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東京高等裁判所 平成4年(行コ)64号 判決 1992年9月21日

控訴人

野沢葉子

右訴訟代理人弁護士

高橋信正

被控訴人

宇都宮労働基準監督署長橋本時男

右指定代理人

小池晴彦

井上邦夫

田中浩二

吉岡鋭昌

根岸敏雄

赤羽貞夫

鈴木勝子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

(控訴人)

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が昭和五九年九月一二日付けで控訴人の亡夫野沢文雄に対してした労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)による療養補償給付及び休業補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

(被控訴人)

本件控訴を棄却する。

二  当事者の主張

当事者双方の主張は、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する(原判決三枚目裏一〇行目の「シクロヘキサン)」(本誌六一〇号<以下同じ>40頁3段15行目)の次に「及びその他の有機溶剤」を加える。)。

三  証拠

証拠関係は、原審及び当審の証拠関係目録記載のとおりであるから、これをここに引用する(略)。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これをここに引用する。

1  原判決八枚目表末行から同裏一行目(41頁3段17~18行目)へかけての「昭和五九年四月」を「昭和五九年二月」と改め、同四行目の「関谷塗装店、」(41頁3段23行目)を「関谷塗装店では屋内の換気がなく、同店及び」と改め、同七行目の「甲第二号証の二一、」(41頁3段27行目の(証拠略))の次に「二二、」を加える。

2  同九枚目表末行の「塩化ビニール・モノ」(41頁4段18行目)から同裏一行目の「発症した例があるが、」(41頁4段19行目)までを「一般に塗料中の残留塩化ビニール・モノマーはごく低濃度で健康障害を起こす可能性は乏しく、また、塩化ビニール・モノマーは長期反復曝露により肝血管肉腫や肝機能障害を発生させることが知られているが、それによって」と改め、同三行目の「五〇」(41頁4段21行目)を「四三、五〇、乙五、野見山証言」と改め、同行目の「なお、」(41頁4段21行目)の次に「その他の有機溶剤中」を加え、同四行目の「1、1、2、2、―テトラクロルエタン」(41頁4段23~24行目)を「1、1、2・2―テトラクロルエタン(別名四塩化アセチレン)」と改め、同七行目の「窺われない」(41頁4段27行目)を「窺われず、同人が曝露した可能性のあるその他の有機溶剤による肝機能障害は比較的軽度で、肝硬変に進展する可能性は低いとされている(甲第二号証の五〇、乙第五号証)」と改める。

3  原判決九枚目裏九行目の「肝機能障害」(41頁4段30行目)を「肝機能中等度障害」と改め、同一〇枚目表二行目の「昭和六三年一〇月二四日」(42頁1段5行目)を「昭和六三年一〇月二九日」と改め、同六行目(42頁1段10行目)と一〇行目の(42頁1段15行目)「GOP」を「GPT」とそれぞれ改め、同七行目の「約〇・七であり、」(42頁1段11行目)を「約〇・七で、その後昭和五八年ころまでの検査結果はほとんど一以下であり、」と改め、同裏七行目の「第五、六、」(42頁1段26~27行目)を「第六、」と改める。

4  原判決一一枚目表七行目の「というものである」(42頁2段10行目)を「というものであり、特に決め手となったものはないとも述べる」と改め、同一二枚目裏二行目の「文雄は」(42頁3段17行目)を「文雄には頭重、めまい、しびれ感、倦怠感等の自覚症状はあったが、」と改め、同三行目の「許容濃度を下回る一〇〇ppm以下で、」(42頁3段19~20行目)から同六行目の「考え難い。」(42頁3段22~23行目)までを「許容濃度と同じ一〇〇ppmか又は二〇〇ppm以下であると推定されるところ、その程度の量のトルエンの曝露によって肝機能に異常を生じた場合、正常値を少し越すことはあっても治療を要するほどではなく、まして肝硬変や肝癌に至った例はないし、キシレンの肝機能に対する影響はトルエンよりも弱いので、肝機能障害を生ずる可能性は少ない。」と改める。

5  原判決一三枚目裏五行目から六行目(42頁4段23行目)へかけての「一定の場合には、」を「作業実態と疾病との総合判断により、当該業務に従事したために当該疾病に罹患したことが推定される場合には、」と改め、同八行目の「しかし、」(42頁4段26行目)の次に次のとおり加える。

「本件において、控訴人は、文雄の肝機能障害は前記の化学物質(原判決第三、一2)にさらされたことにより発症したものであると主張するので、労働基準法施行規則三五条別表第一の二、項各号に該当するかどうかを検討すべきところ、同項1号に基づく労働省告示(昭和五三年第三六号。乙第一号証四六九頁)には、肝機能障害は右各化学物質への曝露により発症するものとしては規定されておらず(右各化学物質のうち、ブタノール及びイソプロピルアルコールについては記載がない。)、同項2号ないし7号は本件と無関係であるので、同項8号に該当するかどうかが問題となる。同項8号は『1から7までに掲げるもののほか、(中略)その他化学物質にさらされる業務に起因することの明らかな疾病』と規定しており、これらの疾病は、労働者が曝露された有害因子と疾病との間の因果関係が現在の医学上の知見により明らかであるとはされていないものである点において同項2号ないし7号所掲の疾病と異なっているから、業務起因性、すなわち、本件において、文雄が塗装業務に従事中、労働の場において特定の有害因子である右各化学物質に一定量以上曝露されたことにより、肝機能障害を発症したことを主張立証すべき責任は、控訴人においてこれを負担すると解すべきものである。そして、」

6  原判決一四枚目表四行目(43頁1段5行目)の次に改行して次のとおり加える。

「控訴人は、労災保険法における業務と疾病との間の因果関係は、損害賠償制度における相当因果関係の概念と全く同一なのではなく、合理的に拡張して解釈されるべきであり、また、医学判断ではなく法律判断であるから、必ずしも疾病の原因が医学的に解明されることまでは必要でないと主張する。

労働者災害補償制度は労災により損害を被った労働者の生活を保障する趣旨で、労災事故が業務上生じた死傷又は疾病である限り、行為者の過失の有無にかかわらず、また個別の損害が実際に生じたか否かを問わず、原則として法定補償額の支払いが義務付けられていること(労働基準法七五ないし八〇条、労災保険法第三章第二節、罰則として労働基準法一一九条一号)、補償に代えて支給される保険給付の原資が労働保険料の形で負担され、かつ、その徴収方法は国税徴収の例によるとされていること等の点で、通常の損害賠償制度と趣を異にする。因果関係の判断が法律判断の性質を有することは当然であるが、このような差異の存在は、業務と疾病との間に、単なる条件関係のみでなく、相当因果関係が存在することを要すると解すべきことを、通常の損害賠償制度よりも更に強く要求すると考えることもできるのであって、控訴人の前記主張は理由がない。」

7  原判決一五枚目表二行目の「考慮すれば、」(43頁2段1行目)から同四行目の「少なくとも」(42頁2段4行目)までを「考慮してもなお、」と改め、原判決一五枚目裏七行目の「点についても、」(43頁2段23行目)の次に「近時のウイルス性肝炎研究が急速な進展を遂げている状況に照らすと、十分な根拠なしに一概にウイルス性肝炎の可能性を否定し去ることは相当でないと考えられるところ、同医師は文雄につき非A非B型肝炎の検査をしていない(小松崎証言)というのであるし、」を、同一〇行目の「可能性」(43頁2段26行目)の次に「(そうした可能性があることについて野見山証言)」をそれぞれ加え、同末行の「輸血歴がないこと」(43頁2段29行目)を「輸血歴がないとの一事のみ」と改める。

8  原判決一六枚目表二行目の「以上の理由により、」(43頁2段31行目から3段1行目)から同五行目の末尾(43頁2段4行目)までを次のとおり改める。

「小松崎医師の所見には、これに反する兼高医師及び野見山医師の所見に照らしてなお疑問の点があり、かつ、それらの点の疑問は未だ解消されていないことは前示のとおりであるから(仮に、本件のような事案で必要とすべき証明度を若干下げて考えることが許されるとしても、同様である。)、同医師の所見のみを採用し、兼高医師及び野見山医師の所見を排除して因果関係を推認することは証拠法上許されないところであり、このように解したからといって、医学的に原因解明の困難な疾病の場合に被災労働者に対して不可能を強いることになり、労働者の生活権保障という労災保険法の理念に著しく反することになるとはいえない。」

二  以上のとおりであって、控訴人の本訴請求は理由がなく、これと同旨の原判決は正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤滋夫 裁判官 伊東すみ子 裁判官 水谷正俊)

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