東京高等裁判所 平成4年(行ケ)39号 判決 1993年4月27日
原告 八田昇
被告 株式会社ヒラノ
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1当事者が求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成2年審判第16513号事件について平成3年12月25日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「クラブバケット等におけるワイヤーロープ振れ止め装置」とする実用新案登録第1787911号の考案(昭和58年5月20日出願、平成元年9月27日設定登録)の実用新案権者であるところ、原告は、特許庁に対して、平成2年9月5日、被告を被請求人として本件考案についての無効審判請求をした。特許庁は、この請求を平成2年審判第16513号事件として審理した結果、平成3年12月25日、上記審判請求は成り立たない、とする審決をした。
2 本件考案の実用新案登録請求の範囲
「クラブバケット等の上板上面に固定される基台に2個の上部ローラーを並列し、その隙間に沿った直下に2個の滑車を直列的に配設してなるワイヤーロープの振れ止め装置において、上記2個の滑車を斜め上下に配設したことを特徴とするクラブバケット等におけるワイヤーロープ振れ止め装置。」(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本件考案の要旨は、前項記載のとおりである。
(2) 引用例
a 実開昭52-83327号公報(審決甲第1号証、引用例1)
「主軸3を支点として開閉する一対のシエル1の上端部にそれぞれ掩蓋2を設け、該両掩蓋2にそれぞれ軸4を支点として開閉可能な逆止弁5を設けて構成したことを特徴とする浚渫用バケットにおける汚濁防止装置」(別紙図面2参照)
b 米国特許第3491468号明細書、審決甲第2号証、引用例2、別紙図面3参照)
「クラムシェルバケット用中空浮動シヤフト」に関し、「クラムシェルバケットにおいて、中央シヤフト集合体により、下部滑車ブロックは一対のバケット要素および上部滑車ブロックを支持し、上部滑車ブロックは、リンク操作部材を通じ、コーナーブラケット集合体により、バケット要素に取り付けられている。中央シヤフト集合体には中央浮動シヤフトを含み、そのシヤフト上にはブッシングにより、間隔を設けて中央、内側および外側ハブが、回転自在に取り付けられている。潤滑剤が、中空シヤフトからブッシングの間の空間に供給されるとともに、磁気二重円錐シール手段により、そこから流出するのを阻止している。各コーナーブラケット集合体は、中央シヤフト集合体と類似した構成を有する」との事項、「第1図を参照すると、クラムシェルバケットには、従来と同様な上部滑車ブロック10と、従来と同様な下部滑車ブロック12とを含んでいることが示されている。その下部滑車ブロック12は、中央シヤフト集合体16により、一対のバケット口部18・18′を支持している。これらのバケット口部18・18′の各々は、歯20を備えている。各バケット口部上の歯は、クラムシェルバケットが閉じ位置に来たとき、他方の歯と重なりあう様にすることが好ましい。」との事項が第1図ないし第6図とともに記載されている。
c 米国特許第2007704号明細書、審決甲第4号証、引用例3、別紙図面4参照)
「クラブ形式またはクラムシェル形式のバケットの改良」に関し、「第1図および第2図に示すごとく、上部支持ヘッド10は、所定の適当な方法で支持ケーブル11を用い、操作クレーンまたは機構に対し取り付けられる。下部ヘッドすなわち滑車ブロック12は、上部ヘッドを通して延びる操作ケーブル13により、上部ヘッドに対して垂直方向に移行可能としている。ケーブル13は、従動滑車14と案内滑車15により制御されるものであって、下部ヘッド中に回転可能に支持された滑車16の周囲を通り、上部ヘッドに回転可能に支持された滑車17を通り、それから下部ヘッドの滑車18の周囲に戻り、最後に適当な手段で、上部ヘッドに固定される。」(2頁24行ないし3頁3行)との記載とともに、第1図ないし第7図が記載されている。
(3) 判断
a 引用例2、3との同一性について
上記各引用例には、本件考案の構成要件である「2個の滑車を斜め上下に配設した」点については記載がない。
本件願書の記載によれば、本件考案は、「土砂やヘドロの採掘、浚渫等に使用されるグラブ型ないしポリップ型バケットにおける巻上げ用ワイヤーロープの振れ止め装置の改良に関する」(本件公報1頁1欄10行ないし13行)ものであって、「(第1図に例示した如く、従来の)滑車併用式振れ止め装置では、両滑車の溝底面ト、チ間の空隙が広くなるため、作動時におけるロープ6の振れが大きく、又ロープが滑車軸と同方向に屈折した場合に、ロープと滑車の各鍔部との内接面積Aが極端に小さく、該滑車との間にスリップを生じて該部の偏磨耗が著しく、これがロープの破断原因となる他、該鍔縁の磨耗により両滑車間にワイヤーが噛込んだり、或いは脱線する等の問題」(本件公報1頁1欄24行ないし2欄4行)を解消することを目的としたものであり、前記本件考案の要旨のとおりの構成を採用したことにより、「本案振れ止め装置は、滑車3及び滑車4を斜めに上下にずらして配設したことにより、この間を通過するロープ6は、上下滑車の溝底の2点で支持されるから、両滑車の溝間方向に生じるロープ6の振れを皆無ないしは僅少に保ち、正常作動時にロープと溝底3b、4b面とのスリップを確実に防止するとともに、該ロープの滑車軸方向への屈折に対しても、鍔縁3a、及び4aの内面におけるロープとの接触面積Aが充分大きく保たれることによって滑車の回転を容易ならしめ、ロープ並びに鍔縁の磨耗を大幅に減少させ、該鍔縁の磨耗に伴うロープ6の滑車間隙への噛込みや脱線をも確実に防止したものである。」(本件公報1頁2欄19行ないし2頁3欄3行)との作用効果の記載が認められる。
また、本件考案の滑車に関してみると、従来周知のこの種の荷役機械用クレーン等の巻上げ用ワイヤーロープと滑車の構造において、滑車のワイヤーロープに対する接触部分(溝底面)の構造は、本件公報の第3図にも図示されている如く、ワイヤーロープが滑車の中心に納まるため溝底面は丸底形状となっているものが一般的であり、この場合、溝底面の寸法については溝の半径がワイヤーロープの直径の2分の1ないし2分の1よりもやや大きめに形成することが普通であり、かつまた、溝の深さ(溝底面から滑車の外径までの溝の深さ)もワイヤーロープの直径より大とする(ワイヤーロープの直径の約1.5~3倍程度)ことなども普通である(必要であれば、長塚・本田共著「実用クレーン便覧(第2版)」産業図書株式会社、昭和55年7月15日発行、70~73頁「3.2.13みぞ車」の項)、ワイヤーロープ便覧編集委員会編「ワイヤーロープ便覧」株式会社白亜書房、昭和42年10月15日発行「6.5クレーンなど荷役機械用ロープ」の項、特に619、620頁「(4) ロープ」)及び機械設計便覧編集委員会編「新版機械設計便覧」丸善株式会社、昭和50年11月15日発行、1590ないし1593頁「14.2.4 みぞ車および巻胴の径」各参照)。
上記本件公報の各記載及び周知の滑車の溝底面の構造等に関する技術事項を併せ考えると、本件考案の場合、その構成要件である「2個の滑車を斜め上下に配設した」構成の技術的意義は、その実用新案登録請求の範囲に記載された事項のみからでは必ずしも十分明確に把握できるものではないので、単に字義どおりの解釈にとどまらず、従来周知の技術をも勘案して前記本件考案の目的を達成し、前記作用効果を奏することに沿うよう解釈するのが相当である。
そうすると、前記「2個の滑車を斜め上下に配設した」とは、2個の滑車が互いにその外周を接する程度、換言すれば、2個の滑車の軸間距離が各々の滑車の半径を加えた長さに相当する程度に接近して配設したことと解釈するのは、前述したように、滑車の溝の深さが普通はワイヤーロープの直径よりも大であることから、2個の滑車の間を通過するロープは、上下滑車の溝底の2点で支持されるというような効果を期待することができないことが明らかであるので、このように解釈するのは相当でなく、当該振れ止め装置を正常姿勢に保持した状態において、本件公報の第3図に示された如く、2個のローラーの隙間に沿った直下に直列的に配設した2個の滑車を水平面上に垂直投射したときの軸間距離を、垂直投影されたそれぞれの滑車の溝底面がワイヤーロープに接する程度に接近するようにして配設したこと、換言すれば、垂直投影したときの両滑車を、見掛け上、両滑車の外周縁同志が重なりあって、ワイヤーロープの直径に相当する程度にまで両滑車の溝底間の距離が接近させられた状態となるように配設したこと、したがって、その場合において、本件公報の第2図に示された如く、2個の滑車は、その垂直方向においてはそれぞれの軸心が上下に離間し、かつ、両滑車の間を通過するワイヤーロープにそれぞれの滑車の溝底面が接する程度となるように配設されることにより、2個の滑車が「斜め上下」に配設された状態となることを意味することと解釈するのが相当である。
してみると、引用例2、3には、前記「2個の滑車を斜め上下に配設した」点について、前述したような技術的意義を有し、前記作用効果が期待できるような構成を備えた事項に関する記載はないとともに、前記「2個の滑車を斜め上下に配設」することが、上記各引用例のそれぞれに記載された事項から自明なことであるとも認められない。
b 引用例1ないし3に基づく容易推考
引用例1には、本件考案の構成要件である「クラブバケット等の上板上面に固定される基台に2個の上部ローラーを並列し、その隙間に沿った直下に2個の滑車を直列的に斜め上下に配設したワイヤーロープ振れ止め装置」の構成について記載がない。
また、引用例2、3には、本件考案の構成要件である「2個の滑車を斜め上下に配設した」点について記載がない。
したがって、本件考案の上記構成については、上記各引用例のいずれにも記載がないので、これらの引用例に基づいて本件考案がきわめて容易に考案することができたとは認められない。
そして、本件考案は、その構成を備えることにより、本件公報記載の作用効果を奏するものと認められる。
c 以上のとおりであるから、本件考案は、引用例2、3の考案と同一とはいえないし、引用例1ないし3からきわめて容易に考案することができるものとも認められないので、本件無効審判請求は理由がない。
4 審決の取消事由
審決の理由の要点(1) 、(2) は認める。同(3) aのうち、本件考案の要旨記載の「2個の滑車を斜め上下に配設した」構成の技術的意義が実用新案登録請求の範囲に記載された事項のみから十分明確に把握することができないとする点及び上記の構成要件の解釈並びにかかる解釈を踏まえて本件考案が引用例2、3と同一ではないとする点は争うが、その余の事項は認める。同(3) b、cは争う。審決は、本件考案の前記「2個の滑車を斜め上下に配設した」構成の解釈を誤った結果、引用例2、3との対比判断を誤り、その同一性ないしは推考容易性を否定したものであるから、違法であり、取消しを免れない。
すなわち、本件考案の要旨中の「2個の滑車を斜め上下に配設した」との構成要件は、文字どおり、2個の滑車が斜め上下の位置関係にあれば足りるのであり、このことは上記構成要件の記載自体から一義的に明らかであって、何ら疑義を差し挟む余地はないのであるから、上記の意義以上に格別の限定を付すべきものではない。
しかるに、前記本件考案の要旨に対する審決の解釈によれば、本件考案は、(a)グラブバケット等の上板上面に固定される基台に2個の上部ローラーを並列し、その隙間に沿った直下に2個の滑車を直列的に配設してなるワイヤーロープの振れ止め装置において、(b)2個の滑車はその垂直方向においてそれぞれの軸心が上下に離間していること、(c)垂直投影したときの両滑車は、見掛け上、両滑車の外周縁同士が重なり合うように斜めに配設してあること、(d)2個の滑車は、ワイヤーロープの直径に相当する程度にまで両滑車の溝底間の距離が接近させられた状態となるようにして、ワイヤーロープにそれぞれの滑車の溝底面が接する程度となるように配設したこと、を要件としたこととなる。しかしながら、前記の「2個の滑車を斜め上下に配設した」との構成要件の意義は一義的に明らかであり、疑義を差し挟む余地がないにもかかわらず、審決は、上記の(c)においては「斜めの程度」を「両滑車の外周縁どうしが重なり合う程度」と、また、(d)においては両滑車の「接近度合」を「ワイヤーロープに各滑車の溝底面が接触する程度」とそれぞれ限定している解釈している点において、前記構成要件の解釈を誤ったものといわざるをえないのである。そうすると、「2個の滑車を斜め上下に配設した」との構成要件を前記のとおり正しく解釈した上で、これと引用例2、3とを対比すると、これらの引用例には、2個の滑車を斜め上下に配設した構成が示されているのであるから、本件考案は、前記各引用例に開示された公知技術と同一か、すくなくともこれらの公知技術からきわめて容易に考案できたものであることは明らかである。
したがって、本件考案中の前記構成要件の誤った解釈に基づき、各引用考案との対比を誤り、新規性及び進歩性を肯定した審決の判断は違法であり、取消しを免れない。
第3請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因に対する認否
請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定、判断は正当である。
2 反論
原告は、審決は、本件考案の要旨記載の「2個の滑車を斜め上下に配設した」との構成要件の解釈を誤ったと主張するが、以下に述べるとおり失当であり、上記構成要件についての審決の解釈に誤りはない。
すなわち、考案の要旨を解釈するに当たっては、実用新案登録請求の範囲における記載を基本としつつも、これを単に字義どおりに解釈するにとどまらず、従来周知の技術や考案の詳細な説明を勘案して、考案の企図する目的を達成し、作用効果を奏するように解釈すべきものである。
そこで、かかる観点から本件考案の要旨を検討するに、本件考案の詳細な説明によれば、グラブバケット等の運転中に生じるワイヤーロープの振止め装置における従来周知の技術は、2個の滑車を直列的に配設したワイヤロープ振止め装置であるため、両滑車の溝底間の空隙が広くなり、作動時におけるロープの振れが大きくなるという欠点を有していたため、本件考案においては、かかる欠点の解消を課題として、前記の本件考案の要旨記載の構成を採用したものであって、その奏する本件考案の作用効果は、<1>両滑車の溝間方向に生じるロープの振れを皆無ないし僅少に保ち、ロープと溝底面とのスリップを確実に防止すること、<2>滑車軸方向へのロープの振れや屈折に対しても、鍔縁の内面におけるロープとの接触面積を大きく保って滑車を回転させ、ロープと鍔縁の磨耗を減少させ、ロープの滑車間隙への噛込みや脱線を防止して、ロープの損耗も軽減することにある。 そうすると、前記の「2個の滑車を斜め上下に配設した」との構成はこのような観点から採用されたものであるから、前記のような作用効果を奏することを考慮してこれを解釈すると、「平面視したときの両滑車の鍔縁が重なるようにして溝底間の距離を狭める」という作用は、従来技術である両滑車を水平に配する方法では不可能であり、本件考案のように両滑車を斜め上下に配設して「平面視したときの両滑車の鍔縁が重なるようにして溝底間の距離を狭める」という作用を発揮し得るものであれば、静止状態でワイヤーロープが上下滑車の2点に接触するに至らなくとも、本件考案にいう「斜め上下」の構成といい得るのである。審決は、かかる点を考慮して前記のように「2個の滑車を斜め上下に配設した」との構成要件の意義を、「垂直投影したときの両滑車を、見掛け上、両滑車の外周円同士が重なり合って、ワイヤーロープの直径に相当する程度にまで両滑車の溝底間の距離が接近させられた状態となるように配設したこと」あるいは「両滑車の間を通過するワイヤーロープにそれぞれの滑車の溝底面が接する程度となるように配設されること」と適示しているところ、その趣旨は、結局のところ「2個の滑車を斜め上下に配設した」構成の技術的意義は、静止状態にある平面視において、両滑車の溝底面がワイヤーロープに接する程度に接近するように配設したこと、換言すれば、両滑車を斜め上下に配設して「平面視したときの溝底間の距離を狭める」という作用を発揮し得るものであれば、静止状態でワイヤーロープが上下滑車の2点に接触するに至らなくても、本件考案にいう「斜め上下」の構成といいうることを明らかにしているものであって、何ら、原告主張のような違法はない。
理由
1 請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
2 本件考案の概要
成立に争いのない甲第2号証によれば、本件考案は、土砂やヘドロの採掘、浚渫等に使用されるグラブ型ないしポリツプ型バケツトにおける巻き上げ用ワイヤーロープの振れ止め装置の改良に関する考案であることが認められる。
3 取消事由について
(1)原告は、本件考案の要旨中の「2個の滑車を斜め上下に配設した」との構成は、文字どおり、2個の滑車が斜め上下の位置関係にあれば足りることを意味しているのであり、このことは上記構成要件の記載自体から一義的に明らかであるから、本件考案の詳細な説明を参酌して、上記構成要件の意義を限定して解釈することは許されない、と主張するので、この点から検討する。
ここに「一義的に明らか」とは、単に文字面のみを追った文理を指すものと機械的に理解するのは相当ではなく、実用新案登録請求の範囲の記載から考案が全体として有する技術的意義を把握することが可能であるならば、実用新案登録請求の範囲の中の一部の記載が文理自体からその技術的意義を把握しにくいようにみられる場合においても、当該記載部分について考案の詳細な説明における技術的事項の記載を参酌して、その技術的意義を明らかにするこは許されるものというべきである。
これを本件についてみると、本件考案が「クラブバケツト等におけるワイヤーロープ振れ止め装置」に係るものであることは、その実用新案登録請求の範囲の記載自体から明らかなところである。
そこで、本件考案の出願前における上記装置に関する周知技術の状況についてみると、前掲甲第2号証によれば、巻上用のワイヤーロープを備えたクラブ型バケツトにおいては、ワイヤーロープの振れを防止することが一般的な課題とされ、そのための装置として、滑車併用式振れ止め装置があり、その一般的な構成は、上部ローラーの直下に、該ローラーの隙間に沿ってワイヤーロープを挟む2個の滑車の鍔縁が互いに近接するように直列的に配設することによってワイヤーロープの振れの防止を図るものであることが認められる。本件考案がワイヤーロープの振れ止め防止装置である以上、かかる従来の滑車併用式振れ止め装置を改良し、より効率的にワイヤーロープの振れの防止を図ることを目的としたものであり、本件考案がかかる技術的意義を有するものであることは、前記の周知技術に通じる当業者にとって明らかなところであるということができる。そこで、本件考案の出願前における上記のような周知技術を踏まえて、前記の「2個の滑車を斜め上下に配設した」との構成をみると、この構成要件が、グラブバケツト等におけるワイヤーロープ振れ止め装置における上部ローラーの直下に直列的に配設された2個の滑車の相互位置関係を規定しているものであることは、前記の当事者間に争いのない本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載自体に照らして明らかであり、そして、上記構成要件の記載からすると、直列的に配設された2個の滑車相互の位置関係が、斜め上下の関係にあることまでは明らかであるが、前記のような本件考案の出願前における周知技術と対比してみたとき、前記の「2個の滑車を斜め上下に配設した」との構成を、原告主張にように、単に文理のみにしたがって、2個の滑車が斜め上下の位置関係にありさえすれば足りると解釈するだけでは、周知技術との対比において、前記構成の有する技術的意義がいかなる点にあるのかが明らかではないといわざるをえない。そこで、かかる場合には、考案の詳細な説明を参酌して、前記構成の技術的意義を明らかにすることが許されるものというべきである。したがって、前記構成の意義が、その記載自体から一義的に明らかであるから、考案の詳細な説明を参酌することは許されないとする原告の主張はと採用できない。
そこで、本件考案の詳細な説明を参酌してみるに、前掲甲第2号証によれば、従来、この種のバケツトに装備されている振れ止め装置は、バケツトの上板上に一定間隔で並列されたローラーを上下井桁状に配置し、その中孔にロープを挿通するワイヤーロープ式あるいはローラーと滑車とを併用する滑車併用式が一般的であったが、滑車併用式振れ止め装置では、両滑車の溝底面間の空隙が広くなるため、作動時におけるワイヤーロープの振れが大きく、また、ワイヤーロープが滑車軸と同方向に屈折した場合に、ワイヤーロープと滑車の各鍔部との内接面積が極端に小さく、滑車との間にスリップを生じ、該部の偏磨耗が著しく、これがワイヤーロープ破損の原因となるほか、鍔縁の磨耗により両滑車間にワイヤーロープが噛み込んだり、脱線する等の問題が存したことが認められる。そこで、本件考案は、従来の振れ止め装置の有した上記のような欠点の解消を技術課題として、前記本件考案の構成、とりわけ、「2個の滑車を斜め上下に配設する」との構成を採択することにより、上記の各欠点を解消したものであることが認められる。すなわち、本件考案に係る振れ止め装置は、滑車を斜め上下にずらして配設するとの構成を採用することによって、この間を通過するワイヤーロープは上下滑車の溝底の2点で支持されるから、両滑車の溝間方向に生ずるワイヤーロープの振れを皆無ないしは僅少に保つことによつて、正常作動時のワイヤーロープと溝底面とのスリップを確実に防止するとともに、ワイヤーロープの滑車軸方向への屈折に対しても、鍔縁の内面におけるワイヤーロープとの接触面積が充分大きく保たれることによって、滑車の回転を容易にし、ワイヤーロープ及び鍔縁の磨耗に伴うワイヤーロープの滑車間隙への噛み込みや脱線を確実に防止したものであることが認められ、他にこれを左右する証拠はない。そして、本件考案の出願前周知の滑車併用式振れ止め装置における滑車のワイヤーロープに対する接触部分(溝底面)の構造、溝底面の寸法及び溝の深さが審決摘示のとおりであることは当事者間に争いがない。
以上によれば、本件考案は、グラブバケツト等におけるワイヤーロープ振れ止め装置における従来技術の問題点が、溝底面間の空隙が広すぎること、及び、ワイヤーロープと滑車の各鍔部との内接面積が極端に小さいことの2点にあるものと認識し、かかる問題点を改良することにより、ワイヤーロープの溝間方向における振れ及び滑車軸方向への屈折の防止を図るべく、前記の「2個の滑車を斜め上下に配設した」との構成を採択したものであることが明らかなところである。そうすると、前記の当事者間に争いのない本件考案の出願前周知の滑車併用式振れ止め装置における滑車の溝底面の構造、溝底面の寸法及び溝の深さを前提として、斜め上下に配設した2個の滑車の間にワイヤーロープを帳設した構成によってワイヤーロープの溝間方向における振れを防止するためには、単に2個の滑車が斜め上下に配設されているという構成を採用しただけでは足りず、2個の滑車の間にあるワイヤーロープが、斜め上下に配設された各滑車の溝底面と同時に接触していることを要するものであることは明らかである(本件明細書第2図参照)。したがって、前記の「2個の滑車を斜め上下に配設」するとの構成は、正に滑車とワイヤーロープとのかかる位置関係を保持するために採択された構成というべきである。
次に、滑車軸方向への屈折の防止であるが、かかる作用を営むのは、主としてワイヤーロープと接する各滑車の鍔縁の内面であるから、鍔縁内面とワイヤーロープとの接触面積が可能な限り大きい方が鍔縁内面の持つワイヤーロープに対する保持力が大きく、ひいてはワイヤーロープの屈折の防止により一層有効であることは明らかなところである。そうすると、鍔縁内面とワイヤーロープとの接触面積を可能な限り大きく保つためには、少なくとも、ワイヤーロープは各滑車の溝底面に接触することが必要であり、かかる構成は、前記のワイヤーロープの溝間方向における振れを防止するための構成と同一であるから、結局、本件考案は、前記の「2個の滑車を斜め上下に配設した」構成を採択することによって、ワイヤーロープと両滑車の溝底間とを接触させることにより、前記の各目的を達成しようとしたものであると解するのが相当である。
以上のとおり、本件考案の「2個の滑車を斜め上下に配設した」との構成を、本件考案の詳細な説明欄に記載された従来技術の問題点及び本件考案の課題並びに本件考案の奏する作用効果等を参酌して解釈するならば、2個の滑車の間にあるワイヤーロープが各滑車の溝底面に接するように、2個の滑車を斜め上下に配設した構成、すなわち、審決が摘示する、「2個のローラーの隙間に沿った直下に直列的に配設した2個の滑車を水平面上に垂直投射したときの軸間距離を、垂直投影されたそれぞれの滑車の溝底面がワイヤーロープに接する程度に接近するようにして配設したこと、換言すれば、垂直投影したときの両滑車を、見掛け上、両滑車の外周縁同志が重なりあって、ワイヤーロープの直径に相当する程度にまで両滑車の溝底間の距離が接近させられた状態となるように配設したこと」を意味するものと解するのが相当というべきであり、審決のかかる解釈に誤りはないというべきである。
(2) 次に、各引用例についてみるに、各引用例に記載の技術的事項が審決摘示のとおりであることは、当事者間に争いがなく、この争いのない事実によれば、引用例1に本件考案の構成が開示されていないことは明らかである。そこで、引用例2についてみると、前記当事者間争いのない同引用例記載の技術的事項中には、本件考案における前記2個の滑車の配設に関する明示的な記載はなく、成立に争いのない甲第4号証の1(引用例2に係る米国特許第3491468号明細書)によれば、同引用例記載のFig1の上部滑車ブロック10の右側に記載された2個の滑車が認められるところ、同図には、大小2個の滑車が鍔縁上端の高さをほぼ同一とし、その軸心を斜め上下にし、対向する鍔縁の間に僅かな間隙を設けた配列が示されていることが認められるが、かかる記載からは、上記2個の滑車とワイヤーロープとの位置関係は全く明らかではないから、同引用例に本件考案の前記2個の滑車に関する構成が記載又は示唆されているものと解することはできない。また、引用例3についてみると、前記当事者間に争いのない同引用例記載の技術的事項には、本件考案における前記2個の滑車の配設に関する明示的な記載はなく、成立に争いのない甲第5号証の1(引用例3に係る米国特許2007704号明細書)によれば、同引用例記載のFig2の2個の案内滑車15が認められるところ、同図には、ほぼ同程度の大きさの2個の滑車が鍔縁上端の高さをほぼ同一とし、その軸心を斜め上下にし、対向する鍔縁をほとんど接するようにして配列され、その間をワイヤーロープが挿通している態様が図示されていることが認められるが、上記2個の滑車の溝底とワイヤーロープとの位置関係は全く明らかではないから、同引用例に本件考案の前記2個の滑車に関する構成が記載又は示唆されているものと解することはできない。
(3) そうすると、引用例2及び3の上記の開示事項に照らすと、審決が上記の各引用例と本件考案が同一ではないとした判断は正当であり、この点に原告指摘の誤りはない。また、引用例1ないし3に基づき本件考案の前記2個の滑車に関する構成を容易に推考することが可能か否かについてみるに、引用例1に本件考案の2個の滑車に関する構成の記載がないことは前述のとおりであり、かつ、引用例2、3にもこの点に関する構成が開示されていないことは前記のとおりであるから、引用例1ないし3から本件考案の構成を容易に推考し得ないとした審決の判断は正当であり、この点にも原告指摘の誤りはない。 (4) 以上によれば、審決には原告主張の違法はないというべきである。
4 よって本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 松野嘉貞 濱崎浩一 田中信義)
別紙図面1
別紙図面2
別紙図面3
別紙図面4