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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)191号 判決 1994年2月03日

名古屋市中区栄1丁目31番41号

原告

大井建興株式会社

代表者代表取締役

大井友次

訴訟代理人弁護士

富岡健一

瀬古賢二

同弁理士

石田喜樹

名古屋市中村区名駅南4丁目10番18号

松興ビル

被告

株式会社総合駐車場コンサルタント

代表者代表取締役

堀田正俊

訴訟代理人弁護士

大場正成

鈴木修

同弁理士

足立勉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和60年審判第22138号事件について平成4年7月23日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「自走式立体駐車場」とする発明の特許権者である(昭和51年4月13日出願、同60年9月27日設定登録、特許第1283044号、以下「本件特許」ないし「本件特許権」という。)ところ、被告は、本件特許権の設定登録を無効とする旨の審判を請求した。特許庁は、この請求を昭和60年審判第22138号事件として審理した結果、平成4年7月23日、本件特許を無効とする、との審決をした。

2  本件発明の要旨

「ほぼ矩形に旋回することにより一周で一階分の高さを昇降して複数層の各階へ連続状に通じる走行用通路を左右に一対対向して設け、その一方を上り走行用、他方を下り走行用にするとともに、該一対の通路の一部を各層において重合させ、且つこれらの走行用通路の片側又は両側に駐車区画を設けて成る立体駐車場において、前記重合部を勾配を有する傾斜路に、重合部に対向する通路を平坦な通路又は駐車可能な緩勾配を有する傾斜路に、前記重合部と直角に連なる左右の相対向する二辺の通路を駐車可能な緩勾配を有する傾斜路とし、該重合部と直角に連なり緩勾配を有する傾斜路の少なくとも内側と、前記重合部に対向する通路の外側とに、通路と同一面で連なり且つ通路に対し車両を直交状に駐車可能な複数の駐車区画を設けたことを特徴とする自走式立体駐車場。」(別紙図面1参照)

3  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書写し理由欄記載のとおりである。

4  審決の取消事由

審決の理由ⅠないしⅢは認める。同Ⅳのうち、別紙審決書写し6頁6、7行目の「システム:中央部で直線傾斜路により連結された連続傾斜床式、自走式」との記載、同7頁11行目「重合部に対向する通路を平坦な通路に、」との記載、同8頁16行ないし19行「重合部に対向する・・・4%と言える。」との記載、同9頁16、17行目「重合部に・・・傾斜路に、」との記載及び同10頁2、3行目「通路に対し・・・設けた」との記載はいずれも争うが、その余は認める。同Ⅴのうち、審決摘示の各相違点が存在することは認めるが、これらの相違点以外において一致するとした点、各相違点に対する判断及び作用効果についての判断は争う。同Ⅵは争う。審決は、引用例(Dietric Klose著「Parkhauser und Tiefgaragen、Metropolitan Parking Structures」Arthur Niggli AG発行Teufen AR、Schweiz  1965、168、169頁、審決甲第18号証)の認定を誤り、本件発明と引用発明とが、「重合部に対向する通路の構成」において一致すると誤認して、相違点を看過し、また、各相違点に対する判断を誤るとともに、本件発明の顕著な作用効果を看過して、本件発明の進歩性を否定したものであるから、違法であり、取消しを免れない。

(1)  一致点の誤認(取消事由1)

審決は、引用例には、「重合部に対向する通路」部分を「平坦な通路又は駐車可能な緩勾配を有する傾斜路」とする構成が開示されていると認定し、この点において本件発明の「重合部に対向する通路」の構成と一致すると判断しているが、以下に述べるように誤りである。すなわち、審決は、引用例168頁に「システム:中央部で直線傾斜路により連結された連続傾斜床式、自走式」との記載がある旨認定しているところ、この部分に対応する原文は「SyStem:Continuous ramps、connected by straight ramps in the center.Driver parking」である。ところで、審決が認定した「傾斜床」に対応する原語は「ramped floors」であり、「傾斜床」とは傾斜路そのものを引き伸ばして駐車区画と一体化させた構造の駐車場を意味するものである。これに対して「ramp」は「傾斜路」を意味し、「床」の概念は含まれていないから、上記原文は、「システム:中央部で直線傾斜路により連結された連続傾斜路、自走式」と翻訳すべきものである。そして、その意味は、「傾斜路」(斜路)が平坦な駐車場と別体に設置された車両専用の走行路を意味することからすると、前記の「Continuous ramps」とは、「傾斜路」(ramps)を連続的(continuous)に設けることを意味するものであって、引用例の前記文章は、「中央部で直線傾斜路により連結されることによって複数層の各階へ走行通路が連続状に通じる形式のもの」を称して連続傾斜路式といっているものである。ところで、引用例の駐車場は「傾斜床方式」の実際の施工例である以上、引用例168頁記載の概念図と合わせて考察せざるを得ず、してみると、中央の重合部に連なる左右の長い通路は傾斜路で4%の勾配を有することが理解でき、「重合部と対向する通路」については平坦な通路であると推測できるのである。逆に、「重合部と対向する通路」が勾配を有するとする根拠はどこにもないのである。したがって、審決がいうように走行用通路と駐車区画が一体となった「傾斜床」を連続状に設けることを意味するものではない。このように、引用例は「重合部と対向する通路」を平坦とすることは理解できても、「平坦であるか、又は、4%の緩勾配のいずれかである」と判断できる根拠はどこにもないといわざるを得ないから審決の認定は誤っているといわざるを得ない。

そうすると、本件発明における「重合部と対向する通路の勾配」の構成が引用例に開示されているとし、この点を両発明の一致点とした審決の認定は誤りである。

(2)  相違点1の判断の誤り(取消事由2)

審決は、「重合部に対して連なる通路を如何なる角度で設けるか」は、「当業者が必要に応じて容易になし得た設計変更と認められる」とするが、誤りである。すなわち、当該重合部に対し通路を如何なる角度で設けるかという問題は、敷地の有効利用の観点からみた高い駐車効率の達成という要請と、他方、利用者の立場からする良好な走行性や安全性といった前記の高い駐車効率の達成の要請と相容れない互いに矛盾する要請をいかにして調和させるかという駐車場の性格を決定する駐車場設計の根本的な問題であり、単なる設計上の問題とは質的に異なる問題である。本件発明は、重合部に左右に連なる通路を直角に構成し、その通路の内側に、通路と同一面で連なり、且つ、通路に対して車両を直交状に駐車可能な複数の駐車区画を設けることにより、通路内側の無駄なスペースを無くし、駐車効率のよい駐車場を提供することを可能としたものである。また、重合部に連なる通路を重合部と直角に設けたことにより、このコーナーにおけるハンドルの切り方がスムーズに行えるようにして、運転フィーリングが良く、安全走行が期待できるのである。このように上記の矛盾する要請を同時に実現した本件発明の相違点<1>に係る構成は、当業者が容易になし得る設計変更とは到底いえないから、審決の判断は誤っている。

(3)  相違点2の判断の誤り(取消事由3)

審決は、「通路に対して駐車区画をどのような角度で設けるかは任意に選定できるものである」から、本件発明の駐車区画の構成は「当業者が必要に応じて当然なし得た程度の設計変更にすぎない」とするが、駐車区画の構成は、相違点<1>と同様に矛盾する要請の調和を図ることが必要な駐車場設計の根本的な問題であり、本件発明においては、利用者の立場から相違点<2>に係る構成を選択したものであり、この結果、ドライバーが斜め駐車による目の錯覚に陥ることなく走行路を真っ直ぐに走行することができ、良好な運転フィーリングと安全走行が可能となるものであるから、単なる設計上の問題とは質的に異なる問題である。したがって、審決のこの点に関する判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因に対する認否

請求の原因1ないし3は認める。審決の認定判断は正当である。

2  反論

(1)  取消事由1について

原告は、審決が「Continuous ramps」とある部分を「連続傾斜床」としたのは誤りであり、「連続傾斜路」とすべきであるとする。しかし、以下に述べるとおり、審決の重合部に対向する通路の構成に関する認定に誤りはない。すなわち、引用例では、タイトルで「Ramped Floor」(傾斜床)とし、また、「Slope of ramps」の項で「4 percent、on the ramped floor」という言い方をしており、「ramp」は「傾斜した」あるいは「傾斜した部分」といった程度の意味であることは明らかであり、これを「路」と限定して解釈しなければならない理由はない。また、「floor」は「床」であり、引用例のタイトルが前記のように「Ramped Floor」であることからも明らかなように、「floor」を駐車区画に限定して解釈する根拠もない。「床」が傾斜したものである以上、これを構成する「通路」も「駐車区画」も傾斜していることは明らかである。上記の「4 percent、on the ramped floor」(傾斜床では4%)という傾斜路の勾配に関する記載からすると、傾斜した通路も駐車区画も4%の勾配をもつことは明らかである。仮に、原告主張のとおり「Continuous ramps」が「連続傾斜路」を意味するものであるとしても、「直線傾斜路により連結された連続傾斜路式」との意味である以上、重合部以外の通路を「傾斜路」とした開示のあることは明らかであるから、審決の認定に誤りがあるとすることはできない。

(2)  取消事由2について

通路と通路が交わる角度は敷地の形状等により必要に応じて任意に選択するものであることは当然であり、しかも、直角に交わらせるというのは、通路の接合形態として最も常識的なものであり、第1に検討される接合形態に他ならない。したがって、重合部とこれに連なる通路とを直角に設けることを当業者が容易になし得る設計変更であるとした審決の認定に誤りはない。

(3)  取消事由3について

通路に対して駐車区画を設けるに際し、まず、第1に思いつく角度は直角である。現に、殆どの駐車場において駐車区画が通路に直角に設けられていることは、日常の経験から誰もが良く知っている事実である。このような通路に対する駐車区画の角度を規定したところで、意味のあるはずもない。したがって、本件審決が通路に対して駐車区画を直交状に設けることを当業者が必要に応じて当然なし得た程度の設計変更であるとしたことは、極めて正しい認定である。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。

2  本件発明の概要

成立に争いのない甲第2号証(本件発明の出願公告公報)によれば、本件発明の概要は以下のとおりと認められる。

本件発明は、複数層の各階が駐車区画を備えた一対の走行用通路によって連通される形式の自走式立体駐車場に関する発明であり、従来、この種の自走式立体駐車場は、水平面に設置された各階の駐車区画を走行用通路によって連通させた立体駐車場を左右に一対対向して設け、走行用通路の一部を重合し、この重合部分に直角に連なる相対向する2辺の通路を傾斜路としたものであった。このような立体駐車場においては、傾斜路の勾配が急であるため、上り下りの際の運転フィーリングが悪い上、急勾配の通路に駐車することも不可能であるという問題点を有していた。

本件発明は、上記問題点の解決を課題として、前記要旨記載の構成を採択したものであり、これにより、重合部と直角に連なる緩勾配を有する傾斜路の少なくとも内側及び重合部と対向する通路の外側に、通路と同一面で連なり、かつ、通路に対し車両を直交状に駐車可能な複数の駐車区画を設けることを特徴としたものである。

3  取消事由について

(1)  取消事由1について

原告は、審決の引用例に関する認定のうち、別紙審決書き写し6頁6、7行目の「システム:中央部で直線傾斜路により連結された連続傾斜床式、自走式」、同7頁11行目「重合部に対向する通路を平坦な通路に、」、同8頁16行ないし19行目「重合部に対向する・・・4%と言える。」、9頁16、17行目「重合部に・・・傾斜路に」及び10頁2、3行「通路に対し・・・設けた」との各記載部分を争い、その余の認定は認めるので、まず、原告において認定を争う上記部分のうち、引用例の駐車場における重合部に対向する通路部分の勾配の有無について検討する。

成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例は、アメリカ合衆国インディアナ州ハモンドにあるミイナス(Minas)百貨店の駐車場に関する記載であり、同部分には、上記駐車場の設計者、構造、駐車能力等に関する説明的記載部分と上記駐車場のごく簡略な見取図(審決はこの図面を「概念図」と称している。)が記載されており、上記の見取図自体には何らの説明も付されていないことが認められる。ところで、上記の記載中、原告において審決の認定を争う箇所には、「System:Continuous ramps、connected by straight ramps in the center.Driver parking」と記載されていることが認められるところ、「ramp」が一般に傾斜路を意味することは明らかである(「ramp」がかかる意味を有することは当事者間に争いはない。)ことからすると、上記下線部分の意味は、複数ある傾斜路が切れ目なく連続していることを意味するものと解される。そして、前掲甲第3号証によれば、上記原文に続いて「Slope of ramps;4 percent、on the ramped floors、10 per cent.on the connecting ramps」と記載されていることが認められるところ、「Slope of ramps」は、前記の「Continuous ramps」、すなわち、駐車場内に複数ある傾斜路の勾配を意味することは明らかであり、その勾配は、傾斜床(「the ramped floors」)上にある傾斜路は4パーセント、連結傾斜路(「the connecting ramps」、これが、前記の「straight ramps in the center」すなわち、中央部にある「直線傾斜路」を指すことは前記記載から明らかである。)上は10パーセントであることを意味していることは明らかなところである。

以上からすると、確かに審決のように「Continuous ramps」を「連続傾斜床式」と認定することは必ずしも適切とはいい難く、この点は原告が指摘するように「連続傾斜路」とした方が適切であるといえなくもない。しかしながら、引用例の前記説明的記載部分をみても、傾斜床上にある前記傾斜路が、傾斜床の勾配と異なる勾配で設けられたものであることを示唆する記載はないし、前記の見取図を見てもこれを示唆する何らの記載も見いだすことはできない。そうすると、傾斜床上の傾斜路の勾配は、結局、傾斜床の勾配と一致するものと解することができ、この意味からすると、前記の「Continuous ramps」を「連続傾斜床式」と認定したことを直ちに誤りであるとすることはできない。このことは、引用例の「General arrangement」の欄に、要旨、百貨店の客を利用者とする駐車場建設の目的は、敷地の最大利用ではなく、特に女性客にとっての良好な走行及び駐車のし易さであるとの記載があることが認められ、この記載からすると、走行路の傾斜が緩やかであることは、走行の容易性の観点からみて重要な要素であることは明らかであって、かかる観点からすると、傾斜路を傾斜床上に設けることによって所定の駐車区画に昇るための勾配を緩和することが可能となることは明らかというべきである。そうすると、前記駐車場は、特に女性客にとっての走行及び駐車のし易さを設計の重要な留意点としたものであることを考慮すると、前記のとおり傾斜床とは別体にあえて平坦な通路部分を設けることは、走行路の勾配を緩和して女性客にとって走行のし易さを追求した引用例の駐車場としては必ずしも合理的とはいえないのであって、このことは、前記の「System:Continuous ramps」を審決のように「傾斜床式」と認定したこととも整合するものであるから、審決の前記認定を誤りとすることはできない。

原告は、前記のように「傾斜路式」と認定すべきものであり、前記の原文の意味するところは、「中央部で直線傾斜路により連結されることによって複数層の各階へ走行通路が連続状に通じる形式のもの」等と主張するが、この主張においては、「straight ramps」が「直線傾斜路」とされるのに対し、「Continuous ramps」は単に「走行通路」とされていて、「ramps」を修飾することの明らかな「Continuous」及び前記のとおり「傾斜路」を表す「ramp」の語義が無視されている点において相当ではなく、また、引用例の駐車場において傾斜路と傾斜床を別体の構造としたことを示唆する記載がみられないことは前記説示のとおりであるから原告の上記主張は採用できないといわざるを得ない。なお、原告の援用する甲第5号証には、本件発明でいう重合部に対向する通路部分を水平にした構造の駐車場が従来の一般的な傾斜床式の駐車場であるとして記載されていることが認められるが、引用例の前記記載は現実に存在した具体的な駐車場に関する記載であるから、かかる一般的な従来例の記載をもって前記認定を左右することはできないというべきである。

なお、前記の見取図において、重合部と対向する通路部分が平坦をなしているとの点は、原告の自認するところであるが、同図は既に説示したとおり、何らの説明も付されていない見取図であってその厳密さに疑問の余地があることは図面自体の記載に照らして明らかであるし、また、図示自体からも前記部分が平坦であると明確に断定することはできないから、引用例の説明的記載部分に基づく前記の認定を左右するには足りないというべきである。

そうすると、審決の一致点の認定に誤りはないから、取消事由1は採用できない。

(2)  取消事由2について

原告は、重合部の左右に連なる通路を重合部に対して直角とした本件発明の構成を当業者が適宜なし得る設計事項であるとした審決の判断は誤っていると主張するので、以下検討する。

本件発明のような立体駐車場を設計するに当たり、与えられた駐車場敷地の形状を前提としながら、立体駐車場内における安全な走行と駐車効率の調和の観点から走行路、駐車区画等の設計が行われることは成立に争いのない甲第4号証(昭和42年2月10日鹿島出版会発行、金原正他著「駐車場の計画と設計」)に立体駐車場の設計に関して、「上層階に駐車階が設置されている場合には、交通の動線とその流れについて十分に配慮をしておかなければならない。特に多層階にわたる場合は危険度が増大する可能性があり、注意を要する。」(99頁6行ないし8行)、「敷地がこの形状に適している場合には、最も効果的な敷地利用率を得ることができる。」(103頁下から5、4行)等の記載があることに照らして明らかであり、前掲甲第4号証の出版時期に照らすと、かかる事項は本件発明の出願前に当業者に周知の技術的事項であったものというべきである。

そうすると、かかる周知の技術的事項に照らすと、重合部の左右に連なる通路を重合部に対していかなる角度で設計するかという問題も、前記のような与えられた敷地の形状、走行時の安全性、駐車効率等の諸要素を総合的に勘案して決せられる事項であって、その意味で前記の周知の技術的事項に基づいて決定されるべき問題というべきである。そして、本件発明において採用された角度もそれ自体格別なものと評することは困難であり、原告においても、かかる角度の選択にいかなる困難性が存するのかについては何ら具体的な主張はしていないのである。そうすると、審決がこの点を適宜なし得る設計事項であるとした判断を誤りとすることはできないというべきである。

(3)  取消事由3について

原告は、通路に対して車両を直交状に駐車可能とした本件発明の駐車区画の構成は、当業者が必要に応じて当然なし得た程度の設計変更にすぎないとした審決の認定判断は誤りであると主張するので、以下この点について検討する。

前項に説示したように、立体駐車場を設計するに当たり、与えられた駐車場敷地の形状を前提としながら、立体駐車場内における安全な走行可能性と駐車効率の調和の観点から走行路、駐車区画等の設計が行われることは周知の技術的事項であるから、駐車区画の構成もこれらの諸要素を総合的に勘案して適宜決せられる事項というべきである。そして、本件発明において採用された直交状なる構成もそれ自体何ら格別なものと評することは困難であり、原告においても、かかる駐車区画の構成にいかなる困難性が存するのかについては何ら具体的な主張はしていないのである。そうすると、審決がこの点を適宜なし得る設計事項であるとした判断を誤りとすることはできないというべきである。以上の次第であるから、取消事由はいずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。

4  よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濱崎浩一 裁判官 田中信義)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

昭和60年審 判第22138号

審決

名古屋市中村区名駅南4丁目10番18号

請求人 株式会社 総合駐車場 コンサルタント

名古屋市中区錦二丁目9番27号

名古屋繊維ビル

代理人弁理士 足立勉

名古屋市中区栄1丁目31番41号

被請求人 大井建興 株式会社

名古屋市東区葵三丁目24番2号

第5オーシヤンビル 石田国際特許事務所

代理人弁理士 石田喜樹

名古屋市東区葵三丁目24番2号

第5オーシヤンビル 石田国際特許事務所

代理人弁理士 斉藤純子

上記当事者間の特許第1283044号発明「自走式立体駐車場」の特許無効審判事件についてされた平成2年3月1日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消しの判決(平成2年(行ケ)第110号、平成2年11月29日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。

結論

特許第1283044号発明の特許は、これを無効とする。

審判費用は被請求人の負担とする。

理由

Ⅰ.本件特許第1283044号発明(以下、「本件特許発明」という。)は、昭和51年4月13日に出願され、昭和60年9月27日に特許権の設定の登録がされたもので、本件特許発明の要旨は、出願公告時の明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「ほぼ矩形に旋回することにより一周で一階分の高さを昇降して複数層の各階へ連続状に通じる走行用通路を左右に一対対向して設け、その一方を上り走行用、他方を下り走行用にするとともに、該一対の通路の一部を各層において重合させ、且つこれらの走行用通路の片側又は両側に駐車区画を設けて成る立体駐車場において、前記重合部を勾配を有する傾斜路に、重合部に対向する通路を平坦な通路又は駐車可能な緩勾配を有する傾斜路に、前記重合部と直角に連なる左右の相対向する二辺の通路を駐車可能な緩勾配を有する傾斜路とし、該重合部と直角に連なり緩勾配を有する傾斜路の少なくとも内側と、前記重合部に対向する通路の外側とに、通路と同一面で連なり且つ通路に対し車両を直交状に駐車可能な複数の駐車区画を設けたことを特徴とする自走式立体駐車場。」

Ⅱ.これに対して、請求人は、「本件特許を無効とする」との審決を求め、その理由の一つとして、本件特許発明は、その特許出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明と同一であるか、又は、同発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は無効とされるべきものであると主張し、証拠方法として甲第2号証、甲第12号証、甲第18号証、甲第11号証を提出している。

Ⅲ.一方、被請求人は、前記甲各号証に記載された発明は本件特許発明の構成を開示するとは認められず、又、上記証拠に基づき当業者が容易に発明可能であるとも認められない旨主張するとともに、本件特許発明は、重合部、重合部に対向する通路、重合部に連なる通路の異なる構成要素を勾配を付して組み合わせたことに特徴を有し、特許性がある旨答弁し、この裏付けとして乙第3号証を提出している。

Ⅳ.そこで、甲第18号証(Dietric Klose著、「Parkhauser und Tiefgaragen、Metropolitan Parking Structures」 Arthur Niggli AG 発行 Teufen AR、Schweiz 1965、168、169頁)について検討する。

なお、同号証は、請求人の提出した甲第19号証(名古屋大学付属図書館の「図書管理通知書」及び同図書館の「図書カード」の写し)により、本件特許出願前に日本国内において頒布された刊行物であることは明らかである。

同号証168、169頁には、傾斜床(Ramped floors)式の立体駐車場の一例が示されている。そして、168頁右上欄には、この型式の概略を表わす概念図が示され、さらに、168、169頁に亘って、この型式の実際の応用例である「米国、ハーモンドのMinas百貨店の駐車場」について記述されている。

168頁の概念図には、本件特許の出願公告時の図面の第1図(本発明の立体車置き場における通路の斜視図)とほぼ同様な内容の図が示されている。そして、168頁のMinas百貨店の駐車場の説明においては、その中央の欄に、「計画目的は敷地の最大利用ではなく、女性買物客にとって特別に魅力のある良好な走行性とやさしい駐車にあった。傾斜床は各階において建物中央部近くで短い直線傾斜路で連結されている。通行方式は一方通行である。」と記載され、さらに、168頁左欄には駐車場の概要として、

システム:中央部で直線傾斜路により連結された連続傾斜床式、自走式

傾斜路の勾配:傾斜床では4%、連結傾斜路では10%

收容:70°駐車では562台、直角駐車では600台

階層:屋上駐車を含み4層駐車

と記載されている。また、同頁右欄には「駐車場の計画は、敷地の不規則な形状により制約を受けている。」旨記載され、169頁左欄には、Minas百貨店の駐車場の1、断面図、2、基準階平面図、3、1階平面図が上から順に示されている。

そこで、上記記載事実に基づいて同号証の内容を更に詳細に検討する。

傾斜床式駐車場は、傾斜床に走行用通路と駐車区画を設ける型式の自走式駐車場であることは明らかであるので、概念図には、

「ほぼ矩形に旋回することにより一周で一階分の高さを昇降して複数層の各階へ連続状に通じる走行用通路を左右に一対対向して設け、その一方を上り走行用、他方を下り走行用にするとともに、該一対の通路の一部を各層において重合させ、且つこれらの走行用通路に駐車区画を設けて成る立体駐車場において、前記重合部を勾配を有する傾斜路に、重合部に対向する通路を平坦な通路に、前記重合部に連なる左右の相対向する二辺の通路を傾斜路とした自走式立体駐車場」

が概略的に示されていることは明らかである。

また、基準階の平面図には、概念図、Minas百貨店駐車場に関する前記の記載及び断面図の記載を考慮すると、、破線、点線が上り又は下りの走行用通路を示し、駐車場中央部における両通路が重なる部分即ち重合部は、連結用の直線傾斜路であることが示されている。そして、重合部に連なる左右の相対向する二辺の通路の内側及び外側、及び、重合部に対向する通路の外側には、複数の駐車区画が設けられていることが示されている。

つぎに、通路の勾配について検討する。

Minas百貨店駐車場においては、前記した如く傾斜床の勾配は4%、連結直線傾斜路の勾配は10%と記載されている。この記載から重合部は10%の勾配の直線傾斜路であることが理解できる。また、傾斜床が重合部に連なる左右の相対向する二辺の通路を構成していることは、概念図及び断面図の記載から明らかであり、傾斜床の4%という勾配は駐車可能な緩勾配であるので、重合部に連なる左右の相対向する二辺の通路は駐車可能な緩勾配を有する傾斜路であると理解できる。

さらに、重合部に対向する通路の勾配については、概念図によれば平坦であると推測でき、また、システムの項の連続傾斜床式なる記載によれば、この部分の勾配は4%と言える。してみると、重合部に対向する通路の勾配については具体的に特定した記載はないが、平坦であるか、又は、4%の緩勾配の何れかであると判断できる。

また、傾斜床式の駐車場においては、傾斜床に走行用通路と駐車区画を設けるものであるので、通路と駐車区画が同一面で連なるように構成されていることは明らかである。

以上の検討事項を総合的に判断すると、甲第18号証には、

「ほぼ矩形に旋回することにより一周で一階分の高さを昇降して複数層の各階へ連続状に通じる走行用通路を左右に一対対向して設け、その一方を上り走行用、他方を下り走行用にするとともに、該一対の通路の一部を各層において重合させ、且つこれらの走行用通路の片側又は両側に駐車区画を設けて成る立体駐車場において、前記重合部を勾配を有する傾斜路に、重合部に対向する通路を平坦な通路又は駐車可能な緩勾配を有する傾斜路に、前記重合部に連なる左右の相対向する二辺の通路を駐車可能な緩勾配を有する傾斜路とし、該重合部に連なり緩勾配を有する傾斜路の少なくとも内側と、前記重合部に対向する通路の外側とに、通路と同一面で連なり且つ通路に対し車両を直交状に駐車可能な複数の駐車区画を設けた自走式立体駐車場。」

が実質的に記載されていると認められる。

なお、被請求人は、重合部以外の通路に関しては「螺旋状に連続した傾斜路」と解釈するに止まり、どのような構成になっているのか不明確である旨主張している。しかし、前記したように、重合部は10%の勾配の傾斜路、重合部に連なる通路は4%の勾配の傾斜路、重合部に対向する通路は平坦又は4%の勾配の傾斜路であると理解できるので、被請求人の主張はあたらない。

さらに、被請求人は、基準階の平面図には、上昇下降専用通路の左側にも別の通路と駐車スペースが現われ、この構成があることからして同駐車場は本件特許発明の構成と相違するのが明らかである旨主張しているが、この点は、168頁右欄に「駐車場の計画は、土地の不規則な形状により制約されている」と記載されているように、不規則な形状の敷地において、収容台数を大きくするため駐車スペースを増設するのに、左側部分に駐車区画と通路を付け足したものと理解できる。従って別異の構成であるという被請求人の主張は採用できない。

Ⅴ.そこで、本件特許発明と甲第18号証に記載  発明とを対比すると、次の点でのみ相違し、その余では一致する。

1、重合部に左右に連なる通路を、本件特許発明では「直角に連なる通路」としたのに対し、甲第18号証の発明においては、角度が明確にされていない点

2、通路に対し駐車区画を設けるのに、本件特許発明では「通路に対し車両を直交状に駐車可能な駐車区画」としたのに対し、甲第18号証の発明では、直角駐車では600台収容との記載はあるものの、平面図においては駐車区画が通路に対   角よりも小さな角度で示されている点

つぎに上記相違点について検討する。

1、相違点1について、

重合部に対して連なる通路を如何る角度で設けるかは、敷地の状況、駐車場の形態、平面計画等により決定される設計的事項であり、本件特許発明の如く、重合部に対して直角に連なるように通路を設けることは、当業者が必要に応じて容易になし得た程度の設計変更と認められる。

2、相違点2について、

通路に対して駐車区画をどのような角度で設けるかは、駐車台数、駐車の容易さ、及び、通路の広さ等の条件に応じて、任意に選定できるものであるので、本件特許発明の如く「通路に対し車両を直交状に駐車可能な駐車区画」とすることは、当業者が必要に応じて当然なし得た程度の設計変更にすぎない。

つぎに、本件特許発明の奏する作用効果について検討する。

甲第18号証の発明においても、傾斜路は4%の緩勾配であり、また、重合部は10%の勾配の傾斜路となっているので、比較的小さなスペースにおいて緩やかな勾配で昇降することが可能であり、狭少な敷地においても設置でき、また、通路の殆んどの傾斜は緩勾配となるので、運転フィーリングが良く、走行路の安全性に優れているという作用効果を奏するものである。従って、本件特許発明の奏する作用、効果も、甲第18号証の発明に基づき当業者が容易に予測しうるものと認められる。

以上のとおりであるので、本件特許発明は、甲第18号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

Ⅵ.したがって、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第1号に該当する。

よって、結論のとおり審決する。

平成4年7月23日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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