東京高等裁判所 平成5年(ネ)1174号 判決 1994年8月08日
控訴人
岡部長征
右訴訟代理人弁護士
相馬功
被控訴人
小川雅子
右訴訟代理人弁護士
太田昇
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
二 被控訴人
主文同旨
第二 事案の概要
本件は、ゴルフプレー中に控訴人の打ったゴルフボールが被控訴人の後頭部を直撃し、後頭部挫傷、脳震盪等の傷害を負わされたとして、被控訴人が控訴人に対して不法行為に基づき損害賠償を求めたところ、原判決が右請求の一部を認容したので、控訴人が控訴した事案である。
以上のほかは、原判決の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。
第三 当裁判所の判断
当裁判所も、被控訴人の控訴人に対する損害賠償請求は、原判決の限度で理由があると判断する。その理由は次のとおり訂正付加するほかは、原判決の「第三 当裁判所の判断」に記載のとおりであるからこれをここに引用する。
一 原判決五枚目表三行目の「一七」の次に「ないし一九、二二ないし二六」を、同四行目の「八、」の次に「一〇、」を、「一四、」の次に「一六、一九の一ないし六、二〇、二四の一ないし八、二五、二六の各一、二、二九、三四の一、二、三五の一ないし三、三六、三七」を、「同黒木利秋、」の次に「同中原登和子、」をそれぞれ加える。
二 同五枚目表一〇行目の「約六〇ヤード付近」を削る。
三 同五枚目裏二行目の「青塚虎雄及び妻の岡部民栄」を「青塚虎雄(以下『青塚』という。)及び妻の岡部民栄(以下『民栄』という。)」に、同三行目の「岡部民栄」を「民栄」にそれぞれ改める。
四 同五枚目裏四行目から五行目にかけての「グリーンの手前約二二〇ヤード」を「グリーン手前約二二〇ヤード(この距離は、グリーンから屈曲したフェアウェイに沿って測った距離で、直線距離ではない。以下同じ)」に改める。
五 同五枚目裏六行目の「右第二打」から同七行目末尾までを削る。
六 同五枚目裏八行目及び同六枚目表四行目の「約一六〇ヤード」をいずれも「おおむね一三〇ないし一四〇ヤード程度」に改める。
七 同七枚目表七行目の「被告」の次に「組」を加える。
八 同八枚目表五行目の冒頭から同九枚目裏七行目の末尾までを、次のとおり改める。
「 二 控訴人の主張について
1 因果関係について
(一) 控訴人は、自己が第二打として打った本件ゴルフボールが被控訴人の後頭部に当たったことはあり得ないと主張し、その理由として、控訴人の本件第二打と本件事故との間には時間的なずれがあること、控訴人の本件第二打の軌道と本件事故地点とは一致しないこと、本件事故は他の原因に起因するものであることを挙げる。
しかし、前記のように、①被控訴人は、本件ホールのグリーン手前のフェアウェイ上において、先行組のパターが終了するのを待つため、グリーン方向を見ながら立っていたときに、後頭部にゴルフボールの直撃を受けて、前記のような傷害を負ったこと、②本件事故が発生したころ、本件ホールにおいて、被控訴人組の後方でプレーをしていたのは、控訴人、控訴人の妻の民栄及び青塚のみであったこと、③本件事故が発生したころ、控訴人は本件ホールのグリーン手前約二二〇ヤード付近フェアウェイ上において、五番アイアンを使用して第二打を打ったところ、グリーン方向に高く、大きく弧を描いて飛んでいったこと、その後本件ゴルフボールは、グリーン手前で発見されていること、④本件事故発生時までに、後行組の民栄と青塚の打ったゴルフボールは、被控訴人が立っていた前記地点まで到達しなかったこと等の事実があること、右控訴人の本件第二打と本件事故との時間的関係、位置関係、負傷部位及び負傷の程度、他の原因によって事故が発生した可能性が極めて少ないこと(後記のとおり、本件事故の原因が、控訴人組の中原の打球によるとか、隣接する一六番ホールからの誤打球によるものであるとは考えられない。)等を総合判断すると、控訴人の打ったゴルフボールが、被控訴人の後頭部を直撃したものと推認することができる。
(二) 控訴人は、控訴人の本件第二打と本件事故との時間的関係につき、以下の二点を主張する。
①まず、本件事故が発生したのは、被控訴人がその先行組のグリーン上における競技(パター)の終了を待っていた間であるが、控訴人や青塚において、控訴人が本件第二打を打つ直前に、前方を確認したところ、先行組の乗用カートは既にグリーン横になかったのであるから、控訴人は、先行組がパターを終了して、次の三番ホールへ移動した後に本件第二打を打ったことになり、そうすると被控訴人が負傷した時刻より控訴人が本件第二打を打った時刻の方が遅く、控訴人の本件第二打によって被控訴人が負傷することはあり得ない旨主張する。
この点について、控訴人本人は、控訴人が安全確認のため前方を見て、被控訴人組の乗用カートが移動し、停止するのを確認したこと、その時点で先行組の乗用カートはグリーン横に停止していなかった旨供述し、乙三二号証(控訴人の陳述書)にも同趣旨の記載がある。しかし、前記認定のとおり、被控訴人組が先行組のパターを待っていたことは明らかであり、そうすると、被控訴人組が乗用カートを移動させ、停止した時点には、先行組はパターを終了しておらず、その乗用カートをグリーンの近くに停止させていたはずであるから、控訴人が前方を確認した時点で、既に先行組の乗用カートはなかったとする部分は採用できない。また、乙一六号証(青塚の陳述書)にも同様の趣旨の記載があるが、右陳述書は、本件事故から二年以上も経過した時期の記憶をもとに作成されたものであり、二台前の乗用カートの位置に関して正確に記憶しているのは不自然であることからすると、右記載部分は採用できない。したがって、控訴人の前記主張は、その前提となる事実を認めることができず、理由がない。
②次に、控訴人は、控訴人本人が、本件事故現場付近に到着して、被控訴人の負傷を知ったのは、同人が本件第二打を打ってから一五分以上経過した後であり、他方、被控訴人が控訴人が近づいて来るのを見たのは、本件事故から七、八分経過した後であるから、控訴人が第二打を打った時刻は、本件事故が発生した時刻よりはるかに前ということになり、したがって、控訴人の第二打によって被控訴人が負傷することはあり得ない旨主張する。
しかし、前掲各証拠によれば、被控訴人は、ゴルフボールの直撃を受けて、うめき声を上げ、その場に座り込んだこと、中原がこれに気付き、黒木やキャディーを呼んだこと、コースをオートバイで巡回している係員に対して救急車を呼ぶように依頼したこと、その後、控訴人らが本件現場に近づいて来たので黒木が大声で制止し、抗議をしたこと、被控訴人の印象では、その間に経過した時間は、およそ五分から七、八分程度であったことが認められるところ、乙一〇号証、控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人が本件第二打を打った後、民栄が第三打(ミスショット)、第四打を続けて打ち、次いで、青塚が第三打を打ったところ林の中に入れたので、暫定球の第一打(ミスショット)、暫定球の第二打を続けて打ったこと、その後、控訴人と青塚において、林の中を探したところ、同人の第三打を発見したので、青塚がこれを再度打つこととなったこと、控訴人が、グリーン上の安全を確認するために、フェアウェイ方向へ歩いて行ったところ、突然被控訴人組の黒木から大声で制止されるにいたったことが認められ、その間の所要時間は、極く短い時間であったとはいえないものの、七、八分を大幅に超えるほど長い時間であったとまで認めることはできないし、被控訴人のいう前記の時間にしても、被控訴人の印象によるおよそのものであって、若干の幅のあり得るものであることをも考え合せると、控訴人の本件第二打が被控訴人に当たるということが時間的にあり得ないとする控訴人の前記主張は採用できない。
以上のとおり、控訴人の本件第二打と被控訴人の負傷との間には、時間的にみて、矛盾抵触する点はなく、この点の控訴人の主張は採用できない。なお、控訴人の前記両主張のうち、第一の主張は、被控訴人の負傷の時との関係においては、本件第二打が遅すぎるというものであり、第二の主張は、その関係においては、早すぎるというものであり、右両主張は両立し得ない事実関係を前提とするものであることも、右両主張の説得力を弱めるものといわなければならない。
(三) 控訴人は、控訴人の本件第二打と本件事故との位置関係につき、次のとおり主張する。
すなわち、控訴人は、①控訴人が第二打を打った地点と本件事故が発生した地点との距離は、約一三二ヤードであるところ、控訴人の第二打はクリーンヒットであり、そのゴルフボールは一六〇ヤードは飛んだはずであるから、被控訴人に当たることはあり得ない旨、また、②被控訴人の負傷地点と控訴人の本件第二打によるゴルフボールが停止した地点とは約四五ヤード離れているところ、五番アイアンで打ったゴルフボールが、被控訴人を直撃した後、このような長い距離を前方に転がることはあり得ない旨主張する。
この点につき、乙一五号証の一、二、二〇号証、二一号証の一、二四号証の一ないし八、三一号証の一ないし五によれば、控訴人が第二打を打つのに使用した五番アイアンの標準飛距離は、一六〇ヤードであること、控訴人が五番アイアンにより打ったボールは、通常は、垂直に近い方向に落下するため、落下地点から転がる距離はさほど長くないことが一応認められる。しかし、右①について、そもそも、クリーンヒットであって一六〇ヤードは飛んだはずであるという点もこれを認定するだけの証拠があるわけでもない(控訴人本人の陳述、供述以外には、青塚の陳述書―乙一六号証―にも、控訴人の打球はジャストミートし、約一七〇ヤードから一八〇ヤードは飛んだと思う旨の記載があるが、同人は、証言中において、それほど明確に述べているわけではない。)。そして、本件事故の地点は、現場において計測されたわけではなく、事故発生直後の極度に混乱した時期の目撃状況や記憶をもとに特定されているのであるから、必ずしも正確とはいえないこと、したがってそもそも控訴人の第二打地点と本件事故地点との距離を正確に確定することはできないこと、控訴人の本件第二打がクリーンヒットした場合であったとしても、当日の風速、風向き等の諸条件により、かなり飛距離が変化し、常に一六〇ヤード飛んだということは必ずしもいえないことに照らすならば、本件第二打が約一三二ヤード離れた被控訴人を直撃することはあり得ないとする控訴人の右主張を採用することはできない。また、右②についても、本件事故地点とゴルフボールの停止地点との距離を正確に確定することはできないこと、ゴルフボールが後頭部に衝突した後に最終的に停止するまでの距離は、衝突の角度、被控訴人の頭部、身体の動き、フェアウェイの傾斜の程度、芝の状況等によって、変化することが考えられることに照らすならば、本件事故地点より約四五ヤード前方で控訴人のゴルフボールが発見されたから本件第二打が被控訴人に当たることはあり得ないとする控訴人の主張は採用できない。
(四) 控訴人は、本件事故について他の原因の可能性について次のとおり主張する。
すなわち、控訴人は、中原が、先行組競技者がパターを終了するのを待ち兼ねて、その終了前に第四打を打ち、これがミスショットして被控訴人を直撃したか、あるいは練習用に素振りをしている間に、誤ってゴルフボールに当たって被控訴人を直撃したかのいずれかにより、被控訴人が負傷した可能性が強い旨主張する。しかし、中原は、その陳述書(甲一九号証)においても、証言においても、このことを明確に否定しており、甲一九号証、証人中原の証言、被控訴人本人の供述及び弁論のの全趣旨によれば、被控訴人と中原は、先行組のパターを待っている間、時々談笑していたこと、中原が打つ態勢を示していたことを被控訴人組の誰も目撃していないこと、被控訴人が負傷した直後、中原は、被控訴人の方へ駆け寄り、声を掛けたり、黒木を呼んだり、ゴルフ場の係員に連絡を取ったりしており、その行動には不自然さがないこと、中原は、ゴルフに関して相当に長い経歴を持ち、このようなゴルフの極く初歩的なマナーを欠いているものとは考えられないこと、被控訴人負傷時の中原と被控訴人との位置関係は、中原が打つ時の姿勢でいうと、被控訴人が中原の背後にいる関係になり、中原の打球が被控訴人に当たるとは考えにくいものであったこと等の点に照らすならば、中原の前記陳述や証言は、これを信用することができ、この点に関する控訴人の主張は採用できない。
また、控訴人は、本件事故の原因が、本件ホールに隣接する第一六番ホールからの飛来球である可能性がある旨主張する。しかし、甲第九号証、第一六号証、第二二号証により認められる本件ホールと一六番ホールとの地形、その間に林立する樹木の状況、一六番ホールにおける打球の方向、被控訴人が後頭部を受傷していること等の事実に照らすならば、一六番ホールからの誤打球が飛来して被控訴人を直撃した可能性は極めて低いものということができ(現実にそうした飛来球のあったことを少しでも窺わせる具体的状況があるわけでもない。)、この点に関する控訴人の主張も採用できない。
2 注意義務違反について
控訴人は、仮に、本件事故が控訴人の本件第二打による本件ゴルフボールによるものであったとしても、控訴人は、右第二打を打つ前に、被控訴人組の乗用カートがグリーン横のカート道路上に現れたことを視認により確認しており、控訴人は、これにより、被控訴人組が右カートの後方の本件窪地にはいないものと信じて、本件第二打を打ったものであるから、過失はない旨主張する。
しかしながら、前記のとおり、控訴人が本件第二打を打った地点から、グリーン手前の窪地を直接見通すことは不可能であったこと、控訴人が本件第二打を打った地点からグリーン手前の右窪地までおおむね一三〇ないし一四〇ヤード程度の距離があり、他方、控訴人は、五番アイアンを用いてゴルフボールを打った場合、約一六〇ヤードの飛距離を出すだけの力を持っていたこと、また、控訴人は、本件ホールの地形、距離関係及び控訴人組の前に被控訴人ら三名がプレーをしていたことを十分に知っていたこと、控訴人が右地点からゴルフボールを打てば、グリーン手前の窪地にいる競技者を直撃し、重大な事故を発生させることを当然予見し得たこと等の事実に照すならば、控訴人としては本件第二打を打つに当たり、このような事故の発生を回避するため、右場所を見渡せる場所に移動したうえで、競技者のいないことを直接視認する方法により確認するか、先行組である被控訴人組の全員が右窪地を出て控訴人の打球の届かない安全な地点にまで移動したことを確認するかしなければならないというべきであって、被控訴人組の乗用カートの停止位置を確認し、その位置から右グリーン手前の窪地に競技者がいないであろうと推測するだけでは十分でないものといわざるを得ない。確かに、乙二〇号証によれば、乗用カートはプレーヤーより後方に置くように指導される例が多く、また、そのような方法は、自打球をカートに当てることによって発生する事故を防止するためにも合理的であると考えられるが、本件全証拠によっても、控訴人が主張するように、ゴルフ場において乗用カートを用いて競技をする場合には、競技者はカートの前方でのみ競技、待機をすべきであって、カートの後方では競技、待機をしないことが常識となっており、規範となっていることまでをも肯認することはできない。のみならず、前記のとおり、控訴人が本件第二打を打つ直前に前方を確認した時点では、被控訴人組の乗用カートのみならず被控訴人の先行組の乗用カートも停止していたものと認められるにもかかわらず、控訴人本人は、先行組の乗用カートはなかったと供述している点に照せば、控訴人が行ったカート専用道路上の乗用カートの存否の確認自体も必ずしも十分ではなかったのではないかと考えられる(仮に、控訴人が、先行組及び被控訴人組のそれぞれの乗用カートを確認しており、かつ先行組の人達の姿を見掛けているとすれば、控訴人にとって、グリーン手前の窪地に被控訴人らが待機していたことを推測することは容易であったと考えられる。)。」
九 同九枚目裏九行目から一〇行目にかけての「仮にそうであるとしても、そのことから被告の過失を否定することはできず、」を「控訴人本人尋問の結果によれば、当日控訴人組は午後の最終組であって、当日の日没時刻を考慮に入れても、必ずしもプレーを急ぐ必要性はなかったことが認められ、また、控訴人らは、青塚の第三打について、主観的には、林の中を十分に時間を掛けて探したと考えていたことが認められるのであって、時間的余裕がないものと誤認していたとの状況を窺うこともできない。したがって、本件において、控訴人が本件第二打を打つに当たり、被控訴人組の安全を視認により確認していたのではプレイに差支えるという理由により注意義務違反がなかったということはできず、」と改める。
一〇 同一〇枚目表八行目の「右に述べたところから、」の次に「本件事故は、控訴人には、本件第二打を打つ前に、本件窪地内に競技者のいないことを、直接視認する方法によって確認すべき義務があるところ、控訴人らに先行する組である被控訴人組の乗用カートの停止位置のみから同地内に競技者はいないものと推測して、右確認義務を尽くさなかった控訴人の一方的な過失に起因するものというべきであり、」を加える。
第四 結論
よって、本訴請求は、原判決の認容した限度で理由があるから、被控訴人の請求の一部を認めた原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官伊藤滋夫 裁判官矢﨑正彦 裁判官飯村敏明)