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東京高等裁判所 平成4年(ネ)3398号 判決 1994年2月24日

控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)

大賀不動産株式会社

右代表者代表取締役

大賀伊之松

右訴訟代理人弁護士

深道辰雄

控訴人補助参加人

株式会社片山組

右代表者代表取締役

星野明夫

右訴訟代理人弁護士

竹下甫

被控訴人・附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)

加藤都蓉子

主文

一  原判決中被控訴人の請求を金三六六万四二〇〇円及びこれに対する平成二年四月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を超えて認容した部分を取り消し、右部分についての被控訴人の請求を棄却する。

二  控訴人のその余の控訴を棄却する。

三  被控訴人の附帯控訴及び当審における請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、第二審を通じて、これを三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

五  第一審判決中被控訴人勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

三  附帯控訴の趣旨

1  原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。

2  控訴人は、被控訴人に対し、金二三四六万八〇〇〇円(一審における請求額一一三四万三五三〇円を当審において三〇四三万三〇〇〇円に拡張したのでこの金額から一審認容額を控除した金額である。)及びこれに対する平成二年四月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  附帯控訴費用は第一、第二審とも控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被控訴人は、昭和五四年三月二九日、控訴人から、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を代金七〇〇万円で買い受けた(以下「本件売買契約」という。)。

2  被控訴人は、本件建物を買い受けた後、これを第三者に賃貸したが、賃貸人がいずれも短期間で転出してしまうので、理由を調べたところ、本件建物内の湿気と異臭が強く、生活に適しないためであることが分かった。そして、その湿気と異臭の原因について、平成元年四月一三日、控訴人及び控訴人補助参加人(以下「補助参加人」という。)の各担当者と被控訴人が立会いの上調査した結果、その原因は、本件建物内の浴室入口左隅にあるパイプシャフト内に配管されている共用排水立て管(一階から一〇階までの各戸の便所の糞尿、汚水、台所、洗面所、浴室の雑排水を一緒に排出するための管(以下「本件排水管」という。)の上部に接続された伸頂通気管(以下「本件通気管」という。))の先端が、本件建物の天井裏で開口し、そこから本件排水管内を通過する汚水の湿気と異臭が流出し、本件建物内に及んでいたためであることが判明した。

本件通気管の先端は、そこから本件排水管内を通過する汚水から出る湿気と異臭が流出するので、本来、屋上又は建物外壁の外の大気中に開口する構造をとるべきものであるところ、このような構造となっておらず、本件建物の天井裏で開口しているという状態(以下このような状態を「本件瑕疵」という。)にあった。

3  ところで、本件売買契約は新築マンションを目的としたものであって、同契約には売主である控訴人は買主である被控訴人に対し瑕疵のない建物を引き渡す旨の合意(以下「本件合意」という。)が存していたものである。したがって、本件建物に本件瑕疵があったことは、控訴人が本件合意に基づいて被控訴人に対して負った債務の不履行であるというべきである。

仮に本件合意がなかったとしても、本件建物を含む一〇階建ての一棟の建物であるパラスト品川は、控訴人が分譲販売する目的で補助参加人に請け負わせて建築したものであるところ、控訴人は、被控訴人に対し本件建物を売り渡すまでの間に、本件瑕疵の有無を調査してこれを発見し、補助参加人等に対し本件瑕疵の修補をさせ、瑕疵のない完全な建物とすることが可能であったのであり、また、本件瑕疵を修補しないまま被控訴人に売り渡すときには、本件通気管から臭気及び湿気が流出し、これらが本件建物及び本件建物内の家具等に損傷を与え、また、その居住者に不快感を与える等をし、ひいては本件建物を他に賃貸すること等を困難ないしは不可能となる事態に立ち至ることを予見することができたのであるから、本件建物の注文者であり、かつ、売主である控訴人は、信義則に基づき、被控訴人に対し、本件瑕疵を修補したうえで本件建物を引き渡すべき債務を負っていたものというべきである。

したがって、控訴人が被控訴人に対し本件瑕疵のある本件建物を引き渡したことは、債務不履行(以下「本件債務不履行」という。)に当たるものというべきであるから、控訴人は被控訴人に対し、本件瑕疵によって被控訴人が被った損害を賠償すべき責任があるものというべきである。

4  本件債務不履行により、被控訴人が被った損害は、次のとおりである。

(一) 売却差損 一八〇〇万円

本件建物は、平成三年には三二〇〇万円であったが、平成四年には一四〇〇万円に値下りした。平成三年に売却していれば、三二〇〇万円を得られたのに、本件瑕疵のために転売の機会を失し、値下りにより、その差額相当の損害を生じた。

(二) 逸失賃料 六九七万円

本件通気管の先端から流出する湿気と異臭により本件建物は昭和六三年一〇月以降賃貸不能となったので、平成元年一月一日から本訴の終了が予想される平成七年一二月末日までの月額八万五〇〇〇円の賃料相当額の内金六九七万円

(三) 本件建物の瑕疵の修補費用、本件建物内装・家財道具等の湿気によって生じたカビによる損傷の修繕項目及びその費用

二四六万三〇〇〇円

右修繕項目及びその費用は、別紙「御見積書」記載のとおりであり、その合計は、二四六万三〇〇〇円である。

(四) 慰藉料(弁護士費用も含む)

三〇〇万円

5  よって、被控訴人は控訴人に対し、右合計三〇四三万三〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成二年四月一八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

請求原因1の事実は認める。同2の事実中、平成元年四月一三日の調査の結果、本件通気管の先端が開口していることが判明したこと、本件建物に本件瑕疵が存在することは認めるが、その余は争う。同3は争う。同4の事実中(三)(修理費)は認めるが、その余は争う。

三  抗弁

本件建物内の浴室にはトイレが併設され、隣接する食堂との間には扉が設けられ、換気扇も設けられていた。ところが、本件瑕疵が発見された平成元年四月一三日には、既に、浴室と食堂との間の扉は撤去されており、本件建物内の食堂や和室の壁全体にカビがはえていた。浴室やトイレには湿気や臭気が生ずるのは当然のことであって、本件建物の使用者が浴室の扉を閉じ、換気扇を常識的に使用してさえいれば、湿気や臭気は外気中に排出され、仮に浴室の天井裏の本件通気管の先端開口部から湿気や異臭が流出したとしても、本件建物内での生活に支障を生ずる程の被害は生じなかった筈である。右湿気や異臭が浴室のみならず、食堂や和室まで流れ込み、生活に支障を生じたとすれば、浴室と食堂との間の扉を撤去し、浴室に備えられていた換気扇の適切な使用をしなかった等の本件建物の使用方法にむしろ原因があると考えられるのであって、その責任をすべて売主に帰するべきではないから、大幅な過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否争う。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2の事実中、本件建物には、本件通気管の先端が本件建物の天井裏で開口したままの状態であるという本件瑕疵が存在することは、当事者間に争いがなく、原審における被控訴人本人尋問の結果、当審における検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件瑕疵は本件売買契約が締結された当時から存在していたものであり、本件通気管先端の開口部からは、本件排水管内を通過する汚水の湿気と異臭が流出し、本件建物内に流入していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

三 成立に争いのない甲第一号証、原審における証人岡崎正の証言によりその成立が認められる甲第七号証及び弁論の全趣旨によれば、本件売買契約は新築マンションを目的としたものであり、同契約には、売主である控訴人が買主である被控訴人に対し、瑕疵のない建物を引き渡す旨の合意(本件合意)が存在していたことが認められ、したがって、本件建物に本件瑕疵があったことは、控訴人の被控訴人に対する債務の不履行であるというべきであるから、控訴人は被控訴人に対し、本件瑕疵によって被控訴人が被った損害を賠償すべき責任があるものというべきである。

四  そこで、本件債務不履行により被控訴人が被った損害について判断する。

1  原審における被控訴人本人尋問の結果、当審における検証の結果及び弁論の全趣旨によると、本件通気管先端の開口部から流出した湿気が、本件建物の内装、建具、家具等にカビを生じさせる等の損傷を加えたことを認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。

2(一)  売却差額について

いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一四号証の一及び三並びに甲第一五号証の一及び二によると、ダイヤ建設株式会社が平成三年九月二四日本件建物の価格を二七六〇万円と査定したこと、被控訴人は、同日、本件建物について、城南リハウス株式会社とダイヤ建設株式会社と媒介価額を三二〇〇万円とする媒介契約をそれぞれ締結したこと、また、オークラヤ住宅株式会社が平成四年一〇月一五日本件建物の価格を一四〇〇万円と査定したことが認められる。しかしながら、本件全証拠をもってしても、平成三年九月当時本件建物が媒介価額である三二〇〇万円で売却できる蓋然性があったことも、平成三年九月と平成四年一〇月との本件建物についての価格の差が、本件瑕疵の存在によって生じたものであることを認めるに足りないから、被控訴人の売却差額に係る損害の主張は、到底採用することができない。

(二)  逸失賃料について

被控訴人は、平成七年一二月末日まで本件建物の賃貸が不能であると主張する。

原審における証人岡崎正及び同鈴木裕之の各証言、被控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、平成元年四月一三日、控訴人及び補助参加人の各担当者と被控訴人とが立ち会い、本件建物を調査した結果、本件瑕疵が判明するに至ったものであるが、控訴人及び補助参加人は、本件瑕疵の判明後直ちに、本件通気管を延長してその先端開口部を建物外壁の外に出す工事及び湿気等により損傷した本件建物の内装の修復工事をする旨を被控訴人に申し出たところ、被控訴人は、前記のような瑕疵のある工事をした補助参加人に対する強い不信感を抱くに至り、また、本件通気管の延長部分を本件建物の西側バルコニーに出すか、北側バルコニーに出すか等修補の方法について、控訴人及び補助参加人と異なる見解をもっていたため、補助参加人が本件瑕疵についての修補工事等をすることを拒否し、控訴人から賠償金の支払を得て、自ら選定する他の業者に工事をさせる旨主張し、その賠償金の額についても控訴人側と意見が対立するに至ったため、結局修補工事は行われないまま放置され、被控訴人が本件建物を他に賃貸して賃料収入を取得することができないままでいることが認められる。

ところで、瑕疵ある建物の買主が当該瑕疵の存在及び内容を知るに至ったのみでなく、その修補が客観的に可能である場合においては、買主は、売主に対し、右瑕疵から生じる損害を可能な限り防止すべき信義則上の義務を負うものというべきであるから、右瑕疵を知った後の合理的期間内に、右瑕疵を修補するために、工事請負人を選定し、これと修補契約を締結して修理を終え、右建物を使用収益することが可能な状態におくことを要するものというべきであり、かかる措置を講ずることなく、右合理的期間を徒に経過し、そのため建物を使用収益することができなくなって、損害が継続するか又は拡大したとしても、かかる損害の賠償を売主に対して請求することはできないものと解すべきである。そして、この理は、買主が、売主と賠償額について合意ができず、その支払を受けることができないのみでなく、自らの資力が十分でないため瑕疵の修補をすることができない場合であっても、異なるものではないと解すべきである。けだし、右のような場合、買主は、売主を相手方として、賠償額の仮払いを求める仮処分の申立てをし、これを取得したうえ、前示のような措置を講ずることができるのであるから、右のような救済方法を求めることなく、損害の継続又は拡大するのを拱手傍観していたからといって、かかる損害を売主の債務の不履行と相当因果関係があるものと解することはできないからである。

本件において、成立に争いのない丙第二号証によれば、本件瑕疵の修補工事に必要な期間は、予備日を二日とみても、七日あれば足りることが認められ、この期間に、右工事の請負業者として適当な者を選定し、選定した業者との契約の交渉をし、工事内容を確定する等に要する期間を加え、更に右工事の完成後に、本件建物の内装及び家具等の修理若しくは取り替え等に要する期間、本件建物の賃借人を募集し、入居者を決定して、現実に賃料を取得できるようになるまでに要する期間等を合わせ考慮しても、被控訴人が本件瑕疵により本件建物を賃貸することができなかったとみるべき合理的期間としては、本件瑕疵が発見された平成元年四月一三日から約一年間後の平成二年三月末日までとするのが相当と認められる。

したがって、被控訴人が本件瑕疵のために取得することができなかった賃料の額は、平成元年一月一日から平成二年三月末日まで一五か月間、一か月八万五〇〇〇円の割合による合計一二七万五〇〇〇円というべきであり、これが本件瑕疵と相当因果関係のある損害というべきであるが、右を超える期間に係る被控訴人の損害の主張は、採用することができない。

(三)  修理費用について

本件建物の瑕疵の修補費用、湿気によってカビが生じこれにより損傷を受けた本件建物の内装、建具、家財道具等についての修繕項目及びそれに要する費用が別紙「御見積書」記載のとおりであり、その合計が二四六万三〇〇〇円であることは、当事者間に争いがない。

(四)  慰藉料(弁護士費用を含む)について

弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、本件建物に居住していたものでないことが明らかであるから、被控訴人が本件通気管の先端の開口部から流出した湿気と臭気により、直接不快感若しくは精神的苦痛を被ったものとは認められない。また、被控訴人が、右湿気によりその所有にかかる本件建物の内装、建具、家財道具等につき損害を受け、本件建物の賃料を取得することができなかった等の財産上の損害を受け、これにより精神的苦痛を受けたとしても、右財産上の損害につき賠償をえたときには、右精神的損害も回復されるものというべきであるから、被控訴人の慰藉料請求は理由がないものというべきである。

また、本件記録によれば、被控訴人は、第一審において当初弁護士村山利夫に対し本件訴訟の追行を委任したが、同弁護士は第一審の途中で辞任し、その後弁護士伊藤まゆに対し本件訴訟の追行を委任したが、本件訴訟が当審に係属中に同弁護士との委任契約を解除し、その後は、自ら本件訴訟を追行していることが認められる。しかしながら、本件全証拠をもってしても、被控訴人が右両弁護士に対し、手数料、報酬等を支払ったこと又はその支払を約したことを認めることはできないし、また、仮に、右手数料又は報酬が支払われ若しくは支払が約されたとしても、それが本件債務不履行と相当因果関係のある損害であるとはいえないものというべきである。

3  そうすると、本件瑕疵により被控訴人が被った損害は、2(一)の逸失賃料相当額一二七万五〇〇〇円と同(二)の修理費用相当額二四六万三〇〇〇円の合計三七三万八〇〇〇円となる。

五  抗弁事実について

原審における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は、昭和六三年ころ、本件建物内の浴室と食堂との間に当初設けられていた扉を撤去したこと、また、浴室には換気扇が設けられていたことが認められる。被控訴人の被った前記損害が、浴室天井裏の本件通気管先端から流出した湿気と臭気の本件建物内への流入によって生じたことに照らすと、右損害は、被控訴人のした右扉の撤去によって拡大したこと、浴室の換気扇を適切に使用していれば、損害はより少なかったであろうことが推認できるところ、前示のように、本件瑕疵、したがってまた右の湿気や臭気がどこから来ているのかということは、前示のように平成元年四月一三日までは不明であったことも考え合わせると、被控訴人側の過失割合は、一割とするのが相当である。そうすると、控訴人が負担すべき損害賠償額は、逸失賃料相当額一二七万五〇〇〇円と修理費用相当額二四六万三〇〇〇円の合計三七三万八〇〇〇円から一割を減じた三六六万四二〇〇円となる。

六  以上説示したとおりであるから、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、債務不履行に基づく損害賠償として、金三六六万四二〇〇円及びこれに対する損害発生の後であり本件訴状が控訴人に送達された日の翌日である平成二年四月一八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による金員の支払を求める限度において理由があるが、その余は失当というべきである。そうすると、(一)原判決中控訴人敗訴の部分のうち右三六六万四二〇〇円及びこれに対する平成二年四月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を超えて被控訴人の請求を認容した部分は相当でないから、控訴人の本件控訴に基づき、これを取り消し、右部分に係る被控訴人の請求を棄却し、控訴人のその余の本件控訴は理由がないからこれを棄却し、(二)被控訴人の本件附帯控訴及び当審において拡張した請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、(三)訴訟費用は、民事訴訟法九六条、九二条により、第一、第二審を通じて、これを三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とすることとし、(四)仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官柴田保幸 裁判官長野益三 裁判官伊藤紘基)

別紙物件目録

所在 東京都品川区北品川三丁目一九四番地一七

建物の名称 パラスト品川

構造 鉄筋コンクリート陸屋根式一〇階建

部屋番号 一〇階一〇〇一号室

床面積 約20.9平方メートル

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