大判例

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東京高等裁判所 平成5年(う)1132号 判決

被告人 宮下賢一

〔抄 録〕

論旨は、要するに、大麻取締法は、憲法一三条、一四条一項、一九条、二〇条一項、二一条一項、二二条一項、三一条、三六条に違反して無効であるのに、原判決は大麻取締法を憲法の右各規定に違反しないとしたうえ、被告人の本件各所為につき大麻取締法二四条一項、二四条の二第一項を適用して、被告人を懲役一年六月、三年間刑の執行猶予に処しているのは、法令の解釈適用を誤ったものであって、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。すなわち、大麻には、人間の表面的意識をリラックスさせる精神的効果があり、抑圧の多い日常生活に精神のくつろぎを与えるものである。法的にいえば、思想・良心の自由、表現の自由あるいは幸福追求権の根底には、自己の意識を拡大、進化させたいという欲求があるといえるが、大麻の使用は、この表面的意識を解放し、ありのままの自我、本性の発見の契機となりうるものである。取締当局等は、大麻の精神薬理作用として、離人感、人格喪失、直前の意識のくもり等を挙げて有害とするが、大麻の精神的効果は禅の悟りの境地と同様のものであり、有害というよりは有益なものである。大麻の心身に対する作用は、酒でいえばほろ酔い程度の精神作用にすぎず、致死量もなく、極めて安全であり、経験例からみても、アルコールやニコチン煙草(以下、単に煙草という。)以上に弊害を及ぼした事例はない。更に、大麻からは、繊維製品、紙、食料、燃料、医薬品等ができ、日本でも古来から貴重な農作物として栽培、使用されてきたものであって、その有益性は改めて見直されるべきである。また、大麻は、世界各地で宗教儀式に用いられてきたが、日本でも神道などの儀式に使用されているのである。

したがって、このように有益であり、精神薬理作用の点においても、有害とはいえない大麻の栽培、所持、使用等を、大麻取締法が刑事罰、とりわけ、個人の人身の自由という基本的人権を全面的に否定する懲役刑の刑事的威嚇をもって禁止するのは、思想・良心の自由、表現の自由、信教の自由、職業選択の自由及び幸福追求権を侵害し、憲法一三条、一九条、二〇条一項、二一条一項、二二条一項、三一条、三六条に違反する。また、大麻に関する規制は、大麻より心身に有害とされているアルコール(酒)や煙草の所持、使用が未成年者を除き原則として自由であるのに比して著しく厳しく、差別的である点において、憲法一四条一項に反し、更に、大麻取締法四条四号は、大麻に関する広告を禁じ、同法二五条はその違反に対して刑事罰を定めているが、これは大麻に関して公に意見を発表することを刑事罰をもって一律に禁止するもので、憲法一三条、一九条、二一条一項に明確に違反するうえ、このような明白な違憲性を有する大麻取締法は、それ自体保護法益が不明確なこととあいまって、同法全体が違憲と評価されるべきである。

以上のとおり、大麻取締法は憲法の右各規定に違反して無効であるのに、原判決が被告人の本件各所為につき大麻取締法二四条一項、二四条の二第一項を適用したのは、法令の解釈適用を誤ったものであって、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも合わせて検討する。

1 関係証拠を総合すると、大麻の精神薬理作用は、主としてその有するテトラ・ヒドロ・カンナビノール(THC)によるものとみられているが、人体に対して思考分裂、現在・過去・未来の混在、時間・空間感覚の錯誤等のほか、幻視・幻覚・幻聴・錯乱・妄想・分裂病様の離人体験等をもたらすこと、その影響には個人差が大きく、人によっては比較的少量でもそのような症状の発現があること、長期常用により無気力・無感動の症状を呈し、判断力・集中力・記憶力・認識能力の低下がみられること、このような大麻の精神薬理作用は、自動車運転、機械操作その他微妙な精神運動上の正確性と判断を必要とする作業に影響を及ぼし危険を招くおそれがあること、大麻が人間の精神や肉体に及ぼす薬理作用の発現機序、すなわち脳に対する作用や、慢性使用の結果人体にもたらす害悪の詳細はいまだ十分には判明していないことなどが各種研究によって指摘され、一般に承認されていることが明らかである。このような大麻の有害性や、その薬害等の詳細がいまだ十分に解明されていないことに照らせば、国民の生命・心身の安全に対する危険の防止をその責務の一つとする国家が立法政策上、大麻の使用やそれにつながる栽培、所持その他の所為を単なる個人の自由として放置することなく、法律で規制し、その違反に対して刑罰をもって臨むことも相当であるといえるし、現行の大麻取締法による規制及び処罰の範囲・程度が合理的根拠を欠き、立法における裁量の限界を逸脱しているものと認めることはできない。

したがって、大麻が無害であるということを前提として憲法一三条、一九条、二〇条一項、二一条一項、二二条一項、三一条、三六条違反を主張する右各所論はいずれも前提を欠き失当といわざるをえない(なお、大麻が人の心身に有害であること及び大麻の無害性を前提として大麻取締法の規定違憲をいう立論が前提を欠くものであることは、累次の最高裁判所判例の判示するところである。最高裁判所昭和六〇年九月一〇日決定・裁判集刑事二四〇号二七五頁、同年九月二七日決定・同号三五一頁参照。)。なお、大麻取締法四条四号は大麻に関する広告を禁止しているが、これは大麻に関して公に意見を発表することを全面的に禁止したものではなく、右に述べた大麻の有害性にかんがみ、保健衛生上の危険防止の観点から、大麻について専門的な知識を持ち合わせていない一般大衆に対する広告を禁止するものであるから、所論の主張するような憲法の各規定に何ら違反するものではない(麻薬及び覚せい剤に関する広告を禁止する麻薬及び向精神薬取締法二九条の二及び覚せい剤取締法二〇条の二参照。)。

2 憲法一四条一項違反を主張する点については、大麻と酒・煙草とでは人体に対する作用の面で異なり、一概にそれらの有害性の大小を比較すること自体適当でないばかりか、酒や煙草は、古くから国民一般に嗜好品として親しまれ、すでに日常の生活のうちに定着し、それなりの効用も認められ、また、その有害性・危険性の程度や発現形態等も広く一般に知られているため、その危険についても各個にそれなりの対応が期待されていること、仮に酒や煙草を全面的に禁止することとした場合の国民生活に対する影響の大きさや禁止の実効性を期し難いこと等、大麻と同一に論じえないところが多いのであるから、大麻に対する現行の取り扱いが酒や煙草に対するそれに比して著しく厳しく、差別的であるということはできない。所論は採用の限りでない。

3 憲法三一条及び三六条違反を主張する点について付言するに、大麻の栽培等について七年以下の懲役刑が、また、所持等について五年以下の懲役刑がそれぞれ定められていることは所論のとおりであるが、大麻取締法においても、法定刑として定められた懲役刑の下限にしばりはなく(酌量減軽をすれば、一五日まで減軽可能である。)、かつ、本件におけるがごとく執行猶予制度の活用により、量刑の妥当性を確保することができることに徴すれば、罰金刑を科する余地がないとしても、同法が憲法三一条、三六条に違反するほど苛酷な刑罰を定めたものとはいえない。

以上のとおりであって、大麻取締法の規定違憲を主張する所論は採用しがたく、原判決には法令の解釈適用の誤りはない。

(早川 仙波 原)

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