大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成5年(ネ)1138号 判決 1994年2月23日

主文

一  一審原告らの控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  一審被告は、一審原告らに対し、それぞれ金一二五二万九三六〇円及びこれに対する平成四年三月一八日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  一審原告らの一審被告に対するその余の請求を棄却する。

二  一審被告の本件控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを六分し、その五を一審原告らの負担とし、その余を一審被告の負担とする。

四  この判決の第一項の1は、仮に執行することができる。

理由

一  請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。

二  覚書作成に至るまでの経緯

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

1  本件土地を所有していた甲野太郎は、一審原告らの父親であるが、昭和六二年一〇月一五日に死亡し、相続人は一審原告らを含む六人の子であつた。

右六人の間で甲野太郎の遺産相続についての協議が続けられたが、協議の成立に至らず、一審原告ら四人は糠谷弁護士を代理人として、平成元年五月、東京家庭裁判所に遺産分割の調停を申し立て、以後調停が進められていた。

2  甲野太郎の長男一郎は、本件土地を含む江東区大島所在の不動産をすべて取得することを希望しており、その場合に他の相続人に支払う代償金や相続税の支払のために、かねて本件土地を一審被告に売却する交渉を進めていた。

3  調停は難航したが、一審原告らは、相続税の延滞税が高率になることから、本件土地が早期に一定の値段で売却できるならば、本件土地とその他の不動産の一部を取得することで調停を早期に成立させようと考えた。

そこで、一審原告らと糠谷弁護士は、一郎の紹介によつて、平成二年三月三〇日、一審被告を訪れ、本件土地を売却する交渉(本件土地は賃貸中であつたので、賃借人付きのままで、底地を買い取つてもらう交渉)をした。

一審被告における担当者は菅野専務であつたが、同専務は、一郎と交渉してきたが他の相続人が取得することになりそうなので、本件土地の買取りができなくなると諦めていた、もし、一審原告らが本件土地を取得して一審被告に売つてくれるならば大歓迎であり、値段についてもできるだけ検討させてもらう、と述べ、早期に売買を成立させる方向が確認された。

4  数日後、菅野専務から糠谷弁護士に連絡があり、現状のままの底地の値段として坪当たり五五万五〇〇〇円との提示があつた。一郎が一審被告と交渉していた当時に一審被告が提示していた代金額は坪当たり五三万円であつた。

一審原告らは、一審被告からの右提案を受け入れることにした。

三  覚書の作成

《証拠略》によれば、一審原告らの代理人である糠谷弁護士と一審被告(担当したのは菅野専務である。)は、平成四年四月一七日、本件土地を記載した土地目録が付記されている、次のような内容の「覚書」を取り交わし、これによつて本件合意が成立したことが認められる。

1  一審原告らは、土地目録記載の土地(本件土地)が一審原告らの所有になつたときは、一審被告に売り渡し、一審被告はこれを買い受けるものとする。

2  一審被告は、本件土地を、現状有姿のまま、坪(三・三〇五七八平方メートル)当たり五五万五〇〇〇円で買い受けるものとし、一審原告らはこれを売り渡すものとする。ただし、国土法の規定に従う。

3  売買対象の土地の面積は、実測によるものとし、最終残金の支払時に精算するものとする。

4  一審被告及び一審原告らの本覚書による提供期間は、平成二年七月末日までとする。

5  その他の条件については、一審被告及び一審原告ら協議の上定めるものとする。

なお、《証拠略》によれば、「国土法の規定に従う。」という条項は、国土利用計画法に基づく届出をした際に、不勧告であれば売買代金を坪当たり五五万五〇〇〇円のままとし、勧告があればその価格に従うという趣旨であることが認められる。

四  協定書作成に至る経緯

一審原告らが、平成二年六月一二日、遺産分割調停事件における調停成立により、本件土地の所有権を持分各四分の一ずつの割合で取得したこと、一審原告らは、同年一〇月二四日、借地非訟事件における和解により、本件土地のうち九八番一の土地の一部である一四二・二八平方メートルの賃借人であつた田中から借地権を六六四八万七〇〇〇円で買い取り、一審被告に対し同額で右土地部分について借地権を設定したことは当事者間に争いがない。

そして、《証拠略》によれば、以下の事実が認められ(る)。《証判判断略》

1  前記のとおり遺産分割調停が成立したので、一審原告らと糠谷弁護士は、平成二年七月六日、一審被告を訪れ、菅野専務にその旨を伝えるとともに、覚書による合意(本件合意)の実行を求めた。

これに対し、菅野専務は、一審原告らへの本件土地の所有権移転登記が完了後、一審被告側で国土利用計画法に基づく届出の手続をして、不勧告後直ちに一審原告らの相続税相当額を売買代金の内金として支払うことを約した。

2  本件土地については、法定相続人全員を共有者とする相続登記がされていたが、同年九月二一日、一審原告らの持分を各四分の一とする更生登記がされた。

そして、一審原告らは、同年一〇月三〇日、国土利用計画法に基づく届出書に所要の事項を記入して、これを一審原告らの委任状、印鑑証明書とともに一審被告に届けた。

しかし、一審被告は、一審原告らの再三の督促にもかかわらず、右届出をしなかつた。

3  一審原告らは、その後も、一審被告に対し、売買代金の弁済期などの売買契約の細目を定めた契約書の作成を催促していたが、菅野専務は、同年一一月一六日に至り、糠谷弁護士に対し、銀行からの融資が難しい状況にあるとして、契約の実行を翌年に延期してもらいたいと申し入れた。

4  そこで、一審原告らと一審被告は、協議の結果、平成三年二月一九日、次のような内容の協定書(以下「協定書」という。)を取り交わした。

(一)  売買金額は坪当たり五五万五〇〇〇円とする。ただし、国土利用計画法による金額内とし、また、経済状況その他の条件によりこの金額を変更する必要が生じたときは、一審原告ら及び一審被告が協議の上、その合意により金額を変更することができる。

(二)  売買契約締結期限は、平成三年三月末日を目途とする。ただし、経済状況その他の条件により、この期限を延長する必要があるときは、一審原告ら及び一審被告が協議の上、その期限を再度定めるものとする。

(三)  事前調査及び調整として、一審被告は、本件土地を完成宅地として再開発することを目的として、一審原告らの承認を得て、借地人に対する共同事業の参加の呼び掛け、借地人に対する借地権譲渡の交渉及び同権利売買契約の締結(ただし、この売買契約に際しては、個々に一審原告らの了解を得るものとする。)、借地人に対する土地所有権(底地)の譲渡の交渉、借地人に対する交換及び移転の交渉、行政諸官庁に対する交渉・協議並びにその他必要な事項を行う。

(四)  この協定に定めのない事項については、その都度一審原告ら及び一審被告が協議の上定める。

5  一審被告は、平成三年一月から二月にかけて、本件土地の借地人に対する交渉を開始し、自己の再開発計画を説明し、土地明渡しの意向の有無の打診をした。

五  覚書による合意(本件合意)の法的性質

売買は、売主がある財産権を買主に移転することを約し、買主がこれにその代金を支払うことを約することによつてその効力を生ずるものである。当事者は、これ以外の事項についても合意をすることはあるが、当事者がこれらの事項を売買の要素としない限りは、この点の合意が成立していない段階においても、売買が成立したものということができる。

そして、覚書においては、売買の対象は本件土地であり、その代金は坪当たり五五万五〇〇〇円であることが合意されているのであるから、これによつて売買契約が成立したものということができる。

覚書には「その他の条件については、一審被告及び一審原告らが協議の上定める」旨の条項があり、売買の対象と代金以外の事項については後日さらに協議して合意することが予定されているが、一審原告ら及び一審被告がこれらの事項をも売買の要素とする意思であつたことを認めるに足りる証拠はない(その点についての合意が成立しない限り、一審原告ら又は一審被告が売買契約を締結するかどうかを最終的に決定することができないというような事項があつたことは証拠上窺うことができない。)。

不動産の売買契約については通常契約書が作成されるが、当事者が契約書の作成によつて契約を成立させるものとする意思であつた場合は格別、常に契約書作成の時点で契約が成立するというものではないことは明らかである。本件においても、契約書の作成が予定されていたものと推認されるが、一審原告ら及び一審被告が契約書の作成によつて初めて契約を成立させるという意思を有していたことを認めるに足りる証拠はない。

本件土地の売買については、国土利用計画法に基づく届出が必要であり、当事者双方がこの届出をすることを予定していたことは前記認定の事実から明らかである。そして、国土利用計画法二三条一項は、土地売買等の契約を締結しようとする場合には、当事者は、所定の事項を都道府県知事に届け出なければならないと定め、同条三項は、この届出をした者は、その届出をした日から起算して六週間を経過する日までの間、その届出に係る土地売買等の契約を締結してはならないと定めており、同法四八条は、右二三条三項の規定に違反して土地売買等の契約を締結した者に対する罰則を定めている。したがつて、右届出の後に売買契約を締結するのが本来あるべき姿ではあるが、本件においては、一審原告ら及び一審被告が、右届出後に売買契約を締結する意思であつたことを窺わせる証拠はない。覚書によつて売買契約が成立したと認めることは、一審原告らの代理人として弁護士が関与しており、一審被告も不動産に関する専門業者であるにもかかわらず、本件土地の売買については国土利用計画法の規制を無視したことを意味することになるが、前記のとおり、覚書の内容は、これによつて売買契約が成立したものとみざるをえないような具体的かつ確定的なものであつて、右届出がされていないということは、売買契約が覚書によつて成立したと認めるについて、妨げとなるものではない。

売買代金は国土利用計画法に基づく勧告に従つて変更することになつているが、どのような金額に変更されるかは確定しているのであるから、このことによつて代金額が不確定であるということにはならない。また、協定書においては、経済状況などによつて代金額を変更することができる旨定められているが、当事者双方が協議の上、その合意によつて変更することができるというのであるから、このような約定があるからといつて、代金額が確定していないということにはならない(いつたん合意した事項を当事者の合意によつて変更することができることは当然のことであつて、この点をとらえて契約内容が確定していないなどということはできない。)。

覚書の後に協定書が作成されているが、協定書の内容は、覚書の合意を確認するとともに、その他の事項についての合意をしているのであるから、既に覚書によつて売買契約が成立している旨の判断と何ら矛盾するものではない。

なお、協定書には「売買契約締結期限」についての条項があるが、《証拠略》によれば、これは、覚書においては合意されていない契約のその他の条項について協議の上決定して契約書を作成する期限を意味するものであることが認められるから、この記載によつて直ちに協定書作成の時点以後に売買契約を締結することが予定されていたものと推認することはできない。協定書には「事前調査及び調整」という記載もあるが、これも直ちに契約締結前の調査及び調整を意味するものということはできない(《証拠略》によれば、「事前」というのは、契約書の作成の前を意味するものであることが認められる。)。

覚書が「覚書」と題されており、「契約書」という表題ではないからといつて、当事者の意思がこれによつて契約を成立させる意思ではなかつたということはできない。

さらに、前記認定の事実によれば、一審原告らは、売買契約の早期の締結及び履行を希望していたことは明らかであつて、この事実も、覚書によつて売買契約が成立したとの判断を裏付けるものである。また、前記認定の覚書作成後協定書作成に至る経緯は右判断と矛盾するものではないし、協定書の内容が右判断の妨げになるものではないことも以上述べたとおりである。

六  停止条件の成就

本件合意は、一審原告らが本件土地の所有権を取得することを停止条件とするものであつたと認められるが、一審原告らが平成二年六月一二日の調停成立により本件土地の所有権を取得したことは前記のとおりであるから、これによつて売買契約の停止条件は成就したものである。

七  提供期間の意味

覚書は、一審原告ら及び一審被告の覚書による「提供期間」は平成二年七月末日までとする旨定めている。

《証拠略》によれば、提供期間とは、遺産分割の調停が成立し、一審原告らが本件土地の所有権を取得する期限を意味するものであると認められる。

《証拠略》中には、一審被告は売買代金支払のために本件土地を担保にして金融機関から融資を受ける必要があつたところ、当時の金融情勢から七月末日を過ぎると資金調達が困難になることが見込まれたので、提供期間を七月末日としたものであり、この期限までに一審原告らへの所有権移転登記がされなければならない趣旨である、とする部分がある。しかし、右証言によれば、菅野証人は一審原告らや糠谷弁護士には本件土地に担保を設定する旨の説明はしていないというのであるから、七月末日までに一審原告らへの所有権移転登記がされることが必要であるという説明はなかつたものと推認され、これらの証拠は右認定を覆すものではない。

なお、一審被告は、資金調達のために本件土地に担保を設定する必要があり、そのためには一審原告らへの所有権移転登記がされなければならないと主張する。しかし遺産分割の調停が成立して本件土地の所有権を一審原告らが取得すれば、通常は直ちに一審原告らへの所有権移転登記が可能となり(本件においては、調停成立後その内容に従つた所有権移転登記がされるまで相当の期間を要しているが、覚書作成時にこのことが予測されていたことを認めるに足りる証拠はない。)、提供期間内に遺産分割調停が成立することを要する旨を定めたとしても、一審被告にとつて何ら支障はなかつたはずである。

そして、平成二年七月末日より以前に遺産分割調停は成立したのであるから、提供期間を徒過してはいないことになる。

八  一審被告の債務不履行

《証拠略》によれば、一審被告は、平成三年三月二八日以降、一審原告らに対し、再三、覚書及び協定書の合意の実行の延期を申し入れるとともに、代金額の値引きを要請してきたこと、同年五月九日には売買代金を坪当たり三〇万円とすることを提案してきたこと、一審原告らは合意の履行の延期の要請には応じてきたが、同年七月一八日に至り、売買契約の履行を求める民事調停の申立をしたこと、右調停においても、一審被告は売買契約の履行はできないので契約を解約したいとの意向を示したこと、そこで、一審原告らは、同年一二月一七日の調停期日の直前に、一審被告から相当額の解約金の支払を受けて契約を解除するとの調停案を提示したが、右調停期日において、一審被告は、調停において何らかの合意を成立させる意思はないので、一審原告らにおいて適宜の手段をとつてもらいたいと回答したので、一審原告らは、右期日において、売買契約を解除する旨の意思表示をしたこと、以上の事実が認められる。

そして、前記認定のとおり、当事者双方は、協定書によつて、平成三年三月末日までには覚書には定められていない事項について協議の上合意を成立させる義務を負つていたものであるところ、右事実によれば、一審被告は、一審原告らの催告にもかかわらず、このような義務を履行しなかつたのであるから、一審原告らが平成三年一二月一七日にした売買契約の解除は有効であるというべきである。

九  本件土地の値下がりによる損害

1  買主の債務不履行によつて売買契約が履行されない間に売買の目的物の時価が下落した場合には、売主は、約定の代金額と契約解除当時における目的物の時価との差額を債務不履行による損害として、その賠償請求をすることができるものと解するのが相当である。

2  一審原告らは、契約解除時点での本件土地(底地)の売買可能な価格は坪当たり三〇万円以下であつたと主張する。

そして、一審被告が平成三年五月に売買代金を坪当たり三〇万円と改訂することを要望したことは前記認定のとおりであり、一審被告は、この金額は、本件土地の再開発をする場合に、原価上出しうる最高額であつたと主張しており、本件土地の当時の時価が坪当たり三〇万円以下であつたことを認めるかのようである。しかし、《証拠略》によれば、一審被告の坪当たり三〇万円という提案は、次のようにして算出されたものであることが認められる。

(一)  更地の公示価格は坪当たり二八〇万円であるが、時価をこれから二〇パーセント減額して二二四万円とする。

(二)  利益を見込むと、仕入価格はその七五パーセントの一六八万円である。

(三)  借地権価格を除いた底地価格は、路線価によれば更地価格の三〇パーセントであるが、二七パーセントとして四五万円とする。

(四)  公共用地として道路及び公園に三一パーセントの土地部分を提供することになるので、この減歩率を考えて、四五万円に六九パーセントを乗じて三〇万円となる。

このように、一審被告の提案は、時価を下回ると考えられる公示価格からさらに二〇パーセントを控除した更地価格を基礎としていること、高率の利益を見込んでいること、底地割合も低めに設定していること、広い面積の部分を公共用地として提供することを前提としていること等の点において、買い受ける側に極めて有利な価格の算定方法に基づくものであることは明らかである。一審被告の主張する「再開発をする場合に原価上出しうる最高額」なるものの実態はこのようなものであつて、このようにして算定された価格は、時価を相当下回るものとみざるをえない。したがつて、一審被告が坪当たり三〇万円という価格を提示し、これが最高額であると主張しているからといつて、本件土地の解除当時の時価が坪当たり三〇万円を下回るものであつたと推認することはできない。

また、《証拠略》には、前記解除後に底地の買取りを専門とする複数の不動産業者から一審原告らに本件土地を買い受けたいとの申し入れがあり、条件の提示があつたが、いずれも坪当たり三〇万円には達しなかつたとの記載がある。しかし、右の申し入れをした不動産業者とは誰であり、その提示した代金額は具体的にいくらであつたのか、また、代金額以外の条件はどのようなものであつたのかという点については何ら立証がないから、右証拠から直ちに本件土地は坪当たり三〇万円以下でしか売却できなかつたとはいえない。

さらに、一審原告らは、本件土地に最も近接する標準地の平成四年の地価公示価格(一平方メートル当たり二二五万円)を基準にして、右地価公示標準地の路線価と本件土地の路線価との比率によつて本件土地の一平方メートル当たりの価格を五九万九九九九円(北側道路に面した部分)又は五一万二四九九円(内部の私道沿いの部分)と算出し、本件土地の平成二年四月頃の更地価格は坪当たり二八五万九四九九円であるが、一審被告との間で定められた底地の価格は坪当たり五五万五〇〇〇円であつて右更地価格の一九・四パーセントであるところから、解除時の本件土地の底地価格も、前記私道沿いの部分の更地価格五一万二四九九円の一九・四パーセントの三二万八六七六円であると主張する。そして、本件土地のうち約七二・七〇坪は私道部分であつてその価格は零であるから、私道部分を除いた部分の価格は坪当たり三〇万円以下になるとする。しかし、《証拠略》によれば、平成二年分及び平成四年分の各相続税財産評価基準では、本件土地の路線価における借地権割合は七割とされていることが認められる。また、《証拠略》によれば、田中の借地権について借地権譲渡許可を求める借地非訟事件における鑑定委員会の平成二年一〇月一日付けの意見書は、本件土地のうち九八番一の土地の一部について、借地権割合は六割と判定していることが認められる。したがつて、本件土地の底地権の割合は三割ないし四割とみるのが妥当であり、一審原告らの右算定方法における一九・四パーセントという数値は相当ではない。また、公示価格を基準としている点も妥当性を欠くものである。このような点を考慮すると、一審原告らが主張する右算定方法は、合理性のないものであるといわざるをえないのであつて、到底採用することができない。

3  そこで、他の方法によつて本件土地の価格の下落の状況を検討することにする。

《証拠略》によつて、江東区内の地価公示標準地のうち、本件土地と同じく準工業地域、準防火地域、容積率三〇〇パーセント(本件土地についてこのような法令上の規制があることは、《証拠略》によつて認められる。)の標準地(平成二年と平成四年とで、標準地の場所が異なるものを除く。)の公示価格を比較すると、次のとおりである。

標準地番号 平成二年価格 平成四年価格

七-一 一三二万円 一一七万円

七-二 一四八万円 一三五万円

七-六 一五五万円 一三五万円

七-七 八〇万円 七二万円

七-八 七五万円 七一万一〇〇〇円

七-九 一八一万円 一七二万円

そして、右各標準地の平成四年の価格の平成二年の価格に対する比率は、順次、〇・八八六、〇・九一二、〇・八七一、〇・九〇〇、〇・九四八、〇・九五〇となり、これらの比率を単純平均すると〇・九一一である。

したがつて、本件土地の価格も、売買代金が坪当たり五五万五〇〇〇円と合意された平成二年四月頃に比較すると、解除時の平成三年一二月当時には、〇・九一一程度に下落したものと推測することができる。

4  ところで、《証拠略》によれば、借地非訟事件における鑑定委員会の意見書は、本件土地のうち九八番一の土地の一部の平成二年一〇月一日時点の更地価格を一平方メートル当たり八六万五〇〇〇円と評価していることが認められる。

この価格に〇・九一一を乗ずると、七八万八〇一五円となる。底地価格の割合をその三割としても、二三万六四〇四円であり、坪当たりでは七八万〇一三三円となる。

このような算定方法によれば、本件土地(底地)の解除時の価格は五五万五〇〇〇円を上回ることになり、換言すれば、五五万五〇〇〇円という代金額が時価よりも低額であつたことになる。

しかし、右の一平方メートル当たり八六万五〇〇〇円という評価は、本件土地のうちごく一部分についてのものであるから、これによつて直ちに本件土地全体の価格を算定することは妥当ではない。また、一審原告らと一審被告の間で合意された右の五五万五〇〇〇円という代金額が、何らかの事情で時価に比較して特に低額に定められたことを窺わせる証拠はないから、この金額は当時の時価相当の価格であつたものと推認するのが相当である。

したがつて、本件土地の底地部分の時価相当の価格は、解除の時点では、五五万五〇〇〇円の〇・九一一程度に下落していたものと推認することができる。

5  一審原告らは、本件土地のうち私道部分は売却が不可能であるか、他の部分と一括して売却するとすれば私道部分の価格は零であると主張する。

しかし、この事実を認めるに足りる証拠はなく、現に一審被告も私道部分を含めて本件土地の全体を坪当たり五五万五〇〇〇円で買い取ることにしていたのであるから、一審原告らの右主張は採用できない。

また、覚書によれば、本件土地の面積は実測によることが合意されているが、《証拠略》によれば、本件土地の実測面積は三三五四・一二九六平方メートルであることが認められる(これは、私道部分を含む面積である。)。

したがつて、一審原告らは、三三五四・一二九六平方メートルの本件土地について、坪(覚書によれば、一坪を三・三〇五七八平方メートルとして換算する旨定められている。)当たり五五万五〇〇〇円の売買代金を得ることができたはずのところ、一審被告の債務不履行により契約解除時までの価格下落分である、当初の代金額の〇・〇八九に相当する損害を被つたことになる。その金額は、五〇一一万七四四〇円となる(三三五四・一二九六を三・三〇五七八で除して、これに五五万五〇〇〇及び〇・〇八九を乗ずる。)。

6  覚書においては、国土利用計画法に基づく勧告があつた場合にはこれに従つて売買代金額を変更することが合意されており、協定書においても経済状況その他の条件により合意によつて代金額を変更することができる旨が合意されている。しかし、これらの合意に基づいて代金額が変更された蓋然性があつたことについては、一審被告において主張・立証する責任があると解されるところ、一審被告のこの点に関する主張・立証はない。

したがつて、一審原告らの被つた損害額は、約定の代金額である坪当たり五五万五〇〇〇円に基づいて算定するほかはない。

一〇  借地権設定による損害について

本件土地の売買と一審原告らの主張する借地権の設定とは、別個の契約関係であることは明らかであり、一審被告の売買契約の不履行と一審原告らの主張する借地権設定に関する損害との間に相当因果関係があることを認めるに足りる証拠はない。《証拠略》には、これらの両契約が事実上関連するものであつた旨の記載があるが、これによつても右因果関係の存在を認めるには十分ではない。

しかも、一審原告らは、本件土地の約定代金額と解除時の価格との差額分相当額の賠償を受けるのであり、これによつて売買の履行に代わる損害賠償を受けることになるのであるから、売買契約の不履行による損害のすべてについて補填を受けることになるものというべきである。

いずれにしても、借地権設定に関する損害賠償の請求は理由がない。

一一  損害賠償請求権の不可分債権性の有無

共有土地の売買契約の不履行に基づく損害賠償請求債権は、不可分債権ではなく、共有持分に応じた分割債権となるものと解するのが相当である。

したがつて、前記損害賠償債権五〇一一万七四四〇円は、一審原告ら四名がその四分の一である一二五二万九三六〇円ずつ取得することになる。

一二  結論

以上述べたとおり、一審原告らの本件請求は、それぞれ一二五二万九三六〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成四年三月一八日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度では理由があるが、その余の請求は理由がない。

よつて、一審原告らの控訴に基づいて原判決を右の趣旨に従つて変更し、一審被告の控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、九二条、九三条、八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋欣一 裁判官 矢崎秀一 裁判官 及川憲夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例