東京高等裁判所 平成4年(行コ)133号 判決 1998年12月15日
控訴人
東村山税務署長事務承継者
四谷税務署長赤羽修
右指定代理人
都築政則
外八名
被控訴人
シルバー精工株式会社
右代表者代表取締役
大中茂
右訴訟代理人弁護士
永島孝明
黒田健二
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の申立て
一 控訴の趣旨
1 原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。
2 右取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文第一項と同旨
第二 当事者の主張
当事者双方の主張は、次のとおり付加、補充するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決六枚目裏四行目の「昭和五七年」を「昭和五八年」に、一一枚目裏二行目の「二」を「四」に、一二枚目表一行目の「三」を「五」に、二四枚目裏最後の行の「四」を「六」に、三〇枚目裏九行目の「原告への輸出」を「米国への輸出」に、それぞれ改める。)。
なお、本判決では、略称は原則として原判決の例によるが、略称のみで分かるようにするためにやや変えたものもある。また、原判決が引用する特許法の規定は、本件契約締結当時のものであるが、本判決においても当時の規定で引用する。
一 控訴人の主張
1 (従前の主張の補充)
本件契約の文言に加え、本件契約の締結に至る経緯や契約に関する当事者の利益状況等諸般の事情を総合すれば、本件金員は、本件契約上発生するすべての被控訴人の権利利益の対価であると解釈すべきである。
(一) すなわち、原審において主張した事実のほかに、次の事実が存在する。
(1) 本件金員は、内国法人である被控訴人が支払ったものであり、本件契約により被控訴人が現実に取得したのは、我が国において本件出願権に抵触する製造をすることができる地位等である。
(2) 本件米国特許権を実施しているのは、後述する本件プリンター等を米国に輸入し販売した被控訴人の米国子会社であって、本件プリンター等を我が国で製造した被控訴人自身ではないから、被控訴人自身が米国において本件米国特許権を使用した対価が本件金員に含まれているとは評価できず、現に、被控訴人は、米国子会社の負担すべき使用料を負担したとして寄付金課税の税務処理を行うことはしていない。
(3) 被控訴人は、キューム社から、本件出願権を根拠として警告及び補償金の支払請求を受ける可能性が十分にあった。
(4) ITCが本件プリンター等の米国への輸入を差し止めた場合、被控訴人は事実上本件プリンター等の製造をすることができなくなる。
(二) これらの事実を考慮すると、本件金員は、専らあるいは主として、右控訴人が取得するところの「我が国において本件出願権に抵触する製造をすることができる地位等」に対する対価として支払われたものであると解することができる。
2 (当審で追加した主張)
仮に、本件金員が本件出願権について被控訴人が我が国で製造することの対価であるとはいえないとしても、本件金員は、キューム社から導入した許諾特許(本件米国特許権)に対応する技術の使用の対価とみることができるから、所得税法一六一条七号イ所定の「使用料」に当たるものというべきである。
すなわち、右の「使用料」とは、技術等の実施、使用、採用、提供若しくは伝授又は技術等に係る実施権若しくは使用権の設定、許諾若しくはその譲渡の承諾につき支払を受ける対価の一切をいうものと解すべきである。そうすると、金員の支払が、特許権、その対応特許又はその出願中の権利の使用の対価には当たらないとしても、何らかの技術の使用の対価であれば、右の「使用料」に当たるということができる。本件において、本件契約締結後において被控訴人の本件プリンター等の製造方法は変わらないとしても、本件契約を契機として、キューム社から被控訴人に対する本件米国特許権に対応する技術の導入が行われたということができる。そうすると、本件金員は、専ら本件米国特許権に係る技術導入の対価であり、日本国内における本件プリンター等の製造の対価であると考えられる。
3 (不納付加算税賦課決定について)
租税条約に関する租税届出書等の提出に係る還付請求及び還付金の受領は、源泉徴収義務者である被控訴人ではなく受給者であるキューム社が行うものであって、キューム社の国内源泉所得に係る所得税につきされた本件納税告知の後に右届出書等が提出されても、源泉徴収義務者に対してされた本件各不納付加算税賦課決定の基礎とされる源泉税額に変動はないのであり、右還付によって本件納税告知が遡って違法とされるものでもないから、本件不納付加算税賦課決定の根拠が覆されることはない。
4 控訴人の主張の要旨は以上のとおりであるが、控訴人の主張の詳細は、別紙一の(一)(二)(三)(控訴人第四、第五、第八準備書面)のとおりである。
二 被控訴人の主張
1 (控訴人の主張1に対し)
本件出願権は、本件契約締結当時、特許権として成立しておらず、補償金請求権すら存在していなかったのであるから、それに対する侵害ということはそもそもあり得ない。現に、本件について被控訴人とキューム社との間では、本件出願権は全く議論の対象になっていなかった。
また、米国特許の効力が及ぶ米国において、その特許がカバーする製品が子会社(現地法人)等によって販売されている限り、その製品のメーカーがその米国特許についてライセンスを取得して使用料を支払うことは頻繁に行われていることである。製品が販売される国で特許侵害を補償することは、メーカーの業務に深く関わっていることであり、本件でも、メーカーたる被控訴人が、特許侵害の補償(すなわち米国特許の使用料)を負担したとしても、米国子会社に対する寄付行為とはいえない。本件においては、キューム社が親会社である被控訴人に本件金員の支払を要求したので、被控訴人がこれに応じたにすぎず、そうだからといって、本件金員が我が国における製造の対価であるとすることは正当でない。
2 (控訴人の主張2に対し)
被控訴人が本件プリンター等を製造した技術は、自己が開発した技術であり、キューム社から開示又は移転を受けたものではない。本件契約で明確に支払金の対象が本件米国特許権であるとしている以上、被控訴人はその権利の効力を回避することに対して対価を支払っているのであり、権利の客体である発明それ自体に対価を支払っているのではない。本件では「技術」という財産又は権利の使用などはなく、また使用料の対象として明確に特許権という権利が存在するにもかかわらず、その権利の客体を一定範囲の効力をもった特許権から分離して、それをもって使用料の対象と判断することは失当である。
3 (不納付加算税賦課決定について)
租税条約に基づき届出書が提出された以上、源泉徴収税額は同条約に従って減額・還付されたものであり、その部分について本件各賦課決定処分は当然に違法となる。
4 被控訴人の主張の要旨は以上のとおりであるが、その主張の詳細は、別紙二「被控訴人の主張」のとおりである。
理由
第一 本件各納税告知及び本件各不納付加算税賦課決定等
請求原因1のとおり、控訴人が被控訴人に対し、外国法人キューム社の昭和五八年一二月分及び昭和五九年四月分の国内源泉所得に係る所得税に対する被控訴人の源泉徴収納付義務について本件各納税告知及び本件各不納付加算税賦課決定をしたこと、並びにこれに対する不服申立ての経過が原判決の別表記載のとおりであること、請求原因3のとおり、被控訴人がキューム社の本件国内源泉所得に係る各所得税を納付し、控訴人がその一部を還付したことは、いずれも当事者間に争いがない。
第二 還付された税額部分に係る取消しの訴えの適法性について
当裁判所も、本件訴えのうち、本件各納税告知中、「租税条約の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律」三条一項の適用によって減縮され、既に還付された税額に係る部分の取消しを求める訴えは、その取消しを求める利益を欠くに至ったものであって、不適法であると判断するが、その理由は、原判決がこの点について判示するところ(原判決三一枚目裏二行目から三三枚目裏二行目まで)と同一であるから、これを引用する(なお、この点については、被控訴人から控訴の提起はされていない。)。
第三 本件各納税告知の適法性について
キューム社の国内源泉所得に係る所得税につき被控訴人に対してされた本件各納税告知中、右減縮され還付された税額に係る部分を除くその余の部分の適法性について判断する。
一 争いのない事実
被控訴人が、昭和五八年一一月一七日、米国に本社を置く外国法人キューム社(キューム・コーポレーション)との間で、後記三認定のとおりの本件契約を締結し、本件契約に基づき、キューム社に対して昭和五八年一二月に四〇万米国ドル(昭和五八年一二月支払分)を、昭和五九年四月に三六万米国ドル(昭和五九年四月支払分。以下「米国ドル」を単に「ドル」という。)をそれぞれ支払ったこと(右各金員を併せたものが「本件金員」である。)及び被控訴人がキューム社の本件各国内源泉所得についての所得税をその各法定納期限(昭和五九年一月一〇日及び同年五月一〇日)までに納付しなかったことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 本件契約締結に至る経過
一の争いのない事実、証拠(甲一、二、四、五、六の1、2、七、八、一七、三一ないし三五、三八ないし四二、五七、五八、六一、乙一、二、五の1、2、六の1、八、原審証人佐々木三郎及び同江尻隆の各証言)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 被控訴人の事業内容等
(一) 被控訴人は、本件当時、東京都小平市<番地略>に本店を置き、国内に支店を設け、事務用機器及びその部品の製造販売等を事業目的としていた株式会社であり、米国法人「シルバー・リード・アメリカ・インコーポレーション」は、被控訴人の子会社(現地法人)であった(以下同社を「米国子会社」という。)。
(二) 被控訴人は、昭和五六年に、自己の開発した技術を用いるとともにシャープ製のエンコーダ(符号器)を購入してプリンター等に取り付けて、ロータリー・ホイール・インパクト・プリンター及び電子タイプライター(原判決で「本件装置」と呼ぶもの。以下「本件プリンター等」という。)を製造し、昭和五七年ころから対米輸出を始めたが、輸出の方法は、被控訴人が国内で製造した本件プリンター等を米国子会社に販売し、米国子会社が米国内及び中南米地域において本件プリンター等を販売するという方法であった。
なお、被控訴人は、本件契約締結当時(昭和五八年一一月一七日)は本件プリンター等を日本国内でのみ製造していたが、その後、昭和六一、六二年の二年間、英国においても本件プリンター等の製造を行った(しかし、これに対しては、英国特許権者であるキューム社から特許侵害の主張がされたことはなかった。)。
被控訴人が昭和五七年四月一日から昭和六〇年三月三一日までの期間に製造・販売した本件プリンター等の全販売数量に対する販売先別比率は、米国が57.0パーセント、米国以外の海外が37.1パーセント、国内が5.9パーセントとなっており、また、昭和五六年四月一日から昭和六三年三月三一日までの期間における被控訴人の売上高の推移は、本件契約が締結された事業年度(昭和五八年四月一日から昭和五九年三月三一日まで)が最高となっている。
2 キューム社の事業内容等
(一) キューム社は、昭和四八年に設立され、米国カリフォルニア州に本社を置くプリンター製造業者である。
キューム社は、特許を取得した独自方式の開発により、一九七八年(昭和五三年)ころには米国プリンター市場占有率五〇パーセントを保持していたが、被控訴人を含む日本企業が米国市場においてプリンターの販売を拡大したこと等により、本件契約締結の前年である昭和五七年末には、右米国市場占有率が約三五パーセントに低下していた。
(二) キューム社は、昭和四九年七月に本件米国特許発明について特許を出願し、昭和五一年六月二八日本件米国特許権を取得し(No四一一八一二九。本件契約では「許諾特許」と呼んでいる。)、本件契約締結当時、英国、カナダ、スウェーデン、イタリア、ドイツ、フランスにおいてその対応特許権を有していた。
(三) キューム社は、日本においては、昭和五〇年七月一日、本件米国特許発明と同一の発明又はその一部について特許出願した(特願昭五〇―八一三五八。控訴人は、後記第一項クレームも含み、ほぼ本件米国特許発明に対応すると主張するが、被控訴人は、第八項クレームといわれる印字圧制御装置の部分のみであると主張する。)。右特許出願については、本件契約締結以前の昭和五一年三月三日に出願公開がされていたが(特開昭五一―二五九三一。右出願公開によって発生する権利を「本件出願権」と呼ぶ。)、本件契約締結後の昭和五九年九月一三日、右特許出願について出願公告がされ(特公昭五九―三八一一四)、更に昭和六三年一月一四日に至り、特許として登録された(特許番号一四二〇一八九)。
また、キューム社は、昭和五七年一一月二七日に、右特許出願の分割出願として、本件米国特許発明の一部について特許出願し(本件米国特許権の第一項クレーム。オプティカル(光学的)エンコーダを使用した回転ホイールの正確な位置決めに関する機構。被控訴人は、昭和五〇年にした右特許出願に係る発明とは別の部分であると主張する。)、本件契約締結後の昭和五九年四月一二日に出願公開された。
3 キューム社によるITC提訴
(一) キューム社は、2(一)記載の日本企業の進出によって自己の米国市場占有率が低下することを懸念して、米国国際貿易委員会(以下「ITC」という。)に対し、日本企業を相手方とし、「右日本企業のプリンター製品を米国に輸入・販売することは、キューム社の有する本件米国特許権を侵害するものであるから、右輸入は不公正な競争であり、米国国内の産業に実質的な損害を与えている。」と主張して、米国関税法三三七条に基づき、右プリンター製品の輸入の差止めを求める訴えを提起した。すなわち、まず昭和五八年三月、リコー等日本企業数社を相手方として、輸入差止めの訴えを提起し、次いで昭和五八年六月、被控訴人、ブラザー工業株式会社及びキャノン株式会社の三社を相手方として同様の訴えを提起し(本件ITC訴訟)、さらに昭和五九年一月、シャープほか六社の日本企業を相手方として同趣旨の訴えを提起した。
(二) ITCは、いわゆる独立行政委員会であって、ITCにおける訴訟は、公益的な見地から米国産業を保護することを目的として、米国の産業に対する侵害と認められる行為につき、損害賠償又は差止めを命ずるものであり、その手続は、米国行政手続法の定めに従い、訴訟の相手方に対し極めて短い期間内に答弁書の提出及び証拠の開示を求めるとともに、ITCは、調査開始から原則として一二か月以内に(事件が複雑な場合にあっては一八か月以内に)調査を完了し、争点に対する決定をすべきこととされていた。
4 本件契約の交渉の経緯
(一)右ITC訴訟において、キューム社は、相手方である日本企業に対し次々に和解を申し入れたが、日本企業のうちエンコーダを製造・販売していたシャープを除く各社は、キューム社との間でそれぞれ契約を締結して和解し、約定のロイヤルティ名目の金員を支払った。なお、これら日本企業とキューム社との契約は、支払金額と日本国内における源泉所得税に関する条項を除き、いずれもほぼ同一内容であった。
(二) キューム社は、被控訴人に対しても和解による解決を申し入れた。右和解の条件は、被控訴人がロイヤルティ名目の金員を支払うこと、キューム社が本件ITC提訴を取り下げること、及び被控訴人又は被控訴人の関連会社が提訴対象とされたプリンターを世界中のどこで生産しても、また米国において販売しても、過去・将来にわたり行政上又は司法上の訴訟をしないこと等を内容とするものであった。
被控訴人は、本件ITC訴訟が長引いた場合には、米国弁護士に対し莫大な額の報酬及び費用の支払を余儀なくされるものと予想し、また、当時、いわゆる日米貿易摩擦の激化に伴い、日本企業に対するITCへの提訴が相次いでいたことでもあり、ITCが米国企業の保護を重視した決定をするおそれも強いと判断した。そして、被控訴人が米国に向けて輸出する製品は、被控訴人の全製品の約四分の一を占める有力な商品であったため、万一本件ITC訴訟に敗訴して右製品の米国への輸出が差し止められることになれば、極めて大きな影響を受けることを考え、また、同じくキューム社から提訴された他の日本企業はほとんどキューム社との和解に応じていたから、ひとり被控訴人のみキューム社との和解を拒否するのは得策でないとも判断した。
被控訴人は、右のような事情を考慮し、和解交渉に応ずることとし、昭和五八年一〇月二五日及び二六日の両日キューム社側と交渉した。
5 本件契約交渉の内容
(一) 右和解交渉では、被控訴人側は、キューム社と和解して本件ITC訴訟を取下げによって終了させることと、和解に際してキューム社に支払う金額を、右訴訟に応訴した場合に要する費用や将来にわたり米国内において許諾製品を販売する場合に得られる利益と比較して低廉なものとすることを主たる戦略として交渉に臨んだ。
(二) 右交渉では、契約の案分及びロイヤルティの料率については、キューム社と同趣旨の契約を締結していた日本企業のうち、被控訴人と業態の類似するブラザー工業との間で締結された契約に依拠することとされた。
そのため、右交渉で現実に問題とされたのは、①過去のロイヤルティの額、②今後米国に輸出できる本件プリンター等の台数、③将来のロイヤルティの前払金の額であった。キューム社側は、①の過去のロイヤルティにつき二三万ドル、②の輸出台数につき五〇万台、③の将来のロイヤルティにつき五七万ドル(被控訴人の製品ごとに、それが本件米国特許権の特許請求に属する各クレームのうちのいずれを実施するかに応じて各製品の正味販売価格に一定の割合を乗じたランニングロイヤルティを支払うこと、かつ、そのうち五七万ドルを前払すること)とする提案をした。
(三) 被控訴人の側では、①については、あらかじめ過去に米国に輸出したプリンター及びタイプライターの台数を調査し、これを基礎として過去のロイヤルティの目処となる額を概算していたので、キューム社から提示された二三万ドルと右調査結果とを比較し、また、本件ITC訴訟を現実に追行した場合の費用の見込額や、聞き及んでいたブラザー工業の妥結した支払金額とも比較衡量し、右二三万ドルを一九万ドルと減額させることとした。
また、②③の将来分の輸出台数及びロイヤルティについては、被控訴人が本件米国特許権侵害を技術的に回避することが可能となるか右発明が陳腐となるまでの間は、引き続き製品を米国に輸出し販売することが得策であると判断した上で、キューム社の右提案を受諾することにした。
(四) 右交渉の際に、被控訴人とキューム社との間において、我が国におけるキューム社の工業所有権の存否、とりわけ我が国においてキューム社が本件米国特許権の対応特許権を有するかどうかといった事柄は、具体的な話題ないし協議には上らなかった。しかし、前記のとおり、当時、キューム社は、我が国において米国特許の一部を対応特許として出願し、出願公開されており、また、被控訴人側では契約担当者の中にもこの事実を知っていた者がいた。そして、後にみるように、本件契約五条aに、キューム社が被控訴人に対し、将来にわたってではあるが、対応特許による特許権を主張しない旨の条項が置かれた。
(五) なお、本件契約における「源泉徴収不要」との条項は、キューム社の用意した案文に記載されていたもので、被控訴人も特に異議を述べず、成約に至ったものであった。
6 本件契約の締結及び本件金員の支払
(一) こうして、被控訴人は、キューム社との契約に応ずることとし、昭和五八年一一月一〇日、外国為替及び外国貿易管理法(平成三年法律第四〇号による改正前のもの)二九条一項に基づき、あらかじめ大蔵大臣及び通商産業大臣あてに本件契約の概要を記載した「技術導入契約の締結に関する届出書」(甲二)を提出した。
そして、同年一一月一七日、キューム社との間で本件契約(甲一)を締結した。
(二) 被控訴人は、本件契約に基づき、キューム杜に対し、同年一二月に四〇万ドルを、昭和五九年四月に三六万ドルを、それぞれ支払った(合計七六万ドル。本件金員)。なお、右各支払の段階では、被控訴人は源泉徴収義務があるとは考えていなかったので、源泉徴収額を控除することなく、全額を支払った。
(三) その後の昭和六〇年七月、ITC訴訟のうちシャープが応訴していた事件において、キューム社の特許のクレームの一部(重要部分)が無効であるとの決定がなされた(控訴審、上告審でも同一の結論が出された。)。被控訴人は、その時点では、将来のロイヤルティの前払金として支払った五七万ドルのうち約三三万ドル分しか使用していなかったが、本件契約では、既に支払ったロイヤルティは返還されないものとされていたので、残りの二四万ドルについても返還を求めなかった。しかし、逆に、その後米国への輸出によるロイヤルティの使用料が七六万ドル分を超えた後も、ロイヤルティを支払うことはしなかった。
7 その後の経緯
(一) 被控訴人と同じ時期にキューム社からITCに提訴されたキャノンは、被控訴人とほぼ同じ時期に、キューム社との間で、本件契約とほぼ同様の和解をし、ほぼ同様の趣旨の金員を支払ったが、昭和五九年一月、国税庁あての書面で、国内源泉所得の徴収納付義務があるかどうかを問い合わせたところ、同年二月、徴収納付義務がある旨の回答がされたので、これを納付した。
(二) 被控訴人は、本件国内源泉所得に係る所得税を各納期限に納付しなかったので、東村山税務署長は、昭和五九年九月ころ、納税が必要である旨を通知し、被控訴人との間で質疑を経た後、原判決の別表記載のとおり、昭和六〇年六月二九日、本件各納税告知をした。
被控訴人は、本件各納税告知等を争う一方で、本件各納税告知等を受けた税額を一応納付した。その後、キューム社は、昭和六〇年一〇月三日、被控訴人を経由して東村山税務署長に「租税条約に基づく届出書」を提出した上、同年一一月二日、日米租税条約に基づき、同条約の定める限度税率を超える金額につき還付請求をし、同年一一月二九日還付を受けた。
なお、キューム社は、他の日本企業との同種の契約に関しては、日本企業から源泉徴収所得税の控除を要求されたものもあったため、米国内国歳入庁に対し、日米租税条約二五条に基づく相互協議の申立てを行ったが、その後これを取り下げた(そのいきさつについて、被控訴人は、キューム社が一部の株式を他の企業に売却し、これによる利益につき十分な税額控除を受けたので、相互協議を求める実益がなくなったためであると主張している。)。
三 本件契約の内容
甲一(契約書)によれば、キューム社と被控訴人との間に締結された本件契約の条項は、ほぼ以下のとおりであると認められる。
《本件契約》
(前文)
AないしE(省略)
F キュームとシルバー精工は、シルバー精工に関するITC訴訟を終結させ、キュームの有する一条aの特許に関する両当事者間のすべての未解決の紛争を解決するため、本契約を締結することを希望する。
一条(定義)
a 許諾特許
「許諾特許」(Licensed Patent)とは、米国特許NO四一一八一二九とその継続、一部継続、分割、再発行及び延長を意味する(本判決では、「本件米国特許権」と呼んでいる。)。
b シルバー精工・インパクト装置
「シルバー精工・インパクト装置」とはシルバー精工のロータリー・ホイール・インパクト・プリンター及びシルバー精工のタイプライター(本判決で「本件プリンター等」と呼ぶもの)を意味する。
(以下省略)
二条(ライセンス許諾)
キュームは、シルバー精工及びその関連会社に対し、発効日を開始日として、本件契約書に規定するロイヤルティを支払うことを条件として、許諾特許に基づき、シルバー精工・インパクト装置を世界中で製造し又は製造させ、かつ、①シルバー精工・ロータリー・インパクト・プリンターを合計五〇万台、②シルバー精工・タイプライターを台数の制限なしに、直接又は間接に、米国で使用、リースし、販売する非独占の限定ライセンスを許諾する。
三条(許諾特許の不使用)
本件契約に基づき許諾された限定ライセンスの満了後、シルバー精工は許諾特許を使用しないというのが、シルバー精工の現在の意志である。
四条(解放)
キュームは、その名において及びその関連会社に代わって、発効日以前に発生した許諾特許の侵害についてのすべてのクレームから、シルバー精工、その関連会社、並びそれらの販売代理店、ディーラー、代理人及び顧客を解放、免訴し、永遠に免責し、かつ、発効日以前に米国に輸入され、又は米国で製造、使用、リース若しくは販売されたシルバー精工・インパクト装置についていかなる行政上又は司法上の訴訟を提起しないことに同意する。
五条(特許について主張しないこと)
a キュームは、キュームもそのいかなる関連会社も、キューム又はその関連会社が所有又は支配し、一九八八年一一月一七日以前に出願した(又は出願する)あらゆる国における特許(ただし、許諾特許を除く。)について、シルバー精工、その関連会社並びにそれぞれの販売代理店、ディーラー、代理人及び顧客に対し、シルバー精工・インパクト装置の製造、リース、使用又は販売を理由として、何らの主張もしないことを約束する。特許について主張しないという約束は、許諾特許の外国対応特許についても及ぶものである。
b シルバー精工は、シルバー精工もそのいかなる関連会社も、シルバー精工又はその関連会社が所有又は支配し、一九八八年一一月一七日以前に出願した(又は出願する)あらゆる国における特許について、キューム、その関連会社並びにそれぞれの販売代理店、ディーラー、代理人及び顧客に対し、ロータリー・ホイール・インパクト・プリンターとロータリー・ホイール・インパクト・タイプライターの製造、リース、使用又は販売を理由として、何らの主張もしないことを約束する。
六条(ロイヤルティ及び数量の決定)
a 米国内での使用、リース又は販売の目的で米国に輸出かつ輸入するためにシルバー精工が販売したシルバー精工・インパクト装置について、本契約で規定する条件に基づき、単一のロイヤルティが支払われなければならない。
(中略)
シルバー精工の関連会社が、シルバー精工・インパクト装置を米国内における使用、リース、又は販売の目的で米国に輸出かつ輸入するために販売した場合には、このシルバー精工の関連会社による販売は、シルバー精工による販売として取り扱われるものとする。米国外へ積換えのため米国内に「保税」で入ったものについては、ロイヤルティは発生しないものとする。ロイヤルティは、シルバー精工・インパクト装置について請求書が発付された時、又は請求書が発付されない場合は船積みにされた時に、発生する。本契約の下で行われる支払は、本契約書に基づく、シルバー精工に関するITC訴訟の終結と、許諾特許に関する両当事者間の未解決のすべての紛争の解決に対する対価である。したがって、日本の源泉課税は支払う必要がない。支払は、日本の源泉税の控除なしに行われるものとする。
b シルバー精工は、キュームに対し以下のごとく七六万ドルを支払うことに同意する。
ⅰ 一九八三年一二月一五日までに四〇万ドルを支払うこと。
ⅱ 一九八四年四月二日までに三六万ドルを支払うこと。
この金額のうち、五七万ドルは下記cで支払われるロイヤルティ額に関連し、同ロイヤルティ額に対して充当される(貸記される)前払金として取り扱われるものとする。七六万ドルはITC訴訟が本契約で意図したごとくシルバー精工について終結されない場合を除き、返還されないものとする。
c シルバー精工は、発効日から、各シルバー精工・インパクト装置の正味販売価格につき下記パーセンテージによる金額をキュームに対し支払うことに同意する。(以下省略)
七条(正味販売価格)
シルバー精工・インパクト装置の各モデルの正味販売価格は、シルバー精工のインボイス価格、FOBシルバー精工工場渡しとし、又は場合により、シルバー精工・インパクト装置のそのモデルの「ベーシック・タイプ」のものについては、米国向け輸出又は米国に輸入するため船積用に包装した内陸輸送費を差し引いたFOB日本空港/渡しとする。(以下省略)
八条(報告と支払)
本ライセンス期間中、各暦半期の終日から六〇日以内に、シルバー精工は、シルバー精工の権限ある代表によって証明された前暦半期間に米国向けに輸出したシルバー精工・インパクト装置の全数量と、シルバー精工・インパクト装置の正味販売価格の総額、それから控除した額、及びロイヤルティの計算を示した報告書をキュームに提出し、六条に従い支払期限の到来したロイヤルティをキュームの指定するキュームの銀行口座宛に電信送金で払い込むものとする。(以下省略)
九条(計算書)
シルバー精工は、八条で求められる各報告書の提出日から二年間、米国向けに出荷したシルバー精工・インパクト装置の全数量(米国外に積換えするために保税の形で船積されたものを除く。)、正味販売総額、それからの控除額、及び支払期限の到来したロイヤルティの計算及び報告書に示すべきその他の情報の計算と照合のために合理的に求められるすべてのデータを記載した真実かつ正確なファイル及び帳簿を保管しなければならない。
(以下省略)
一〇条(調査の終結)省略
一一条(期間と解約)
本契約書は、発効日から効力を生じ、後に規定する早期解約が行われない限り、許諾特許の満了まで有効とする。ただし、シルバー精工が上記六条bに規定された二つの支払を行った場合には、五条の規定に基づく不主張の効力は残存するものとする。
一二条(不履行による解約)省略
一三条(不履行の放棄)省略
一四条(通知)省略
一五条(解釈)省略
一六条(ロイヤルティの減額又は停止)
六条に従って、シルバー精工・インパクト装置に関してロイヤルティを支払うシルバー精工の義務は、クレームが無効化(インペアド)された日に、下表に従って停止又は減額されるものとする。(以下省略)
なお、以上のほかに、一七条(認めないこと)、一八条(無関係の書類)、一九条(公表)、二〇条(機密保持)、二一条(仲裁)、二二条(非譲渡性)、二三条(最恵譲受人)、二四条(不測の事態)、二五条(法的措置の停止)、二六条(確認判決申立防止に関する合意)、二七条(日本国法律の順守)、二八条(輸入支援に関する合意)が規宗されている。
四 所得税法の規定及び日米租税条約
1 所得税法は、非居住者及び外国法人に対しては、我が国に源泉のある所得(国内源泉所得)に対してのみ課税することとしている。これは、諸外国においても一般的に採用されている形態の制度であるといわれる。
所得税法一六一条は、「この編において「国内源泉所得」とは、次に掲げるものをいう。」と定め、一〇余の項目を掲げる。その一部を挙げると、次のとおりである。
(1) 国内の事業から生ずる所得
(2) 国内にある資産の運用・保有・譲渡から生ずる所得、国内にある土地等の譲渡の対価、国内にある不動産の貸付け等から生ずる所得
(3) 国内で行う人的役務の提供により生ずる所得等
(4) 日本の公債及び内国法人の社債の利子等
(5) 国内で業務を行う者に対する貸付金の利子
2 そして、所得税法一六一条七号は、次のとおり定める。
「 国内において業務を行なう者から受ける次に掲げる使用料又は対価で当該業務に係るもの
イ 工業所有権その他の技術に関する権利、特別の技術による生産方式若しくはこれらに準ずるものの使用料又はその譲渡による対価」
3(一) ところで、所得税法一六二条によれば、我が国が締結した二重課税防止のための条約に所得税法一六一条と異なる定めがある場合には、条約の定めるところによるとされているので、右所得税法と関連する条約について検討する。
(二) 「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び税脱の防止のための日本国とアメリカ合衆国との間の条約」(日米租税条約)は、次のとおり定める。
一四条(1) 「一方の締約国の居住者が他方の締約国内の源泉から取得する使用料に対しては、双方の締約国が租税を課することができる。」
六条(3)「第一四条(3)aに掲げる財産(…)又は権利の使用又は使用の権利に対する使用料……は、当該財産又は権利の一方の締約国内における使用又は使用の権利につき、当該使用料が支払われ……る場合に限り、当該一方の締約国内の源泉から生ずる所得として取り扱う。」
すなわち、日米租税条約は、一方の締約国(例えば米国)の居住者が他方の締約国(例えば我が国)内の源泉から取得する使用料に対しては、双方の締約国(米国及び我が国のいずれも)が租税を課することができるとしているものであり、また、いずれの国の源泉から取得する使用料であるかについては、使用料の根源となる財産・権利の使用地を所得源泉地とするいわゆる使用地主義を採っているものということができ、これらの点において所得税法一六一条と趣旨を異にするものではないということができる。
そして、日米租税条約一四条(3)は、次のとおり定める。
「この条において、「使用料」とは、次のものをいう。
a ……特許権、意匠、模型、図面、秘密工程、秘密方式、商標権その他これらに類する財産若しくは権利、ノウ・ハウ……の使用又は使用の権利の対価としてのすべての種類の支払金」
すなわち、同条項は、特許権その他これに類する財産若しくは権利あるいはノウ・ハウの使用の対価として支払われた金員は、日米租税条約上の使用料に当たるとしているのであり、したがって、前記所得税法一六一条七号イの規定と同趣旨を定めたものということができる。
(三) そうすると、所得税法一六一条七号イの規定は日米租税条約によって修正されていないのであるから、所得税法一六二条の適用はなく、結局、米国の法人に係る所得税法一六一条七号イ所定の国内源泉所得に対しては、所得税法一六一条に従って、我が国が源泉所得税を課すことができる。
五 所得税法一六一条七号イの国内源泉所得該当性について
1 国内源泉所得課税の趣旨等
(一) 所得税法一六一条七号イの規定は前記のとおりである。
すなわち、外国人が、
(1)ア 国内において業務を行う者から、
イ その業務に係るものとして
(2)ウ ⅰ「工業所有権その他の技術に関する権利」、ⅱ「特別の技術による生産方式」若しくはⅲ「これらに準ずるもの」の
エ 「使用料」の支払を受けた場合、又は「譲渡の対価」を受けた場合には、右支払を受けた金額は、国内源泉所得になるとする。
(二)(1) まず、右(1)アについてみると、前記二1に認定した事実によれば、被控訴人は、我が国内に本店及び支店を有し、我が国において本件プリンター等を製造し、我が国内において販売するとともに、主として米国子会社を通じて米国及び中南米に、また(子会社を通じてかどうかは不明であるが)その他の外国に輸出、販売しているものと認められる。そうすると、被控訴人自体は、主として国内において業務を営む者ということができるが、子会社を含めた全体としてみると、米国その他国外においても業務を営む者である。
したがって、次に(1)イの点、すなわち本件金員が被控訴人の我が国における業務(以下「国内業務」ともいう。)に係るものかどうかを検討すべきことになるが、そのためには、(2)の本件金員の性格が検討されなければならない。
(2) 次に、(2)についてみると、本件金員が「譲渡の対価」ではなく「使用料」であることは、ほぼ当事者間に争いがない。
したがって、本件金員が所得税法一六一条七号イのⅰ「工業所有権その他の技術に関する権利」、ⅱ「特別の技術による生産方式」、ⅲ「これらに準ずるもの」のいずれかに該当するか、また、そのいずれに該当するかを検討すべきである。
(三) そして、右の点の検討のためには、外国法人に対する課税制度の趣旨等も踏まえながら、本件契約の解釈及び本件金員をめぐる客観的状況を基に本件金員の性格を認定判断し、それが所得税法一六一条七号イの右ⅰないしⅲのいずれかの使用料に該当するかどうか、及びそれが被控訴人の国内業務に係るものか、国外業務に係るものかを判断すべきこととなる。
ところで、前記四3に掲げた所得税法一六二条の規定からすると、右の所得税法一六一条七号イの解釈と、日米租税条約における国内源泉性の解釈とは整合性を保持すべきこととなるところ、日米租税条約六条(3)では、前記のとおり「一方の締約国内(例えば日本国内)における権利等の使用又は使用の権利につき、当該使用料が支払われ……る場合に限り……当該一方の締約国内(例えば日本国内)の源泉から生ずる所得として取り扱う。」とされ、使用地主義が採られており、所得税法一六一条七号イもこれと趣旨を異にするものではないと解されているから、所得税法の「国内業務関連性」の検討は、日米租税条約の「財産又は権利の使用された地」を明らかにすることに通じるものである。
2 本件金員の性格
(一)(1) 本件契約の二条では、「ロイヤルティを支払うことを条件として」、キューム社が被控訴人に対して、本件米国特許権に基づき、本件プリンター等を(我が国を含む)世界中で製造し(A)、かつ、米国で販売すること等(B)のライセンスを許諾するとしているから、本件金員は、右A及びBの対価としての性格を有するものと解することができる(本件米国特許権とAの我が国等における製造のライセンス許諾との関係については、後に(二)で検討する。)。
また、本件契約六条によると、被控訴人が米国内での販売の目的で輸出入するために販売した本件プリンター等について、ロイヤルティを支払うべきこと及びその算出方法が明示されているから、右Bの点(米国における販売等のライセンス許諾)が本件金員の対価とされていることは明らかである。
(2) また、本件契約四条は、発効日以前に発生した本件米国特許権の侵害についてのすべてのクレームから、被控訴人と関連会社等を解放・免責し、発効日以前に米国に輸入・販売された本件プリンター等についていかなる行政上又は司法上の訴訟を提起しないとしており、他方、本件契約における被控訴人の主要な負担は本件金員の支払であるから、右解放・免責等も、実質的には本件金員の対価とみることができる。そして、右解放・免責は、主として前記Bの米国における販売等のライセンス許諾と関係するものということができる。
(3) さらに、本件契約五条aでは、キューム社は、一九八八年(昭和六三年)一一月一七日(本件契約締結の五年後)までに出願するあらゆる国における特許(外国対応特許を含む。しかし、本件米国特許権を除く。)について、被控訴人に対し、本件プリンター等の製造・販売等を理由として何らの主張をしないこと(特許の不主張)を約しており、他方、本件契約における被控訴人の主要な負担は本件金員の支払であるから、本件金員は、実質的には、右特許権不主張の対価の意味をも有すると解される。
もっとも、本件契約五条は、aとbが対をなし、キューム社と被控訴人が相互に特許権不主張を約束しているので、五条aの定めるキューム社が本件米国特許権に基づき本件プリンター等について被控訴人に対して何らの主張をしない旨の約束と、同条bの定める被控訴人が被控訴人の有する特許権に基づき本件プリンター等の製造・販売等についてキューム社に対して何らの主張をしない旨の約束とが対応し、五条aと本件金員とは対価関係にないようにみられなくもない。しかし、本件紛争の発端及び実質は、キューム社が同社の有する本件米国特許権が侵害されたと主張したことにあり、被控訴人が被控訴人の特許権が侵害されたと主張したことによるものではないから、実質的な意義を有するのは五条bよりも五条aである(被控訴人は、五条bは、本件契約後に被控訴人が技術を開発して特許を取得することを懸念したキューム社が設けたものと推測しているが、右は推測の域を出ない。)。そして、本件契約全体における双方の義務ないし負担を対比すると、本件金員の支払は、広義では、5条aに基づくキューム社の特許権不主張とも対価関係にあるものというべきである。
しかし、本件契約二条(ライセンス許諾)や六条(ロイヤルティ及び数量の決定)と対比すると、五条の特許権不主張は、二条のライセンス許諾に比べ、本件金員の対価としての性格は相対的に小さいと認められる。
(二) 右のように、本件金員の対価としては、右(一)の(1)ないし(3)が含まれるが、(1)のライセンス許諾には、米国における販売等のライセンスの許諾(前記B)のほかに、我が国を含むすべての国における製造等のライセンス許諾(前記A)が含まれ、(2)の解放・免責は、専ら米国における販売(B)に関するものであり、(3)の特許権不主張には、我が国等における製造に関する面(A)と、米国における販売に関する面(B)とが含まれている。
ところで、特許権は属地的なものであり、本件米国特許権は米国においてのみ効力があるものであって、被控訴人が米国以外で本件プリンター等を製造しても、その国における対応特許権に触れることはあっても、本件米国特許権に触れることはないはずであるから、本件米国特許権に基づき世界中で本件プリンター等を製造するライセンスを許諾する(前記A)ということは、矛盾を含むものである。
(1) 被控訴人の主張について
被控訴人は、右の矛盾について、世界中での製造のライセンス許諾(A)のうち米国以外における製造のライセンス許諾は、本件ロイヤルティの対価とはなっていないとし、Aの文言を入れたのは、米国における販売等のライセンス許諾(B)を引き出すためのいわば枕詞として必要であったこと、被控訴人の米国以外における製造が米国内における本件米国特許権に対する寄与侵害あるいは幇助侵害に該当するとされるおそれがあるから、被控訴人がそれを免れ得るために設けたものであると主張する。
しかし、本件契約二条の右の部分を単なる枕詞とは理解しにくいし、また、同条には寄与侵害の防止といった文言はなく、寄与侵害の防止を示唆する表現もされていないから、同条を被控訴人主張のように読むことは困難である。
(2) 控訴人の主張について
他方、控訴人は、キューム社が被控訴人に対し我が国等における製造のライセンスを許諾したことは、本件出願権の使用の許諾等を意味するか、キューム社の技術の導入を認めたものであると主張するので、検討する。
ア 本件出願権について
① 前記二2に認定のとおり、キューム社は、我が国において、本件米国特許権に係るものとして、昭和五〇年七月一日に特許出願をし(もっとも、右特許出願に係る発明が本件米国特許発明の重要部分をカバーしていたか、その一部にすぎなかったかについては、前記のとおり争いがある。)、右特許出願について、本件契約締結以前の昭和五一年三月三日に出願公開がされ、本件契約締結後の昭和五九年九月一三日に出願公告がされ、その後昭和六三年一月一四日に至り特許権設定の登録がなされ、我が国においても特許権が発生した。
本件契約締結の時点では、右特許出願は、出願公開されてはいたが、出願公告されていなかったところ、特許法六五条の三(現在の六五条)一、二項によると、特許出願人は、出願公開があった後に、ⅰ 発明の内容を記載した書面を提示して警告をしたときは、その警告後出願公告前に業としてその発明を実施したものに対し補償金の支払を請求することができ、ⅱ 警告をしない場合でも、出願公開がされた発明であることを知って業として発明を実施した者に対し補償金の支払を請求することができるが、右補償金請求権は、出願公告があった後でなければ行使することができないとされている(なお、被控訴人は、右補償金請求権行使のためには、さらに、模倣されたことが要件となると主張する。)。
また、特許出願が出願公告されると、特許出願人は、業として特許出願に係る発明を実施する権利を専有することになる(特許法五二条一項)。
さらに、出願された発明が将来特許を得れば、特許権に基づき、出願に係る発明を専有する権利を得ることになり(特許法六八条)、他の者に対して差止めその他の権利を得ることになる。
そうすると、特許出願人は、出願公開の段階においても、一定の要件の下に前記補償金請求権を取得しており、また、将来出願公告さらには特許を得る可能性に関する利益を有することになる。その意味で、これらを本件出願権と呼ぶことができる。
ところで、右のとおり、特許出願は、出願公開されても、一般には、その存在を知ることが困難であるため、補償金請求のために出願人による警告を要件としたものであるが、被控訴人は、キューム社からのITC提訴後、右出願公開の事実について調査することは十分可能であったし、前記二5(四)に認定したように、被控訴人の本件契約担当者の中には、右出願公開の存在を知っていた者がいた。
② キューム社が米国で特許出願をしてから約一年後に我が国においても本件米国特許権の対応特許について特許の出願をしたことは、キューム社が、本件米国特許権に対応しその内容をなす技術は我が国においても有用で価値があると考え、我が国においても特許を取得することを目指していたことの証左であると考えられる(ただし、キューム社は、当時、被控訴人等の日本企業に対し、本件出願権に基づき補償金請求をしていなかったばかりか、前記警告もしていなかった。)。
他方、被控訴人としても、本件契約五条aの特許権不主張の合意を得ることは、我が国で本件プリンター等を製造し続けても、キューム社から補償金請求権の行使を受けないこと、将来成立し得るキューム社の我が国における対応特許権に触れないことにおいて、客観的には一定の利益があったものと考えられる(もっとも、被控訴人は、キューム社による補償金請求権の行使等を強くおそれていたとは認め難い。また、前記二5(三)に認定した本件プリンター等の許諾台数の定め方等に照らすと、被控訴人は、キューム社の我が国における対応特許権の成立をやや先と予想したためか、これをそれほどおそれていたとも認め難い。)。
③ そうすると、本件契約交渉において、本件出願権について実際に具体的な協議がされたとは認められないけれども、本件契約五条a(特許権不主張)において、キューム社が本件契約の五年後までに出願するあらゆる国における特許権(本件米国特許権を除く。)については被控訴人に対して何らの主張をしないことを定めたのは、我が国においても、本件出願権による補償金請求権等を行使しないこと、本件出願権が将来特許として成立した場合においてもこれに基づいて何らの主張もしないことを約束したものとみることができる。
本件契約二条においては、「許諾特許(本件米国特許権)に基づき」我が国等における製造のライセンスを許諾するとしているだけであるが、五条aと合わせると、結局、被控訴人は、本件金員を支払うことにより、我が国等においてキューム社から何らの主張も受けないで本件プリンター等を製造する自由ないし利益をも得たことになる。
そして、本件契約における被控訴人の主要な負担は本件金員の支払であるから、本件金員は、実質的には、右のような自由ないし利益を被控訴人に与えることの対価としての面があることは否定し難い。そして、右の面に着目する限り、本件金員は、所得税法一六一条七号イの「工業所有権その他の技術に関する権利……の使用料」とみることもできるというべきである(もっとも、前記二で認定した本件における実情からすると、本件金員の対価としての意味合いの点においては、本件出願権にかかわらず被控訴人が我が国等における製造を事実上容認されること(A)は、本件米国特許権による米国内の販売等のライセンスの許諾(B)に比べて、相対的に比重が小さかったことは否定できない。)。
イ 技術導入(技術使用の許諾)について
① また、本件米国特許権に基づき我が国等において本件プリンター等を製造するライセンスを許諾するという本件契約二条の前記内容を矛盾なく理解するためには、被控訴人がキューム社から、本件米国特許権に対応しその内容をなす技術に基づき、我が国を含む世界中で本件プリンター等を製造することを許諾されたものと理解することもできなくはない。
前記二6(一)に認定のとおり、被控訴人は、大蔵大臣及び通商産業大臣あてに「技術導入契約の締結に関する届出書」(甲二)を提出し、本件契約の概要を報告した。右届出は、外国為替及び外国貿易管理法(平成三年法律第四〇号による改正前のもの)二九条一項に基づくものであり、右表題は、同条項にいう「工業所有権その他の技術に関する……使用権の設定」等を意味するものであって、導入する技術を本件米国特許権としている点を含め、ほぼ本件契約の内容を記載したものであるが、本件米国特許権に対応する技術を導入したこと又は右技術の許諾を受けたことを記載したものとみることができる。
そうすると、本件金員は、右のような技術に関する権利又はこれらに準ずるものの使用の対価として支払われたものと解することもでき、これは、所得税法一六一条七号イの「工業所有権その他の技術に関する権利、特別の技術による生産方式若しくはこれらに準ずるものの使用料」に当たるものと解することも可能である。
② これに対し、被控訴人は、技術には公開されている技術と公開されていない技術があるが、ノウハウ等の公開されていない技術と異なり、公開されている技術は公共のものであり、特許権で保護されていない限りだれでも自由に無償で利用することができるものであるから、これを使用した場合いかなる意味においても使用料が発生することはあり得ないものであり、また、特許ライセンスは、特許権者が特許権の効力たる排他権を発動しないという不作為義務を相手方たる被許諾者に対して負担することを意味し、ライセンシーから特許権者に支払われるロイヤルティはこの不作為義務に対する対価であるのに対し、技術ライセンスの場合はまさに技術の使用の対価であって、特許ライセンスと技術ライセンスとは異なると主張する。
確かに、特許に対応する技術であれば、特許権による保護以外にはないとも考えられる。しかしながら、一般に公開されているといないとにかかわらず、技術はそれ自体財産的価値のあるものであって、特許権(対応特許)で保護されない限り財産的価値が全くないものということは相当でなく、産業上価値のある技術を使用させ、これに対して対価として使用料を徴求することはあり得るところである。そして、所得税法一六一条七号イは、「これらに準ずるもの」と規定することにより包括的な定めをしているから、右のような場合には、その使用料は所得であって、これに対して課税することができるものと考えられる(もっとも、本件においては、被控訴人は、本件契約の前後を通じてキューム社から新たな技術を学んで受け入れたとは認められず、被控訴人の技術によって製造していたものについて、キューム社の本件米国特許権に対応する技術によるクレームを受けないことになったにとどまると認められる。)。
ウ 前記のとおり、本件契約の二条は、明らかに、被控訴人が世界中で本件プリンター等を製造するライセンスを許諾すると定めており、右の定めは被控訴人の主張する寄与侵害、幇助侵害との関係で挿入したとは考えにくいから、被控訴人が我が国において本件プリンター等を製造することのできる地位も許諾され、これも含めたものが、本件ロイヤルティを条件に発生するとされている以上、本件金員との対価関係を否定することは困難である。また、外国対応特許も含めた特許権不主張の点も広義では本件金員の対価となっており、これには我が国における製造に関する面を含むものである。
そして、キューム社による許諾の根拠は、本件出願権とみることもできるし、被控訴人の主張するような右の技術であるとみることも可能であるというべきである。
(三) 本件金員の性格は以上のとおりであるが、結局において、その対価には、我が国等における製造のライセンス許諾、我が国における製造について特許権等を主張されないこと等の我が国における製造に関する面(A)と、米国における販売のライセンスの許諾、米国における販売に関するクレームからの解放、米国における販売等に対する特許権不主張の面(B)の双方の面を含むとみることができる。
3 国内源泉所得性(国内業務関連性・使用地)
(一) 我が国で製造することの許諾等に対する対価について
(1) 以上のとおり、被控訴人は、我が国において、本件出願権又は右許諾された技術を使用して本件製品を製造し得るとされたのであるから、その使用料とみ得る部分は国内源泉所得になる可能性があるといわなければならない。
(2) なお、本件契約六条aには、前記のとおり、「本契約の下で行われる支払は、本契約書に基づく、被控訴人に関するITC訴訟の終結と、許諾特許(本件米国特許権)に関する両当事者間の未解決のすべての紛争の解決に対する対価である。したがって、日本の源泉課税は支払う必要はない。支払は、日本の源泉税の控除なしに行われるものとする。」との条項がある。
しかし、契約条項に源泉課税を支払う必要はないと定められているからといって、課税当局において源泉課税をすることができなくなるものではなく、客観的にみて、我が国の国内源泉所得に該当する場合には、我が国における課税の対象となるものである。
また、本件契約六条aに定めるとおり、本件金員がITC訴訟の終結の対価としての側面があることは否定できないが、それは、ITC訴訟の終結の際に支払われるという形式的側面に着目してのことであって、その実質は、前記のとおりキューム社が被控訴人に対し本件プリンター等を世界中で製造し、米国で販売等することを許諾する対価であるというべきであり、このことは、同条にITC訴訟の終結の対価である旨と合わせて、「許諾特許に関する両当事者間の未解決のすべての紛争の解決に対する対価である。」と明記されていることからも明らかである。
控訴人は、逆に、本件契約六条aの右条項の存在も踏まえ、二条において許諾の対象たる特許に本件米国特許権しか掲げず本件出願権を明示しなかったのは、日本における源泉使用の認定を回避し、源泉所得税の課税を回避するためであったと主張する。確かにキューム杜に源泉所得税の課税を回避しようとの意向があったことはうかがえるが、本件契約六条aの源泉課税不要の条項をもって、本来源泉所得税の納税義務があることを認識しながら故意にこれを免れるために設けた条項とまでは認められないし、本件契約の二条で許諾の対象として本件出願権を明示しなかったことも、日本における課税を回避するために意識的に除外したものとは断定できない。
(二) 米国で販売することの許諾等の対価について
他方、前記2(二)(三)で判示したとおり、本件金員の対価には、被控訴人が米国において本件プリンター等を販売することの許諾、米国におけるクレームからの解放、米国における販売に対する特許権不主張等に基づく利益(前記B)が含まれることも明らかである。
そして、これら米国で販売すること等の対価としての部分は、被控訴人の国内業務に係るものとはいえず、国外業務に関するものであり、また、その権利(本件米国特許権)の使用地が米国であって我が国ではないことは、明らかである。
(三) 本件契約の理解及び国内業務関連性(使用地の所在)について
(1) そして、我が国における製造の対価と米国における販売の対価とが明確に区分できる場合には(前記の解釈によれば、第三国における製造等の対価も含まれることになるが、ここでは右の二つに類型化することとし、第三国における製造等はしばらく措く。)、我が国における製造に対する使用料の部分のみが国内源泉所得となるものと解される。
右の両者が明確に区分できない場合は、裁量的に按分することも考えられないではない。しかし、日米租税条約六条(3)は「当該財産又は権利の一方の締約国内における使用又は使用の権利につき、当該使用料が支払われ……る場合に限り、当該一方の締約国内の源泉から生ずる所得として取り扱う。」と定め、所得税法一六一条七号イの「当該業務に係るもの(使用料)」も同一に解すべきであるから、右のような裁量的な按分課税は原則として予定されていないと考えられる。
そうすると、我が国における製造の対価が使用料の主要部分であると認め得る場合には、我が国が使用料全体について課税した上で、日米租税協議に委ねることも許され得ると考えられるが、そうでなく、対価の主要部分が国内業務に係るものと認められずむしろ国外業務に係るものと認められる場合、いいかえると、我が国を使用地とするものと認められずむしろ米国を主たる使用地とするものと認められる場合には、我が国が当該外国法人に対し課税し得る根拠を見いだすことは困難というべきである。
(2) そこで、本件契約において、本件金員が主としていずれの対価であるかについて検討する。
ア 前記二、三で認定したところからすると、次の事実を指摘することができる。
① 本件契約の内容は、いわばグローバルな解決をめざしているようにもみえるが、そもそも本件紛争は、被控訴人が米国における本件プリンター等の販売を拡大し、キューム社がこれを防ごうとしてITCに提訴したことに端を発するのであり、キューム社の関心は、米国内における販売シェアの維持ないしそれによる利益の確保の点にその中心があったことは明らかである。被控訴人としても、我が国で製造した本件プリンターの主たる販売先は米国であったから、米国への輸入を差し止められることを最も懸念して、急遽本件契約(和解)の締結に至ったものであって、現に本件契約の締結により、ITC訴訟は終結をみたのである。
② 本件契約二条において、許諾の対象となるライセンスとしては米国特許権のみを明示し、また、ライセンスの許諾の対象として、全世界における製造とともに米国における販売等が明記されているところ、キューム社の有する本件米国特許権によって直接差し止めることができるのは、右米国における販売等のみである。
③ 本件契約六条における本件金員(ロイヤルティ)の算定にあっては、本件プリンター等の米国向け販売の品種、金額について、本件米国特許権の各クレームに対する違反ごとにパーセンテージを乗じて算定するものとし、それに基づいて、過去の分も将来の分も計算されている。
この点につき、控訴人は、まず、本件契約六条はITC向けに作成された色彩があると指摘する。確かにその面がないとはいえないが、キューム社の主たる関心は米国における販売の利益確保にあったといえるから、右算定方法は、そのようなキューム社の利益に一致していて、不自然さは乏しい。
控訴人は、次に、六条全体をみると、主眼は一時金たる本件金員にあり、算定方法は一時金の額を定めるための便法にとどまると主張する。本件金員のうち一九万ドルの性格は、本件契約上明示されていないものの、五七万ドルが将来のロイヤルティの前払とされていることと対比すると、過去の分のロイヤルティ又は損害賠償とみられるところ、これにつき、キューム社は二三万ドルを提示し、被控訴人が一九万ドルを反対提案して、キューム社が被控訴人の提案を受け入れたものであり、被控訴人の側の計算では過去の米国での販売分に対するクレーム違反としては相当低い金額であったというのである。また、将来分のロイヤルティも一定額(五七万ドル)が前払とされ、しかも原則としてその返還は認められないこととされており、右前払分の額自体は特に明確な根拠のあるものではない。そうすると、確かに本件金員の金額の決定には便法としての面がないわけではないが、将来のロイヤルティが前払一時金に達した後は前記算定方法に従って発生し続けるのであるから、右算定方法を全くの便法とみることはできないし、六条はライセンス許諾を定めた二条等に符合しているのであって、本件金員の額が米国における販売量に対応して算定された事実を軽視することはできない。
控訴人は、さらに、六条c、七条によると、算定の基礎となる正味販売価格は、被控訴人のインボイス価格等を基礎としているから、むしろ日本国内での製造及び米国への輸出までの使用を基礎としたものであると主張する。確かに、六条aでは、ロイヤルティの基礎となるものは「米国内での販売等の目的で米国に輸出入するために被控訴人が販売した本件プリンター等」とされていて、直接には被控訴人から米国子会社への販売を対象とし、七条によれば、その価格もインボイス価格、FOB被控訴人工場渡し、あるいはFOB空港渡しなどとされている。しかし、本件契約二条と合わせてみると、本件契約六条が米国内での販売等のための品種・数量に対応してロイヤルティを決定するものであることは明らかであり、その基礎となる正味販売価格を七条のようにして定めることにしたにとどまると解されるから、控訴人の指摘する右の点をもって、ロイヤルティの算定が日本での使用を基礎としたものと理解するのは相当ではない。また、六条aによると、米国外への積換えのために保税で米国に入ったものは除かれているから、ロイヤルティの対象が米国への輸出入・米国における販売であることは間違いのないところと考えられる(まして、前記正味販売量の額の算定方法の点が、日本における製造量を基準としてロイヤルティを決定するものでないことはいうまでもない。)。
④ また、キューム社と被控訴人の間では、本件契約締結後に被控訴人が米国に販売できる数量の点が契約交渉における重要な争点となり、プリンターについては五〇万台、タイプライターについては無制限として合意に達したものであること(本件契約二条)も、本件金員の主要な対価が米国における販売の点にあることを裏付けるものである。
⑤ さらに、本件契約八条は、被控訴人が米国に輸出した本件プリンター等の数量等について報告義務を課しており、この点も、本件金員の主要な対価が米国における販売の点にあることを裏付けている。
イ 以上①ないし⑤の事実によると、本件金員の主要部分は、米国における販売の対価であると認めるのが妥当である。
すなわち、前記のとおり、本件金員は、我が国等における製造の許諾の面(A)と、米国における販売等に対する許諾の面(B)の双方を含み、両者はほぼ重なり合うような関係にあるともみられるが、本件金員の対価としては、Bの面が直接的、具体的、明示的であるのに対し、Aの面は間接的、抽象的なものにとどまるということができるから、本件金員の主要部分は、米国における販売の対価の面(B)にあるというべきである。
(3) 本件金員の支払主体について
ところで、本件プリンター等を米国に輸入し販売していたのは被控訴人とは別個の法人である被控訴人の米国子会社であり、被控訴人は、本件プリンター等を我が国で製造し、右米国子会社に販売していたものであるから、形式的には、本件米国特許権を実施するのは、本件プリンター等を米国に輸入し販売する被控訴人の米国子会社であって、被控訴人ではないことになる。他方、本件金員の支払義務を負ったのは被控訴人であり、しかも、被控訴人は米国子会社の負担すべき使用料を負担したとして寄付金課税の税務処理を行っていないのであるから、本件金員が被控訴人の米国における販売の対価であることに疑問が残らないではない。
しかしながら、本件金員が、被控訴人及びその関連会社が米国内で販売することの対価でもあることは、本件契約の条項上明らかである。そして、本件において被控訴人が使用料を支払ったのは、両会社が親子会社として経済的に一体をなしていることによるものと認められるのであって、このことから、本件金員の対価が、被控訴人の日本国内における製造のみであると結論づけるのは相当でなく、その旨の控訴人の主張は採用し難い。
(4) いわゆる製造根源説について
また、控訴人は、特許の本質は、製品を販売するところにあるのではなく、物を製造するところにあるから、使用料の対価としても製造を主たるものと考えるべきであると主張する。
特許権の実施とは、物の生産から最終消費に至るまでの間の製造、使用、販売等の各段階における特許発明の使用行為であり、通常、製造と販売の双方の段階で実施されていると考えられる。
しかし、特許権の許諾を受けた者の所得は、製品を製造したときではなく、これを販売したときに実現し、その実現した所得に対して課税されるのであり、また、特許権者が損害を被るのは、製品が販売されたときであることからすれば、少なくとも所得課税の観点からみた場合、重視すべきは製造ではなくむしろ製品の販売であるともいうことができる。したがって、当該契約の内容を離れて、一般的に、特許の本質が製造にあるから、製造地をもって使用料に係る所得の源泉地あるいは特許等の使用地であると結論づけることには疑問があるというべきであり、むしろ、当該契約内容によって決すべきものと考えられる。
(5) 行政慣行について
控訴人は、国際的な課税については関係国の解釈適用に差異が生じ得るものであり、所得税法の解釈適用については我が国に権限があるところ、我が国に特許権利者の出願権があり、その許諾を得て我が国で製造する場合に、国内源泉所得として課税するのが確立した行政慣行となっていると主張する。
しかし、控訴人が確立した行政慣行として主張する昭和五九年の個別通達(昭五九直審三―二一。甲三四)は、本件と同時期にキューム社が支払を受けた金員に関するものであり、本件納税告知当時確立した行政慣行であったとはいい難いし、その他に確立した行政慣行とまでいえるものがあるとは断定できない。また、日米租税条約の解釈適用に両国に差異が生じ得ること、そのために協議が予定されていること、我が国税務署が国内源泉所得に対する課税権を有することは明らかであるが、行政慣行が法令ないし条例に優先することはあり得ないし、法令の解釈適用においても、行政慣行はひとつの参考となるにとどまるものと考えられる。
(6) 以上の検討によれば、本件契約においては、米国内における販売を重視しており、本件金員の対価の主要部分は、米国内における本件プリンター等のライセンスの許諾であると認められる。そうすると、本件金員を所得税法一六一条七号イの国内業務に係るものとみることはできず、また、日米租税条約における使用地が我が国であると認めることもできない。
(四) ひるがえって、再び制度全体についてやや大局的にみてみると、日米租税条約によれば、我が国に源泉を有する所得については、日米双方が課税できるものであって、米国の課税権を排除しているわけではない。また、双方の課税権が衝突した場合には協議の場も設けられている。さらに、所得税法の税率も特別法で減縮されている。このような制度の下では、本件のように、本件米国特許権に対応した出願権、あるいはその内容をなす技術の使用の許諾がされ、国内の業務に用いられて製造された製品が米国に輸出・販売され、その全体に関連して外国法人が国内業者から使用料の支払を受けた場合には、支払業者の属する我が国がその全額につき課税することを許し、二重課税のおそれがあるとすれば、日米租税協議にゆだねればよいと考えられないでもない。
しかしながら、外国法人の所得に対し我が国が課税できるのは、国内源泉所得に限られており、かつ、日米租税条約では、一方の締約国(我が国)の源泉から生ずる所得として扱うためには、一方の締約国(我が国)における財産・権利の使用につき使用料が支払われる場合に限ると限定的に規定している。
そうすると、本件契約を客観的、合理的に解釈した場合に、本件金員は直接的、具体的、明示的には米国における販売(権利の使用)の対価と認められ、換言すると、本件金員の主要な部分が米国における販売の面の対価であると認められる以上、我が国に源泉を有する所得であるとは認め難く、また、我が国を財産・権利の使用地であると認めることも困難である。したがって、結局において、我が国が課税することの根拠は薄弱であるといわなければならない。
六 まとめ
そうすると、被控訴人がキューム社に対して支払った本件金員が所得税法一六一条七号イの国内業務に係る使用料に当たり外国法人キューム社の国内源泉所得であることを前提に、被控訴人がその源泉徴収納付義務を負うとして、控訴人が被控訴人に対してした本件各納税告知は、適法であるとは認められないというべきである。
したがって、本件各納税告知中、特例三条一項の適用によって減縮された税額に係る部分を除く部分は、適法であるということはできない。
第四 本件不納付加算税の賦課決定の適法性
以上の検討によれば、本件各納税告知(キューム社に対する国内源泉所得に係る所得税について、被控訴人にした納税告知)は、減額還付に係る部分を含め、適法ということはできないから、これを前提とした本件不納付加算税賦課決定は、その全部について適法とは認められない。
控訴人は、日米租税条約に関する租税届出書及び還付請求はキューム社が行うものであり、還付金もキューム社が受領するものであるから、右還付によって納期限に発生した被控訴人の納税義務に消長はなく、本件不納付加算税賦課決定は適法であると主張するが、右のとおり本件各納税告知は全体として違法であるから、控訴人の主張は採用できない。
第五 結論
以上によれば、(1) 本件訴えのうち、本件各納税告知中納付すべき税額一七五三万二〇〇〇円に係る部分の取消しを求める部分を不適法として却下し、(2)本件各納税告知中のその余の部分及び本件不納付加算税賦課決定を取り消した原判決は相当である。
よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・岩井俊、裁判官・小圷眞史、裁判官・髙野輝久)
別紙控訴人第四準備書面<省略>
別紙控訴人第五準備書面<省略>
別紙控訴人第八準備書面<省略>
別紙被控訴人の主張<省略>