東京高等裁判所 平成5年(う)1194号 判決 1995年7月24日
裁判所書記官
宮川雅男
本店所在地
東京都秋川市草花二二二〇番地
東京プラスチックス株式会社
(代表者代表取締役 田村金子男)
本籍
東京都羽村市羽中四丁目五〇八番地
住居
同 都同 市羽中二丁目六番三一号
会社役員
田村金子男
昭和一一年二月九日生
右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成五年九月二一日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らからそれぞれ控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官小谷文夫出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は弁護人高野康彦、同早水暢哉連名の控訴趣意書及び「控訴趣意書補充書(一)」と題する書面に、これに対する答弁は検察官佐渡賢一名義の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
第一各控訴趣意中事実誤認の主張について
論旨は、要するに、原判決が、(1)被告人東京プラスチックス株式会社(以下「被告会社」という)の平成元年三月期及び平成二年三月期の二事業年度において、各従業員に対する「生産特別3手当」として計上した金額、(2)被告会社の平成元年三月期の事業年度において、同年三月二四日に各従業員に対して臨時賞与を支給したとして計上した金額、(3)被告会社の前示の二事業年度において、被告会社の役員で被告人田村金子男(以下「被告人」という)の子である田村義幸(以下「義幸」という)及び田村勇二(以下「勇二」という)に対する役員報酬としてそれぞれ計上した金額のうち義幸分に対して実額性を肯定した三三〇万円を除くその余の部分について、いずれも架空ないしは水増し計上であると認定してその費用(損金)性を否定し、かつ、それぞれについて被告人の法人税ほ脱の故意の存在を認めたのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認である、というのである。
そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて所論の当否について検討するに、原判決挙示の関係証拠によれば、原判決が所論指摘の三点についていずれも架空ないしは水増し計上であるとして被告会社の費用性を否定し、かつ、被告人の法人税ほ脱の故意の存在を肯定したのは正当であると認められ、当審における事実取調べの結果によっても、右判断は左右されず、原判決に所論指摘の事実の誤認はないというべきである。以下、所論にかんがみ、説明を付加する。
一 「生産特別3手当」について
関係証拠によれば、「生産特別3手当」を計上するに至った経緯、社内での具体的な処理の状況、従業員の同手当及びこれを原資とする預金に対する各認識の状況、同預金の管理の実体などは、概ね、以下のとおりであったと認められる。
1 被告会社では、昭和六三年六月の時点で、平成元年三月期に利益が出るものと見込まれていたところ、昭和六三年六月から、各従業員に対し、公表帳簿上「生産特別3手当」を計上し、これを「預かり金」という科目で差し引きする方法で得た金を、埼玉銀行(現あさひ銀行)福生支店及び多摩中央信用金庫秋川支店に開設した「東京プラスチックス株式会社社員会」代表指田伸一(後に岸野和男に変更)、同清水俊次名義の各定期預金口座に入金し、これを平成元年一二月の給与分まで続けた。
2 毎月末、各従業員に渡す給与明細書には、「生産特別3手当」を記載せず、一方、その金額を加えた公表額で所得税の源泉徴収をしていたが、その際、各従業員の手取り額に影響が及ばないように、税の増額分を手当の額に加えていた。
3 被告会社には、社員会という組織はなく、また、前記定期預金口座の名義人とされた者は、いずれもその旨の承諾を求められたことはなく、当該預金が存在することも知らされていなかった。同預金通帳や届出印等の管理は、専ら被告会社の経理担当者小林正子が行い、他の従業員がこれに関与することはなかった。以上のような処理方法については、被告人が、被告会社の経理事務の代行業務をしていた青木幸子や前記小林正子に指示して実施させていた(ただし、前記預金口座に「社員会」名義を用いることについては、小林正子が、金融機関の担当者と話し合って決めたことであった。)
4 被告人は、右のような処理を始める前に、朝礼の席上で、被告人自らあるいは増田総務部長を介して、各従業員に対し、今後不況で受注が減り、残業手当や休日出勤手当が減った場合に備えて積立預金を行うという程度のことを言ったものの、それ以上に、積立の月額や積立期間、預金をする金融機関やその口座名義人、預金払戻の手続等の具体的な説明はしておらず、したがって、各従業員は、自分の具体的な積立額を知らないことはもとより、預金口座の存在さえも知らず、自己の判断で前記の定期預金の払戻を受けるということなどは不可能な状態であった。
5 被告会社は、平成元年一一月二七日、従業員の承諾を得ることなく、前記清水俊次名義の定期預金五口(合計一九七五万三〇六三円)を解約して社員会からの短期借入金という名目で被告会社の預金口座に入金し、これを被告会社の運転資金に充てた。その後、これを穴埋めすることはなかった。
6 被告人は、平成二年一月、従業員の一部から、平成元年分の源泉徴収票記載の総支給額と実際支給額との間に食い違いがあるなどとの申し出があったため、それまでの「生産特別3手当」に関する処理を中止し、さらに、平成二年二月から、従業員に対し、同手当などの計上による住民税の増加分に相当する概算金額を同項目を用いて支払うなどした。
以上の事実関係を下に検討するに、(1)個々の従業員は、「生産特別3手当」の具体的金額や前示の社員会名義の預金口座の存在も知らされず、したがって、預金の払戻しを受けることができない状況にあったが、真実従業員の給料の一部を積立預金したのであれば、わざわざそのような方法を採る理由がないこと、(2)「生産特別3手当」に相応する所得税の源泉徴収分を上乗せして個々の従業員の手当額を増やし、また、平成二年二月から住民税の増加分を支払っているが、真実従業員に支給された給料であれば、そのような措置は不要であること、(3)「生産特別3手当」を原資とする預金のうち約二〇〇〇万円が従業員の承諾のないまま被告会社の運転資金に使われ、その後穴埋めもされていないが、従業員に帰属する社内預金についてそのような横領にも匹敵する行為が行われたものとは考え難いことの諸点に徴すると、「生産特別3手当」に相当する金員については、真実各従業員に対して支給されたものではなく、将来の不況等に備える目的で当初から被告会社に実質的な処分権限を保有させ、被告会社の定める経費に充てることを前提に架空計上されたものであったというほかはない。
これに対し、所論は、(a)被告会社は、本件以前にも、青梅信用金庫での口座を用いて各従業員の給与の一部を積立預金していた実績があったところ、同信用金庫の担当者から、各従業員全員の数十冊に上る通帳について毎月の事務処理をするのは煩瑣である旨の苦情があったので、今回の積立に際しては、単一の口座にまとめることにしたものであり、本件の処理方法はこうした経緯によるものであって、ことさら被告会社の資金として留保するためのものではない。(b)「生産特別3手当」の具体的金額を各従業員に知らせなくても、結局、年末の源泉徴収票により、従業員は、それぞれ給与の総支払額や源泉徴収合計額を知ることができたし、また、預金をした金融機関や口座名義人を各従業員に知らせなかったのも、従前の青梅信用金庫での積立てという実績に基づいて、被告会社と従業員間に信頼関係があったからである、(c)本件では、各従業員の手取り額に影響が出ないように、いわば給料の上乗せをしたものであり、一方、被告人の子供である義幸と勇二については、それぞれ一〇万円を天引きして手取り額を減らしているのであって、このような経緯からすると、「生産特別3手当」については、まさに従業員のために、従業員に帰属するものとして積み立てたことが明らかである。(d)定期預金を取り崩して被告会社の運転資金に充てたことについては、被告会社の資金決済や出納管理をしていた小林正子が、数多く預かっていた通帳の中から、偶々、深く考えずに社員会名義の定期預金に手をつけてしまったものであり、その後、預金取り崩しの事実を知った被告人は、同女に対し、被告人個人名義の預金から補填しておくように指示しその通帳を渡しておいたものであって、被告会社が前記定期預金を被告会社の資金として扱ったような事実はない。(e)本件処理を始める前に、被告人において、税理士事務所職員と協議してその了解を得たほか、朝礼で各従業員に対し積立預金をする旨を宣言しており、被告人が当時「生産特別3手当」を原資とする預金が各従業員に帰属すると認識していたことは明らかである、と主張している。
しかしながら、(a)については、被告会社では、昭和六〇年から昭和六一年ころにかけて、青梅信用金庫福生支店において各従業員名義の預金口座を開設し、同口座を用いて給与の一部積立を実施していたことが認められるが、各従業員がその預金口座の存在を知っていた上、届出印は各従業員が保管しており、事務処理の便宜上通帳のみを被告会社が保管していたこと、各人に渡される給与明細書にも「預かり金」の項目でその金額が明示されていたことなど、本件とは実体を大きく異にすることが明らかである。(b)については、年末の源泉徴収票を詳しく確認する従業員がどれほど存在するのか疑問であり、現実に、本件の処理に関し、源泉徴収額と実際支給額との食い違いについて疑問を持ち、被告会社に問い合わせをしてきた従業員はごく少数であったと認められる。また、被告会社と従業員間に信頼関係があったとする所論については、そもそも預金した金融機関や口座名義人等を従業員に知らせないこと自体の合理的理由が見当たらない本件にあっては、さほど意味のある主張とは考えられない。(c)については、被告人の息子らに対する天引きは水増し計上した役員報酬の中から行われており、同人らの手取り額には影響がなかったというべきである。(d)については、約二〇〇〇万円の運転資金の調達のため定期預金を解約するに際し、口座の名義人を確認しないようなことはあり得ず、社員会名義の預金開設手続をした小林正子としては、その預金の性質をよく理解しながら、被告人の指示ないしは了承に基づき、これを解約して被告会社のために使ったものと考えるほかはない。そして、被告人が同女に補填を指示した事実の有無に関する被告人の供述は、補填の資金として被告会社の資金を使わずに被告人個人の金から出捐するように言ったとしたり、その後同女に対し補填をしたかどうかの確認をしなかったとするなど、不自然かつ曖昧であって、信用することができない。(e)については、被告人が、「生産特別3手当」の具体的金額をはじめ、預金する金融機関や口座名義人を従業員には一切しらせず、通帳や届出印も専ら被告会社が管理することなど本件処理の正確な内容を説明した上で税理士事務所職員の了解を求めたわけではなく、また、朝礼での従業員への説明も前記認定の程度にとどまっていたのであるから、被告人が所論のような認識を有していたとは認められない。
そして、前記の処理方法等に関して被告人の事実認識に欠けるところはなく、したがって、被告人のこの点に関する法人税ほ脱の故意の存在も十分肯認することができる。
二 平成元年三月期における臨時賞与について
関係証拠によれば、「臨時賞与」を計上し、これを原資として株式を取得した経緯、その取得の方法、被告会社による株式の管理の状況、従業員のこれらに対する認識の状況は、概ね、以下のとおりであったと認められる。
1 被告会社では、平成元年三月期に、約一億六〇〇〇万円ないし一億七〇〇〇万円程度の大幅な利益が生ずる見込みであったところ、被告会社は、平成元年三月二四日、被告会社従業員に対する臨時賞与として五八六〇万円を計上し、各従業員の所得税の源泉徴収等をしたが、その徴収後の残額四五六二万六六四〇円については現実には各従業員に支給せず、また、それぞれの給与明細書にも臨時賞与額を記載しなかった。
2 被告会社は、同日、従業員等一四名の名義で、野村證券株式会社(以下「野村證券」という)八王子支店に株式取引のための口座を、西武信用金庫(以下「西武信金」という)羽村支店に配当金等を受け取るための預金口座をそれぞれ開設した上、野村證券の公募増資株式一〇〇〇株ずつ合計一万四〇〇〇株(以下「野村證券株」という)を手数料等を含め代金総額四六三〇万五〇〇〇円で購入した。
3 購入する株式の銘柄、数、購入方法、購入名義人等はすべて被告人が単独で決定し、従業員三八名を一四のグループに分ける作業についても被告人が適当に割り振った。従業員はこれらにはまったく関与しなかった。また、公表上の各従業員の臨時賞与額はそれぞれ異なっており、これと野村證券株に対する各従業員の持分額と考えられる金額(一律一一〇万二五〇〇円)とは一致しない。
さらに、購入名義人の中には被告会社の従業員ではない小林弘(前記小林正子の息子)が含まれていたほか、グループ(名義人一名について三名、合計一四グループ)の中には、その構成員に役員である被告人らが含まれているものもあった。
4 株式取引のための各名義人の届出印や西武信金羽村支店の預金口座の通帳及び届出印は、被告会社の金庫に保管され、小林正子がこれを管理していた。各名義人の下に、野村證券株の保護預かり証や届出印の代用となる野村カードが送られてきたが、カードの使用に必要な暗証番号は同名義人らに教えられておらず、したがって、各名義人をはじめその他の従業員らは、株式を処分した場合などの代金を受け取ることはできない状態であった。
5 被告人は、野村證券株を購入する前に、朝礼などで各従業員に対し、「会社の利益が上がったので、現金を支給してもよいが、その代わりに株を買うことを考えている」などと話し、さらに、同株を購入した後に、各従業員に対して「従業員名義で野村證券の株を買った。三人一組である。元本額は他の株に買い換えるなどして維持しなさい。利益が出ればそれは皆さんに渡す」などと、当時の経済情勢を背景に株価が下落することはないとの見込みの下に、野村證券株の運用自体は一応各グループの自主的な判断に委ね、得られた利益についても従業員に与えるかのような説明をしたが、購入代金に相当する元本額分の株式については従業員の判断による自由な換金処分を許さずにこれを被告会社に留保する趣旨の説明をした。被告人は、そもそも、将来不況により残業や休日出勤が減って従業員の手取り額が減少する場合に株式を処分して換金し、これを給料の支払に充てたいという意思を有していたもので、したがって、従業員に対し、野村證券株の換金手続や換金できる時期についての説明は一切しなかった。
6 野村證券株の配当金は、被告人の了解の下、従業員のボーリング大会の費用の一部に充てられたほか、本件に対する国税局の査察開始後の平成三年、野村證券株のすべてが売却処分されたが、同売却代金は、被告会社名義の預金口座に入金された上、被告会社の経費として支出された。いずれについても、従業員らの個別的な承諾を得ないで行われた。
以上の事実関係を下に検討するに、(1)被告人は、従業員に対し、野村證券株購入額に相当する元本分は被告会社が留保し、これを勝手に換金処分することなどは許さない旨の説明をしているが、右のような説明は、同株を臨時賞与として現物支給したこととは相容れないものと考えられること、(2)右の点に加え、被告人は、野村證券株ないしは元本分を換金できる時期や換金手続を従業員に説明せず、また、株取引に必要な届出印や株の売却代金等の振込先である西武信金羽村支店の預金口座の通帳及び届出印を被告会社において保管し、野村カードの暗証番号も従業員には教えておらず、従業員が野村證券株を自由に処分できる状況にはなかったこと、(3)購入する株式の銘柄、数量等は、すべて被告人が、独自に、かつ、一方的に決定し、購入名義人の選定や従業員のグループ分けも被告人が専断的に行っていたほか、そもそも、従業員三人を一グループとして各グループに一律に株式を与えており、各従業員の個別的な勤務成績等に応じた調整がされていないのみならず、グループ内には被告会社役員や従業員ではない者も含まれるなど、賞与の支給方法と見るには極めて異例な方法が採られていること、(4)従業員の承諾を得ないまま、野村證券株の配当金を被告会社のボーリング大会の費用に使ったり、査察開始後、同株すべてを売却処分してその代金を被告会社の経費に使っており、この点も野村證券株を各従業員に現物支給したこととは相容れないことの諸点に徴すると、臨時賞与として計上した合計五八六〇万円を原資として取得した野村證券株を、将来の被告会社の経費に充てるため、当初から被告会社側に直接支配、管理させてその実質的な処分権限を保有させたものと認められるのであって、これが各従業員に臨時賞与として現物支給されたものとみるべき実態は存しない。したがって、本件臨時賞与の計上は、架空の経理処理であったというほかはない。
これに対し、所論は、主に、(a)野村證券株については、従業員が被告人や小林正子に申し出れば、いつでも自由にこれを換金処分することができた、(b)そもそも、投機性のある株式取引に関し、価値の大幅な下落があり得る他の株式への変換を自由にして現金への変換のみを制約することには経済的合理性がなく、元本分だけを被告会社に留保するなどということを被告人が説明したというのは不自然である、(c)従業員の中には、前記の取引口座を用いて現実に株を購入した者もいるのであるから、これが従業員の口座であったことは明白である。(d)当時被告人としては、前示の「生産特別3手当」を原資とする預金と同様、野村證券株についても、朝礼の中で、従業員名義で購入したことなどを説明しており、これが従業員に帰属すると認識していたことは明らかである、と主張している。
しかしながら、(a)については、前記認定の被告人が従業員に説明した内容によれば、従業員側としては、元本分については自由に換金処分できないと考えるのが自然であり、所論が指摘するように、被告人や小林正子に申し出ればいつでも自由に換金処分できるという認識を持っていたとは認められない。(b)については、被告人は、当時、株価は下落しないとの見込みを持っていたものであり、株取引による利益のみを従業員に与え、野村證券株購入の元本額については換金させずにこれを維持しようと考えたとしても、所論が指摘するほど不自然であるとはいえない。さらに、(c)については、所論指摘の事実は、従業員の一部が、被告会社によって野村證券八王子支店に開設された自己名義の取引口座を偶々利用して、野村證券株とは関係のない株の購入を行ったことを示すに過ぎず、これが、直ちに野村證券株の実質的な管理、処分権限が各従業員に帰属していたことまでを根拠づけるものとはいえない。(d)については、被告人による朝礼での説明は、前記のとおり、元本分は被告会社に留保するという内容のものであって、被告人が所論のような認識を有していた証左とは認められない。
そして、被告人が、前記認定にかかる経緯や実態について十分な認識を有していたことが明らかであるから、原判決が被告人にこの点に関する法人税ほ脱の故意が存在していたことを認めたのも正当である。
三 役員報酬について
関係証拠によれば、義幸及び勇二に対する役員報酬が計上された経緯、公表額に対する両名の認識状況、その一部を原資とする預金の管理状況は、概ね、以下のとおりであったと認められる。
1 義幸(昭和三九年三月二二日生)は、大学卒業後、昭和六一年四月から大塚工機株式会社に勤務していたが、昭和六二年一一月に被告会社の取締役に就任し、次いで平成元年七月末から被告会社に勤務するようになった。その間、昭和六三年四月から平成元年五月で毎月五〇万円、同年六月から毎月一五〇万円が同人に対する役員報酬額として公表計上されていた。
勇二(昭和四〇年一二月一五日生)は、大学在学中に被告会社の監査役に就任し大学卒業後、昭和六三年四月から被告会社に勤務するようになり、平成元年五月ころに被告会社の取締役に就任した。その間、昭和六二年四月から昭和六三年四月まで毎月七〇万円、同年五月から同年一二月まで毎月一二〇万円、平成元年一月から毎月一七〇万円が同人に対する役員報酬額として公表計上されていた。
2 両名が、給料日に現金で受領し、給与明細書に記載されていた金額は、他の従業員と同様にタイムカードに基づいて算出されたものであった。そして、右各給与明細書には、実際支給分の役員報酬(本給)額として、義幸については平成元年八月分から一七万円ないし一七万五〇〇〇円が、勇二については昭和六三年四月分から一四万五〇〇〇円ないし一七万五〇〇〇円がそれぞれ記載されていた。
3 被告会社は、右両名に対し、それぞれの役員報酬の公表額を知らせていなかった。また、両名の所得税の確定申告は、それぞれ被告会社の両名に対する公表役員報酬額に基づいていたが、両名はその申告の具体的内容を知らされておらず、申告手続に関与することも一切なかった。
4 被告会社では、被告人の妻で取締役である田村恵美子(以下「恵美子」という)が、従業員の給料の計算業務に従事していた。恵美子は、毎月、義幸と勇二の両名に、それぞれ、給与明細と同じ内容のメモを作成して渡す一方、各役員報酬の公表額内の金額(税引き後)を両名の名義で銀行預金するなどしていたが、その預金の通帳や届出印は専ら恵美子が管理していた。しかも、義幸及び勇二の両名は、同預金に関し、具体的な金融機関名はもとより、その金額等も知らされていなかった。
5 両名の公表役員報酬の計上などは、田村知子、小林弘らの名義で行われていた役員報酬の架空または水増し計上などと併行して行われていた。
所論は、義幸及び勇二の両名はそれぞれ自分の公表役員報酬額や各人名義の預金の存在を認識していたと主張し、右両名及び恵美子は、原審公判廷において、いずれもこれに沿う証言をしている。しかしながら、義幸及び勇二の両名は、本件に対する査察が開始された当日、それぞれ被告人宅の別々の部屋で係官から個別に事情を聞かれたのに対し、いずれも、毎月給料袋に入れられて支給されたもの以外に役員報酬をもらってはいない、公表分は知らないなどと答弁したことが認められ、両名が事前に打合せなどすることなく、一致してそのように答えたことは、各答弁内容の信用性が高いことを示すことが明らかである。これに反する両名及び恵美子の原審証言は、それぞれの各質問てん末書の内容と自己矛盾する上、義幸と勇二が査察開始当日に一致して前記のとおり答えた理由について合理的説明をしていないことに照らし、いずれも信用することができない。
そもそも、役員報酬として公表され、そのとおり現実に支給されている金額を、個々の役員が知らないということは通常はあり得ず、仮に、そのような処理方法を採っていたとすれば、それは著しく合理性を欠くというべきところ、本件では、義幸及び勇二については給与明細に記載した現金支給分以外については、その金額を両名に知らせていなかったものであり、その理由について、納得できる説明があるとはいえない。加えて、公表額との差額の相当部分を、両名の母親で被告会社の取締役でもある恵美子が、両名に詳細を知らせないで、両名名義で銀行預金するなどしてその管理を専断的に行っていたもので、将来、その預金を右両名のために使うことが可能であったとしても、両名以外の田村知子や小林弘らの名義を用いて行った他の役員報酬の架空計上分と同様に、同預金を不況時などに取り崩して被告会社のために使うことも当然可能であったと認められる。そうすると、同預金に対する実質的な処分権限は、被告会社に留保されていたものというべきであって、当初からそのような実質的処分権限を被告会社に留保する意思で役員報酬を計上することは、実態の伴わない水増しの計上であったといわざるを得ない。
以上のとおり、本件において、義幸及び勇二に対する役員報酬として公表計上されたもののうち、原判決が義幸について実額性を認めた合計三三〇万円と現実に支給された役員報酬額を超える部分については、水増し計上であったと認めるのが相当である。
そして、前記の事実関係について、被告人の認識に欠けるところはないので、この部分に関する法人税ほ脱の故意の存在を認めた点でも、原判決に事実の誤認はない。
なお、原判決の説示中、「義幸が現金で受領していた給料の額は、平成元年三月期では合計六〇〇万円、平成二年三月期では合計一四六二万八五〇〇円公表額を下回り、勇二が現金で受領していた給料の額は、平成元年三月期では合計一三六三万円、平成二年三月期では合計一八四二万円公表額を下回っていた」とする部分(原判決一三丁裏七行目以降)は、両名が現金で受領していた給料の全額と公表額との差額を指摘しているようにも受け取られかねないが、両名に対しそれぞれ現金で支給された役員報酬(本給)額と各公表役員報酬額との差額を意味していると解せられる。さらに、「現金支給額」(原判決一七丁裏六行目)も、同様に、現金で支給された役員報酬額の意味と解せられる。
第二各控訴趣意中理由不備の主張について
論旨は、要するに、前示の平成元年三月期における「臨時賞与」の架空計上について、原判決は被告人の故意の存在を判断していないから、この点で原判決には理由不備の違法がある、というのである。
しかしながら、原判決が、(犯罪事実)の項において、所論指摘の点を含め、被告人に故意が存在することを判示していることはその判文上明らかであるから、所論は前提を欠いている。論旨は理由がない。
第三各控訴趣意中量刑不当の主張について
論旨は、要するに、被告会社を罰金二〇〇〇万円に、被告人を懲役一〇月(三年間執行猶予)に各処した原判決の量刑は、重過ぎて不当であるというのである。
本件は、プラスチック製品の設計、造形、立案、製造及び販売等を目的とする被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括していた被告人が、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、役員報酬を水増し計上するなどの方法により所得を秘匿した上、(1)被告会社の平成元年三月期における実際所得金額が二億五三五〇万六九〇二円であったのに、所得金額が一億二四一三万六八〇九円でこれに対する法人税額が五〇六七万三五〇〇円である旨記載した虚偽過少の法人税確定申告書を所轄税務署長に提出してそのまま法定納期限を徒過させ、正規の法人税額との差額五四三三万五四〇〇円を免れ、(2)被告会社の平成二年三月期における実際所得金額が一億六一二三万一六一〇円であったのに、所得金額が八六九六万一三一九円でこれに対する法人税額が三三一一万九八〇〇円である旨記載した虚偽過少の法人税確定申告書を所轄税務署長に提出してそのまま法定納期限を徒過させ、正規の法人税額との差額二九二三万五二〇〇円を免れた事案である。
このように、本件は、二事業年度にわたって合計八三〇〇万円余の法人税をほ脱したものであり、二期平均のほ脱率は約五〇パーセントに上っているところ、犯行の動機は、将来の不況時に従業員の手取り額が減少する事態に備えて、被告会社の財政基盤を固め、また、大手取引先との取引の確保、維持のために相手方担当者への謝礼金等に充てる裏金を得ようとしたというものであり、被告会社側から見ればそれなりの理由があったと認められないわけではないが、結局は、私企業の利益を納税という公益に優先させたものであって、格別斟酌しなければならない事情があるとはいえない。所得秘匿の方法は、取引先と通謀し、被告会社の下請け業者らの名義の借名口座に売上金を入金して売上除外をし、また、前示「生産特別3手当」の架空計上に際しては、従業員に公表額とは異なった給与明細を渡したり、公表額で所得税の源泉徴収を行ったほか、水増し分を仮名口座に預金するなどしたもので、その余の手段を含め、計画的、かつ、巧妙というべきである。さらに、被告会社は、昭和六二年に青梅税務署の税務調査を受け、架空外注費の計上などによる脱税を指摘されて修正申告をしたことがあり、これに懲りることなく、再び本件脱税を実行した点は、被告人の規範意識ないしは納税意識の欠如を示すものである。
以上の諸点に照らすと、被告会社及び被告人の刑事責任を軽視することはできず、前示二期分の本件脱税に関し、平成三年二月に修正申告の上、本税、重加算税、延滞税等の全額が納付済みであること、被告人は、前科前歴がなく、これまで従業員や被告会社のために真面目に仕事をしてきたことなど被告会社及び被告人に有利な諸事情を十分考慮しても、前示の原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。
第四結論
よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 森眞樹 裁判官 林正彦)
○控訴趣意書
法人税法違反被告事件 被告人 東京プラスチックス株式会社
同 田村金子男
右事件についての控訴の趣意は以下の通りである
平成六年二月一〇日
右被告人ら弁護人
弁護士 髙野康彦
弁護士 早水暢哉
東京高等裁判所第一刑事部 御中
記
原判決には以下のとおり、理由不備、理由齟齬という訴訟手続の法令違反があり、かつ判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤り、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があり、刑の量定も不当であるので、原判決は破棄さるべきである。
第一 従業員に対する「生産特別3手当」として計上された金額について、被告会社に留保された所得であるとし、従業員に帰属した賃金でないとの認定の誤り。
一、判決の論理は、先ず、1として「当時者間に概ね争いがなく、証拠上明らかに認められる事実」として第四丁裏より第五丁裏まで<1><2><3><4>事実を掲げ、2として積立に関する従業員への説明の態様を認定し(第五丁裏、第六丁)、1、2を前提として被告会社に留保された所得であるとの結論を第七丁、第八丁において導いている。
しかし、以下のとおり、判決の事実認定、その取捨選択には、誤認、遺漏があり、被告人に有利な「当事者間に概ね争いがなく、証拠上明らかに認められる事実」をことさらに無視、軽視したものであって、その結論は誤りである。
1 口座の数、名義について
判決は「預金の名義人は被告人がえらんだ三名である」ことを理由とする。
被告人が、特定の従業員名の口座に預け入れることを従業員の小林に指示したことは事実であるが、その理由、経緯は、過去の積立において従業員全員の名前で行っていたところ、相当の青梅信用金庫従業員から、従業員各人について毎月数十冊の通帳の事務処理をすることが非常に煩雑である旨の苦情があったことから、単一口座にまとめることにしたというものであり、これは被告人、証人田村恵美子が等しく供述するところである。
この供述が、先の積立からの口座数の変化の事情として、矛盾なきものであるのに対し、判決が「預金の名義人は被告人がえらんだ三名である。」から被告会社に留保された所得であるという論理には飛躍がある。
先ず「被告人がえらんだ」という点、被告人が口座の開設手続者であるという点をいうのであれば、確かに「自分の口座は自分で開設する」という経験則は存在する。しかし、被告会社の場合、以前の青梅信用金庫での従業員積立についても被告人、被告会社が開設等の事務手続きも、入金作業も行なっていた実績があるのであるから、一般的な経験則が妥当する場合ではない。
次に、「三名」という口座数については、同時に異なった預け入れるため、分散のために並列的に開設されたものではなく、三口となったのは初めに選んだ従業員が麻雀で借金があるとの風評が立ったため、それ以後の積立は、違う名義の積立てにすることを被告人が指示した結果であり、今一口は、事務担当の小林が概設の口座のある金融機関が入金手続きに来てくれないので、やむを得ず、別の金融機関に新たに開設した結果なのである。このように、いわば、場当たり的な措置の結果の三口に過ぎないのである。(こうした経過であることも、当事者間に概ね争いがなく、証拠上明らかに認められる。)
結局、「預金の名義人は被告人がえらんだ三名である。」ということからは、到底、被告人が会社所得の留保手段として、脱税の意図をもち、会社所得の隠匿を図ってか会社の口座を開設したとの事実は認められないのである。
被告人が脱税を企ていたのなら、むしろ、もっともらしい、一貫した単一の口座を設定したか、前の積立同様、各従業員毎の口座を開設した筈である。
なぜなら、多数の口座を作るといっても、被告人、被告会社の取引金融機関は一貫して、来訪して各種サービスを行なっており、被告人や従業員が金融機関店舗に出向き、書類を作成し、処理する必要もなかったのであるから、被告人にとっての手間はせいぜい従業員に対応した三文判を用意する程度に過ぎないのであり、あとの毎月の入金作業の手間は全て銀行員の負担となるだけのことであり、従業員数に対応した口座の開設の労を惜しむ理由はなかったのである。
なお、前述のとおり、判決は被告会社に本件に先行する給与積立の実績があったことを認定上全く欠落しているが、これは、記録上明らかなように「当事者間に概ね争いがなく、証拠上明らかに認められる」事実であり、他の認定にも影響を及ぼす重大な事実であって、こうした被告会社の過去の実態を無視して、1、2のみから結論を導くことは明らかに誤りなのである。
2 「社員会」なる名称について
被告会社に社員会がなく、従って「社員会なるものも実態のないもの」との判決の指摘は事実であるが、あくまでも過去に行った個々人口座の積立から、出入り金融機関の便宜上、単一口座にまとめたに過ぎないのであるから、従業員会なるものが実態がないのはむしろ当然の帰結なのである。
そして、判決の重大な誤りは、通帳に肩書(判決は「従業員会」というが「証拠上は明らかに社員会である)が付された経緯そのものを無視したところにある。
通帳の社員会という肩書は、被告人の発案でない。この事実、小林正子が銀行担当者と相談して決めたものであるという事実は、小林正子の調書からも明らかであり、これと矛盾する証拠はない。
銀行員は、単に個人名の口座の開設を申し込まれただけなら、個人名の口座を開設する手続きをとった筈である。被告人が所得隠匿用の口座として、従業員個人名の口座の開設を小林正子に指示したのなら、単なる個人名の口座が開設された筈である。被告会社を来訪した銀行員がこうした名前を思い付くには、小林正子がどのような性格の口座であるかを銀行員に説明した事実がなければならず、その前提として、当然、積立ての性質を小林正子が理解していなければなかったはずである。
そして、このような、小林正子の「理解」の形成は、
過去の青梅信用金庫における従業員積立ての実績
他の従業員とともに、朝礼で新たな積立について説明をうけたこと
新たな積立てに関する被告人の指示
なくして得られようのないものであることは論をまたないのであり、「社員会」なる口座名の由来も、社員会が存在しないことも、何等預金が被告会社に帰属する理由とはならないのである。
3 取崩について
従業員積立の口座金の一部が取り崩され、会社が借入金として使用した事実が認められることは判決認定のとおりである。
しかし、当時の会社の資産状態は弁第一六号証のとおりであり(西武信用金庫一社に対するだけでも一億三五〇〇万円以上の定期性預金があった)、被告会社が当時「資金繰りに苦しんで、かねて用意の裏金に手をつけなくてはならなくなった」というような状況は全くなかったのである。取崩しは、東京プラスチックの資金決済、出納管理を担当していた小林正子が、多く預かっている口座通帳のなかから偶々、深く考えずに積立の分に手をつけてしまったものであり(小林正子第二回公判調書速記録第一二、二八丁)、被告人が資金繰りに窮して小林正子に取崩しを指示したと言うような状況を裏付ける証拠はないのである。
被告人は後から取崩しの事実を知らされて、被告人の預金からの充当を指示している(弁第一五号証)。被告人としては、誤った処理の解決の為、自分の個人資金を会社に貸し付けて、小林はキチンと返済したと信じていたのである。
このように、預金取崩しの経緯について、合理的説明がなされているにもかかわらず、何等、こうした経緯の説明を否定する論拠を示さず、単に、「資金繰りのために使用された」点だけをとりあげる判決の論理が不備なこと明らかである。
4 労働法規について
判決は生産特別3手当ての交付方法が労働基準法に違反していることをあげる。
確かに、労働基準法の諸規制にそぐわない交付方法である面は否めないかも知れない。しかしながら、この論法によると労働者保護のための法律に違反すると、本来その法律がなければ労働者に帰属するものが、かえって会社に留保されて労働者が保護されなくなるという奇妙なことになる。
この判決の論理は形式的な論理のみで結論を出そうとする悪い意味での概念法学の方法論の典型であり、法律を趣旨、目的から考察していない重大な法令適用の誤りである。
判決の論理が通用するのは、あくまで、その結論が労働者保護に矛盾しない場合である。
そもそも、被告会社においては過去の従業員積立においても同様に労働基準法の諸規制にそぐわない賃金支払方法がとられていたことは、明らかな事実であり、本法規の存在が、本件積立預金の法的帰属に意味をもつものでないことは明らかである。
更に、判決の論理によれば、労働基準法の有無によって、所得の帰属が会社になったり、従業員になったりすることになり、労働基準法の有無によって、被告人が脱税したりしてなかったことになるが、このことが不当であることも明らかである。
二、以上の通り、判決は、判決書に適示の各事実の範囲に限ってもその結論を誤ったものであるが、さらに、「当事者間に概ね争いがなく、証拠上明らかに認められる事実」であるにもかかわらず、被告人に有利な以下の各事実を判断の前提から欠落している。
1 「上乗せ支給」と「天引」の相違
平成三年一〇月三〇日 清水調書三丁裏では、青梅信用金庫での第一回の積立が、「一年半位経過してから、天引に反対する人が出てきて、積立は中止になりました。」との記述があるが、証拠上明らかなように、青梅信用金庫での第一回の積立も本件積立も、従来の給与の一部を積み立てる-手取りを減少させる-方式ではなく、従来の支給額と別に積立分を上乗支給する形で行われたものである。手取りが減少する本来の天引ならともかく、ただ余分にもらえることに従業員が反対するわけがないのである。
青梅信用金庫での第一回の積立の終了は、被告人の当法廷での供述のとおり(第八回公判調書速記録一四丁表 検察官の質問への答え)、外注増加による収益減という会社の財政上の都合であって、この点で右清水調書の不合理性は明らかである。
また、次の事実も、被告人の本件上乗せ支給の動機が、会社利益の隠匿にないことを明らかにしている。
即ち、被告人は上乗せ支給の意図について、従業員への三〇年間頑張ってくれたお礼としての支給であるとしている(第七回公判調書速記録二丁表)。国税調査書をみても従来の給与額に上乗せしての支給であること明らかである。
これに対し、被告人の息子である東京プラスチックス役員の義幸、勇二については、積立に毎月一〇万円で参加しているにもかかわらず、従来の支給額のまま、積立分を引くという文字通りの「天引」を行っている(第七回公判調書速記録二丁裏 国税調査書)。
余った利益を隠匿する目的での積立なら、役員の義幸、勇二の分についても、一律に処理すれば充分であって、このように分ける理由がない。被告人が、当初から天引だけする者、積立分を追加支給する者を区別していたことは、被告人の積立が、真に従業員に給付する目的で行われたことを、明確に裏付けているのである。
このように、本件においては上乗せ支給と本来の天引の二つがあったという重要な事実に触れることなく、何故、被告人がそのような措置をおこなったのかについて、何等検討しない判決が、真実の発見とかけ離れた不合理なものであることは明らかである。
2 給与明細への金額記載省略の意味
判決も「朝礼での説明」の存在を認めており、従って、従業員へ知らせない手段として「給与明細への金額記載省略」を位置付けることも無意味である。
ところで、判決は四丁裏<1>で「給与明細への金額記載省略」のみを指摘しているが、年末の源泉徴収票には積立分も含めて記載があり、従業員に交付され、従業員が手取りのほか、積立が行われていることを認識していたことも証拠上明らかである。
被告人が脱税を行ない、その従業員への露見をおそれたなら、源泉徴収票や手取額(年末調整も含め)が、積立がないときと全く同様になるようにした筈である。毎月の給与明細だけを細工しても仕方がないことは明らかである。
どのような明細表をいれるかについて青木幸子から被告人に「二枚いれたら」との提案があったことは、検面調書からも明らかである(平成三年一一月二日、青木調書四丁表)。検面調書のように被告人が最初から、脱税を青木に指示していたのなら、青木幸子からこのような提案が出る筈がないのである。
明細書の金額不記載の理由に関しては、社員からの希望である旨の被告人の公判廷での供述(第七回公判調書速記録九、一〇丁)、自分が家人に知られない収入-へそくり-としたいので、記載しないよう頼んだこと、有給休暇買上げ分についても同様の措置がとられた実績のあることをいう志村芳成の証言(第一〇回公判調書速記録七丁表、一〇丁)とこれを聞いたとする小寺一男の当公判廷での証言があるが(第四回公判調書速記録二丁表)、いずれも矛盾なく一致しており、これらの、具体性、詳細性からもその真実性は明らかである。
なお、判決は朝礼での説明の存在を肯定しながら、その説明が具体的でなかったという(預金先、金額など)。しかし、それは、以前に行なわれた青梅信用金庫の積立においても、被告人の一存で金額や預け先が決まったことは同様であったのであり、結局、積立の約束は守られ、実際に数年後に皆積立金を受け取ったので、被告人と従業員間には、こうした過去の実績をふまえた信頼関係があって、詳しい説明もなく、質問もなく、積立が開始されたに過ぎないのであり、何等、積立が従業員の権利に属するものであることを妨げる事実ではないのである。
三、以上のとおり、従業員に対する「生産特別3手当」として計上された金額は、そもそも従業員に帰属するものであり、被告人の行為は客観的にも脱税に該当しないものと解するが、仮に判決のとおり「客観的に被告会社の全従業員に帰属したものとみることはできない。」としても、被告人は、従業員に帰属させる意思で預金を行っていたのであるから、被告人は脱税の「故意」を欠いており、従業員に対する「生産特別3手当」として計上された金額に関する公訴事実に関し、無罪であること同様である。
租税犯における故意の問題は既に学説、判例において多数論じられてきたところである。なかでも、税法の規定が刑罰法規であるか非刑罰法規であるかという論議、「非損金性の不知」が刑法三八条三項にいう法律の錯誤か否かは論議のあるところである。
しかし、何れの立場においても、本件は預金の客観的帰属の認識の問題であり、法的意味の解釈に留まるものではないので、被告人が従業員に帰属させるものとの認識のもと積み立てたものである以上、故意を欠くものである。昭和二六年八月一七日の最判(刑集一五巻九号一七八九頁)は、大分県飼犬取締規則を誤解して、鑑札をつけていない犬は無主犬とみなされるものと誤解し、隣人の犬を撲殺した事例につき、右規則を誤解した結果、その犬が他人所有に属する事実についての認識を欠いていたものと認められる場合であれば故意を阻却する、としているのである。
本件は、本件口座への積立が、仮に税法という「規則」上は未だ従業員に帰属した所得とは評価されないとしても、被告人はそれを知らず、従業員への給付としての積立と考えて、即ち、本件口座が会社の権利に属する口座であるとの事実についての認識を欠いていたのであるから、右判例と同様に被告人の故意を阻却する場合に該当するものである。
なお、本件の場合は、従業員は積立の説明をうけており、被告人は従業員のための特別な口座を新たに設定し、そこへ積立を行ったのであるから、本件預金は明らかに民事上は従業員に属する権利であると解される。税法が国家課税権の行使の円滑という観点から、民事法規上の権利の発生移転消滅と異なる認定、適用を行う必要もある場合もあるであろうが、少なくとも、租税犯罪の成立要件としての故意の内容、即ち(「偽りその他不正行為により租税を免れる」認識)としては、民事法規上の権利の発生移転消滅に関する事実の認識(課税要件事実を基礎付ける所得の認識)を必要と解すべきであり、この点からも本件の場合被告人には故意を認めることはできない。
四、以上に加え、原審審理の結果証拠上明らかに認められる、その他の被告人の故意を否定する事実としては、本件積立開始時における税理士事務所員らとの協議の存在がある。
昭和六三年六月ころの被告人宅での会合が、青木幸子が東京プラスチックスの経理を手伝うため、姉の青木久子に紹介されての、被告人らとの初めての対面であった。(弁第一八号証 青木久子業務日誌)。
初対面の人間にいきなり脱税の相談をすることが不自然であることは論を待たない。姉の久子も紹介していきなり妹にそんな仕事をおしつけられてそのまま、引き受けさせるわけがない。
青木久子平成二年七月二六日付質問てん末書(甲第九〇号証)でも「経理がずさんだったので、誰かまじめな人はいないのかということでしたので、私の妹を紹介し」(質問てん末書問九への回答)、とその経緯が述べられている。「誰かまじめな人」というのに脱税の手伝いとして妹を紹介した筈もなく、青木久子の調書では、昭和六三年六月ころの被告人宅での会合において、被告人が脱税となるような、経理処理の指示をしたなどとの供述はない。
被告人は税理士(資格をもつものと信じた)人物に積立ての意図を説明し、実行しているのであって、被告人が真に従業員に帰属させる意図で、積立てを行ったことは、この事実からも明らかである。
以上のとおり、従業員に対する「生産特別3手当」として計上された金額は従業員に帰属するものであるから、租税犯は成立せず、仮に、法的に会社に留保されたものであるとしても、被告人は従業員に帰属する口座と認識していたのであるから、故意を欠き、よって、従業員に対する「生産特別3手当」として計上された金額に関する公訴事実に関し、被告人は無罪である。従って、原判決はこれらの点において誤りであり、破棄さるべきである。
第二 平成元年三月に従業員に対する臨時賞与として計上された金額は、被告会社に留保された所得であり、従業員に帰属した賞与でないとの認定の誤り。
一、判決の論理は、先ず、1として「当事者間に概ね争いがなく、証拠上明らかに認められる事実として第八丁丁表より第九丁裏まで<1><2><3><4>事実を掲げ、2として賞与としての株式購入に関する朝礼での被告人らの発言内容について検討している。
判決における「株式購入に関する朝礼での被告人らの発言内容についての判決の検討、証拠の評価」については、全面的に賛意を表するものであるが、にもかかわらず「被告会社に留保された所得である」とした判決は、以下のとおり、事実認定、その取捨選択には、誤認、遺漏があり、被告人に有利な「当事者間に概ね争いがなく、証拠上明らかに認められる事実」をことさらに無視、軽視し、また、事実の評価を誤ったものであって、その結論は誤りである。
一、判決は、左記の判断について、株式購入の決定権者、株式購入の目的、購入手続の行為者、株式保護預かり証や届け出印等の管理状況、関係者の意識を並列的に挙げ、これらを総合して判断すべきであるが、更に労働基準法上の規制の趣旨も要素として充分考慮に入れるべきであるとする。
しかしながら、この判断基準のように諸々の要素をただ並列的に検討するのは誤りである。しかも、国家課税権の確保を目的とする税法上の帰属の判断基準と、労働者保護を目的とする労働法の定め、民事法上の財産権の帰属の基準、刑罰法規構成要件としての財産権の帰属の基準は、それぞれ異なる筈のものであり、それを一律に論ずることは誤りである。
本件の場合何よりも、刑罰法規構成要件としての財産権の帰属の基準であり、この問題の判断基準としては、民事法規の原則、即ち、私的自治-当事者の意思-によって決せられるべきものである。
本件の場合、判決は朝礼等の結果、被告人と従業員間の意識が「賞与としてあげる」「貰った」という点で一致していることを認めているのであるから、本件株式が民事法上従業員の資産であることは疑う余地のない結論の筈である。にもかかわらず、本件において、労働基準法を引用し、現物支給を認める労働協約がないことを、株式の帰属の認定の理由とすることは、労働基準法の立法趣旨を全く無視した暴論である。現物支給が許されないのは、労働者の保護の趣旨から「現物でなく金銭で給付すべきこと」を義務付けるところにあるのであり、会社、労働者の意思に無関係に財産権の帰属を決する根拠となりえないことは明らかである。
二 判決が列挙する事実が判決の採る結論の根拠たりえないこと。
1、株式購入の決定権者が被告人であったこと
株式を購入するかどうかの判断や、銘柄の選択、三人一組のグループで購入するという購入方法、名義人の選定、グループ分けに被告人が関与していることは事実である。しかし、会社の賞与として株式を与えるということなのであるから、被告人がこれら関与するのは当然であって、この事実が株式の帰属を決する根拠とはならない。
2、株式購入の目的
判決は株式購入の目的が臨時賞与の支給に代わるものであることを自認している。しかし、判決は「被告人が公判廷で供述するように、「生産特別3手当」の場合と同様、不況で残業手当や休日出勤手当が減った場合に備え、その時点で一括して換金して従業員の給料の支払にあてることにあったと認められる。」としているが、明らかな誤りである。
「生産特別3手当」 不況で残業手当や休日出勤手当が減った場合に備えるのは従業員であり、そのときには会社から当然のことながら残業手当や休日出勤手当はなく、会社からは、基本給しか支給されないのであるから、従業員の給料の支払にあてることはないのである。だからこそ、従業員が積立を取り崩したり、株式を売却して好況の時の給与との差額を補填できるように予めしておこうということなのである。
判決の論理によれば、一括して換金して給料の支払にあてるというのであるから、換金した時点で、なんらかの各目で給与として支払うということになるが、それであれば従業員に朝礼で説明する必要もなく、ことさら従業員の名義を借名する必要もなく、運用を従業員に任せる必要もなく、ただ会社名義で購入しておけばいいだけのことである。判決の論理は、プラスチック製造の職人に会社の株の財テクを任せたということのようであるが、それ自体不自然な認定である。
3、購入手続きの行為者
判決は購入手続の行為者が、被告会社の経理担当者であった小林が一括して行っていたことを挙げる。従業員の同意を得た上で購入したのであり、従業員の賞与であることと矛盾はない。
4、株式保護預り証や届け出印等の管理状況
判決は、株式保護預かり証が各名義人のもとに送られ、株式の売却自体各名義人を代表者とする従業員が自らの判断で行うことができ、その意味で株式の運用は従業員に委れられていたことを自認する。
しかし、判決は、届け出印や野村カードは小林が一括して管理していたことから、従業員が売却した株式を自由に換金することはできない状態にあったとする。しかし、従業員は被告人や小林に申し出ればいつでも株式を自由に換金することはできるのである。確かに、資産形成を促す意味で支給された株式であるから、直ちに換金して遊興費等に消費してしまうことは望ましいことではないが、どうしても換金したいと申し出ればいつでも自由に換金できる状態であったのであり、判決は誤っている。
判決は資産形成を促す意味で支給された株式であるから、直ちに換金して遊興費等に消費してしまうことは望ましいことないという本件株式の性質から、株式の最終的処分権限が被告会社に留保されていたと認定しているが、これも誤りであることはあきらかである。
そもそも、投機性のある株式で、外の株式への変換(変換によって大幅な価値の下落ないし崩壊がありうる行為)は自由にして現金への変換のみ自由にしない行為が経済的合理性がない行為であり、不自然であることは明白である。
カードについては、代表者のところに郵送され、代表者が保管していたものもあり、さらに、この口座を利用して自分で株式購入を行って居るものもいるのであるから、野村証券取引口座の占有、管理が会社にあったから、株は会社のものであるという論理が成立しないことも明らかである。
窪島寛訓証言(第五回公判)のとおり、同人は自分の口座として、口座番号を使ってブリジストン株の購入を行っており(弁第二号証 株式預り証)カードも自分で所持していた(弁第三号証 野村カード)のであって、従業員の口座であったことは明白である。
溝井証言によっても、被告人には野村株、口座の支配、管理を会社として独占しているとの認識がなかったことが裏付けられる。即ち、口座の支配、管理を会社として独占しているなら「すぐに売らせないでくれ」と被告人が頼む理由がないのである。
印や通帳、カードの一部が会社金庫に保管されていたからといって、株式が従業員のものでなかったことを立証するものではないことも明らかであり、判決は誤っている。
5、株式の名義人の中には被告会社の従業員でなかった小林弘が含まれ、各グループの構成員には役員である被告人らが含まれていること。
株式購入一四組の意味
判決は株主の名義人やグループの構成員が従業員に限られていないことを根拠とするかのようであるが、これが、本件株式購入の具体的な事実関係、経過に立脚していない誤った理解に基づく主張であることは、以下のとおり明らかである。
野村株購入までの経過が、左記のようなものであったことは、単に被告人の公判廷での供述に合致するということだけではなく、国税調査書から明らかな購入金額等の客観的に明らかとなっている数字(架空水増役員報酬、給与手当明細表六九、七〇、七一 財産形成友の会グループ一覧表)を最も良く説明できることから裏付けられる。
<1> 被告人が、その会計年度の東京プラスチックスの利益額を青木久子から聞いて、先ず、臨時賞与の実行、その支給総額概略を決定した。
<2> 支給総額概略を前提に、各人の実績に応じた、個別支給額(その合計が具体的支給総額)を決定した。この個別支給額を決定時点では、現金での支給を前提とし、株式での支給は考えていなかった。
<3> 現金支給では、従業員が無駄遣いしてしまうと考え、株式での支給を思いついたが、先に決定した、支給総額と個別支給額については変更しないままであった。
<4> 先に決定した支給総額と個別支給額のまま、野村株で支給しようとしたため、支給対象となる従業員数(三八名)と、株式配分数の整合性がなかった。
<5> 支給総額と最も近似的な金額が、野村株一四〇〇〇株(一〇〇〇株一口で一四口)であった。
<6> そこで一四組を作るため、支給対象となる従業員でない者四名の名前を借りた(島田伊三雄、田村勇二、田村金子男、小林弘)。
<7> 支給総額と野村株一四〇〇〇株では、株購入に必要な金額が若干上回るので、不足金額を被告人が個人的に支出した。
このように、総金額という客観的な数字上の問題で、不足が四名であったことは明白であり、名前を借りた者は小林弘一人ではないのである。
そもそも、架空臨時賞与名目で脱税を企てたなら、架空支給総額と従業員数に見合った金額の株式銘柄を選択すればよいので、野村株にこだわる理由もないのである。そして、何も組をつくらなくてもすむような、安い金額の(一〇〇〇円前後の銘柄はいくらでもある)株を選び、従業員への個別の支給額も均一としておけば、何等面倒はなかったのであって、本件のように複雑な内容となったのは、被告人が前記のような着想にもとづいて、従業員へ与えるために行った行為であるからに他ならないのである。
従って、判決が株主の名義人やグループの構成員が従業員に限られていないことを根拠とするのは誤りである。
6、現物支給の労働協約がないこと。
たしかに、労働基準法の諸規制にそぐわない交付方法である面は否めないかも知れない。
しかしながら、この論法によると労働者保護のための法律に違反すると、本来その法律がなければ労働者の賃金になったものが、かえって会社に留保されて労働者が保護されなくなるという奇妙なことになる。
この判決の論理は形式的な論理のみで結論を出そうとする悪い意味での概念法学の方法論の典型であり、法律を趣旨、目的から考察していない重大な法令適用の誤りである。
判決の論理が通用するのは、あくまで、その結論が労働者保護に矛盾しない場合である。
かつ、判決の論理では労働基準法が存在しなければ脱税にならないものが、労働基準法が存在すると脱税になるということになるが、このような論理が社会通念から遊離していることも明らかである。
三 被告人には、ほ脱犯の故意がない
原審は、本件臨時賞与が客観的には会社に留保された所得と認定しているが、被告人の株式帰属に関する認識、ほ脱犯の故意についてなんら検討せずに認定しており、理由不備である。
判決がこの点について判断しているとしても、本件臨時賞与は客観的には従業員に帰属したものであるので、判決が誤りであること前述のとおりである。
仮に、本件臨時賞与が客観的には会社に留保された所得であるとしても、被告人にはその認識がない、即ち従業員に与えたものとの認識のもと、申告を行なったのであるから被告人にはほ脱犯の故意がなく事実誤認がある。
ほ脱犯の構成要件は「偽りその他不正の行為」により「租税を免れる」ことにあるが、この「偽りその他不正の行為」と「租税を免れる」両者について、課税要件にあたる事実の認識が必要である。(例えば、掘田力「租税ほ脱犯をめぐる諸問題(四)」法曹時報二二巻七三頁以下)
そして、本件では臨時賞与が会社に帰属するという認識が被告人にはないのであるから、課税要件にあたる事実の認識がなく、ほ脱犯の故意はない認識のもと積み立てたものである以上、故意を欠くものである。先に引用の昭和二六年八月一七日の最判(刑集一五巻九号一七八九頁)が、大分県飼犬取締規則を誤解して、鑑札をつけていない犬は無主犬とみなされるものと誤解し、隣人の犬を撲殺した事例につき、右規則を誤解した結果、その犬が他人所有に属する事実についての認識を欠いていたものと認められる場合であれば故意を阻却するとしている結論は本件株式賞与についても妥当するものである。
更に、臨時賞与の法人税についての納税義務に関する意識がないのであるから、主観的に要求されるほ脱のために、その不正行為を行なう認識がないのであるから、構成要件として「偽りその他不正の行為」が充足しないことは明らか(例えば、掘田力「租税ほ脱犯をめぐる諸問題」(四)法曹時報二二巻七三頁以下)であり、判決は誤っている。
第三 田村義幸と田村勇二に対する役員報酬は、水増しされたもので、実際に両名に支給されたものでないとの認定の誤り。
原審の論理は、先ず、1として「当事者間に概ね争いがなく、証拠上明らかに認められる事実」として第一三丁表より第一四丁裏まで<1><2><3><4><5>の事実を掲げ、2としてその余の事実について検討している。
1、
<1>において原審は被告会社での勤務開始時点を平成元年七月からとしているが、正式に勤務し始めたのは昭和六二年一一月一八日の事実誤認である。
更に、勇二について監査役となったのは昭和六二年七月こととするが、これは昭和六一年三月三一日の事実誤認である。
<2>の役員報酬は義幸が、昭和六三年四月から月五〇万円としているが、昭和六二年一一月一八から月五〇万円の事実誤認である。更に、義幸が現金で受領していた給料の額、勇二が現金で受領していた給料の額とことさら認定しているが、判決のいう現金で受領していたというのは、会社で他の従業員と同様に手渡されていた額のことであり、そもそもこのように会社で袋に入れて支給された金員と会社外で支給された金員とで二分して認定するのは(<3>での現金支給額という表現も含めて)事実をことさら被告人に不利に認定する予断を強く推認させるものである。
<3>給料を手渡すのは、恵美子ではなく、羽村工場では堀内梅子、本社では小林正子であり、事実誤認である。
義幸、勇二両名の口座で銀行預金等にするのは、原審のいう役員報酬の公表額と「現金支給額」の差額ではなく、会社で袋に入れて支給された「現金支給額」金員であると会社外で支給された金員との総計であり事実誤認である。
<5>は事実誤認に基づく入社時点を前提とした作文であり、事実は、義幸勇二等は、<1>で述べた給与を得ていた。
2において、原審は「借金の分割弁済金の立替え払い」という検事調書にも存在しない構成により、水増し額と主張されるところと、証拠上明らかな実際の金銭の移動の矛盾の辻褄を無理に合わせんとしているが、その矛盾、破綻、不合理性は明らかである。また、判決は、以下のとおり、事実認定、その取捨選択に、誤認、遺漏があり、被告人に有利な「当事者間に概ね争いがなく、証拠上明らかに認められる事実」をことさらに無視、軽視し、また、事実の評価を誤ったものであって、その結論は誤りである。
一、そもそも、本件のような同族会社においては、裏金捻出の手段として、架空費用の計上-架空の従業員への給与支払や、実際には働いていない者への給与支払い-を計上し、法人税を脱税する例がないわけではない。
しかし、本件のようにオーナーの後継者である長男、次男であって、成人し実際に会社で重要な役割を荷っている者に対し、実際は支給しないのに、支給したかのように装うことは、なんの利益もないのである。
即ち、本件のような同族会社では会社とオーナーである被告人の利益は一体である。このような場合、オーナーである被告人が自分自身に水増給与を支払うメリットのないことは明らかである。
そして、オーナーである被告人と田村義幸と田村勇二は親子関係にあり、生活を共にする関係にあったのであるから、田村義幸と田村勇二に水増給料を支払うメリットのないことは、オーナーである被告人が自分自身に水増給与を支払う場合と同様である。
しかも、オーナーの後継者である長男、次男に資産を移転することの方が、将来の事業承継にとっても好都合なことは明白であり、わざわざ、架空給与を計上する利益はないのである。
このように、田村義幸と田村勇二に対する給付を、水増給与とすることは、経済的合理性の観点からも、会社経営の合理性の観点からもまさに、常識に反している。
問題は、物理的に会社外で支給された金員の法的帰属主体であり、それは、義幸、勇二に支給された給与なのか、社内に留保されたかである。
さらに、この問題はそもそも、会社で袋に入れて支給された金員と会社外で支給された金員とで二分してそれぞれ帰属を判断するという、原審の発想自体の当否も問われなければならない。
原審で主張したように金員の流れ、使途から見て会社で袋に入れて支給された金員と会社外で支給された金員の両者を分離する根拠が全くないのである。とりわけ、株式購入資金の返済は、義幸個人の使途に用いられていることは明らかであり、その資金が社内留保された資金であるはずがないのである。そして、一部でも会社の為に用いられていたとする証拠はなく、全体が個人の役員報酬であることは証拠上明らかである。
要するに田村義幸は税込月額一五〇万円、田村勇二は税込月額一七〇万円の報酬をそれぞれ得ていた、それは全て実母である田村恵美子が管理していたということである。田村恵美子が、第一一回証人尋問調書二五丁表において「差額だけじゃなくて、タイムカードに基づいて支給される分もそっくり預金していた」と証言しているのは、役員報酬全体の中から積立てをしていたという端的な証言である。実際に給料袋に入れているのは、単に従業員の手前の便宜上で、通常の従業員であれば支給される額を入れるだけのことであり、実際に給料袋に入っているものも、そうでないものも、全て母親が管理するのである。
そして、その全額から金融機関への積立てや借入金の返済に充てられ、残りの現金一〇万円弱も母親が管理していたのであるから、給料袋に入っているか否かによって、その帰属を分ける理由がないのである。
原審は帰属を分ける理由がないことの説明に窮し「借金の分割弁済金の立替え払い」という検事調書にも存在しない技巧的な構成により矛盾を回避しようと試みている。しかし、この構成は被告人や関係者が一度も主張したことがないのは勿論のこと考えたこともない構成であり、なんら審理がないまま突如判決で認定されたのである。
原審は毎月三〇万円の返済は母である恵美子が義幸に代わって行なっていることを、被告会社が義幸のために行なったものとしているが、これは事実誤認であり、義幸や勇二の家計の管理を母親がしているという単純な事実にことさら無視した認定である。その結果、借金の分割弁済金の立替え払いという変則的な形態での役員報酬ということにし、更に就職前の役員報酬の支払という更に変則的支給形態を認定することになっている。
事実は、義幸が被告会社に就職したのは、昭和六二年一一月一八日であり、この時は月額五〇万円の役員報酬を得ていた。そして、平成元年六月に月額一五〇万円に増額され、このときから、月三〇万円の返済を開始しているのである。原審は大塚工機を退職した時期に囚われ、勤務開始時を平成元年七月からと事実誤認をしているが、事実は、役員報酬の増額と同時に返済を開始しているのであり、就職前の役員報酬の支払という変則的支払ではないのである。
そして、このような単なる数字の辻褄合わせとしての技巧的かつ無理な変則的構成、しかも事実誤認を前提とした構成ではなく、原審は帰属を分ける理由がないことを認めているのであるから、端的に事態を素直に考察すれば全額が役員報酬であるとの認定になるのは明らかである。
二 以下原審の認定する個別の事実について検討する。
1、会社で支給する分については、他の役員や従業員の手前を考慮したものであり合理的であること。
被告会社での従業員、社長以外の役員には現金を袋に入れて手渡すのであり、若年である義幸、勇二らが、如何に経営者の息子達であるとはいえ、先輩のベテランの従業員よりも高額な所得を得ていることを、ことさら露骨に示すことは、労務対策として得策ではないことは明らかである。そうした社員の手前から会社で渡す際には、役員ではなく従業員であればもらえるであろう現金を手渡していたに過ぎないが、それ自体は労務管理として十分合理性のあることである。
この点について原審は、義幸、勇二に対し、高給の役員報酬を現金で手渡すことが他の従業員に対する手前好ましくないのであれば、自宅で手渡すこともできたはずであるから、右の点は合理的な理由とはいえない、とする。
しかし、ここでの人事政策の発想の基本は他の従業員と差をつけないということなのである。だからこそ、あえて、他の従業員と同じように、タイムカードにより算定した金額を支給するのである。原審は自宅で手渡せばいいというが、そんなことをしたら、他の従業員と差をつけるどころではなく、ことさら別の取扱をすることになり、非常識極まりない労務政策になるのであり、社内の融和という観点からはありえないことである。
2、原審は、義幸、勇二が、役員報酬の額が公表額であることを知っていたとすれば、給与明細書と同じ内容のメモを作成して手渡す必要はないから、不可解であるとする。
しかし、給料袋に入っているのは、タイムカード等で従業員と同じ計算で出した明細を従業員と同じように添付していたに過ぎない。それは、自分が月々どの程度工場で働いたかを確認する資料となるメリットもあるのであり、従業員の明細と同じように、計算の根拠を入れるのは、当然であり、なんら不自然ではないのは明らかである。この点も1と同様に他の従業員と差をつけないということであり、他の従業員と同じように添付しただけのことである。
3、原審は、義幸、勇二が、役員報酬の額が公表額であることを知っていたというのは、質問てん末書とも矛盾するから、信用できないとする。
しかし、田村義幸は月三二万円(弁第四号証)月三万円(弁第六号証)月二万円(弁第七号証)や月一〇万円の社内積立の外に、自社株購入資金借り入れの返済として月三〇万円の返済をしている(弁第八号証)又、勇二は月一〇万円の社内預金以外に月二万円(弁第五号証)、月六五万円(弁第九号証)の積立てをしている。これらの合計額は、給料袋で手渡しされた額と会社外で支給された額いずれも一方を超えているのである。そして、義幸、勇二は自分の給料から社内積立や返済金のあることを当然のことながら知っているのである。
原審も自認するように、検察官の主張する役員報酬額を超える積立や返済金があることからだけでも、知らないはずはないのである。
4、義幸勇二名義での銀行預金について、原審は、他の従業員の場合と異なり、両名が恵美子に申し出て預金を引き出せる余地を自認しながら、印鑑や通帳を母である恵美子が保管していたのであるから、両名が管理していたといえず、借名口座であるというのである。
この論理は、会社の借名口座であるのに、両名が引き出せるというそれ自体破綻した論理である。かつ、家計の管理を母がしているから、その預金は会社のものであるという論法はそれ自体誤っている。
かつ、原審は、両名に現実に利益が帰属したことはないとするが、各種積立や返済金に充てられているのであり、現実に利益が帰属しているのである。
5、ほ脱犯の故意がないこと。
このように客観的には水増計上はなく役員報酬なのであるが、仮に原審のように会社財産だとしても被告人にはその認識がない。従って、不正行為を基礎付ける納税義務の認識がないのであるから、被告人にはほ脱犯の故意がなく、錯誤の理論によっても、なお故意が阻却されるのである。
第四 量刑不当
以上のように、生産特別3手当、臨時賞与、義幸勇二の役員報酬は全て水増計上ではないのであるから、原審の量刑は過酷に過ぎるのは明らかである。
とりわけ、仮に本件争点について、故意犯が成立するとしても、錯誤による技巧的な理論の結果、被告人の認識をはるかに超える高額な脱税額が法人税法違反の罰金額の上限となり、更に本件では重加算税が科されていること(国税通則法六八条に規定するように、重加算税は、原則として、隠蔽又は仮装の行為による脱税額の部分に科せられる。)とのバランスからは、原審の量刑は具体的妥当性が全く欠如し、これを破棄しなければ著しく正義に反する。
第五 租脱犯の故意に関する主張の詳細及び役員報酬に関する事実誤認等の主張の根拠となる証拠の摘示の詳細は追って補充書により提出します。