本件土地から明け渡させることを目的として、本件土地を購入している」に改め、同表一〇行目の末尾に続けて次のとおり加える。
「本件土地の所有権は実質的に登記名義人である町田聡に帰属していたのであり、控訴人は、本件土地を買い受けてその所有権を取得するに当たり、被控訴人は本件建物にただ住んでいるだけで、控訴人が本件土地の防災対策を行うため、条件を煮詰めれば、被控訴人から本件土地の明け渡しを受けることができると考えていたのであり、本件土地の所有権が被控訴人に帰属するか否かの問題があることは全く知らず、またそのような問題があることを知り得べくもなかったから、控訴人の被控訴人に対する本件土地明渡請求が権利の濫用にはならない。」
第三 当裁判所の判断
一 当裁判所の認定した事実
原判決四三枚目表三行目の冒頭から同五三枚目裏四行目の末尾までに記載のとおりであるから、これをここに引用する。ただし、次のとおり訂正付加する。
1 原判決四三枚目表三行目の「三九号証」を「五五号証」に、同行目の「八八号証」を「九四号証」にそれぞれ改め、同表五行目の「治男」の次に「、同高橋昌孝」を、同行目の「結果」の次に「(原審及び当審)並びに弁論の全趣旨」をそれぞれ加え、同裏一行目の「三年」を「三一年」に改める。
2 原判決四四枚目表五行目の末尾の次に続けて「聡は、いとこである被控訴人と幼少のころから親しい関係にあり、うめは聡と被控訴人が将来結婚することを希望していた。なお聡と被控訴人の親しい関係は、聡の死亡に至るまで継続した(甲第四一号証)。」を加え、同表六行目の「別表」の前に「本判決」を加え、同四五枚目表三行目の「ところ」を「が、うめの意向に反して」に、同行目の「したが」を「した。そのため」にそれぞれ改め、同表一〇行目の「第四」を「第三、四」に改め、同裏五行目の末尾の次に続けて「被控訴人は前示のとおり昭和二一年一〇月ころ以降、うめ死亡後も現在に至るまで本件土地上の本件建物に居住していて、その間、昭和五一年三月三一日には当時本件建物に同居していた母志けが死亡し、昭和五三年六月三日には同じく同居していた父谷麿も死亡したので(乙第一八号証)、現在は一人で居住している。」を加え、同裏六行目の「本件土地」から同四六枚目表二行目の「が、」までを「、被控訴人が従前通り本件建物に居住を続けてその敷地である本件土地を占有使用することを承認していた。聡は、うめの唯一の法定相続人であったが、被控訴人の了解を得ることなく、昭和三三年三月三一日本件土地につき聡名義に相続を原因とする所有権移転登記手続をしたうえ、同年六月一三日本件土地に国際電気株式会社を債務者とする極度額八〇〇万円の根抵当権設定登記手続をした。国際電気株式会社は、聡が従前から経済的に世話になっていた同人の叔父町田勝二が創業し、その息子が代表者を引き継いでいた会社である。聡は昭和四三年四月三日に右根抵当権設定登記を抹消したうえ、新たに国際電気株式会社を債務者として極度額三七〇〇万円の根抵当権設定登記手続をしたが、その後被控訴人に右相続登記及び根抵当権設定登記を無断で行ったことを発見されて抗議を受けたので、」と改める。
3 原判決四六枚目表八行目の「付仮」を「保存」に改め、同表一〇行目の末尾に続けて次のとおり加える。
「前示のとおり聡が被控訴人の抗議を受けて本件土地の根抵当権設定登記を抹消した後である昭和四七年一〇月から、被控訴人は、聡へ相続登記がされている本件土地の登記名義を被控訴人に移すため、昭和五一年まで毎年、聡へ手紙を出し、昭和五三年ころには面談するなどして、移転に当たり聡への金銭の支払い方法や、本件土地の登記名義を変更しても税金のかからない方法を教示してくれるよう申し入れていたが(甲第三五ないし四二号証、甲第五〇号証)、話は進展しなかった。」
4 原判決四七枚目表一行目の末尾に続けて「聡は、生前には、被控訴人に対し本件土地の明渡しを求めたことは一度もなく、勤務先の殖産住宅相互株式会社(以下「殖産住宅」という。)の部下である高橋昌孝に対し、本件建物に居住する被控訴人につき、聡のかつての許嫁であり、愛人であると説明して、その敷地である本件土地の処分について相談したことがあったが、本件建物の登記名義が被控訴人にあることは知らせなかった。そのため高橋は、本件土地建物は聡の所有であり、被控訴人は聡の愛人として、それらを使用しているものと考えていた。また聡は、妻子である町田惟子及び裕嗣に対しては、本件土地建物の権利関係、及び聡と被控訴人の関係につき説明したことは一切なかった。そのため町田惟子は聡の死亡後、遺品を整理していて本件土地の権利証、及び被控訴人から聡に宛てた手紙を発見し、聡と被控訴人は不貞関係にあったと考え、右両名の関係を同様に考えている高橋昌孝に、聡死亡後の諸債務の弁済をする目的で本件土地の処分を相談し、相続税の申告手続を依頼した木村正二税理士に被控訴人との交渉を依頼した。」を加え、同表一〇行目の「あるが」を「あり、殖産住宅と取引関係を有するところ、同社の高橋昌孝から、居住者である被控訴人は立退料四〇〇万円ないし五〇〇万円を支払えば立ち退くとの説明を受けて本件土地の購入を勧められたので、同人の斡旋に基づき代金二〇〇〇万円で」に改める。
5 原判決四八枚目表四行目の「会社は」の次に「昭和六三年三月一一日設立され、」を、同四九枚目裏七行目の「原告」の次に「代表者」を、同行目の「ころ」の次に「初めて本件建物を訪れて」を、同裏九行目の「四者」の次に「(すなわち、その時の控訴人代表者の考えでは、サンリツ、同愛会、日光商事、被控訴人)」をそれぞれ加え、同裏一〇行目の末尾に続けて「控訴人代表者は、右訪問当日は被控訴人が本件土地の所有者であると考えていたが、同年二月一日本件土地の登記名義人は日晨企画であることを知り、日晨企画に連絡を取ろうとしたが取れなかったので、前所有者の町田に連絡をしたところ、高橋昌孝を紹介されたので、以後、日晨企画の委任を受けている高橋と本件土地の買収交渉を行った。なお、控訴人代表者は、当時、本件建物の登記名義を調べていなかったので、本件建物が被控訴人の所有であり、被控訴人名義で登記されていることを知らず、また被控訴人がどのような経緯でそれまで本件土地を使用してきたかは知らなかった。」を加える。
6 原判決四九枚目裏末行の「六日」を「一六日」に、同五〇枚目表一行目の「時価」から同表二行目の「三七〇〇」までを「三五〇〇」にそれぞれ改め、同表末行の「補償として」の次に「被控訴人を本件土地の借地人に準じて」を加え、同五一枚目裏二行目の「充分採算のとれる」を「経済的に可能な」に、同裏九行目の「保安指示」を「保安措置指示」に、同裏一〇行目の「甲第一七」を「甲第七」に、同五二枚目裏一〇行目の「六六歳」を「六八歳」にそれぞれ改める。
7 原判決五三枚目表一〇行目の「考え」から同裏一行目の末尾までを「考えられるが、本件マンションは、本件土地以外に、控訴人及び明成不動産株式会社の所有地も敷地とし、本件土地は敷地面積の69.31パーセントであるから、本件土地を敷地として利用するマンション部分の販売価格は約五億九七三〇万円になり、その他、販売関連費用も要するので、結局、控訴人が本件事業により取得する利益は、建築土木工事費の内の設計、施工費用が主なものになる(甲第四八号証)。」に改め、同裏四行目の末尾の次に続けて次のとおり加える。
「なお、熱海市内で、昭和五〇年から平成元年に建築された専有面積五〇ないし七〇平方メートルのマンションの販売価格は、おおむね三二〇〇万円から四三〇〇万円である(甲第四五ないし四七号証)。
以上に認定した事実によると、(1)本件土地建物の所有者であったうめは、縁組当初は、養子の聡を姪の被控訴人と結婚させることを希望していたが、終戦前に脳溢血を患ったため、その後昭和三一年に死亡するまで、被控訴人から全面的な看護、介助を受け、他方、聡は、うめの希望に反して別の女性と結婚したため、右のとおり一〇年以上の長期間にわたり、結婚もせずに献身的に看護、介助をしてくれた被控訴人に、所有する本件土地建物すべてを死因贈与する意思を有していて、本件土地建物の売渡証書(乙第三、四号証)等を生前、被控訴人に交付していたこと、(2)昭和三一年四月一三日うめが死亡したことにより、被控訴人は本件土地建物の所有権をうめから死因贈与により取得したと考えて、本件建物に従来どおり居住していたが、本件土地については、うめ名義で登記がなされているから、特に急いで被控訴人名義に変更手続きをする必要はないと考えて、右手続きを行わないままでいたが、他方、本件建物については、未登記であったため昭和三四年一一月四日被控訴人名義に所有権保存登記手続きをしたこと、(3)戸籍上、うめの相続人である聡は、うめの右死因贈与の意思を了解していたため、うめの死亡後、被控訴人が本件土地建物の使用を継続し、本件建物につき所有権保存登記をしたことを容認していて、被控訴人に対して、本件土地建物が聡の所有であることの確認を求めたり、その明渡しを求めるなどはしなかったが、他方、世話になっていた親族が経営する国際電気株式会社に金融を得させる必要上、被控訴人に無断で、昭和三三年三月三一日本件土地につき、聡名義に相続を原因とする所有権移転登記をして、担保権を設定したこと、(4)その後、被控訴人が、本件土地につき聡名義で登記がされ担保権が設定されていることを知って抗議したため、聡は、昭和四七年八月九日右担保権を抹消し、被控訴人に本件土地の登記名義を移す義務があることを認めていたが、昭和五七年以降、本件土地の所有権移転登記手続きは、被控訴人から一〇〇〇万円の支払いを受けるのと引き換えに行うとの条件を付して、被控訴人に右条件の履行を求めていたこと、(5)昭和六三年四月二九日聡が死亡した後、その相続人である惟子及び裕嗣は、被控訴人が従前から本件建物に居住して、その敷地である本件土地を占有使用してきた事実関係を了解したうえで、本件土地が聡名義で登記されていることから聡の所有であったと考え、聡死亡後の諸債務を弁済する目的で、その換価処分をするため、聡の勤務先の部下であった高橋昌孝にその売買交渉を委任したこと、(6)高橋は、生前の聡から説明を受けていたとおり、被控訴人は聡の愛人であって、その関係で本件土地建物を無償で使用しているものと考えて、その前提で、本件土地につき、同年一二月一二日惟子及び裕嗣から日晨企画へ二〇〇〇万円で売買する契約を成立させ、さらに平成元年二月一六日日晨企画から控訴人へ三五〇〇万円で売買する契約を成立させる仲介をして、それぞれその旨登記がされたが、右各売買の際、高橋は、本件建物の登記名義が被控訴人にあることを知らず、被控訴人がどのような経緯で本件土地を使用しているか確認していなかったこと、(7)控訴人は、傾斜地での造成、建築工事につき専門的技能を有するが、本件土地の隣接地を所有するサンリツから依頼を受けて、同土地の開発計画を昭和六三年五月ころ立案したが、本件土地も含めて開発することが地域的、経済的に望ましいと判断して、控訴人代表者が平成元年一月二六日ころ初めて本件建物を訪れて、被控訴人に共同開発計画への参加を申し入れたこと、(8)控訴人代表者は、右のとおり被控訴人と初めて面談した際、本件土地建物は被控訴人の所有であると考えていたが、同年二月一日本件土地の登記名義人が日晨企画であることを知ったので、被控訴人と事前に明渡し交渉をすることなく、同月一六日日晨企画と本件土地の売買契約を締結したが、その際、本件建物が被控訴人名義で登記されていることは知らず、被控訴人が従前どのような経緯で本件土地を使用してきたかは確認していなかったことを、それぞれ認めることができる。」
二 被控訴人の本件地上権確認等請求について
当裁判所も、被控訴人が本件土地につき本件地上権を有しているとは認められず、右各請求は理由がないと判断する。その理由は次のとおり訂正付加するほかは、原判決五三枚目裏七行目の冒頭から同五四枚目裏九行目の末尾までに記載のとおりであるから、これをここに引用する。
1 原判決五四枚目表四行目の冒頭から同表五行目の「あり」までを「は、被控訴人がうめから本件土地建物につき死因贈与を受けたことを了解していて、うめの相続人である聡としても、被控訴人が本件建物につき所有権保存登記をしたことを承認していた。また聡は」に改め、同表末行の「建物」を削り、同裏一行目の「本件建物」の次に「が将来にわたり存続する限り、本件建物」を加える。
2 原判決五四枚目裏四行目から五行目にかけての「本件全証拠によっても」を「以上の判示及び弁論の全趣旨によれば、」に改め、同裏六行目の「平穏公然に行使したと認めることはできない」を「行使しなかったことが認められる」に改め、同裏九行目の末尾に続けて次のとおり加える。
「被控訴人は、控訴人が一審判決後に、それまで住宅販売を中心としていたエス・バイ・エル株式会社と合併して、本件土地の所有権をさらに実質的に移転しているが、このようなマンション業者の手段によって、善良な市民の生活権が脅かされてはならないのであり、被控訴人の本件地上権の存在確認等の請求は認容されるべきであると主張する。しかし、控訴人が一審判決後に、エス・バイ・エル株式会社と合併した事実が認められるからといって、そのことにより、被控訴人の本件地上権の存在確認等の請求が認容されるべきものとはならないから、被控訴人の右主張は理由がない。」
三 控訴人の本件土地の明渡請求について
1 以上の判示によれば、本件土地の実質的所有者は、うめから死因贈与を受けた被控訴人といってもよいと考えられるが、少なくとも、被控訴人は、聡・惟子・裕嗣との関係において、本件土地につき、本件建物所有を目的とし、期間を被控訴人の生存中とする使用借権を有していたということができる。しかし、本件土地の所有権を、うめの唯一の相続人である聡の相続人である惟子及び裕嗣から買受けた日晨企画から取得して、これを被控訴人に対抗することができる控訴人は、右事情、特に本件土地の実質的所有者の点を知っていたとまでは認めることができないし、また被控訴人としては、右使用借権という権利の性質上、控訴人から本件土地の所有権に基づき、本件建物を収去して本件土地を明け渡すことを求められたときには、これを控訴人に対して本件土地の占有権原として主張することができるとは、当然には言えない。
もっとも、控訴人の右収去明渡請求が、権利の濫用に当たるとの特段の事情が認められるときは、この限りではないことになるので、以下、この点について検討する。
2 控訴人代表者は、本人尋問において、控訴人が本件土地を買い受けた際、被控訴人は本件土地上の本件建物にただ住んでいるだけで、本件建物の所有名義が被控訴人名義になっているか事前に確認したことはなく、また本件建物に居住している被控訴人の権利は調査せずに本件土地を購入したと供述する。しかし、控訴人代表者は、前示のとおり、昭和六三年三月一一日設立された不動産取引を業とする関連会社である明成不動産株式会社の代表取締役にも就任していて、不動産取引につき相当詳しい知識を有すると認められ、また、当初、被控訴人を本件土地の所有者と考えたぐらいだから、被控訴人が土地の所有者でないことが分かった後も、本件建物の所有者である可能性が高いと考えていたと推認でき、その上で、控訴人は、被控訴人が、登記した賃借権など控訴人に対抗できる占有権原はなく、法律的に明渡請求は可能であると考えて、本件土地を取得したものと考えられる。
3 控訴人代表者は、本人尋問において、被控訴人が、聡及びその相続人に対し、本件土地を使用する何らかの権限を持っているとは思っていたが、本件建物が存続する限り無償で使用する権限を有することは知らなかったもので、控訴人が、公益目的に沿って本件土地の防災対策を行うため、借地権者に対するのと同様の条件を提示すれば、被控訴人は控訴人からの明渡し要求に応じると考えていたと供述する。もっとも、控訴人代表者は、本人尋問において、控訴人が本件土地を買い受ける際、高橋から、同人は被控訴人に対し、建物を建て替えるときは崖を直さなければ建物を建てられないので、本件土地に将来にわたり居住していて良いと言っている旨聞いていたとも供述するが、その趣旨は、必ずしも明確でないし、専門業者である控訴人としては、本件土地の防災対策を行うため、一時的に、被控訴人から本件土地の明け渡しを受けることを望んでいるのに過ぎないのであって、本件土地を離れたくないと希望する被控訴人に対し、明渡しを受けた本件土地上に控訴人が建築するマンションの一室を通常の価格で提供することは吝かではない旨供述していることとも対比すると、控訴人は、仲介者である高橋昌孝から、被控訴人に対し本件土地を将来にわたり使用することを許諾している旨の説明を受けていたとまでは認められない。
そしてまた、少なくとも、高橋の右言動に基づき、被控訴人が新たな行動を起こし、そのために被控訴人の受ける損害が拡大したという事実はないことが認められる(もとより、高橋の右言動によって、被控訴人が新たな占有権原を取得したということは言えない。)。
4 さらに本件全証拠によっても、本件土地の取得価額が時価より異常に低廉であること、控訴人に被控訴人に対する不当な害意がること、本件土地の取得に当たり被控訴人に対し強迫、詐欺などの不相当な行為があったこと、本件土地の取得目的が公序良俗に違反するものであることを認めることはできない。
5 以上の判示の限りでは、控訴人の被控訴人に対する本件土地の明渡請求が権利の濫用として許されないと直ちにいうことはできない。
しかし、(1)他方、控訴人が知らなかったとはいえ、被控訴人は、本件土地の実質的所有者ともいえる者であって、本件土地上の本件建物に適法に既に五〇年近くも居住し、本件土地に深い愛着を有していること、(2)被控訴人は現在高齢で病弱であること、(3)控訴人代表者は、不動産取引についての知識も有している者であるのに、本件土地の所有権取得に当たり、その地上建物の所有者が有する利用権限の有無を調査していないし、被控訴人と十分に明渡しの交渉をしたとも言い難いこと、(4)控訴人が、本訴で補償金として支払うことを申し出ている四二〇〇万円では、熱海市での不動産取引の実情からみて、被控訴人が、本件土地の利用を含む本件建物と同程度の土地建物を、本件土地周辺で取得することは困難であること、その他、本件記録に現れた一切の事情を考慮すると、控訴人の被控訴人に対する本件土地の明渡請求は、控訴人が被控訴人に補償金として五〇〇〇万円を支払うことにより初めて、権利の行使として是認され、濫用にはならないものと認められる。
したがって、控訴人の被控訴人に対する本件土地明渡の主位的請求は理由がなく、予備的請求は、五〇〇〇万円の支払と引き換えに明け渡しを求める限度で理由があるが、その余は理由がない。
第四 結論
よって、控訴人の本訴土地明渡の主位的請求は理由がなく、予備的請求は五〇〇〇万円の支払と引き換えに明け渡しを求める限度で理由があり、その余は理由がないから、控訴人の控訴に基づき、これと異なる原判決主文第一項を、本判決主文第一項のとおり変更し、被控訴人の地上権確認等反訴請求は理由がないから、被控訴人の本件附帯控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、八九条を適用し、仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
別表
番号
登記の日
登記原因と日付
所有者
1
昭和
8.4.18
昭和
7.12.31相續
北沢嘉幸
2
9.10.24
9.10.24賣買
大倉洋紙店
3
15.1.22
15.1.22賣買
長谷川義一
4
16.11.18
16.6.30賣買
町田うめ
5
33.3.31
31.4.13相續
町田聰
6
63.12.27
63.4.29相續
町田惟子
町田裕嗣
7
〃
63.12.12賣買
日晨企画(株)
8
平成
元.2.23
平成
元.2.16賣買
原告会社
(裁判長裁判官伊藤滋夫 裁判官矢﨑正彦 裁判官水谷正俊)