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東京高等裁判所 平成5年(う)141号 判決 1994年6月29日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人四位直毅名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官福井大海名義の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて各論旨につき次のとおり判断する。

第一  事実誤認の主張について

一  昭和六三年一月期における千葉県鴨川市打墨地区のゴルフ場開発に関する架空外注費について(控訴趣意第一点の一)

論旨は、要するに、本件納税義務者である株式会社甲野住宅(以下「甲野住宅」という。)は昭和六二年四月五日付で被告人に五〇〇万円を支払つているところ、これは借金で苦しんでいた被告人を助ける趣旨の外に、被告人が甲野住宅のために各地のゴルフ場に関する情報の提供をしたことなどに対する報酬としての側面があり、同支払金額を甲野住宅の経費であると認めるべきであるのに、これを否定して架空外注費であると認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。

しかしながら、原判決挙示の関係証拠によれば、一般に、被告人のようないわゆるブローカーが不動産取引に関して情報提供等の仲介行為をした場合、当該取引が成立して初めてこれに対する報酬が支払われるのが通常であると認められるところ、所論指摘の乙山株式会社所有にかかる群馬県藤岡市所在のゴルフ場、桐生のゴルフ場及び千葉県成田市付近のゴルフ場用地については、結局、いずれの件も甲野住宅にとつて具体的な成果がないままに話自体が立ち消えとなつたことが明らかである。そうすると、被告人が右各ゴルフ場につき甲野住宅のために情報を提供したり、甲野住宅の代表取締役Bと現地等まで同行したりした事実があつたとしても、被告人のこの程度の行動に対し、五〇〇万円もの報酬が支払われるべき必要性や合理性があつたとは到底考えられない。そして、被告人自身、捜査段階において、これらのゴルフ場の件につき甲野住宅から報酬を貰える筋合いではないことを明確に認めている(被告人の検察官に対する平成三年一二月一〇日付供述調書・原審記録第一六冊四〇六二~四〇六四丁)のみならず、原審公判廷においても、所論同旨の供述をする一方で、「五〇〇万円については、その代償として貰つたというよりも、そのころ資金繰りが苦しかつたので、Bに助けてもらつたというように認識している」などと、同金員の報酬性を否定する内容の供述をしているのである。更に、Bは、原審公判廷において所論同旨の証言をしているものの、捜査段階においては、これとは異なり、同五〇〇万円については領収書の摘要欄記載のとおり被告人がゴルフ場の設計図面のトレースや土量計算などを手伝つたことに対して支払つたものである旨を供述し(Bの検察官に対する平成三年八月一一日供述調書の謄本・原審記録第一四冊三四八八丁)、また、「被告人を助けるために余計に払つた部分はないのか」との検察官の問いに対して「そのころはAもそんなに厳しくはなかつたので、ありません」などと答えていたものであり(同記録三四九七丁)、このような捜査段階の供述を原審公判廷で変更した理由について納得できる説明をしていない。以上からすれば、所論に沿う被告人及び甲野の原審公判廷供述はいずれも信用することができず、原判決が、所論五〇〇万円について、仮にそのころ、Bから被告人に何らかの金が支払われていたとしても甲野住宅の経費であるとは認められないと判断したのは正当であり、そこに所論のような事実の誤認はない。論旨は理由がない。

二  前同期における宇都宮市《番地略》所在の土地売買における売上除外について(控訴趣意第一点の二)

論旨は、要するに、甲野住宅所有にかかる宇都宮市《番地略》所在の土地を丙川商事株式会社に売り渡した取引に関し、原判決は甲野住宅が同取引に被告人が代表取締役である丁原建設株式会社(以下「丁原建設」という。)を介在させることにより五五〇〇万円の売上除外を行つた旨を認定しているが、右五五〇〇万円のうち、(1)五〇〇万円は、右取引を仲介した戊田住宅産業株式会社に対し仲介手数料として支払われ、(2)二〇〇〇万円は、Bの被告人に対する貸付金の弁済に充てられ、(3)一〇〇〇万円は、被告人の他の負債の弁済に充てられたものであるから、これらの合計三五〇〇万円については、Bもしくは甲野住宅の「利益」とはいえず、したがつて、五五〇〇万円の利益が甲野住宅に帰属すると認定した原判決は事実を誤認したものであり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである(ちなみに、本件は甲野住宅の法人税法違反にかかる事案であるから、所論中右三五〇〇万円がB個人の利益といえないとの点は、無意味な主張である。)。

1  仲介手数料に関する主張について

原判決挙示の関係証拠によれば、甲野住宅は、昭和六三年一月二一日に締結された前記土地の売買契約に関し、これを仲介した戊田住宅産業株式会社に対して、丁原建設及び甲野住宅の各名義によりそれぞれ五〇〇万円、合計一〇〇〇万円の仲介手数料を支払つたことが認められ、したがつて、同金額を甲野住宅の昭和六三年一月期における経費として計上すべきことになる。しかるに、右のうち、丁原建設名義で支払つた五〇〇万円の仲介手数料については、原判決において、昭和六三年一月期の当期増減金額として認容されていることが明らかであるが(甲七号証・原審記録第二冊八二丁及び原判決別紙一の修正損益計算書支払手数料の欄参照)、一方、甲野住宅名義で支払つた五〇〇万円の仲介手数料については、原判決挙示の各証拠からはその処理状況が明らかではないところ、当審における事実取調べの結果によれば、昭和六三年一月期の法人税申告では公表処理されておらず、翌平成元年一月期の法人税申告に際し、当期仕入高勘定により公表処理された経緯が認められる(大蔵事務官作成の平成六年四月二六日付査察官報告書)。そうすると、同金額を昭和六三年一月期の経費として計上しないまま、甲野住宅の同期の実際所得金額を一億一二八一万三六七一円とした原判示第一の事実摘示については、五〇〇万円の過大認定をしたものといわざるを得ず、この点で原判決に事実の誤認が存することは否定できない。

しかしながら、右誤認金額は、同期の実際所得金額の約四・四パーセントに過ぎず、これに基づく同期における逋脱税額の誤認金額(別紙脱税額計算書記載のとおり同期の逋脱税額は三六八八万三一〇〇円となるので、原判決認定の逋脱額三八九八万二七〇〇円との差額は二〇九万九六〇〇円である。)も約五・四パーセントに過ぎないことのほか、本件では、翌平成元年一月期の法人税逋脱の事実(原判示第二の事実)が併合罪として審理されており、同事実における実際所得金額及び逋脱税額は昭和六三年一月期のそれよりも格段に多額であつて、これを加えた場合の前記誤認金額の割合は更に低下することからすると、右の程度の誤認が本件の犯情に大きく影響するものとは考えられず、結局、同誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるということはできない。

なお、平成元年一月期の当期仕入勘定で公表処理済の前記甲野住宅名義で支払われた仲介手数料五〇〇万円についてはこれを否認すべきであるから、同期の所得が五〇〇万円増加するほか、前記のとおり、昭和六三年一月期の実際所得金額を五〇〇万円減額する結果、翌平成元年一月期の所得金額の計算に当たり、事業税認定損の金額を七二二万六一〇〇円(原判決別紙二の修正損益計算書の事業税認定損の欄参照)から六六二万六一〇〇円に六〇万円減額すべきことになり(当審で取り調べた大蔵事務官作成の平成六年五月九日付事業税認定損調査書)、この点で平成元年一月期の所得が六〇万円増加することになる。以上からすれば、平成元年一月期における実際所得金額は、原判示第二の金額よりも五六〇万円増額したものになる筋合いであるが、この点に関し、当審において検察官があえて訴因変更手続を求めていないうえ、増加分のうち、五〇〇万円については公表すべき事業年度を異にしたものに過ぎないと見るのが相当であり、また、六〇万円についても昭和六三年一月期における所得が減少した結果、事業税認定損の計算上事後的に増加するに至つたものであるから、これらを逋脱の故意に基づく増差とすることは相当でなく、原判示第二の実際所得金額等をそのまま是認すべきものと考えられる。

2  被告人の負債の弁済に充てられたとの主張について

前記所論(2)及び(3)については、仮に所論指摘の事実が存在したとしても、所論のいう合計三〇〇〇万円が甲野住宅の正当な損金(法人税法二二条三項一号ないし三号に掲げる原価、費用又は損失のいずれか)として認められるかどうかが問題であるところ、所論は単に同金員が被告人のB及びその他の者に対する負債の返済に充てられたというに過ぎないもので、Bが甲野住宅の収益(簿外資金)をその業務とは何ら関連のない、被告人の借金の返済という個人的な使途に流用したこと以上の意味があるとは考え難く、同金員がいかなる理由により甲野住宅の正当な損金に該当するのかについて明確な主張はなされていない。したがつて、所論はすでにこの点において失当というべきである。

また、所論に沿う被告人の原審及び当審公判廷における各供述、検察官に対する平成三年一二月四日付、同月一六日付、同月一七日付各供述調書並びにBの原審公判廷における証言については、そもそも、これを裏付けるに足りる証拠がないほか、前記取引に丁原建設がいわゆるダミー会社として介入することによつて得られた簿外資金五五〇〇万円のうち、被告人が過半の合計三〇〇〇万円を利得することになつたとする点において不自然さを拭えないものである。のみならず、両名の右供述を子細にみると、三〇〇〇万円が一旦実際に被告人に交付されたのか、あるいはBへの返済分であるという二〇〇〇万円については相殺処理とされたのかの点や現金が交付されたという場所の特定に関して食い違いが存することが認められる。更に、所論指摘の事実に関する右両名の供述経過をみると、被告人の当初の供述は、「Bから、報酬として、司法書士事務所を出たところの駐車場で、一〇〇〇万円の束二個合計二〇〇〇万円の現金を貰つたように記憶している。これを手提げ袋に入れて車で東京に行き、何人かの借入先へ返済した。その相手の名前等は言いたくない」というものであり(被告人の検察官に対する平成三年一一月一三日付供述調書)、一方、Bは、当初、「昭和六三年二月二九日に残代金決済が終わつた後、甲野住宅で被告人と別れたがその際、被告人は残代金のうち五〇〇〇万円を持つて行つた」などと原審公判廷証言と大きく異なる供述をしていたが(Bの大蔵事務官に対する平成元年一〇月二四日付質問てん末書の謄本)、その後、「甲野住宅の社長室で、被告人から、昭和六三年一月に貸した二〇〇〇万円を現金で返してもらつた。これは南大通りの土地取引で得た金の中から出たものである」旨を供述し(Bの検察官に対する平成三年七月一六日付及び同年八月三日付各供述調書の謄本)、Bから被告人に一〇〇〇万円の現金を渡したことについては何ら触れられていなかつたことが明らかである。以上のとおり、所論に沿う被告人及びBの供述は、これを裏付ける客観的な証拠がなく、その間に食い違いも存することなどのほか、両名の供述が前示の如く場当たり的に変遷していることからすると、到底信用するに値しないものというべきである。

以上の次第で所論は採るを得ない。

三  平成三年一月期における甲田ゴルフ倶楽部用地の地上げに関する架空仕入について(控訴趣意第一点の三の1)

論旨は、要するに、丁原建設が甲田ゴルフ倶楽部(以下「本件ゴルフ場」という。)の地上げに関して甲野住宅から昭和六三年七月以降に支払を受けた金員につき、原判決は、(1)被告人は、本件ゴルフ場開発に関する関係官庁との事前協議が終了した昭和六二年一二月以前には、本件ゴルフ場用地の地上げ作業には従事していない、(2)被告人は、その後もほとんど本件ゴルフ場開発予定地の現場に来たことはなく、地権者との地上げ交渉等に何ら関わつていない、(3)したがつて、被告人もしくは丁原建設が、本件ゴルフ場用地の地上げを行つたという実体はまったくない、(4)甲野住宅と丁原建設間で交わされた、丁原建設が本件ゴルフ場予定地の地上げを一八億八〇〇〇万円で請け負うことなどを内容とする昭和六三年一月一〇日付覚書記載の地上げの履行期が昭和六四年一二月三〇日と定められているのは、前記事前協議において本件ゴルフ場造成工事の着工期限が同月二〇日と定められていたことに照らして不自然であり、同覚書は甲野住宅と丁原建設間の真実の契約関係を示すものとはいえない、などと説示して、同金員が地上げに対する報酬であることを否定したが、右はいずれも事実を誤認したものであり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

しかしながら、原判決挙示の関係証拠及び当審における事実取調べの結果によれば、原判決がその理由中の(事実認定の補足説明)の三の1「地上げの報酬性について」の項において説示するところはいずれも正当であると認められ、原判決に所論指摘のような事実の誤認はないものというべきである。以下、所論にかんがみ付言する。

1  まず、所論は、原判決の前記(1)の説示につき、被告人は、原判決指摘の事前協議終了の一年位前に、足利市在住の不動産業者C子から本件ゴルフ場に関する情報を入手したし、また、そのころ、本件ゴルフ場の開発に反対する者が地権者の名前を無断で用いて反対運動をしていたことから、高校の同窓であるG弁護士の助言を得て反対運動の代表者や県の担当者宛に書面を送付するなどしてこれに適時、適切に対処したものであり、その働きにより、丁原建設は、昭和六二年二月二七日、乙野ゴルフから、「甲田ゴルフクラブ地上げ運動費」として手形で五〇〇万円の支払を受けており、このように、被告人は事前協議終了前から本件ゴルフ場の開発に関与していた、などと主張している。

しかし、被告人の検察官に対する平成三年一二月五日付供述調書等によれば、被告人はもともとC子とは面識がなく、被告人が実弟のD及びBの三人で桐生のゴルフ場用地を見に行く途中、Dらが挨拶をするため同女方に立ち寄つた際にこれに同行したことがあるに過ぎず、そのときに同女が、近くにゴルフ場用地としていい場所がある、EやFに連絡を取つてごらん、などと言つて本件ゴルフ場の話をしたことから、その翌日ころ、DとBが右Eらと連絡を取つた経緯が認められる。以上のとおり、被告人は、同女方まで同行しただけであり、被告人独自の立場で同女から本件ゴルフ場の情報を入手したり、Bらが同情報を入手するに際して評価に値する貢献をしたような事実はなかつたことが明らかである。

また、本件ゴルフ場開発の反対運動に対する所論指摘の措置については、被告人の検察官に対する平成三年一二月一〇日付供述調書によれば、被告人は、地権者との交渉を中心的に行つていたDから、反対派が県に提出した陳情書の中に本人の承諾を得ていない偽造のものがあると相談を受けたため、高校の同窓であるG弁護士をDに紹介するとともに、Dと一緒に同弁護士に相談を持ちかけたことがあつたに過ぎず、その後は、Dが同弁護士と相談しながら、県の担当者や反対派の代表者に対し内容証明郵便により書面を送付したことが認められる。右のとおり、反対派に対する実際の具体的措置はDが実行したものであり、被告人は、Dに同弁護士を紹介するなどしたに止まるものと認められる。

そうすると、被告人の右の程度の行為に対し、当時本件ゴルフ場のオーナーの立場にあつた乙野ゴルフから丁原建設に対し所論指摘の五〇〇万円もの報酬が支払われる必要性や合理性があつたとは考え難い。のみならず、被告人において、捜査段階及び原審公判段階を通じて、右五〇〇万円の支払を受けた旨を供述した形跡はなく、当審公判廷において初めて供述したものであると認められ、その客観的な裏付けも何ら存在しないのであつて、所論指摘の五〇〇万円支払の事実自体を認めることもできない。以上の次第で、原判決の前記(1)の説示は正当であり、所論は採るを得ない。

2  次いで、所論は、原判決の前記(2)及び(3)の説示につき、被告人が地権者方を回つて地上げ交渉に携わつていたことを示す証拠があり、同説示は正確を欠くものであると主張する。なるほど、被告人が、地権者との交渉を中心的に担当していたDに同行して地権者方まで赴いたことが何度かあつた事実は否定できないものの、関係証拠によれば、その場合でも、被告人は交渉の場面では表に出ておらず、これに実質的に関与していないことが明らかであり、被告人が同行したこと自体に格別の意味があつたとは考えられない。そもそも、ゴルフ場用地の地上げの経験はもとより、実務的、専門的知識等に乏しいと見られる被告人が地権者との交渉に携わらなければならない必要性があつたとは到底認められないのみならず、交渉を担当したD自身も、地上げ交渉には人間的な付き合いが重要なので、各地権者に馴染みの薄い被告人を交渉の場に出すことは却つて後々の交渉に悪影響を及ぼしかねないと思い、被告人を表に出さないようにしていた旨を供述し(Dの検察官に対する平成三年七月八日付及び同月一三日付各供述調書)、被告人が地権者との実質的な交渉に携わることに対して消極的な考えを持つていたことを認めているのである。以上のとおり、原判決が「(被告人は)地権者との地上げ交渉等に何ら関わつていない」、「(被告人もしくは丁原建設が)甲田ゴルフ場用地の地上げを行つたという実体は全くな(い)」と認定したのは正当であり、所論を採用することはできない。

3  更に、所論は、原判決の前記(4)の説示につき、昭和六三年一月一〇日付覚書における地上げ期間についてこれをなるべく大幅に設定してどのような事態が生じても対応できるようにしたものであり、また、事前協議における着工期限についても合理的な理由があれば県当局は延長を認めることがあり、実際、同着工期限後に着工されたことなどの事情によれば、覚書記載の地上げ期間の点は必ずしも不自然とはいえないと主張する。

しかしながら、原判決は、同覚書が甲野住宅と丁原建設間の真実の契約関係を示すものではないことを認定するに際して、多くの根拠の内の一つとして、地上げ期間の定め方が不自然であることを説示しているに過ぎず、この地上げ期間の定め方が不自然であるかどうかに関わりなく、原判決が同覚書の真実性ないしは信用性について他の種々の根拠を挙げて説示するところは関係証拠に照らしていずれも正当であると認められ、その結論についてもこれを十分支持することができる。そうすると、原判決の地上げ期間に関する説示のみを論難する所論はすでにこの点において失当というべきである(なお、同覚書記載の地上げ期間を定めた経緯に関するB及び被告人の供述については必ずしも十分な合理性を有するものではなく、原判決の前記説示が誤つているとも考えられない。)。

四  被告人の国土利用計画法違反行為に対する報酬性について(控訴趣意第一点の三の2)

論旨は、要するに、本件ゴルフ場開発のため事前協議の対象区域外の用地を更に取得しなければならない事態が急遽発生した際、同土地につき国土利用計画法(以下「国土法」という。)所定の届出手続を履行する時間的余裕がなかつたことから、同法に違反して被告人名義に所有権移転登記手続をした行為(以下「本件行為」という。)は、甲野住宅の脱税に対する一連の協力行為として解消し得ない独自の意義と役割を担うものであつて、数億円という高額の報酬に値するものと評価すべきであるのに、原判決がこれを否定し、平成元年一月期において、甲野住宅から被告人にその報酬として支払われた金員を甲野住宅の損金には当たらないと認定したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認である、というのである。

しかしながら、原判決挙示の関係証拠によれば、以下に述べるとおり、原判決がその理由中の(事実認定の補足説明)の三の2「国土法違反の報酬性について」の項において説示するところはいずれも正当であると認められ、原判決に所論指摘のような事実の誤認はないものというべきである。すなわち、

1  そもそも、本件行為について被告人が関与したのは、国土法所定の届出をしないで買収した土地(一三筆)について被告人が所有名義人となることにつき承諾を与えたことと、平成元年一月に県当局に対しBが作成した被告人名義の始末書を提出したことのみである。同土地の各地権者との交渉、各登記手続、事後的になされた被告人名義での国土法所定の届出等の実質的かつ核心をなす行為には一切関与しておらず、被告人自身、自己の名義とされた土地の筆数自体すら知らなかつたものである。

また、不動産関連業の正規の免許を有しない被告人が本件行為により受ける制裁は軽微であり、実際、被告人に対し右始末書提出以上の処分等はなかつたことが明らかである。

事前協議の対象区域外の土地を地上げする必要が生じた事情や本件ゴルフ場開発における本件行為の重要性等を強調する所論を十分考慮しても、被告人の単に名前を貸しただけに過ぎない右程度の行為に対し、所論のような高額の報酬を支払うべき必要性や合理性があるとは到底考えられない。

2  更に、関係証拠によれば、被告人は、すでに昭和六三年一月期において、前記の鴨川市打墨地区のゴルフ場開発や宇都宮市南大通り所在の土地取引に関し、甲野住宅の所得秘匿工作に協力していたものであるが、本件ゴルフ場開発に関しても、報酬を得る目的で、昭和六三年初めころから、丁原建設名義の架空領収証を作成するなどして、同様の協力をしていたところ、本件ゴルフ場の地上げ作業がかなり進捗していた昭和六三年五月ころから国土法に違反してまで被告人名義で早急に事前協議区域外の用地を取得することになつてそのために地上げ交渉がなされ、同年六月から八月にかけて被告人名義に所有権移転登記手続がなされるに至つた経緯が認められる。そして、被告人が捜査段階において「自分自身、地上げにおいてほとんど何の仕事もしていなかつたので、せめて、国土法に違反して取得した土地につき被告人名義で所有権移転登記手続をすることぐらいしなければ、儲けさせてもらう理由が立たない、被告人の役割がないという気持ちだつた。これに対する対価がいくらになるかという発想はなく、いくら貰えるのかという取決めをしたこともなかつた」などと供述している(被告人の検察官に対する平成三年一二月一三日付供述調書)ことを併せ考慮すると、被告人において、報酬を得るために甲野住宅の所得秘匿工作に協力することの一環として本件行為に加担することになつたものと認めるのが相当であり、また、被告人と甲野住宅間で、被告人の本件行為に対して、脱税協力報酬とは別個に独立して多額の報酬を支払う旨の合意が成立したことはもとより、そのような合意に基づいて支払がなされたような事実もなかつたものと認められる。

以上からすれば、被告人の本件行為に対する報酬が三億円程度、あるいは三億から五億円であるとする被告人やBの供述は到底信用することができず、その他所論が縷々主張するところを考慮しても、被告人の本件行為に対する報酬性に関する原判決の前記判断は正当と認められ、その誤りをいう所論は採用の限りでない。

五  取得金の使途について(控訴趣意第一点の三の3)

論旨は、要するに、原判決は、被告人もBも、丁原建設が甲野住宅から支払を受けた金員の使途について詳細を供述せず、その全容は明らかでないと説示しているが、被告人は、<1>平成元年五月九日に取得した一億円のうちの七〇〇〇万円及び<2>同年六月四日に取得した二億円のうちの一億七〇〇〇万円の合計二億四〇〇〇万円の中から、同月中旬ころ、二億円を大阪在住のHからの借入金の弁済に充てたものであり、少なくとも、右二億円については被告人が架空経費の計上に参画したものではないから、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

しかし、本件は、甲野住宅が支出したとされる金員が、同社の所得の計算上損金に計上することの許される原価、費用又は損失であるか、あるいは所得秘匿のための架空経費であるかが争われている事案であつて、既に判断したように、所論二億四〇〇〇万円が甲野住宅から被告人に対する報酬その他の費用としての支出ではないと認められる以上(貸付、贈与などが損金にならないことはいうまでもない。)、被告人が現実に右金員を受け取つているか、受け取つている場合これを甲野住宅に還流させたか又は自己の用途に費消したかは、甲野住宅の逋脱所得金額の確定とは関係のないことである。論旨は主張自体理由がない。

ちなみに、被告人が所論二億四〇〇〇万円をBから受け取つたという両名の供述自体、にわかに信用できないが、そのような事実があつたものと仮定しても、そのうち二億円をHに支払つた旨の被告人の当審公判廷における供述は、借用書や領収証等その裏付けとなるべき証拠がまつたく存しないうえ、被告人の捜査段階及び原審公判廷における供述並びにHの大蔵事務官に対する質問てん末書の謄本(甲二七号証)の内容と大きく異なつており、その間の事情につき合理的説明があるとは認められないことからして、信用するに足りないことが明らかである。

第二  量刑不当の主張について

一  量刑事情に関する事実誤認の主張について(控訴趣意第一点の四)

所論は、要するに、被告人が過去に丙山建設株式会社の脱税工作に協力した事実はないのに、原判決がその理由中の(量刑の理由)の項で「被告人は、昭和六三年二月ころ、丙山建設株式会社の法人税法違反事件に協力したことで国税査察官の取り調べを受けながら、何らこれを顧みることなく、再び本件脱税工作に手を染めた」と説示したのは、事実を誤認したものである、というのである。

しかしながら、被告人の検察官に対する平成三年一二月一四日付供述調書、Iの検察官に対する同年一月七日付供述調書の謄本及びJの大蔵事務官に対する質問てん末書の謄本によれば、被告人が架空領収書を発行するなどして丙山建設株式会社の脱税に協力した事実は明らかであつて、これを否定する被告人の当審公判廷における供述は、右各調書の内容に照らして信用することができない。原判決に所論のような事実の誤認はない。

二  原判決の量刑の当否について(控訴趣意第二点)

論旨は、要するに、被告人を懲役一年六月(五年間執行猶予)に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

しかしながら、本件は、被告人が報酬を得る目的で、Bと共謀の上、甲野住宅の所得秘匿工作の主要かつ核心部分に関与したものである。甲野住宅の本件逋脱税額は、昭和六三年一月期と平成元年一月期の二事業年度分の合計で三億九五九八万九五〇〇円(第一の二の1で説示したとおり、昭和六三年一月期の逋脱税額を、原判決認定の三八九八万二七〇〇円から別紙脱税額計算書記載の三六八八万三一〇〇円に訂正した後の合計額)という高額なものに上つており、逋脱率も平均約八六パーセントとなつているところ、その大部分について被告人が加担したことが明らかである。被告人は、本件当時多額の負債に苦慮しており、本件犯行により得た報酬をもつてその返済に充てていた旨を供述しているが、右負債については、事業の失敗によるものだけではなく、賭マージャン等の博打によるものが被告人が認めるだけでも約一億円に上つており、また、高利の借入を安易に繰り返していたことも窺われ、結局、被告人自身の放縦な生活態度がその原因の一つであることを否定できず、犯行動機について格別斟酌すべき事情があるとは認められない。

そして、原判決が指摘するように、被告人は、本件以外にも、丁原建設名義の架空領収書を発行するなどして丙山建設株式会社の脱税に協力したことがあり、昭和六三年二月ころにはこれについての取調べを受けており、被告人の租税法秩序に対する規範意識の希薄さには著しいものがあるというべきであること、詳細は明らかではないものの、本件犯行により、被告人において相当多額の報酬を得たものと認められること、被告人は、本件犯行後、甲野住宅に対する税務調査が開始されるや、約二年間にも亘つて姿を隠して本件に対する国税当局の調査等を困難にしたほか、捜査段階及び当審を含む公判段階においても、結局、多額の資金の行方等について不自然・不合理な供述に終始しており、遺憾ながら、真摯に反省しているとは認め難いことの諸点を併せ考慮すると、犯情は甚だ悪質であり、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。

そうしてみると、被告人には前科がないことや現在の健康状態など、所論指摘のうち、首肯することができる被告人に有利な事情を十分斟酌しても、被告人を懲役一年六月に処したうえ、その刑の執行を五年間猶予することとした原判決の量刑が重過ぎて不当であるとは到底考えられない。論旨は理由がない。

(なお、法人税法一五九条所定の法人税逋脱犯は身分犯であり、身分を有しない共同正犯である被告人に対しては、刑法六〇条のほかに、同法六五条一項を適用しなければならないところ、同条項の適用を示していない原判決にはこれを遺脱した違法が存するものというべきであるが、右違法が判決に影響を及ぼすことが明らかであるとは認められない。)。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 森 真樹 裁判官 林 正彦)

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