東京高等裁判所 平成4年(行ケ)240号 判決 1993年12月16日
東京都世田谷区駒沢1丁目3番15号
原告
キッチンハウス株式会社
代表者代表取締役
早田康徳
訴訟代理人弁理士
佐々木常典
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 麻生渡
指定代理人
田中靖紘
同
関口博
主文
特許庁が昭和60年審判第24198号事件について平成4年9月17日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨の判決
2 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「化粧シート被覆板材及びその製造方法」とする発明について、昭和56年1月17日、特許出願をしたところ、昭和60年9月26日、拒絶査定を受けたので、同年12月19日、審判を請求した。特許庁は、この請求を昭和60年審判第24198号事件として審理した結果、平成4年9月17日、上記請求は成り立たない、とする審決をした。
2 本願発明の要旨
「1 木製且つ板状の芯材の木口部分に、曲面を有する合成樹脂製の縁部を木口部分に含浸させて付設すると共に、該芯材の面部分及び該縁部の表面に、その双方を覆うように、一枚物の化粧シートを貼着したことを特徴とする、化粧シート被覆板材。」(以下「本願第1発明」という。)「7 木製且つ板状の芯材の木口部分に、該木口部分との間に所望の断面形状の空間を形成する金型を装着し、該空間内に合成樹脂液を注入、充填し、該合成樹脂液を、該木口部分に含浸させた状態で硬化させて該木口部分に合成樹脂製の縁部を形成した後、該金型を該木口部分より取除き、次いで、該芯材の面部分及び該縁部の表面の双方を覆つて一枚物の化粧シートを貼着することを特徴とする、化粧シート被覆板材の製造方法。」(以下「本願第2発明」という。)(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願各発明の要旨は、前項記載のとおりである。
(2) 引用例(実願昭50-118756号〔実開昭52-33683号〕の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム、昭和52年3月9日特許庁発行)には、「木口が凹凸面を有する基材の上記木口に樹脂塗料が塗布され、該樹脂塗料上に柔軟性を有する化粧シートがラミネートされた板材」(実用新案登録請求の範囲)が記載されている(別紙図面2参照)。
(3) 本願第1発明と引用発明を対比すると、引用発明の「木口が凹凸面を有する基材」は、この種、板材としては、一般に、らわん合板或いはパーティクルボード等が用いられることが引用例に開示されているように、本願第1発明の「木製且つ板状の芯材」に相当するし、また、引用発明の「樹脂塗料が塗布されている木口」は、その3、4図に見られるように、木口に樹脂塗料を塗布して後、この樹脂を硬化させたものであることが示されていて、本願第1発明の「合成樹脂製の縁部を木口部分に付設したもの」に相当するから、両者は、木製且つ板状の芯材の木口部分に合成樹脂製の縁部を付設し、その芯材の面部分及び合成樹脂製縁部の表面に、その双方を覆うように、一枚物の化粧シートが粘着されている板材である点で一致し、本願第1発明の構成要件である、合成樹脂製の縁部が曲面を有している点(相違点<1>)及び合成樹脂製の縁部を木口部分に含浸させて付設している点(相違点<2>)がそれぞれ引用例に記載されていないことにおいて相違している。
(4) 相違点<1>についてみると、引用例には、第1~3図を参照して説明するところによると、「木口が凹凸を有する基材(1)に、第2図に示す如く、必要に応じてその比較的緻密な主面(1b)から木口(1a)に掛けてR面(1c)を形成する。その後、第3図に示す如く、R面及び木口に樹脂塗料を塗布し、硬化すると、塗料によってR面及び木口に存在する凹部がある程度埋められる。」ことが開示されている。ここにいうR面は、第2、3図に見られるように、基材の縁部を曲面としているものである。しかしながら、引用発明の基材の曲面に塗料を塗布した板材(引用例の第3図参照)の形状は、本願第1発明の1例である合成樹脂製の縁部が曲面を有しているもの(本願公告公報第4図)と同じであるから、板材に曲面を設けるに当たり、その曲面を基材の縁部で形成させるか又は合成樹脂製の縁部で形成させるかは当業者ならば必要に応じて任意に採択できることであるし、本願第1発明が板材の曲面を合成樹脂製の縁部で形成していることに格別の技術的意味があるものとは認められない。
相違点<2>についてみると、引用発明で使用する基材は、本願第1発明の芯材と同じであり、かつその木口は凹凸面を有するから、その木口部分に樹脂塗料を塗布して硬化させる場合には、その樹脂塗料の性質上、少なくとも一部の樹脂塗料は通常基材の塗布した木口部分に浸透して固化していると解するのが自然である。
そうすると、引用例には板材の樹脂塗料と基材の木口部分との接合部について言及するところはないとしても、引用発明の接合部は、基材の木口部分に樹脂塗料が含浸した形態で存在しているといわざるを得ないものであるから、本願第1発明において合成樹脂製の縁部を木口部分に含浸させて付設していることと実質的な差異はない。
そして、本願第1発明は、引用発明から予測できない効果を奏しているものとも認めることはできない。
(5) 本願第1発明は、引用発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるので、特許法29条2項により特許を受けることができず、そして、本願第1発明が特許を受けることができないものであるから、本願第2発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
4 審決の取消事由
審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)のうち、引用発明の「木口が凹凸面を有する基材」が本願第1発明の「木製且つ板状の芯材」に相当すること及び審決摘示の各相違点が存在することは認めるが、その余は争う。同(4)のうち、第2段は認めるが、その余は争う。同(5)は争う。審決は、本願第1発明と引用発明の技術内容の把握を誤った結果、両発明の一致点を誤認して相違点を看過し、また、各相違点の判断を誤り、かつ、本願第1発明の顕著な作用効果を看過したものであるから違法であり、取消しを免れない。
(1) 一致点の誤認(取消事由1)
審決は、引用発明の「樹脂塗料が塗布されている木口」は、本願第1発明の「合成樹脂製の縁部を木口部分に付設したもの」に相当するとした上で、「両者は、木製且つ板状の芯材の木口部分に合成樹脂製の縁部を付設し、その芯材の面部分及び合成樹脂製縁部の表面に、その双方を覆うように、一枚物の化粧シートが粘着されている板材である点で一致(する)」とするが、上記一致点の認定は、以下に述べるように誤っている。
すなわち、引用発明の「樹脂塗料が塗布されている木口」とは、引用例に「樹脂塗料を塗布する」と記載されているように、板材自体の端部形状が先に形成された後に、端部形状部分に生じている粗面を平滑化する処理のために使用されるごく薄い膜、すなわち「被膜」にすぎず、樹脂塗料の塗布により板材の端部に特別の形状を形成ずるものではない。
これに対して、本願第1発明における「合成樹脂製の縁部」の木口部分への付設は、引用発明のように板材の端部の凹凸の解消を目的とするものではなく、板材の端部に所要のアール(R)面又は隆起曲面等の所望の曲面を刃物を使用せずに容易に形成することを主目的として行われるものである。したがって、本願第1発明においては、引用発明のように木材の端部を所要の曲面となるように予め切削、加工して樹脂塗料を塗布するものではなく、所要の曲面等を有するように形成した樹脂を縁部として芯材に付設したものであるから、この樹脂が、引用発明の塗布された薄膜とは異なり、相応の厚みを有する有形の部材として設けられるものであることは、「縁部」、「付設」等の用語及び図面の記載に照らして明らかである。したがって、本願第1発明の前記「合成樹脂製の縁部」の付設された芯材の木口部分が引用発明の「樹脂塗料が塗布されている木口」に相当するにしても、両者は、「木製且つ板状の芯材の木口部分に合成樹脂製の縁部を付設した」点において一致するとした審決の認定は誤りである。
次に、本願第1発明の化粧シートは、芯材の面部分及び芯材に付設した合成樹脂製縁部の表面の双方を覆うように貼着したものである。これに対して、引用発明には、樹脂製の縁部はないから、板材の端部及び芯材の面部分だけが化粧シートで覆われる点において、化粧シートが覆う板材の構成を異にするものである。
したがって、審決の前記一致点の認定は誤りである。
(2) 相違点<1>の判断の誤り(取消事由2)
審決は、引用発明の基材の曲面に塗料を塗布した板材(引用例の第3図参照)の形状は、本願第1発明の1例である合成樹脂製の縁部が曲面を有しているもの(本願公告公報第4図)と同じであるとするが、既に述べたように、引用発明の曲面形状は、板材自体の切削加工によって得られるのに対し、本願第1発明の曲面形状は、樹脂を付設して形成するものであるから、両者は異なるものである。したがって、引用発明の前記形状から、審決がいうように、「曲面を基材の縁部で形成させるか又は合成樹脂製の縁部で形成させるかは当業者ならば必要に応じて任意に採択できる」ということはできず、審決の相違点<1>の判断は誤りである。
(3) 相違点<2>の判断の誤り(取消事由3)
審決は、引用発明に接合部が存在することを前提とした上で、この接合部は、「基材の木口部分に樹脂塗料が含浸した形態で存在している」とし、本願第1発明が「合成樹脂製の縁部を木口部分に含浸させて付設していることと実質的な差異はない」とするが、誤りである。すなわち、本願第1発明では、芯材に対して縁部を付設するのであるから、当然、接合部という要素が必要となるのに対して、そもそも引用発明では、基材の縁部に樹脂を塗布するにすぎず、縁部を付設するものではないから、接合部という概念自体がないのである。したがって、審決の相違点<2>に対する判断は誤っている。
(4) 本願第1発明の顕著な作用効果の看過(取消事由4)
審決は、本願第1発明は引用発明から予測することのできない効果を奏しているものとは認められないとするが、誤りである。引用発明においては、板材の木口部分等に樹脂を塗布するという構成により、板材の木口部分における粗面を樹脂の塗布によってある程度埋めると共に「けば」が固化されるという効果を奏する。これに対して、本願第1発明は、芯材の木口部分に合成樹脂製の縁部を付設するという構成により、<1>縁部としての特別の形状を有する木口部分を形成するための刃物が不要となり、刃物の保守・管理等の作業が不要となる、<2>刃物の使用による木口部分の欠落ち、その補修、欠落ちに起因する芯材の廃棄等の問題が生ぜず、また、芯材の木口に縁部としての特別の形状を有する棒状部を接合する必要がなくなるため、製造工程が著しく簡素化される、<3>種々の断面形の縁部を容易に形成できる、<4>芯材の木口部分の下端部に水等が浸入しても、合成樹脂製の縁部によって化粧シートへの影響が全くなく、化粧シートが剥離しない、等の優れた効果を奏するものである。本願第1発明のかかる効果は引用例でも示唆されていないし、引用発明の構成からも容易に導き出すことができず、到底予測できるものではない。したがって、審決の前記判断は本願第1発明の顕著な作用効果を看過したものであって誤りである。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因に対する認否
請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。
2 反論
(1) 取消事由1について
本願第1発明にいうところの「木口部分に合成樹脂製の縁部を付設したもの」とは、木口部分に含浸させて形成した合成樹脂を指称していることは明白である(甲第2号証の第4図の11、第5図の17及び第6図の25参照)。原告は、本願第1発明の上記の縁部は、厚みのある合成樹脂製の有形の部材として設けられるものと主張するが、本願第1発明は、合成樹脂製の縁部の厚さについて何ら限定しているものではないから、原告の前記主張は失当である。これに対して、引用発明における「樹脂塗料が塗布されている木口」は、木口部分に樹脂塗料が塗布されて樹脂塗料層2(樹脂被膜)が形成されているもの(甲第3号証の第3図、第4図)、すなわち、木口に樹脂塗料が塗布された場合、その樹脂塗料は木口の表面に樹脂の被膜を形成することは自明のことであるから、その形成された樹脂の被膜は、本願第1発明の合成樹脂製の縁部と何ら異なるものではない。なお、原告は、本願第1発明の合成樹脂製の縁部と引用発明の合成樹脂とは、その使用目的、使用態様、作用効果が全く異なると主張するが、本願第1発明は、物の発明であるから、物としての構成要素を対比して両者が一致すれば足りるのであり、使用目的、態様等は関係がないというべきである。したがって、審決の一致点の認定に誤りはなく、取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2について
本願第1発明の「曲面を有する合成樹脂製の縁部」にいう「曲面」は、甲第2号証の第4図のR3(アール部分)、第5図及び第6図のR4(曲面)及びR5(曲面)を含むことは本願明細書の記載から明らかである。そして、前記R3で示されている合成樹脂製の縁部の曲面形状は引用例第3図の1c(R面)と対比すると、同じ曲面形状を有していることは明らかであり、この曲面形状は、引用例では基材の縁部を曲面とし、その表面に樹脂塗料の被膜を設けて全体として曲面を形成させているものである。そこで、審決は、このような曲面形状を設ける場合、本願第1発明と引用発明とで形成される板材の形状に差異がないことから、引用発明のように基材の縁部で形成させるか又は本願第1発明のように芯材の木口部分に付設する合成樹脂製の縁部で形成させるかは、当業者であれば適宜実施できる程度のものであると判断したものであり、この判断に誤りはない。原告は、本願第1発明における曲面形状は、板材の切削加工とは全く別の技術として樹脂を付設して形成するものであると主張するが、物の発明である本願第1発明においては加工方法などの処理手段は何ら構成要件となっているものではないから、失当である。
(3) 取消事由3について
本願第1発明にいう「合成樹脂の縁部を木口部分に含浸させて付設している」についてみると、本願明細書には本願第1発明の具体例として「第4図において、10は木製且つ板状芯材としてのチップボード、10aはその一方の木口部分、11は木口部分10aに含浸させて形成した合成樹脂製の縁部で、・・・形成してある。この合成樹脂製の縁部11は、後述する他の実施例においても同様であるが、熱硬化性樹脂又は熱可塑性樹脂から成っている。」(甲第2号証4欄18~26行)と記載されており、この記載部分からすると、本願第1発明の「合成樹脂の縁部を木口部分に含浸させて付設する」にいう「合成樹脂の縁部」とは、チップボードの凹凸を有する木口部分に溶融した合成樹脂を付着させた後、これを固化させて形成したものを包含するものであり、その合成樹脂の種類及び縁部の形状については何ら特定されていないものであることは明らかであり、また、「付設」については、本願明細書に何ら断りがないから、合成樹脂と木製の木口部分とが接合していれば足りるものである。
これに対し、引用発明は、凹凸面を有する基材の木口部分に樹脂塗料が塗布されるものであるから、その塗布された液状の樹脂塗料は凹凸面を有する基材の木口部分から当然に木製基材内に一部浸透するものである。そして、その樹脂塗料は塗料として使用されている以上、樹脂塗料中の溶剤が飛散し、その結果、木製基材内に浸透した塗料中の合成樹脂は木製基材内で固化し、その木口部分の表面に存在する合成樹脂は被膜を形成することは明らかである。
そうすると、本願第1発明の構成要件である「合成樹脂の縁部を木口部分に含浸させて付設する」は、引用例に開示されている前記の技術的事項と明確に区別できないというほかはない。
(4) 取消事由4について
原告は、本願第1発明の顕著な効果を看過したと主張するが失当である。本願第1発明は、化粧シート被覆材という「物」の発明であり、製造方法の発明ではないところ、原告主張の<1>ないし<3>の効果はいずれも製造方法に関する効果であって、本願第1発明の構成要件に基づかない効果であるから失当である。また、<4>の効果も引用発明の合成樹脂被膜の奏する効果と何ら区別できないものであるから、本願第1発明特有の効果ではなく、したがって、原告の主張は失当である。
第4 証拠
証拠関係は書証目録記載のとおりである。
理由
1 請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。
2 本願第1発明の概要
成立に争いのない甲第2号証(本願発明の出願公告公報)によれば、本願第1発明の概要は、以下のとおりと認めることができる。
本願第1発明は、木製、かつ、板状の芯材の面部分及び縁部をメラミン化粧シート等で被覆した化粧シート被覆板材に関するものであり、このような化粧シート被覆板材は、家具、建物内装等に広く使用されているが、このような芯材の縁部をなす木口部分は、使用目的の機能、美観等によって、特殊な断面形状、例えば、芯材の面部分に連なるアール部分又は芯材の面部分より隆起させた曲面を含む形状等に形成され、化粧シートが面部分及びこれらの木口部分の表面に貼着されているものがある。本願第1発明は、前記要旨記載の構成を採択することにより、種々な形状の縁部を容易に形成することを可能にするとともに、化粧シートに対する水等の影響を防止できるようにしたものである。
3 取消事由に対する判断
審決は、本願第1発明と引用発明がその形状において「木製且つ板状の芯材の木口部分に合成樹脂製の縁部を付設し(た)」構成を備えた点で一致する旨判断するが、原告は、引用発明はかかる構成を備えない旨主張する(ただし、本願第1発明の「木製且つ板状の芯材」が引用発明の「木口が凹凸面を有する基材」に相当することは、原告も争わないところである。)。
そこで、本願第1発明の特許請求の範囲の記載についてみるに、審決が本願第1発明の構成のうち、引用発明との一致点として摘出したのは、「木製且つ板状の芯材の木口部分に、曲面を有する合成樹脂製の縁部を木口部分に含浸させて付設する」との部分のうち、下線部分の記載である。このうち「曲面を有する」との部分がそれに続く「合成樹脂製の縁部」の属性を示すものであることはその記載自体から明らかであるから、この点をも含め、「本願第1発明の」「木製且つ板状の芯材の木口部分に、曲面を有する合成樹脂製の縁部を付設(した)」形状に係る構成の技術的意義を検討する。まず、「合成樹脂製の縁部」の「縁部」とは、芯材の木口部分に付設されて「芯材の縁部」を形成するものであることは明らかであるから、「合成樹脂製の縁部」とは、「芯材の木口部分に芯材の縁部として形成された合成樹脂製の部材」を意味するものと認めることができる。また、「付設」とは、主従関係にはあるが、相互に独立した部材間の設置状態を意味する用語である。したがって、上記構成は、その記載自体から「芯材の木口部分に、芯材の付属部材ではあるがそれとは別個の曲面形状を有する合成樹脂製の部材を、芯材の縁部として一体的に設け(た)」形状を意味するものと理解することができる。
次に、引用発明において本願第1発明との一致点の構成として対比されるべきは、「木口が凹凸面を有する基材の上記木口に樹脂塗料が塗布され(た)」形状に係る構成である(審決は、引用発明の「樹脂塗料が塗布されている木口」との構成と本願第1発明の「合成樹脂製の縁部を木口部分に付設したもの」との構成を対比しているが、審決が摘示する前記一致点の構成からみて、引用発明の「基材の凹凸面を有する木口に樹脂塗料を塗布したもの」と対比すべきものであって、上記の対比方法は相当とは認められない。)。そこで、この構成と本願第1発明の「木製且つ板状の芯材の木口部分に、曲面を有する合成樹脂製の縁部を付設する」との構成を対比すると、「塗布」が上記のような意味を有する「付設」と技術的意義を異にすることは明らかであり、「樹脂塗料」は合成樹脂製であるが、塗料であって基材と別個の部材ではなく、これを基材の木口に塗布しても本願第1発明の合成樹脂製の部材のように基材の縁部を形成するものでもない。そうすると、この2つの構成を技術的に同視することはできないものというべきである。
この点について、本願明細書の発明の詳細な説明の欄を参酌するに、前掲甲第2号証によれば、以下の事実が認められる。すなわち、従来の化粧シート被覆板材においては、芯材としてのチップボードの縁部である木口部分をアール部分を含む断面形状に形成するか(第1、2図参照)、あるいは木口部分にチップボード製の隆起曲面を有する棒状材を接着剤で接合したもの(第3図)を化粧シートを貼着して覆っていた(2欄21行ないし3欄16行)。これに対し、本願第1発明は、木製かつ板状のチップボード(芯材)の木口部分にアール部分(例示されたアールの形状には、チップボードの上面と連なるR3や面部分より隆起したR4、R5等がある。)を有する熱硬化性ないし熱可塑性樹脂製の部材を含浸させて接合することにより、この合成樹脂製の部材をチップボードの木口部分と一体的に結合して、チップボード(芯材)の縁部として形成し、これを化粧シートで覆ったことを特徴とするメラミン化粧板に関するものであることが認められ(4欄16行ないし5欄22行)、他にこれを左右する証拠はなく、これによれば、上記構成の意味するところが技術的に裏付けられているものということができる。
次に、引用発明において本願第1発明との一致点の構成として対比されるべきは、「基材の凹凸面を有する木口に樹脂塗料が塗布されたもの」との構成である(審決は、引用発明の「樹脂塗料が塗布されている木口」の構成と本願第1発明の「合成樹脂製の縁部を木口部分に付設したもの」との構成を対比しているが、この対比が相当でないことは既に述べたとおりである。)。そこで、この構成と本願第1発明の「木製且つ板状の芯材の木口部分に、曲面を有する合成樹脂製の縁部を付設する」との構成を対比すると、「塗布」と「付設」が技術的意義を異にすることは既に説示したとおりであり、この2つの構成を技術的に同視することはできないものというべきである。この点について更に検討を加えると、成立に争いのない甲第3号証(引用例に係る実用新案登録願の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルムの写し)によれば、引用発明は、パーティクルボード、らわん合板等の端面、すなわち、木口部分が激しい凹凸を有する粗面であるため、美観を損なうばかりか、板材同士の接合を阻害するという問題点を解消するための改善された板材を提供することを目的として、当事者間に争いのない審決摘示に係る前記実用新案登録請求の範囲記載の構成を採択したものであり、これを具体的にみると、パーティクルボード等の基材の比較的緻密な主面(16)から凹凸を有する木口部分(19)にかけての縁部にR面(1c)を形成し(別紙図面2の第2図)、その後、上記R面及び木口部分にポリウレタン、ポリエステル等の合成樹脂製塗料をスプレーガン等によって塗布し(同第3図)、これが硬化した後、このR面を研磨して滑面を形成し、続いて、化粧シートで覆うことによって(同第4図)製造する結果、化粧シートに覆われた引用発明のパーティクルボードにおいては、化粧シートの表面は凹凸がなく、湿気によって基材が膨潤し、化粧シートに凹凸や剥離が生ずることがないという効果を奏するものであることが認められる((2)頁16行ないし(4)頁末行)。これによれば、引用発明においては、R面に形成された基材の縁部及び木口部分に合成樹脂製塗料を塗布し、これが硬化した後、研磨することによってR面及び木口部分の凹凸を無くし、これを滑面状態としたものに過ぎないものであるから、かかる硬化した合成樹脂製塗料をもって、それ自体が基材縁部から独立した部材とまで解することは困難といわざるを得ないし、それ自体を木口部分に形成された基材の縁部と認めることはできない。
被告は、本願第1発明においては、「曲面を有する合成樹脂製の縁部」については何らその厚み等を限定していないものであるから、引用発明と区別できないと主張する。確かに、本願第1発明の前記「縁部」が何らその厚み等を限定するものでないことは、特許請求の範囲1項の記載に照らして明らかなところであるが、このことをもって前記の解釈を左右するには足りないというべきである。すなわち、本願第1発明の「縁部」は芯材と別個の合成樹脂製の部材であり、その曲面形状はそれ自体が木口部分の形状と独立して有していれば足りるものであり、その形状、厚み等をいかなる程度とするかは、必要とする形状、強度等の諸要素に照らし、実施に当たる当業者が適宜決定すれば足りる事柄であって、これを予め限定する必要はないし、また、これを一義的に限定することは困難であるのみならず、本願発明の趣旨にもそぐわないといわざるを得ないから、被告の前記主張は採用できないというべきである。また、審決が摘示し、被告も援用する引用例の第3、第4図(別紙図面2の第3、第4図)には、樹脂塗料により塗布され硬化した部分が厚みをもって示されているが、それは引用発明が塗布した樹脂塗料の硬化により木口部分の凹凸を覆い、表面を滑らかにするものであることを強調するための表現に過ぎないものであって、かような図示によって硬化した樹脂塗料が基材とは別個の部材としてその縁部を形成したものと認めることはできない。
したがって、審決の前記一致点の認定は誤りというほかない。
そうすると、審決には、一致点を誤認し、相違点を看過した違法があり、その他の取消事由について判断するまでもなく、その違法が審決の結論に影響することは明らかであるから、審決は取消しを免れない。
4 よって、本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)
別紙図面1
<省略>
別紙図面2
<省略>