東京高等裁判所 平成5年(う)871号 判決
論旨は要するに,原判決は,被告人が共謀の上で原判示の各犯行を行った旨認定しているが,被告人は,身分のない共同正犯者であるIのために,同人の犯行を容易にするため,これを幇助したに過ぎないのであるから,原判決はこの点に関する事実を誤認するとともに,共同正犯として問擬した点で法令の適用をも誤ったものであって,これらが判決に影響を及ぼすことが明らかである,というのである。
1 原判決挙示の各証拠によれば,本件犯行に至るまでの経緯及び犯行の状況等として,以下の事実が認められる。
(1) 被告人は,昭和41年ころから銀座で手広くクラブを経営していたが,昭和45,6年ころ,自己の経営するクラブの客として,広域暴力団E会の幹部(昭和62年5月から平成2年10月まで同会会長)であったIが来店するようになって親しい交際をするようになった。Iは,昭和53年に実刑判決を受けて昭和59年10月に出所したが,出所後は経済活動に進出してゴルフ場やホテルの経営を行いたいと考えていたところ,そのころ出所祝いに訪れた被告人に対してその旨と手始めに不動産業を行いたいので協力して欲しいとの話を持ちかけ,被告人も昭和56年にはクラブ経営が破たんし,仕事をしていなかったことからその協力を約束した。
(2) Iや被告人には,そのための事業資金はなく,また,金融機関から融資を受けるにしてもその主体が暴力団関係者ということではこれが困難なため,Iは暴力団員ではない者を代表者とする会社を設立して資金調達を図ることとした。そこで,Iは,被告人に対して「自分が表に出るわけには行かないので,お前が社長になって取り仕切ってくれ,大筋は俺が指示するが,日常の業務はすべてお前がやってくれ。」と依頼して,被告人もこれを承諾し,昭和60年2月,Iが資本金の全額を出資して,不動産の売買等を目的とするH産業株式会社が設立され,被告人が代表取締役に就任した。同社の経理部門は,設立当初はB指導のもとに女子事務員に行わせていたが,同年9月ころ,Uを常務取締役に迎えてからは,同人が担当するようになり,更に同62年9月ころ,Aが経理部長としてUのもとで経理責任者として仕事をするようになった。
(3) 被告人は,T株式会社(以下「T会社」という。)の代表取締役Wとは,昭和54年ころ,同人が被告人の経営する銀座のクラブに客として来るようになったことから知り合った。被告人は,昭和59年10月ころ,不動産取引のための情報を収集中,知人の紹介で知り合った不動産業者「K」のCの好意で,T会社の配送センター用地の仲介を提携して行うことになり,同人がWと親しかったことから昭和60年1月ころCとともにT会社にWを訪問してあいさつを交わし,その際Cから同社常務取締役のS(原審分離前相被告人)をも紹介してもらった。その後被告人は,WにH産業の実質的な所有者がIであることを話して,同人があいさつをしたいと言っている旨伝え,WもIと会いたい意向を示したため両名を引き合わせることにして,そのころIと被告人がWをT会社に訪ねた。Iは,T会社が暴力団とのつながりがないことを知り,会社の資金調達に利用するのに好都合な会社として接近を図ることとし,同人の意を受けた被告人は,Wのもとに足繁く通い,同人が腰を痛めたと聞くや,整体師を紹介して治療に当たらせるなどして同人の信頼を受けるべく同人に取り入り,Iも昭和60年3月ころWを築地の料亭や高輪のIの内妻の住むマンションに招待して歓待するなどしてWとの接近を図った。また,被告人は,Sに対しても銀座や赤坂の高級クラブ等で接待したり,ホステスとの密会用の高級マンションを貸し与えたり,国内,国外旅行に招待するなどして,同人にも取り入り,緊密な関係を作っていった。
・・・中略・・・
(4) このような状況で,昭和60年8月ころ,Iや被告人は,株式会社Yクラブが開発中のゴルフ場「Mカントリークラブ」に買収未了の土地があるとの情報を得て,被告人がWのもとに赴き,これの買収資金を金融機関から借り入れるについて,T会社が債務保証をすることの了解を取り付けた上,同年10月21日,右土地取得の資金として,H産業がT会社の債務保証により,D相互銀行から5億5000万円の借入をしたのをはじめとして,債務保証の形をとったT会社による資金援助が開始された。
ところが,H産業がIの支配下にあることがD相互銀行側に発覚し,希望の額の融資を受けることが困難になったため,同人らは,金融機関からの融資を受けやすくする目的だけのために,昭和61年2月,T会社の系列会社のような外観を有する会社としてZ開発株式会社を設立し,その代表取締役としてSを就任させた。そして以後は,主としてZ開発が金融機関から融資を受けるときの借主となり,その都度T会社の債務保証を得て,いわゆるノンバンク等の金融機関からH産業やZ開発,さらには,Iが必要とする資金等の借入れを行うようになった。
・・・中略・・・
2 そこで,被告人の罪責について検討を加えると,H産業やZ開発の設立の経緯,被告人がこれらの経営に関与するに至った理由,Wらとの関係,被告人のH産業及びZ開発の業務に対する具体的な関与の形態等の諸事情,とりわけ,①H産業及びZ開発は,E会幹部であったIが経済活動により収入を得る目的で設立し,被告人がその事業活動の責任者となったもので,被告人がH産業とZ開発を経営するに当たり両社の実質的な所有者であるIの意向に逆らうことはできなかったとはいえ,基本的な事項を決定するに際しても同人に意見を述べ,あるいは同人と協議をしたことも多々あったと認められるし,特に会社の日常業務について,H産業にあっては,資金の調達のほか,自己の知人等を通じて情報を入手し,T会社の配送センター用地の仲介を行ったのをはじめ,不動産物件の仲介や買収に当たり,更にはMカントリークラブの用地買収にも手を出すなど,不動産の仲介等を営業目的とするH産業の重要な業務を被告人自ら行ってきたものであり,また,Z開発においても,H産業の手掛けたMカントリークラブのゴルフ場開発の事業を引き継ぎ,その業務執行に当たるなどIが暴力団員であって表に出られないことから被告人がその実質的な代表者としての役割を果してきたものであり,これらの会社の業務運営に不可欠な資金調達業務をみても,被告人はH産業やZ開発が借主となって金融機関から借入れを行うに当たっては,これらの資金が必要な都度,借入先の選定,借入目的,具体的な借入れの条件等を被告人において決定した上,これに基づいてUに金融機関との交渉に当たらせる一方,自らT会社に赴いてWに会い,その間の事情を説明して資金援助,特に債務保証の依頼をして同人の了解を取り付け,次いで被告人自らあるいはUらに命じて経理担当のSとの間で債務保証等の具体的な手続を行い,金融機関からの融資等を実行していたものであって,H産業及びZ開発が金融機関から借り入れた事業用資金の大半をIが持ち出してしまったため,右会社の事業活動が立ち行かなくなったことは明らかであるが,被告人は,右両会社からIに流出した資金を各会社における貸付金として処理しながら両会社の継続に努力してきたものであり,したがって,被告人はH産業の代表取締役として,また,Z開発の実質的な責任者として,両会社の実質的な経営に当たってきたものと認められること,②もとよりH産業やZ開発が業務を遂行するに当たっては,両者に事業資金が全くなく,もっぱら借入れによらなければならなかったことから,Iは,資金調達のために,T会社を利用することを考え,その影響力を利用してWに恩を売り,多額の資金調達を可能にしたものではあるが,被告人もその意を受けて,WやSに取り入って,同人らと緊密な関係を作っていたものであり,T会社からの債務保証等の資金援助を引き出すため重要な役割を担っていたばかりではなく,H産業やZ開発がこのようにして得た融資金の返済や新たな資金需要のため新たな資金援助を必要とする場合には,会社を運営するための諸経費をも考慮して自ら必要借入額を決定し,金融機関やW,Sらと交渉していたと認められること,③本件各犯行によって得られた資金は,T会社の債務保証のもとに金融機関等から借り入れた資金の元利の返済や両社の経費に充てられ,更にはIのヘリコプター購入代金等に充てられたものであって,被告人は自身が直接利得をしたわけではないものの,被告人にとり,両社を経営し業績をあげて利得を得ることは被告人の代表取締役としての地位を保全し,それによって前記のような収入を確保し代表取締役としての体面を保持してゆくことになるし,その他,被告人は前記のようにH産業から,金員を取得し住居を無償で借り受けるなどの便宜を受けてきたのであって,このような事情は被告人の本件各犯行における関与の度合いや地位を考える上で軽視し得ないものであること,④被告人は,本件においてT会社が債務保証や融資を行えば,最終的にはT会社がその債務を履行せざるを得なくなる事態になるという状況を把握していたし,Wらにおいても同様であったと認められることなどを総合すれば,被告人はWやSが本件各犯行を実行する上において,自己が代表取締役をしているH産業や実質的な責任者となっているZ開発の利益のため,さらには,I個人の資金を作る必要から,WやSに働きかけてT会社の債務保証や貸付けを求め,その結果同人らがこれに応じれば,その取締役としての任務に背いて同社に損害を加えるにいたることを認識し,認容しながら,同人らによるT会社の債務保証や貸付けを得たものであって,その間に被告人が果たした役割は極めて重要なものであり,被告人は,Wらの背任行為によって自己が代表取締役をしているH産業等の利益を図るという犯罪意思を実現したものと認められる。したがって,被告人は,IとともにT会社の取締役という身分にあるWやSらの背任行為に前記の目的のもとに加担したものというべきであり,これらの者との間に共同正犯が成立することは明らかである。