大判例

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東京高等裁判所 平成4年(ネ)2470号 判決 1995年11月16日

控訴人

山口俊明

右訴訟代理人弁護士

内田剛弘

羽柴駿

被控訴人

株式会社時事通信社

右代表者代表取締役

前田耕一

右訴訟代理人弁護士

小谷野三郎

鳥越溥

山嵜進

築地伸之

芳賀淳

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  訴訟の総費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対し昭和五五年一〇月三日付けでした控訴人をけん責する旨の処分が無効であることを確認する。

3  被控訴人は、控訴人に対し、金七四万七六三八円及びこれに対する昭和五六年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  仮執行宣言(3、4につき)

二  被控訴人

主文第一項同旨

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、補充するほかは、原判決事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決七枚目表八行目、同一五枚目表三行目及び同一八枚目表四行目の各「科学技術庁記者クラブ」をいずれも「科学技術記者クラブ」に改め、同八枚目表六行目の「被告会社」、の前に「昭和五五年当時の」を加える。)。

(控訴人)

一  本件時季変更権行使の違法性(抗弁に対する反論の補充)

1 年次有給休暇請求権の権利性

年次有給休暇請求権は、憲法二七条及び一三条に基づく基本的人権であり、また、ILOの条約、勧告においても二週間以上の長期継続の有給休暇を義務づける方向にあり、これが既に国際労働常識となっている。このような年次有給休暇を実効ある権利として保障するために、その期間や目的は、すべて労働者の自主的選択にゆだねられており、労働者の時季指定権に対し、使用者の承認という観念をいれる余地はない。特に、我が国においては、労働時間短縮が国際的緊急課題とされており、年次有給休暇も、夏期連続集中取得による消化促進が政府によっても指摘されている。

このような観点から時季変更権行使の要件を考えれば、休暇によって生じる通常の企業運営上の支障は使用者側で受忍すべきであり、それを理由に時季変更権を行使することは許されず、それが許されるのは、当該休暇が事業場全体の運営に通常とは異なる特別に重大な支障を生じると客観的に明白に認められる場合に限ると解すべきである。

2 本件における時季変更権行使の違法

(一) 時季変更権行使の適否の判断基準

前述した年次有給休暇請求権の実効的保障の観点からは、本件において、控訴人休暇中の代替記者を被控訴人の第一編集局社会部内で調達しうるかどうか、それにより科学技術記者クラブの記者としての職務遂行に欠けるところがないかどうかというような点を時季変更権行使の適否の判断基準とすることは、年次有給休暇制度の趣旨に反するものというべきである。

(二) 個別的争点の補足

(1) 被控訴人の企業規模

労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの。以下同じ。)三九条三項但書の事由の存否判断の対象となる事業場は、被控訴人の場合、その第一編集局全体とみるべきところ、第一編集局には当時三八七人が在籍し、うち社会部には四一人が在籍しており、これは、日本経済新聞社東京社会部の三九人を上回り、さらに、東京駐在者が少人数である地方紙の場合と比較すれば、被控訴人の企業規模は小さいとは到底いえない。なお、被控訴人は、日本経済新聞社や地方紙は通信社の配信記事を利用しているから、それとの規模の比較は失当であると指摘するが、逆に新聞社には通信社の扱わない分野(地方版、特集・企画記事等)があるから、いずれにしろ被控訴人の社会部が少人数であるとはいえない。

(2) 代替要員の確保

被控訴人の各部において、記者が病気や海外出張で長期欠勤する場合に、他部の記者が代替した実例は存在するし、仮に同じ部内で代替要員を確保する慣行があったとしても、それは絶対的、拘束的なものではない。そして、記者の取材分野は一応のめどに過ぎず、各部の記者が一応の担当部門(記者クラブ)を割り当てられていても、この割当てそのものが非常に流動的なもので、必然的な理由なしに行われ、ほとんどが一、二年で交代していくのが実情であって、同一部内であれば、他の記者が代わりに担当することは常に可能で、各部間でも人員の交流は常に行われており、科学技術記者クラブについても例外ではない。また、一つの部だけでは対応しきれないニュースがあるし、各部間で担当分野が重なり合うこともあり、各部間の協力は日常的にも必要とされている。

本件においても、控訴人の年次有給休暇期間の代替要員の確保のために部を超えた第一編集局全体で人員のやり繰りするという態勢をとることは十分可能であったのに、被控訴人はあえてこれをしなかった。本件は休暇取得による代替の問題であり、長期欠勤等の場合とは違うから、他部記者によるカバーがあることを前提に第一編集局全体の人員のやり繰りを考えるべきなのであり、仮に長期休暇が欠員と同視されるとしても、被控訴人の複数の部の記者が配置されている他の記者クラブの記者たちが部を超えて日常的にカバーしあっている事実に照らし、本件においても同様な配慮がなされるべきであった。

(3) 控訴人の専門記者性

控訴人は科学技術の専門記者として、特別の採用、養成、処遇を受けてきたものではないから、被控訴人は、その専門性の故に、控訴人に対し他の一般記者以上の専門能力や担当業務に対する専念を要求しうる立場にはない。被控訴人は控訴人を鉄川記者に一年間指導させて養成したかのような主張をするが、一緒に配置されていたのは半年間にすぎず、指導らしきものは受けていない。また、専門記者だから代替要員の確保が困難であるとして時季変更権行使を正当化しようとするのは、専門記者であるが故に一般記者以上の業務専念を要求することにほかならない。

控訴人は理工系には素人同然であったが、科学技術記者クラブ配属の始めから自らの工夫により記事を作成してきたのであり、記者であれば、だれでもこのような工夫が要請されるのであって、現に原発事故等の科学技術記事が社会部の他の記者により立派に作成されたこともあるから、控訴人の担当分野の専門性を理由に、その非代替性を強調するのは誤りである。また、科学技術分野について他の記者が一応の記事が書けるとしても、専門解説記事においては深みに欠けるとの指摘もあるが、「専門解説記事」も、要するに一般国民向けの解説記事であり、科学者向けの論文ではないから、どの記者でも書ける範囲内のものである。そして、仮にその記事が深みにおいて控訴人が書くものに劣るとしても、それは被控訴人が受忍すべきもので、控訴人に負担を強いるのは不当である。しかも、控訴人が昭和五三年に科学技術記者クラブに配属以来今日に至るまで、その専門解説記事を送稿したのは、原発事故関係では二件にすぎず、それを書く機会はめったにないのであり、仮にその必要が生じても、その性格上、速報性は要求されず、休暇を取得させても対応は可能なのである。

(4) 夏期の休暇取得

休暇、特に長期休暇を夏期に集中して取得することは、政府も奨励しているところであり、また、諸官庁、諸企業とも夏休みをとるのが通例であることから、記事とすべきもの自体が夏期は減少する。したがって、夏期における人員のやり繰りの困難を理由に休暇取得を制限するのは不当である。

(5) 事業への支障の蓋然性による判断

長期休暇については、事業への支障の予測が困難であるから、蓋然性をもとに判断するというのは、年次有給休暇請求権の実効的保障の目的からすると不当である。しかも、一箇月程度先のことについては、重大行事の予定、人員の配置、業務の繁閑などが十分に予測可能であるのが官公庁の通例であり、蓋然性で判断するしかないとする根拠自体が乏しい。

(6) 人員配置の不適正

人員配置は会社側の裁量にゆだねられているが、それだからこそ、その結果としての人員のやり繰りや代替要員確保の困難を労働者の年次有給休暇取得否定の根拠とすることはできない。

二  不当労働行為(再抗弁の補充)

1 被控訴人の労働者委員会敵視

当初、少数者組合として結成された時事通信労働組合は、昭和四七、八年ころから次第に被控訴人の経営陣との密着度を強め、組合執行部は、この方針に反発して賃金闘争委員会を組織して闘争を続けた同組合経済班を被控訴人と結託して攻撃した。これに対して、昭和五一年控訴人らにより新たに結成されたのが労働者委員会であり、経済班賃金闘争委員会のメンバーの大半は、この労働者委員会に所属した。被控訴人は、組合文書発送等の便宜供与、組合掲示板の貸与、組合事務所の提供等に関して、時事通信労働組合と労働者委員会とを差別して対処し、労働者委員会のメンバーに対する不当配転、団交に対する不誠実な対応、出版・報道などの業務妨害、裁判所への出廷・傍聴の妨害など、労働者委員会を徹底して敵視してきた。

2 控訴人に対する差別的処遇

控訴人は、結成当初から労働者委員会の代表幹事の一人として指導的役割を果たしてきたものであるが、納得しがたい理由で特派員であったモスクワから帰国させられた上、慣例によればもとの経済部に所属すべきところを所属部のない第一編集局勤務、次いで同局整理部にまわされ、不当労働行為等を理由とする裁判闘争のすえ、社会部へまわされ、ついに、平成四年九月九日付けで懲戒解雇されるに至った。これらは、控訴人に対する一貫した差別的処遇であり、被控訴人の労働者委員会に対する差別的人事の象徴である。

被控訴人は、ほぼ同時期の昭和五五年八、九月に長期の年次有給休暇をとった労働者委員会所属の梅本記者(休暇日数二一日)、長沼記者(同二二日)に対しては時季変更権を行使していないが、右に述べたように、控訴人は、特に被控訴人から嫌悪されていたため時季変更権を行使されたのであり、労働者委員会の他のメンバーの長期休暇に時季変更権が行使されていないからといって、控訴人に対する時季変更権行使が労働者委員会としての活動とは無関係であると判断することはできない。

3 結論

こうした事情を考慮すると、控訴人に対する本件懲戒処分が不当労働行為であることは明らかである。本件において控訴人に対する不利益処分の正当化理由は、不当労働行為意思と比較してさほどの重きがあったものではなく、むしろ不当労働行為意思の存在が決定的な要因となって本件不利益処分がされたものと認められるものであるから、不当労働行為の成立を認めるべきである。

(被控訴人)

一  本件時季変更権行使の適法性(控訴人の付加主張に対する反論)

1 年次有給休暇請求権の権利性について

年次有給休暇制度は憲法二七条に基づく権利であるが、その具体的内容は労働基準法により定まり、使用者は法定の労働時間の範囲内で就労を求めることができるのは当然であり、年次有給休暇も法の趣旨にのっとり付与すれば足りるのであって、ILOの条約、勧告は解釈上の指針となるものではない。また、控訴人は、時季変更権の行使は「当該休暇が事業場全体の運営に通常とは異なる特別に重大な支障を生じると客観的に明白に認められる場合」に限って許されると主張するが、これは著しく厳格で不合理な基準であり、不当である。仮に控訴人の主張するような厳格な基準によった場合、長期連続的な休暇請求に対しては、それが長期であればあるほど、使用者側の業務上の支障は大きくなるはずなのに、業務支障度の的確な予測が困難となるために、かえって時季変更権行使が制約されるという不合理な結果を招来することになる。

2 本件における時季変更権行使について

(一) 判断基準について

代替要員の確保の可否の問題は、時季変更権行使の適否判断の主要な基準であり、本件でもそれが具体的に検討されるべきである。

(二) 個別的争点について

(1) 被控訴人の企業規模

業務の実態からして、代替要員の確保の場は控訴人の所属する社会部であるから、第一編集局の人数や規模は本件において直接の問題とはならない。また、日本経済新聞社東京社会部や地方紙の場合は、その社会面記事の多くを通信社の配信記事に頼って成り立っているのであるから、被控訴人との比較は的外れである。

(2) 代替要員の確保

被控訴人において、長期欠勤等の場合における他部記者による代替の実例は存在しない。また、記者の取材分野の流動性とか部間人事交流、部間協力等の問題は、長期欠勤等について他部の記者が代替するかどうかの問題と、何のかかわりもないことである。同一部内であれば、他の記者が担当することが常に可能であるということは、科学技術庁担当記者、とりわけ原子力担当記者については当てはまらない。

(3) 控訴人の専門記者性

控訴人は科学技術の専門記者として採用されたものではないが、控訴人が専門記者としての能力を得たのは、前任者である鉄川記者の一年間の指導や被控訴人が長期にわたり原子力関係等を担当させてきたことによるのであり、被控訴人が控訴人を専門記者として養成したと言っても過言ではない。なお、被控訴人は控訴人が専門記者であるが故に控訴人に他の一般記者以上の担当業務専念を要求したことはない。

また、控訴人も科学技術記者クラブ加入当初からその担当分野の職責を全うしうる能力が備わっていたわけではなく、その専門性と科学技術庁単独配置にかんがみ、一年間の育成期間を設けているのであり、記者であればだれでも直ちに控訴人に代替しうるとはいえない。社会部の他の記者が原発事故の記事を出稿したことがあるといっても、その場合も事故原因の分析に関する記事や解説記事は控訴人以外からは出稿されていない。そして、専門解説記事は、専門的事柄を一般国民にも理解してもらえるように平易に解説するものであるから、これを書く記者には相当な力量が要求されるのであり、一般国民向けであるから容易であるというのは全くの認識不足である。なお、控訴人の専門解説記事出稿が二、三件だけであるというのは、事実に反しており、昭和五四年一月から昭和五五年七月までの間だけでも、数本はあるし、専門解説記事に速報性が要求されないというのも誤りである。

(4) 夏期の休暇取得

事件、事故は官公庁、企業の繁閑とは関係なしに生起するものであり、また、社会部記者の使命は官公庁の日常的動向を後追いするにとどまるものではないから、夏期における人員のやり繰りを考慮する必要があるのは当然である。

(5) その他

事業の運営に支障があるかどうかは支障が生じる蓋然性に基づき判断すべきである。また、被控訴人はどんなに人員のやり繰りが困難であり、代替要員の確保が困難であっても年次有給休暇を全く否定したことはなく、本件でも二週間を限度に控訴人の時季指定を認めているのである。

二  不当労働行為について(再抗弁への反論の補充)

被控訴人は適法に時季変更権を行使し、それにもかかわらず控訴人が無断欠勤したとの非違行為に関して、懲戒規程等の趣旨にのっとり、これを形式的に適用して本件懲戒処分をしたものであって、控訴人主張の不当労働行為とは全く無関係である。そもそも、控訴人主張のような不当労働行為は存在しない。

第三  証拠

証拠関係は、原審並びに当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  本案前の主張に対する判断

当裁判所も、本件けん責処分無効確認の訴えは確認の利益がなく却下すべきであるとの被控訴人の本案前の主張は失当であると判断するものであるが、その理由は原判決理由説示一項と同一であるから、これを引用する。

第二  本件けん責処分の違法性について

一  次の1ないし3の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

1  被控訴人はニュースの提供を主たる業務目的として東京本社を中心に全国約八〇箇所の支社、総局、支局を有し、海外にも多数の特派員を派遣している株式会社である。

控訴人は、昭和四二年三月に大阪外国語大学ロシア語科を卒業して、同年四月に被控訴人に入社し、大阪支社、本社第一編集局スポーツ部、同経済部に順次配属された後、モスクワ支局特派員勤務を経て、本社第一編集局社会部勤務の記者となり、昭和五三年四月から科学技術庁の科学技術記者クラブに所属していた。

2  控訴人は、昭和五五年当時、前年度の年次有給休暇の繰越日数二〇日を加えた四〇日の年次有給休暇日数を有していたので、同年六月二三日、関口実社会部長(以下「関口部長」という。)に対し、口頭で、同年八月二〇日ころから約一箇月くらいの有給休暇をとって欧州の原子力発電問題を取材したいとの申入れをし、同年六月三〇日同部長に、休暇及び欠勤届(同年八月二〇日から九月二〇日まで。ただし、所定の休日、時短休日をのぞいた年次有給休暇日数二四日)を提出した。

3  関口部長は、控訴人の右年次有給休暇の時季指定に対し、科学技術記者クラブの常駐記者は控訴人一人だけであって一箇月も専門記者が不在では取材報道に支障を来すおそれがあり、代替記者を配置する人員の余裕もないとの理由を挙げて、控訴人に二週間ずつ二回に分けて休暇をとってほしいと回答した上、同年七月一六日付けで八月二〇日から九月三日までの休暇は認めるが、九月四日から二〇日までの期間(ただし、控訴人が休暇の始期を遅らせたときは、九月四日からその遅らせた日数だけ後の日から二〇日までの期間)に属する勤務日については業務の正常な運営を妨げるものとして、時季変更権を行使した。しかし、控訴人は同年八月二二日から同年九月二〇日までの間、欧州の原子力発電問題を取材する旅行に出発して、その間の勤務に就かなかったので、被控訴人は同年一〇月三日に、時季変更権の行使された同年九月六日から二〇日までの勤務日一〇日間について、業務命令に反して就業しなかったとの理由で控訴人を懲戒処分としてのけん責処分に処し、同年一二月に支給した賞与について、この一〇日間の欠勤があることを理由として控訴人には四万七六三八円少なく支給した。

二  成立に争いのない甲第一一、第一六号証及び原審証人関口実の証言並びに弁論の全趣旨によれば、前記けん責処分は被控訴人の職員就業規則に基づく職員懲戒規程四条六号により、また前記賞与減額支給は被控訴人と労働者委員会等との団体交渉に基づく欠勤者に関する支給規定によってなされたことが認められる。

そして、右一の争いのない事実によると、本件けん責処分及び賞与減額支給の違法性の有無は、専ら控訴人の年次有給休暇時季指定に対して被控訴人がした時季変更権行使にその要件があったかどうかにかかることが明らかである。そこで、その判断の前提となる諸事情について、順次認定、判断する。

1  いずれも成立に争いのない乙第一五、第一六号証、第二二ないし第二四号証、甲第三〇号証、原審証人前田耕一の証言により真正に成立したと認められる乙第一号証の一、第二号証、原審証人関口実の証言により真正に成立したと認められる乙第八号証、原審証人安江良夫の証言により真正に成立したと認められる乙第一二号証の一、二、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第三五、第三六号証、第四五号証、原審証人前田耕一、同関口実、同安江良夫、同中村克の各証言並びに原審及び当審(第一回)における控訴人本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によれば、次の各事実が認められ、原審及び当審(第一回)における控訴人本人の供述中、この認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし、直ちに措信しがたく、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 被控訴人は、昭和二〇年一一月に創立されたニュースの提供を主たる業務目的とする通信社であり、昭和五五年六月当時の従業員総数は一二一七人であった。被控訴人は発足当初は、宮公庁、企業に対する専門ニュースサービスだけを行っており、昭和三九年から新聞、放送等のマスメディアに対する一般ニュースサービスも行うようになったが、昭和五五年当時においても一般ニュースサービスの比重は、収益にして一二ないし一四パーセント程度であり、これに従事する人員も同業の他社や他の大手新聞社に比較して少数であった。被控訴人本社においてニュース取材を担当する編集局は、昭和五五年八月当時、第一編集局(職員数三八七人)、第二編集局(職員数二五人)に分かれ、それがさらに一七箇部に分かれていた。

(二) 控訴人の所属する社会部は第一編集局に属し、昭和五五年八月当時の人員は四一人で、内勤が一〇人(部長一人、次長(デスク)四人、遊軍三人、デスク補助二人)で、その他の三一人が各記者クラブに所属する外勤であったが、被控訴人からの配置人員一人の記者クラブや一人がかけもちで配置される記者クラブもいくつかあった(なお、いくつかの記者クラブについては社会部と経済部その他の部とが競合して記者を配置していた。)。

このような単独配置、かけもち配置は、その繁忙度や重要性を考慮した結果であるが、被控訴人の社会部の人員上の制約のためやむなく行われていた面も否定しがたい。また、被控訴人の社会部にどの記者クラブにも所属しない遊軍記者三人を配置しえたのは、同年七月であり、その配置の目的は、どの記者クラブとも関連の薄い事件の取材、大事件の応援、デスク補佐等にあったが、他社においては、遊軍記者がクラブ記者の長期差し支えの場合の代替要員として使われることも、まれではなかった。

(三) 被控訴人の各部の外勤記者は各自記者クラブに所属し、その担当分野の取材活動を行い、その原稿は各部ごとに集約されるが、各記者や各部間の協力活動が奨励されており、また、被控訴人が複数の部の記者を配置している記者クラブにおいては、一つの部の記者に差し支えがあるときは、他の部の記者がそのカバーをすることが日常的に行われていた。しかし、長期欠勤や長期出張等で一箇月近くもクラブ記者が取材活動を行えないような場合に他の部の記者が代替した事例はなく、そのような長期代替はその記者の所属部において賄うのが慣例であった。

(四) 昭和五五年度の被控訴人の編集部門社員の年次有給休暇取得日数は平均9.2日であり、また、控訴人を除く被控訴人の社会部員の昭和五五年夏期(七月二〇日から九月三〇日まで)の休暇日数は平均11.7日、うち年次有給休暇取得日数は平均3.9日であった。なお、昭和五五年新聞協会調査の加盟各社社員の年次有給休暇取得日数(年間)は、従業員一〇〇〇人以上規模の編集部門で平均10.1日であった。

2  成立に争いのない乙第一〇号証、第一七号証、原審証人関口実の証言により真正に成立したと認められる乙第二五号証、原審証人関口実、同中村克の証言、原審及び当審(第一回)における控訴人本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 控訴人は前記のとおり昭和五五年八月当時、科学技術記者クラブに配置されていたが、同クラブ記者の担当分野は、科学技術庁、原子力委員会、原子力安全委員会の所管事項に対応して、原子力関係、エネルギー研究開発関係、宇宙開発関係、海洋資源開発関係、ライフサイエンス関係、防災科学関係等の多岐にわたり、なかでも、原子力関係が大きな比重を占めていた。昭和五四年三月にアメリカ合衆国スリーマイル島の原子力発電所の事故が発生し、それ以降、我が国の国民の間でも、原子力発電所及びその事故に対する関心が高まっていたが、控訴人は、原子力の安全規制関係全般をその担当分野とされ、原子炉関係の重大事故は、すべて取材対象とされていたため、実用発電用原子炉に事故が起こった場合の事故原因の技術的解説記事や安全規制問題についての解説記事は、控訴人の担当とされていた。

(二) 控訴人は、前記のとおり昭和五三年四月から科学技術記者クラブに常勤者として配属となったところ、昭和五四年三月までの約一年間は、同記者クラブに多年にわたり配属されていた鉄川喜一郎記者との複数配置であったが、そのころ同記者が退職して以降は、非常勤者の配属もなく、単独配置となった。

(三) 前記のとおり控訴人の担当職務は、科学技術の多方面にわたるところ、その取材活動にある程度の知識の蓄積が必要であり、控訴人も、その配置に至るまで、科学技術分野についての格別の知識、経験を有したわけではないが、昭和五五年八月当時にはそれまで担当した期間における取材や学習により、その担当分野につき相当の専門的知識、経験を有していた。

3  原審証言安江良夫の証言により真正に成立したと認められる乙第三一号証、原審証人長沼節夫、同梅本浩志、同安江良夫の各証言によれば、被控訴人の外勤記者で、年次有給休暇を含めて一箇月程度の海外旅行をした者は、過去にも数人いること、殊に、社会部の長沼節夫記者は控訴人とほぼ時期を同じくする昭和五五年八月二六日から同年九月二五日までの海外旅行を行い、そのために年次有給休暇を二二日取得しており、また、経済部の梅本浩志記者も同じ期間海外旅行を行い、そのために年次有給休暇二一日を取得していること、右両記者とも、その年次有給休暇時季指定につき、所属部の上司から、短縮ないし二分して取得するようにとの勧告を受けたが、これに従わなかったのにもかかわらず、被控訴人は右両記者に対して時季変更権を行使しなかったことが、それぞれ認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

4  控訴人の本件年次有給休暇時季指定は、欧州における原子力発電をめぐる状況の調査、視察をする取材旅行を目的としたものであり、出発予定の約二箇月前に口頭で予告され、さらにその一週間後に書面で時季指定されたのに対し、関口部長は、二週間ずつ二回にわけて取得するように勧告したが、控訴人がこれに従わなかったため、後半部分につき時季変更権を行使したものであることは、既に判示したとおりである。そして、成立に争いのない甲第一〇号証、第四二号証及び原審証人中村克、同安江良夫の各証言によれば、その後、控訴人の所属する労働組合である労働者委員会と被控訴人との間で右時季指定及びその変更権行使をめぐり団体交渉が二回行われたが、その中で被控訴人側は、控訴人の担当分野の専門性による代替要員確保の困難を強調したのに対し、労働者委員会側は、同委員会のメンバーで経済部のエネルギー記者会及び采女会(通産省担当の記者クラブ)所属記者に控訴人の代替をさせる案を提案したが、被控訴人は受け入れず、妥協点を見いだせないまま、控訴人は欧州取材旅行に出発したこと、控訴人は、その前日に関口部長に対して、被控訴人が憂慮する原子力発電所事故等の突発的大事件が発生した場合には旅行を切り上げて帰国する用意があるとして、その際の緊急連絡先として在外公館の電話番号を告げたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

5  原審証人関口実の証言により真正に成立したと認められる乙第一一号証の一、二、同証人の証言、原審における控訴人本人の供述によれば、控訴人が本件休暇による旅行中で勤務に就かなかった間は、同じ社会部に配置され、デスク補助で気象庁記者クラブにも所属していた田中里見記者が、控訴人の代わりに科学技術記者クラブをカバーしたこと、同記者はかつて同クラブの非常勤記者であったこと、田中記者は、右代替期間中、科学技術関連記事一五本を出稿していることが、それぞれ認められる。

三  右認定事実に基づいて、被控訴人の本件時季変更権の行使が労働基準法三九条三項ただし書所定の要件を具備しているか否かについて判断する。

年次有給休暇の権利は、労働基準法三九条一、二項の要件の充足により法律上当然に生じ、労働者がその有する年次有給休暇の日数の範囲内で始期と終期を特定して休暇の時季指定をしたときは、使用者が適法な時季変更権を行使しない限り、右の指定によって、年次有給休暇が成立して当該労働日における就労義務が消滅するものである。そして、同条の趣旨は、使用者に対し、できる限り労働者が指定した時季に休暇を取得することができるように、状況に応じた配慮をすることを要請しているものと解すべきであって、そのような配慮をせずに時季変更権を行使することは、右の趣旨に反するものといわなければならない。しかしながら、使用者が右のような配慮をしたとしても、代替勤務者を確保することが困難であるなどの客観的な事情があり、指定された時季に休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げるものと認められる場合には、使用者の時季変更権の行使が適法なものとして許容されるべきことは、同条三項ただし書の規定により明らかである。

労働者が長期かつ連続の年次有給休暇を取得しようとする場合においては、それが長期のものであればあるほど、事業の正常な運営に支障を来す蓋然性が高くなり、使用者の業務計画、他の労働者の休暇予定等との事前の調整を図る必要が生ずるのが通常である。しかも、使用者にとっては、労働者が時季指定をした時点において、事業活動の正常な運営の確保にかかわる諸般の事情について、これを正確に予測することは困難であり、当該労働者の休暇の取得がもたらす事業運営への支障の有無、程度につき、蓋然性に基づく判断をせざるを得ないことを考えると、労働者が、右の調整を経ることなく、その有する年次有給休暇の日数の範囲内で始期と終期を特定して長期かつ連続の年次有給休暇の時季指定をした場合には、これに対する使用者の時季変更権の行使については、使用者にある程度の裁量的判断の余地を認めざるを得ない。もとより、使用者の時季変更権の行使に関する右裁量的判断は、労働者の年次有給休暇の権利を保障している労働基準法三九条の趣旨に沿う、合理的なものでなければならないことはいうまでもない。

右の見地に立って、本件をみるのに、前記の事実関係によれば、次のことが明らかである。(1) 控訴人は被控訴人の本社第一編集局社会部の記者として科学技術記者クラブに単独配置されており、担当すべき分野は、多方面にわたる科学技術に関するものであり、原子力発電所の事故が発生した場合の事故原因や安全規制問題等についての技術的解説記事がその担当職務であって、その取材活動、記事の執筆には、ある程度の専門的知識が必要であり、控訴人も、昭和五五年八月当時には、右担当分野につき、相当の専門的知識、経験を有していたことから、社会部の中から控訴人の担当職務を支障なく代替し得る勤務者を見いだし、長期にわたってこれを確保することは相当に困難である。(2) 当時、被控訴人の社会部においては、外勤記者の記者クラブ単独配置、かけもち配置がかなり行われており、控訴人が右記者クラブに単独配置されていることは、異例の人員配置ではなく、これは、被控訴人が官公庁、企業に対する専門ニュースサービスを主体としているため、新聞、放送等のマスメディアに対する一般ニュースサービスのための取材を中心とする社会部に対する人員配置が若干手薄とならざるを得なかったとの企業経営上のやむを得ない理由によるものであり、年次有給休暇取得の観点のみから、控訴人の右単独配置を不適正なものと一概に断定することは適当ではない。(3) 控訴人が当初年次有給休暇の時季指定をした期間は昭和五五年八月二〇日から同年九月二〇日までという約一箇月の長期かつ連続したものであり、控訴人は、右休暇の時期及び期間について、被控訴人との十分な調整を経ないで本件休暇の時季指定を行った。(4) 被控訴人の関口社会部長は、控訴人の本件年次有給休暇の時季指定に対し、一箇月も専門記者が不在では取材報道に支障を来すおそれがあり、代替記者を配置する人員の余裕もないとの理由を挙げて、控訴人に対し、二週間ずつ二回に分けて休暇を取ってほしいと回答した上で、本件時季指定に係る同年八月二〇日(ただし、同月二二日に変更)から九月二〇日までの休暇のうち、後半部分の九月六日以降についてのみ時季変更権を行使しており、当時の状況の下で、控訴人の本件時季指定に対する相当の配慮をしている。

これらの諸点にかんがみると、昭和五五年七、八月当時の状況の下において、被控訴人が、控訴人に対し、本件時季指定どおりの長期にわたる年次有給休暇を与えることが「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するとして、その休暇の一部について本件時季変更権を行使したことは、その裁量的判断が、労働基準法三九条の趣旨に反する不合理なものであるとはいえず、同条三項ただし書所定の要件を充足するものというべきであるから、これを適法なものと解するのが相当である。

控訴人は、本件時季変更権の行使は違法であると縷々主張するが、いずれも独自の見解を前提とするものであって、採用することができない。

四  したがって、控訴人が指定した年次有給休暇のうち昭和五五年九月六日から同月二〇日のうち時短休日等を除く一〇日間について控訴人はなお就労義務を負っており、被控訴人から就労するよう業務命令を発せられていたにもかかわらずその間の勤務を欠いたものとなるから、控訴人は、被控訴人の職員懲戒規程四条六号所定の「職務上、上長の指示命令に違反したとき」に該当するものということができ、被控訴人がした本件けん責処分は正当であるということができる。また、原本の存在及び成立に争いのない乙第四号証によれば、被控訴人と労働者委員会との間において昭和五五年末賞与等について欠勤日数に応じて一日当たり支給額の一八〇分の一を減額するとの労働協約が締結されたことが認められるから、被控訴人がこれに従い、同年年末賞与支給に際して控訴人の賞与を四万七六三八円減額したことも正当なものということができる。

第三  不当労働行為の主張について

控訴人は、被控訴人がした本件有給休暇の請求に対する時季変更権の行使ひいては本件懲戒処分は、控訴人の労働者委員会代表幹事としての活動を理由とする不利益処分であって、不当労働行為として無効であると主張し、右時季変更権の行使等が不当労働行為であることを推認させる具体的事実として、被控訴人の本社廊下に縦一メートル、横2.5メートルの模造紙に「全社員へのアピール」と題する時事労組経済班(労働者委員会の前進母体)に対する攻撃文が張り出されたいわゆるアピール事件、時事労組経済班のメンバーの一員であった長沼節夫記者に対するアフリカ・ラゴス支局特派員時代の現地雇用員の着服横領を理由とする減俸一箇月の懲戒処分、労働者委員会のメンバーに対する数多くの不当配転、労働者委員会に対する一貫した団交拒否の姿勢、労働者委員会のメンバーに対する例えば昭和天皇・マッカーサー会談宮内庁文書という世紀の特ダネ報道の妨害、裁判証人出廷及び傍聴の妨害、労働者委員会のメンバーに対する賃金差別、さらには控訴人本人に対するモスクワ特派員からの帰国後の差別的待遇等を挙げる。

確かに、原本の存在及び成立に争いのない甲第五二号証の一ないし三、原審証人中村克、原審及び当審証人安江良夫の各証言、原審及び当審(第一、二回)における控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人の労働組合としては被控訴人の社員の大多数が所属する時事通信労働組合と極めて少数の社員が所属する労働者委員会があり、被控訴人と労働者委員会との間で各種紛争が生じていたこと、控訴人は労働者委員会の代表幹事の一人として指導的役割を果してきたものであることが認められる。

しかしながら、前示のとおり、本件有給休暇に対する時季変更権の行使は昭和五五年七月一六日付けまた本件懲戒処分は同年一〇月三日付けでされたものであるところ、控訴人の主張する右事由のうち、いわゆるアピール事件は本件処分より約五年前の昭和五〇年五月二八日に起こったもの、また、長沼節夫記者に対する減俸処分も同じく同年一二月二七日付けでされたものであり、さらに、昭和天皇・マッカーサー会談宮内庁文書の特ダネ報道の問題は本件処分より約九年後の平成元年一月ころに起こったものであるから、これらの事由はいずれも、本件時季変更権の行使あるいは本件懲戒処分が不当労働行為であることを推認させる事実としては時期的にかなり遠いものといわなければならない。のみならず、いずれも成立に争いのない甲第一六五号証の一、二(原本の存在も含む。)、乙第三〇号証の一ないし四、乙第四三号証の二及び四、乙第五二、五三号証(原本の存在も含む。)、当審証人安江良夫の証言により成立を認める乙第六一号証の一、二及び乙第九〇号証、弁論の全趣旨により成立を認める同第六二号証の一ないし九並びに同証人の証言及び控訴人の当審(第一、二回)における本人尋問の結果を総合すれば、控訴人が主張するいわゆるアピール事件は、被控訴人の社員の有志が、被控訴人の経済部の一部の社員で組織された経済班賃金闘争委員会のメンバーの暴力的言動及び職制への執拗なつるし上げ等により職場が著しい混乱に陥ったことを憂い、これらの行為を糾弾する目的で「全社員へのアピール」と題する書面を本社廊下に張り出したものであって、被控訴人が直接関与して起こったものではなく、右アピールが直接的に労働者委員会の前身母体である時事通信労組経済班を対象としたものでもないことが認められるのであり、また、長沼節夫記者に対する懲戒処分は、同人の過失により現地雇用員に社費を横領されたことを理由とする正当な処分であって、同人の組合活動を嫌悪してされたものではなく、同人はもともと右懲戒処分前には組合活動は行っていないものであること、いわゆる特ダネ報道妨害の件は、控訴人が特ダネであると主張する昭和天皇・マッカーサー会談宮内庁文書が既に昭和五〇年に産経新聞が大々的に報道していたため特ダネ記事として配信されなかったものであること、控訴人がいうところの不当配転の問題も、職制への昇格人事、海外特派員への異動等であってこれを命ぜられた当該本人から特段の異議も出されず、特に問題のある配転ではなかったことが認められる。その他団交については、昭和五三年四月一五日被控訴人と労働者委員会との間で団交に関する和解協定が成立し、爾来右両者間において昭和五三年二〇回、五四年一六回、五五年一五回、五六年一〇回とかなり頻繁に団交が行われ、昭和五五年当時被控訴人が労働者委員会に対して団交を拒否した事実はなかったこと、また、裁判出廷・傍聴の問題も特に労働者委員会のメンバーの組合活動を嫌悪してされたものではなく、賃金差別については控訴人の主張自体明確でなく実際に賃金差別が存在するかどうかは明らかでないことが認められる。

ところで、本件処分が行われた昭和五五年当時の被控訴人と労働者委員会との労使関係についてみると、前掲乙第九〇号証によれば、昭和五三年までは年間二〇回以上も発行されていた労働者委員会の機関紙「IMAGE」は、昭和五四年に一回発行されただけで、昭和五五年には一回も発行されておらず、また、被控訴人と労働者委員会との間の団交も前示のとおり昭和五五年及びその前後は年間一〇回以上とかなり頻繁に行われているのであり、したがって、本件処分が行われた昭和五五年当時、被控訴人と労働者委員会との間の労使関係はいわば安定期にはいっていて極めて平穏であり、その間に対立や特別な問題が存在したという事実はなく、被控訴人が特に労働者委員会を敵視したり、これに対して不当労働行為を働かなければならない状況にはなかったと認めることができる。

以上認定の諸事実に加えて、被控訴人が控訴人に対してした本件時季変更権の行使が労働基準法三九条の趣旨に反する不合理なものということができず、同条三項ただし書所定の要件を充足する適法なものであることは、前示のとおりであり、また、控訴人と同じ昭和五五年八、九月に休暇日数二一日及び二二日の年次有給休暇を請求した梅本記者及び長沼記者は、いずれも控訴人と同じ労働者委員会の活動家であったが、被控訴人はこれら両名の有給休暇の請求に対しては事業運営上格別の支障がないとして時季変更権を行使しなかったことをも含め本件に現れた諸事情を総合して勘案すれば、被控訴人が控訴人の本件有給休暇の請求に対して時季変更権を行使したことが不当労働行為に当たるということはできないものというべきである。

控訴人は、本件時季変更権の行使ひいては本件懲戒処分が不当労働行為に当たると縷々主張するが、いずれも事実に基づかないものであるか、あるいは独自の見解を前提とするものであって、採用することができない。

第四  結論

よって、控訴人の請求を棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宍戸達德 裁判官伊藤螢子 裁判官佃浩一)

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