東京高等裁判所 平成5年(行ケ)147号 判決 1997年3月06日
東京都港区海岸1丁目5番20号
原告
東京瓦斯株式会社
同代表者代表取締役
安西邦夫
東京都中央区日本橋本町4丁目4番2号
原告
三菱化学産資株式会社
同代表者代表取締役
菊池寿
原告ら訴訟代理人弁理士
渡辺秀夫
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
同指定代理人
會田博行
同
中村友之
同
酒井雅英
同
花岡明子
同
小池隆
主文
特許庁が平成3年審判第18719号事件について平成5年7月5日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事の求めた裁判
1 原告ら
主文と同旨の判決
2 被告
「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告らは、昭和61年9月26日、名称を「床暖房マット」とする考案(以下「本願考案」という。)につき、実用新案登録出願(昭和61年実用新案登録願第146481号)をしたが、平成3年8月28日拒絶査定を受けたので、同年9月26日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成3年審判第18719号事件として審理した結果、平成5年7月5日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年7月28日、原告らに送達された。
2 本願考案の要旨
断熱層である基材シート上に配管溝を設けると共に、該配管溝に熱媒体の導管を敷設し、その表面側に被覆材を被着した床暖房マットにおいて、上記基材シートは発泡倍率が10~40倍の独立気泡を有する低密度ポリエチレンの架橋発泡体により、また上記導管は低密度ポリエチレンの架橋体によりそれぞれ形成して成ることを特徴とする床暖房マット。
3 審決の理由の要点
(1) 本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。
(2)<1> これに対して、「実願昭58-154206号(実開昭60-60608号)のマイクロフイルム」(以下「引用例1」という。)には、「発泡シート1上に配管溝2を設けると共に、該配管溝2に温水の可撓性ホース3を敷設し、その表面側に表面材4を被着した床暖房装置の放熱体」を構成とする考案が記載されていると認める。
<2> 「特開昭61-188431号公報」(以下「引角例2」という。)には、「発泡倍率が13.2~32.4倍の低密度ポリエチレン系樹脂の架橋発泡体で形成したマット基材」を構成とする考案が記載されていると認める(特に、引用例2第3ページ右下欄14行目及び5ページ第1表「発泡率(倍)」の欄参照。)
(3) そこで、本願考案と引用例1に記載された考案とを対比する。
引用例1に記載された考案における「発泡シート1」、「温水」、「可撓性ホース3」、「表面材4」及び「床暖房装置の放熱体」は本願考案における「基材シート」、「熱媒体」、「導管」、「被覆材」及び「床暖房マット」に相当するので、両者は、「基材シート上に配管溝を設けると共に、該配管溝に熱媒体の導管を敷設し、その表面側に被覆材を被着した床暖房マット」で一致し、下記A~Dの点で相違する。
A:本願考案では「基材シートが断熱層である」が、引用例1に記載された考案では 断熱層であるという明示がない点。
B:本願考案では「基材シートは発泡倍率が10~40倍の低密度ポリエチレンの架橋発泡体により形成して」いるが、引用例1に記載された考案では「基材シートを発泡体により形成して」いるだけの点。
C:本願考案では「基材シートを形成するポリエチレンの架橋発泡体を独立気泡を有するものとして」いるが、引用例1に記載された考案では「基材シートを形成するポリエチレンの架橋発泡体」を独立気泡を有するものとしているのかどうか不明である点。
D:本願考案では「導管を低密度ポリエチレンの架橋体により形成して」いるが、引用例1に記載された考案では導管をそのように形成しているのかどうか不明である点。
(4)<1> まず相違点Aについて検討する。引用例1に記載された考案たは「基材シートが断熱層である」と明記はされていない。しかし、「基材シートが断熱層である」ことは床暖房マットの分野では技術常識にすぎない。したがって、相違点Aは形式的なものであり、実質的な相違点ではない。
<2> 次に相違点Bについて検討する。引用例2の考案における「13.2~32.4倍」及び「マット基材」は、本願考案における「10~40倍」及び「基材シート」に相当するから、相違点Bにおける本願考案の構成が引用例2に記載されているのは明らかである。また、同相違点の引用例1に記載された考案の構成に引用例2に記載されている考案の構成を組み合わせ、同相違点の本願考案の構成に到達することは以下に述べるようにきわめて容易である。
本願考案が基材シートにおける耐熱性、柔軟性、断熱性の3つのものの改良を目的としているのに対して、引用例1に記載された考案はそのうちの1つの柔軟性(可撓性)の改良を目的としている。さらに、引用例2に記載された考案の「発泡倍率が13.2~32.4倍の架橋低密度ポリエチレン系樹脂発泡体で形成したマット基材」を採用すると柔軟性を改良できると引用例2に記載されている(引用例2第3ページ右下欄12行、13行目参照。)。このように引用例1に記載された考案の目的の達成手段が引用例2に記載されている点からみて、引用例1に記載された考案にこの達成手段を組み合わせ、柔軟性の改良の目的を達成することはきわめて容易に行なえると言うべきである。
本願考案の目的のうち残りの2つは、引用例1に記載された考案では明記されていないところ、床暖房マットの基材シートに良好な耐熱性、断熱性が要求されるのは技術常識にすぎず、また引用例2には、「発泡倍率が13.2~32.4倍の架橋低密度ポリエチレン系樹脂発泡体で形成したマット基材」を採用すると耐熱性を改良できると記載されており(引用例2第3ページ右下欄12行、13行目参照。)、さらに、断熱性の向上も同欄14行~17行目の「断熱材の用途に使用できる由」と記載されている。それゆえに、耐熱性、断熱性の改良の目的が達成されることも当業者にとってきわめて容易に推測され得る。
したがって、上述のように、本願考案の3つの目的の違成がすべてきわめて容易に推測される以上、相違点Bの引用例1に記載された考案の構成に引用例2に記載されている考案の構成を組み合わせ、同相違点の本願考案の構成に到達することはきわめて容易であると言わざるを得ない。
<3> 次に相違点Cについて検討する。本願考案の基材シートは発泡断熱材で形成されているが、発泡断熱材に独立気泡を有せしめることは、慣用化されている技術にすぎない。したがって、引用例1に記載された考案の「基材シートを形成するポリエチレンの架橋発泡体」を独立気泡を有するものとすることは、単なる設計事項にすぎない。
<4> 相違点Dについて検討すると、
「導管をポリエチレンの架橋体により形成する」ことは本出願前、周知の技術にすぎない。(必要ならば実公昭58-38882号公報、実願昭58-10327号(実開昭59-116713号)のマイクロフイルム参照)。
また低密度ポリエチレンは軟質であり、高密度ポリエチレンは硬質であることは周知の事項である(必要ならば昭和46年3月10日大成社出版部発行、ポリマー辞典第2版第132及び261ページ参照)ので、可撓性の要求される引用例1に記載された考案の導管のポリエチレンを低密度のものとすることは技術常識である。
したがって、引用例1に記載された考案の「導管を低密度ポリエチレンの架橋体により形成する」ことは単なる設計事項にすぎない。
<5> 以上のように本願考案の構成は引用例1に記載された考案の構成に引用例2に記載された考案の構成を組み合わせることにより、当業者がきわめて容易に到達し得る程度のものである。
<6> そして本願考案の効果も引用例1、2に記載された考案の効果から当業者がきわめて容易に推測し得る程度のものにすぎない。
(5) したがって、本願考案は、引用例1、2に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるので、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。
4 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点(1)、(2)は認める。
同(3)のうち、相違点Dは争い、その余は認める。相違点Dのうち、引用例1に記載された考案の導管は、「合成樹脂等の材料からなる可撓性ホース」と明記されている。
同(4)のうち、<1>は認め、<2>、<3>は争う。<4>のうち、「「導管をポリエチレンの架橋体により形成する」ことは本出願前、周知の技術にすぎない」こと、及び「低密度ポリエチレンは軟質であり、高密度ポリエチレンは硬質であることは周知の事項である」ことは認め、その余は争う。ただし、低密度ポリエチレン自体も相当硬質のものである。同<5>、<6>は争う。
同(5)は争う。
審決は、引用例2の記載内容の誤認等の理由により、本願考案と引用例1に記載された考案との相違点についての判断を誤り、本願考案の顕著な作用効果を看過した結果、進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(相違点Bについての判断の誤り)
審決の相違点Bについての判断は、誤りである。
<1> 引用例2には、発泡倍率が10~20倍の低密度ポリエチレンの架橋発泡体について記載されていない。
引用例2において、基材シートとして使用することができる発泡体は、エチレンープロピレンランダム共重合体と低密度ポリエチレンのポリマーブレンドの架橋発泡体であって、本願考案で使用する低密度ポリエチレンの梨橋発泡体については全く記載されていない。
引用例2に記載されている柔軟性、耐熱性についての効果は、低密度ポリエチレンとは異なるポリマーブレンドの架橋発泡体によりもたらされている効果であって、このような記載から、全く異なる物質である低密度ポリエチレン架橋発泡体を床暖房用基材シートに使用した場合の効果を予測することは不可能である。
<2> さらに、引用例2には、その架橋発泡体を基材シートに使用することは記載されているが、床暖房用として使用することは示されていない。
そして、床暖房マットは導管との組み合わせで特別の性能が要求されるものであるから、通常想定される単なるシート基材とは全く異なる技術分野に属するものであり、引用例2の架橋発泡体が床暖房用基材シートに使用できることについて示唆はないとすべきである。
<3> 被告は、乙第6号証中の記載から、本願考案の「ポリエチレン」は、エチレンと5モル%以下のプロピレンとの共重合体をも含むと解されると主張する。しかし、JISは、成形材料の商取引の便宜を図るために大まかに商品としての分類をしただけであって、化学反応における化合物の命名法を定義したものではないから、JISを理由に化学反応に異なる材料を持ち込むことは、化学常識に反する。
被告は、引用例2において、ポリマーブレンドの原料成分である低密度ポリエチレンは、低密度ポリエチレン同士で、あるいはエチレンープロピレンランダム共重合体と架橋発泡するものであるから、引用例2の架橋発泡体と本願考案の低密度ポリエチレンの架橋発泡体とは同等であると主張する。しかし、化学反応は、原料化合物の分子間に新しい原子の結合を形成したり、原料化合物の分子中の原子間の結合を切断して新しい化合物を生成するものであり、原料成分がそのままの状態で存在する混合物とは異なるものである。引用例2に記載されたものは、エチレンープロピレンランダム共重合体を反応原料の1つとし、低密度ポリエチレンを他の原料として架橋発泡させたものであり、原料成分であるポリマーが互いに結合して網状構造の新しい化合物であるポリマーの架橋発泡体となるのであり、化合物の主鎖、すなわち、メイン骨格を低密度ポリエチレン架橋発泡体のそれとは異にするものであるから、本願考案の低密度ポリエチレンの架橋発泡体とは別異の化合物であることは明らかである。
(2) 取消事由2(相違点Cについての判断の誤り)
審決の相違点Cについての判断は、誤りである。
基材シート中の独立気泡性の発泡体は、断熱性を有するだけではなく、機械強度が大きく、良好な姿勢維持性を有しており、外力により変形しても再び元の形状に戻る復元性能を有している。これらの性能によって、導管の変形に追従して変形しながらも導管を拘束することができる作用効果を奏するものである。
そして、導管が低密度ポリエチレンの架橋体で形成されており硬度の大きい管であるから、基材シートも単なるポリエチレンの独立気泡発泡体では復元性があっても剛性とのバランスがとれないので導管を適切に拘束できない。導管の変形に追従して変形しつつ導管を拘束するためには、基材シートは剛性を向上した低密度ポリエチレンの独立気泡を有する架橋発泡体でなければならないのである。
(3) 取消事由3(相違点Dについての判断の誤り)
審決は、「可撓性の要求される後者の導管のポリエチレンを低密度のものとすることは技術常識である。したがって、引用例1に記載された考案の「導管を低密度ポリエチレンの架橋体により形成する」ことな単なる設計事項にすぎない」と判断するが、誤りである。
床暖房マットは使用時に基材シートに配置した導管に熱水を通すから、導管は、加熱されて膨張し、変形して基材シートとの関係により、導管の立ち上がり、導管の離脱等の現象が発生する。この問題を解決するためには導管と基材シートの材質と物性を考えて、基材シートが導管の膨張に追従して変形しながら適切に導管を拘束しなければならない。このように床暖房マットにおいては導管と基材シートの組み合わせが最も重要であり、両者の結合は重要な技術的意味を有している。
本願考案で用いる導管は、低密度ポリエチレンの架橋体で形成された耐熱性、耐圧性、耐老化性に優れた比較的剛性のある導管であり、基材シートと組合せて使用時の導管の立ち上がり、離脱、マット端縁の浮き上がり等のマットの熱変形を防止したものであって、床暖房マットにおいて、このような導管を選択し、低密度ポリエチレンの架橋体の独立気泡発泡体からなる基材シートと組み合わせることにより、格別顕著な効果を奏するものであるから、この構成の採用は単なる設計事項とはいえない。
(4) 取消事由4(顕著な作用効果の看過)
審決は、「本件考案の効果も引用例1、2に記載された考案の効果から当業者がきわめて容易に推測し得る程度のものにすぎない」と判断するが、誤りである。
<1> 本願考案の出願当時、導管の熱膨張により発生する、導管の立ち上がり、導管のマットからの離脱、マットの端縁の浮き上がり、足感触性等の解決が課題となっていた。
このような課題は、基材シートの剛性と導管の剛性、熱膨張率との関係によって発生するから、使用時に熱水を通すと導管は熱膨張し、基材シート上に設けた導管溝から離脱するので基材シートで導管を拘束する必要がある。
ところが、基材シートの剛性が大きく、導管を強く拘束すると導管は長さ方向に伸びることができないので上方に立ち上がる。一方、基材シートの剛性が小さいと導管は基材シートにより拘束されずに離脱する。さらに導管の剛性及び熱膨張率と基材シートの剛性のバランスが崩れるとマットの端縁は導管に押されて浮き上がる。このため、基材シートが導管の熱膨張に追従して変形しながらなおかつ導管を拘束することが必要であり、さらに熱膨張した導管に押されて浮き上がらない剛性が必要である。その上、足で踏んだときマットが体重により必要以上に沈み導管に触れないことが必要であり、このような剛性を有さなければならない。このような性能は単にマットと導管に個々に求められるものではなく、両者を組み合わせたときに有することが重要である。
本願考案の構成の奏する効果は、基材シートの材質、発泡倍率と気泡構造、及び導管の材質の選択、組み合わせによってはじめて奏される格別顕著な効果である。
<2> 審決は、本願考案は基材シートの耐熱性、柔軟性、断熱性の3つのものの改良を目的としていると説示しているが、床暖房マットの前提的、基本的解決課題を解決した本願考案の作用効果を看過している。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は争い、同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告ら主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1について
<1> 本願考案の低密度ポリエチレンの架橋発泡体と引用例2の考案の低密度ポリエチレン系樹脂の架橋樹脂発泡体とは、同等であり実質的に同一である。
引用例2の低密度ポリエチレン系樹脂の架橋発泡体は、エチレンープロピレンランダム共重合体と低密度ポリエチレンとの混合物(ポリマーブレンド)を架橋、発泡させたものである。したがって、引用例2の低密度ポリエチレン系樹脂の架橋発泡体が低密度ポリエチレン架橋発泡体に該当するか否かは、このようにして得られた別種のポリマーが低密度ポリエチレン架橋発泡体であるか否かで判断されるべきである。
そこで、引用例2の低密度ポリエチレン系樹脂の架橋発泡体の成分について、具体的に、実施例4によると、上記ポリマーブレンドを架橋、発泡させた架橋発泡体の単量体成分は、エチレンが97.3モル%、プロピレンが2.7モル%となっている。
そして、乙第6号証(日本工業規格 ポリエチレン成形材料 JIS K 6748-1981第1頁7行、8行)によれば、「ポリエチレンとは、エチレンの単独重合体、エチレンと5モル%以下の1-オレフィン単量体との共重合体」であるから、上記別種のポリマー架橋発泡体が低密度ポリエチレン架橋発泡体であることは明らかである。
<2> 原告らは、引用例2には床暖房用として使用することは示されていないと主張するが、審決は、そもそも引用例2に床暖房用マット用のものが記載されているとは認定していないものである。
(2) 取消事由2について
独立気泡の発泡体は、機械的強度が大きく、良好な姿勢維持特性を有しており、復元性能に優れているとの点については、このような点が本願明細書に示されていないばかりでなく、周知のものという証拠も示されていない。かえって、独立したセルであるがゆえに、変形力が集中してこのセルがつぶれると、もう元には戻らないと考えることも可能である。
上記の構成により導管の熱膨張変形に対する追従、あるいは導管の拘束という効果を有するとの点については、この点が本願明細書に記載されていない上、機械的強度が強いことから導き出される効果は、基材シートが破壊しにくいことであるし、導管を拘束するための特別の構成がない考案で、いくら機械的強度を大きくしても、導管を拘束できるなどという効果が生ずるはずはない。
また、姿勢維持特性に優れるということは、すなわち、剛性が大きいということであり、耐熱性を付与できる余地が狭まってしまうという困った事柄を生ぜしめるのである。
(3) 取消事由3について
<1> 低密度ポリエチレンは軟質であり、高密度ポリエチレンは硬質であることは、審決が引用する文献から明らかである。可撓性の要求される導管のポリレチレンを低密度にすることは、単なる設計事項にすぎない。
そして、架橋前の樹脂の性質は、架橋後にすべて失われるわけではないので、架橋前に高密度ポリエチレンより軟質である低密度ポリエチレンは、架橋後においてもやはり同様な性質を維持すると考えられる。
<2> 本願考案の要旨(実用新案登録請求の範囲)たは、基材シートを架橋発泡体により形成することが記載されているが、架橋体には架橋度によっていろいろな硬さのものが存在するものであるから、上記記載から、直ちに上記のバランス機能を有する特殊な剛性が記載されているとはいえない。
本願明細書には、「導管の熱膨張力を吸収してマット全体の変形を抑えることができる」という効果は記載されているが、「導管の熱膨張による変形に対する追従」、「導管の拘束」といった効果は記載されていないものである。
(4) 取消事由4について
<1> 本願明細書に記載された効果は、「柔軟性及び耐熱性に優れていると共に、熱伝導率を小さくすることができる。したがって、使用時に熱変形の生じる心配を解消すると同時に熱損失を少なくすることが可能であり、導管からの放熱を被覆材側に効率よく伝達することができるし、また、導管の熱膨張力を吸収してマット全体の変形を抑えることができる。」、「導管自体にも可撓性があってマットは相当程度の巻き込みが可能となり、その軽量性と相俟って運搬や格納に便利である取扱上の利点があり、加えて、敷設面に対する良好な適合性によって違和感なく使用できる。」というものである。
しかし、これらの効果は、本願考案の構成から当然予想できる程度のものにすぎない。
<2> 原告らは、ⅰ)導管の立ち上がりの問題、ⅱ)導管の離脱の問題、ⅲ)マット端部の浮き上がりの問題、ⅳ)足感触性の問題が解決できるという効果を有すると主張するが、本願明細書中の「導管の熱膨張力を吸収してマット全体の変形を抑えることができる」との記載は、単に基材シートの柔軟性及び耐熱性による変形の抑制を意味しているものであり、上記ⅰ)ないしⅳ)の問題の解決を意味するものではない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願考案の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
そして、審決の理由の要点(2)(引用例の記載事項の認定)、同(3)(相違点、一致点の認定)のうち、相違点Dを除く事実及び(4)<1>(相違点Aについての判断)は、当事者間に争いがない。
2 甲第3号証(平成3年4月3日付け手続補正書)によれば、本願明細書には、本願考案の技術的課題(目的)及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
(1) 技術的課題(目的)
「導管を敷設する従来の基材シートは耐熱性が劣っているために使用時の変形が大きく、その素材に耐熱性を付与しようとすると、柔軟性が損なわれて床面との適合性や感触が悪くなるし、また、素材は連続気泡のために熱伝導率が大きく、したがって熱損失も大きいといった問題がある。」(2頁10ないし15行)
「本考案は上記の問題を解決したものであって、その目的はマット全体として耐熱性と柔軟性を向上し、かつ、熱損失を少なくして通常のカーペットと併用した場合でも良好なる暖房雰囲気を形成できるように改良した床暖房マットを提供することにある。」(2頁20行ないし3頁5行)
(2) 作用効果
「本考案は・・・導管内を流通する熱媒体によって表面層である被覆材が加熱され、良好な暖房雰囲気を形成できることは勿論のこと、床暖房マットの断熱層である基材シートは、特に発泡倍率10~40倍の独立気泡を有する低密度ポリエチレンの架橋発泡体により形成されているので、柔軟性及び耐熱性に優れていると共に、熱伝導率を小さくすることができる。したがって、使用時に熱変形の生じる心配を解消すると同時に熱損失を少なくすることが可能であり、導管からの放熱を被覆材側に効率よく伝達することができるし、また、導管の熱膨張力を吸収してマット全体の変形を抑えることができる。そして、・・・導管自体にも可撓性があってマットは相当程度巻き込みが可能となり、その軽量性と相俟って運搬や格納に便利である取扱上の利点があり、加えて、敷設面に対する良好な適合性によって違和感なく使用できる」(同5頁9行ないし6頁7行)。
3 原告ら主張の取消事由の当否について判断する。
(1) 取消事由1(相違点Bについての判断の誤り)について
<1> 引用例2に、「発泡倍率が13.2~32.4倍の低密度ポリエチレン系樹脂の架橋発泡体で形成したマット基材」を構成とする考案が記載されていることは、前記1に説示のとおりである。
そして、甲第5号証によれば、引用例2には、その特許請求の範囲の欄において、「(A)15~30重量%の範囲量のプロピレン成分を含有し、100~118℃の融点(Tm)および85~100℃の結晶化温度(Tmc)を有するエチレン・プロピレンランダム共重合体(Tm)
および
(B) 115℃未満の融点(Tm)および0.935g/cm2面以下の密度を有する低密度ポリエチレンとのブレンド比(B/A)が0.10~5.70の範囲内であるブレンドポリマからなり、・・・
発泡率の高い架橋ポリエチレン系樹脂発泡体。」(1頁左下欄5行ないし18行)と記載され、発明の詳細な説明の欄には、「本発明の目的は、優れた柔軟性を有するのみならず、耐熱性に優れた発泡倍率の高い架橋ポリエチレン系樹脂発泡体を提供するにある」(2頁左上欄1行ないし3行)、「前記の共重合組成を有するエチレン・プロピレンランダム共重合体(A)に低密度ポリエチレン(B)を前記の範囲内でブレンドし、公知の加熱分解型発泡剤・・・を混合し、・・・この成形されたシート状物を・・・公知の任意の方法を適用して架橋する。・・・かくして得られる架橋成形品は、・・・成形品内部に含有される発泡剤を急激に分解させることによって発泡体に変換される。」(3頁左上欄13行ないし左下欄9行)、「本発明の架橋ポリエチレン系樹脂発泡体は、・・・卓越した柔軟性並びに耐熱性を有しており、・・・マット基材・・・などの多くの用途に使用、展開することができる。」(3頁右下欄10行ないし17行)、「得られた発泡シートについて評価試験を行った。その結果を第1表に示した。」(4頁右下欄17行ないし18行)と記載され、第1表(5頁)によると、実施例1ないし6では、発泡倍率13.2~32.4倍の発泡体が記載されていることが認められる。
以上に認定の事実によれば、引用例2にいう低密度ポリエチレン系樹脂の架橋発泡体とは、エチレンープロピレンランダム共重合体と低密度ポリエチレンとのポリマーブレンドを架橋、発泡させたものであると認められる。
被告は、引用例2の低密度ポリエチレン系樹脂の架橋発泡体と本願考案の低密度ポリエチレンの架橋発泡体とは、同等であり実質的に同一であると主張する。
しかし、弁論の全趣旨によれば、一般にポリマーの技術分野において、単量体成分が同じでも、ポリマーの製造方法(例えば、共重合法、グラフト重合法、ブロック重合法、ブレンド法等)によって生成するポリマーは、それぞれ物質的にも又物性的にも異にするものであると認められるから、単に、単量体成分が同一か否かをもって生成ポリマーの異同を論ずることは、技術的根拠がないものと認められる。また、弁論の全趣旨によれば、ポリマーブレンドは、互いに異質なポリマーを人為的に混合し、力学的、熱的、光学的その他実用面において特徴ある材料を見いだそうとするものであり、ポリマーブレンドと単独ポリマーは異なるものとして取り扱われており、それらを架橋、発泡したものも互いに異なるものであると認められる。そうすると、引用例2に記載されたものは、エチレンープロピレンランダム共重合体と低密度ポリエチレンとのポリマーブレンドを架橋、発泡させたものであり、原料成分として低密度ポリエチレンが使用されているものの、本願考案の低密度ポリエチレンの架橋発泡体と引用例2の架橋発泡体とは異なるものであると認められるから、上記被告の主張は理由がない。
<2> したがって、審決の相違点Bについての判断は誤りである。
(2) 取消事由3(相違点Dについての判断の誤り)について
<1> まず、原告らは、審決の理由の要点(3)(一致点、相違点の認定)のうち、相違点Dは争うと主張し、その理由として、相違点Dのうち、引用例1に記載された考案の導管は、「合成樹脂等の材料からなる可撓性ホース」と明記されていると主張するが、いずれにしても、審決は導管の材質の点を相違点Dとして取り上げているのであるから、引用例1に記載された考案の導管を「合成樹脂等の材料からなる可撓性ホース」と明記しないことをもって、相違点の認定の誤りがあるとすることはできない。
<2> 次に、審決の理由の要点(4)<4>のうち、「導管をポリエチレンの架橋体により形成することは本出願前、周知の技術にすぎない」こと、「低密度ポリエチレンは軟質であり、高密度ポリエチレンは硬質であることは周知の事項である」ことは、当事者間に争いがない。
<3> 本願考案は、床暖房マットの基材シートとして、特に発泡倍率が10ないし40倍の独立気泡を有する低密度ポリエチレンの架橋発泡体を使用することにより、「導管の熱膨張力を吸収してマット全体の変形を抑えることができる」という効果を奏するものであることは、前記2(2)に説示のとおりである。
そうすると、本願考案において基材シートと導管を組み合わせることによる技術的意義を考慮することなく、「導管を低密度ポリエチレンの架橋体により形成する」ことは単なる設計事項にすぎないとした審決の判断は誤りであると認められる。
<4> 被告は、基材シートは、架橋度によっていろいろな硬さのものが存在するものであるから、単に「発泡倍率が10~40倍の独立気泡を有する低密度ポリエチレンの架橋発泡体」との記載から、直ちに原告ら主張のバランス機能を有する特殊な剛性が記載されているとはいえないと主張する。しかしながら、甲第9号証及び弁論の全趣旨によれば、ヤング率2、100kgf/cm2、熱膨張率20×10-5/℃、外径8mm、内径5mmの低密度ポリエチレン架橋体製の導管を、発泡倍率20倍、ヤング率20kgf/cm2、熱膨張率17×10-5/℃、厚み10mmの独立気泡を有する基材シートと組み合わせたもの(本願考案の一実施例に当たるもの)、並びに、同一の導管と、発泡倍率45倍、ヤング率14kgf/cm2、熱膨張率28×10-5/℃、厚み10mmの独立気泡を有する基材シートを組み合わせたもの(比較例)について、導管に80℃の温水を通し、流通開始後3時間後の状態を測定したところ、マット端縁の浮き上がりが前者では最大約20mm、後者の比較例では最大約150mmの違いが生じたことが認められる。この実験結果は、発泡倍率20倍のものについてのものであるが、他の発泡倍率等のものについては本願明細書に記載された効果が生じないと認めるべき根拠も見いだせないから、被告の上記主張は採用できない。
さらに、被告は、本願明細書には、「導管の熱膨張による変形に対する追従」、「導管の拘束」といった効果は記載されていない等と主張するが、前記2(2)に認定のとおり、本願明細書には、「導管の熱膨張力を吸収してマット全体の変形を抑えることができる。」と記載されているところ、導管の熱膨張による変形に対する追従、導管の拘束ということを解決することによって、最終的にマット全体の変形を抑えることができると解することが相当であるから、この点の被告の主張は理由がない。
<5> そうすると、審決の相違点Dについての判断は誤りであるといわなければならない。
(3) そして、以上の点の判断の誤りが審決の結論に影響することは明らかである。
4 よって、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)