東京高等裁判所 平成5年(ラ)214号 決定 1994年4月15日
抗告人 乙山梅子
被抗告人 甲野一郎
主文
原審判を取り消す。
相手方の親権者変更の申立を棄却する。
理由
第一抗告の趣旨及び理由
一 抗告の趣旨
1 原審判を取り消す。
2 本件を東京家庭裁判所八王子支部に差し戻す。
二 抗告の理由
別紙のとおり
第二当裁判所の判断
一 本件記録によれば、次の事実が認められる。
1 相手方(昭和38年11月28日)と甲野花子(昭和43年2月13日生、以下「花子」という。)とは平成元年6月2日に婚姻し、その間に平成2年7月6日に長女である本件未成年者甲野春子(以下「未成年者」という。)が出生した。
相手方と花子とは平成3年7月ころから別居し、平成4年3月18日に未成年者の親権者を花子と定めて協議離婚した。右別居と離婚は、相手方が平成3年ころから10代の女性と交際を始め、同女を妊娠させたことが大きな原因となっている。
2 右別居後、花子は未成年者と共に2人でアパートに住むようになったものの、精神状態が不安定になり、体調も崩したため、花子の母である抗告人が未成年者を預かったりしてその面倒をみたこともあったが、花子は平成4年6月24日に自殺した。
3 花子の死亡後、抗告人の希望で未成年者の養育監護を当面抗告人が行うことになった。相手方は葬儀当日から1週間位は毎日抗告人方に来ていたが、平成4年7月5日に、未成年者の引取について抗告人との間で口論し、更に同年7月21日に花子の自殺の原因について口論した後は、抗告人方を訪問することなく、今日に至っている。そして、未成年者に面会したり、その誕生日に贈物をするなどの愛情を示す行為はしていない。
4 相手方は、現在単身で肩書地のマンションに居住しており、砂利採取業等を営み、経済的な不安はないが、離婚に際し、公正証書により未成年者に対する月6万円の養育費、花子に対する月6万円の慰謝料を支払う約束をしながら、その履行状態は悪く、離婚直後には200万円余りをかけて背中に入れ墨をした。
また、相手方は未成年者を引き取った場合には、相手方の父母等の協力を得てその養育監護にあたる方針であるが、右父母は未成年者が物心がついてから殆ど同人と会っておらず、物品を贈るなどの愛情を示す行為もしていない。
5 抗告人は、前記のとおり、花子の死後未成年者を引き取り、当時内縁の夫であった乙山太郎とともに未成年者を養育監護してきたが、花子の死亡により親権者が欠けたため、平成4年10月1日に、抗告人が未成年者の後見人に選任され、平成5年6月29日には乙山と婚姻の届出をした。
抗告人夫婦はマンションの一階を賃借してとんかつ屋を経営しており、その2階に未成年者と共に居住している。夫婦とも健康であり、生活は安定している。
抗告人夫婦は未成年者に対し、深い愛情を持ち、その生活について細かい配慮をし、母を失って衝撃を受けた未成年者を明るく育てようと最大限の努力をしており、その親戚や近所の人々もこれに協力している。未成年者は通園している保育園にも慣れ、健康状態も良く、心身共に安定した状態にある。
二 ところで、本件のような親権者変更申立については、民法819条6項を準用すべきものと解されるが、右申立を許可すべきか否かは、同項が規定する子の利益の必要性の有無によって判断することになり、具体的には、新たに親権者となる親が後見人と同等又はそれ以上の監護養育適格者であり、かつ親権者を変更しても子の利益が確保できるか否かという観点から判断すべきである。
本件についてこれを見るに、現在未成年者は抗告人夫婦の元でその愛情に育まれた環境の中で安定した生活を送っている。
他方、相手方は未成年者に対する愛情を持ってはいるが、前記のように、未成年者に面会したり、その愛情を示す行為をしておらず、その生活態度に問題がないわけでもない。しかも相手方が未成年者を引き取った場合、同人の実際の養育は相手方の父母に頼らざるを得ないところ、右父母は未成年者とは殆ど会っていないし、未成年者に対する愛情は未知数である。
このように、母を失った悲しみをようやく克服しつつあるかに見える未成年者を、今新たに、物心がついてから殆ど生活を共にしたことのない相手方及びその父母の養育に委ねることは、未成年者にとって大きな苦痛をもたらし、その利益に合致しないばかりか、新たな環境に適応できないおそれのある本件においては、回復が困難な精神的打撃を未成年者に与える可能性がある(原審の家庭裁判所調査官は、この点を考慮し、相手方に対し、本件の結果如何にかかわらず、未成年者との面接、交流をするよう勧めたが、相手方はこれに応じようとしていない。)。
三 以上のとおり、本件において新たに親権者を定めることは相当でなく、相手方の本件親権者変更の申立は理由がないから、原審判を取り消して、家事審判規則19条2項により、審判に代わる裁判として右申立を棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 谷澤忠弘 裁判官 松田清 今泉秀和)