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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)202号 判決 1995年2月02日

神奈川県川崎市幸区堀川町72番地

原告

株式会社 東芝

同代表者代表取締役

佐藤文夫

同訴訟代理人弁理士

大胡典夫

竹花喜久男

杉光一成

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

小林秀美

飛鳥井春雄

今野朗

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成3年審判第5705号事件について平成4年7月31日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「大規模集積回路装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、昭和58年5月24日特許出願(特願昭58-91002号)をしたところ、平成3年1月16日、拒絶査定がなされたので、同年3月22日、審判請求をした。

特許庁は、上記請求を平成3年審判第5705号事件として審理し、平成4年7月31日、「本件審判の請求は成り立たない」との審決をし、同審決の謄本は、同年9月7日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項記載のとおり)

一つのチップで形成された半導体基体と、この半導体基体内にそれぞれ独立して形成されると共に、それぞれ複数のボンディングパッド相当用パッドを有し、かつすでに機能が確認されている集積回路のその機能を遂行するのに必要とする複数のチップ相当領域と、前記チップの表面の絶縁膜上に積層形成され、複数の前記チップ相当領域のボンディングパッド相当用パッド間を選択的につなぎかつ前記ボンディングパッド相当用パッドと前記半導体基体のボンディングパッド間を選択的につなぐ多層構造の配線層とを具備したことを特徴とする大規模集積回路装置。」(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりと認める。

(2)  引用例の記載

<1> 実願昭55-98161号(実開昭57-22242号公報)のマイクロフィルム(昭和57年2月4日特許庁発行、以下「引用例1」という。)には、半導体ウエハ上に複数個の機能ブロックを形成し、この各機能ブロック上にボンディング用のマイクロパッドを形成し、各機能ブロック間をこのマイクロパッドによりワイヤを介して電気的に結合してなる半導体装置が記載されている。そして、同引用例には、半導体ウエハ上に配設されて外部リードに接続されるボンディングパッドと、上記マイクロパッドともワイヤで結ばれている旨(同マイクロフィルムの明細書3頁3行、4行)、及び種々の結線が半導体ウエハ上で容易に行えるために、ユーザの所望するシステムがすみやかに構成でき、システムの変更が従来マスクパターンを変更することにより行っていたことで相当の開発時間を要したが、この考案では、ワイヤリングを変更することで容易に行える旨(同マイクロフィルムの明細書3頁5行ないし14行)が記載されている。また、上記半導体装置には各機能ブロックがそれぞれ独立して形成されていることが、同引用例の第2図に開示されている(別紙図面2参照)。

<2> また、特開昭54-84984号公報(昭和54年7月6日出願公開、以下「引用例2」という。)には、基板上に複数個の半導体集積回路チップを密接せしめて配置し、この上に絶縁膜を堆積し、該絶縁膜の上に配線を施し、該配線を多層配線構造とした半導体集積回路が記載されている(別紙図面3参照)。そして、同引用例には、集積回路全体の面積を使用チップ面積の総計より殆ど多くならないようにすることを目的の一つとする旨(同公報2頁右下欄11行ないし13行)も記載されている。

(3)<1>  対比

引用例1の「半導体ウエハ」、「マイクロパッド」は、それぞれ本願発明の「半導体基体」、「ボンディングパッド相当用パッド」に相当し、引用例1の「機能ブロック」は、システム変更が配線の変更で容易に行える利点を有しているのでその機能がすでに確認されていることは明白であるとともに、ボンディングパッド相当用パッドを有しているから、本願発明の「チップ相当領域」に相当し、また、引用例1の「半導体装置」は複数の機能ブロックからなり、所望のシステムを構成しているので、本願発明の「大規模集積回路」に相当している。

よって、両者は、「一つのチップで形成された半導体基体と、この半導体基体内にそれぞれ独立して形成されると共に、それぞれ複数のボンディングパッド相当用パッドを有し、かつすでに機能が確認されている複数のチップ相当領域と、チップ上の、複数のチップ相当領域のボンディングパッド相当用パッド間を選択的につなぎかつボンディングパッド相当用パッドと半導体基体のボンディングパッド間を選択的につなぐ配線とを具備した集積回路装置」という基本的な構成において共通しているが、本願発明はチップ上の配線を、チップの表面の絶縁膜上に積層形成された多層配線構造の配線層で構成しているのに対して、引用例1は、ワイヤによる配線である点で一応相違している。

<2>  相違点の検討

引用例1の集積回路装置において、半導体基体上の配線をワイヤによる配線に代え、他の配線手段を用いることは当業者であれば適宜なし得るところであり、半導体基体表面上に絶縁膜を介して多層配線構造を形成することは集積回路装置の配線技術として一般的であることを考慮すれば、チップ面積を小さくするなどのために引用例2の配線技術を用いることは当業者であれば容易になし得ることにすぎない。

してみれば、上記相違点は、引用例1のボンディングパッド相当用パッド間及びボンディングパッド相当用パッドと半導体基体のボンディングパッド間をつなぐ配線に、引用例2の配線技術を単に適用したにすぎず、その効果も格別のものでない。

(4)  以上のとおりであるから、本願発明は引用例1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることはできないものである。

4  審決の理由の認否

審決の理由の要点中、(1)(本願発明の要旨)、(2)(引用例の記載)、(3)<2>(対比)のうち、引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。)の「半導体ウエハ」が本願発明の「半導体基体」に相当すること、及び、相違点は認め、その余は争う。

5  審決を取り消すべき事由

(1)  一致点の誤認及び相違点の看過(取消事由1)

<1> 引用発明1の「マイクロパッド」は、各機能ブロック間をワイヤボンディングするために必要なパッドであり、実際にワイヤボンディングされるものである。これに対して、本願発明の「ボンディングパッド相当用パッド」はボンディングに供されるものではない。

<2> 引用発明1の「機能ブロック」は、システムを構成する集積回路の中の特定の機能を果たす部分を抽出した半完成状態の回路にすぎず、本願発明のように、現実に製造、使用されることにより機能が確認された既存の集積回路、すなわちボンディングに供さないボンディングパッド相当用パッドがあることで象徴されるようにすでに機能が確認された集積回路を意味するものではないから、その機能がすでに確認されているものではない。

すなわち、本願発明の各チップ相当領域は、半導体基体に形成する以前にすでにチップとして機能が確認されているものである。これに対して、引用発明1の各機能ブロックはボンディングワイヤのワイヤリング後すなわち集積回路の組立て後に実際の機能が確認されることになる。一歩譲っても、引用発明1の各機能ブロックは、開発製造の最終のワイヤリングの直前工程で機能が確認されるに至るものである。

したがって、引用発明1の「機能ブロック」は、評価がすんでいないものであって、本願発明のボンディングに供さないボンディングパッド相当用パッドを有し、すでに機能が確認されている集積回路の「チップ相当領域」とは異なるものである。

以上のとおり、本願発明の「チップ相当領域」は評価ずみ(評価ずみの意味については、甲第7、第8号証参照。)であるが、引用発明1の「機能ブロック」は評価がすんでいないから、本願発明の「チップ相当領域」に相当しない。

<3> 引用発明1の「半導体装置」は、一つの半導体チップ内の「機能ブロック」間をワイヤ結線するものであるがゆえに、数mm角というような小面積に数万素子以上の素子を形成するような大規模集積回路に適用されるものとはいい難く、発明の本質からいっても本願発明の「大規模集積回路装置」とは異なるものである。

<4> したがって、審決の、引用例1の「マイクロパッド」は、本願発明の「ボンディングパッド相当用パッド」に相当し、引用例1の「機能ブロック」は、システム変更が配線の変更で容易に行える利点を有しているのでその機能がすでに確認されていることは明白であるとともに、ボンディングパッド相当用パッドを有しているから、本願発明の「チップ相当領域」に相当し、また、引用例1の「半導体装置」は複数の機能ブロックからなり、所望のシステムを構成しているので、本願発明の「大規模集積回路」に相当しているとの認定は誤りであるから、審決の、両者は、「一つのチップで形成された半導体基体と、この半導体基体内にそれぞれ独立して形成されると共に、それぞれ複数のボンディングパッド相当用パッドを有し、かつすでに機能が確認されている複数のチップ相当領域と、チップ上の、複数のチップ相当領域のボンディングパッド相当用パッド間を選択的につなぎかつボンディングパッド相当用パッドと半導体基体のボンディングパッド間を選択的につなぐ配線とを具備した集積回路装置」という基本的な構成において共通しているとの認定もまた誤りである。

(2)  相違点についての判断の誤り(取消事由2)

審決の、引用例1の集積回路装置において、半導体基体上の配線をワイヤによる配線に代え、他の配線手段を用いることは当業者であれば適宜なし得るところであり、半導体基体表面上に絶縁膜を介して多層配線構造を形成することは集積回路装置の配線技術として一般的であることを考慮すれば、チップ面積を小さくするなどのために引用例2の配線技術を用いることは当業者であれば容易になし得ることにすぎないとの判断は誤りである。

引用発明1の目的は、マスクパターンの変更をせずににシステムの変更に容易に対応することにあり、そのための構成として確認された機能を有する1チップIC(集積回路)をチップ上で複数の未完成の機能ブロックに分解し、各々にマイクロパッドを設けて、これらをワイヤ結線で行なうものである。これにより、引用発明1は、ワイヤ結線の変更でシステムの変更に容易に対応できるという作用効果を達成している。したがって、引用発明1には、本願発明の目的であるシステム拡大に対応する高集積化について全く示唆するところがない。

以上のとおり、引用発明1のマイクロパッドは、ワイヤボンディングによる結線をするためにあるのであり、他の配線手段例えば多層配線構造を採用するならば、ワイヤボンディングに供するマイクロパッドなどは最初から存在しないのである。引用発明1の目的は、マスクパターンの変更をせずにシステムの変更に容易に対応することであって、そのためにワイヤボンディングによる結線を採用したものであるのに対して、引用例2に記載された発明(以下「引用発明2」という。)は、本来的に複数のマスクパターンを用いて多層配線を形成するものであるから、配線の変更には必ずマスクパターンの変更が伴うものである。そうすると、ワイヤボンディングであるからマスクパターンの変更を要しないことが特徴の引用例1の技術に、マスクパターンの変更の必要な引用例2の技術を組み合わせることは、引用例1の目的、効果を否定することになり、また、上記のとおり、本願発明の目的であるシステム拡大に対応する高集積化の目的も引用例1に示唆されていないから、引用例1の集積回路装置において、半導体基体上の配線をワイヤによる配線に代え、引用例2の配線技術を用いて、本願発明の構成に想到することは、当業者が容易になし得ることではない。

したがって、審決の、(審決摘示の)相違点は、引用例1のボンディングパッド相当用パッド間及びボンディングパッド相当用パッドと半導体基体のボンディングパッド間をつなぐ配線に、引用例2の配線技術を単に適用したにすぎず、その効果も格別のものでないとの判断もまた誤りである。

(3)  乙号証の検討

<1> 乙第2号証では、半導体装置の開発以前に集積回路群がそれぞれに、すでにチップ段階で機能確認がなされていたか定かではないから、本願発明の構成を示唆するものではない。

<2> 乙第3号証には、異種機能を有する複数の集積回路から構成される半導体集積回路装置について3つの形成方法が述べられているが、それらは、本願発明の明細書において、従来技術として記載されている方法に該当するか、同明細書に該当がないかのいずれかであって、本願発明の構成を示唆するものはない。

<3> 乙第4号証では、本願発明の明細書に従来技術として示した「全システムを再度設計して新たな1チップLSIをつくる」ことの必然的理由を示唆しているから、本願発明の構成を示唆するものではない。

<4> 乙第5号証では、基板に形成するセルの製造工程について一切説明されていないから、本願発明の構成を示唆するものではない。

<5> 乙第6号証に開示された技術は、本願発明の明細書に従来技術として示された「全システムを再度設計して新たな1チップLSIをつくる」技術の範疇にはいるものであるから、本願発明の構成を示唆するものではない。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認め、同5の主張は争う。審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。

2  被告の反論

(1)  取消事由1について

<1> 本願発明の「ボンディングパッド相当用パッド」は、多層配線による電気的接続を行なう電極であり、引用発明1の「マイクロパッド」は、ワイヤを用いた配線による電気的接続を行なう電極であるので、両者はともに他のものとの電気的接続を行なう電極(「パッド」は電極を指して普通に用いられる語である。)である点で同じ機能を果たすものである。したがって、引用発明1の「マイクロパッド」は、本願発明の「ボンディングパッド相当用パッド」に相当するとした審決の認定に誤りはない。

<2> 本願発明の「チップ相当領域」は、「すでに機能が確認されている集積回路のその機能を遂行するのに必要とするもの」であるから、従来個別の集積回路チップとして作られてきてすでに機能が知られている集積回路に相当し、引用発明1において、システム変更が配線の変更により容易に行なえる利点を有している以上、「機能ブロック」の機能がすでに確認されていることは明白であるから、従来個別の集積回路チップとして作られてきてすでに機能が知られている集積回路に相当することは明らかである。

本願明細書の特許請求の範囲第1項には、「すでに機能が確認されている集積回路」とのみ記載され、「現実に製造、使用されることにより」という限定はない。すなわち、機能の確認方法は、製造及び使用によらずとも他の方法で確認できればよいのである。そして、上記のとおり、引用発明のマイクロパッドは、本願発明のボンディングパッド相当用パッドに相当するから、マイクロパッドを有する引用発明1の機能ブロックと本願発明のチップ相当領域との間に違いはない。したがって、引用発明1の「機能ブロック」が、本願発明の「チップ相当領域」に相当するとした審決の認定に誤りはない。

引用発明1の「機能ブロック」が、システムを構成する集積回路の中の特定の機能を果たす部分を抽出した半完成状態の回路にすぎないことは、引用例1には記載されていないし、明らかでもない。

原告は、本願発明の各チップ相当領域は、半導体基体に形成する以前にすでにチップとして機能が確認されているのに対して、引用発明1の各機能ブロックはボンディングワイヤのワイヤリング後すなわち集積回路の組立て後に実際の機能が確認されることになり、一歩譲っても、引用発明1の各機能ブロックは、開発製造の最終のワイヤリングの直前工程で機能が確認されると主張するが、本願明細書の特許請求の範囲第1項の記載によれば、本願発明は、「チップ相当領域」が「すでに機能が確認されている」ことを要件とするが、その確認がどの時点でなされるかについての限定はない。そして、引用発明1の各「機能ブロック」の機能の確認の時期について限定する記載は引用例1にはない。しかも、本願発明は物の発明であるから、機能の確認の時期は、本願発明の構成要件とはなり得ない。したがって、原告の上記主張は失当である。

原告は、本願発明の「チップ相当領域」は評価ずみであるが、引用発明1の「機能ブロック」は評価がすんでいないと主張し、評価の意味について、甲第7、第8号証を引用しているが、いずれの証拠を検討しても、「評価ずみ」という文言、及び「評価」の時期が、本願発明の出願当時の技術知識によって特別定義されるという根拠は見出せない。

<3> 原告は、本願発明の「大規模集積回路装置」が数mm角というような小面積に数万素子以上の素子を形成するような大規模集積回路であると主張するが、本願明細書には、本願発明の「大規模集積回路」が数mm角というような小面積に数万素子以上の素子を形成するものである旨の記載はなく、それは単に複数の「チップ相当領域」を有するものをさしているにすぎず、引用発明1の「半導体装置」も、「チップ相当領域」に相当する「機能ブロック」を複数有するものであるから、引用発明1の「半導体装置」は本願発明の「大規模集積回路」に相当するとした審決の認定に誤りはない。

乙第1号証によれば、「集積回路」は、「二つまたはそれ以上の回路素子のすべてが基板上または基板内に集積されている回路であり、設計から製造、試験、運用に至るまで各段階で一つの単位として取扱うもの」と規定され、特に「半導体集積回路」は、「一つまたはそれ以上の半導体基板に作り込んだ回路素子を相互接続した集積回路」と規定されている。そして、同じく、「大規模集積化」は、「多数個の集積回路群を一枚の基板上に相互配線し、大規模な集積化を行なうこと。備考、狭義には、1000素子以上のものはこの部類に属する。」と規定され、「大規模集積回路」は「大規模集積化した集積回路」と規定されている。

乙第2、第3号証によれば、大規模集積回路の中には、「従来個別の集積回路チップとして作られてきてすでに機能が知られている集積回路をブロックとして複数個集めたもの」も存在し、この大規模集積回路も広く知られた周知のものである。

本願発明の出願当時、大規模集積回路として上記のものが周知であり、また、集積度の向上が当該分野において最大の技術目標であったことを合わせ考慮すると、引用発明1の「半導体装置」は上記の大規模集積回路装置に相当する。

<4> したがって、両者は、「一つのチップで形成された半導体基体と、この半導体基体内にそれぞれ独立して形成されると共に、それぞれ複数のボンディングパッド相当用パッドを有し、かつすでに機能が確認されている複数のチップ相当領域と、チップ上の、複数のチップ相当領域のボンディングパッド相当用パッド間を選択的につなぎかつボンディングパッド相当用パッドと半導体基体のボンディングパッド間を選択的につなぐ配線とを具備した集積回路装置」という基本的な構成において共通しているとした審決の認定判断に誤りはない。

(2)  取消事由2について

引用発明1の技術はワイヤボンディングのみを特徴とするものではなく、半導体ウエハ上に複数個の機能ブロックを形成し、各機能ブロック間を機能ブロック上のパッドによりワイヤを介して電気的に結合することを特徴とするものであり、このことにより、引用発明1は、機能ブロック間のワイヤリングの変更のみでシステム変更が可能となるという作用効果を奏するものである。そして、機能ブロック間の配線変更のみでシステム変更が可能となるという効果は、ワイヤリングを採用する場合にのみ存するものではなく、他の配線手段を採用した場合にも同様に存するものであり、引用発明1において、多層配線を組み合せることを否定するものではないから、引用発明1におけるワイヤリングに代えて多層配線を採用する程度のことは当業者が容易になし得るものである。すなわち、多層配線構造において、多層配線用のパッド(電極)が存在することは、本願発明の出願前普通に知られていることである(乙第4、第5号証)から、多層配線構造を採用するならばマイクロパッドは存在しないとの原告の主張は失当であり、また、集積回路装置においては、その配線構造として、ワイヤによる配線と多層配線はともに広く知られ、それら配線構造はそれぞれの特徴を生かす形で適宜選択され採用されてきたものである(乙第6号証)。

したがって、引用発明1と引用発明2の各技術の組合せに関する審決の判断に誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。)。

理由

1(1)  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

(2)  審決の理由の要点中、(2)(引用例の記載)、(3)<1>(対比)のうち、引用発明1の「半導体ウエハ」が本願発明の「半導体基体」に相当すること、及び、相違点は、当事者間に争いはない。

2  本願発明について

甲第2、第6号証(本願発明に係る特許願書添付明細書及び図面、平成3年4月19日付け手続補正書、以下、総称して、「本願明細書」という。)によれば、本願明細書には、次のとおり記載されていることが認められる。

(1) 本願発明の技術分野

本願発明はデータ処理装置等のシステム構成の簡単化をはかった大規模集積回路装置に関するものであること(甲第2号証3頁14行、15行)。

(2) 本願発明の技術的背景とその問題点

パーソナルコンピュータ等のシステムを構成するには、通常複数個のLSI(大規模集積回路)を組み合せて使うが、これらはCPU(中央処理装置)、ROM(リード・オンリ・メモリ)、RAM(ランダム・アクセス・メモリ)、キー入力制御部、シリアル入出力部、パラレル入出力部、カウンタタイミング制御部、表示駆動部等多くのチップからなり、各チップ間の相互配線はプリント基板によりなされるが、この方法はプリント基板上の相互配線が複雑で製作に手間がかかり、コストアップの原因となっており、またプリント配線の静電容量が大きいため、各チップのスピードが早くなっても、システム全体のスピードアップにつながらず、故障率が高い等の理由から、複数個のLSIを1チップ化できないかというユーザの要求が強いこと、上記1チップ化の要求に応える方法としては、(イ)全システムを再度設計して新たな1チップLSIをつくる、(ロ)複数個のチップを1つのパッケージの中に封入していわゆるハイブリッドIC(集積回路)とする、等が考えられるが、上記(イ)の方法の最大の欠点は、「各チップはすでに開発されて、機能、特性とも充分評価され可となっているのに、また同様のものを再度設計するため、設計、評価の手順をもう一度踏まねばならぬ」ため、設計ミスのおそれがあったり、開発時間がかかる等種々の問題があり、上記(ロ)の方法は、外部から見ると一個の部品として見えるだけで、上記プリント基板に複数個のチップを実装し、配線する方法を単に小さくしただけのものにすぎず、実際の実装技術として、どれだけの個数のチップがハイブリッド化できるか疑問が残るところであり、実現出来たとしても相当コストアップとなること(甲第2号証3頁17行ないし6頁1行)。

(3) 本願発明の目的

本願発明は、上記実情に鑑みて、上記(イ)、(ロ)のいずれの方法とも異なる新たなシステムの1チップ化を可能とする大規模集積回路装置を提供しようとするものであること(甲第2号証6頁3行ないし6行)。

(4) 本願発明の概要

本願発明は、本願明細書の特許請求の範囲第1項記載の構成を採択して、所望の装置を実現するのに、既に設計評価されている各チップのパターンをそのまま使用して1チップ化したものであること(甲第2号証6頁8行ないし11行、及び同第6号証7項(2))。

(5) 本願発明の効果

本願発明によれば、チップ相当領域は従来のチップ構成にほとんど手を加えないので、機能、特性ともに評価ずみのものがそのまま1チップ化できるため、従来のプリント基板を用いるものと比べ信頼性が向上するし、本願発明の装置を得るのに従来のウエハプロセスをそのまま利用でき、製造工程の簡単化が可能であり、またチップ相当領域上に第2層目以降の配線が形成できるため、チップサイズの縮小が可能であり、第1、第2層目等の交差配線部にともにアルミニウムを使用できるため、抵抗を小にできて高速設計が可能となり、第2層目以降の配線は第1層目のそれと同一平面上で交差しないため、配線設計の自由度が増す、また、配線にボンディングワイヤを用いない通常のICプロセスによるIC配線が可能で、大幅なIC微細化が可能となるし、ICチップ内でのボンディング及びボンディングワイヤの交差部も生じないことから、量産性に優れ、また工程が簡単化される利点もあり、チップ内でのボンディングが不要なことから、ボンディング回数が減るとともにチップに機械的ストレスを与える機会が大幅に減少するから、従来の装置と比べて信頼性が向上すること(甲第2号証13頁12行ないし14頁6行、甲第6号証7項(4))。

3  取消事由について検討する。

(1)  取消事由1(一致点の誤認及び相違点の看過)について

<1>  本願発明の「ボンディングパッド相当用パッド」と引用発明1の「マイクロパッド」との対比について

本願発明の「ボンディングパッド相当用パッド」については、本願明細書の特許請求の範囲第1項には、「それぞれ複数のボンディングパッド相当用パッドを有し、かつすでに機能が確認されている集積回路のその機能を遂行するのに必要とする複数のチップ相当領域」(甲第6号証別紙1頁4行ないし7行)と記載されている。本願明細書の発明の詳細な説明の項の実施例の説明において、「第1図中1は半導体チップ、A、Bはチップ1内で同一工程でいっしょに形成されたチップ相当領域で、これら領域はそれぞれ以前にチップA、チップBとして評価ずみのものである。2、3はチップ相当領域A、Bが以前チップA、Bであった時のボンディングパッド(これを仮にインナーボンディングパッドというが、本発明ではボンディングパッド相当用パッドという)、4はチップ1のボンディングパッド(これを仮にアウターボンディングパッドという)」(甲第2号証6頁14行ないし7頁2行、同第6号証7項(3))と記載されている。さらに、「ボンディングパッド相当用パッド」と他の部分との接続について、本願明細書の特許請求の範囲第1項には、「チップの表面の絶縁膜上に積層形成され、複数の前記チップ相当領域のボンディングパッド相当用パッド間を選択的につなぎかつ前記ボンディングパッド相当用パッドと前記半導体基体のボンディングパッド間を選択的につなぐ多層構造の配線層とを具備」(甲第6号証別紙1頁7行ないし12行)すると記載されていると認められる。

以上の記載によれば、本願発明の構成要件である「ボンディングパッド相当用パッド」は、チップ相当領域が以前チップであった時のボンディングパッド(インナーボンディングパッド)であり、本願発明の実施例におけるボンディングパッド2、3(インナーボンディングパッド)に相当し、パッド(電極)として機能するものであり、これらは、相互に又は半導体チップ(半導体基体)1のボンディングパッド4(アウターボンディングパッド)に選択的に接続されて、多層構造の配線層を形成していると解される。

一方、甲第3号証(実願昭55-98161号((実開昭57-22242号公報))のマイクロフィルム((昭和57年2月4日特許庁発行))、引用例1)によれば、引用例1には、引用発明1の「マイクロパッド」については、「この機能ブロック7a~7c上にはそれぞれマイクロパッド5が設けられている。マイクロパッド5はそれぞれ上記各機能ブロック7a~7c間を結ぶために設けられたものであり、各機能ブロック7a~7cのマイクロパッド間はワイヤ6を介して結ばれている。さらに、このマイクロパッド5とボンディングパッド1間もワイヤ6で結ばれている。」(甲第3号証明細書2頁17行ないし3頁4行)と記載されていると認められる。

以上の記載及び引用例1の第2図によれば、機能ブロック7a~7cのマイクロパッド5間が選択的につながれかつマイクロパッド5と半導体ウエハ(引用発明1の「半導体ウエハ」が本願発明の「半導体基体」に相当することは前記のとおり当事者間に争いがない。)のボンディングパッド1間が選択的につながれていると認められる。そうすると、引用発明1のマイクロパッドは、その名称を異にするが、本願発明におけるボンディングパッド相当用パッドと同一の機能を持つものであることが認められる。

以上を総合すれば、引用発明1の「マイクロパッド」は、本願発明の「ボンディングパッド相当用パッド」に相当すると解されるから、この点についての審決の認定に誤りはない。

もっとも、原告は、引用発明1の「マイクロパッド」は、各機能ブロック間をワイヤボンディングするために必要なパッドであり、実際にワイヤボンディングされるものであり、本願発明の「ボンディングパッド相当用パッド」はボンディングに供されるものではないと主張するが、原告主張の相違点は、本願発明においては、多層構造の配線層を形成することにより、「ボンディングパッド相当用パッド」が他の「ボンディングパッド相当用パッド」あるいは半導体基体のボンディングパッドに選択的に接続されるのに対し、引用発明1では各マイクロパッドがワイヤによって選択的に接続されるので、その接続の形態が異なることによる相違であって、ボンディングパッドの機能自体が異なるものとは認められない。そして、審決は、かかる接続形態の相違を相違点として摘示したうえ判断している。したがって、原告の上記主張は理由がない。

<2>  本願発明の「チップ相当領域」と引用発明1の「機能ブロック」との対比について

本願発明の「チップ相当領域」について、本願明細書の特許請求の範囲第1項には、「この半導体基体内にそれぞれ独立して形成されると共に、それぞれ複数のボンディングパッド相当用パッドを有し、かつすでに機能が確認されている集積回路のその機能を遂行するのに必要とする複数のチップ相当領域」(甲第6号証別紙1頁3行ないし7行)と記載され、また、発明の詳細な説明の項には、本願発明の実施例の説明として、「第1図中1は半導体チップ、A、Bはチップ1内で同一工程でいっしょに形成されたチップ相当領域で、これら領域はそれぞれ以前にチップA、チップBとして評価ずみのものである。」(甲第2号証6頁14行ないし17行)と記載され、また、本願発明の効果として、「以上説明した如く本発明によれば、チップ相当領域は従来のチップ構成にほとんど手を加えないので、機能、特性共に評価ずみのものがそのまゝ1チップ化できる。」(同号証13頁12行ないし15行)と記載されている。

以上の記載によれば、本願発明の大規模集積回路装置の構成要件である「チップ相当領域」は、それぞれ複数のボンディングパッド相当用パッドを有し、「すでに機能が確認されている」ものであり、半導体基体内に形成される以前にそれぞれのチップとしての機能が確認されているものというべきである。

一方、引用発明1の「機能ブロック」について、引用例1には、1実施例として、第2図に「機能ブロック7a~7c」としてそれぞ紅複数のマイクロパッドを有するものが記載され、それ自体がどのような機能を有するものであるかについての直接の記載は認められないが、引用発明1の効果として、「各機能ブロック間のマイクロパッド間をワイヤで結ぶか、あるいは必要に応じて半導体ウエハ上のボンディングパッド間もワイヤで結ぶようにしたので、種々の結線が半導体ウエハ上で行え、ユーザの所望するシステムがすみやかに構成できるものである。」(甲第3号証明細書4頁2行ないし7行)と記載されている。

以上の記載によれば、引用発明1の「機能ブロック」は各機能ブロック間のマイクロパッド間、あるいはマイクロパッドと半導体ウエハ上のボンディングパッド間をワイヤで接続することによりユーザの所望するシステムが構成できるわけであるから、ワイヤで接続する以前に、機能ブロック自体として機能が確認されたものであることは当然のことであり、したがって、引用発明1の「機能ブロック」は、半導体ウエハ上に形成される以前にそれぞれのチップとしての機能が確認されているものというべきである。

以上及び前記審決摘示の引用例1の記載を総合すれば、引用発明1の「機能ブロック」は、半導体ウエハ(本願発明の「半導体基体」に相当することは前記のとおり当事者間に争いがない。)上にそれぞれ独立して形成され、それぞれ複数のマイクロパッド(前記<1>のとおり、本願発明の「ボンディングパッド相当用パッド」に相当する。)を有し、かつすでに機能が確認されているから、本願発明の「チップ相当領域」に相当すると解される。したがって、審決のこの点についての認定に誤りはない。

もっとも、原告は、本願発明の各チップ相当領域は、半導体基体に形成する以前にすでにチップとして機能が確認されているものであるのに対して、引用発明1の各「機能ブロック」はボンディングワイヤのワイヤリング後すなわち集積回路の組立て後に実際の機能が確認されることになり、一歩譲っても、開発製造の最終のワイヤリングの直前工程で機能が確認されるに至るものであるから、半完成状態の回路にすぎず、本願発明のように、現実に製造、使用されることにより機能が確認された既存の集積回路を意味するものではないと主張する。

しかしながら、本願明細書の特許請求の範囲第1項には「すでに機能が確認されている」とのみ記載され、本願発明の「チップ相当領域」の機能の確認が半導体基体に形成する以前のどの工程でなされるかについて限定はなく、発明の詳細な説明の項にも上記「第1図中1は半導体チップ、A、Bはチップ1内で同一工程でいっしょに形成されたチップ相当領域で、これら領域はそれぞれ以前にチップA、チップBとして評価ずみのものである。」とのみ記載されているにすぎない。そして、前記のとおり、引用発明1の「機能ブロック」は半導体ウエハ上に形成される以前にそれぞれのチップとしての機能が確認されているものであり、同ブロックがボンディングワイヤのワイヤリング後すなわち集積回路の組立て後に実際の機能が確認されるとの原告の主張は採用できず、また、原告の仮定主張のとおり、開発製造の最終のワイヤリングの直前工程で同ブロックの機能が確認されるに至るものであるとすれば、ワイヤリング前すなわち半導体基体に形成する以前にその機能が確認されているものであるから、「すでに機能が確認されている」ものであることに変わりはない。いずれにしても、原告の引用発明1の「機能ブロック」は機能の確認されていない半完成状態の回路であるとの主張は理由がない。

なお、原告は、本願発明における「評価ずみ」の意義、が甲第7号証(テストと信頼性 樹下行三編著 オーム社 昭和57年4月20日 第1版第1刷発行)、同第8号証(日経エレクトロニクス 昭和58年6月20日号)に記載されたとおりであることを前提として、本願発明の「チップ相当領域」は評価ずみであるが、引用発明1の「機能ブロック」は評価ずみではないと主張するが、本願発明における機能の確認がどのようになされるかについては、本願明細書には何ら記載されていないから、当業者が相当とする方法でなされれば足りると解されるところ、引用発明1における「機能ブロック」の機能の確認もまた、当業者が相当とする方法でなされるものと解されるから、原告の上記主張は失当である。

<3>  本願発明の「大規模集積回路装置」と引用発明1の「半導体装置」との対比について

本願明細書の特許請求の範囲第1項の記載によれば、本願発明の「大規模集積回路装置」は、複数のチップ相当領域と多層構造の配線層を備えた「一つのチップで形成された半導体基体」からなる「集積回路装置」であると認められる。一方、前記審決摘示の引用例1の記載及び乙第1号証(JIS用語辞典 電気編 日本規格協会 昭和49年9月5日 第1版第1刷発行)の「半導体集積回路」についての記載によれば、「半導体集積回路」とは、「一つまたはそれ以上の半導体基板に作り込んだ回路素子を相互接続した集積回路」をいうものとされており、この記載に徴すれば、引用発明1の「半導体装置」は、機能ブロック間をマイクロパッドによりワイヤを介して電気的に結合した「一つのチップで形成された半導体ウエハ(半導体基体)」からなる「集積回路装置」であると認められる。したがって、両者とも「一つのチップで形成された半導体基体Jからなる「集積回路装置」である点で一致すると認められる。

原告は、引用発明1の「半導体装置」は、一つの半導体チップ内の「機能ブロック」間をワイヤ結線するものであるがゆえに、数mm角というような小面積に数万素子以上の素子を形成するような大規模集積回路に適用されるものとはいい難く、発明の本質からいっても本願発明の「大規模集積回路装置」とは異なるものであると主張する。

しかしながら、本願発明の「大規模集積回路」における「大規模」の程度について、本願明細書の特許請求の範囲第1項では、「複数のチップ相当領域」とのみ規定され、その規模について特定する記載はなく、本願明細書の発明の詳細な説明の項においても、本願発明が数mm角というような小面積に数万素子以上の素子を形成するような大規模な集積回路に限定されるという記載はない。

しかして、前掲乙第1号証の「大規模集積化」についての記載によれば、「大規模集積化」とは、「多数個の集積回路群を一枚の基板上に相互配線し、大規模な集積化を行なうこと。備考、狭義には、1000素子以上のものはこの部類に属する。」をいうものとされ、「大規模集積回路」とは「大規模集積化した集積回路」をいうものとされている。

したがって、本願明細書に「大規模集積回路」についての特段の限定がない以上、上記一般の定義に従うものと解されるから、本願発明における「大規模集積回路」は、多数の集積回路群を一枚の基板上に相互配線した集積回路と解されるところ、引用発明1の半導体集積回路もまた、複数個の機能ブロックを一枚の基板上に相互配線されたものであり、その規模は本願発明の「大規模集積回路」と変わるものとは認められないから、原告の上記主張は理由がない。

<4>  以上によれば、審決の、本願発明の「大規模集積回路装置」と引用発明の「半導体装置」とは、「一つのチップで形成された半導体基体と、この半導体基体内にそれぞれ独立して形成されると共に、それぞれ複数のボンディングパッド相当用パッドを有し、かつすでに機能が確認されている複数のチップ相当領域と、チップ上の、複数のチップ相当領域のボンディングパッド相当用パッドを選択的につなぎかつボンディングパッド相当用パッドと半導体基体のボンディングパッド間を選択的につなぐ配線とを具備した集積回路装置」という基本的な構成において共通しているとの認定(甲第1号証5頁6行ないし16行)に誤りはない。

(2)  取消事由2(相違点についての判断の誤り)について

<1>  引用例1の、「この考案は、半導体ウエハ上の独立した種々の機能ブロックを同ウエハ上でワイヤリングにより、電気的に結合し、所望のシステムを構成するようにした半導体装置に関する。」(甲第3号証明細書1頁11行ないし14行)との記載によれば、引用発明1は、機能ブロック内の配線を何ら変更せずに、半導体ウエハ上の独立した種々の機能ブロック間をワイヤ結線することにより、機能ブロックを接続し、所望のシステムを構成するという効果を奏することが認められるが、上記のような効果は、ワイヤ結線を採用した場合にのみ存する特有のものではなく、他の配線手段、例えば、多層構造の配線層を採用した場合にも認められることである。また、機能ブロック上に設けられたマイクロパッドは、ワイヤ結線のための接続用の電極として機能するものであるが、乙第4号証(特開昭55-91856号公報)の22欄17行ないし30欄9行の記載及び第1図に示される抵抗の両端A、B、C、D、トランジスタの各接続点の記載、同第5号証(特開昭57-186348号公報)の各コンタクト部分に関する記載から明らかなように、多層構造の配線層を採用した場合でも配線接続用の電極が必要であることには変わりはなく、機能ブロックにマイクロパッドが存在しても多層構造の配線層を採用することを妨げるものではない。したがって、引用発明1におけるワイヤ結線の採用は、多層構造の配線層の採用を妨げるものではないと解される。

一方、甲第4号証(特開昭54-84984号公報、引用例2)の、「本発明の第3の目的は、集積回路全体の面積が使用チップ面積の総計より殆ど多くならないようにすることにある。」(2頁右下欄11行ないし13行)との記載及び「本発明の第4の目的は、チップ間の配線の長さを最短にすることにある。これにより配線長が伸びる事による信号伝播遅れ、配線浮遊インピーダンスによる特性劣化は最小限度に維持できる。」(2頁右下欄14行ないし18行)との記載、さらに、各チップ間の配線技術について、「第8図の構造上に絶縁膜を設け、これに再び第5図~第9図の工程をくり返せば2層目の配線を行なうことが出来る。原理的にはこれをくり返し、多層の配線を形成することができる。」(5頁左上欄1行ないし4行)との記載によれば、引用例2には、半導体集積回路において、チップ面積を小さくするためにあるいは配線が長くなることによる欠点をなくするために、チップ間の配線手段として、多層配線構造を用いることが開示されていると認められる。乙第4号証(特開昭55-91856号公報)の「半導体装置の分野においては、単一の半導体基板又はチップ上に形成された回路構成素子の集積密度を増すために従来大きな努力が払われている。」(238頁左下欄7行ないし10行)との記載、同第5号証(特開昭57-186348号公報)の「本発明は…小型化又は高密度化を可能としたマスタスライスLSIを提供することを目的とする。」(214頁右下欄3行ないし7行)との記載、同第6号証(特公昭40-14383号公報)の「過去になされた小型化に対して小型化に対する新規にして全く異なった概念から生じた。」(1頁右欄下から12、11行)との記載から明らかなように、本願発明の出願時(昭和58年5月24日)において、半導体集積回路の技術分野では、高集積化、高密度化などが基本的課題であったものである(原告も、本願発明が係わる技術である集積回路は、高機能化にしたがって集積回路素子の高集積化、大規模化が常に強く要求されている技術であることは自認している。)、引用発明1の集積回路において、引用発明2の多層配線技術を用いて半導体チップの面積を小さくするなどして、小型化又は高集積化を図るということは、当業者が容易に想到することができたものであると認められる。

原告は、引用発明1の目的は、マスクパターンの変更をせずにシステムの変更に容易に対応することであって、そのためにワイヤボンディングによる結線を採用したものであるのに対して、引用発明2は、本来的に複数のマスクパターンを用いて多層配線を形成するものであるから、配線の変更には必ずマスクパターンの変更が伴うものであってワイヤボンディングであるからマスクパターンの変更を要しないことが特徴の引用例1の技術に、マスクパターンの変更の必要な引用例2の技術を組み合わせることは、引用例1の目的、効果を否定することになり、また、本願発明のシステム拡大に対応する高集積化の目的も引用発明1に示唆されていないから、引用発明1の集積回路装置において、半導体基体上の配線をワイヤによる配線に代え引用発明2の配線技術を用いて、本願発明の構成に想到することは当業者が容易になし得ることではないと主張する。

確かに、引用発明1において、ワイヤ結線に代えて多層構造の配線層を採用することは、すみやかにシステムの変更ができない点で劣ることも考えられるが、上記配線層を採用しても、機能ブロック内の素子、配線のマスクパターンの変更を要しないから、ユーザの所望するシステムがすみやかに構成できるという効果を否定するものではなく、そして、引用発明1において、ワイヤ結線に代えて多層配線構造とすることにより、配線領域を小さくすることができ、システム拡大に対応する高集積化が可能となるわけであるから、小型化又は高集積化を図るという半導体集積回路の技術分野の基本的課題を達成するという点では、本願発明の目的とも十分合致するものといえる。したがって、原告の上記主張は理由がない。

<2>  以上によれば、審決の、上記相違点は、引用例1のボンディングパッド相当用パッド間及びボンディングパッド相当用パッドと半導体基体のボンディングパッド間をつなぐ配線に、引用例2の配線技術を単に適用したにすぎないとの判断(甲第1号証6頁11行ないし15行)に誤りはない。そして、本願発明の奏する効果も、引用発明1と引用例2の技術の組合せから予測できる以上のものではなく格別のものではないと認められ、審決のこの点についての判断(甲第1号証6頁15行、16行)にも誤りはない。

(3)  以上のとおり、原告の取消事由はいずれも理由がなく、審決には取り消すべき違法はない。

4  よって、原告の本訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙図面1

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別紙図面2

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別紙図面3

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