東京高等裁判所 平成4年(行コ)46号 判決 1994年4月18日
控訴人(原告) 株式会社明石書店 外三二名
被控訴人(被告) 公正取引委員会
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人公正取引委員会(以下「被控訴人公取」という。)が平成元年二月二二日付でした原判決別紙二記載の「消費税導入に伴う再販売価格維持制度の運用について」と題する公表文(以下「本件公表文」という。)の公表処分を取り消す。
3 被控訴人国は、各控訴人らに対し、原判決別紙三損害金額一覧表(三)の総合計欄記載の各金員及びこれに対するいずれも平成元年八月二日から各支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。
4 訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。
5 右3項について仮執行宣言
(原判決の予備的請求部分については不服申立てがない。)
二 控訴の趣旨に対する被控訴人らの答弁
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
3 控訴の趣旨3項について担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決三枚目裏八行目の次に、行を改めて次のとおり加える。
「 再販売価格維持行為とは、事業者(主としてメーカー)が小売段階等の流通経路の下流の販売価格を種々の方法で縛ろうとするものであり、末端の消費者が現に支払う価格だけでなく、マージンやリベート、卸売価格と小売価格の割合などをメーカーが決定して流通経路の下流の業者を実質的に制限する行為であれば、すべて再販売価格維持行為になる。したがって、このような再販売価格維持行為を例外的に認めている独禁法二四条の二第一項、 第四項にいう再販売価格も、単に末端の消費者が現に支払う価格に限定されるものではなく、このような極めて多様に考えられる再販売価格維持行為のうち『正当な行為』を著作物について認めるものであって、再販売価格の決定や表示のあり方等再販売価格維持行為の具体的方法を制限的に定めているものではないから、書籍の本体価格だけを拘束するような再販売価格維持行為も許されるものと解すべきである。
また、消費税法四条一項は、国内において事業者が行った『資産の譲渡等』に消費税を課することを規定し、同法二条一項八号で右『資産の譲渡等』とは、事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付並びに役務の提供であると定義している。そして、同法二八条は、『課税資産の譲渡等に係る消費税の課税標準は、課税資産の譲渡等の対価の額(対価として収受し、又は収受すべき一切の金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益の額とし、課税資産の譲渡等につき課せられるべき消費税に相当する額を含まないものとする。以下この項及び次項において同じ。)とする。』と定めている。したがって、消費税法上対価は本体価格であり、これに付加されるものが消費税ということになるから、再販売価格に当然消費税を含むものと解することは誤りである。」
二 原判決七枚目表二行目から同五行目までを次のとおり改める。
「 しかし、本件公表文の公表並びに被控訴人公取の事務当局者による右のような指導及び勧告は、定価表示について法律的に何ら根拠がないのに、しかも独禁法二四条の二の規定の解釈を誤り、同法一条及び税制改革法一一条にも違反する定価表示行為を強制したものであり、国家賠償法一条一項にいう国の公務員の違法な公権力の行使に当たるものというべきである。」
三 原判決一〇枚目裏一行目の次に、行を改めて次のとおり加える。
「 また、行政庁の行為によって直接国民が法律上の不利益を受けた場合において、その処分そのものを争わさせなければその権利救済を全うできないような場合には、抗告訴訟によってその救済を図ることができるものと解すべきである。これを本件についてみるに、本件公表文の公表は、内税方式を強制することによって、それ自体直接国民に法律上の不利益を与えるものであり、右公表そのものを争うことができなければ、これによって侵害された権利の救済を全うすることができないような特殊例外的な場合に相当するから、抗告訴訟の対象となる行政処分に該当するものと解すべきである。」
第三証拠関係<省略>
理由
一 当裁判所も、控訴人らの被控訴人公取に対する本件請求は不適法であるからこれを却下すべきものであり、被控訴人国に対する本件請求は理由がないからこれを棄却すべきであると判断する。そして、その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決一六枚目表四行目の次に、次のとおり加える。
「 また、控訴人らは、本件公表文の公表は、被控訴人公取が独禁法四三条の規定に基づいて、他の官庁にはみられない被控訴人公取独自の準立法的権限の行使として行ったものであり、このような準立法的権限の行使は、行政庁の執行行為を待たず、直ちに国民の具体的な権利義務に直接効果を生ずる処分的性質を持つものである旨主張する。しかし、本件公表文の内容自体が右のようなものである以上、これが公表されても、控訴人らの権利義務に直接法的な影響を及ぼすものでないことは変りがなく、取消しの対象となりうる行政処分とはいえない。」
2 原判決一六枚目表一〇行目の末尾に次のとおり加える。
「また、控訴人らは、本件公表文の公表そのものを争うことができなければ、これによって侵害された控訴人らの権利の救済を全うすることができないから、抗告訴訟の対象となる行政処分と解すべきであると主張するが、本件公表文の公表は、それ自体が控訴人らの具体的な権利義務に直接効果を生ずるものではなく、また、控訴人らが本件公表文の内容に違反してなした行為については、被控訴人公取において独禁法に違反するか否かの判断をし、違反すると判断した場合には排除措置等の処分を行い、これに対しては、控訴人らにおいて不服の申立て等によって争うこととなるのであるから、右排除措置等の具体的処分以前に控訴人らが本件公表文の公表そのものを争う利益はないというべきである。」
3 原判決一八枚目表五行目の「そうすると、」から同二〇枚目表九行目の末尾までを次のとおり改める。
「 そうすると、消費税導入に伴い、出版社が再販売価格として小売店において現実に消費者に販売する価格を決定するときは、独禁法二四条の二第一項にいう再販売価格とは、消費税を含んだ価格として消費者が書店に支払う価格と解すべきことになる。
控訴人らは、消費税法二条一項八号及び 四条一項の規定が、対価を得て行われる資産等の譲渡に対して消費税を課するものとしながら、同法二八条の規定が右対価の額には消費税に相当する額を含まないものとしていることからも、消費者が支払う金額、すなわち対価は本体価格であり、独禁法二四条の二にいう再販売価格を消費税込みの価格のみと解すべき法的根拠はないと主張する。しかし、右の消費税法二八条の規定は、単に消費税の課税標準を消費税に相当する額を含まない資産等の譲渡の対価の額とする旨を規定したものに過ぎず、独禁法二四条の二の規定にいう消費者に対する「再販売価格」を消費税法二八条の規定にいう「対価の額」と同じ意義であると解すべき根拠は存在しないから、控訴人らの右主張は採用できない。
(二) 次に控訴人らは、再販売価格維持行為とは、事業者が小売段階等流通経路の下流の販売価格を種々の方法で縛ろうとするものであり、末端の消費者が現に支払う価格だけでなく、事業者が決定して下流業者を実質的に制限する価格行為であれば、すべて再販売価格維持行為になるから、このような再販売価格維持行為を例外的に認めている独禁法二四条の二第一項においても、書籍の本体価格だけを拘束するような再販売価格維持行為も許されると主張する。
確かに、不公正な取引方法の一般指定一二項により禁止される再販売価格維持行為とは、売手が取引の相手方(流通業者や小売店)の販売価格(再販売価格)を決定し、これを維持するために介入することをいい、販売する価格の定め方も、消費者に現実に小売りする特定の価格を定める場合だけでなく、最低販売価格、値引きの限度額又は率、値幅のある価格帯等を定めることが含まれる。したがって、再販売価格維持行為を例外的に容認した独禁法二四条の二によって認められる再販売価格の決定維持契約においても、右のような形による再販売価格決定維持行為を定めることが許されるものと解される。
しかし、本件公表文は、現実の取引において再販売価格の決定が消費者に小売りされる特定の価格(定価)の決定としてなされていることを前提とした上、その特定価格の再販売価格を表示する方法であることが認められる。控訴人らの主張も、右本体価格を最低販売価格として、消費税相当分以外に幾ら上乗せして売却してもよいとか、小売店は三パーセントの範囲内で自由に販売できるという趣旨ではなく、消費税相当分の三パーセントをどのように表示すべきかというに過ぎないものであることは明らかである。そうだとすると、小売店が最終消費者たる読者に販売する価格(再販売価格)を決定する場合、右価格に消費税相当分が含まれることは前記のとおりであるから、消費税相当分を含めて再販売価格として表示するのが正当というべきである。したがって、控訴人らの右主張も採用できない。
(三) さらに、控訴人らは、書籍の小売段階での再販売価格を本件公表文のいうように消費税込みの価格とすることになれば、消費税の税率が出版社の意向とは無関係に決定、変更されることや、流通段階での課税、非課税の別及びその割合が異なることにより、書籍の再販売価格(定価)を出版社が決定、維持することができなくなると主張する。
しかし、前記のとおりの消費税制度の仕組みからすれば、出版社が書籍の再販売価格を決定するにあたって、常にその本体価格をまず定めた上でそれに対して厳密に計算された消費税に相当する額を上乗せするという方法を採用しなければならないこととされているものではない。出版社が書籍について消費者に対して販売する価格について特定価格を再販売価格として決定しようとする場合には、あらかじめその流通の過程で各事業者が負担すべき消費税の税率等をも考慮した上で、小売店が消費者に販売する一定の価格(消費者が現に支払う価格)を再販売価格として定めれば足りるのであり、これによって出版社の再販売価格の決定がなされるものである。また、消費税率が変更された場合においても、事業者としては、右消費税相当分を小売価額に上乗せするか否かを決定する自由を有するのであるから、法的に再販売価格の決定が制限されていることにはならないものというべきである。
よって、控訴人らの右主張も採用できない。」
4 原判決理由説示第三の一3を次のとおり改める。
「3 再販売価格(定価)の表示方法について
控訴人らは、本件公表文に記載された再販売価格の表示方法は、書籍の価格についていわゆる内税方式の表示を強制するものであるから、違法であると主張する。
しかし、本件公表文は、定価表示の方法については、その一の(3)アにおいて『価格表示は、消費者の適正な商品選択に資する観点から、消費者に再販売価格が消費税込みであることが分かるよう、次のような表示によることが適当と考えられる。』とした上で、いくつかの方法を例示しているに過ぎず、また、甲第二号証及び同第一〇二号証によれば、本件公表文の例示方法以外にも、『定価一八〇〇円+税五四円(税込一八五四円)』といった定価表示方法による価格表示カルテルも認められていることを考え合わせれば、本件公表文は、そこに例示されたような価格表示の方法が適当と考えられるとしているに過ぎず、同例示の表示方法を採用すべきことを強制しようとするものでないことは明らかである。本件公表文がいわゆる税抜き定価の表示を例示していないとしても、そのことから直ちに本件公表文が内税方式の表示を強制しているものということはできない。
また、控訴人らは、定価表示の具体的な方法に関して被控訴人公取が指導することについては法律的に根拠がないと主張し、内税方式の表示を指導した本件公表文の公表が違法なものである旨主張する。
しかし、甲第五六、五七号証、同第六〇号証及び乙第七号証並びに証人石井彰慈の証言及び弁論の全趣旨によれば、再販商品、とりわけ著作出版物における再販売価格は従前から特定価格を決定維持することが多かったこと、右再販商品については、昭和四一年の政府の物価問題懇談会の提言や、昭和四七年の第五回消費者保護会議の決定等もあり、消費者の適正な商品選択のために商品自体に再販売価格を表示するのが望ましいとして、昭和四〇年代から被控訴人公取においてその指導を行ってきたものであり、その結果、指定再販商品については再と、著作発行物については定価とそれぞれ表示したうえで再販売価格を表示することが広く行われてきたこと、これらの事実を背景として、消費税の導入に伴う独禁法の円滑な運用のために被控訴人公取がいくつかの考え方を公表した際、その一つとして消費税導入に伴う再販売価格維持制度の運用について本件公表文が発表されたことが認められる。右事実によれば、消費税導入にあたって生ずる定価表示の混乱を回避するため、被控訴人公取が本件公表文によって定価表示の方法について被控訴人公取の見解を表示したことについては相当な理由があり、その内容も正当なものであるから、本件公表文の公表は何ら違法なものではないというべきである。
よって、定価の表示方法の違法に関する控訴人らの主張は採用できない。」
二 よって、当裁判所の右判断と同旨の原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用は控訴人らに負担させることとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 櫻井文夫 渡邉等 柴田寛之)