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東京高等裁判所 平成5年(ネ)4088号 判決 1994年2月02日

控訴人 近藤五郎

右訴訟代理人弁護士 松田英一郎

同 小笠原耕司

同 丸山裕司

同 赤羽富士男

被控訴人 島田美江子

右訴訟代理人弁護士 馬越節郎

同 水谷彌生

主文

一  原判決を取り消す。

二  別紙物件目録記載の土地及び建物について競売を命じ、その売却代金を控訴人に一〇〇分の三五、被控訴人に一〇〇分の六五の割合で分割する。

三  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張

一  控訴人の請求原因

1  別紙物件目録記載の土地及び建物(以下「本件建物」といい、土地と合わせて「本件不動産」という。)は、いずれも控訴人の持分一〇〇分の三五、被控訴人の持分一〇〇分の六五とする共有物である。

2  控訴人と被控訴人との間には、本件不動産の分割について協議が調わない。

3  よって、本件不動産の共有物分割を求める。なお、本件不動産は狭小であり、現物分割は不可能若しくは著しく価格を損ずるものである。

二  被控訴人の答弁

1  本案前の主張

控訴人と被控訴人とは、平成二年七月六日の裁判上の和解(東京地方裁判所平成元年(ワ)第二九六六号事件。以下「本件和解」という。)により、本件不動産の分割方法として、本件不動産を任意に売却し、売却代金から売却に要した費用並びに本件建物の一階の賃借人である金村とよ子(以下「金村」という。)及び二階の賃借人である近藤千秋の各立退きに関する一切の費用を控除した残金を持分割合に従って配分することを合意している。本件和解においては任意売却の売却期限が明定されていないが、本件不動産について分割の合意自体が成立していないとはいえない。このような場合には、分割の協議が調わないことを前提とした民法二五八条は適用されないというべきである。したがって、一定の合理的期間は合意の効力が存続すると考えるべきである。

そうでないとしても、本件和解成立後、被控訴人側は本件不動産の売却に努力してきたが、控訴人側は全くその努力をしていない。特に、被控訴人は、本件不動産をより高額に売却するため、金村に対して賃貸部分の明渡しを求める調停を申し立てたが不調になり、更に明渡請求訴訟を提起したが、控訴人が金村に支払う立退料の金策に全く協力せず、被控訴人単独ではこれを調達できなかったため、右訴えを取り下げざるを得なかった。そして、現在の不動産不況も大いに影響して未だに本件不動産の処分が実現しない状況にある。このような事情のもとにおいては、本件和解成立後三年を経過したからといって、その合意が効力を失ったということはできないので、本件訴えはその利益を欠く。

仮にそうでないとしても、右の事情に照らせば、民法二五六条による分割禁止の特約により分割の訴えが禁止される期間が長くても五年であるので、これを目安として、控訴人は少なくとも本件和解が成立した日から五年間は本件不動産の分割を請求すべきではないから、控訴人が現時点において分割を請求することは権利の濫用であって許されない。

よって、本件訴えは不適法であり却下されるべきである。

2  請求原因に対する答弁

(一) 請求原因1の事実を認める。

(二) 同2の事実を否認する。

(三) 同3を争う。

三  本案前の主張に対する控訴人の答弁

本件和解の成立及びその内容並びに本件不動産がいまだに処分できないことを認め、その余を争う。

民法二五六条は、当事者が明確に五年以上の期間は分割しないと合意しても、その効力を五年間に限ったものであるところ、本件和解において、当事者は共有状態の早期解消のためにこれを売却してその代金をもって分割することとし、そのために速やかな実現が可能とされた任意売却という方法をとることにしたのに過ぎず、本来の目的は売却にあるのであるから、任意売却ができない場合には、改めて共有者の協議が調わないものとして、裁判所に分割の請求をし、競売による売却を求めることができるというべきであって、右の合意を根拠として、五年間は分割請求をすることができないと解することは、当事者の意思とかけ離れており、許されないというべきである。

控訴人は、現在七一歳で夜警のアルバイトをして生計を立てているが、間もなくこれを辞めなければならず、生活の資を得るためには一刻も早く本件不動産を売却して現金を手にしなければならない状況にある。

第三証拠関係

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件不動産がいずれも控訴人の持分一〇〇分の三五、被控訴人の持分一〇〇分の六五とする共有物であること、平成二年七月六日、控訴人と被控訴人とが、本件和解により、本件不動産の分割方法として、本件不動産を任意に売却し、売却に係る費用を差し引いた残金を持分割合で配分する旨の合意をしたことは、当事者間に争いがない。

そして、証拠(甲一ないし八、一四)及び弁論の全趣旨によれば、<1> 本件和解において、控訴人と被控訴人とは、本件不動産を第三者に売却するため互いに協力すること、控訴人は、本件不動産に設定された権利者をそれぞれ株式会社太陽神戸三井銀行、株式会社富善洋紙店、中外写真薬品株式会社、東京信用保証協会とする各根抵当権設定登記を控訴人の負担で抹消すること、控訴人と被控訴人とは、互いに本件不動産の持分権を単独で第三者に売却しないことを合意したが、任意売却の期間及び任意売却ができない場合の措置については何らの合意もしなかったこと、<2> 控訴人は、右約旨に従い、右各根抵当権者との間で、本件不動産が売却された時には一定金額の支払を受けるのと引換えに各根抵当権設定登記を抹消する旨を合意するなど、本件不動産の売却の準備をしたこと、<3> 被控訴人は、平成三年一〇月、金村に対して、被控訴人が金村に一五〇〇万円を交付するのと引換えに貸室の明渡し等を求める訴訟を提起したが、右金員の調達ができないため、平成五年六月一七日、右訴えを取り下げたこと、<4> いわゆる不動産不況の影響もあって、現在、本件不動産を任意に売却できる見込みがないこと、<5> 控訴人は、現在七一歳で夜警のアルバイトをして生計を立てているが、間もなくこれを辞めなければならず、生活の資を得るために本件不動産を売却して早期に現金を手にしたい意向であること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  右の事実関係によれば、本件不動産の共有者である控訴人と被控訴人とは、本件不動産について、これを任意に売却し、売却に係る費用を差し引いた残金を持分割合に従って配分するとの分割方法の合意をしたが、任意売却の期間及び任意売却ができない場合の措置については何らの合意もしなかったところ、右の合意成立後三年半近く経った現在も、なお任意に売却できる見込みがない状態にあるということができるのであって、このような場合には、共有者は、右の合意にもかかわらず、分割について別途の協議がされるなど特段の事情のない限り、分割の協議調わざるものとして、共有物の分割を裁判所に請求し、競売を求めることができるものと解するのが相当である。けだし、本件和解は、共有物分割の方法として本件不動産を売却しその代金をもって分割することとし、そのための手段として任意売却をすることとしたものであるが、これは合理的期間内に本件不動産を任意売却することができることを前提としてされたものであって、右の期間内に任意売却をすることのできる見込みがなくなった場合には、右の合意はその前提を欠くことになってその効力を失い、特段の事情のない限り、改めて任意売却に代わるべきものとして競売を求めることができるものと解するのが、当事者の合理的な意思に合致するというべきであり、かつ、本件和解後三年半近く経過した現在もなお任意に売却できる見込みがない状態にある以上、合理的期間内に本件不動産を任意売却することのできる見込みがなくなったといえるからである。

被控訴人は、控訴人が、本件不動産をより高額に売却するために金村を本件建物の二階から立ち退かせるための立退料の金策に全く協力しなかった旨主張するが、本件全証拠によっても、控訴人が容易に金策をすることのできる状況にあったとの事情は窺えないのみならず、前認定の事実によれば、控訴人においても、本件不動産についてされた根抵当権設定登記を抹消するための手段を講じるなどしているのであって、一概に控訴人が任意売却に非協力であったということはできない。また、被控訴人は、民法二五六条の規定する期間を目安として、控訴人が本件和解をした以上、その後五年間は本件不動産の分割を請求すべきではない旨主張するが、民法二五六条は、共有者はいつでも共有物の分割を請求することができるものとした上、特に五年間に限って分割をしない旨の契約をすることができることを定めたものであり、被控訴人の主張する趣旨とは異なるものであるから、右の主張は採用することができない。

よって、被控訴人の本案前の主張は理由がなく、また、他に本件不動産の分割について別途の協議がされているなど特段の事情の存在についての主張立証がないので、本件訴えは適法であるというべきであるから、これを不適法であるとして却下した原判決は取消しを免れない。

三  ところで、本件不動産が狭小であること(弁論の全趣旨によって認められる。)に照らすと、本件不動産を現物をもって分割することは、社会通念上著しく困難であるか、又は分割によって著しくその価格を損ずるおそれがあるというべきであり、また、本件和解において、本件不動産を売却して売却に係る費用を差し引いた残金を持分割合に従って配分する旨の合意がされていることからすれば、本件不動産につき競売を命じ、その売却代金をもって分割する方法によるのが相当であるというべきところ、本件記録に照らすと、この点については、既に原審において十分審理が尽くされていたものということができる。したがって、本件を原審に差し戻すことなく、当審において更に実体判断をすることとし、本件不動産について競売を命じ、その売却代金を控訴人に一〇〇分の三五、被控訴人に一〇〇分の六五の割合で分割するのを相当とする。

よって、右と異なる原判決は相当でないからこれを取り消した上、本件不動産を右のとおりに分割することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水湛 裁判官 瀬戸正義 裁判官 小林正)

別紙 物件目録

一 所 在 東京都千代田区九段南一丁目

地 番 一番一二

地 目 宅地

地 積 四五・九一平方メートル

二 所 在 東京都千代田区九段南一丁目一番地三

家屋番号 同町六番

種 類 居宅

構 造 木造瓦葺二階建

床面積 一階 三三・〇五平方メートル

二階 二八・九二平方メートル

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