東京高等裁判所 平成4年(ネ)2983号 判決 1993年3月30日
控訴人
浅井岩根
同
谷口敏美
控訴人谷口敏美訴訟代理人弁護士
浅井岩根
控訴人ら両名訴訟代理人弁護士
武井共夫
同
鈴木義仁
同
野々山宏
同
坂田均
同
小笠原伸児
同
上柳敏郎
他一〇九名
被控訴人
岩崎琢弥
同
副島忠雄
同
大橋朗慶
同
神崎泰雄
同
高尾吉郎
同
須田英壽
同
梅村正司
同
加藤正夫
同
幸眞佐男
同
曽我部安正
同
山下勉
同
髙塚慶一
同
白川祐司
同
森本恭平
同
城所孝至
同
鈴木紀弌
被控訴人ら一六名訴訟代理人弁護士
仁科康
同
藤井正夫
主文
原判決を取り消す。
本件を東京地方裁判所に差し戻す。
事実及び理由
一本件訴訟の経過
本件は、日興証券株式会社の株主である控訴人らが、同社の取締役である被控訴人らに対し、被控訴人らが同社の一部の顧客に対して行った損失補填等の行為が違法であると主張し、その行為によって同社が受けた損害の賠償として四七〇億七五〇〇万円を同社に連帯して支払うよう求めた株主の代表訴訟(商法二六七条)である。
ところで、訴えを提起するには、民事訴訟費用等に関する法律(平成四年法律第七二号による改正前のもの。以下「費用法」という。)三条一項及び別表第一の一の項に従い、訴訟の目的の価額に応じて算出して得た額の手数料を納めなければならない。控訴人らは、本件訴訟は財産権上の請求でない請求に係る訴えであり、財産権上の請求に係る訴えであるとしても訴訟の目的の価額が算定不能であるとして、訴訟の目的の価額を九五万円とし、費用法別表第一の一の項により算出した八二〇〇円を本件訴えの手数料として納付した。
これに対し、原審は、本件訴訟は財産権上の請求に係る訴えにほかならず、その訴訟の目的の価額は「訴えをもって主張する利益」により算定すべきであるところ、株主代表訴訟については、請求が認容された場合に会社が受ける利益すなわち請求金額そのものが「訴えをもって主張する利益」に当たると解するのが相当であるから、右請求金額に応じて費用法別表第一の一の項により本件訴えの手数料を算出すると二億三五三八万二六〇〇円になるとし、控訴人らに対し、控訴人らが納めた手数料八二〇〇円との差額二億三五三七万四四〇〇円を追加して納付するよう補正を命じた。しかし、控訴人らがこれに応じなかったため、判決をもって本件訴えを却下した。
控訴人らは、これを不服として本件控訴を申し立てた。
二当裁判所の判断
1 商法二六七条の定める株主代表訴訟は、会社が、取締役に対して責任追及の請求権を有し、かつ、株主から右責任追及の訴えの提起を請求されたにもかかわらず、訴えを提起しない場合に、株主が会社に代わって原告となり、取締役を被告として提起する訴訟である。
この訴訟は、債権者代位訴訟や取立訴訟と同様、訴訟の目的たる権利の帰属主体でない者に訴訟追行権を認めたいわゆる第三者の訴訟担当の一つであり、その確定判決は、会社に対して効力を有し(民訴法二〇一条二項)、それが請求を認容したものである場合には、会社は、それを債務名義として強制執行をすることができ(民事執行法二三条一項二号)、会社が請求金額に相当する利益を得ることになる。
そして、会社が株主の請求に応じて取締役の責任を追及する訴えを提起する場合には、その訴えをもって請求する金額に応じた手数料を納付しなければならないから、会社に代わって株主が訴えを提起する場合にも、通常の代位訴訟と同じように、右と同額の手数料を納付するべきであるというのは、一つの考え方である。
2 しかしながら、株主代表訴訟は、その実質的な機能ないし目的の面から考察すると、株主による取締役の行為の差止請求訴訟(商法二七二条)及び新株発行の差止請求訴訟(商法二八〇条の一〇)等と同様、株式会社の構成員である株主に認められた会社業務監督権能の行使であるということができる。すなわち、株主が会社に対し取締役に対する責任追及の訴えを提起することを請求しても、会社が役員間の馴れ合いなどからこれに応じないという株主と会社との対立を前提として、会社の怠慢により最も影響を受ける株主の利益をまもるために、株主自らが全株主を代表して取締役の経営責任を追及するものである。この意味において、この訴訟は、会社の取締役に対する請求権を個々の株主が行使する形式をとっているものの、実質的には、会社の利益を主眼とした会社のための訴訟ではなく、さりとて、専ら株主個々人の利益のみにかかわる訴訟でもなく、団体内部において、その構成員が自己の個人的利益に直接かかわらない資格で構成員全体の利益のために団体の機関の違法行為の是正を求めることを目的とする訴訟の一種であるとみるのが最もふさわしい。
金銭の支払を目的とする一般の債権者代位訴訟や取立訴訟においては、債権者は、被代位者に対する自らの債権額の範囲内においてしか、被代位者の債権を代位行使し、又は取り立てることが認められない反面、被代位債権の取立によって直接債権者の債権の満足を得ることが実際上可能であるのに対し、株主代表訴訟の場合には、一定の要件を満たす株主であれば、請求できる金額に制限はないが、勝訴しても、当該株主が直接受ける利益はなく、会社に損害賠償が支払われることによって間接的に全株主の一員としてその利益に与るにすぎず、しかも、その利益は配当や株価の上昇等の面で必ずしも具体化するとは限らないものである。
3 以上のような株主代表訴訟の性格やその実質的機能にかんがみると、この訴訟が会社の請求権を行使する代位訴訟の側面を有しているからといって、そのことから直ちに、勝訴判決によって会社が受ける利益をもって「訴えをもって主張する利益」と解するのは相当ではなく、「訴えをもって主張する利益」は、勝訴判決により会社に損害賠償が支払われることによって原告である株主を含む全株主が受ける利益をいうものと解するのが相当である。そして、このような全株主が受ける利益は、会社が直接受ける利益とは同一ではあり得ず、その価額を具体的に算定する客観的、合理的基準を見出すことも極めて困難であるから、結局、費用法四条二項に準じて九五万円とするのが相当である。
4 ところで、右のように解すると、手数料が低額となり、株主代表訴訟が濫用されるおそれが高くなるとの意見がある。たしかに、一般的には、民事訴訟の提起に手数料の納付を義務づける制度の目的の一つが濫訴を防止することにあることは否定できないけれども、株主代表訴訟の濫用の防止については、手数料納付の制度のみによって達成されるべきものではなく、現に他の手段(商法二六七条四項の担保提供の制度など)が法定されているところであり、他にも効果的な濫訴対策が立法論として考慮されるべきである。
しかし、他方、株主代表訴訟の訴額を請求金額であると解すると、本件がまさにそうであるように、現在のような経済情勢下にあっては取締役に対する損害賠償の請求額が高額になることは少なくないから、訴え提起の手数料が高額となり(例えば、一億円の損害賠償を請求する場合の手数料は五〇万七六〇〇円、一〇億円の損害賠償を請求する場合の手数料は五〇〇万七六〇〇円である。)しかも、この訴訟で株主が勝訴しても弁護士報酬を会社に請求できる以外に直接利益を受けるわけではないことに照らすと、正当な権利行使としての提訴をも抑制する方向に強く働く結果となり、この訴訟の存在意義を失わせることになりかねない(なお、会社の整理及び会社更生の手続における取締役の責任に基づく損害賠償請求権の査定の制度(商法三八六条一項八号、非訟事件手続法一三五条の五〇ないし五二、会社更生法七二条ないし七六条)では、株主代表訴訟とは手続が異なるものの、手数料を必要としないで役員の損害賠償責任の有無・程度について裁判所の判断を受けることが可能となっている。)。この点について、請求金額をもって訴額としても、一部請求をすることによって株主の訴え提起は妨げられないとの見解があるけれども、一部請求の場合にはその請求額によって審理の対象が限定されたり、残額につき時効中断の効力が及ばなかったりするため、株主の保護に十分であるとはいい難い。
したがって、株主代表訴訟の濫用のおそれがあることは、この訴えの訴額を決定するについて十分な現実的論拠とはなり得ない。
5 以上によると、本件訴訟の訴額は九五万円であり、費用法別表第一の一の項に従って算定した八二〇〇円の手数料は納付されているから、本件訴訟につき手数料納付の不足はないというべきである。
三よって、原判決を取り消し、本件を東京地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官佐藤繁 裁判官岩井俊 裁判官坂井満)