東京高等裁判所 平成5年(ネ)4272号 判決 1994年6月15日
控訴人
牧武史
ほか一名
被控訴人(原告)
近藤つや
ほか一名
主文
一1 原判決中控訴人牧武史の敗訴部分を取り消す。
2 右部分につき、被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
二 控訴人山本賢二の控訴を棄却する。
三 訴訟費用のうち、控訴人牧武史と被控訴人らとの間に生じた分は第一・二審とも被控訴人らの負担とし、控訴人山本賢二と被控訴人らとの間に生じた控訴費用は右控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
2 右部分につき、被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
本件控訴をいずれも棄却する。
第二当事者の主張
次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決四枚目表七行目の「抗弁」の前に「控訴人牧の」を、同裏二行目の「頼まれ」の次に「、その晩出掛ける用事があつたことなどから、その旨を説明して」を、同八行目の末尾に読点をそれぞれ加え、同九行目の「戻る」を「戻す」に、同一二行目の「やり取り」を「こと」にそれぞれ改める。
二 同五枚目表一一行目の末尾に「あり、」を、同裏一二行目の「なる頃」の次に「(昭和六三年頃)」をそれぞれ加える。
三 同六枚目表五行目の末尾に句点を、同一二行目の「言うが」の次に読点をそれぞれ加える。
第三証拠関係
本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 事故の発生及び被害について
請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 責任原因について
1 控訴人山本の責任
請求原因2(一)の事実は、控訴人山本と被控訴人らとの間に争いがない。
2 控訴人牧の責任
(一) 控訴人牧が加害車両を所有していたことは、同控訴人と被控訴人らとの間に争いがない。
(二) そこで、控訴人牧の抗弁について検討する。
(1) 成立に争いのない甲第三一号証、乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証の一ないし三、第四号証の一、二、丙第一、第二号証、第一六ないし第一九号証、控訴人山本賢二・同牧武史各本人尋問の結果の各一部及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、右認定に反する乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証の一ないし三、第四号証の一、二、丙第一、第二号証、控訴人山本賢二・同牧武史各本人の供述の各一部は措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
<1> 控訴人牧武史は昭和四三年七月六日生の男子であり、同山本は昭和四五年五月二三日生の男子である。
<2> 控訴人牧は、同山本が中学校に入学した当時、同じ中学校の三年生で、不良グループのリーダー格的存在であり、控訴人山本は、中学校に入学して間もなく、同牧と知り合つて右不良グループに入り、同牧の子分のように付き従うようになつた。
控訴人牧と同山本は、中学校を卒業した後にも、同じ暴走族にも入つたりして交際を続け、平成二年に控訴人山本が結婚した後は、以前ほど頻繁には会わなくなつたものの、年に四、五回は一緒に遊んでいた。
控訴人山本は、盗んだ車を運転中にカーブを曲がり切れず、歩行者を轢き逃げしたこと等の理由で少年院に送致されたことがあり、同牧は、右の事実を知つていた。
<3> 控訴人牧は、平成三年三月頃、加害車両を約二八〇万円で月賦で購入し、遊びのために使用していた。
<4> 控訴人牧は、同年一二月一〇日午後七時頃、同山本から「急用があるので少しだけ車を貸して欲しい。」と頼まれ、その晩出掛ける用事があつたので、その旨を説明して一旦は断つたが、同控訴人が困つている様子であつたため、二時間で返還するとの約束のもとに、同控訴人に加害車両を無償で貸し渡した(争いがない。)。
<5> しかし、控訴人山本は、加害車両を返還せず、同月一二日夜になつて、控訴人牧に電話してきた(争いがない。)。その際、控訴人牧は、同山本に対し、約束どおりに返還しないことを責めた上、「直ぐ返せ。車をその場に置いておけ。」と言つたが、同山本が「現在遠くにいる。女性と一緒にいる。また電話します。」などと言つて、返還を少し待つてくれるよう繰り返し頼んだので、最終的には、「しようがねえなあ。用事を済ませたら早く返せよ。頻繁に電話を入れろよ。」と言つて、電話を切つた。
<6> その後、同月二八日までの間に、控訴人山本が同牧に電話で「もう少し待つて欲しい。」「いつまでには返す。」などと言つて頼み、控訴人牧が「お前いい加減にしろ。早く返せ。」と言つて返還を迫るものの、同山本がそばに居るわけではないので、結局、「絶対だな。間違いなく返せよ。」と言い、同控訴人の約束する期限までに確実に返還することを約束させて電話を終わることが、多数回繰り返された。
<7> 控訴人山本は、同月二八日頃、同牧に対して電話で、先輩とは一緒ではないのに偽つて、「先輩に付き合わされている。もう少し貸して欲しい。一月四日には返す。」と頼み、同控訴人は、「お前いい加減にしろ。早く返せ。」と言つたが、怖い先輩に付き合わされているのなら仕方がないとの思いもあり、結局、期限までに確実に返すことを約束させて電話を切つた。
<8> 控訴人山本は、平成四年一月四日、控訴人牧に電話で、「松が取れるまで貸して欲しい。」と頼んだが、同控訴人は「直ぐ返せ。」と言つて電話を切つた。
<9> 控訴人山本は、同月八日、同牧に電話で、「もう少し貸して欲しい。」と頼んだが、同控訴人から返還を求められ、返すとの返事をしたものの、そのまま加害車両に乗つて遊び回つているうちに、本件事故を惹起するに至つた。
<10> 控訴人牧は、加害車両を同山本に使用されている間、平成三年一二月二八日過ぎ頃町田市内を自動車で走つて同控訴人を探したほかは、同控訴人からの連絡を待つだけで、積極的に同控訴人に連絡をつけるための行動はしなかつた。また、控訴人牧は、警察に対し加害車両の盗難届を提出していないし、同山本から電話連絡があつた際、警察に盗難届を出すと言つたことはなかつた。
<11> 本件事故は、右のような経過をたどるなかで、加害車両の貸渡しがあつた平成三年一二月一〇日から一か月余を経過した平成四年一月一一日に発生したものであり、控訴人山本が、運転前にビールを約三本飲み、運転中も五〇〇ミリリツトル入りの缶ビールを三本飲んだ上、時速五〇キロメートルに制限されている片側一車線の道路の下りカーブを時速約八〇キロメートルで走行したため、中央線を越えて対向車線に進入し、対向車線を進行してきた被害車両と正面衝突した事案である。
(2) 右の事実によれば、控訴人山本は、最初から、同牧の意思を無視し長期間乗り回して遊ぶ意図であつたのに、右の意図を秘して約二時間で確実に返還するもののように装い、同控訴人を欺いて加害車両を借り受けたものと推認することができるところ、控訴人山本は、加害車両を借り受けた後は、同牧に対して頻繁に電話連絡はしたものの、その都度、同控訴人から直ちに加害車両を返還するよう求められたにもかかわらず、「いつまでには返す。」とその場凌ぎの口約束をしては返還を引き延ばしていたものであり、一方、控訴人牧としては、同山本から電話連絡がされた都度、直ちに返還するよう求めたが、自ら加害車両を取り返す方途もないので、同控訴人のその場凌ぎの口約束が履行されることを期待するほかなく、約束の期限までに返還するよう念を押していたものということができる。右のような事情に照らせば、控訴人牧としては、同山本から貸借名義で加害車両をだまし取られたも同然で、約束の二時間を経過した後の加害車両の運行は、全く控訴人牧の意思に反するものであり、かつ、本件事故当時においては、最早、同控訴人が控訴人山本に対して加害車両の運行を指示、制御し得る状況になかつたものと認められる。
もつとも、前記(1)に掲記した証拠によれば、控訴人牧は、同山本に加害車両を貸した平成三年一二月一〇日に同控訴人に同伴していた三澤ゆりへの連絡先を知つており、同女を通じて同控訴人に連絡することが可能であつたものと窺えないではないが、同控訴人は、控訴人牧と電話で直接話した際に、同控訴人の返還要求に対し、返還約束をしても全くこれを守らなかつたのであるから、仮に三澤ゆりを通じて返還を要求しても、控訴人山本がこれに応じたものとは到底考えられない。したがつて、控訴人牧が右のような行為に出なかつたからといつて、前記の判断を左右するものではないというべきである。また、控訴人牧は、同山本から電話連絡があつた際には、常に加害車両を直ちに返還するように求めながらも、最終的には、同控訴人の「いつまでに返す。」との口約束が履行されることを期待して連絡を終わつていたのであるが、自ら直接加害車両を取り返す方途のない控訴人牧としては、繰り返し返還を求め、これによる同山本の任意の返還に頼らざるを得なかつたのであるから、控訴人牧の右のような態度をもつて、同山本の申し出た期限までの使用を黙示的にせよ許諾していたものと評価することはできないというべきである。前掲乙第三、第四号証の各一、二によれば、控訴人山本は、前記一月四日の電話の際に、覚せい剤を代償として持つて行くことを条件に同牧から加害車両の使用の許諾を得た旨の陳述をしていることが認められるが、前認定の諸事実及び前携丙第一八号証に照らし、措信できない。なお、控訴人山本の前歴等に照らせば、控訴人牧が積極的に警察に盗難届を出し、電話連絡があつた際にその旨を伝え、あるいは盗難届を出さないまでも、警察に訴えるなどしてその返還を強く求める意思のあることを伝えていれば、あるいは同山本が加害車両を早期に返還したものと考えられないではないが、その返還に応じていないにせよ、控訴人山本からの電話連絡がされている状況の下において、控訴人牧が、同山本を犯人として盗難届を提出する等の手段を直ちに実行に移すことは困難なことであり、このような手段を取らなかつたからといつて、前記の判断を覆すことはできない。また、控訴人山本の前歴等に照らせば、同控訴人に自動車を貸与した場合には、事故を惹起する危険があることが窺われないではなく、結果的には、前歴の事故と同様、自動車の運転者としての基本的なモラルに欠けた無責任かつ無謀な運転態度による事故を惹起することとなつたということができるが、このことも、前記の判断を覆すべき事情には当たらないというべきである。
以上のとおり、本件事故当時、控訴人牧は、加害車両に対する運行支配を失つていたので、自動車損害賠償保障法三条にいう運行供用者には当たらないというべきであるから、被控訴人らの控訴人牧に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
三 被控訴人らの損害について
被控訴人らの損害についての当裁判所の判断は、原判決一二枚目裏六行目の冒頭から同一三枚目裏九行目の末尾までに説示のとおりであるから、これを引用する(なお、中間利息を控除するに当たり、新ライプニツツ方式を採用せず、新ホフマン方式を採用したからといつて不当とはいえない。)。
四 結論
以上に述べたところによれば、被控訴人らの控訴人牧に対する請求はいずれも理由がなく、被控訴人らの控訴人山本に対する請求は、それぞれ三二六七万八七三九円及び内金三〇六七万八七三九円に対する本件事故発生の日である平成四年一月一一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当というべきである。
よつて、原判決のうち、控訴人牧の敗訴部分は相当でないからこれを取り消した上、右部分につき被控訴人らの請求をいずれも棄却し、同山本に関する部分は相当であり、同控訴人の控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 清水湛 瀬戸正義 小林正)