東京高等裁判所 平成5年(行ケ)5号 判決 1994年4月26日
東京都大田区下丸子2丁目6番18号
原告
株式会社妙徳
同代表者代表取締役
伊勢養治
同訴訟代理人弁理士
片山大
同
黒田博道
同
木村高明
同
北村仁
同
竹山宏明
同
的場成夫
東京都港区新橋1丁目16番4号
被告
エスエムシー株式会社
同代表者代表取締役
高田芳行
同訴訟代理人弁理士
林宏
同
内山正雄
同
千葉剛宏
同
佐藤辰彦
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
一 特許庁が平成2年審判第18497号事件について平成4年11月5日にした審決を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
第二 事案の概要
本件は、実用新案登録を受けたが、無効審判を請求されて実用新案登録を無効とする審決を受けた原告が、審決は、本件考案及び第一引用例記載のものの技術内容を誤認したため、一致点の認定を誤り、また、相違点を看過し、さらにこれら及びその余の引用例記載のものの誤認に加えて考慮すべきでない第一引用例記載のものの考案者の意図をも判断の基礎とする判断方法の誤りに基づき相違点の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきであるとして審決の取消を請求した事件である。
一 判決の基礎となる事実
(特に証拠(本判決中に引用する書証は、いずれも成立に争いがない。)を掲げた事実のほかは当事者間に争いがない。)
1 特許庁における手続の経緯
原告は、考案の名称を「エゼクタポンプ」とする登録第1805332号実用新案(昭和58年10月5日に昭和58年実用新案登録願第154920号として出願、平成元年6月23日に平成1年出願公告第21200号として出願公告、平成2年2月9日に設定登録。以下この実用新案を「本件実用新案」といい、本件実用新案に係る考案を「本件考案」という。)の実用新案権を有しているが、被告は、平成2年10月13日本件実用新案について登録無効の審判を請求し、平成2年審判第18497号事件として審理された結果、平成4年11月5日、本件実用新案の登録を無効とする旨の審決があり、その謄本は同年12月16日原告代理人に送達された。
2 本件考案の要旨(実用新案登録請求の範囲)
ポンプ本体1に穿設した孔部にノズル孔3aを有するノズルブロック3及び上記ノズル孔3aに対応するエゼクタ孔2aを有するエゼクタブロック2を嵌装して該ノズル孔3aとエゼクタ孔2a間に形成された吸気室4を本体1の一側に設けた吸込口7に連通するとともに同本体1の孔部には先端部8aにおいて上記ノズル孔3aを開閉するパイロットバルブ8を摺動自在に嵌装して該先端部8a周辺の空隙10を本体外側に設けた圧縮空気導入口9に連通し、上記パイロットバルブ8の前後部に受圧面積に差のある加圧部11、12をそれぞれ設けて小受圧面の加圧部12を上記圧縮空気導入口9に常時連通するとともに、本体1の外側には上記大受圧面の加圧部11を上記圧縮空気導入口9と大気へ交互に連通する3方口の電磁切換弁14を設け、該切換弁14を作動して上記大受圧面の加圧部11を圧縮空気導入口9に連通すればパイロットバルブ8が両加圧部の受圧面積の差により加圧部12の方向に移動し、また大気に連通すればパイロットバルブ8が両加圧部の圧力差により加圧部11の方向に移動して上記ノズル孔3aを開閉するようにし、上記本体1の外側にはさらに電磁弁を設けて上記パイロットバルブ8が上記ノズル孔3aを閉じポンプの作動を停止したとき、所定時間上記吸込口7に圧縮空気を送給するようにしたことを特徴とするエゼクタポンプ
(なお、別紙第一参照)
3 審決の理由の要点(本訴に関係しない部分を除く。)
本件考案の要旨は、前項記載のとおりである。
本件実用新案の進歩性について検討する。
A 証拠刊行物に記載されている事項
昭和56年実用新案登録願第176212号(昭和58年実用新案出願公開第82500号公報参照)の願書に添付した明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム(以下「第一引用例」という。)には、「ポンプ本体(1)に穿設した孔部にノズル孔(4a)を有するノズルブロック(4)とエゼクタ孔(2a)を有するエゼクタブロック(2)を嵌装して該ノズル孔(4a)とエゼクタ孔(2a)間に形成された吸気室(5)を本体(1)の1側に設けた吸込口(6)に連通すると共に、該本体孔部にはまた先端部(8a)において、上記ノズル孔(4a)を開閉するバルブ保持用ヘッド(7)が螺着され、これにやや大径のパイロットバルブ(8)を嵌装して、背面に設けた戻しばね(9)に弾発されて先端部のシール部材(8a)がノズル孔を閉じており、先端部(8a)周辺の空隙(10)を本体(1)の1側に設けた圧縮空気導入口(12)に連通すると共に、該パイロットバルブ(8)の背面を上記圧縮空気導入口(12)と大気へ交互に連通する切換弁(13)を本体の外側に設け、該切換弁(13)を作動して上記パイロットバルブ(8)の背面を大気に連通すれば該パイロットバルブ(8)が開いてポンプが作動し、また上記切換弁(13)によりパイロットバルブ(8)の背面を上記圧縮空気導入口(12)に連通すればパイロットバルブ(8)が閉じてポンプが停止するよう構成したエゼクタポンプ」が記載されており、同じく、同引用例中の明細書5頁6行ないし8行には、「上記バルブ(8)の受圧面を先端部より大とし、前後部の受ける空気の押圧力の差によりバルブ(8)を右行せしめるようにしてもよい。」との記載があり、同じく6頁6行ないし10行には、「圧縮空気の送給量は絞り弁(18)で調節することができるが、所定時間圧縮空気を送給する装置等を使用して真空系内の残存負圧の急速な解除を行うようにしてもよい。」との記載があり、同じく6頁11行ないし7頁3行には、「本考案のエゼクタポンプは上記の如き構造で、上述の如くノズル孔(4a)の開閉に空気の圧力差で作動するパイロットバルブ(8)を使用したから大径のバルブを使用する等により比較的小型の電磁弁(13)でも同ノズル孔(4a)に大量の圧力空気を送り、ポンプの吸引力を高めることができ、また上述のようにエゼクタブロック(2)及びノズルブロック(4)の嵌合する同じ孔部にパイロットバルブ(8)を嵌装してノズル孔(4a)を開閉するようにしたから設置スペースを節減することができ、全体がコンパクトに構成されるのでポンプを著しく小型化し得る等の実用的な効果を有している。」との記載がある。
昭和56年実用新案登録願第176211号(昭和58年実用新案出願公開第82499号公報参照)の願書添附の明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム(以下「第二引用例」という。)には、「ポンプ本体(1)に穿設した孔部にノズル孔(4a)を有するノズルブロック(4)とエゼクタ孔(2a)を有するエゼクタブロック(2)を嵌装して該ノズル孔(4a)とエゼクタ孔(2a)間に形成された吸気室(5)を本体(1)の1側に設けた吸込口(6)に逆止弁(7)を介し連通すると共に、上記ノズル孔(4a)を開閉弁(9)を介し圧縮空気供給源に接続し、本体(1)にはまた上記吸込口(6)における負圧を感知して上記開閉弁(9)を作動する圧力スイッチ(15)を設けると共に、上記吸込口(6)を真空解除用開閉弁(17)を介し大気もしくは圧縮空気供給源に連通し、上記開閉弁(9)を開くことによりポンプが作動し、上記吸込口(6)及びこれに接続された系内が所定の負圧に達したときは上記圧力スイッチ(15)が開閉弁(9)を閉じポンプが停止し、上記系内の負圧解除の際は上記開閉弁(9)によりポンプを停止せしめると共に上記真空解除用開閉弁(17)を開いて上記系内に空気を送給すると共に、該真空解除用開閉弁は、本体(1)の上面に取付けた真空解除用電磁開閉弁で、一方は通孔(18)および前記ポンプ作動用開閉弁(9)の弁室(9a)を経て圧縮空気導入口(10)に連通し、他方は通孔(19)、ピストン室(11)および通孔(12)を経て吸込口(6)に連通して、この通路は弁室(17a)に嵌装され、ばね(17b)で押圧された弁体(17c)により閉じているエゼクタポンプ」が記載されており、同じく、同引用例中の明細書6頁3行ないし15行には、「被着体(B)の搬送後は切換スイッチ(22)を開接点(22a)側に切換えればソレノイド(9d)が切れて開閉弁(9)が閉じ、エゼクタポンプが停止すると共に、タイマー(23)を介し真空解除用開閉弁(17)のソレノイド(17d)を作動して同開閉弁(17)を開くので圧縮空気が通孔(19)、ピストン室(11)および通孔(12)を経て吸込口(6)に強力に送給され、従って例えば導管(25)が長く、流入空気に対する抵抗が大きな場合でも、吸盤(A)内の負圧を急速に解除して被着体(B)を瞬間的に離すことができ搬送動作を極めて正確に行うことができる。この圧縮空気の送給時間はタイマー(23)により適当に調節することができる。」との記載がある。
米国特許第3075556号明細書(以下「第三引用例」という。)には、「シリンダ4の内部に往復動可能に装着されたポペット9は、凹部に延在する大きな直径の管状部位と、該管状部位より小径の上部部位11と、さらに小径な下部部位12とを有し、バルブ本体には開口部18aを介して室13と連通する流体導入通路18が設けられ、且つ開口部19aを介して前記室13から導かれる流体導出通路19が設けられ、開口部19aにはポペット9の端面31と係合するバルブシート16が設けられ、ポペット9は上部端部から延在する軸方向の通路20を有し、この通路20はそれよりも小径な軸方向の通路21と連通するとともに、さらに室13に対して複数の通路22と連通し、前記ポペット部位10の頂部面23は頂部カバー2に設けられた複数の通路24を介して大気と連通していて、ポペット部位10の下部面25はバルブ本体に設けられた横方向へと延在するポート27と通路26を介して連通状態にあり、さらに第2のポート28は室13と連通し、ポート27と28に対するエアの供給は、3方口のパイロット弁29によって制御され、バルブ29が消勢されると、ポート27が開成されて大気側へと開放されポート28は閉成される。さらにバルブ29が付勢されると、ポート27と28は連通状態となり、ポート27は大気側に対して閉成される。所定の圧力下で導入口18を介して室13へと流れる流体は通路21、22、20を介して流れ、ポペットの頂部面30の領域が当該ポペットの下部面31の領域よりも大きいために、ポペットの下部面31はシートに係合し、出口19を閉成して流体はバルブを介して流れることがない。パイロットバルブ29が付勢されると、ポート27はポート28と連通して圧力作用を受け、ポペット部位10の下部面25の領域が当該ポペットの頂部面30の領域よりも大きいことから、頂部面30はその着座部位から離間し、圧力下に流体が導入口18から導出口19へと流れるパイロット操作弁」が記載されている。
久津見舜一著「空気圧機器と応用回路」(日刊工業新聞社昭和43年11月15日発行)151頁、152頁の図7・11及びその説明文(以下「第四引用例」という。)には、「ピストンの受圧面積に差を設けて変位させる差動シリンダ」が記載されている。
米国特許第314237号明細書(以下「第五引用例」という。)には、「異なる受圧面積によってバルブを変位させること」が記載されている。
昭和58年特許出願公開第99393号公報(以下「第六引用例」という。)には、「一端に流体導入口、他端に流体送出口を有する弁室に、一端にピストンを有する弁体を嵌装し、ばねで弾発して上記流体送出口を閉塞し、上記ピストンには逆止弁を設けて該逆止弁を介して上記ピストンにより区画された弁室の流体導入口側隔室と流体送出口側隔室を連通せしめ、上記流体導入口より高圧の流体を導入することにより該流体が上記逆止弁を通り隔室に充填され、上記流体導入口を低圧部に開放することにより、上記隔室(b)の内圧によりピストンが移動して弁体により上記流体送出口が開き、該隔室(b)内に充填された流体を上記送出口より送出するようにした流体送給装置」が記載されており、また同引用例には、「真空解除用の流体送給装置である(B)が、上部に穿設された孔部(22)には接続管(23)を介して長管(24)が接続し、その外端部には閉塞栓(25)が螺着されて弁室(26)が形成され、弁室(26)の左端部には流体導入口(27)が設けられ、右端部は弁座(28)、絞り弁(29)等を経て流体送出口(30)に連通しており、流体導入口(27)は本体(1)の背面に取付けた切換弁(31)を介して上記空隙(11)から通孔(32)を経て接続された高圧側の通孔(33)と、大気への開口(34)に交互に連通する切換弁(14)のソレノイド(14a)は圧力スイッチ(20)(常時閉)およびポンプ作動用切換スイッチ(42)と共に電源に直列に接続され、切換スイッチ(42)の開接点(42a)は真空解除用切換弁(31)のソレノイド(31a)に接続されている。」と記載されている。
昭和55年実用新案登録願第41953号(昭和56年実用新案出願公開第143599号公報参照)の願書添附の明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム(以下「第七引用例」という。)には、「受圧面積に差のあるバルブで戻しスプリングを有する真空発生装置」が記載されている。
英国特許第660831号明細書(以下「第八引用例」という。)には、「パイロットバルブで駆動されるエゼクタポンプで、戻しスプリングを用いていない」点が記載されている。
「Olhydraulik und pneumatik Juli 1973:17」(以下「第九引用例」という。)には、「受圧面積の差による駆動とスプリングを選択的に用いること」が記載されている。
昭和46年実用新案登録願第28357号(昭和47年実用新案出願公開第26327号公報参照)の願書添附の明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム(以下「第十引用例」という。)には、「受圧面積差のあるシングルパイロットバルブで、戻しスプリングのない」点が記載されている。
昭和46年実用新案登録願第30096号(昭和47年実用新案出願公開第26528号公報参照)の願書添附の明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム(以下「第十一引用例」という。)には、「受圧面積差のあるシングルパイロットバルブで、戻しスプリングのある」点が記載されている。
B.本件考案と刊行物に記載されている事項との対比判断
本件考案と第一引用例記載の事項とを対比すると、両者は、「ポンプ本体に穿設した孔部にノズル孔を有するノズルブロックおよび上記ノズル孔に対応するエゼクタ孔を有するエゼクタブロックを嵌装して該ノズル孔とエゼクタ孔間に形成された吸気室を本体の一側に設けた吸込口に連通すると共に、同本体の孔部には先端部において上記ノズル孔を開閉するパイロットバルブを摺動自在に嵌装して該先端部周辺の空隙を本体側に設けた圧縮空気導入口に連通し、本体の外側には加圧部を上記圧縮空気導入口と大気へ交互に連通する3方口の電磁切換弁を設け、該切換弁を作動して上記加圧部を圧縮空気導入口に連通するか大気に連通するかでパイロットバルブを移動させて上記ノズル孔を開閉させたエゼクタポンプ」の点で一致し、次の点で相違する。
相違点:本件考案では、(1)パイロットバルブの前後部に受圧面積に差のある加圧部をそれぞれ設けて小受圧面の加圧部を圧縮空気導入口に常時連通するとともに、切換弁を作動して上記大受圧面の加圧部を圧縮空気導入口に連通すればパイロットバルブが両加圧部の受圧面積の差により加圧部の方向に移動し、また大気に連通すればパイロットバルブが両加圧部の圧力差により加圧部の方向に移動してノズル孔を開閉するようにし、また、(2)本体の外側にさらに電磁弁を設けてパイロットバルブがノズル孔を閉じポンプの作動を停止したとき、所定時間吸込口に圧縮空気を送給するようにしたのに対して、第一引用例記載のエゼクタポンプでは、(1)ノズル孔を開閉するパイロットバルブの背面に設けられた戻しばねにて弾発され、該パイロットバルブ8の背面を圧縮空気導入口と大気とへ交互に連通する切換弁の作動により、背面を大気に連通すればパイロットバルブが開いてエゼクタポンプが作動し、また切換弁によりパイロットバルブの背面を圧縮空気導入口に連通すればパイロットバルブが閉じてエゼクタポンプを停止するようにした点、また(2)本体の外側にはさらに電磁弁がないのでポンプが停止したとき所定時間吸込口に圧縮空気を送気していない点。
そこで、前記相違点(1)について検討する。
まず、請求人(被告)は本件考案の要旨について、パイロットバルブが空気圧のみにより駆動される点を構成要件としていなく、パイロットバルブに戻しスプリングを用いているか否か明らかでないと主張するが、本件考案の要旨は、上記2記載のとおりであり、このことは明細書に記載されている技術的課題(目的)、作用効果等から明らかで、「パイロットバルブに戻しスプリングがない」旨の否定的記載がなくてもエゼクタポンプの構成は明瞭であるので、上記2記載のとおりである。
次に、第一引用例記載のエゼクタポンプのパイロットバルブの操作について検討すると、上述のとおり第一引用例には、「上記バルブ(8)の受圧面を先端より大とし、前後部の受ける空気の押圧力の差によりバルブ(8)を右行せしめるようにしてもよい。」との記載があることは明らかである。そして、この記載からのみでは、パイロットバルブの背面に戻しばねが全く必要がないのか否か明らかでないし、被告が主張するような図面A(省略)が明記されているとも必ずしもいえない。すなわち、受圧面のうち後端部を先端部より大とし差圧を得て右行せしめたとしても、気室150と通気孔151で外気に連通させねばならないと考えられ、この点が上記記載のみからでは想定できないと思われるが、被請求人(原告)の主張するように、パイロットバルブの差圧操作において、パイロットバルブの気室と圧力源とを連通させるのに空気通路をパイロットバルブに設けるのかポンプ本体に設けるのか、また、大気と連通する気室を設けるか否かは、設計上の問題で、本件考案では必須の構成要件でもないので、差圧によって右行せしめてポンプを停止すればよく、外気に連通する気室を設ける点に格別な工夫を要したとは考えられない。要するに、パイロットバルブが受圧面積の差のみであるのか、受圧面積の差と戻しばねとによるのか否かが不明である。
しかし、第一引用例の上述のパイロットバルブの記載から、第一引用例記載のものの考案者が出願時点ですでにパイロットバルブの右行動作を受圧面の差で動かすことはすでに考案(意図)していたことは明らかである。このようなパイロットバルブの操作を受圧面の差のみで動かすことは、昭和46年特許出願公開第4087号公報に記載のエゼクタポンプ(吸引装置)がパイロットバルブ(ピストに相当)を受圧面積の差に応じて移動させることが、さらには第八引用例にも開示されているように本件出願前から行われていた事実からも窺える。また、一般に流体機器(例えば圧縮空気で操作するシリンダ)あるいは流体供給装置等々におけるバルブの操作において受圧面積の差のみ(戻しばねのない)の差動駆動パイロットバルブを用いることは、周知慣用技術(例えば第三引用例ないし第五引用例、第八引用例ないし第十引用例)であるし、原告は、「戻しばね」を用いない作用効果として、「パイロットバルブの作動が迅速確実に行なわれ、且つ、加圧部の圧力の切換えだけでパイロットバルブを作動することができ、構造が簡単となり、使用する電磁弁も3方口のものでよく、経済的である」旨主張しているが、第一引用例記載のものも使用する電磁弁は3方口であり、さらに第一引用例の明細書6頁11行ないし7頁3行には「ノズル孔(4a)の開閉に空気の圧力差で作動するパイロットバルブ(8)を使用したから大径のバルブを使用する等により比較的小型の電磁弁(13)でも同ノズル孔(4a)に大量の圧縮空気を送り、ポンプの吸引力を高めることができ、(中略)全体がコンパクトに構成されるのでポンプを著しく小型化し得る等の実用的な効果を有している。」と記載されており、両考案に格別な差異は認められないし、かつ一般の弁の操作ではあるが第三引用例記載のものには、スプリングを省略できた旨の記載もあることから「戻しばね」を省略することの自明な作用効果にすぎないし、逆に補助スプリングを併用した方がより迅速にパイロッドバルブを移動できるとも考えられる(第七引用例、第十引用例、第十一引用例参照)。
以上のことを総合的に判断してみると、第一引用例記載のエゼクタポンプの戻しばねを用いたパイロットバルブに代えて、同引用例にも示唆されているように受圧面積の差による差圧によりバルブを右行せしめる(エゼクタポンプの動作を停止せしめる)のにばねのない受圧面積の差によるパイロットバルブにするようなことは上記周知慣用技術を参酌すれば、当業者であれば当然なしえたものである。してみると、本件考案のように「パイロットバルブの前後部に受圧面積に差のある加圧部をそれぞれ設けて小受圧面の加圧部を圧縮空気導入口に常時連通するとともに、切換弁を作動して上記大受圧面の加圧部を圧縮空気導入口に連通すればパイロットバルブが両加圧部の受圧面積の差により加圧部の方向に移動し、また大気に連通すればパイロットバルブが両加圧部の圧力差により加圧部の方向に移動してノズル孔を開閉する」ようなことは、第一引用例に記載された事項及び周知慣用技術である第三引用例ないし第五引用例、第八引用例ないし第十引用例記載のものを参酌すれば、当業者であればきわめて容易に推考しえたものと認められる。
さらに、相違点(2)の、本件考案が、本体の外側にさらに電磁弁を設けてパイロットバルブがノズル孔を閉じポンプの作動を停止したとき、所定時間吸込口に圧縮空気を送給するようにした点について検討すると、第一引用例には前述のAに記載のとおり、「圧縮空気の送給量は絞り弁(18)で調節することができるが、所定時間圧縮空気を送給する装置等を使用して真空系内の残存負圧の急速な解除を行うようにしてもよい。」との記載があり、この第一引用例記載のものと同一考案者でかつ同一出願人でさらに同日の出願である第二引用例、あるいはその出願日より先願であって発明者が一部同じで同一出願人の第六引用例とには、全く同一な「所定時間圧縮空気を送給する装置」が開示されている。してみると、第一引用例記載のものの出願時点で考案者はすでに、第一引用例記載のエゼクタポンプに真空系内の残存負圧の急速な解除を行うために「所定時間圧縮空気を送給する装置」を使用することを意図していたと認められる。この点に関して原告は、第二引用例あるいは第六引用例記載のパイロットバルブと第一引用例記載のパイロットバルブとでは、それぞれ本件考案のパイロットバルブと具体的構成において差異がある旨主張しているが、上記各引用例記載のものはいずれもエゼクタポンプであり、かつ第二引用例あるいは第六引用例記載のエゼクタポンプに上述のような「所定時間圧縮空気を送給する装置」を有することにより、本件考案と同様な作用効果である「圧縮空気を真空解除に必要な量だけ送ることができ、圧縮空気の消費を節減できる」ものである。そして、第一引用例には、前述のパイロットバルブ操作についての相違点の検討で詳述したように、パイロットバルブを面積の差による差動圧で動かすこともできる示唆があり、このようなパイロットバルブを差動圧で操作するエゼクタポンプに「所定時間圧縮空気を送給する装置」を適用することは、上述のように第一引用例記載のものの考案者がすでに意図していた以上、格別な考案力を要したものとは認められないので、結局本件考案のように「本体の外側にさらに電磁弁を設けてパイロットバルブがノズル孔を閉じポンプの作動を停止したとき、所定時間吸込口に圧縮空気を送給する」ようなことは、第一引用例及び第二引用例あるいは第六引用例に記載された事項から当業者であればきわめて容易に推考しえたものと認められる。
以上のとおりであるから、本件考案は第一引用例と第二引用例あるいは第六引用例に記載された事項及び第三引用例ないし第五引用例や第七引用例ないし第十引用例記載の周知慣用技術を参酌すれば、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められる。
したがって、本件考案は、実用新案法3条2項に該当し、同法37条1項によりその実用新案登録を無効にすべきものとする。
4 本件考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果(この項の認定は甲第2号証による。)
(1) 本件考案は、圧縮空気を使用してノズル孔からエゼクタ孔に空気を噴出させ、その噴流中にノズル孔とエゼクタ孔間に形成された吸気室内の空気を吸引させて該吸気室及びこれに接続された系内に真空を発生せしめるエゼクタポンプに関する(本件考案に係る実用新案出願公告公報(以下「本件公報」という。)2欄3行ないし7行)。
本件考案は、ノズル孔の開閉に空気の圧力差で作動するパイロットバルブを使用することにより比較的小型の電磁切換弁で大量の圧縮空気を送り強力な吸引力が得られるようにするとともに、パイロットバルブの前後部に受圧面に差のある加圧部を設けて小受圧面の加圧部を高圧に保持するとともに大受圧面の加圧部を電磁切換弁により前者とほぼ等圧にすることによりパイロットバルブが受圧面の差により小受圧面の方向に移動し、また後者を大気に連通することによりパイロットバルブが圧力差によって大受圧面の方向に移動してノズル孔を開閉するようにしたことに基づき、一方の加圧部の圧力の切換えだけでパイロットバルブを作動しうるため使用する電磁切換弁の構造を著しく簡単化しうる利点を提供すること(同2欄8行ないし22行)を技術的課題(目的)とするものである。
(2) 本件考案は、前記技術的課題を解決するために本件考案の要旨(実用新案登録請求の範囲)記載の構成(本件公報1欄2行ないし2欄1行)を採用した。
(3) 本件考案は、前記構成により、ノズル孔3aの開閉に空気の圧力差で作動するパイロットバルブ8を使用したから大径のバルブを使用することにより比較的小型の電磁気切換弁14で操作してノズル孔3aに大量の圧縮空気を送りポンプの吸引力を高めることができ、またパイロットバルブ8の前後部に受圧面積に差のある加圧部11、12を設けて小受圧面12’を有する加圧部12を常時高圧に保持するとともに大受圧面11’を有する加圧部11を切換弁14により加圧部12とほぼ同じ高圧と大気圧に交互に切り換えてパイロットバルブ8を移動し、ノズル孔3aを開閉するようにしたから、パイロットバルブの戻しに補助スプリングを使用するものなど(例えば第一引用例記載のもの参照)に比べ、パイロットバルブの作動が迅速確実に行われ、かつ加圧部11の圧力の切換えだけでパイロットバルブ8を作動することができ、構造が簡単となり、使用する電磁切換弁も3方口のものでよく、経済的であり、また、本体1にさらに電磁弁を設けてパイロットバルブ8がノズル孔3aを閉じポンプの作動を停止したとき、所定時間上記吸込口7に圧縮空気を送り真空を解除するようにしたから、圧縮空気を真空解除に必要な量だけ送ることができ、圧縮空気の消費量を節減することができるなど(本件公報5欄37行ないし6欄25行)の作用効果を奏するものである。
5 その他の争いがない事実
各引用例には審決認定の技術内容が記載されている(ただし、第一引用例の記載の認定中「バルブ保持用ヘッド7が螺着され、これにやや大径の」とある部分を除く。また、原告は、第七引用例には審決認定の点のほかに「スプールを持つ」真空発生装置である点の認定が脱落している、と主張する。)。
本件考案と第一引用例記載のものとの一致点(ただし、後記争点において一致点の認定の誤りとして主張される部分を除く。)及び相違点(ただし、相違点(1)に関し、本件考案について「加圧部の方向に移動し、また大気に連通すればパイロットバルブが両加圧部の圧力差により加圧部の方向に移動してノズル孔を開閉するようにし」と認定し、第一引用例記載のものについて「パイロットバルブが閉じて」と認定した部分を除く。)は審決認定のとおりである。
(なお、甲第4号証によれば、第一引用例には別紙第二の図面が添付されていることが認められる。)
二 争点
原告は、審決は、本件考案及び第一引用例記載のものの技術内容を誤認したため、一致点の認定を誤り(取消事由1)、また、相違点を看過し(取消事由2)、さらにこれら及びその余の引用例記載のものの誤認に加えて考慮すべきでない第一引用例記載のものの考案者の意図をも判断の基礎とする判断方法の誤りに基づき相違点の判断を誤った(取消事由3及び4)ものであって、違法であるから、取り消されるべきであると主張し、被告は、審決の認定判断は正当であって、審決に原告主張の違法はないと主張している。
本件における争点は、上記原告の主張の当否である。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)
審決は、本件考案と第一引用例記載のものとは「先端部周辺の空隙を本体側に設けた圧縮空気導入口に連通し、本体の外側には加圧部を上記圧縮空気導入口と大気へ交互に連通する3方口の電磁切換弁を設け、該切換弁を作動して上記加圧部を圧縮空気導入口に連通するか大気に連通するかでパイロットバルブを移動させて上記ノズル孔を開閉させ」る点で一致すると認定判断している。
しかしながら、本件考案も第一引用例記載のものも、ともにパイロットバルブの後端側と先端側とが各々圧縮空気導入口に連通可能であるものの、負圧を発生させている状態において、本件考案ではパイロットバルブの後端側が圧縮空気導入口に連通し、第一引用例記載のものではパイロットバルブの先端側が圧縮空気導入口に連通している点で異なるから、上記の前段の認定は誤りである。
また、本件考案は、圧力差によりパイロットバルブを移動させるための大受圧面の加圧部11を有するのに対し、第一引用例記載のものではこの大受圧面の加圧部11に対応する部分がない点でも異なり、上記後段の認定も誤りである。
2 取消事由2(相違点の看過)
本件考案においては、パイロットバルブ8の移動によって、パイロットバルブ8が反ノズル孔3a側に位置しているときは負圧を発生し、パイロットバルブ8がノズル孔3a側に位置しているときは負圧を発生することはないものの、パイロットバルブ8がノズル孔3a側に位置していることだけで真空破壊は行われない。
これに対し、第一引用例には、「上記バルブ(8)の受圧面を先端より大とし前後部の受ける空気の押圧力の差によりバルブ(8)を右行せしめるようにしてもよい。」との記載があるが、パイロットバルブが反ノズル孔側に位置しているときには負圧を発生するものの、パイロットバルブが右行してノズル孔側に位置しているときは高圧空気が通孔17に流れ込むので真空破壊を行うこととなり、負圧維持を全く行えないこととなる。
審決は、この相違点を看過している。
3 取消事由3(相違点(1)の判断の誤り)
審決は、「パイロットバルブの差圧操作において、パイロットバルブの気室と圧力源とを連通させるのに空気通路をパイロットバルブに設けるのかポンプ本体に設けるのか、また、大気と連通する気室を設けるか否かは、設計上の問題で、本件考案では必須の構成要件でもないので、差圧によって右行せしめてポンプを停止すればよく、外気に連通する気室を設ける点に格別な工夫を要したとは考えられない。」と認定判断し、また、相違点(1)に係る本件発明の構成のようにすることは第一引用例記載の事項及び周知慣用技術であるその他の引用例を参酌すれば当業者であればきわめて容易に推考しえたと判断している。
しかしながら、第一引用例記載のものでは、(a)パイロットバルブの前後部に受圧面積に差のある加圧部をそれぞれ設け(ノズル孔3a側の受圧面積が小である。)、(b)小受圧面の加圧部を上記圧縮空気導入口に常時連通し(パイロットバルブのノズル孔3a側が圧縮空気導入口に常時連通する。)、(c)切換弁を作動して上記大受圧面の加圧部を圧縮空気導入口に連通すればパイロットバルブが両加圧部の受圧面積の差により加圧部の方向に移動し(ノズル孔3aを閉塞し、真空破壊を行う。)、(d)大気に連通すればパイロットバルブが両加圧部の圧力差により加圧部の方向に移動する(ノズル孔3aを解放し、負圧を発生する。)という点が想定される。これに対し、本件考案では、(a)パイロットバルブの前後部に受圧面積に差のある加圧部をそれぞれ設け(ノズル孔3a側の受圧面積が大である。)、(b)小受圧面の加圧部を上記圧縮空気導入口に常時連通し(パイロットバルブの反ノズル孔3a側が圧縮空気導入口に常時連通する。)、(c)切換弁を作動して上記大受圧面の加圧部を圧縮空気導入口に連通すればパイロットバルブが両加圧部の受圧面積の差により加圧部の方向に移動し(ノズル孔3aを解放し、負圧を発生させる。)、(d)大気に連通すればパイロットバルブが両加圧部の圧力差により加圧部の方向に移動する(ノズル孔3aを閉塞し、負圧を維持させる。)のであるから、常時圧縮空気に連通している方向の差異、パイロットバルブの移動方向の差異、負圧維持の有無等の差異があり、また作用効果においても異なり、単に設計上の差異でないことは明らかであり、また、当業者がいかに周知慣用の技術を参酌しても第一引用例記載のものからきわめて容易に推考しうるとはいえない。
しかも、審決は、「第一引用例の上述のパイロットバルブの記載から、第一引用例記載のものの考案者が出願時点ですでにパイロットバルブの右行動作を受圧面の差で動かすことはすでに考案(意図)していたことは明らかである。」と認定したうえ上記の容易推考の判断を導いている。
しかしながら、考案の進歩性の判断は、当業者が引用例記載のものに基づいてきわめて容易に考案できるかどうかにより判断すべきものであるのに、審決は、当業者ではなく第一引用例記載のものの考案者を基準にし、また、客観的に引用例に記載されたものから考えるべきところを第一引用例記載のものの考案者の意図という主観的なものにより判断しており、その判断方法は二重に誤りであり、判断の前提においても誤っているというべきである。
4 取消事由4(相違点(2)の判断の誤り)
審決は、相違点(2)について、「第一引用例記載のものの出願時点で考案者はすでに、第一引用例記載のエゼクタポンプに真空系内の残存負圧の急速な解除を行うために『所定時間圧縮空気を送給する装置』を使用することを意図していたと認められる。」と認定したうえ、相違点(2)に係る本件考案の構成は第一引用例及び第二引用例あるいは第六引用例記載の事項から当業者がきわめて容易に推考しえたことであると判断している。
しかしながら、前記(3)において述べたように、審決の判断方法は、当業者ではなく第一引用例記載のものの考案者を基準にし、また、客観的に引用例に記載されたものから考えるべきところを第一引用例記載のものの考案者の意図という主観的なものにより判断しており、判断方法が二重に誤っている。
そして、第二引用例記載のものでは、ピストン室14を介して真空破壊を行うようになっており、ピストン室14の消耗が激しく、また、第六引用例記載のものでは、隔室(b)の内部にある圧縮空気によって真空破壊を行っているので、送給空気量の調整が行えず、いずれも、第一引用例記載のものとの間でも全く同一の構成ではなく、作用効果も明らかに異なるものであるが、本件考案とは構成、作用効果が全く異なり、いかに当業者でも、第一引用例記載のものに第二引用例又は第六引用例記載のものを組み合わせても、きわめて容易に相違点(2)に係る本件考案の構成に到ることは無理であるから、審決の判断は誤りである。
第三 争点に対する判断
一 取消事由1について
1 取消事由1に関して審決が認定した一致点は、「先端部周辺の空隙を本体側に設けた圧縮空気導入口に連通し(以下「構成<1>」という。)、本体の外側には加圧部を上記圧縮空気導入口と大気へ交互に連通する3方口の電磁切換弁を設け(以下「構成<2>」という。)、該切換弁を作動して上記加圧部を圧縮空気導入口に連通するか大気に連通するかでパイロットバルブを移動させて上記ノズル孔を開閉させ(以下「構成<3>」という。)」る点であるので、まず、本件考案の構成について検討する。
前記第二の一2の事実によれば、本件考案の実用新案登録請求の範囲に記載された構成中には、「先端部8a周辺の空隙10を本体外側に設けた圧縮空気導入口9に連通し」との要件(以下「本件考案の要件<1>」という。)、「本体1の外側には上記大受圧面の加圧部11を上記圧縮空気導入口9と大気へ交互に連通する3方口の電磁切換弁14を設け」との要件(以下「本件考案の要件<2>」という。)、「該切換弁14を作動して上記大受圧面の加圧部11を圧縮空気導入口9に連通すればパイロットバルブ8が両加圧部の受圧面積の差により加圧部12の方向に移動し、また大気に連通すればパイロットバルブ8が両加圧部の圧力差により加圧部11の方向に移動して上記ノズル孔3aを開閉するようにし」との要件(以下「本件考案の要件<3>」という。)が含まれていることが認められる。
ここで、本件考案における「本体外側」は「本体側」といいうるから、本件考案の要件<1>は構成<1>に相当するということができる。
また、本件考案の「大受圧面の加圧部11」が圧縮空気の圧力を受ける受圧部であることは明らかであり、「加圧部」といってさしつかえないから、本件考案の要件<2>は構成<2>に相当する。
さらに、本件考案の要件<3>は、後記三1において詳述するとおり、パイロットバルブの前後部に対する大受圧面の加圧部11と小受圧面の加圧部12との配置を特定するものではないし、パイロットバルブの移動方向とノズル孔の開閉動作を特定の関係に規定するものでもなく、切換弁を作動して「大受圧面の加圧部11」すなわち「加圧部」を圧縮空気導入口に連通すれば、パイロットバルブを一つの方向に移動し、また、「加圧部」を大気に連通すれば、パイロットバルブを他の方向に移動して、ノズル孔を開閉する、というものであることが明らかであるから、本件考案の要件<3>は構成<3>に相当する。
したがって、本件考案は、構成<1>ないし<3>の構成を具備しているということができる。
2 次いで、第一引用例記載のものについて検討すると、前記第二の一3及び5の事実によれば、第一引用例記載のものが、「先端部(8a)周辺の空隙(10)を本体(1)の1側に設けた圧縮空気導入口(12)に連通する(以下この技術事項を「第一引用例記載事項<1>」という。)とともに、該パイロットバルブ(8)の背面を上記圧縮空気導入口(12)と大気へ交互に連通する切換弁(13)(なお、切換弁として電磁弁を用いることが第一引用例に記載されていることは争いがない。)を本体の外側に設け(以下この技術事項を「第一引用例記載事項<2>」という。)、該切換弁(13)を作動して上記パイロットバルブ(8)の背面を大気に連通すれば該パイロットバルブ(8)が開いてポンプが作動し、また上記切換弁(13)によりパイロットバルブ(8)の背面を上記圧縮空気導入口(12)に連通すればパイロットバルブ(8)が閉じ(以下この技術事項を「第一引用例記載事項<3>」という。)」との構成を備えていることが明らかである。
そして、第一引用例記載のものの「本体(1)の1側」は「本体側」といいうるから、第一引用例記載事項<1>は構成<1>に相当する。
また、第一引用例記載のものの「背面」は、圧縮空気の圧力を受ける受圧部であるので、「加圧部」といってさしつかえないから、第一引用例記載事項<2>は構成<2>に相当する。
さらに、第一引用例記載のものの「パイロットバルブの開閉」は「ノズル孔の開閉」を意味するのであるから、第一引用例記載事項<3>は、切換弁(電磁切換弁)(13)を作動してパイロットバルブ(8)の背面すなわち加圧部を圧縮空気導入口(12)に連通すること、又は大気に連通することにより、パイロットバルブ(8)を開閉すなわちノズル孔を開閉するというものであるため、第一引用例記載事項<3>は構成<3>に相当するということができる。
したがって、第一引用例記載のものも構成<1>ないし<3>を具備しているというべきである。
3 そうすると、本件考案も第一引用例記載のものもいずれも構成<1>ないし<3>を共通の構成としているから、審決が両者はこの点において一致すると認定判断したことに誤りはない。
4 原告は、負圧を発生させている状態において、本件考案ではパイロットバルブの後端側が圧縮空気導入口に連通し、第一引用例記載のものではパイロットバルブの先端側が圧縮空気導入口に連通している点で異なる、と主張する。
しかしながら、後記三1において述べるとおり、本件考案は、原告主張の構成に限定されるものではないから、原告の主張は前提において失当である。
また、原告は、本件考案は、圧力差によりパイロットバルブを移動させるための大受圧面の加圧部11を有するのに対し、第一引用例記載のものではこの大受圧面の加圧部11に対応する部分がない、と主張する。
しかしながら、前記2においても述べたとおり、第一引用例記載のものの「背面」は、圧縮空気の圧力と大気とを選択的に受ける受圧部(加圧部)であり、この意味で、本件考案の「大受圧面の加圧部11」に対応するということができるから、この原告の主張も理由がない。
二 取消事由2について
原告は、第一引用例記載のものはパイロットバルブ8がノズル孔側に位置しているときに高圧空気が通孔17に流れ込むので真空破壊を行うこととなり、負圧維持を全く行えないこととなるとの主張を前提として、第一引用例記載のものと真空破壊が行われない本件考案との間に相違点があるのに、審決はその相違点を看過している、と主張する。
確かに第一引用例には別紙第二の図面が添付されており、その図面だけからすれば、第一引用例について原告の上記前段の主張のようにいうべき余地がなくはない。しかし、甲第4号証によれば、第一引用例には「図面は本考案エゼクタポンプの1実施例を示す縦断正面図である。」(明細書の7頁5行ないし6行)との記載があり、別紙第二の図面は単に第一引用例記載のものの一実施例にすぎないことが認められるところ、むしろ、前記第二の一3及び5の争いがない事実によれば、第一引用例には真空破壊のための手段ないし構成の有無とは直接関係のないエゼクタポンプが開示されていることが明らかであり、原告が前提として主張するところは理由がないから、原告の主張を採用することはできない。
三 取消事由3について
1 原告は、本件考案と第一引用例記載のものとは、常時圧縮空気に連通している方向の差異、パイロットバルブの移動方向の差異、負圧維持の有無等の差異があり、また、作用効果においても異なり、これらの差異は単に設計上の差異でないことが明らかであり、本件考案は当業者がいかに周知慣用の技術を参酌しても第一引用例記載のものからきわめて容易に推考しうるとはいえない、と主張する。
原告が本件考案について主張するところは、本件公報に添付された別紙第一の各図面に基づくと推測されるが、甲第2号証によれば、本件公報には、別紙第一の各図面について、「図面は本考案エゼクタポンプの一実施例を示し」(6欄27行ないし28行)との記載があることが認められ、別紙第一の各図面は本件考案の一実施例にすぎないことが明らかにされている。
そして、前記第二の一2に示された本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載をみてみると、パイロットバルブ8に対する大受圧面の加圧部11と小受圧面の加圧部12の配置関係については、「上記パイロットバルブ8の前後部に受圧面積に差のある加圧部11、12をそれぞれ設けて」との記載があるのみであり、それ以上にこの配置関係を規定する記載はないから、本件考案においてパイロットバルブ8の前部(ノズル孔3a側)に小受圧面の加圧部12を設け、パイロットバルブ8の後部(ノズル孔3aの反対側)に大受圧面の加圧部11を設ける配置関係のものを排斥する理由はない。したがって、本件考案がパイロットバルブ8の前部(ノズル孔3a側)に大受圧面の加圧部11を設け、その後部(ノズル孔3aの反対側)に小受圧面の加圧部12を設けた配置関係のものに限定されないことは明らかである。
また、大受圧面の加圧部11に対する圧縮空気導入口9と大気の選択的な連通とパイロットバルブ8の移動方向及びノズル孔3aの開閉について、本件考案の実用新案登録請求の範囲には、「大受圧面の加圧部11を圧縮空気導入口9に連通すればパイロットバルブ8が(中略)加圧部12の方向に移動し、また大気に連通すればパイロットバルブ8が両加圧部の圧力差により加圧部11の方向に移動して上記ノズル孔3aを開閉するようにし」と記載されているが、これらの配置関係についてそれ以上の記載はない。そして、上記のとおり、本件考案においてパイロットバルブ8の前部(ノズル孔3a側)に大受圧面の加圧部11を設け、その後部(ノズル孔3aの反対側)に小受圧面の加圧部12を設けた配置関係のものに限定されないのであるから、上記の記載から、本件考案が大受圧面の加圧部11を圧縮空気導入口9に連通した場合にパイロットバルブ8が後部(ノズル孔3aの反対側)方向に移動してノズル孔3aを開き、大受圧面の加圧部11を大気に連通した場合にパイロットバルブ8が前部(ノズル孔3a側)方向に移動してノズル孔3aを閉じる配置関係のものに特定されるものではないというべきである。
そうすると、別紙第一の各図面に図示された実施例に基づいて、本件考案は、大受圧面の加圧部11がパイロットバルブの前部(ノズル孔3a側)に設けられ、圧縮空気導入口9に常時連通する小受圧面の加圧部12がパイロットバルブ8の後部(ノズル孔3aの反対側)に設けられているものであることなどを前提として、第一引用例記載のものと、常時圧縮空気に連通している方向、パイロットバルブの移動方向等において差異があると主張する原告の主張は、前提において失当であるというほかはない。
2 原告は、また、本件考案と第一引用例記載のものとは、負圧維持の有無の差異があり、作用効果においても異なる、と主張する。
しかしながら、前記二において検討したとおり、第一引用例には所謂真空破壊のための手段ないし構成の有無と直接関係のないエゼクタポンプが開示されているのであるから、原告の主張は、本件考案と第一引用例に図示された一実施例とを対比して差異を取り上げるにすぎず、その主張を採用することはできない。
3 なお、審決が「第一引用例の上述のパイロットバルブの記載から、第一引用例記載のものの考案者が出願時点ですでにパイロットバルブの右行動作を受圧面の差で動かすことはすでに考案(意図)していたことは明らかである。」としたことについて、原告は、審決は、第一引用例記載のものの考案者の意図という主観的なものに基づいて判断しており、その判断方法は誤りである、と主張する。
確かに、審決が上記部分において第一引用例記載のものの考案者のその出願時点における意図についてのみ明言し、その意図を判断基準としたと解されかねないような口吻を用いたこと自体を取り上げれば、表現方法として穏当を欠くといわれてもやむをえない。
しかしながら、ここで問題となるのは、当業者が本件出願当時の技術常識に基づいて第一引用例の当該箇所の記載を見てどのような技術内容を把握しえたかの点であることはいうまでもなく、審決の上記部分の趣旨も、当業者が本件出願当時において第一引用例の当該箇所の記載を見れば当然に把握できる技術内容を、第一引用例記載のものの出願当時における考案者の意図を通して認定しているにすぎないことを看取することができ、その観点に立って審決の当該部分を読み返してみれば、その認定判断は結局正当として是認することができるから、審決の表現方法が適当でないからといって、審決の認定判断が違法となるべき謂れはなく、原告の主張は理由がない。
四 取消事由4について
1 原告は、審決が「第一引用例記載のものの出願時点で考案者はすでに、第一引用例記載のエゼクタポンプに真空系内の残存負圧の急速な解除を行うために『所定時間圧縮空気を送給する装置』を使用することを意図していたと認められる。」と認定したことについて、第一引用例記載のものの考案者の意図という主観的なものにより判断しており、判断方法が誤っている、と主張する。
なるほど、審決が原告指摘の上記部分においても第一引用例記載のものの考案者の意図のみについて明言し、その意図を判断基準としたと解されかねない表現を用いたことだけを取り出せば、前記三3において検討した部分と同様表現方法として適当とはいいにくい。
しかしながら、ここでも問題となるのは、前記三3において述べたのと全く同様であって、審決の上記部分の趣旨も、第二引用例、第六引用例に開示された周知の記載から、当業者が本件出願の時点で第一引用例の当該箇所の記載を見れば当然に把握できる技術事項を、第一引用例記載のものの考案者の出願時における意図を通して認定しているにすぎないというべきであり、その観点から審決の認定判断を検討してみると、その認定判断は結局正当として是認することができるから、審決の表現方法が当を失しているからといって、審決の認定判断が違法となるべき理由はなく、原告の主張は採用できない。
2 原告は、第二引用例記載のもの及び第六引用例記載のものは、本件考案と構成、作用効果が全く異なり、いかに当業者でも、第一引用例記載のものに第二引用例又は第六引用例記載のものを組み合わせても、きわめて容易に相違点(2)に係る本件考案の構成に到ることは無理である、と主張する。
前記第二の一2、3及び5の事実によれば、第二引用例及び第六引用例に審決認定のエゼクタポンプ及びその真空系内の残存負圧の急速な解除を行う所謂真空破壊のための手段ないし構成が記載されており、また、本件考案の実用新案登録請求の範囲には「上記本体1の外側にはさらに電磁弁を設けて上記パイロットバルブ8が上記ノズル孔3aを閉じポンプの作動を停止したとき、所定時間上記吸込口7に圧縮空気を送給するようにした」との記載があることが明らかにされている。
上記本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載を検討してみると、本件考案の所謂真空破壊手段ないし構成が、吸込口に圧縮空気を送給する経路等の構成を特定するものでないことは明らかである。そして、パイロットバルブがノズル孔を閉じポンプの作動を停止したとき、電磁弁(電磁弁を本体外側に設ける点が第二引用例に記載されていることは、上記のとおりである。)の作動により吸込口に圧縮空気を送給する(所定時間送給する点が第二引用例に記載されていることは、上記のとおりである。)ようにしている点において、第二引用例及び第六引用例記載のものと一致するということができ、また、本件全証拠によっても第二引用例及び第六引用例記載のものと真空破壊の作用効果に差異があるとは認められない。
そうすると、原告の主張は採用することができない。
五 よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却すべきである。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)
別紙第一
<省略>
別紙第二
<省略>