東京高等裁判所 平成5年(行ケ)10号 判決 1995年7月11日
京都府長岡京市天神2丁目26番10号
原告
株式会社村田製作所
同代表者代表取締役
村田泰隆
同訴訟代理人弁理士
小谷悦司
同
伊藤孝夫
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
清川佑二
同指定代理人
長濱義憲
同
福原淑弘
同
田良島潔
同
今野朗
同
吉野日出夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 特許庁が昭和63年審判第4220号事件について平成4年11月26日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文同旨
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和57年9月17日名称を「分布定数形フィルタの製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について、特許出願(昭和57年特許願第162956号)したところ、昭和63年2月16日拒絶査定を受けたので、同年3月10日査定不服の審判を請求し、昭和63年審判第4220号事件として審理され、平成3年8月27日出願公告(平成3年特許出願公告第56003号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成4年11月26日特許異議の申立ては理由があるとの異議決定とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、平成5年1月20日原告に送達された。
2 本願発明の特許請求の範囲
入力結合用電極膜、出力結合用電極膜、インターディジタル状またはコモライン状の共振電極膜の上下に、必要な厚み分だけ高周波用誘電体グリーンシートを積層してブロック体を構成すると共に、上記積層に先立って、あるいは積層後に、入力結合用電極膜及び出力結合用電極膜とそれぞれ導通する引出し電極または引出しピンをブロック体の外表面にまたは外表面から突出するように設け、ブロック体の外表面に、引出し電極膜または引出しピンと非導通の状態で金属ケースに代わる電極膜を形成し、一体焼成することを特徴とする分布定数形フィルタの製造方法(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1)<1> 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
<2> ただし、上記の「一体焼成」は、金属ケースに代わる電極膜を前もってグリーンシートの周りに形成したあと、単に、金属ケースに代わる電極膜とグリーンシートと一体にした状態で焼成することの意味であると解する。すなわち、「焼成する」と金属ケースに代わる電極膜が溶け出すか溶け出さないかは、発明の詳細な説明から明瞭でなく、上記特許請求の範囲の記載からも不明である。
(2)<1> 「電子通信学会技術研究報告」MW80-29~36の11頁ないし15頁(昭和55年9月25日発表、以下「引用例1」という。)の特に13頁には、「誘電体基板の一方に、入力結合用電極膜、出力結合用電極膜、インターディジタル状の共振電極膜の高周波回路パターンを作製し、その上に他方の誘電体基板を重ねて焼成する後か焼成する前に、周りを接地導体となる金属膜で覆う、分布定数形フィルタの製造方法」が記載されている。(別紙図面2参照)
<2> また、米国特許第3,988,498号明細書(1976年10月26日発行、以下「引用例2」という。)の特に第2図とその説明には、「金属膜11とセラミック12からなるボディの最大焼成温度を、ボディの上の銀-パラジウムからなる電極(以下「電極D」という。)の融点より50°F低い温度とすること」が記載されていることを考慮すれば、上記のことは、「ボディと電極Dを一体に形成したあと、そのボディと電極Dを焼成すること」を示しているといえる。(別紙図面3参照)
<3> そこで、本願発明と引用例1記載のものとを対比すると、両者は、「入力結合用電極膜、出力結合用電極膜、インターディジタル状の共振電極膜の上下に、少なくとも1枚の高周波用誘電体グリーンシートを設けてブロック体を構成し、ブロック体の外表面に金属ケースに代わる電極膜を形成した分布定数形フィルタの製造方法」の点で一致し、次の点で相違する。
(a) 本願発明は、高周波用誘電体グリーンシートを必要な厚み分だけ積層しているのに対して、引用例1記載のものは、高周波用誘電体グリーンシートは上下一枚づつである。
(b) 本願発明は、入力結合用電極膜及び出力結合用電極膜とそれぞれ導通する引出し電極または引出しピンをブロック体の外表面にまたは外表面から突出するように設けているのに対して、引用例1には、その点が明記されていない。
(c) 本願発明は、ブロック体の外表面に、引出し電極膜または引出しピンと非導通の状態で金属ケースに代わる電極膜を形成しているのに対して、引用例1には、その点が明記されていない。
(d) 本願発明は、ブロック体と金属ケースに代わる電極膜を一体焼成しているのに対して、引用例1には、その点が明記されていない。
<4> そこで、これらの相違点について検討する。
(a) 相違点(a)について
引用例1記載のものは、高周波用誘電体グリーンシートが上下1枚づつであるが、当業者には、必要に応じて高周波用誘電体グリーンシートの枚数を調整することは、容易に考えることができる程度のものと認められ、相違点(a)は、当業者の設計的事項であると認める。
(b) 相違点(b)について
引用例1には、入力結合用電極膜及び出力結合用電極膜とそれぞれ導通する引出し電極または引出しピンを、ブロック体の外表面にまたは外表面から突出するように設ける点については明記されていないが、そのように形成しないとフィルタとして用いることができないから、相違点(b)は、引用例1記載のものから明らかである。
(c) 相違点(c)について
引用例1には、ブロック体の外表面に、引出し電極膜または引出しピンと非導通の状態で金属ケースに代わる電極膜を形成する点について明記されていないが、引出し電極膜または引出しピンと、金属ケースに代わる電極膜とを導通させて形成すると、引出し電極膜または引出しピンと金属ケースに代わる電極膜とがショートして使いものにならないから、相違点(c)は、引用例1記載のものから当然導き出されることである。
(d) 相違点(d)について
本願発明は、ブロック体と金属ケースに代わる電極膜とを一体焼成しているが、セラミックを含むブロック体と、該ブロック体の外表面に形成される電極膜とを一体焼成することは、引用例2に記載されているから、相違点(d)は、引用例2記載の発明を利用したものであり、そのために格別の作用効果を奏するものと認めることはできない。
<5> したがって、本願発明は、引用例1記載のもの及び引用例2記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものと認められ、特許法29条2項により特許を受けることができない。
4 審決の取消事由
(1) 審決の認定判断のうち、(1)<1>は認め、<2>は否認する、(2)<1>は否認し、<2>は認め、<3>のうち一致点及び相違点(a)は否認し、その余は認め、<4>のうち相違点(d)に対する判断は否認し、その余は認め、<5>は争う。
審決は、引用例1記載のものの技術内容を誤認したため、一致点の認定を誤り、また、本願発明と引用例2記載の発明との技術内容の差異及び本願発明の顕著な作用効果を看過したため、相違点(d)の判断を誤り、その結果、本願発明は、引用例1記載のもの及び引用例2記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたとの誤った結論を導いたもので、違法であるから、取り消されるべきである。
(2) 取消事由1(一致点の認定の誤り)
審決は、引用例1には、「誘電体基板の一方に、入力結合用電極膜、出力結合用電極膜、インターディジタル状の共振電極膜の高周波回路パターンを作製し、その上に他方の誘電体基板を重ねて焼成する後か焼成する前に、周りを接地導体となる金属膜で覆う、分布定数形フィルタの製造方法」が記載されているとの認定の下に、本願発明と引用例1記載のものとは、「入力結合用電極膜、出力結合用電極膜、インターディジタル状の共振電極膜の上下に、少なくとも1枚の高周波用誘電体グリーンシートを設けてブロック体を構成し、ブロック体の外表面に金属ケースに代わる電極膜を形成した分布定数形フィルタの製造方法」の点で一致する、と認定判断している。
しかしながら、審決は、次のとおり、引用例1記載のものの技術内容を誤認したため、誤った一致点を認定したものである。
<1> 引用例1には、2枚のアルミナ誘電体基板の相対向する面上に鏡映関係を有してハンダメッキされた高周波回路パターンを作製しておき、両パターンを重ね合わせた後、加熱して接続するようにしたフィルタの製造方法が記載されているにすぎない。また、ハンダの溶融温度とセラミックの焼成温度とが大きく相違する事実をも考慮すれば、引用例1記載のものにおいては、ハンダ付けによる電気的な接続が行われているにすぎず、審決が認定するような、誘電体基板の一方に他方を重ねて焼成する工程は記載されていないというべきである。
被告は、乙第1号証及び乙第5号証に基づいて、導体と誘電体基板とをどのような方法で密着させるかは当業者が必要に応じて種々の方法の中から適宜選択する事項であると主張しているが、これらの事実から引用例1記載の誘電体基板が未焼成のものであってもよい、と結論付けるには無理があり、また、これらの書証は審判手続において示されなかった新たな証拠であって、これを審決取消訴訟において提出することは許されない。
したがって、「少なくとも1枚の高周波用誘電体グリーンシートを設けてブロック体を構成し」との一致点の認定は誤りである。
<2> 引用例1には、13頁第4図に図示された接地導体が示されているにすぎず、それ以上接地導体に関する記載は見当たらない。そうすると、この接地導体は、金属ケースであるか金属ケースに代わる電極膜であるか明らかでないから、審決が認定するように接地導体を金属膜とすることはできない。
乙第2ないし第4号証には、薄膜を示唆する記載は認められるものの、それらは単に密着するもの(乙第2号証4頁5行ないし6行)やエッチング処理によるもの(乙第3号証8頁10行ないし12行)にすぎず、かかる薄膜がグリーンシートと一体焼成されることを前提として形成されているものと認めるに十分な記載は見受けられない以上、上記第4図に示された接地導体の外観構造が似ていることのみをもって、金属ケースに代わる電極膜が示されているとすることはできない。
このように、「ブロック体の外表面に金属ケースに代わる電極膜を形成した」との一致点の認定も誤りである。
<3> 引用例1には、アルミナ誘電体基板の記載があるだけで、それ以上誘電体基板についての記載はない。むしろ、通常の三導体フィルタについて、「誘電体基板の反りや金属薄膜の膜厚の不均一さの為に、ストリップ導体と、その上部に重ねる誘電体基板とが均等に密着しない」(13頁左欄35行ないし37行)との記載があり、誘電体基板が反りや膜厚の不均一さを生じ、それらが適正な形状に戻せない程度の硬さを有していることを意味し、引用例1記載のものが焼成済みの誘電体を前提としていることが明らかである。そのため、アルミナ誘電体基板上に形成されたフィルターパターンにハンダメッキ処理を施すような別途の工程を採用する必要があり、逆にいえば、ハンダメッキ処理を施す必要があるほど誘電体基板が硬さを有しているのであり、引用例1記載の誘電体が焼成済みのセラミックシートであることは疑いない。そして、前記<1>で述べた温度差の点を合わせれば、ハンダメッキは予め焼成済みのアルミナ誘電体基板にされたものといわなければならない。
したがって、審決が、引用例1に「誘電体基板を重ねて焼成する後か焼成する前に」ということが記載されているとした認定は誤りであり、また、「少なくとも1枚の高周波用誘電体グリーンシートを設けて」との一致点の認定も誤りである。
(3) 取消事由2(相違点(d)に対する判断の誤り)
審決は、相違点(d)について、「本願発明は、ブロック体と金属ケースに代わる電極膜とを一体焼成しているが、セラミックを含むブロック体と、該ブロック体の外表面に形成される電極膜とを一体焼成することは、引用例2に記載されているから、相違点(d)は、引用例2記載の発明を利用したものであり、そのために格別の作用効果を奏するものと認めることはできない。」と認定判断している。
確かに、引用例2には、セラミックを含むブロック体とこの外表面に形成される電極膜とを一体焼成する記載はある。しかしながら、本願発明は、入力結合用電極膜、出力結合用電極膜、インターディジタル状またはコモライン状の共振電極膜と高周波用誘電体グリーンシートと引出し電極または引出しピンと金属ケースに代わる電極膜の4者を一体にした状態で焼成するもので、加えて引出し電極または引出しピンを金属ケースに代わる電極膜と非接触の状態で焼成する点に特徴を有するものであるのに、引用例2にはこれらの点は記載されていない。
また、本願発明は、上記の4者を一体にした状態で焼成することにより製造の容易化、特性の均一化、コストダウンなどを達成し得るという特段の作用効果を有するのである。
焼成自体に対しては特別な効果もない引出しピンを敢えて一体焼成させることの技術的意味は、焼成前の軟質グリーンシートへの引出しピンの取付け作業の方が、焼成後における硬質誘電体基板への取付け作業より簡単であり、しかも、硬質誘電体基板に対する引出しピンを接続するための穿孔作業は容易ではなく、製品にバラツキを生じ易いことを考えれば、本願発明における4者1体焼成の技術的意味は大きい。
以上のとおり、引用例1記載のものに引用例2記載の発明を組み合せることは容易ではないし、本願発明には格別の作用効果があるのに、審決は、これらの点を看過しており、審決の上記認定判断は誤りである。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3は認める、同4は争う。審決の認定判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。
2(1) 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
<1> 同項<1>について
引用例1には、金属薄膜導体パターンをハンダメッキしたものが具体例として記載されているが、これは、1つの例示であって、基板が焼成済みのもの、未焼成のものいずれの場合にも、ストリップ導体と誘電体基板とが密着することが必須な事項であり、このことが満たされるものであれば、基板が未焼成のものでもよく、未焼成のものが排除されているわけでもない。
そして、金属導体を内蔵したセラミックの積層型構造からなる電子回路部品において、a)焼成済みのセラミック配線板を積層接着する方法、b)未焼成のセラミックシート(グリーンシート)に導電塗料で回路導体を形成し、これを多数積層して加熱焼成することにより回路導体とともに一体化する方法、のいずれかの方法で製造することは、当業者において本出願前周知であり(乙第1号証)、基板が未焼成のものにおいて導体を鏡映関係とし一体焼成することも同様に周知である(乙第5号証)。
この周知事実を前提とすれば、引用例1記載のフィルタも、金属導体を内蔵したセラミックの積層型構造からなる電子部品である以上、上記a)、b)のいずれの方法でも製造し得るものであることは明らかであり、基板が未焼成のものを特に排除する記載もないから、引用例1には、実質的にグリーンシートを設けたものが記載されており、誘電体基板の一方に他方を重ねて焼成する工程が記載されているとした審決の認定に誤りはなく、したがって、「少なくとも1枚の高周波用誘電体グリーンシートを設けてブロック体を構成し」との一致点の認定に誤りはない。
<2> 同項<2>について
外導体を導体膜で形成することは周知・慣用の技術である(乙第2号証ないし第4号証)から、引用例1の第4図に記載の如き小さい電子部品の外部を覆う接地導体は金属ケースに代わる金属膜であるとするのが、当業者が普通に考えることである。
したがって、引用例1の13頁第4図に図示された接地導体は金属膜であるとした審決の認定に誤りはなく、「ブロック体の外表面に金属ケースに代わる電極膜を形成した」との一致点の認定に誤りはない。
<3> 同項<3>について
原告は、引用例1の「誘電体基板の反りや金属薄膜の膜厚の不均一さの為に、ストリップ導体と、その上部に重ねる誘電体基板とが均等に密着しない」という記載は、誘電体基板が反りや膜厚の不均一さを生じており、それらが適正な形状に戻し得ない程度の硬さを有していることを意味していると主張しているが、基板が未焼成の軟質状態にあっても、加圧の仕方によっては、グリーンシートの圧縮の度合いが部分的に相違し、焼成後に基板に反りが生じ、ストリップ導体と誘電体基板とが均等に密着しないことがあることを考慮すれば、この原告の主張は失当である。また、ハンダメッキの点は、前記<1>についての反論でも述べたように、1つの例示にすぎない。
したがって、引用例1に「誘電体基板を重ねて焼成する後か焼成する前に」ということが記載されているとした審決の認定に誤りはなく、また、「少なくとも1枚の高周波用誘電体グリーンシートを設けて」との一致点の認定にも誤りはない。
(2) 取消事由2(相違点(d)に対する判断の誤り)について
<1> 引用例2に「入力結合用電極膜、出力結合用電極膜、インターディジタル状またはコモライン状の共振電極膜と高周波用誘電体グリーンシートと引出し電極または引出しピンと金属ケースに代わる電極膜の4者を一体にした状態で焼成するもので、加えて引出し電極または引出しピンを金属ケースに代わる電極膜と非接触の状態で焼成する」点が記載されていないことは認める。
しかしながら、引用例1記載のものが前記(1)<1>b)の方法で製造される場合において、引出し電極または引出しピンを焼成前に予め設けておくことは、引用例は1記載のもののように導体が基板に囲まれた構造であれば、当業者にとって明らかなことである。
また、この引出し電極または引出しピンを金属ケースに代わる電極膜に相当する接地導体と非接触の状態とすることも、両者のショートを避ける必要性があることが当業者に自明であることから、当然のことである。
<2> 原告は、本願発明は、4者を一体にした状態で焼成することにより製造の容易化、特性の均一化、コストダウンなどを達成し得るという特段の作用効果を有すると主張するが、前記b)の周知の製造方法にも、全体構造をグリーンシートや導体などで形成した後、1度の焼成で最終製品を作製したことによる製造の容易化、それに伴う特性の均一化、コストダウンなど、本願発明と同様の作用効果があることは明らかであり、前記の作用効果は、本願発明に特有な作用効果ではなく、審決に本願発明についての顕著な作用効果の看過はない。
<3> してみれば、これらの引用例1の記載から明らかな事項、あるいは、当然導き出される事項を勘案して、引用例2に記載された「セラミックを含むブロック体と該ブロック体の外表面に形成される電極膜とを一体焼成する」という技術的事項を引用例1に適用し、引用例1記載の接地導体の形成時期を、セラミックを含むブロック体の焼成と同時とすることにより、本願発明の製造方法を構成することは、当業者にとって容易になし得たものであって、審決の認定判断に誤りはない。
第4 証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の特許請求の範囲)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
第2 原告主張の取消事由について検討する。
1 成立に争いのない甲第2号証(平成3年特許出願公告第56003号公報)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
(1) 本願発明は、入力結合用電極膜、出力結合用電極膜、インターディジタル状またはコモライン状の共振電極膜の上下に、必要な厚み分だけ高周波用誘電体グリーンシートを積層してブロック体を構成すると共に、上記積層に先立って、あるいは積層後に、入力結合用電極膜及び出力結合用電極膜とそれぞれ導通する引出し電極または引出しピンをブロック体の外表面にまたは外表面から突出するように設け、ブロック体の外表面に、引出し電極膜または引出しピンと非導通の状態で金属ケースに代わる電極膜を形成し、一体焼成することを特徴とする分布定数形フィルタの製造方法にかかるものである。(2欄10行ないし22行)
(2) 従来の分布定数形フィルタは、構造が複雑で大型であるためコストが高く、また、予め形成された誘電体基板を粘着剤のような他の部材を介して貼り付けてシールする構造のように、基板間の距離が不均一になったり、共振電極周囲の状態が不均一になったりして、特性にムラがあった。(4欄44行ないし5欄9行)
(3) 本願発明は、分布定数形フィルタの製造の容易化、小型化、特性の均一化及びコストダウンを目的として(2欄7行ないし9行)、特許請求の範囲記載の構成(1欄3行ないし13行)を採用したことにより、その目的どおりの作用効果を奏するものである。(5欄2行ないし9行)
2 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1)<1> 原告は、引用例1に焼成工程の記載はないと主張する。
成立に争いのない甲第3号証(「電子通信学会技術研究報告」MW80-29~36、昭和55年9月25日発表)によれば、引用例1は、「2GH2帯小形インターディジタルバンドパスフィルターの試作結果」と題する発表であって、「インターディジタルBPFの構成方法」として、以下のように記載されていることが認められる。
「通常の三導体フィルタは、誘電体基板の一方に金属薄膜の高周波回路パターンを作製し、その上に他方の誘電体基板を重ねて固定する方法を用いているが、この様な方法では必ずしも良好なフィルタ特性は得られない。その理由は、誘電体基板の反りや金属薄膜の膜厚の不均一さの為に、ストリップ導体と、その上部に重ねる誘電体基板とが均等に密着しないからである。この様な場合、各共振器の共振周波数が異なり、フィルタ特性が損なわれる。
そこで我々は、図4に示す様に、アルミナ基板の相対向する面上に、鏡映関係になる様に金属薄膜のフィルターパターンを作製し、これらを電気的・機械的に接続する方法を用いた。
具体的には、二枚の誘電体基板上の金属薄膜導体(~5μm)のパターンをあらかじめハンダメッキ(~10μm)しておき、両パターンを重ね合わせた後、加熱して接続した。この方法によれば、内導体となる金属薄膜フィルターパターンが常に誘電体基板に密着しているため、先に述べた様な問題が生じにくく、又、外部からの機械的圧力に対しても安定なフィルタ特性が得られる。」(13頁左欄30行ないし41行、右欄表2下1行ないし11行)
以上の記載からすると、引用例1記載のフィルタの製造方法の特徴は、通常のフィルタが、誘電体基板の一方に金属薄膜の高周波回路パターンを作製し、その上に他方の誘電体基板を重ねて固定していたのに対して、アルミナ基板の相対向する面上に、鏡映関係になる様に金属薄膜のフィルターパターンを作製し、これらを電気的・機械的に接続することにあると認められる。そして、その接続方法の具体例としてハンダメッキが挙げられているが、ハンダの溶融温度とセラミックの焼成温度との差異を考慮すれば、この具体例は、焼成済みの基板を前提とするものであることが認められる。
前掲甲第3号証によれば、引用例1には、ハンダメッキの例が1つ記載されているのみで、他の具体例の記載はないが、引用例1の上記認定の記載内容に照らすと、引用例1がハンダメッキの例を挙げた意図は、その技術的課題解決のために、金属薄膜のフィルターパターンを鏡映関係に配置し、それを電気的・機械的に接続したということにあると解される。すなわち、電気的・機械的な接続は当然必要なのであるが、その接続方法自体に特徴があるのではなく、周知の焼成方法、接続方法であればどの方法を採用しても、引用例1記載の技術的課題を達成することができるとしているものと解される。
そこで、当業者が引用例1に記載された技術内容をどのように理解するかを判断するために、本出願当時の技術水準について検討する。
まず、電子回路部品の従来の製造方法をみると、成立に争いのない乙第1号証(「特許からみた多層印刷配線技術」特許動向シリーズ、特許庁編、社団法人発明協会昭和54年8月20日発行)によれば、金属導体を内蔵したセラミックの積層型構造からなる電子回路部品の製造方法について、「 無機質の基板としては一般にセラミックが用いられ、その積層態様として、a)焼成済みのセラミック配線板を積層接着するものと、b)未焼成のグリーンセラミックに導電塗料で回路導体を形成し、これを多数積層して加熱焼成することにより、回路導体とともに積層一体化するものとに分けられる。」(192頁右欄下から16行ないし10行)と記載され、さらに、上記a)、b)それぞれの製造方法についての特許の公告・公開公報が例示されていること(同欄末行ないし194頁左欄10行)が認められるから、被告の主張するように、引用例1記載のものと同じ技術分野において、上記a)、b)の方法は、当業者において本出願前周知であったということができる。
次に、鏡映関係に配置された電極膜を電気的・機械的に接続する方法についてみるに、成立に争いのない乙第5号証(昭和52年特許公開第73376号公報)によれば、名称を「多層セラミック基板の製造方法」とする発明について、「 第16図に見られる如く、導電路2と凹凸補正用未焼成セラミック層4を形成したグリーン・シート1と同じく導電路2と凹凸補正用未焼成セラミック層4を形成したグリーン・シート3とを衝合し、積層一体化すると、第17図に見られる如く、著しく厚い導電路2を有し、且つ、何等の欠陥もない多層セラミック基板Aを容易に得ることが出来る。」(3頁右下欄9行ないし16行)と記載されていることが認められるから、鏡映関係に配置された電極膜を電気的・機械的に接続する方法として、未焼成の基板とともに一体焼成することは、本出願前周知であったものと認められる。
以上のように、焼成済みのセラミック配線板を積層接続する方法とともに、未焼成のセラミックシート(グリーンシート)を回路導体とともに積層一体化する方法は周知であり(前記乙第1号証による認定)、さらに、鏡映関係に配置された導体を電気的・機械的に接続する方法として、未焼成の基板とともに一体焼成することが周知であった(前記乙第5号証による認定)ことが認められる。
そして、前掲甲第3号証を検討しても、引用例1記載のものにおいて基板が未焼成のものを特に排除する記載もなく、未焼成の基板を回路導体とともに積層一体化する周知の接続技術を組み合せることに何等の問題はないから、当業者であれば、引用例1には、そのような周知の接続技術を組み合せたものが開示されていると理解するというべきである。
そうすると、審決が、引用例1に焼成工程が明示的に記載されているかのように認定したことは措辞妥当を欠くが、本出願時の技術水準に基づいて引用例1記載の技術内容を理解すると、当業者であれば引用例1には前記認定の接続技術を用い得ることが開示されていると認識するものというべきであるから、本願発明と引用例1記載のものが「少なくとも1枚の高周波用誘電体グリーンシートを設けてブロック体を構成し」において一致するとした審決の認定は、結論において誤りがない。
原告は、被告は本訴において提出した乙第1号証及び乙第5号証は、審判手続において示されなかった新たな証拠であって、これを審決取消訴訟において提出することは許されない旨主張するが、審判手続で審理判断されなかった刊行物である引用例1記載のもののもつ技術的意義を明らかにするため、審判手続で現れていなかった資料に基づき本出願当時の技術水準を認定することは許されるから、原告の主張は理由がない。
<2> 原告は、引用例1記載の接地導体は金属ケースか金属ケースに代わる電極膜か明らかでないと主張する。
成立に争いのない乙第2号証(昭和54年実用新案登録願第149667号の願書添付の明細書のマイクロフィルムの写し)によれば、名称を「インタディジタル形ろ波器」とする実用新案について、考案の詳細な説明には、「外導体および内導体を誘電体板に密着した導体膜で形成したもので」(2頁14行ないし16行)と記載されており、同乙第3号証(昭和55年実用新案登録願第130098号の願書添付の明細書のマイクロフィルムの写し)、同第4号証(昭和57年実用新案出願公開第53701号公報、上記出願の公開公報)によれば、名称を「三導体構造フィルタ」とする実用新案について、外導体を導体膜で形成することが記載されていることが認められる(すなわち、乙第3号証には、「フィルタ組立後に、導体薄膜のウェルディングあるいは導電性ペースト等によって、上記調整孔をふさぎ」(7頁12行ないし14行)と記載されており、導体薄膜の存在が示唆されている。)。これらの書証も審判手続で審理判断された刊行物である引用例1記載のもののもつ技術的意義を明らかにするための資料であるから、これを審決取消訴訟において提出することに手続上の問題はない。
そうすると、引用例1記載のものと同じ技術分野で、「外導体を導体膜で形成すること」は、当業者において本出願前周知・慣用の技術であったということができる。
してみれば、引用例1の第4図に記載のような小さい電子部品の外部を覆う接地導体について、これを金属ケースに代わる金属膜であるとすることは、当業者が普通に考えることであるということができ、引用例1の第4図に図示された接地導体は金属膜であるとした審決の認定に誤りはなく、「ブロック体の外表面に金属ケースに代わる電極膜を形成した」との一致点の認定が誤りであるということはできない。
原告は、乙第2ないし第4号証記載のものは、単に密着するものやエッチング処理によるものにすぎず、かかる薄膜がグリーンシートと一体焼成されることを前提として形成されていると認めるに十分な記載はない旨主張するが、これらの書証に一体焼成の技術の開示がされているということではなく、「外導体を導体膜で形成すること」が周知・慣用の技術であることが示されているとするのであるから、原告の主張は理由がない。
<3> 原告は、引用例1の誘電体基板は焼成済みのセラミック基板であると主張する。
しかしながら、前記(1)<1>判示のとおり、引用例1は、未焼成のものを排除しているとは認められず、周知技術を勘案すれば、審決が、引用例1に「誘電体基板を重ねて焼成する後か焼成する前に」ということが記載されているとしたこと、また、「少なくとも1枚の高周波用誘電体グリーンシートを設けて」と認定したことが違法であるとして、審決を取り消すことはできない。
そして、前掲乙第1号証によれば、「b)未焼成基板を積層するもの」の項目の下に、特許の公告・公開公報が例示されているが、これらによれば、未焼成基板を用いても、本来、隙間や反りが生じるものであり、そのような技術的課題に対処する技術が開示されていることが認められる(たとえば193頁右欄3行、14行)。
したがって、未焼成の軟質状態にあっても、加圧の仕方によっては、グリーンシートの圧縮の度合いが部分的に相違し、焼成後に基板に反りが生じ、導体と基板とが均等に密着しないことがあることが認められるから、原告が主張するように、引用例1記載の「誘電体基板が反りや膜厚の不均一さを生じ、それらが適正な形状に戻せない程度の硬さを有していることを意味し、引用例1記載のものが焼成済みの誘電体を前提としている」とすることはできないというべきである。
(2) 以上のとおり、審決の一致点の認定について誤りがあるとすることはできない。
3 取消事由2(相違点(d)に対する判断の誤り)について
(1)<1> 引用例2には、特に第2図とその説明に、層「金属膜11とセラミック12からなるボディの最大焼成温度を、ボディの上の銀-パラジウムからなる電極(以下「電極D」という。)の融点より50°F低い温度とすること」が記載されていること、このことは、「ボディと電極Dを一体に形成したあと、そのボディと電極Dを焼成すること」を示しているといえること、は原告も認めるところである。
そして、引用例2には、「入力結合用電極膜、出力結合用電極膜、インターディジタル状またはコモライン状の共振電極膜と高周波用誘電体グリーンシートと引出し電極または引出しピンと金属ケースに代わる電極膜の4者を一体にした状態で焼成」し、「加えて引出し電極または引出しピンを金属ケースに代わる電極膜と非接触の状態で焼成する」点が記載されていないことは当事者間に争いがない。
なお、審決は、本願発明の特許請求の範囲の「一体焼成」は、「金属ケースに代わる電極膜を前もってグリーンシートの周りに形成したあと、単に、金属ケースに代わる電極膜とグリーンシートと一体にした状態で焼成することの意味であると解する」旨説示しているところ、前掲甲第2号証によれば、本願明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載からして、その意味するところは、2つ以上のものを焼成することにより1つの一体状態の新たなものを製造するということ(一体状態に焼成すること)ではなく、2つ以上のものを単に一体にした状態で焼成すること(一体にして焼成すること)の意味であると解され、審決はこの点を念のために説示したものであって、その解釈に誤りはない。
このことからすると、金属ケースに代わる電極膜とグリーンシートを一体焼成することにより、製造方法上の効果はあるとしても、フィルタ自体の構造上に格別のものが生じるとは認められない。
<2> 原告は、本願発明は、「加えて引出し電極または引出しピンを金属ケースに代わる電極膜と非接触の状態で焼成する点に特徴を有するものである」のに、引用例2には、この点の記載もない旨主張する。
しかしながら、引出し電極または引出しピンを金属ケースに代わる電極膜と非接触の状態とすることは、被告のいうように、両者のショートを避ける必要性があることが当業者に自明のことと認められるし、原告も、審決の相違点(c)に対する判断で、このことを認めているから、この点に格別の技術的特徴があるとはいえない。
<3> 原告は、また、「引出しピンを敢えて一体焼成させることの技術的意味は、焼成前の軟質グリーンシートへの引出しピンの取付け作業の方が、焼成後における硬質誘電体基板への取付け作業より簡単であり、しかも、硬質誘電体基板に対する引出しピンを接続するための穿孔作業は容易ではなく、製品にバラツキを生じ易いことを考えれば、本願発明における4者1体焼成の技術的意味は大きい」旨主張する。
しかしながら、引用例2には、セラミックを含むブロック体とこの外表面に形成される電極膜とを一体焼成する記載があるのであり、このような技術を引出し電極または引出しピンを有する分布定数形フィルタに適用するとすれば、引用例1のように導体が基板に囲まれた構造であれば、一体焼成の後に、引出し電極または引出しピンを設けることは事実上不可能であると認められるから、引出し電極または引出しピンまで一体焼成することは、当業者には自明のことであるというべきである。
そうすると、引用例2に記載された「セラミックを含むブロック体と該ブロック体の外表面に形成された電極膜とを一体焼成する」という技術的事項を引用例1記載のものに適用し、本願発明の製造方法を構成することは、当業者にとって容易になし得たということができ、審決の認定判断に誤りはない。
<4> そして、本願発明において4者を一体にした状態で焼成することによって奏する作用効果についても、全体構造をグリーンシートや導体などで形成した後、一度の焼成で最終製品を作製することによる製造の容易化、それに伴う特性の均一化、焼成回数が一回で済むことによるコストダウンなど、一体焼成という技術自体の有する作用効果であると認められるから、一体焼成の技術の適用によって、そのような効果が生じるであろうことは、当業者が当然に予測し得たことであり格別のものではないというべきである。
(2) 以上のとおり、審決の相違点(d)についての判断を誤りであるとすることはできない。
4 そうすると、原告の審決の取消事由の主張はいずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。
第3 よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)
別紙図面 1
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別紙図面 2
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別紙図面 3
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