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東京高等裁判所 平成5年(う)1039号 判決 1996年4月17日

裁判所書記官

名田明弘

本店所在地

神奈川県鎌倉市梶原四丁目一六三七番地

有限会社

東海造園

右代表者取締役

岩井清高

本籍

千葉県船橋市八木が谷五丁目三八九番地の一

住居

神奈川県鎌倉市笹目町九晩一二号 島津ハウス鎌倉二〇一号

会社役員

岩井清高

昭和一六年三月二七日生

右両名に対する各法人税法違反被告事件について、平成五年六月二八日横浜地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人両名から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官五島幸雄出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人有限会社東海造園を罰金六〇〇〇万円に処する。

被告人岩井清高を懲役一年に処する。

被告人岩井清高に対し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審及び当審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人紺野稔、同萩原太郎、同秋田徹連名の控訴趣意書、同紺野稔名義の同補充書、同補充書(二)に、これに対する答弁は、検察官五島幸雄各義の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

第一土地販売収益の算入時期に関する主張についいて

論旨は、要するに、被告人有限会社東海造園(以下、「被告会社」という)が平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの事業年度(以下、「当期」という)に販売し、当期の販売収益になると原判決で認定されている分譲地のうち、静岡県清水市大平(以下、「大平」という)及び愛知県東加茂郡足助町(以下、「足助」という)の各分譲地は、平成二年四月一日からの事業年度(以下、「翌期」という)に各購入者に引き渡したものであるから、その収益は翌期に算入すべきであり、この点で原判決には事実の誤認があるというのである。すなわち、たな卸資産の販売収益は、その引渡しの日において算入すべきところ(基本通達2-1-1)、右各分譲地については、当期内に購入者から司法書士に対し所有権移転登記手続の依頼が行われているものの、被告会社と各購入者との間では、その日を引渡しの日とする約束ではなく、代金の一部しか支払っていない購入者があることや、被告会社に分筆登記、境界確定などの処理が残されているところから、被告会社が購入者に登記済権利証を交付した日をもって一律に引渡しの日とする約束であり、この交付は翌期になって行われたのであるから、その収益は翌期に算入すべきであり、引渡しの日が明らかでない場合における判定基準(基本通達2-1-2)を本件分譲地の販売に適用するのは相当ではないというのである。

そこで、検討するに、法人税法における収益算入の時期は、「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」により、収益が発生した時期を基準としているものと解せられるところ(二二条四項参照)、基本通達2-1-1は、たな卸資産の販売による収益について、引渡しがあった日の属する事業年度に算入すべきものと定め、基本通達2-1-2は、その引渡しの日の判定について、より具体的な基準として、出荷基準、検収基準、検針基準などを例示した上、「当該たな卸資産の種類及び性質、その販売に係る契約の内容等に応じその引渡しの日として合理的と認められる日のうち法人が継続してその収益計上を行うこととしている日によるものとする」と定めている。

これを本件についてみると、被告会社は、足助及び大平の各分譲地についても、他の分譲地の場合と同様、売出し日の一〇日位後に登記申込み日を設定し、その日までに代金全額を支払う方法(現金客)、その日までに代金の一部を支払い、残金を一ないし二か月以内に一括して支払う方法(延払客)、その日までに代金の一部を支払い、残金を各月末に満期が到来するマル専手形で支払い、あるいは、分割して残金を支払う方法(ローン客)の三形態の販売方法を採り、登記申込み日には、右三形態のいずれの方法による購入者に対しても分筆登記及び所有権移転登記に必要な関係書類を交付して被告会社が選定した司法書士に各登記手続きを依頼させていた。そして、ほとんどの購入者は、当期末までに代金の半額以上を支払い、被告会社は、当期中に販売した物件については当期の収益として経理処理をし、客から受け取ったマル専手形のほとんどを当期末までに有限会社東京ホームに手形割引をしてもらっていた。また、被告会社は、当期の修正確定申告において、右の登記申込み日を基準として収益計上をしている。こうした事情を考慮すると、登記申込み日を基準として当期に収益を算入した原判決は正当というべきである。

確かに、所論が指摘するとおり、分筆登記の手続や隣接地との境界確定の作業が残されており、また、被告人会社で購入者から抹消登記に必要な委任状や印鑑証明書を預かってはいたが、前者は、分筆登記及び所有権移転登記に必要な関係書類を受け取った司法書士又はその依頼を受けて現地を実測する測量士などが一定の手順に従って行い得る作業であり、後者も、被告会社の権利を保全する手段であるにとどまるから、土地の引渡し日を登記済権利証の交付日とする約束があった証左とすることはできない。購入者との契約、経理処理の方式などにより、これとは異なる日を引渡し日とすることも可能ではあるが、当期に関する限り、原判決の判断には誤りがなく、論旨は理由がない。

第二割賦販売未収金の収益算入に関する主張について

論旨は、要するに、本件分譲地の一部(支払割引料調査書(甲三三)の「支払割引料明細表」に記載された物件購入者中、萬本守、花木富士男を除いた八二件)は、割賦による代金支払いの約定で販売したものであり、割賦販売収益の帰属の特例を定めた法人税法六二条二項、基本通達2-3-1、同2-3-2の要件を実質上具備していたのであるから、その規定に従って当期の収益の算出をすべきであり、そうでないとしても、法人税法六三条に定める延払条件付譲渡に関する規定を適用して当期の収益の算出をすべきであったのに、右物件購入者から被告会社が受け取り、手形割引きをしてもらったマル専手形の合計金額(割引手数料を控除した残額)を当期の収益と認定した原判決には、割賦基準あるいは延払基準についての前記法令の解釈を誤り、ひいては事実を誤認したものであるというのである。

しかしながら、被告会社においては、割賦基準又は延払基準の特典の適用を受けるために必要な方式を履践していなかったのであるから、これらの基準に従って被告会社の収益の分割計上を認めることはできない。論旨は理由がない。

第三売買契約解約に関する主張について

論旨は、要するに、被告会社は、群馬県吾妻郡長野原町(以下、「北軽井沢」という)の分譲地の購入者である大塚幸一、菊谷博、中山義彦、山口春吉及び大平の分譲地の購入者である高山俊治から、いずれも当期内に各売買契約を解約して被告会社が今後売出す分譲地で自分たちの希望に沿うものがあれば改めて売買契約を締結したいとの申し出があったため、当期の売買契約を解約し、各人から受け取った売買代金を今後購入する分譲地の代金に充当するため預り金としたものであるから、これらは当期の収益ではないのに、当期の収益に算入した原判決には、事実の誤認があるというのである。

しかしながら、被告会社は、右購入者から、当期内に代金を全額受領し(ただし、中山については、代金二一〇万円のうち、現金で支払いを受けた分を除く一六三万五〇〇〇円をマル専手形で受け取り、当期内に代金の支払いが済んでいる旨の経理処理をしている)、当期内にいずれも所有権の持ち分の移転登記手続きを済ませているのであって、当期内に売買契約が解約された事実はなかったと認めるのが相当である。すなわち、(1)大塚については、平成二年五月ころ、現地確認の際、土地が崖崩れの状態となっているので引き取って欲しいとの申し出を受け、同月二六日、最初に販売した土地を二二〇万五〇〇〇円(販売代金の七五パーセント)で下取りし、この下取り代金を手付金として、同じ分譲地内の別の土地を新たに販売していること、(2)菊谷については、同年春ころ、現地確認の際、二度目に買った土地の隣りに道路が作られ、山が削られて傾斜が急になっている旨の苦情が寄せられ、同月二六日、前に販売した二箇所の土地を二八〇万五〇〇〇円(販売代金の合計額)で下取りし、これを手付金として、同じ分譲地内の別の土地を新たに販売していること、(3)中山については、気に入った別の土地があれば買い替えたいという申し出があったものの、その後に売り出した土地の中に同人の気に人った土地がなかったことから、平成二年八月二日、中山に対し、右土地代として二五〇万円を返還していること、(4)山口については、同じ分譲地内の別の土地を買い替えられた経緯はあるものの、それは平成二年八月九日付け売買を原因として各移転登記をすることで処理されていること、(5)高山については、土地の一部を道路に充てる必要が生じたため、その部分を他の土地と交換することで処理されているが、それは当期後のことであることが認められる。

そうすると、被告会社が大塚、菊谷、中山、高山に対して販売した土地の代金は当期の収益になるというべきである。論旨は理由がない。

第四未施工工事費用の売上原価算入に関する事実誤認の主張について

論旨は、原判決が、当期における分譲地につき、被告会社には未施工工事の大半を施工する意思がなかったので、その費用は当期の経費には当たらないと判断したのは、法令の解釈を誤り、ひいては事実を誤認したものであるというのである。

そこで、検討するに、原判決が挙示する関係証拠及び当審における事実取調べの結果を総合すると、被告会社が当期に分譲した土地のうち、北軽井沢の土地についての未施工工事(水道本管工事)費用二六四八万八〇〇〇円、及び清水市中河内大所(以下、「大所」という)の土地についての未施工工事(水道管工事)費用二八四八万八八四〇円の合計五四九七万六八四〇円は、当期の収益に係る売上原価としてこれを損金に算入するのが相当である。以下、順次説明を加える。

1  法人税法二二条三項一号は、損金に算入すべき金額について、「当該事業年度の収益に係る売上原価、完成工事原価その他これらに準ずる原価の額」と定め、基本通達2-2-1は、右の売上原価等となるべき費用の額の全部又は一部が当該事業年度終了の日までに確定していない場合につき、「同日の現況によりその金額を適正に見積るものとする」と定めている。これは、売上原価等が、収益に対応する費用であることから、当該事業年度末において未確定の費用を含んだ形態での資産の販売については、その売上原価等を適正に見積って収益と費用を対応させる趣旨であると解せられるから、分譲地の未施工工事費用についても、基本通達2-2-1の定める基準を充たし、当該事業年度末日の現況によりその額を適正に見積ることが可能であれば、その額を売上原価等として損金に算入すべきであり、納税義務者において当該事業年度の終了日に現実に見積らなかったために結果として損金として処理されないことがあり得るにしても、そのことから損金としての性質が否定されることにはならないものというべきである。ただ、未施工工事費用を当該事業年度の収益に対応させてその末日の現況に従って適正に見積るのであるから、これを損金として認めるには、単に計算上見積りが可能というだけでは足りず、当該法人に当該事業年度の末日で収益に対応する未施工工事を施工する意思があり、その金額の見積りが可能な程度に債務の内容が確定していることが必要であるが、それ以上の要件は必要ではないというべきである。

2  本件分譲地は、別荘地として売り出されたものであって、道路及び水道の設備は不可欠であり、被告会社としても、各物件の売出しに際し、分譲地内に幅四メートルのコンクリート舗装の道路を造成し、水道施設を完備する旨記載した広告ビラを客に配付し、重要事項説明書にも、水道につき「井戸から引込可」とか「簡易水道」などと記載していた。そして、現に被告人岩井清高(以下、「被告人」という)は、大平の分譲地の販売では工事の請負業者をして現地で顧客に対しこうした未施工工事を完成させる旨説明させ、北軽井沢等の分譲地の販売でも、係員らをして現地でその旨を顧客に説明させていた。また、実際にもかなりの程度にこうした工事を施工している。すなわち、水道に関しては、平成元年八月ころ、北軽井沢の分譲地の造成に当たり、土地家屋調査士の曽根利勝、工事請負会社の社長で北軽井沢分譲地の管理人でもある柄澤友二に水源の確保を依頼して地主との折衝に当たらせ、第一期においては成功しなかったものの、当期内に最後の第四期の分譲地の大部分および第一期の分譲地の一部についてその工事を施工し、平成三年四月に水源に適する土地を賃借してからは、査察開始の前までほぼ継続して工事を施工しており、大平の分譲地についても、査察開始の前までにはその工事の大部分を終えており、大所の分譲地については、購入者の中に建物の建築を希望する者が比較的多数であったため早期に水道施設を整備したいと考えていたものの、水源の確保が土地分譲の直前にずれ込んだために遅れ、後から分譲した大平の工事に引き続いて平成五年四月にはこれを完成させている。道路の舗装工事に関しては、北軽井沢の第二期ないし第四期の分譲地の大部分については、当期内に施工し、大平の分譲地については、当期内約半分、査察開始前には残りの大部分を終え、大所の分譲地については、当期内に車道の舗装を終えている。そして、被告会社が査察開始までに施工した右各分譲地におけるこれらの工事費用は合計一億数百万円に上り、この内、北軽井沢の水源確保及び水道工事にかかった費用四二五七万三七八四円及び大平の平成二年三月期の売上に対応する工事費用九七二万六二一五円の合計五二二九万九九九九円は、起訴に際し検察官により当期の外注費に参入されている。

このような本件分譲地の販売形態や道路及び水道工事の施工状況にかんがみると、被告会社が本件各別荘分譲地内に道路舗装工事及び水道工事を施工する意図を有していたものと認めるのが相当である。

3  被告会社は、上記分譲地の販売に当たって顧客との間で道路及び水道工事の着工及び完成時期について具体的な取決めをしていたわけではなく、必要性及び緊急性を考慮して工事箇所を選定し、いわゆる出来高払いの方法により請負業者に工事を施工させていたものである。

しかしながら、平成三年秋ころ、被告会社が有限会社協永土建に見積らせた北軽井沢地区の水道管工事(見積り額二六四八万八〇〇〇円)は、それまでに六〇〇〇万円以上の工事費用を支払って最優先工事として始めて平成三年春までにほぼ完成させた水道工事に継続する工事であるから、当期末の時点で、近い将来その工事を施工することが予定されており、かつ、その金額の見積りが可能な程度に債務の内容が確定していたものと認めるのが相当である。そして、その見積り方法にも格別不合理なところはない。

また、平成四年秋ころ栄建設株式会社に見積らせた大所地区の水道工事(見積り額三九八〇万円)は、前記のような事情から着工が遅れたとはいえ、販売を開始した時点で別荘の建設を希望する購入者が多かったことから優先して施工しようと考えていた工事であるから、近い将来工事が予定されており、見積りが可能な程度に債務が確定していたものと認めるのが相当である。そして、その見積り方法にも格別不合理なところはない。ただ、右の見積り水道工事費用三九八〇万円は、翌期以降に販売した分譲地の水道工事に関する費用も含んでおり、その総販売面積に占める当期分譲面積(二二九八平方メートル)の割合は七一・五八パーセントであったから、当期に販売した分譲地の水道工事の費用の見積り額は、前記三九八〇万円を右割合で按分した二八四八万八八四〇円とみるのが合理的である。

以上によれば、北軽井沢地区の水道本管工事の見積額二六四八万八〇〇〇円と大所地区の水道工事の見積額二八四八万八八四〇円の合計五四九七万六八四〇円は、当期の売上原価として損金に算入するのが相当である。したがって、右金額を本事業年度の売上原価に算入しなかった原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるといわざるを得ず、その限度で論旨は理由がある。

第五破棄自判

量刑不当の主張についての判断を省略し、刑訴法三九七条、三八二条により原判決を全部破棄し、同法四〇〇条ただし書にしたがい、被告事件についてさらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

原判示の罪となるべき事実中、平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの事業年度の被告会社の実際所得金額が「三億一三五九万九四五二円」とある部分を「二億五八六二万二六一二円(別紙1の修正損益計算書参照)」と、課税土地譲渡利益金額が「二億九四五三万九〇〇〇円であり」とある部分を「二億三五九一万八〇〇〇円」と、これに対する法人税額が「二億一二九二万一三〇〇円であった」とある部分を「一億七三三四万四二〇〇円であった」と、「虚偽の法人税確定申告書を提出し」とある部分を「虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま納期期限を徒過させ」と、被告会社の同事業年度における「法人税額のうち二億一〇三四万一三〇〇円を免れた」とある部分を「申告税額との差額一億七〇七六万四二〇〇円(別紙2の脱税額計算書参照)を免れた」と、それぞれ訂正するほかは原審の認定するとおりであるから、これを引用する。

(証拠の標目)

当審で取り調べた次の各証拠のほかは原判決と同一であるから、これらを引用する(ただし、原判決が、証拠として挙示している被告人の原審公判廷における供述は、原審公判調書中の被告人供述部分とする)。

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書三通(当審における検察官請求の証拠等関係カード(書証)番号三ないし五、以下、検察官、弁護人申請の書証については、それぞれ、検、弁と略記した上、証拠等関係カードの番号を記載することとする)、被告人作成の申述書(弁五四)、同報告書(弁八)、秋田弁護人作成の報告書(弁五五)、同追加報告書(写し―弁五六)

一  証人内尾武博、同曽根利勝、同柄澤友二、同野見山雅雄、同相博、同青木隆の当公判廷における各供述

一  当裁判所の検証調書

一  飯野斌、山形芳子の大蔵事務官に対する各質問てん末書(検一、二)

一  検察事務官作成の報告書(検六)、大蔵事務官作成の報告書(検七)及び査察官報告書(検一四)

一  広告ビラ一八枚(弁一)、土地登記簿謄本(六六通―足助分―弁二)、土地登記簿謄本(二四通―出羽分―弁三)、土地所有者一覧図(七枚―弁四)、有限会社協永土建作成の御見積書(六通―弁五)、栄建設株式会社作成の御見積書(二通―弁六)、被告会社作成の「査察期に於ける未完成工事施工」と題する書面(弁七)、「売出準備進行表」と題する用紙(弁九)、萩原弁護人撮影の写真撮影報告書三枚(弁一〇)、建造物件リスト(弁一一)、現況写真帳三冊(写真一〇五枚添付のもの―一二、写真一一〇枚添付のもの―弁一三、写真五七枚添付のもの―弁一四)、「現況写真撮影」と題する写真帳一冊(写真六四枚添付のもの―弁一五)、「清水・大所、水道、道路工事」と題する写真帳二冊(写真三九枚添付のもの―弁一六、写真六枚添付のもの―弁一七)、土地登記簿謄本の写し九通(弁一八ないし二六)、一隅に『吾妻郡長野原町大字古森2/26受』との記載のある図面(弁三一)、「土地所有者一覧図―東加茂郡足助町大字月原」と題する図面(弁三二)、工事進捗状況一覧図(道路)(弁三三)、工事進捗状況一覧図(水道)(弁三四)、土地登記簿謄本の写し三通(弁四九ないし五一)、分筆登記申請書(地積測量図添付)の写し四綴り(弁五二)、土地登記簿謄本の写し(弁五三)、「重要事項説明書」と題する用紙二枚(弁五七)、販売集計表の写し(弁五八)、水道工事請負契約書(見積書一枚、領収証三枚添付のもの―弁五九)、有限会社協永土建作成の御見積書(弁六〇)、工事請負契約書(弁六一)、有限会社協永土建の領収証三枚(弁六二ないし六四)

(確定判決)

被告人は、(1)平成三年一月二五日横浜地方裁判所横須賀支部で、不動産侵奪、詐欺の罪により懲役三年、四年間執行猶予に処せられ、右裁判所は平成五年七月二三日確定し、(2)平成三年一二月一九日東京地方裁判所で、(1)の裁判が確定する以前に犯した宅地建物取引業法違反の罪により懲役一年六月、三年間執行猶予に処せられ、右裁判所は平成五年一〇年一日確定したものであって、右の各事実は検察事務官作成の前科調書(検八)、判決書謄本二通(検九、一一)によってこれを認める。

(法令の適用)

一  被告会社について

当裁判所が認定した罪となるべき事実に原判決と同様の法令を適用し、その所定金額の範囲内で被告会社を罰金六〇〇〇万円に処し、原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文、一八二条により被告人と連帯して負担させることとする。

二  被告人について

被告人の前記所為は、法人税法一五九条一項に該当するところ、右は前記(1)の確定裁判のあった罪及びそれ以前に犯した前記(2)の罪と平成七年法律第九一号による改正前の刑法(以下同じ)四五条後段の併合罪であるから、同法五〇条によりまだ裁判を経ていない判示の罪について更に処断することとし、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、後記情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとし、原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文、一八二条により被告会社と連帯して負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、被告会社の実質上の経営者として業務全般を統括していた被告人が、被告会社の業務に関し、宅地建物取引業の免許を受けずに別荘の分譲販売等を行って得た収益について虚偽過少の法人税確定申告書を所轄税務署長に提出してそのまま納期限を徒過させ、正規の法人税額との差額一億七〇七六万四二〇〇円を免れた事案であって、単年度ながら、ほ脱額が多額であり、ほ脱率も九八パーセントを超えている。犯行の主たる動機は、不動産取引によって被告会社が上げた多額の利益を保持するため、高額に上る納税を免れたいというものであって、酌量の余地に乏しい。所得秘匿の手段方法も、外交特権を有する駐日大使館員と通謀し、報酬供与を条件として被告会社の利益を分配する旨の内容虚偽の匿名組合契約を締結して第三者に所得の大部分を取得させたように仮装した上、同大使館員にいわゆる馴れ合い訴訟を提起させて債務名義を取得させるなどしたものであって、裁判制度をも悪用した大胆かつ計画的な犯行である。しかも、被告人は、前記(1)の確定裁判となる罪で公訴を提起されていながら、前記(2)の犯行に加え、本件犯行に及んでいるのであるから、被告人及び被告会社の刑事責任は重いというべきである。

他面、被告人は、国税当局による査察開始当初から本件犯行を認め、事実の解明に協力してきたこと、本件の背景事情の一つとして被告人の税務、会計に関する知識不足があるところから、本件の発覚を契機に顧問税理士を迎えて被告会社の経理体制を改善し、分譲地の販売名義人として利用した企業の廃業届を提出して二度と同じ過ちを繰り返さないことを誓い、顧問税理士の指導のもとに、修正申告をして法人税本税、延滞税、地方税を納付していること、販売した分譲地に関する未施工工事を完成させるための努力を続けていること、その他被告人の家庭の事情などの酌むべき事情が認められる。そこで、被告会社を罰金六〇〇〇万円に、被告人を懲役一年にそれぞれ処し、被告人に対しては、今回に限り、刑の執行を猶予して社会内で自力更生を期させることとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 中野久利 裁判官林正彦は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 香城敏麿)

別紙1 修正損益計算書

<省略>

別表2

脱税額計算書

<省略>

税額の計算

<省略>

平成五年(う)第一〇三九号

控訴趣意書

被告会社 東海造園

被告人 岩井清高

右両名に対する法人税法違反被告事件についての控訴の趣意は、左記のとおりである。

平成五年一二月二二日

主任弁護人弁護士 紺野稔

弁護人弁護士 萩原太郎

弁護人弁護士 秋田徹

東京高等裁判所第一刑事部 御中

目次

総説・・・・・・一五一六頁

控訴趣意第一点(事実誤認の主張)・・・・・・一五一六頁

控訴趣意第二点(事実誤認の主張)・・・・・・一五三五頁

控訴趣意第三点(量刑不当の主張)・・・・・・一五四七頁

総説

一 原判決は、「被告人岩井は、被告会社の平成元年四月一日から同二年三月三一日までの事業年度(以下、平成二年三月期または当期と略称する。)の実際所得金額が三一三、五九九、四五二円、課税土地譲渡利益金額が二九四、五三九、〇〇〇円であり、これに対する法人税額が二一二、九二一、三〇〇円であったのに、所得金額が四、三七三、〇六四円、課税土地譲渡利益金額が四、三七三、〇〇〇円で、これに対する法人税額が二、五八〇、〇〇〇円である旨虚偽の申告をし、二一〇、三四一、三〇〇円を脱税した。」と認定した上、被告会社に対し罰金七千万円、被告人岩井に対し懲役一年の実刑を科した。

二 しかし、この原判決には、

<1> 当期の損金の額に算入されるべき売上原価の算定

<2> 販売収益計上の時期の認定

につき、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があり(控訴趣意第一点、第二点)、また、右の各量刑は、いずれも重きに失するので(控訴趣意第三点)、刑訴法三八二条、三八一条、三九七条に基づき、原判決の破棄を求める。

なお、被告会社及び被告人岩井(以下、これを併せていう場合には、単に被告人らという。)は、原審において、控訴事実の全部を認めていた。にもかかわらず、控訴審において右のような事実誤認の主張をなすことについて、控訴裁判所におかれては疑問に感じられるかとも思うが、被告人らの主張の変更には、後述のとおり、やむを得ない事情が存するので、この点十分のご理解をたまわるようお願いしたい。

控訴趣意第一点(事実誤認の主張)

原判決は、平成二年三月期の損金の額に算入されるべき売上原価の算定につき、いわゆる未施工工事の費用を算入しなかった点において、事実誤認の違法をおかしている。

一 売上原価に算入されるべき未施工工事費用の範囲

(1)被告会社は、平成二年三月期において、

広島市安佐北区可部町(二回)

静岡県清水市中河内 薮

栃木県今市市猪倉

清水市中河内 大所《大所と略称》

群馬県吾妻郡長野原町(四回)《北軽井沢と略称》

愛知県東加茂郡足助町《足助と略称》

静岡県清水市太平《太平と略称》

の別荘地を分譲販売したが、その販売方法は、一般の土地分譲業者が行う販売方式とは明らかに異なる方式を採用した。すなわち、一般には、販売前にあらかじめ各区画の面積と形を決めて客に販売するのであるが、被告会社では、販売前にあらかじめ各区画を明確に区分せず、客に自由に面積の増減の選択ができるという方式にしたのである(「オーダーカット<自由分割>方式」)。その契約の具体的なやり方は、会社と客との間で、まず、「販売図面」(当審で証拠請求の予定)に基づき売買の対象土地を特定した上、その物件特性(土地の位置、方向、形状、日照の具合等)と面積とを勘案して代金を決め、契約を結ぶというものであった。したがって、その面積と後日分筆の際に行う測量の結果の面積との間に多少のずれが生じることもあり得るが、もしも、当初決めた面積が実際より少ないときは、その分、代金を必ず減額するという取扱いにしていた(実際より多いときはそのまま)。

この方式は、客の個別的なニーズに柔軟にこたえることが可能であるため、甚だ好評であり、被告会社の業績を伸ばす大きな要因となった。ただ、この方式では、事前に工事(主として道路工事、水道工事)を完成させておくことはできない。なぜなら、その土地が最終的に、どれ位の人に、どのような形・面積で分譲されるかは分からないからである。極端な場合、一人に売却することもあり得る。したがって、そのような工事につき、予め、厳密な設計や費用の見積りをしても無意味になるおそれがあるため、会社としては、今後のおおよその見当(工事費用については、実績等に基づく平均値)を頭に描いておき、売れた都度、工事を施工していく方法(「現場合わせ」)によっていたのである(第二回公判における被告人岩井の供述参照)。

このような理由から、本件の平成二年三月期分についても、差し当たって必要な工事のみを施工し、それ以外の工事についての設計や費用の見積りを行っておらず、その段階で今後に予想される工事費用の具体的金額は、なお未確定の状態であった。

(2)ところで、本件の土地分譲については、法人税法二二条三項、国税庁長官法人税法基本通達(以下、単に基本通達という。)2-2-1、2-2-2の適用がある場合であり、「(分譲にあたって)約した道路、公園その他の付帯施設の工事が終わっていないため、全体の工事原価が未確定であっても、本通達によりこれらの工事に要する費用の額を適正に見積り、当期に収益計上した売上高に対応する工事原価を計上することが認められる」(いわゆる収益費用の対応の原則。渡辺淑夫等『コンメンタール法人税基本通達』平成五年版八二頁)べきはずである。

したがって、この基本通達の適用については、被告会社としては、本件の犯則調査を受けた当時、国税局に対し強く主張したところであった(被告人岩井の平成四年九月三〇日付検面調書《以下、この検面調書を九・三〇調書という。》添付の資料1、東京国税局査察部に対する平成四年二月二五日付上申書《以下、この書面を上申書Aという。》)。しかるに、同局係官(収税官吏)らはこれに一顧だに与えなかった。

その理由は、

ⅰ 水道工事、道路工事の施工は、客に対する債務というほどのものでないこと、

ⅱ 平成二年三月期末の段階で、その未施工工事について何の設計、費用見積りもなく、工事施工の意思がなかったということ、

ⅲ 現地の状況はその見積りができる状態でないこと、

というものであった。

しかし、ⅰの点については、分譲の広告に、「分譲地内水道完備ないし引込可、舗装道路車乗入れ可」などと記載して客を誘引しており、また契約時の重要事項説明書にも同旨の説明をしている(当審で証拠請求の予定)。およそ土地分譲の場合、水道と道路の設備は不可欠というべきであるから、その施工は販売業者の基本義務として、客に対する確定した債務になっていたと考えるべきである。水道については、客に分担金供出を求めていたものもあった。

この点、もう少し、贅言を費やせば、一般に、いかなる場合に債務が確定しているかの判定については、基本通達2-2-12が参考になる。すなわち、債務が確定しているものとは、

<1>当該期末までに当該費用に係る債務が成立していること

<2>当該期末までに当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること

<3>当該期末までにその金額を合理的に算定することができるものであること

の要件を充たしている必要があると考えられるところ、オーダーカット方式をとっていた本件では、ある土地を売却すれば、その後は、少なくとも、その客との間で、関係工事を施工すべき債務及び具体的給付原因(上記<1><2>)が成立ないし発生したことになることは疑いない。(この場合、工事業者と工事契約をしている必要のないことは、もちろんである。なお、上記<3>の要件は、<1><2>の要件を充たしておれば――不安定公害の補償等の場合を除き――当然に具備するといわれているので<山本守之『体系法人税法』一二一頁>、これも問題ない。)したがって、ここで問題にしている未施工工事費用は、被告会社にとって、具体金額はともかくとして、すでに十分確定し、かつ、合理的に算定できる債務になっていたことは明らかというべきである。

次に、ⅲの点については、当時、決して見積りができない状態であったということはない。現に、後述のとおり、平成三年一〇月には、具体的に事前見積りをさせているのである(二の<3>の<1>)。本件で、被告会社が平成二年三月期の申告にあたり、見積りをしなかったのは、それができる状況になかったからではなく、税法の不知によって、それをする必要がないと誤解していたがためにほかならない。この点に関し、国税局の係官は、みずからが、例えば北軽井沢古森の現地を視察した結果の判断とはいうが、その視察したところからはごく一部の箇所しか見分できず、全体の状況を把握したようにはうかがえない。

また、ⅱの点については、たしかに、「当該事業年度終了の日までに未だ債務が発生していない工事費用を原価計算の基礎とすることは、……当該法人が当該土地の原価計算につき現実に右計算方法を採用し、将来の工事費用の額を具体的に見積った場合に限定される。」という趣旨の高裁判例があるにはあるものの(東京高裁昭和四五年<う>第一六四七号、同五〇年四月二三日判決)、これは基本通達制定前の事件に関するもので、現在の取扱いは、現実の見積りの有無にはかかわりないと解するのが収益費用の対応の原則に適合する正しい解釈と思われる。

一方、被告人らに、未施工工事施工の意思がなかったとの点が、全くの独断に過ぎないことについては、後に(三の<2><3>)詳細説明するとおりである。

いずれにしても、国税局の挙げる理由は合理性を欠くものであった。さればこそ、本件の告発を受けた検察官においては、国税局の見解に反し、被告人、被告会社の主張(前記九・三〇調書添付の資料2、横浜地方検察庁に対する平成四年五月二〇日付上申書。以下、これを上申書Bという。)を一部認容し、平成三年三月期までに工事を終わった。

北軽井沢の水源取得、水源・水道工事

太平の道路工事、水道工事、建物移転

の諸費用で、平成二年三月期に対応する金額、合計五二、二九九、九九九円の原価算入を認めたのである(検察官の冒頭陳述要旨添付の「ほ脱所得の内容明細」番号8の項参照)。

検察官も当初は国税局に倣う姿勢のようであったが、いったん捜査を終結した後の平成四年九月に至り、従来の姿勢を改め、上記の措置をとったものである。この措置、特に、具体的な費用の見積りはなくとも原価算入ができるとしたことは、さすがに、税務当局よりも優れた見識を示すものであり、被告人らも諒としたところであった。ただし、その算入は、平成二年三月期の翌年の三年三月期ころまでの現実に施工した工事費用のみに限った。そこで、被告会社としては、算入を認められなかったその余の未施工工事の費用見積り額についても、その際、重ねて算入を認めてほしい旨要請し、前年一〇月に協栄土建(北軽井沢古森と足助分)、及び栄建設(大所と太平分)に対して工事予定分を見積らせた見積書等を提出したのであるが、遺憾ながら、検察官はその要請及び見積書等の受理を拒否した。

検察官がこのように、原価算入を認める時期を上述のように限定した理由は、必ずしも明らかでない。あえて推測すれば、見積りは「適正」でなければならないこと、また「見積り金額を正確に確認することができる場合であるべきこと(金子宏・租税法第二版二二九頁)等の条件を充たすためには、犯則事件の調査ないし捜査時までにハッキリした客観的状態が現れていることを求めたのかもしれない。たしかに、事後的にそのような状態であれば、認定が容易である。しかし、原価算入の可否を決する時期は、もっと以前の当該事業年度末なのであるから、あまり事後の状況を重視するのは、理論的ではない。あくまで、その年度末の「現況により」将来を展望し、本来見積られるべき金額を、「合理的に」見積るべきものであるからである。したがって、その展望は、次の期を超えて、次の次の期以降に及ぶことをも排除するものではない。

(3)のみならず、土地の分譲の場合には、右の「適正」「正確」をあまりに厳格に考えると、法人に酷なことが生じる。このことは、原審において、野見山証人が強調したところである。その見解をさらに敷延して述べれば次のようになる。

『 企業の継続性を前提にして算出された企業利益に課税を行うという法人税の仕組みから見れば、売上原価の算定における見積り計上の許される範囲を比較的狭く解しても、見積り計上の認められなかったものは、その後、債務が確定したと見られる時点で損金計上が認められ、数事業年度のスパーンで見れば、期間損益を大きく狂わすものではなく、課税上の弊害は少ない。むしろ、見積り計上による恣意性を排除できるメリットがある。

しかしながら、現行の法人税課税には、企業利益をベースにした通常の所得課税のほかに、土地等の譲渡に着目し、その譲渡益について別途特別税率により負担を求める土地重課税が併課されている。この重課制度は、継続性を前提として算出される企業利益に対する所得課税と異なり、土地等の譲渡のあった事業年度についてのみ、その譲渡利益に課税するという単発的なものである。

この土地重課税の対象となる土地譲渡益の算定にも譲渡原価について見積り計上が認められているが、その見積り計上の許される範囲を狭く解し過ぎると、譲渡益は、収益費用対応の原則から大きく離れた過大なものが算定される結果になる。そして、見積り計上の認められなかった原価については、その後、債務の確定したと見られる年度で損金計上が認められるかもしれないが、もしその年度に土地譲渡がなければ、土地譲渡の原価とされる機会を失い、過大な土地譲渡に土地重課税が行われたままになるケースもあり得る。

このような理由により、土地の譲渡原価の算定に当たって、見積り計上の許される範囲は、特に恣意的なものでない限り、広く解するのが適正公平な税負担を求める租税正義にかなうものと考えられる。』

ところが、本件において、被告会社は、被告人岩井に対する宅建業法違反及び被告人らに対する法人税法違反の調査、捜査、起訴等によって、営業の継続がきわめて困難となり、平成四年三月、保有土地のほとんどを他の会社に処分せざるを得ない状況に立ち至った。このため、被告会社には、今後の未施工工事を施工すべき債務は厳として残ったのに反し、当時における被告会社の土地譲渡による収入としては、過去に売却した土地の割賦代金が定期的に多少入ってくるだけであった。したがって、平成三年三月以降においては、上記の未施工工事を施行した場合の費用は、原理的にその期の損金として計上することが認められるとしても、大きな土地譲渡もない以上、あまり意義をもち得ない状態になっていたのである。

そこで、被告人らは、税理士を通じ、税務当局に対し、このような事情を訴えることにした。すなわち、具体的には、平成四年三月になってから、前年の同三年三月期の申告分につき更正請求を行い、後述二の東部建設による見積り額(弁六号証参照)を三年三月期の損金に算入することを求めたところ、平成四年六月の調査を経て、八月、幸いにも、それに相当する約五億円に上る減額の更正決定がなされた。「弁五号証。この証拠の立証趣旨としては、「平成二年三月期の税額の更正通知書」とあるが、要するに、平成二年四月~平成三年三月までの事業年度分の更正通知書である。記録三三丁の問答はまぎらわしい。)この決定は、刑事被告事件が係属中のため、一応仮りの措置という意味合いをもつものであったことは否定できないが、ともあれ、未施工工事の見積り費用の範囲を狭く解すると、特に土地譲渡の場合に過酷な結果になることを、水際で食い止めてもらったものであって、被告人らとしては、きわめて有り難く思っている(この経緯については、当審でなお証拠請求の予定である)。もっとも、当弁護人の立場から考えれば、基本通達2-2-1を正しく適用するならば、このような措置は、もともと不要なはずであったともいえるが、たとえ恩恵的措置として考慮されたものであるとしても、税務当局において、基本通達の狭い解釈は納税者に過酷を強いる可能性の高いことを率直に肯定したものとして、大いに評価されるべきことであろう。裁判所におかれては、ましてのこととして、納税額、したがってまた逋脱額の不合理な拡大には、十分警戒的であってほしいと望むものである。

要するに、未施工工事費用の原価算入を全く認めなかった当初の国税局の措置は論外としても、検察官の措置もまた、なお不十分といわねばならず、検察官は、百尺竿頭さらに一歩を進め、(税務当局も最後には認容した)その後の工事予定費用の見積り分にまで及んで許容すべきであったのである。

二 原審における被告人らの主張と審理の実情

捜査段階で主張を容れられなかった被告人らとしては、原審公判においては、あらためて、既に検察官によって認められた費用のほかに、平成二年三月期分の原価として算入の許される工事費用がなお存在するとの主張を行った。

(1)ただし、総説のところで言及したように、被告人らは、原審において、本件公訴事実についてはこれを認め、正面から脱税の額を争うことはせず、右の主張をいわゆる情状として呈上することにした。

それには、次のような経緯も介在している。すなわち、被告人岩井が、平成四年九月末ころ、取調べ担当の検察官(内尾検事)から、上述のように、未施工工事費用のうち、平成三年三月ころまでに施工ずみの費用のみに関して原価算入を認め、その余について算入を認めない旨告げられた際、同被告人は、その認められなかった点については、理由が分からないので再考してほしいと願った。しかし、聞き入れられなかったので、担当検察官に対し、それでは、公判では情状として主張してもよいか、と尋ねたところ、同検察官から、情状としてならば異存はないという答えを得た。

このような次第もあって、公判になって、右のような算入を認めてもらえなかった平成三年四月以降の予定工事の分(北軽井沢、足助、大所、太平の分)については、すでに見積りもあり、一部は代金も支払っていることを情状面で考慮してもらうような主張立証ないし弁論を行ったのであった。

(2)そして、そのとき、証拠として提出したのが、弁六号証の工事請負契約書、同七号証の領収証、同八号証の振込金受取書であり、それに加え、被告人質問も施行された。被告人側としては、これらによって、少なくとも情状面では、みずからの主張が容れられるものと考えた。ところが、これらの証拠調べが終わり、いったん弁論終結後、検察官は、この被告人側の主張が容認されることをおそれてか、弁論の再開申請を行った。そして、裁判所はこの申請を認めた上、検察官申請の大貫証人(結局双方申請となっているが、本来は検察官申請)の証人調べを施行した。これに対し、被告人側も自己の主張を徹底するため、重要な書証である

未完成工事算出根拠

御見積書

古森のブロック別概略図

土地所有一覧図

古森の工事現場見取図 (以上、弁護人請求番号三三ないし三七)

の取調べ請求を行ったのであるが、検察官の不同意意見によって、弁護人はこの請求の撤回を余儀なくされた。

(3)このように、情状面としてであったとはいえ、未施工工事費用の原価算入の範囲の点は、当事者間の論争の対象になった。そして、その焦点となったのは、右弁第六号証「工事請負契約書」のもつ意義であった。この契約書は、平成四年一一月一七日、被告会社が大貫正明の経営する東部建設に北軽井沢古森、足助、太平、及び大所の各水道・道路工事(並びに北軽井沢池ノ塚の給水工事)の施工を委託したことと、その工事の費用見積りを証明するものであった。

しかるに、検察官は、この契約は真実、東部建設と被告会社との間に締結されたものかどうかきわめて疑わしく、またその見積りは被告会社の意向にしたがって作成された便宜的で信頼性の薄いものであると主張し、右大貫に対し、きびしい尋問を試みた。

しかし、

<1> この契約の締結に嘘、偽りはない。東部建設の人的、物的構成が貧弱であることは事実であろうが、この種請負の実態は、およそこの程度のものであって、実際の作業は下請、係請にまかせ、みずからは営業、監理のみにあたる例は少なくないのである。問題は、その見積りの精度であるが、これは、もともと被告会社において、平成三年一〇月ころ、協栄土建に北軽井沢古森と足助分を、栄建設に大所と太平分を見積らせ(この場合の算定は平成二年三月末の工事単価を基準とするように依頼した。以下、この見積りを第一回見積りという。)、次いで、平成四年一一月ころ、東部建設に、第一回見積り及び自社独自で集めた資料に基づいた第二回目の見積りを行わせ、契約書(弁六号証)を作成したものであった。この契約書の見積り額は、第一回見積り額より約六・四パーセント位高いが、物価上昇分を考慮すると、さして径庭のあるものではない(当審において証拠請求予定の上記「未完成工事算出根拠」等参照)。

ところで、この東部建設代表の大貫は原審において証人尋問を受ける前、検察官の取調べを受けたのであるが、その際、契約書の見積りとともに、第一回目見積り資料も提出し、検察官の批判にさらしている。にもかかわらず、これらの資料の精度についてのテストはなされないまま、突っ返された模様である(大貫の証言)。そして、他方、弁護人は、上述のように、第六回公判において、この見積り資料等(前掲、弁護人請求番号三三~三七)の証拠調べ請求をしたのであったが、検察官の不同意に遭って、取調べがなされず、ようやく、被告人質問の中で、見積り額の概略を公判に呈上し得たという経緯がある。しかるに、この間、検察官は、ただ、東部建設の作業能力の低いことに立証の重点を向けるあまり、その見積りの基礎となった第一回目見積りの精度については何らの関心も払わなかったかに思われる。しかし、第一回目見積りを行った協栄土建にはかねてから多くの外注工事を依頼し、その仕事ぶりに問題はなかったものであり(柄沢友二の検面調書参照)、また榮建設ともども、この見積りをいい加減に作ったとのことを示す兆候は何一つ現れていないのである。してみれば、一面これを基本にし、これとほぼ同額の見積りをした東部建設の見積りの結果(契約書の見積り額)は、一応信頼に値すると見て差し支えないはずである。もし、その保証もなかったならば、前述のような税務当局による更正決定(弁五号証)もあり得なかったのではなかろうか。

検察官が東部建設の直接の作業能力のみに攻撃を集中したのは、いわば的外れであったといわなければならない。

<2> 被告会社は、東部建設に対し、原審当時、一、五〇〇万円、その後五、〇〇〇万円を支払って大所地区の工事を終了し、九月からは、一千万円の見積りをもって太平地区の工事を進行中で、また、古森地区については、一一月、協栄土建に九、八〇〇万円の見積りで急いで着工させている(この点、当審において証拠請求予定)。

このように、やや遅々ではあるが、東部建設及び協栄土建は契約どおり工事を進めているのであって、この事実に照らしただけでも、検察官の主張が根拠のない誹謗に過ぎないことが分かるのである。

三 原判決の認定の誤り

(1)原判決は、このような検察官の主張には同調しなかった。だが、他の理由をもって、未施工工事費用の原価算入を排除した。すなわち、

ⅰ 被告人が未施工工事費用を経費として計上できることを知らなかったはずはないこと(この点は、長年不動産会社を経営し、税理士資格のある弁護士を顧問にしていたこと、その他本件脱税の方法等から推認できる。)

ⅱ 経費として計上しなかったのは、実際にそれを施工する意思がなく、経費ではなかったからである、

というのである。

しかし、残念ながら、被告会社クラスの市井の不動産業者では、ここで問題にしている基本通達のような内容について知識をもっていないのがむしろ普通なのである。このことは、無作為に何人かの業者を抽出してこれに問いただしてみれば、立ちどころに判明するであろう。被告人も、本件の犯則調査を受けた後、野見山税理士に教えられて初めて知った始末である。もしも、未施工工事費用の原価算入が許されることを知っていたならば、本件のようなおろかで危険な行為をおかすはずもないことである。

なるほど、被告人らは二、三の弁護士と交通はあったが、経営に関し関係をもったのは本田喚尚弁護士だけである。同弁護士には前件の不動産侵奪のケースで弁護人を依頼したこともあるが、同弁護士と正式に顧問契約を結び、その指導を受けていたわけではない。むしろ、同弁護士との間は、よくいえば、一種の商取引の関係であったと見られよう。すなわち、具体的には、<1>同弁護士が被告人岩井に資金を提供し、岩井の得た利益の分配にあずかる関係とか、<2>岩井が同弁護士に手形割引を依頼する関係とか、<3>同弁護士所有の事務室と事務員を岩井が借り受けた形にして、賃料・人件費を支払う関係などが継続していたものである。したがって、この関係をもう少しうがっていえば、同弁護士にとって、被告人岩井は、単なる『利殖』の対象に過ぎなかったということになろう。事実、相当大きな金額をせしめられた感がある。であってみれば、同弁護士から、適切な税務処理のアドバイスを与えてもろうことなど期待するのが無理であり、本件の前後において、被告人らが未施工工事費用の点等につき、同弁護士から何一つ指導を受けたことはない。原判決の推測は全く肯綮にあたっていないものである。

もちろん、本件の愚行は被告人岩井自身の勉強不足と不明な決断に基づくものであって、その責任は痛感しなければならない。そしてもし、法律や税務の面で助言指導を受けられる適材が身近かにあったならば本件の不祥事は十分防ぎ得たであろう。すべて、顧みて甚だ悔いの残るところではあるが、しかし、本件を犯す当時、工事見積り費用の原価算入の制度につき、被告人らが知識をもっていたというのは、絶対事実に反する。

(2)もっとも、今となっては、被告人らがこの制度を知っておったかは問題ではない。重要なことは、被告人らに当該工事を施工する意思があったかどうかである。

原判決は、これを否定するが、その理由としては、右ⅰ以外には、特に示していない。

しかし、被告会社が本件未施工工事を施工する意思のあったことは、次の諸事実から明らかなところである。

<1> 被告会社の土地分譲事業が継続的に販売する形態のものであって、単発的なものでなかったことは、その販売規模、反復的な分譲の実際に照らし疑う余地はなかったと考える。このような継続事業にあっては、何よりもまず、客とトラブルを起こさないことが重要である。したがって、被告会社としては、客との契約を守り、客が買い受けた土地に建物を建築する希望を示したときは、緊急度に応じ、逐一必要な工事の施工を実施するよう努めてきた。平成元年五月以降の水道、水源、道路工事の実施状況は、原審で取調べ済みの山崎繁、柄沢友二の各検面調書、被告人岩井の九・三〇調書及びこれに添付の資料<3>~<8>によって一目瞭然である。すなわち、二年三月期までに、かなり多額の工事を施工していたし、引き続き三年三月期までにも継続施工し、しかも、この二年四月以降三年末ころまでにした工事費用六千余万円のうち、五、二二九万円余については、検察官もあらためて原価算入を認めた位である。果たしてそうであるならば、二年三月期末の段階で、本件未施工工事を「施工する意思がなかった」とは到底いえないと思われる。原判決の論理は、起訴時までに目に見える形で存在したものについては施工意思があったが、存在しなかったものについてはその意思が全然なかったのだという、筋のとおらない、ほとんど恣意的に近い言い方にほかならないように思われる。

<2> このように、三年三月期までに施工した未施工工事費用は、総額六千万円を超える額であるが、これは全未施工工事の約二〇パーセントに該当する。しかるに、この二〇パーセントを生かすためには、残りの八〇パーセントをも施工しなくては、それまでに工事したこの六千万円を超える莫大な工事費用が無駄になるのであるから、このことは、被告会社に未施工工事の施工意思が存したことを有力に示す証左というべきである。

(3)他方、被告会社の「施工意思」を否定すべき事跡は存しない。ただし、念のため、次の四点について付言しておく。

<1> 工事費用の具体的な見積りがなされていなかったこと及びその理由については、すでに言及した(前述一の<1>)。

<2> 土地分譲後における具体的な工事施工はやや遅れ気味であったが、その理由は、まず第一に、当時、工事ブームで、工事業者の人手不足がはげしく、被告会社が使用している業者も他の業務に負われ、他方、別の業者を使おうとすれば、非常に高い値段になる状況であったことが挙げられる。第二に、北軽井沢については、一一月から三月までは降雪のため作業ができなくなるという事情もあった。しかし、平成二年四月に入ると、上述のとおり、順調に工事は進捗し出したのである。ただ、不幸にも三年四月以降、工事が中断したが、これは、被告人岩井に対する宅建業法違反の捜索差押えによって、工事に必要な書類、特に図面が手元からなくなり、工事の進行が不可能になったからである。そして、同年七月、まがりなりにも資料を再整備し得たが、そのときまた、二度目の捜索が行われ、続いて被告人岩井が勾留され、被告会社は全くの「お手上げ」状態になった(この経過につき、上申書B「時系列表」参照)。したがって、工事の遅れは、これらの事情に基づくものであって、決して被告会社に施工意思がなかったと見るべき根拠となすに足るものではない。

なお、被告人岩井は、平成三年九月宅建業法違反の件で釈放された後、当時法人税法違反も併せて問題になっていたので、何よもまず納税の作業を優先させるべきものと考え、一一月、一二月の間に、査察の対象になった当期分及び翌期分の合計四億三千万円の納入を果たした(弁第二~四号証参照)。ただ、そのころは、前述のとおり、被告会社固有の収入はほとんどなくなっていた状態であったので、右の納入により資金の欠乏を来し、自然工事の続行をしばらく見合わせざるを得なかったという事情もあった。

これらの点に関し、被告人岩井の九・三〇調書五枚目には、「私が宅建業法違反で逮捕勾留されたりしたとはいえ、決算期から一年以上経過した時点でまだ取り掛かっていない工事についてまで経費性が認められるとは考えていない」旨の供述記載があるが、これは、被告人岩井の真意に出たものではないことはもちろん、また、工事施工の意思を失っていたことを示すものでもない。むしろ、平成三年一〇月ころ、前記第一回見積りを行わせたことに現れているように(この費用として、被告会社は五〇〇万円位自己負担している。当審で立証予定)、被告人岩井は、苦境の中でもずっと客に対する義務履行の意思を持続していたのである。

<3> 国税当局、あるいは検察官は、一時期、被告会社をいわゆる原野商法ばりの業者ではないかと疑ったふしがある。土地造成の意思も能力もないのに、これあるように装い、土地の売り逃げを策するのが詐欺的な原野商法であるが、水道、水源、道路工事という土地分譲に必須の工事費用について、当局側がその原価算入をかたくなに拒んだのは、背景にそのような偏見があったからかもしれない。しかし、苦心して水源確保に努め、水道工事その他の工事を継続する姿勢を示している会社と、悪質な原野商法の業者とが異なることは、少しく人間的見方をすれば、直ちに判明することではなかったろうか。被告会社から分譲を受けた買主らに、会社の不満をもらした者が一人もいなかったことは、前述のとおりであるからである。

<4> なお、原審第二回公判の被告人質問において、検察官ないし裁判官から、「本件は被告人岩井において意図して行った計画的脱税事件ではないか。」とただされたことがある。その質問には、被告会社は、もともと道路、水道等の工事を施工する意思など持ち合わせていなかったのではないかとの疑いが含意されているようにうかがわれるが、この点は、「前年期は赤字であったのに、当期は思いがけなく売上げが上がったようだった。しかし、そのために当期には計上されない経費が残ってしまったので、これは由々しいことだと思い脱税を考えてしまった。」という趣旨の被告人岩井の弁明、及び、現に前述の諸工事を施工したという実績によって、たやすく永解する疑いではないかと考える。

(4)いずれにしても、情状に関するとはいえ、原判決の認定は全く納得できないところである。

一般に、租税構成要件の認定には、「疑わしきは国庫の利益に反して(または、納税者の利益に)」(in dubio contra fiscum)との法理が妥当するといわれる(金子前掲書一〇五頁その他)。当該事実関係が積極的に課税する程度にまで明確でない場合には課税することができない、という原則である。原判決は、前掲ⅰ、ⅱの判示をなすについて、果たしてこのような法理に思いを致したことがあったものであろうか、いささか首を傾けざるを得ない。本件において、右(2)(3)の諸点を比較検討するとき、被告会社に、「未施工工事の大半については、実際に施工する意思がなかった」と断定することは、おそらく不可能か、少なくとも、多くの合理的疑いが介在していると考えるのが通常だと思われるからである。

四 適正な見積り額

以上に詳述したとおり、平成二年三月期における未施工工事費用の見積り額は、検察官が捜査段階で認容した分を超え、さらに原価として算入することが認められるべきである。

その額は、被告会社としては、さきに述べた、東部建設による第二回目見積り額(契約書中の見積り額)を基本にして算出した、平成二年三月期に対応する見積り額の二億〇一六、三七〇円を、同期当時の金額に修正した額をもって同期の売上原価に算入されるべき額と考える。(ただし、当審において、あらためて現場検証等を施行され、当時の「現況」を明らかにした上で、鑑定によってその額を算出して頂けるならば、そのほうが、より正確で、望ましいことはいうまでもない。)

要するに、原判決は、本来原価に算入されるべき未施工工事費用の見積り額の算入を行わず、被告会社の所得金額及び課税土地譲渡利益金額を認定したのであるから、これは明らかに事実の誤認がある場合に当たるといわざるを得ない。

原判決は破棄されるべきである。

五 補説――当審において事実誤認を主張するに至った理由

(1)既に再三述べたように、被告人らは、未施工工事費用のうち、捜査段階で検察官によっても原価算入を認めてもらえなかった平成三年四月以降の予定工事の分については、公判になって、既に見積りもできており、一部は代金も支払っていることを情状面で考慮してもらうような主張立証ないし弁論を行った。

このような犯罪事実プロパーの問題を情状面で主張するという訴訟追行の方法は、「犯罪事実の一部起訴(いわゆる一部を呑む起訴)」とか、余罪を情状として考慮することを求めるとかで、時折検察官のとる方法であるが弁護人側にも許されないわけではないと思われる。が、しかし、ややいびつな方法ということは否めず、できれば避けたいものであることはいうまでもないところであろう。

(2)ただし、一般に税金事件においては、益金あるいは損金について事実の変動が生じ、その結果、脱税額に影響を来たすことになると、通常事件とは異なる計算や、損益計算書その他の書面の修正等(訴因の変更問題もある。)の措置をとる必要が出てくる。そこで、脱税したとされる税額につき、致命的と思われる相違があるときは別として、多少の相違があっても、訴追されている者の庶民心理として、今さら裁判所に複雑な面倒をかけるのは、いかにも恐縮に耐えないので、この際、指摘された税額は納付するとしても、刑事罰さえ寛大にしてもらえるならば、それでかまわないという気持ちになるのは、よくあることと思われる。本件において、被告人側が原審において公訴事実を争わなかったのも、この例であり、かつ、さきに検察官に上申した主張の一部は容れてもらったし、あとの分は、弁六号証ないし八号証、被告人質問等で、少なくとも情状面では考慮していただけると楽観していたのであった。しかも、内尾検事の前記のような発言もあって、これに力を得、寛大な処分を期待していたのであった。

しかし、判決の結果は、期待と大いに異なった。

(3)ところで、第一審で量刑上有利に参酌してもらった方が得策であると考えて公訴事実を認めていたところ、懲役刑の実刑判決の言渡しを受けたため、上級審で事実を争うような訴訟態度に関しては、裁判所は、これをいわゆる投機的防御であるとして嫌悪し、そのような事情は、刑訴法三八二条の二にいう「やむを得ない事由」に当たらないとされる(最高裁昭和六二年一〇月三〇日第二小法廷決定、刑集四一巻七号三〇九頁)。主張立証の第一審集中という訴訟法の趣旨に反する態度であるからである。

本件も、一見これに類似する。しかし、情状問題としてであるとはいえ、未施工工事費用の原価算入の点は、原審で十分主張しており、かつ、証拠としても、弁六号証ないし八号証、及び被告人質問でこれを明らかにしたものである。しかし、その後、検察官請求による弁論再開があり、検察官申請の証人調べは行われたものの、被告人側申請の重要な書証(弁護人請求番号三三ないし三七)の証拠調べは行われなかった。だが、これらの書証の内容が明らかに虚偽と推定されるような場合ならばともかく、重要な「関連性」が認められる限り、何らかの形でその内容を明らかにする取調べが施行されてもよかったはずである(現に、上述のとおり、税務当局は、その結果を尊重し、更正決定を行っているのである)。にもかかわらず、裁判所は、その信用性の否定を前提とした上述の三のⅱのような判示を行ったのであるが、検察官の申請に対する対応と比較し、やや公平を欠く感を免れない。

したがって、このような経緯に照らせば、被告人らの本件主張は、厳密にいえば、投機的であるとの避難を受けざるを得ないとしても、証拠の一審集中の原則には毛頭違背しておらず、また、情状面での説示とはいえ、原審裁判所の実質的判断を経ているものであるから、もともとの本則に立ち帰って、控訴審において、単なる情状問題を超え、実体的真実の追求のための道としての事実誤認の主張が許されてしかるべきものと考える。

(4)かようにして、これまで縷々述べた控訴趣意第一点の主張は、刑訴法三八二条の「訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現れている事実」に基づく主張であり、そして、例えば、原審で弁護人が情状証拠として請求した前記請求番号三三ないし三七の新たな請求、あるいはこれと同趣旨のもとになす事実誤認を裏付ける新証拠の請求は、同法三九三条、三八二条の二第一項の「やむを得ない事由」に該当する請求ではないかと考えるし、少なくとも、これらの証拠は、控訴裁判所におかれて、職権をもって取り調べられるべき性質の証拠に該当すると信じる。

控訴趣意第二点(事実誤認の主張)

原判決は、収益計上の時期の認定を誤り、平成二年三月期の益金に算入されるべきでない次の項目をこれに算入した点において、事実誤認の違法をおかしている。

(一)引渡し未了の土地の販売収益

(二)割賦販売の未収金

(三)売買契約解約後の預り金

一 引渡し未了の土地の販売収益を益金に算入した違法

(1)被告人の平成四年七月三〇日付検面調書(請求番号2)(以下、この検面調書を七・三〇調書と略称する。)九項によれば、被告会社は、本件土地を分譲販売するについては、次の三つの形態をとっていた。すなわち、

被告会社は、土地売出し日のほぼ一〇日位後に、登記申込み日を設定し、

ⅰ 登記申込み日までに代金全額の支払いをする方法(現金客)

ⅱ 登記申込み日までに代金全額を支払わず、残金を一、二か月以内に一括して支払う方法(延払客)

ⅲ 登記申込み日までに代金全額を支払わず、残金を、各月末に満期の来るマル専手形を振り出したり、または分割で振り込むことにしたりして支払う方法(ローン客)

(2)ところで、基本通達2-1-1によれば、たな卸資産である土地等の販売収益の額は、その「引渡し」のあった事業年度の益金の額に算入されるべきものとされている。

しかるに、被告会社においては、販売物件である土地の引渡しは、代金が約束どおり支払われ、所有権移転登記が完了した段階で行うという大原則で運営してきた。

まず、現金客については、登記申込み日までに代金完済があったときは、当日、待機している測量士兼土地家屋調査士に分筆登記手続きを、司法書士に所有権移転手続きを依頼させる。そして、その際、顧客に対し、「この土地は、まだ分筆登記が完了していないので、分筆が終わった後所有権移転登記をするから了承してくれ。」との説明を加える。(これは、いうまでもなく、オーダーカット方式をとるからである。)一方、司法書士のほうでは、客に対しては、登記費用等についての正式な領収書は発行せず、仮領収書を発行し、分筆、移転登記終了後正式な領収書に差し替えるという方法をとっていた。(これは、司法書士において、万一にもせよ、分筆ができないときのことを考慮したものである。)かくして、移転登記が完了すれば、司法書士がすみやかに登記済権利証を顧客に送付する。というものであった(七・三〇調書九項一六枚目の「現金客の場合、登記申込日に……云々」の記載は正確さを欠いている)。

他方、延払い客、ローン客についても、登記申込み日に司法書士に所有権移転登記手続きの依頼をさせ、司法書士は現金客と同様その登記手続きをするが、延払い客については、残代金の支払いが済むまで、また、ローン客については第一回の支払いがあるまでは権利証は交付しない。そして、それぞれ約束どおりの支払いがあったことを被告会社に確認してはじめて司法書士において顧客に権利証を交付する、というやり方をとっていた。

被告会社では、これを「権利証引換え取引」と呼んでいたが、延払い客、ローン客にも、特にこのような登記申込み日なるものを設けて早めに登記手続きをとらせるのは、顧客の満足と信頼とを獲得するとともに、できるだけ解約を避けたいと考えたからである。しかし、この場合はまだ残代金が支払われるかどうか不確実な面があるので、同時に必ず所有権移転登記を抹消できる登記委任状及び印鑑証明書を預かるものとしていた。

なお、権利証の交付が終わると、被告会社の営業部員が分筆の済んだ各土地(四方に杭を埋めて区別した。)の中央部分に、「坪板」と称する識別板を建てた。顧客は、その段階で自己の土地を確認するのが通例であった。(客の中には、この確認の際、坪板を背景に写真を撮る例もあったので、当審でこれを探索し、証拠請求したいと考えている)。

したがって、このような実態に照らせば、販売物件の「引渡し」時期は、所有権移転登記が終わって、その権利証が顧客に交付(発送)されたときといわなければならない。そして、それまでは、法律的に見て、未だ確定的に所有権が客に移転していなかったというべきである。現金客については、代金支払いのときに、所有権移転及び引渡しがあったと見てもよさそうだとする意見があるかもしれないが、分筆も済まず、土地の境界もまだ確定していないものについて、所有権移転ないし引渡しがあったと見るのは甚だ不安定な状態をもたらしかねないから、そのやり方を排していたのである。いわんや、約束どおりの代金支払いがない延払い客やローン客の場合に、登記のみならず引渡し、したがって所有権移転もすべて完了というような取引を行うことは、現代の社会通念上あろうはずがないのである。そして、このような性質の取引であることは、現金客、延払い客、ローン客のいずれであれ、十分了解していたところであって、客が右の意味での引渡し前に土地の使用収益、管理権の行使等を求めた事例が皆無であったことは、この事実を有力に裏付ける証左であるといえよう。

(3)しかるに、被告会社が平成二年三月期において土地分譲を行った

<1> 愛知県東加茂郡足助町《略称足助》(登記申込み日 平成二年二月一七日、一八日)の約半数

<2> 清水市太平《略称太平》(登記申込み日 同年三月二二日)の全部

の各土地については、移転登記を終わり、その引渡しをしたのは、平成二年四月以降であった。その個別的事実については、それぞれの登記簿謄本並びに取り扱った司法書士及び営業部員によって当審で明らかにするが、これらの販売収益の額は、足助が約五、〇〇〇万円、太平が一一六、五八七、八〇〇円であって、それは、原判決が認定した平成二年三月期の事業年度の益金としてではなく、翌三年三月期の事業年度の益金として計上されるべきは明白である。

この点については、被告会社としては、平成四年二月二五日付の上申書Aにおいて、国税局に対し、詳細主張したところであった。しかし、国税当局は、被告会社のそのような意見を無視し、敢えて当期の収益に計上した。

その理由は、おそらく、その期内に、<1>代金の相当部分(おおむね五〇パーセント以上)が収受されていること、ないし、<2>所有権移転登記の申請がなされていること、にあったのではないかと推測される。しかし、その根拠となったと思われる基本通達2-1-2は、あくまで、「引渡しの日がいつであるかが明らかでないとき」に限られ、「実体的にはすでに引渡しが行われ、収益も実現しているにもかかわらず、長期にわたって既収代金が仮受経理され、課税上も弊害が生ずる」というようなケースについて「特殊な引渡しの判断基準として適用される」だけの基準である(前掲コンメンタール三五頁以下、山本前掲書一八一頁)。

本件では、上述のように、引渡し時期は明白であるから、便法としての右の判断基準を適用するわけにはいかない。(しかも、国税当局が、売上高調査書《検甲五号証》等において登記申込日と記載しているのは、客が司法書士に登記を依頼した日のことで、それを直ちに、法務局に対する現実の移転登記申請の日と同視するわけにはいかないし、また、前述のように、所有権移転登記を抹消できる登記委任状及び印鑑証明書も同時に預かる状態では、前記基本通達の「所有権移転登記の申請<その登記の申請に必要な書類の相手方への交付を含む。>をした日に該当するわけもない。)

常識的に考えても、二月、三月という年度末に押し詰まった時期の取引を、納税者の意思及び実態に反し、その年度内にすべてが完了していると見てしまうのはおかしなことである。なるべく、脱税額を多くしようとの底意ではないかと邪推したくなるような取扱いではなかったろうか。

したがって、足助及び太平土地の販売収益を平成二年三月期の収益とした国税局、検察官の見解及びこれを認容した原判決の認定は、誤っている。

二 割賦代金未収金を益金に算入した違法

(1)上述のように、被告会社は、本件土地につき、希望者に対しては、割賦販売を実施した。その支払い方法は、登記申込み日までに手付金、中間金を支払ってもらい、残金は各月末に満期のくるマル専手形を振り出してもらうか、あるいは、銀行等の自動引き落としを利用して支払う方法によった。

その正確な件数は、書類帳簿の大部分(特に、割賦明細書、物件明細書、重要事項説明書、実測図)が当局に押収されていて詳らかにし得ないが、全取引の約一五パーセント位と見られる。前掲七・三〇調書資料一四に添付の「販売集計表(四五枚綴り)」に、曲がりなりにも、その概略がうかがわれるが、要するに、短いのは一年、長いのは一〇年、多くは五年または八年間にわたる月賦払いを認めた販売であった。

このような契約は、a法人税法六二条二項、b基本通達2-3-1、c同2-3-2の各規定の趣旨を充たしていると考えられる。にもかかわらず、国税局は、被告会社の販売方法は、「定型的」でないとか(a参照)、「普遍的」でないとか(c参照)の理由を挙げて、本件に対し、いわゆる割賦基準の適用を認めなかった。しかし、約款という名称を用いた文章は作っていなかったものの、広告には、割賦利率を明示し、返済回数及び月々の支払い額を例示し、重要事項説明書、物件明細書にも明記し、その条件を忠実に実行していたのである。(約款という形式よりも実態が整っていることが重要なのである。昭和四七年八月六日東高審裁決、東国裁集No.5-4参照。)したがって、そこには、売買当事者を拘束する定型的統一的な内容の約束が現存していたし、もちろん、顧客の個別的な所得信用状況を問わず、誰にでも均一条件で割賦販売していたもので、「定型的」「普遍的」という要件にいささかも欠けるところはなかったはずである。

一般に、今後、五年とか、八年とか、一〇年とか長期間にわたって、少しずつしか入ってこない未実現利益を当期の収益と見るのは、常識的にはいかにも不都合であると思われる。だからこそ、税法上いわゆる割賦基準が認められているものである。そして、もっぱら、顧客の便宜を図ることだけを考えて右のような販売方法を採った本件について、この割賦販売に関する税法上の恩恵を全く与えないという国税局の取扱いは、まことに理解に苦しむところである。

しかも、弁護人の見るところでは、仮りに、本件につき、割賦基準の適用が認められないにしても、少なくとも、法人税法六三条所定の延払条件付譲渡に関する規定(延払基準)の適用を受け得る要件は十分備えていたと思われる(割賦基準によらないたな卸資産に延払基準が適用されることについて、山本前掲書二五四頁)。この延払基準にあっては、上記の「定型的」「約款」「普遍的」というような要件は要求されていないのであるから、国税当局において、被告人らの割賦基準適用の主張を上記のような理由によって排斥するのであるならば、延払基準に該当するかどうかにまで立ち入って検討するのが徴税担当者としては、当然の任務であったはずである。単に、被告人らが割賦基準のみ主張し、延払基準に関する主張を行っていないということだけで、延払基準の適用を黙殺すべきものではあるまい。

いずれにせよ、賦払に関する法人税法の特則の適用が拒否された結果、被告会社は、その未実現利益に対しても、土地重課、さらには、地方税を含め、総額九〇~九五パーセントという多額の課税が強いられることになるのであって、これは絶対に租税正義に適うゆえんではないと考える。

(2)もっとも、国税当局は、本件の割賦代金に関しては、割賦基準の適用が認められない以上本則どおり物件引渡しの時期に収益があったと見るべきものだ、と考えたことに加えて、その代金の大部分は、むしろ当期に実現されている(換言すれば、未回収、未実現の割賦残代金などはない)と見ていたようにもうかがえる。というのは、割賦代金支払いのために振り出されたマル専手形を、被告会社において手形割引を行った分は、代金決済の意味をもっと解していたように思われるからである(検甲五号証の売上明細表の決済状況項目の残金欄のうち、種類マル専手形とある分の残金項目がゼロになっているのは、すべて手形割引がなされたものである)。そこでもし、そう解するのが正しければ、本件に、割賦基準はもちろん、延払基準の適用の余地はおよそないことになる。

(注、両基準の適用の要件は異なるものの、適用の結果は同じであるから、以下には、この割賦と延払の両場合を単純化して、割賦の範疇に統一し、一括して論ずる。)

しかし、このような見方は誤っている。たしかに、被告人の前掲七・三〇調書一五枚目以下には、次のような供述記載がある。

《ローン客の場合は、原則として、本田弁護士が経営している有限会社東京ホームと客との間でローン契約を結んで貰い、……東京ホームがローン客の買った分譲地に譲渡担保等の手続きをした上で、客からマル専手形の取立や割賦代金の振込によって土地代金の残金を受け取り、東海造園にはそのような残金の八掛け位の金をローン契約後三~六か月以内に指定した預金口座に振り込んで来ておりました。》

しかし、この供述記載は、事実に反するものである。すなわち、

第一に、東京ホームとローン客との間にローン契約が結ばれたということはない。

このことは、

ⅰ 客の振り出したマル専手形は、つねに、東京ホームにではなく販売会社(被告会社)に渡されており、東京ホームから融資金として客に金が支払われた事実は全くないこと

ⅱ 割賦販売物件に東京ホームの担保権が設定されているが、これは、被告会社から東京ホームへの一種の転抵当権(転譲渡担保)と見るべきものであって(客の被告会社に対する担保を被告会社の東京ホームに対する債務についての担保とするもの)、東京ホームと客との間にローン契約があることを示すものではないこと

ⅲ なお、足助や太平土地関係のマル専手形は、被告会社が現在まで終始保有しており、東京ホームに渡されてはいないこと

によっても、明らかである。そうだからこそ、七・三〇調書には、前記《 》内の供述記載に引き続いて『東京ホームとの間でローン契約が締結されず、実質の被告会社との間でローン契約を結ぶこともあった』という趣旨の供述記載が付加されざるを得なかったのであって、これは、まさに、右《 》内の供述が真実でないこと、むしろ、検察官の見解を被告人の供述にただ置き換えたに過ぎないことを露呈したものということができよう。

第二に、被告会社は、割賦販売の顧客から受け取ったマル専手形を東京ホームから手形割引をしてもらっている。しかし、これは、あくまで、被告会社の割賦代金債権を担保にした東京ホームからの借受けである。このことは、

ⅰ 東京ホームの債権証書に「土地の割賦販売代金」と記載されていること

ⅱ マル専手形が不渡りになったときには、被告会社が買い戻していること(八件、総額五千万円位。)

ⅲ 被告人岩井は、――本田に対し以前負っていた債務は、すべて完済しているにもかかわらず、――なお多額の不動産担保を差し入れていること

等の事実から十分裏付けられるところである。

かようにして、いかなる形であるにせよ、被告会社としては、ローン客(検甲五号証の売上明細表の決済状況項目の残金欄のうち、種類マル専手形とある分の残金項目がゼロになっている等の分)から、平成二年三月期において、割賦代金の完済を受けた事実はなく、割賦残代金については、なお収益の実現していない状態であったと考えるべきである。

(3)そうしてみると、国税局、検察官が本件の販売土地中、割賦販売をした物件につき、その販売金額全額を売上高と見て、収益に算入したのは大きな誤りであって、正しい収益は、割賦基準を適用して得られた額でなければならない。

その額は、資料が押収されているので、正確な計算はできないが、ごくおおまかな目の子算を試みてみると、

割賦販売は全体のほぼ十五パーセント。全体の売上高約一〇億円。これから、前記一で主張した、引渡し未了の足助、太平土地の売上高約一億5、〇〇〇万円を差し引いた額が約八億五、〇〇〇万円。その一五パーセント約一億二千万円が割賦販売の対価。これに割賦基準を適用して計算すれば当期の割賦利益になる。そうすると、これは、割賦基準を適用しなかった場合にくらべ、おそらく約一億円弱の収益差(減)を生むことになる、

のではあるまいか。

ともあれ、本件のローン販売を割賦基準(あるいは、延払基準)の適用を受ける割賦販売に当たらないとした国税局、検察官、そしてこれを認容した原判決は明らかに誤認をおかしたというべきである。

三 売買契約解約後の預り金を益金に算入した違法

(1)北軽井沢の土地中、買受け人大塚幸一の分(検甲五号証「売上高調査書」三二頁番号四六・売上金額二九四万円)、及び同菊谷博の分(同三二頁番号五〇・売上金額八八万円、同三四頁番号七・売上金額一九二万五、〇〇〇円)は、平成元年一〇月契約し、諸手続き中であったが、いずれも平成二年三月期内に解約の申し出があった。被告会社としては、まだ物件の当期も引渡しも未了であったので、これを承諾し、契約は白紙に戻った。しかし、同人らは、来期販売する土地で適当なものがあれば、あらためて契約してもよいという申し出であったので、前件の代金を預かったままにしておいた。そして、平成二年四月に、幸い、被告会社販売の別土地で同人らの気に入ったものがあったので、新契約を締結し、さきの預り代金をこれに充当した。

したがって、この旧代金は、売上金ではなく、預り金であって、平成二年三月期の収益に計上されるべきではない。

(2)また、太平の土地で買受け人高山俊治の分(上記検甲五号証四一頁番号一〇・売上金額四〇〇万円)は、いったん売買契約をしたものの、この土地は被告会社の都合で道路となってしまったため、引渡しが行えず、契約を解消し、次の期に、別の土地につき、あらためて新契約を締結して引き渡した。その代金は、前の代金をもって充当したが、正確に見て、前の代金は平成二年三月期の収益金ではなく、預り金として処理されるべきこと、前項の解約の場合と同様である。

(3)これら預り金に該当するものの額の総額は、

九、七四五、〇〇〇円

であり、これを当期の収益と見た国税局、検察官の見解及びこれの見解を認容した原判決の認定は誤りである。

四 当審において事実誤認を主張するに至った理由

(1)この控訴趣意第二点の諸事実に関しても、被告会社は、原審において争わなかったこと、しかし、国税局に対しては上申書を提出し、収益として算入されるべきものでないことを主張したが容れられなかったこと、については既述したところである。

ただ、控訴趣意第一点の事実の場合とは異なり、本控訴趣意第二点の諸事実については、検察官に対しては、あらためて主張せず、また原審でも、情状としても、特別の主張をなさなかった。その理由は、いろいろな主張をすると、虻蜂取らずという結果に終わりはしないかという危惧から、未施工工事費用の原価算入の点(これが最も多額の税額軽減をもたらすし、控訴趣意第一点二の<1>記載のような経緯もあって、検察官にも異存なかろうと判断した。)の主張に重点をしぼったからであった。

しかしながら、原判決では、この未施工工事費用の点に関する主張は、情状面でもついに排斥され、被告会社及び被告人岩井に対し、思いがけない重刑が言い渡されたのであった。そこで、当審において、控訴趣意第一点として事実誤認の主張をなすに至ったものであることはその五項の箇所で詳述したとおりであるが、それは、本来犯罪事実の成否の問題であるべきものを情状として主張するといういびつな方法を撤回し、本則に戻って犯罪事実の問題として真正面から審理を仰ごうという趣旨である。そうであるならば、原審では主張しなかったものの、総額約三億円に近い収益の過大計算の点も、同時に俎上に乗せて審理を願うのが筋合いと考え(論理的には、控訴趣意第一点より先決関係にある。)、同第二点を構成した。

(2)この控訴趣意第二点の主張は、上述のとおり、原審では一度も主張しなかったものである。したがって、いわば一種の時期に遅れた主張であり、些か忸怩たる思いもする。しかし、その主張は全く卒然としてあらわれたものではなく、証拠として、しかも、国税当局に対する被告会社の真摯な申し出として、原審記録に明白にあらわれているものである。一般に、審理の重要な対象金額が三億円に近い多額の差を生じるような場合には、通常の刑法犯等の事件では、その乖離につき、当事者の指摘がなければ、裁判所が職権によってでもこれを埋める措置をとることは少なくないと思われるが、税法違反事件では、その計算の複雑性と、納税についての当事者の自主性とを考慮し、公訴事実を全部認めている場合には、敢えて職権で乗り出してその乖離の解消を図らせることまではしないのが通常であろう。しかし、取調べ済みの証拠に照らし、所得金額の計算過程等に、「重大かつ明白な技術的疑問」があり、そのため脱税額に著しい相違を来たすと思われる場合には、職権で再吟味することが必要か、少なくとも望ましいことではなかろうか。まして、控訴審になってからとはいえ、原判決の結果が著しく租税正義に反するような事態をもたらすとの新主張があった場合には、その是非の検討の機会を与えることについて、これをためらう理由はないのではないかと思料する。

本件では、刑訴法三八二条の適用の面では、一応要件を充足し得るやに思われる。しかしながら、その主張事実を裏付ける証拠は原審記録に少ないため、必然的に新証拠の取調べ請求が必要になるのに、その多くは刑訴法三八二条の二の「やむを得ない事由」に当たらない可能性が高い。だが、本控訴趣意第二点の論旨は、きわめて多額の収益金額の変更を求める主張であり、それは当然、量刑に決定的な影響を与える性質のものであることは明らかであるので、控訴裁判所におかれては、前掲昭和六二年最高裁判例の趣旨に沿い、職権をもって、新証拠の取調べを認められ、被告会社の切実な主張をご採用頂きたい。

(関係の新証拠については、別に、証拠調請求書によって、詳細を明らかにする。)

五 補説

ところで、本款で上述した控訴趣意の各点が肯認されるならば、控訴趣意第一点として主張した未施工工事費用の原価算入分の額をはじめとして、損金の勘定科目(検察官の冒頭陳述要旨に添付の修正損益計算書の番号三、四、八、二九等)の金額に多くの影響をもたらすことになる。すなわち、益金の減少があれば、これに伴い損金も減少する関係にあるから、もし、裁判所におかれてその再修正の試案を求められるならば、概略のご指摘を得た上で弁護人においてこれを策定する用意がある。

控訴趣意第三点(量刑不当の主張)

原判決は、

ⅰ 本件は、脱税額、脱税率、脱税の態様等から見て悪質な脱税事件であること、

ⅱ 被告人岩井は、本件と併合罪の関係にある詐欺・不動産侵奪罪及び宅地建物取引業法違反の罪で、いずれも懲役刑に処せられていること、

ⅲ 本件は、この詐欺・不動産侵奪被告事件の公判中に行われていること、

等を特に列挙して、被告会社を罰金七千万円、被告人岩井を懲役一年の実刑に処した。

しかし、この量刑は、ともに不当に重すぎるといわなければならない。

以下、右に列挙された諸点に即し、それらの中にも、被告会社あるいは被告人岩井に対し、酌むべき事情が存することを指摘し、控訴裁判所にご再考を仰ぎたい。

一 脱税額について

脱税事件の量刑にあたって、最も重視されるべきものは、国庫に及ぼす金銭損失の量を示す脱税額であることはいうまでもない。

その意味で、控訴趣意第一点、同第二点で言及したところの、原判決の認定した被告会社の所得金額、課税土地譲渡利益金額が大幅に減じられるべきであること、したがって、被告会社の脱税金額も大幅に減少するものである旨の主張を容れて頂けば、おのずと、その量刑は軽減されることになるのは明らかと思われる(おそらく、被告人岩井に関し、懲役刑の実刑ということはあり得ないと考えられよう)。しかし、ここでは、この点はしばらく措き、量刑にあたり、とりわけ留意してもらいたい次のことを強調しておきたい。

すなわち、租税法というのは、きわめて技術的な法律であるということである。その法の枠の中で種々の計算方法や特典が認められているが、納税者が、それを知っているか、いないか、あるいは選択の巧拙で税額が大きく異なってくることがあり得る。同時に、その計算方法や特典の解釈、運用は、租税法律主義とはいいながらも、税務当局のかなり広範な裁量に委ねられていることも、否定できない。しかも、その裁量は、ともすれば、効率的な徴税という観点が、納税者の利益を守るという観点より優先する傾向があることも、識者によって、しばしば指摘されてきたところである。

本件でも、控訴趣意第一点で問題にした未施工工事費用の原価算入について、国税局の査察段階、検察官調べの当初の段階、その後の段階と、めまぐるしく取扱いが変遷している。また、控訴趣意第二点で問題にした販売物件の「引渡しの時期」、「割賦基準の適用」の点も、まさに紙一重の見解の差で認容されるかどうかが決まる性質のものであった。しかるに、これらの点に関する国税局の当初の態度は、一貫して徴税優先のポリシーで貫かれていたように受け取られる。(その後の検察庁、税務当局の措置は、当初とは異なり、被告人らの立場や主張をかなりの程度取り入れたものであり、その限りでは、大いに多とするものである。)

いずれにしても、収税官吏の考えの硬軟次第で、公平をそこなう扱いになる危険が存することは、一つの傾向として否めない事実のように思われる。

徴税手続きに関しては、ある程度、効率的技術的に処理されてもやむを得ない面があるかもしれない。しかし、こと刑事手続きになると、そのような収税官吏のいわば「さじ加減」で変わってくるような税額を基礎に、量刑、特に実刑にするかどうかまでもが決まるのは、耐え難い不幸である。いうまでもなく、刑罰法規については、その保障機能を全うするため、とりわけ法文の明確性とその適用の厳格性とが要請される。租税法規についても、刑事手続きに乗る限りでは全く同様の要請を受けているといわなければならない。その意味で、刑事事件の処理にあたる裁判所にあっては、法令通達等の解釈適用面における単なる裁量の差で多くなったと思われる所得額あるいは脱税額については、量刑にあたり、透徹した配慮が加えられるべきである。本件の各争点は、実は、すべてこの種の技術的事項に属するものであった。そうである以上は、かりに、被告人らの主張と相違する脱税の額が認定されることがあっても、この視点を踏まえた上での適切な刑の量定をなされることをぜひとも期待したい。(巷間、「税務当局との見解の相違による単なる申告漏れ」として、刑事告発まで至らないで処理される事件のあることがしば報道されている。ケースによってその内容は一律ではないであろうが、それが有力企業優遇の意味をもつものではなく、税額算定の技術性を念頭においた当局の謙抑的処理であるならば、その思想は、本件のような刑事事件の量刑にも均霑化されてしかるべきものであろう。)

二 脱税の態様について

被告人岩井が、外交特権を有する駐日大使館員を利用し、内容虚偽の匿名組合を締結し、馴合訴訟を提起する等の方法をとって、売上高を減らし、脱税したという、その態様は、大変手がこんでいて、まことに申し訳ないことと、身を縮めて恐縮するほかない所業であった。

このようなことを思い立ったのは、原審で申し述べたように、被告人岩井において、当期の収益が予想外に多かったものの、そのままでは利益の九〇~九五パーセントを税金として納めさせられ、未施工工事費用を含む多くの費用を今後負担できなくなり、会社の継続を危うくし、顧客にも迷惑を及ぼすと速断したことに端を発している。しかし、これは、甚だしい誤解であって、税法は、未施工工事費用の原価算入の道を開いていることにつき無知であったのである。この場合、税務その他会計の処理に関し適切な指導ないしアドバイスを与えてくれる人が被告人岩井の身近かにあれば、このような愚行に走ることはなかったであろうが、遺憾ながらそのような人に恵まれなかった。かえって、かねてから接触のあった本田弁護士に相談したところ(同弁護士との関係については、控訴趣意第一点三の三の<2>で詳細説明したとおりである。)、匿名組合、外交特権、馴合訴訟等を利用する、法律の素人では到底思いつくはずもない脱税手段の示唆を受け、これに乗ってしまったのであった。もちろん、その手段を実行に移し、脱税の行為に出たのは被告人自身である以上、その責任をきびしく負わなければならないのは当然であるが、巡り合わせが悪かったというか、魔がさしたというか、このような深みに入ってしまったことは、かえすがえすも残念なことであった。

しかし、本件の摘発を受けた後は、同弁護士との関係をキッパリと断ち、新たに、元東京国税局査察部次長、日本橋税務署長の経歴を有する野見山雅雄(原審証人)を税務顧問に迎え、その指導監査を受けている。同人は、就任後、機会あるごとに脱税の非を説いてくれた。被告人岩井は深くこれを銘肝し、その後の経営を堅実に営むための指針にしているので、二度と本件のような愚行を繰り返すおそれはない。

三 別件の刑事事件について

原審当時、被告人岩井には、Ⅰ不動産侵奪・詐欺(上告中)及びⅡ宅建業法違反(上告中)の二刑事事件が係属していた。そして、本件は、Ⅱ事件とともに、Ⅰ事件の公判審理中に犯したものとして、原判決によりきつくお咎めを受けた。

三つの刑事事件で訴追されている被告人というのは、あまり例がないことで、この一点からも、被告人の犯情は悪質と評されてもやむを得ないことかもしれない。しかし、前二件についてつぶさに検討することなしに、そのように断定するのはやや早計である。

Ⅰ事件は、原審に現われている判決書の示すように、不動産侵奪・詐欺ともに名目的被害の額は大きく、また争点も多岐にわたっている。しかし、結局は、執行猶予をもってふさわしいと判断されているのであって、そこに多くの憫諒すべき点のあることが認められたにほかならないものと思料される。

他方、Ⅱ事件は、原審に現われている判決書によって明らかなとおり、まさに本件と社会的には同一事実である。すなわち、被告人岩井が他人名義を用いて営業をした宅建業法違反の過程で本件脱税を行ったという性格のもので、官庁の管轄の関係で、東京と横浜の両裁判所に各別に起訴されたが、調査・捜査が同時に進められていたならば併合審理されてよかった事案である。したがって、Ⅱ事件と本件とをいわゆる二つの事件と数えるべきではない。

このⅡ事件と本件とは、検察官の論告、そして原判決の判文でいわれているように、たしかに、Ⅰ事件の公判中に行ったものである。しかし、Ⅰ事件の審理中、宅建業法の問題や税金問題が情状関係等で特に取り上げられていたわけではないから、本件は、例えば財産犯罪の被告人が、その審理中重ねて同種犯罪を累行した場合とは、全く趣を異にする。

しかも、この点に関し、Ⅱ事件の控訴審判決を熱視して頂きたい。そこに「本件取引においては、売買の相手方から格別不満の声がなく、被告人に対して好意的評価をする者も少なくない」とのことが揚言されているとおり、被告人岩井は、不動産取引の各関係者に対しては、何ら迷惑をかけておらず、この評価は、本件にも共通するものがあるのである。まして、被告人岩井には、本件で脱税したとされる金額によって遊興費その他私利私欲を満たそうという意図も、またそのような事実もなかった。分譲事業を完全実施し、顧客に迷惑をかけないことのみが念頭にあり、脱税もまたその意思の(しかし、浅はかな)現われ方であったのである。

四 脱税摘発後の事情

このように、他人様には迷惑をかけない、これが被告人岩井の人生最大のモットーであったが、ただし、国家に対してだけは、脱税という形で今回多大の迷惑をかけた。被告人岩井にとって、これは、一生の不覚であったといわなければならない。

したがって、摘発を受けた後、いち早くその非を認め、犯則調査には進んで協力した。その間、主張すべきことは主張したが、(上申書A、B)、それらはいたずらに、いわゆる屁理屈を並べたものではなく、すべて合理的理由に基づくものであった。そして、ともかく納税義務を怠ったことは明らかであったから、これを深く悔い、既述のように(控訴趣意第一点三の<3>)、すみやかに修正申告をして平成二年三月期の納税手続きをとり、また、次期以降の分も正確に処理しているのである(この点、当審でなお証拠請求の予定)。遅きに失したことはいうまでもないが、国家の徴税権に対する迷惑は、かくして一応解消していると思う。

他方、本件各土地の購入者との間には、何のトラブルも発生していないことも既述のとおりである。(例えば、北軽井沢古森地区には現在二三箇所に建物が建っているが、周辺の水道、道路工事はすべて完了しており、購入者に何の不便もかけていないことが一目して判明するので、できれば、控訴裁判所におかれて検証され、じかにご覧頂ければ幸いである。)しかし、なお未施工工事が残っているので、これについては、この裁判中も万全を尽くして施工を進めるべく決意している。

さらに、被告人岩井は、これまで、不動産業に関係する失態を演じてきたことを反省し、今回を機に、不動産業から撤退し、水産物等の輸入業に転身した。このことについても、十分のご理解がほしいと考える。もちろん、本件の土地分譲の各種事後的処置、特に上記の未施工工事の施工はゆめゆめゆるがせにしないが、不動産業を廃業した今日、環境的にも、これまでと同様の過ちを犯すおそれは全くない。

以上の諸点に照らし、原判決を破棄し、被告会社及び被告人岩井にご寛大な刑をたまわりたい。

たしかに、被告人岩井は、現に執行猶予中の身である(原判決後、前記のⅠ事件は上告取下げにより、またⅡ事件は上告棄却により、ともにその裁判は確定した)。したがって、本件で三度び執行猶予を願うのは甚だ厚かましいとの評を受けるかもしれない。しかし、重ねていえば、本件とⅡ事件とは、たがいに相即不離の関係にある一組みの事件であり、他方、本件の脱税の額、その算出の技術的にかんがみれば、現在の量刑慣行上、本件は、必ず実刑で望まなければならないほどの悪質さをもつ事件には当たらないと思料される。

被告人岩井は、原審における被告人質問あるいは最終陳述に際し、障害児である幼い華子の身を案じながら、反省の念と納税の誓いを切々と述べた。この心情は、今なお一貫しており、もし許されるならば、控訴裁判所でもこの点を繰り返し訴えたいとともに、未施工工事の完全実施を確約させて頂きたい気持ちでいる。

控訴裁判所におかれては、何卒、被告人岩井に対し、悔悟改悛の情、甚だ顕著なものがあるとお認め頂き、特に執行猶予の裁判を下されることを切望する。

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