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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)186号 判決 1996年6月13日

東京都中央区銀座4丁目2番11号

原告

東芝機械株式会社

同代表者代表取締役

岡野貞夫

同訴訟代理人弁理士

浜田治雄

吉嶺桂

同訴訟復代理人弁理士

谷田睦樹

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

同指定代理人

左村義弘

湯原忠男

及川泰嘉

関口博

主文

被告が平成4年審判第13193号事件について平成5年9月6日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とまる。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和57年1月28日、名称を「半導体気相成長装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、特許出願(特願昭57-11997号)をし、昭和63年6月8日出願公告されたが、同年9月8日特許異議の申立てがあり、平成4年4月8日特許異議の申立ては理由があるとの旨の決定とともに拒絶査定を受けたので、同年7月16日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成4年審判第13193号事件として審理した結果、平成5年9月6日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年10月6日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

シリコン等の基板上に気相成長を行わしめる反応炉と、前記基板を加熱する手段と、気相成長に必要な各種ガス源と前記反応炉との間を接続する管路網と、該管路網上に設けられ前記各種ガスに対しその所望量を前記反応炉に導くよう前記管路網を形成せしめる弁装置とこの弁装置のオン、オフないしはその開度を制御するための信号および前記加熱手段を制御する信号を与える制御装置とからなる半導体気相成長装置において、

前記制御装置は、前記炉内における1回の気相成長に係る実際の各シーケンスプロセスに対応して必要とされるシーケンス時間と該シーケンス時間内において供給されるべき1つまたは複数のガスの種類およびその流量と前記シーケンス時間内において炉内で実現すべき温度とに関する情報を前記各シーケンスプロセスに対応するパラメータデータとしてストアし得るプロセスプログラムを形成し、このプロセスプログラムを単位としてこれの複数個からなる前記1回の気相成長に対応したプロセスプログラム群を1つないし複数個貯蔵する第1メモリ手段と、

キー入力手段と、

前記プロセスプログラムの内容を前記キー入力手段に応答して表示せしめる表示手段と、

前記プロセスプログラム群内の各プロセスプログラムを順次デコードして前記弁装置および加熱手段への前記各制御信号を形成せしめるためのデコード用処理プログラムおよび前記表示手段上に表示されたプロセスプログラムの内容を修正するための修正処理プログラムを貯蔵する第2メモリ手段とからなる半導体気相成長装置。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)<1>  これに対し、SOLID STATE TECHNOLOGY/November 1972、35頁ないし39頁(以下「第1引用例」という。)には、コンピュータコントロールされたシリコン等半導体装置の気相エピタキシャル製造システムにおいて、“レシピーテーブル”(RECIPE TABLE)がコンピュータ内の磁気コアに常駐して貯蔵されると共に必要な時に呼び出されるようになっており、このレシピーテーブルには、ステップが組み込まれて、このステップ毎にシーケンス時間値(TNE)その他のステップ固有のデータ(生産レシピー)が入力されるようになっており、この生産レシピー、即ちシーケンス時間値(TNE)、セットポイント(温度及びガス流量値)およびガス種類選択等を含む機能動作情報(function operation informationまたはfunction)は1つのレシピーファイルとしてディスクに保存され、コンピュータ処理装置と気相エピタキシャル装置との間にはDMAチャンネルとI/Oインターフェイスとを介してバルブのオンオフや加熱等の制御信号が伝達するようになされている装置、が示されている。

<2>  特開昭53-104133号公報(以下「第2引用例」という。)には、制御プログラムを修正(デバッグ)する修正用プログラム(デバッグプログラム)を制御プログラム記憶部の所定の領域に記憶しておき、必要な時にこれを呼び出して、ディスプレイ上に表示された制御プログラムを修正するために用いるようにしたキーボードディスプレイ装置、が示されている。

(3)<1>  本願発明と第1引用例の技術内容とを対応させた場合に、第1引用例の気相エピタキシャル装置には、反応炉、基板加熱手段、ガス用の管路網及び弁装置および弁装置や加熱手段等を制御するための制御装置が含まれていることは自明であり、第1引用例のレシピーテーブルの各ステップに入力される生産レシピー(シーケンス時間即ちTNE、温度、ガス流量およびガス選択の各データ)は本願発明のプロセスプログラムに相当するものであり、従って、1つのレシピーテーブル全体に入力される全ステップの生産レシピーが保管される第1引用例のレシピーファイルは本願発明のプロセスプログラム群に対応する。ゆえにこのレシピーファイルが保存される第1引用例のディスク(別紙図面1第7図参照)は当然のことながら本願発明の第1メモリに相当する。また、第1引用例において、コンピュータ処理装置と気相エピタキシャル装置との間にDMAチャンネルとI/Oインターフェイスとを通してバルブのオンオフや加熱等の制御信号が伝達される過程においては、明記されてはいないが、特定のメモリに保存されているはずであるデコード用の処理プログラムが用いられることは自明である。さらに、第1引用例におけるコンピュータシステムがこれを操作させる装置としてキー入力手段および各データの表示手段を具備することも自明である。

<2>  そこで、本願発明と第1引用例の技術内容とを上記事項を鑑みて対比すると、結局両者は「シリコン等の基板上に気相成長を行わしめる反応炉と、前記基板を加熱する手段と、気相成長に必要な各種ガス源と前記反応炉との間を接続する管路網と、該管路網上に設けられ前記各種ガスに対しその所望量を前記反応炉に導くよう前記管路網を形成せしめる弁装置とこの弁装置のオン、オフないしはその開度を制御するための信号及び前記加熱手段を制御する信号を与える制御装置とからなる半導体気相成長装置において、

前記制御装置は、前記炉内における1回の気相成長に係る実際の各シーケンスプロセスに対応して必要とされるシーケンス時間と該シーケンス時間内において供給されるべき1つまたは複数のガスの種類およびその流量と前記シーケンス時間内において炉内で実現すべき温度とに関する情報を前記各シーケンスプロセスに対応するパラメータデータとしてストアし得るプロセスプログラムを形成し、このプロセスプログラムを単位としてこれの複数個からなる前記1回の気相成長に対応したプロセスプログラム群を1つないし複数個貯蔵する第1メモリ手段と、キー入力手段(キー手段は、誤記と認める。)と、前記プロセスプログラムの内容を前記キー入力手段に応答して表示せしめる表示手段と、前記プロセスプログラム群内の各プロセスプログラムを順次デコードして前記弁装置および加熱手段への前記各制御信号を形成せしめるためのデコード用処理プログラムを貯蔵する第2メモリ手段とからなる半導体気相成長装置。」という点で一致する。

ただ、本願発明が、表示手段上に表示されたプロセスプログラムの内容を修正するための修正用処理プログラムを第2メモリに貯蔵するようにしたものであるのに対し、第1引用例の技術内容には、このようなことが示されていない、という点で両者は相違する。

(4)  よって、この相違点について以下検討を行う。

<1> 前記第2引用例には、制御プログラムを修正(デバッグ)する修正用プログラム(デバッグプログラム)を制御プログラム記憶部の所定の領域に記憶しておき、必要な時にこれを呼び出して、ディスプレイ上に表示された制御プログラムを修正するために用いるようにした方法が示されているように、コンピュータシステムにおいて修正用処理プログラムを予め所定の記憶部に貯蔵しておき、必要な時にこれを呼び出して表示装置に表示されたデータの内容を修正するのに用いることは、従来から良く知られていることである。従って、第2引用例のコンピュータコントロールされた気相エピタキシャル製造システムにおいて、表示手段上に表示されたプロセスプログラムの内容(生産レシピー)を修正するための修正用処理プログラムを第1メモリとは異なる別のメモリ、例えば第2メモリに貯蔵するようにすることは、当業者が良く知られている慣用技術から容易に想到し得ることである。

<2> なお、請求人(原告)は、第1引用例の特定のステップに対してのみTNE等の生産レシピーが入力されるものであって、それ以外のステップにはそれらのデータは入力されない、例えばステップmに対して生産レシピーは入力されるが、その前後のステップm-1やm+1に対しては全く入力されないから、従って、第1引用例のレシピーテーブルは本願発明のプロセスプログラム群とは全く異なるものである、と主張しているが、請求人は第1引用例中の「Specific Step」という用語を「特定のステップ」と誤訳してそのような解釈を行っており、第1引用例の技術分野の技術常識からはずれた矛盾した主張である。上記用語は「固有のステップ」というように解すべきであって、この場合各生産レシピーはmのみならずm+1やm-1のステップにも入力されると解されるのは当然である。

(5)  以上のとおりであるから、本願発明は第1引用例及び第2引用例の各技術内容から当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)は認める。

同(2)<1>のうち、第1引用例において、「このステップ毎にシーケンス時間値(TNE)その他」が入力されるようになっていること、及び機能動作情報に「ガス種類選択」が含まれることは争い、その余は認める。

同(2)<2>のうち、第2引用例において、修正用プログラムを「制御プログラム記憶部」に記憶しておくことは争い、その余は認める。

同(3)<1>のうち、生産レシピーが「各ステップに入力される」こと、及び、生産レシピーに「シーケンス時間即ちTNE」及び「ガス選択」の各データが含まれることは争い、その余は認める。同(3)<2>のうち、「前記制御装置は、前記炉内における1回の気相成長に係る実際の各シーケンスプロセスに対応して必要とされるシーケンス時間と該シーケンス時間内において供給されるべき1つまたは複数のガスの種類およびその流量と前記シーケンス時間内において炉内で実現すべき温度とに関する情報を前記各シーケンスプロセスに対応するパラメータデータとしてストアし得るプロセスプログラムを形成し」の点は争い、その余は認める。ただし、相違点は他にもある。

同(4)<1>のうち、制御プログラムを制御プログラム「記憶部」に記憶しておくこと、及び、「従って、第2引用例のコンピュータコントロールされた気相エピタキシャル製造システムにおいて、表示手段上に表示されたプロセスプログラムの内容(生産レシピー)を修正するための修正用処理プログラムを第1メモリとは異なる別のメモリ、例えば第2メモリに貯蔵する用にすることは、当業者が良く知られている慣用技術から容易に想到し得ることである。」は争い、その余は認める。同(4)<2>のうち、請求人(原告)が、第1引用例の特定のステップに対してのみTNE等の生産レシピーが入力されるものであって、それ以外のステップにはそれらのデータは入力されない、第1引用例のレシピーテーブルは本願発明のプロセスプログラム群とは全く異なるものである、と主張したことは認めるが、その余は争う。

同(5)は争う。

審決は、一致点の認定を誤り、相違点を看過し、かつ、相違点に対する判断を誤った結果、進歩性の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り)

審決は、

第1引用例には、「このステップ毎にシーケンス時間値(TNE)その他」(甲第1号証4頁6行、7行、)が入力されるようになっており、機能動作情報に「ガス種類選択」(同4頁11行)が含まれると認定し、

第1引用例において、生産レシピーが「各ステップに入力される」(同5頁12行、13行)、すべての生産レシピーに「シーケンス時間即ちTNE」(同5頁13行、14行)及び「ガス選択」(同5頁14行)の各データが含まれると認定し、

本願発明と第1引用例に記載のものは、「前記制御装置は、前記炉内における1回の気相成長に係る実際の各シーケンスプロセスに対応して必要とされるシーケンス時間と該シーケンス時間内において供給されるべき1つまたは複数のガスの種類およびその流量と前記シーケンス時間内において炉内で実現すべき温度とに関する情報を前記各シーケンスプロセスに対応するパラメータデータとしてストアし得るプロセスプログラムを形成し」(甲第1号証7頁5行ないし13行)の点で一致すると認定するが、

誤りである。

<1> 本願発明においては、個々のプロセスプログラム毎にシーケンス時間を持つものである(甲第2号証特許請求の範囲第1項)。

これに対し、第1引用例(甲第3号証)に記載のものにおいては、すべてのステップが次実行時間(TNE値)を持つものではなく、特定ステップのみTNE値を持つものである。すなわち、第1引用例(甲第3号証)には、「主要な要素は、ステップ番号、特定ステップに関して、真の経過時間である“次実行時間”(TNE)値、そして、各ステップに関して、設定値と機能操作情報を収納している“レシピーテーブル”である。」(訳文6頁4行ないし6行)と記載されている。この記載によれば、第1引用例のステップとして、特定ステップ(specific steps)と各ステップ(each step)の2種類のステップの表現があり、特定ステップに対し真の経過時間である「次実行時間」(TNE値)が収納されていること、そして、各ステップに対し設定値と機能操作情報が収納されていることが理解される。言い換えれは、each stepの中のいくつかにTNE値を有するステップが存在し、そのステップをspecific stepsと呼んでいる。

<2>(a) 本願発明は、1回の気相成長を構成する各シーケンスプログラムにつき、それぞれのシーケンスプロセスにおいて必要とされるパラメータデータであるところの「シーケンス時間」、「ガスの種類およびその流量」、「温度」を、別表1(本願明細書の第9図の矢印で示されている部分に、パラメータデータを明記し、シーケンス名を付記したもの)に示すように、各シーケンスプロセス毎にストアするようにプロセスプログラムを構成したことを特徴としている。そして、このパラメータデータに基づいてデコード処理プログラムが弁装置及び加熱装置への制御信号を形成するものである。

(b) これに対し、第1引用例に記載のものの設定値と機能操作情報の内容について、どのような構造であるか何らの説明がない。

仮に、これらを合理的に理解しようとすると、機能操作情報とは、オン/オフ機能、警告、I/Oビット等ガスを流すためのバルブをオンさせたり、オフさせたりする情報を意味し、また、設定値とは、ガスの流量、温度等を意味すると解される。

すなわち、第1引用例に記載のものは、基本的に従来の装置と同じく、プロセスを実行するためのプログラムは、ガスの供給、停止、加熱のオン、オフ、設定温度の切換え等のプロセスの状態変化に応じてそれぞれの機器に指令を出す方式を用いていると推測される。例えば、別表2(第1引用例の「時間とシーケンス制御」の項に記載されたステップ内容に基づき、同第7図のレシピーテーブルを補充したもの)中のステップ1で開かれたN2ガスバルブは、N2をリアクタ内に流す動作の終了後、ステップ2にてバルブ閉の機能操作情報が必要になる。このことは、H2ガスについても同じことが言え、ステップ3にて開かれたH2ガスバルブは、ステップ20にて、バルブ閉の機能操作情報が必要となる。別表2から明らかなように、第1引用例では、この設定値と機能操作情報とを組み合わせた形式で各ステップが形成されており、よって、第1引用例の各ステップの形式は、例えば、ステップ1において、N2ガスバルブ開情報を規定し、ステップ2でそのN2ガスバルブ閉情報を規定するというように、バルブ操作を中心として各ステップが構成される。

以上の点は、当時の技術水準からも裏付けられる。すなわち、「ソリッド・ステイト・テクノロジー 1979年7月号51頁ないし57頁及び84頁」(甲第8号証の1)及びそれに対応する「ソリッド・ステイト・テクノロジー/日本版 1979年8月号 17頁ないし24頁」(甲第8号証の2)には(以下、甲第8号証の2に基づき説明する。)、第3図(甲第8号証の3。別紙図面2)が記載されているが、この図は、18頁の第Ⅱ表の「標準的なLPCVD成長条件」の項のシリコン窒化膜を生成するためのレシピー(プログラム群)である。この操作において、第3図のSEQ EVENT(以下「SEQイベント」という。)10から60は*(星印)が付されており、これらは開始条件を意味し、110から590のシーケンスを実行するために、各LPCVD装置は、既に*の状態になっていることを示している。そして、この操作は、オペレータによって各LPCVDコンピュータに入れられると記載されている(甲第8号証の2第18頁左欄14行ないし17行)。第Ⅱ表の条件を検討すると、与えられた数値、すなわち、圧力は320μtorr、温度は785℃(導入部)、800℃(中央部)、825℃(排気部)、ガス流量は27cc/分(SiH2Cl2)、93cc/分(NH3)が必要であることが分かり、この条件を第3図のプロセスに当てはめてみる。そして、シリコン窒化膜を得るために、SEQイベント200でNH3ガスが93cc/分供給され、SEQイベント210でSiH2Cl2ガスが27cc/分供給されている。そして、SEQイベント111、112、115、124、127、145、205、225、400、505、540、590の各ステップにおいては、時間値(:00)を持たないことも判明する。例えば、SEQイベント112VACCUMステップは、機能操作情報としてONの指令があり、これにより、ゲートバルブがSET(ON)されることが明記されている。また、SEQイベント124 NITROG 0cc/Mは、N2ガスラインをOFFするためのステップであることも判明する。このように、甲第8号証の2に記載の装置におけるプロセスを実行するためのプログラムは、ガスの供給、停止、加熱のオン、オフ設定温度の切換等のプロセスの状態変化に応じてそれぞれの機器に指令を出す方式を用いており、各SEQイベントは、1つのセットポイントを中心にストアされ、かつ、経過時間を持つステップも存在している。

同様に、「セミコンダクターインターナショナル 1982年3月号」(甲第9号証の1)においては、59頁上部に写真が掲載され、その写真の左側には、「チューブ炉システム、即ち、TMX-9000のマイクロプロセッサからのレシピが2重焼き付けされたThermcoのVLTO石英台」と記載されている。すなわち、この写真は、Thermo社のCVD装置のレシピーエディタを示している。このレシピー エディタには、バルブのON/OFF情報が組み込まれていることが特徴であるが、この場合においても、1つのセットポイントを中心にストアきれている点及び1つ1つのコマンド(又はSEQポイント)を解読し、処理する方式である点において、甲第8号証の2の第3図(別紙図面2参照)と同様である。しかも、このレシピー エディタは、ガスの種類とその流量に関してのみであり、温度に関する情報をパラメータとすることについての記載はないと同時に、コマンドの組合せからみてみると、各ステップ(SEQイベント)は、時間を持たないものから構成されていることも判明する。

以上のとおり、甲第8号証の1ないし3及び甲第9号証の1、2に示された従来技術を参照すれば、第1引用例のレシピーテーブルには、動作(ガス流量設定及びバルブ操作)を中心としたステップが記載され、そのステップには、時間値を持つ特定ステップと時間値を持たない各ステップが存在していると理解することが自然である。

<3> 第1引用例には、生産レシピーとして、「ガス種類選択」(甲第1号証4頁11行)を含む機能動作情報(機能操作情報)をレシピーファイルとしてディスクに保存することについては、全く記載されていない。

<4>(a) 被告は、時間が全くロードされないステップが存在した場合は、これに対応するスキャンコントロールテーブルに何らの実行情報もロードはできない旨主張するが、この主張は、第1引用例中の「主要な要素は、ステップ番号、特定ステップに関して、真の経過時間である“次実行時間”(TNE)値、そして、各ステップに関して、設定値と機能操作情報を収納している“レシピーテーブル”である。」(甲第3号証訳文6頁4行ないし6行)と、「特定ステップに関して、」との記載を含む記載と整合しない。また、特定ステップでないステップ(仮に、「Aステップ」という。)においては、Aステップの設定値及び機能操作情報が読み込まれ、AステップはTNE値を有していないので、更にステップポインターが+1されて次のステップ(特定ステップ)(仮に、「Bステップ」という。)に移り、BステップのTNE値がTNEテーブルに移されるとともに、Bステップの設定値及び機能操作情報が読み込まれ、スキャン・コントロールテーブルへ移され、その後、BステップのTNE値の時間内に、Aステップ及びBステップに対応して読み込まれた情報に基づいてシーケンスが実行されるものであり、装置の制御が可能である。

(b) 被告は、第1引用例中の「特定ステップに関して、I/O機能および設定値比較は、システムクロックにより、100ms毎に行われる。」(甲第3号証訳文6頁15行、16行)との記載は、「各々の(固有の)ステップに関して、・・・設定値の比較は、システムクロックにより、100ms毎に行われる。」というように解釈すべきであり、そう解さなければ、上記記載は第1引用例の技術内容全体と矛盾する結果となると主張する。しかしながら、当業者であれば、上記記載を「他方、レシピーが特定ステップにあれば、全ての設定値・オン/オフ機能・警告・I/Oビット等は対象炉用にスキャン・コントロールテーブルにロードされるため、その結果、I/O機能及び設定値比較は、システムクロックにより、100ms毎に行われる。」と理解するのが自然である。

(c) 被告は、レシピーテーブルとスキャンコントロールテーブルにロードされる情報は異なる旨主張するが、このようなことは第1引用例には記載がなく、ガスに関していえば、function operation informationという原文中の用語からしても、機能操作情報は、オン/オフ機能(ON/OFF function)と同等か、より具体的な情報を含むと考えるべきである。例えば、第1引用例の第7図(別紙図面1参照)にも例示されるように、スキャンコントロールテーブルの機能操作情報と設定値は、共にレシピーテーブルから直接情報が与えられるように実線で示されており、ことさら機能操作情報と設定値とを区別して、設定値は直接スキャンコントロールテーブルヘロードされるが、機能操作情報である「ガス供給情報」は、デコードされて「オン/オフ機能」としてスキャンコントロールテーブルヘロードされるというように理解しなければならないとするのは不自然である。

(2)  取消事由2(相違点の看過)

<1> 本願発明は、「前記プロセスプログラムの内容を前記キー入力手段に応答して表示せしめる表示手段と・・・前記表示手段上に表示されたプロセスプログラムの内容を修正するための修正用処理プログラム」(甲第2号証2欄2行ないし9行)と記載されているように、表示手段上に表示されたプロセスプログラムの内容を修正するための修正用処理プログラムを備えている。

この修正用処理プログラムは、一連のプロセスプログラムからなる1回の成長プロセスの実行途中であっても、キー入力手段と表示手段を用いて、これから実行に入るプロセスプログラムの内容であるパラメータデータを修正することができる。

これに対し、第1引用例に記載のものは、オペレータでも取扱い可能な本願発明の修正用プログラムと同様の修正用プログラムについての記載はない。むしろ、第1引用例の装置は、人的介在を排除しているものである。

<2> 被告が提出する乙第3号証には、単に「割込処理」、「設定値などのパラメータ変更、設定」等と記載されているのみであり、それらの具体的な手順、方法、関係に踏み込んで何ら説明がされていないから、第1引用例の技術内容を特定する根拠とはなり得ない。

(3)  取消事由3(相違点に対する判断の誤り)

審決は、第2引用例に記載のものは、修正用プログラムを「制御プログラム記憶部」(甲第1号証5頁2行、同8頁13行)に記憶しておくと認定し、「従って、第2引用例のコンピュータコントロールされた気相エピタキシャル製造システムにおいて、表示手段上に表示されたプロセスプログラムの内容(生産レシピー)を修正するための修正用処理プログラムを第1メモリとは異なる別のメモリ、例えば第2メモリに貯蔵するようにすることは、当業者が良く知られている慣用技術から容易に想到し得ることである。」(同9頁2行ないし10行)と判断したが、誤りである。

第2引用例に記載のものは修正用プログラムを「制御プログラム記憶部」に記憶しておくとの認定は、第2引用例の記載内容とは一致しない。そして、被告は、「第2引用例」は「第1引用例」の誤記であると述べているが、「従って・・・容易に想到し得ることである。」との記載は、第2引用例の記載に基づいて、本願発明の構成が容易に想到されると読むのが自然であり、被告主張のように「第2引用例」を「第1引用例」の誤記とすることは、文章の流れ上矛盾を生ずる。

仮に、前記「第2引用例」の記載が「第1引用例」の誤記であるとしても、修正用処理プログラムを、修正対象プログラムが貯蔵されるメモリとは別のメモリに貯蔵しておき、必要な時にこれを呼び出して、先のメモリから読み出された修正対象プログラムを修正するという考え方は、第2引用例に示されておらず、しかも、第2引用例の修正対象は、本願発明と異なり、制御プログラムそのものであるから、「当業者が良く知られている慣用技術から容易に想到し得る」との判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1、2は認める。同3のうち、「制御プログラム記憶部」(甲第1号証5頁2行、同8頁13行)の点、及び、「第2引用例」(同9頁3行)の点は争い、その余は認める。「制御プログラム記憶部」(甲第1号証5頁2行、同8頁13行)は「制御プログラム記憶部外」の、「第2引用例」(同9頁3行)は「第1引用例」のそれぞれ誤記である。同4は争う。

審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

<1> 第1引用例におけるシーケンス制御システムは、4つの重要なパラメータ、すなわちウェハ温度、ガス流量、時間そしてシーケンスを操作することで全体のシーケンス制御を行うことを特徴とする。そして、これらのパラメータ情報を収容するのが甲第3号証の第7図(別紙図面1参照)に示されているレシピーテーブルである。レシピーテープルはコアメモリに常駐されたテーブルであり、そこに搭載される内容は、ディスクにストアされたレシピーファイルから、起動時に転送ロードされた一種のプログラムであり、本願発明のプロセスプログラムに相当する。レシピーテーブルには、上記4つのほかに、これらと同じくパラメータ情報である機能操作情報(審決では、機能動作情報と表現)が付け加えられる。

レシピーテーブルファィルディスクから転送ロードされたレシピーテーブルの時間、設定値(温度と流量)及び機能操作情報等のパラメータデータは、具体的な実行可能な形に変換されてスキャンコントロールテーブルにロードされる。スキャンコントロールテーブルにロードされる情報は、全ての設定値、オン/オフ機能、警告、I/Oビット等である(甲第3号証訳文6頁13行ないし15行)。この変換に際しては、本願発明のデコード用処理プログラムに相当する何らかの処理プログラムをを用いて行われるのは当然である。1つの或るステップに対して、スキャンコントロールテーブルにロードされる情報は、

炉1・・・機能、設定値、入力、出力

炉2・・・機能、設定値、入力、出力

・・・・・・・・・・・・・・・・

という事項が第7図(別紙図面1参照)に示されている。これから理解できることは、スキャンコントロールテーブルにロードされる情報は、各反応炉についての具体的な各ガスバルブ(オン/オフバルブ)の開と閉(オンとオフ)の情報、設定値、各センサーからの各炉の各オン/オフバルブの開閉、流量、温度に関する入力値、補正要素(修正ファクタ:甲第3号証訳文6頁8行)を加味して入力値と設定値とを比較演算した結果である出力値、の4種類である。そして、最後の各出力値が、マイクロ秒単位の間隔で各炉の各オン/オフバルブ、流量制御素子(メータバルブ)、温度制御素子に対して走査(スキャン)供給される。このスキャンが、例えば3分間のシーケンス時間の間に、100ms毎に繰り返される。

ここで重要なことは、機能操作に関する情報に関して、レシピーテーブルにロードされるものが「機能操作情穀」であるのに対して、スキャンコントロールテーブルにロードされるものが「オン/オフ機能」と表現されていることである(甲第3号証訳文6頁5行、6行、同13行ないし15行)。これは、レシピーテーブルにロードされる「機能操作情報」が或るガスの供給を特定するための供給操作を単に指示するにすぎない情報であるのに対して、スキャンコントロールテーブルにロードされる情報は、各反応炉について、No.5のオン/オフバルブオン(開)とし、No.7のオン/オフバルブをオフ(閉)とするというような具体的な実行のための情報である。更に言えば、レシピーテーブルには、バルブのオン/オフ情報はロードされず、選択されたガスの供給情報のみが、各ステップにロードされるだけである。そして、この選択されたガスの供給情報は、レシピーテーブルの各ステップに逐一ロードされなければならない。もしも途中でステップを省略をすると、ガス供給情報がそこで絶たれてしまい、スキャンコントロールテーブルにはそのガスのバルブを閉とするデータがロードされてしまう。

<2> 第1引用例の「時間とシーケンス制御」の項中の「製品レシピーは、ディスクに収納されており、適切な時間、機能および設定値情報を含む。起動されると、レシピーは・・・コアテーブルに移される。」(甲第3号証訳文6頁6行ないし8行)との記載にあるように、レシピーは「適切な時間」すなわち各ステップについてのとそれぞれの最適な時間値を含んでおり、これらの時間値がコァテーブルにロードされることが、第1引用例中に明記されているのであるから、あるステップのみにTNEが登録され、その他のステップにはTNEが全く登録されない、というようなことは、第1引用例に開示されていない。

また、「一度、実行が開始されると、最初のステップの次実行時間値は、TNEテーブル内にロードされる。これは、そのステップに関しての秒数であり、その数は、システムクロックからの信号で、各秒毎減算される。この値が零に至ると、ステップ”ポインター”は、次のステップに+1され、新しい経過時間がTNEテーブルに置かれる。これはプロセスタイマーである。」(訳文6頁9行ないし13行)との記載は、実行が開始されると、まず最初のステップにおいて、第1ステップのTNE値がレシピーテーブルから運ばれて、コア中のTNEテーブルに移される。そして、TNE値がカウントダウンされて零に達した時に、次のステップに進むと同時に、第2ステップのTNE値がレシピーテーブルから運ばれて先と同じTNEテーブルに移される。これらの動作が繰り返されて、ステップ(工程)が更新されながらTNEテーブルには新しいTNE値が次々にレシピーテーブルから運ばれて置かれることを意味すると解される。

さらに、第1引用例の「時間とシーケンス制御」の項中の「特定ステップに関して、・・・設定値比較は、システムクロックにより、100ms毎に行われる。」(同6頁15行、16行)という記載において、原告主張のように解すれば、上記記載は、「特定ステップの場合にのみ、・・・設定値比較は、システムクロックにより100ms毎に行われる」となる。ところで、第1引用例中の「ガス流量制御」の項においては、「コンピュータは、プロセス制御のために、100msの入力/出力あるいは読み込み/書き込みサイクルで処理する。・・・この値は、“設定”値と比較され・・・」(訳文5頁8行ないし19行)と記載され、ここには、設定値比較は、全工程(全ステップ)において、100msのシステムクロックで行われる、ということが示されている。したがって、上記訳文6頁15行、16行の記載は、「各々の(固有の)ステップに関して、・・・設定値の比較は、システムクロックにより、100ms毎に行われる。」というように解釈すべきであり、そうすれば第1引用例の技術内容全体と矛盾しない。

<3> 「specific」という単語の和訳には、「特定の」という選択を意味するものに限らず、「固有の」あるいは「特有の」という選択を意味しない訳語が並べられている(乙第4号証)。

したがって、第1引用例中の「主要な要素は、・・・特定のステップに関して、・(TNE)値・・・各ステップに関して、設定値と機能操作情報・・・である。」(甲第3号証訳文6頁4行ないし6行)、及び「特定ステップに関して、I/O機能および設定値比較は、システムクロックにより、100ms毎に行われる。」(同6頁15行、16行)との記載の原文中の「the specific steps」又は「the specific step」は、「それのみの」という意味での「特定ステップ」と訳すべきではなく、「固有のステップ」と訳されるべきである。

また、第1引用例中の「他方、レシピーが特定ステップにあれば、全ての設定値・オン/オフ機能・警告・I/Oビット等は対象炉用にスキャン・コントロールテーブルにロードされる。」(甲第3号証訳文6頁13行ないし15行)の原文中の「a specific step」は、「或るステップ」という訳がされるべきである。すなわち、上記記載は、「他方、レシピーが(上記次々に更新されるステップ中の)或るステップにある間、そのステップについての全ての設定値・オン/オフ機能・・・等が(レシピーテーブルから運ばれて)スキャン・コントロールテーブルにロードされる」という意味になる。

<4> 原告は、甲第8号証の1ないし3及び第9号証の1、2に示された従来技術を参照すれば、第1引用例のレシピーテーブルには、動作を中心としたステップが記載されている等と理解するのが自然である旨主張する。

確かに、甲第8号証の1ないし3及び第9号証の1、2に記載のものは、機能操作情報又は設定値を基本的な単位として「シーケンスイベント」を構成し、継続時間(遅延時間)等をそのイベント中に配置する構成となっているイベント方式を採用しているが、この方式は、継続時間を基本的な単位として「ステップ」を構成し、機能情報と設定値とをそのステップ中に配置する構成となっている第1引用例に記載のものとは、基本的技術内容を異にするものであり、第1引用例に動作(ガス流量設定及びバルブ操作)を中心としたステップが記載されていること等を示す証拠にはならない。

なお、原告は、第3図(甲第8号証の3。別紙図面2参照)のSEQイベント111、112等には時間をストアしていない旨主張するが、これらは、0という時間をストアしているのであるから、これらのSEQイベントは、時間を全くストアしない「特定ステップ以外のステップ」には該当しない。

また、原告は、レシピーテーブルにロードされる機能操作情報について、「オン/オフ機能、警告、I/Oビット等を指す」と主張しているが、このようなことは、第1引用例には全く記載されておらず、また示唆もない。「レシピーが特定ステップ(被告の訳によれば、「或るステップ」)にあれば、全ての設定値・オン/オフ機能・警告・I/Oビット等は対象炉用にスキャン・コントロールテーブルにロードされる。」(甲第3号証訳文6頁13行ないし15行)との記載から明らかなように、「オン/オフ機能、警告、I/Oビット等」は、スキャンコントロールテーブルにロードされる情報であって、レシピーテーブルにロードされるものではない。

(2)  取消事由2(相違点の看過)について

DDCを用いた化学プロセスのコンピュータ制御システムの一般的な例として乙第3号証(昭和47年発行)のものがある。表12.2.5.の標準的アプリケーションプログラムの構成例によると、非定時プログラムとして、オペレーションコンソールのデマンドによる割り込み処理によって呼び出される「設定値などのパラメータ変更、設定プログラム」がある。したがって、DDC方式を基に構成されている第1引用例の技術内容は、修正用プログラムを当然備えているものであり、任意の時間にオペレータコンソールからの指示によりディスプレイ上で表示して、後のステップの設定値を修正変更できるものであり、データ変更の際に気相成長プロセスを停止させる必要などなく、この点の原告の主張は失当である。

(3)  取消事由3(相違点に対する判断の誤り)について 審決における「制御プログラム記憶部」(甲第1号証5頁2行、8頁13行)が、「制御プログラム記憶部外」の誤記であり、「第2引用例」(同9頁3行)が「第1引用例」の誤記であることは明らかであるから、審決に認定の誤りがあるとすることはできない。

すなわち、審決が第2引用例を引用した趣旨は、プロセスプログラムの内容を修正する修正用処理プログラムをプロセスプログラム群が貯蔵されるメモリとは異なるメモリ(第2メモリ)に貯蔵する、という本願発明と第1引用例に記載のものとの相違点の判断のために引用したものであり、第2引用例の採用は、本願発明の修正用処理プログラムに相当するデバックプスグラムを、本願発明のプロセスプログラム群に相当する制御プログラムを貯蔵する「制御プログラム記憶部」以外の記憶領域、すなわちデバックプログラム記憶部に記憶(貯蔵)しているという認識に基づいていることは明らかである。

また、審決が本願発明と第1引用例の記載のものとの対比によう一致点と相違点を摘記した上、前記摘記された相違点についての判断を行うという論理構成を採っていることは明らかであり、「第2引用例」が「第1引用例」の誤記であることは明らかである。

さらに、第1引用例のコンピュータコントロールされた気相エピタキシャル製造システムにおいて、表示手段上に表示されたプロセスプログラムの内容(生産レシピー)を修正するための修正用処理プログラムを第1メモリとは異なる別のメモリ、例えば第2メモリに貯蔵する用にすることは、当業者が良く知られている慣用技術から容易に想到し得ることであるとの審決の判断に何ら誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)及び同2(本願発明の要旨)は、当事者間に争いがなく、同3(審決の理由の要点)は、「制御プログラム記憶部」(甲第1号証5頁2行、同8頁13行)の点及び「第2引用例」(同9頁3行の点を除き、当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

甲第2号証によれば、本願明細書には、本願発明の構成を採用することの目的、効果として、次の記載があることが認められる。

(1)  「今日、半導体チップの製造法として、半導体のウエハ上に気相成長を行う気相成長装置が多用されるようになると共にこの種装置の運転についてその自動化が要求されるようになった。」(3欄8行ないし11行)、「このような観点から、オペレータの作業を可能な限り少なくするため、ガス流量、温度および時間の如きプロセスパラメータをコンピュータによるDDC方式で行う制御システムが提案されている。」(4欄2行ないし6行)

「今日における絶えざる半導体チップの集積度増大化の要求、精度向上の要求が厳しいため、半導体製造装置の技術開発においては、例えばCVD反応炉内での物理・化学的現象の解明、新しい測定方法の開発等が複雑に影響しつつ進行している。特に、気相成長装置の場合、膜厚等に対するデータの修正や補正といった作業が装置の稼働状況の中で要求される。」(4欄16行ないし23行)、「ガス流量、温度および時間等のプロセスパラメータとして設定し、コンピュータによるDDC方式で行う制御システムでは、前述したような条件設定の変更を行うにはプロセスプログラムの内容を修正する必要があり、このためプロセスプログラムの内容修正のためのプログラムをシステムプログラムの一部として含むようにシステムプログラムを構築しなければならない。しかしながら、この種の制御システムでは、予め設定されたプロセスプログラムの実行が開始されると、途中で運転停止を行うか1回の処理操作を完了するまでプロセスプログラムの内容修正を行うことができない。」(5欄40行ないし6欄8行)、「そこで、本発明の目的は、1回の気相成長を遂行するための複数のシーケンスプロセスにおいて、各シーケンスプロセスに対しそれぞれ必要とされるプロセスパラメータとしての時間、ガス、温度に関する情報をプロセスプログラムとしてストアし、このプロセスプログラムを単位としてオペレータがその内容を呼び出してこれを表示手段に表示させ、各プロセスパラメータの修正を可能としかつその内容をリァルタイムで実行可能とし、現実に要求される各種の操作を一連のプロセスプログラムによって簡便に実現することができる半導体気相成長装置を提供するにある。」(6欄12行ないし23行)

(2)  「本発明装置においては、オペレータの要求によりプロセスプログラムを単位毎に呼び出してこれを表示手段に表示させ、各プロセスパラメータの修正を可能とすると共にその内容をリアルタイムで実行可能であるから、現実に要求されている各種の操作を実際の物理的・化学的条件に適合させたシーケンスプロセスとして対応することができ、しかもその内容を直ちに把握することができる。従って、本発明装置によれば、最適な製造工程の準備段階におけるプロセスパラメータの条件設定の変更をプログラマブルにしかも迅速に達成することができるので、品質の安定した製品の歩留りが向上するばかりでなく、装置の稼働率も増大し、従来のコンピュータを使用したDDC方式による制御システムの問題点を全て克服し、極めて制御性能の優れた半導体気相成長装置を提供することができる。」(32欄25行ないし42行)

3  原告主張の取消事由1の当否について検討する。

(1)  審決の理由の要点(2)<1>(第1引用例の記載事項の認定)のうち、「このステップ毎にシーケンス時間値(TNE)その他」が入力されるようになっていること、及び機能動作情報に「ガス種類選択」が含まれることを除く事実、同(3)(本願発明と第1引用例との一致点の認定)<1>のうち、生産レシピーが「各ステップに入力される」こと、及び、生産レシピーに「シーケンス時間即ちTNE」及び「ガス選択」の各データが含まれることを除く事実、同(3)<2>のうち、「前記制御装置は、前記炉内における1回の気相成長に係る実際の各シーケンスプロセスに対応して必要とされるシーケンス時間と該シーケンス時間内において供給されるべき1つまたは複数のガスの種類およびその流量と前記シーケンス時間内において炉内で実現すべき温度とに関する情報を前記各シーケンスプロセスに対応するパラメータデータとしてストアし得るプロセスプログラムを形成し」の点を除く事実は、当事者間に争いがない。

(2)  甲第3号証によれば、第1引用例の「時間とシーケンス制御」の項には、「時間とシーケンスの制御は、コア駐在テーブル・・・とシステムのリアルタイムクロックからの“クロック”機能の助けにより達成される。図7(別紙図面1参照)は、時間とシーケンス制御機能のブロック図である。主要な要素は、ステップ番号、特定ステップ(被告の主張:固有のステップ)に関して、真の経過時間である“次実行時間”(TNE)値、そして、各ステップに関して、設定値と機能操作情報を収納している“レシピーテーブル”である。製品レシピーは、ディスクに収納されており、適切な時間、機能および設定値情報を含む。起動されると、レシピーは・・・、コアテーブルに移される。・・・一度、実行が開始されると、最初のステップの次実行時間値は、TNEテーブル内にロードされる。これは、そのステップに関しての秒数であり、その数は、システムクロックからの信号で、各秒毎減算される。この値が零に至ると、ステップ“ポインター”は、次のステップに+1され、新しい経過時間がTNEテーブルに置かれる。これは、プロセスタイマーである。他方、レシピーが特定ステップ(被告の主張:「或るステップ」)にあれば、全ての設定値・オン/オフ機能・警告・I/Oビット等は対象炉用にスキャン・コントロールテーブルにロードされる。特定ステップ(被告の主張:「各々の(固有の)ステップ」)に関して、I/O機能および設定値比較は、システムクロックにより、100ms毎に行われる。全体の設備は、このテーブルを通じて同期して制御される。」(訳文6頁2行ないし17行)と記載されていることが認められる。

この記載のみからは、第1引用例に記載のものの技術内容を必ずしも的確に把握することができない。そこで、当時の技術水準について検討すると、甲第8号証の1ないし3によれば、「ソリッド・ステイト・テクノロジー 1979年7月号 51頁ないし57頁及び84頁」(甲第8号証の1)及びそれに対応する「ソリッド・ステイト・テクノロジー/日本版 1979年8月号 17頁ないし24頁」(甲第8号証の2)は、1979年7月ころに発表されたLP(低圧)CVD法によるポリシリコン、シリコン窒化膜、シリコン酸化膜の成長パラメータの解析を目的とした実験結果が記載された文献(甲第8号証の2の表題)であるが、その実験に用いられた装置の説明として、「以下に述べる実験は、サームコDDC拡散炉システム・・・を用い、タイラン社がヒューレット パッカード社用に作ったコンピュータ制御のLPCVDシステムを用い、行ったものである。また、ヒューレット パッカード社で開発したソフトウェアが、系の運転に用いられている。・・・炉の5つのゾーンに熱電対が収納されている点を除くと、このHPシステムは、標準的なLPCVD装置と同じである。」(同17頁本文右欄4行ないし12行)、「標準的な成長例をSi3N4について第3図(甲第8号証の3。別紙図面2参照)に示す。操作は中央コンピュータにストアされ、オペレータによって各LPCVDコンピュータに入れられる。星印の事項は開始条件を示し、110から590のシーケンスで、膜成長の各過程がステップされる。第Ⅱ表(別紙図面2参照)に、ヒューレット パッカード社における、LPCVD成長の標準工程をまとめる。」(同18頁左欄13行なしい、18行)と記載されていることが認められる。この記載によれば、甲第8号証の2における第3図(別紙図面2参照)は、甲第8号証の2の第Ⅱ表(別紙図面2参照)の「標準的なLPCVD成長条件」の項のシリコン窒化膜を生成するためのレシピー(プログラム群)であると認められる。

そして、第3図(別紙図面2参照)によれば、シリコン窒化膜を得るために、SEQイベント200でNH3ガスが93cc/分供給され、SEQイベント210でSiH2Cl2ガスが27cc/分供給されていること、SEQイベント111、112、115、124、127、145、205、225、400、505、540、590の各ステップにおいては、時間値(:00)を持っていないこと、例えば、SEQイベント112VACCUMステップは、機能操作情報としてONの指令があり、これにより、ゲートバルブがセット(オン)され、また、SEQイベント124NITROG 0cc/Mは、N2ガスラインをOFFするためのステップであり、SEQイベント127P-LMTステップは、設定値として50 MICRの指定があり、これにより圧力リミット値が設定されることが認められる。上記認定の事実によれば、1979年7月当時に使用されていた標準的なLPCVD装置においては、プロセスを実行するためのプログラムはガスの供給、停止、加熱のオン、オフ、設定温度の切換等のプロセスの状態変化に応じてそれぞれの機器に指令を出す方式を用い、各SEQイベントは、1つのセットポイントを中心にストアされており、かつ、経過時間を持つステップと持たないステップがあることが認められる。

被告は、甲第8号証の2の装置においては、経過時間を持っていないのではなく、0という時間をストアしていると主張するけれども、被告のいう「0という時間をストアしている」ものは、経過時間を持たないステップそのものというべきであるから、この点の被告の主張は採用できない。

1979年当時においても標準的なLPCVD装置のプロセスを実行するためのプログラムが上記認定のとおりのものであり、この技術水準を参酌して、第1引用例記載の技術内容を検討すると、「各シーケンスプロセスに対しそれぞれ必要とされるプロセスパラメータとしての時間、ガス、温度に関する情報をプロセスプログラムとしてストア」するという本願発明の構成を第1引用例に記載のものも有すると認めることはできない。すなわち、上記認定の従来技術を参酌すれば、第1引用例に記載のものは、ガスの供給、停止、加熱のオン、オフ、設定温度の切換等のプロセスの状態変化に応じてそれぞれの機器に指令を出す方式を用い、各SEQイベントは、1つのセットポイントを中心にストアされ、第1引用例に記載のものにおける機能操作情報とは、オン/オフ機能、警告、I/Oビット等ガスを流すためのバルブをオンさせたりオフさせたりする情報を意味し、設定値とは、ガスの流量、温度等を意味すると認められ、ステップには、「each step」で表される「各ステップ」とその内のいくつかの「specific step」で表される「特定ステップ」が存在し、各ステップについては設定値と機能操作情報が、特定ステップに関しては更にTNE値が収納されることが認められる。

(3)<1>  被告は、「specific」という単語の和訳には、「特定の」という選択を意味するものに限らず、「固有の」あるいは「特有の」という選択を意味しない訳語が並べられていることを理由として、第1引用例中の「特定ステップ」は「固有のステップ」と訳すべきである等と主張する。

確かに、乙第4号証によれば、「specific」の訳語として、「特定の」の他に、「特有の」、「固有の」が英和辞典に登載されていることが認められる。しかしながら、適切な訳語が何かは、当時の技術水準を踏まえた文脈の中で判断されるべきところ、前記認定のとおりの技術水準を踏まえて判断すると、被告主張のように「固有のステップ」等との訳語を採用することはできない。

<2>  被告は、時間が全くロードされないステップが存在した場合は、これに対応するスキャンコントロールテーブルに何らの実行情報もロードはできない旨、さらに、第1引用例(甲第3号証)の「時間とシーケンス制御」の項中の「特定ステップに関して、・・・設定値比較は、システムクロックにより、100ms毎に行われる。」(訳文6頁15行、16行)という記載は、原告の主張に従えば、「特定ステップの場合にのみ、・・・設定値比較は、システムクロックにより100ms毎に行われる」ことを意味することになるが、これは、設定値比較は全工程(全ステップ)においてシステムクロックにより100ms毎に行われること(甲第3号証訳文5頁7行ないし22行)と矛盾する旨主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、第1引用例に記載のものは、ガスの供給、停止、加熱のオン、オフ、設定温度の切換等のプロセスの状態変化に応じてそれぞれの機器に指令を出す方式を用いているのであるから、上記主張はいずれも採用できない。すなわち、前記認定にかかる従来技術である標準的なLPCVD装置においても、各SEQイベントは、1つのセットポイントを中心としてストアされており、かつ、経過時間を持つステップと持たないステップがあっても、装置の制御が可能であったのであるから、第1引用例の前記「時間とシーケンス制御」欄の記載に照らすと、経過時間を持つステップと持たないステップを有する第1引用例のものにおいても、装置の制御が可能であることは明らかである。また、甲第3号証訳文5頁7行ないし22行の記載と前記「時間とシーケンス制御」欄の記載とをあわせ考えても、被告主張にかかる「特定ステップに関して、I/O機能および設定値比較は、システムクロックにより、100ms毎に行われる。」(同号証訳文6頁15行、16行)との記載は、当業者であれば、レシピーが特定ステップにあれば、全ての設定値・オン/オフ機能・警告・I/Oビット等は対象炉用にスキャン・コントロールテーブルにロードされるため、I/O能及び設定値比較は、システムクロックにより100ms毎に行われると解することができるから、被告の主張はいずれも採用できない。

(4)  なお、原告は、第1引用例には、生産レシピーとして、「ガス種類選択」(甲第1号証4頁11行)を含む機能動作情報(機能操作情報)をレシピーファイルとしてディスクに保存することについては、全く記載されていないと主張する。

しかしながら、甲第3号証によれば、第1引用例には、「この様に、エピタキシャル構造は4つの重要なプロセスパラメータを操作することで得られる。すなわち、ウェハ温度、ガス流量、時間、そしてシーケンス。」(訳文4頁11行、12行)、「全てのガス流量及び温度の値は、専用のトランスデューサにより測定され、これらの値は、デジタル化され、・・・制御バルブ及び制御ポテショメータに対して信号を出力する。」(同4頁20行ないし24行)と記載され、さらに、プロセスパラメータとして、「SiCl4(SiHCl3)用タンクを経たH2の流量」(同3頁下から5行)、「H2内SiCl4のモル割合」(同3頁下から3行)、「ドーパント・ダイリューションーインジェクションシステムにおけるガス流量(同4頁4行)と記載されていることが認められる。これらの記載によれば、プロセスパラメータとして、複数のガスを利用することが示唆されている。また、前記認定のとおり、第1引用例には、「レシピーが特定ステップにあれば、全ての設定値・オン/オフ機能・警告・I/Oビット等は対象炉用にスキャン・コントロールテーブルにロードされる。」(甲第3号証訳文6頁13行ないし15行)と記載されており、この記載は、機能操作情報に、「オン/オフ機能」すなわちガスバルブのオンオフ操作によるガス種類の選択が含まれることを示唆している。以上によれば、第1引用例には、生産レシピーとして、「ガス種類選択」を含む機能操作情報をレシピーファイルとしてディスクに保存することについて少なくとも示唆されているものであり、この点の原告の主張は採用できない。

(5)  本願発明の要旨は、前記認定のとおりである。そうすると、審決の一致点の認定のうち、第1引用例には、「このステップ毎にシーケンス時間値(TNE)その他」(甲第1号証4頁6行、7行、)が入力されるようになっている、第1引用例において、生産レシピーが「各ステップに入力される」(同5頁12行、13行)、すべての生産レシピーに「シーケンス時間即ちTNE」(同5頁13行、14行)の各データが含まれるとの認定、本願発明と第1引用例に記載のものは、「前記制御装置は、前記炉内における1回の気相成長に係る実際の各シーケンスプロセスに対応して必要とされるシーケンス時間と該シーケンス時間内において供給されるべき1つまたは複数のガスの種類およびその流量と前記シーケンス時間内において炉内で実現すべき温度とに関する情報を前記各シーケンスプロセスに対応するパラメータデータとしてストアし得るプロセスプログラムを形成し」(甲第1号証7頁5行ないし13行)の点で一致するとの認定は、誤りであり、この一致点の認定の誤りが審決の結論に影響することは明らかである。

4  よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別表1

本願発明の場合 (PPG(4)) 第9図参照

PPNo SEQ name TiME GAS FLOWN2 H2 DN DP SiCl4 HCl 0℃温度

1 N2 purge 3:00 FNIL

2 H2 purge 3:00 FH2L

3 Heat ON(1) 3:00 FH2L 01

4 Heat ON(2) 3:00 FH2L 02

5 HCl vent 3:00 FH2L FHCL 02

6 HCl etch 3:00 FH2L FHCL 02

7 H2 purge 3:00 FH2L 02

8 Heat down 3:00 FH2L 03

9 EPi vent(1) 3:00 FH2L FDP FSI 03

10 EPi depo(1) 3:00 FH2L FDP FSI 03

11 H2 purge 3:00 FH2L 03

15 Heat OFF 3:00 FH2L (00)

16 H2 purge 3:00 FH2L

17 N2 purg 3:00 FN17L

FN1L/FN17L:N2 Flow rate, FH2L:H2 Flow rate,FHCL:HCL Flow rate, FDP:DP flow rate,FSI:SiCl4 Flowe rate,θ:Temperature

別表2

引用例1の場合(Fig.7:Recipe table)

STEP# T.N.E SET POINTS

1 3:00 N2ガス流量設定+N2ガスバルブ開情報

2 N2ガスバルブ閉情報

3 3:00 H2ガス流量設値+H2ガスバルフ開情報

4 3:00 第1温度設定値+RF(発振機)ON情報

5 3:00 第2温度設定値

6 3:00 HClガス流量設定値+HClガスバルブベント開情報

7 HClガスバルブベント閉情報

8 3:00 HClガスバルブ炉側開情報

9 3:00 HClガスバルブ炉側閉情報

10 3:00 第3温度設定値

11 DPガス流量設定値+DPガスバルブベント開情報

12 3:00 SiCl4ガス流量設定値+SiCl4ガスバルブベント開情報

13 DPガスバルブベント閉情報

14 SiCl4ガスバルブベント閉情報

15 DPガスバルブ炉側開情報

16 3:00 SiCl4ガスバルブ炉側開情報

17 DPガスバルブ炉側閉情報

18 3:00 SiCl4ガスバルブ炉側閉情報

19 3:00 RF(発振機)OFF情報

20 3:00 H2ガスバルブ閉情報

21 3:00 N2ガス流量設定値+N2ガスバルブ開情報

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

第11表-標準的なLPCVD或長条件

温度(℃) 反応ガス流量(cc/分)

膜の種類 圧力(Pa) 導入部 中央部 排気部 SiH4  SiH2Cl2  N2O NH3

ボリシリコン 220 628 625 633 53

シリコン窒化膜 320 785 800 825 27 93

シリコン酸化膜 390 930 925 910 56 113

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