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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)7号 判決 1995年3月23日

東京都台東区東上野3丁目12番9号

原告

株式会社エース電研

同代表者代表取締役

武本孝俊

同訴訟代理人弁理士

永井義久

柏原健次

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

粟津憲一

高橋詔男

関口博

井上元廣

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成2年審判第13721号事件について平成4年12月24日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「遊技場における薄型玉貸機」とする発明について、昭和51年6月30日、特許出願したところ、昭和61年9月12日、出願公告され、昭和62年8月11日、設定登録された(特許第1392682号、以下「本件発明」という。)。

原告は、平成2年7月30日、本件発明について訂正審判請求をなしたところ、特許庁は、同請求を平成2年審判第13721号として審理のうえ、平成4年12月24日、「本件審判の請求は成り立たたない。」との審決をし、その謄本は、平成5年1月13日、原告に送達された。

2  審決の理由の要点

(1)  本件審判請求は、特許第1392682号の明細書を次のとおりに訂正しようとするものである(以下総称して「本件訂正」という。)。

<1> 明細書3頁13行「検定部」を、「ための情報を取り出す検定部」と訂正する。

<2> 明細書3頁14行、15行「トランブル」を、「トラブル」と訂正する。

<3> 明細書4頁5行「11、11」を、「11、12」と訂正する。

<4> 明細書4頁7行「台1・3図」を、「第1・3図」と訂正する。

<5> 明細書4頁11行「挿入口51、52」を、「縦状の挿入口51、52」と訂正する。

<6> 明細書4頁15行「をチェックするための」を、「の」と訂正する。

<7> 明細書5頁7行「の検定に応じて」を、「を」と訂正する。

<8> 明細書5頁7行、8行「戻し機構141…」を、「戻し機構」と訂正する。

<9> 明細書5頁16行「スイッチ201、202…」を、「スイッチ」と訂正する。

<10> 明細書6頁3行「を検定して」を、「が」と訂正する。

<11> 明細書6頁12行「まれて検定部9で検定され」を、「まれて」と訂正する。

<12> 明細書6頁14行「返却」を、「前記戻し機構により返却」と訂正する。

<13> 明細書7頁2行「応じた」を、「生じた」と訂正する。

<14> 明細書7頁5行「しらとき」を、「したとき」と訂正する。

(2)  請求人の主張

<1> 上記<1>の訂正は、特許請求の範囲における「検定部」の技術的な意味を明らかにしたものであるから、明瞭でない記載の釈明に該当し、かつ実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、法126条2項の要件を充足する。

<2> 上記<2>の訂正は、単なる誤記の訂正であり、かつ法126条2項の要件を充足する。

<3> 上記<3>の訂正は、単なる誤記の訂正であり、かつ法126条2項の要件を充足する。

<4> 上記<4>の訂正は、単なる誤記の訂正であり、かつ法126条2項の要件を充足する。

<5> 上記<5>の訂正は、図面にも示され、かつ特許請求の範囲にも記載されているように、「挿入口51、52」の向きを「縦状」であることを明示したもので、明瞭でない記載の釈明であり、かつ法126条2項の要件を充足する。

<6> 上記<6>の訂正は、「チェック」なる語句によって、訂正の要旨における<1>の訂正によって明らかにされた「検定部」の意味が、逆に不明瞭となることを解消したもので、明瞭でない記載の釈明であり、かつ法126条2項の要件を充足する。

<7> 上記<7>の訂正は、「の検定に応じて」なる語句によって、訂正の要旨における<1>の訂正によって明らかにされた「検定部」の意味が、逆に不明瞭となることを解消したもので、明瞭でない記載の釈明であり、かつ法126条2項の要件を充足する。

<8> 上記<8>の訂正は、単なる誤記の訂正であり、かつ法126条2項の要件を充足する。

<9> 上記<9>の訂正は、単なる誤記の訂正であり、かつ法126条2項の要件を充足する。

<10> 上記<10>の訂正は、「検定して」なる語句によって、訂正の要旨における<1>の訂正によって明らかにされた「検定部」の意味が、逆に不明瞭となることを解消したもので、明瞭でない記載の釈明であり、かつ法126条2項の要件を充足する。

<11> 上記<11>の訂正は、「検定部9で検定され」なる語句によって、訂正の要旨における<1>の訂正によって明らかにされた「検定部」の意味が、逆に不明瞭となることを解消したもので、明瞭でない記載の釈明であり、かつ法126条2項の要件を充足する。

<12> 上記<12>の訂正は、「返却」するための手段を説明したもので、明瞭でない記載の釈明であり、かつ法126条2項の要件を充足する。

<13> 上記<13>の訂正は、単なる誤記の訂正であり、かつ法126条2項の要件を充足する。

<14> 上記<14>の訂正は、単なる誤記の訂正であり、かつ法126条2項の要件を充足する。

(3)  訂正異議申立人の主張

上記訂正事項のうち、<1>、<6>、<7>、<10>及び<11>は、特許法126条1項3号の明瞭でない記載の釈明に当たらず、実質上特許請求の範囲を変更するものであるから、同法同条2項の規定により、訂正を認めるべきでない。

(4)  訂正事項についての検討

特許法126条にいう「願書に添付した明細書又は図面」とは、本件審判の場合、当該特許権の設定の登録時のもの(以下、本件発明の登録時の明細書及び図面を「登録時明細書」という。)であると認められるから、本件訂正前後の明細書の記載を対比する。

上記訂正事項<1>ないし<14>は、いずれも発明の詳細な説明の記載事項を訂正するものであって、特許請求の範囲を訂正するものではない。

しかし、上記訂正事項の<1>、<6>、<7>、<10>及び<11>は、いずれも、登録時明細書の特許請求の範囲に記載された「検定部」に関係するものである。

ところで、該検定部について登録時明細書には、以下<1>ないし<4>の記載が認められる。

<1> 「両取り込み通路の適宜の箇所に少なくとも紙幣と硬貨の正偽等を判別する検定部」を設け」(明細書3頁12行、13行。公告公報2欄11行、12行。)

<2> 「貨幣をチェックするための検定部」(明細書4頁15行、16行。公告公報3欄5行、6行。)

<3> 「取り込んだ紙幣の検定に応じて挿入口に戻す」(明細書5頁6行、7行。公告公報3欄16行。)

<4> 「このように形成された薄型自動玉貸機において、今、遊技客が100円硬貨を挿入口31に投入すると自動玉貸機21は従来の硬貨用自動玉貸機と同様にその硬貨を検定して本物であれば100円分のパチンコ玉を取出口151に送出して遊技客に出す。…又遊技客が1000円札等紙幣を自動玉貸機21の紙幣挿入口51より投入すると、その紙幣は自動玉貸機21において取り込みローラ131により内部に取り込まれて検定部9で検定され、本物であればそのまま取り込み通路内に取り込まれ、そうでなければ遊技客に返却される。」(明細書5頁末行ないし6頁14行。公告公報3欄29行ないし42行。)

これらの記載から、登録時明細書における検定部は硬貨や紙幣の正偽判別をする機能を有するものであると認められ、そのように解釈して明細書全体として何ら矛盾はなく、明瞭である。

しかるに、本件訂正後の明細書(以下「訂正明細書」という。)の特許請求の範囲に記載された検定部は、本件審判により、硬貨や紙幣の正偽等を判別するための情報を取り出す機能を有するのみで、貨幣や紙幣の正偽等を判別する機能までは有しないものとなることは疑う余地がない。しかも、訂正明細書における自動玉貸機は、全体として貨幣や紙幣の正偽を判別する機能を有するものであることは明らかである(訂正明細書5頁6行ないし19行。請求公告公報2頁右欄33行ないし3頁左欄2行。)が、検定部からの硬貨や紙幣の正偽等を判別するための情報に基づいて、貨幣や紙幣の正偽を判別する機能を有する構成部は存在しないことになり、明細書全体として統一を欠き不明瞭になる。

したがって、上記訂正事項の<1>、<6>、<7>、<10>及び<11>は、いずれも、不明瞭な記載の釈明を目的とするものとはいえず、特許請求の範囲の減縮とも、また、誤記の訂正を目的とするものともいえないから、本件審判請求による訂正は、特許法126条1項各号のいずれを目的とするものともいえないばかりか、特許請求の範囲が実質的に変更されたことになるから、同法同条2項の規定に違反するものである。

請求人は、登録時明細書の上記記載について、「検定部は取り込み通路に設けられるものであるから、紙幣の場合には、光センサや磁気センサがこれに該当することもまた明らかである。したがって、取り込み通路に設けられ、詰まりのトラブルが生じる部位としての検定部とは、正偽等を判別するための情報を取り出す部門であることは、当業者にとって明瞭な技術事項である。したがって、上記訂正事項の<1>、<6>、<7>、<10>及び<11>は、不明瞭な記載の釈明に該当し、かつ実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。」と主張する。

しかしながら、登録時明細書における検定部が、硬貨や紙幣の正偽を判別する機能をも有するものであることは動かし難いものであり、訂正明細書における検定部が正偽等を判別するための情報を取り出す部門であることは、上記認定のとおりであって、これに反する請求人の主張は認められない。

したがって、上記訂正事項の<1>、<6>、<7>、<10>及び<11>による明細書の訂正は、特許法126条1項各号のいずれを目的とするものとも認められないばかりか、特許請求の範囲に記載された「検定部」の意味を実質的に変更するものである。

(5)  以上のとおりであるから、本件審判請求における明細書の訂正は、特許法126条1項各号のいずれを目的とするものでもなく、同条2項の規定にも適合しない。

3  審決の理由の要点の認否

審決の理由の要点中、(1)ないし(3)は認める。同(4)のうち、訂正事項<1>ないし<14>は、いずれも発明の詳細な説明の記載事項を訂正するものであって、特許請求の範囲を訂正するものではないこと、訂正事項の<1>、<6>、<7>、<10>及び<11>は、いずれも、登録時明細書の特許請求の範囲に記載された「検定部」に関係するものであること、該検定部について登録時明細書には、審決摘示の<1>ないし<4>の記載があること、審決摘示の請求人の主張は認め、その余は争う。同(5)は争う。

4  審決を取り消すべき理由

審決は、審決摘示の<1>ないし<4>の登録時明細書の記載内容を誤って解釈した結果、訂正事項の<1>、<6>、<7>、<10>及び<11>は、いずれも、不明瞭な記載の釈明を目的とするものとはいえず、特許請求の範囲の減縮とも、また、誤記の訂正を目的とするものともいえないから、本件審判請求による訂正は、特許法126条1項各号のいずれを目的とするものともいえないばかりか、特許請求の範囲が実質的に変更されたことになるから、同法同条2項の規定に違反するものであると誤って判断したもので違法である。

(1)  審決は、登録時明細書の審決摘示の<1>ないし<4>の記載を根拠として、これらの記載から、登録時明細書における検定部は硬貨や紙幣の正偽判別をする機能を有するものと誤って解釈した(取消事由1)。

すなわち、審決摘示の<1>ないし<4>の記載からは、検定部の意義は一義的に明らかではなく、本件発明出願時における遊技場の玉貸機の技術水準(紙幣用自動交換機の識別機構として、特徴抽出部門と識別部門とが別々に設けられ、紙幣の特徴抽出部門には、磁気、形状等の特徴に応じて2種類の検出器を用いることが周知であった((甲第5、第6号証、第11号証の8))。)に立脚して、登録時明細書の下記オないしク(但し、アないしエは審決摘示の<1>ないし<4>と同じである。)の各記載を合わせ読めば、当業者であれば、本件発明の構成要件である「検定部」は、「硬貨や紙幣の正偽等を判別するための情報を取り出す機能を有するのみで、貨幣や紙幣の正偽等を判別する機能までは有しないもの」であることは明らかである。

ア 「両取り込み通路の適宜の箇所に少なくとも紙幣と硬貨の正偽等を判別する検定部を設け」(甲第2号証2欄11行、12行)

イ 「貨幣をチェックするための検定部」(同3欄5行、6行)

ウ 「取り込んだ紙幣の検定に応じて挿入口に戻す」(同3欄16行)

エ 「このように…従来の貨幣自動玉貸機と同様にその硬貨を検定して本物であれば…その硬貨が偽物であるか、又は100円以外の硬貨であれば…返却する。その紙幣は…検定部9で検定され、本物であればそのまま…取り込まれ、そうでなければ遊技客に返却される。」(同3欄29行ないし42行)

オ 「硬貨と紙幣の取り込みおよび検定中にトラブルが発生した際に外部に表示するトラブル表示部」(同3欄6行ないし8行)

カ 「そして本物の場合は玉貸額選択釦12(正確には符号121であるが、以下一つの玉貸機を対象として説明するので、添字符号は省略する。)を点灯させる。そこで遊技客が玉貸額選択釦12の望む釦12、例えば200円の選択釦12を押すと、200円分のパチンコ玉をパチンコ玉取出口15に送出すると同時につり銭送出部18がその差額である800円を硬貨返却口17に返却する」(同3欄42行ないし4欄5行)

キ 「前記した硬貨取り込み返却関係部門でトラブルが応じた(生じた)ときは、トラブル表示部10が点灯して硬貨部門においてトラブルが発生したことを外部に知らせる。又紙幣取り込み返却関係部門でトラブルが発生したときは、トラブル表示部11が点灯して紙幣部門においてトラブルが発生したことを外部に知らせる。このトラブル表示については、更に細かく、例えば硬貨部門及び紙幣部門の特定の箇所においてトラブルが発生したことを表示するようにしてもよい。」(同4欄6行ないし15行)

ク 「トラブル修復を迅速に行うことができる」(同4欄26行)

(ⅰ) 上記ア(審決摘示の<1>)及びウ(審決摘示の<3>)の記載によっては、検定部が正偽を判別するための情報を取り出す機能を有するもののみなのか、正偽を判別する機能をも有するものなのか一義的には判断できない。すなわち、

イ(審決摘示の<2>)の「チェック」なる文言は「正偽等を判別する」ことと同義ではなく、紙幣の特徴を検出することのみに用いられるものである(甲第5号証の3)。しかも「貨幣をチェックするための検定部」と記載され「貨幣をチェックする検定部」とは記載されていない。被告は、「チェック」なる用語を判別を含む意味で用いることは、通常の用法であると主張するが、被告主張の甲第12号証の2の当該箇所における「チェックミス」とは、判別を含む意味ではなく、紙幣のチェックゾーン(第1図及び第2図の符号1の部分)を光学的に検出する際に、古い紙幣等においては、光学的に検出した波形の変形があることによる「検出ミス」を意味する。このことは、検出対象ゾーンを「チェックゾーン」といい、「チェックミス」と「識別」とを文言上分けて記載している(2頁左下欄7行、8行)ことからも明らかである(なお、このことは、1頁左下欄16行、17行で「チェック」と「判別」とを文言上分けて記載していることからも明らかである。)。ウ(審決摘示の<3>)の記載は、戻し機構14を修飾する文であり、「紙幣の検定に応じて」とは、検定部で紙幣の特徴を抽出し、パターン認識部で判断し、その結果を制御部を経て検定部に対して返却の信号を送る一連の動作の説明にすぎない(甲第5号証の3)。エ(審決摘示の<4>)の記載は、明細書全体内の位置づけとして、貨幣がパチンコ玉との関係でどのように処理されるか説明した文であって、検定部の意義を明らかにするものではなく、甲第5号証の3の「4・1本機の動作概要」の記載及び第5図と、正偽を判別する「パターン認識」及び「制御部」を捨象して説明したものと実質的に同じであるから、正偽の判別部分の記載は捨象されているものである。他方、カの記載は、正偽の判断結果の後の処理形態を示したものであるところ、同記載はエ(審決摘示の<4>)の記載に続くものであることを考えると、エ(審決摘示の<4>)の記載は、トラブル発生要因過程としての「貨幣とパチンコ玉の処理過程」を単に説明したものにすぎず、検定部の意義を明らかにしたものではない。

(ⅱ) 上記オ及びク若しくはキの記載に基づけば、「検定部」が正偽を判別する機能を有しない、単に正偽を判別するための情報を取り出す部門であることは明らかである。

オの記載は、検定中にトラブルが発生することを明らかにしたもので、ここにいうトラブルとは、店員が駆けつけて、クに記載されたような、迅速に修復できる程度のものをいい(甲第7号証の2の、紙幣のジャムが生じた場合には、故障ではなく、単なるトラブルでありその表示がなされる旨の記載((17頁(イ)の項))参照)、玉貸機の使用を停止し、後に玉貸機そのものを交換するような事態に至るような「正偽を判別する機能」、すなわち、「パターン認識部」(甲第5号証)や「論理回路」(甲第6号証)が破損したような場合は含まれないから、検定部が正偽を判別する機能を有すると解すると検定中に判別機能が損なわれたこともトラブルとして表示されることとなり、矛盾することになるから、オの記載中の「検定中」なる文言は、正偽を判別する機能を有しない、単に正偽を判別する情報を取り出す部門たる「検出部」を通過中に、すなわち、トラブルが発生する部門としての物理的部所を示す「検定部」を通過中にと理解すべきものである。

キの記載は、貨幣の取り込み通路に設けられた「検定部」において、あるいは「検定中」に、あるいは貨幣返却部門において、トラブルが発生することを明らかにしたものである。キの記載は、本件発明の課題(目的)である、「硬貨取り込み返却関係部門でのトラブル、及び紙幣取り込み返却関係部門でのトラブルの発生を別々に外部に表示させることによりトラブルの発生原因の解明を早くさせて、トラブル修復を迅速に行なうこと」を解決する構成を示したものであるから、トラブルを迅速に修復するために、トラブルの発生部門又は箇所を特定することのみが対象となり、正偽を判別する機能が損なわれたか否かを対象とはしていない。そうすると、検定部が正偽を判別する機能を有すると解すると、検定中に判別機能が損なわれたことを表示するトラブル表示が必要であるが、キの記載箇所においても、登録時明細書の他の記載箇所においても、かかる表示については、開示も示唆もないから、検定部が正偽を判別する機能を有すると解することはできない。

被告は、検定部が情報収集の機能のみを有すると仮定すると、情報収集のトラブルと物理的な「詰まり」とを区別する表示が必要となると主張するが、本件発明は、サービス産業としての遊技場において、遊技客の射幸心を損なうことなく遊技を続行させることを目的としており、このため迅速なトラブル修復を行なうものであり、情報収集のトラブルを想定していないことは明らかである。

(ⅲ) 登録時明細書の第3図には、硬貨挿入口41に連なる取り込み搬送通路61に硬貨検定部81が設けられ、硬貨検定部81部分と硬貨用トラブル表示灯10が(第3図のA線により)連結され、硬貨検定部81の近傍の取り込み搬送通路61と玉送出部16が(第3図のB線により)連結され、紙幣挿入口51に連なる取り込み搬送通路71に紙幣検定部91、91が設けられ、この紙幣検定部91、91は、単一でなく、搬送方向に2個図示され、紙幣挿入口51の近くに設けられた取り込みローラ13、13の間に、搬送通路71に全長にわたって、2本の帯V、Vが設けられ、紙幣検定部91、91と、紙幣用トラブル表示灯11及び玉送出部16とは、連結されておらず、紙幣検定部91、91を通った後、搬送通路71の下流部分に、相互に途切れた線C、Dの端部があり、その線Cは紙幣用トラブル表示灯11に接続されており、線Dの一部dは玉送出部16及び玉貸額選択釦12に接続されており、玉貸額選択釦12とつり銭送出部18とは線Eにより連結されており、制御部19が玉送出部16及びつり銭送出部18に、それぞれ線F及びGを介して連結されていることが記載されている(A、B、C、D、d、E、F、G、Vの各符号は、甲第2号証添付図面第3図に、原告が便宜上付した。別紙図面参照。)。

検定部が正偽を判別する機能を含んだものと解すると、上記第3図の記載と発明の詳細な説明の項の記載とは矛盾する。すなわち、

上記エ(審決摘示の<4>)の前段の記載によると、100円硬貨の処理の形態は従来の硬貨用自動玉貸機と同様であることが明らかにされている。従来の硬貨用自動玉貸機では、検出部門と判断部門の両者の機能を持つコインセレクターか検出部門と判断部門が別に設けられている電気的検銭方式(甲第6号証)が用いられていることは当業者には自明である。

上記第3図をみると、100円硬貨が挿入口4に投入されると取り込み通路61に取り込まれ、検定部81に至る。この検定部81に至る前の近傍から、線Bが玉送出部16に繋がっており、本物であれば、100円分のパチンコ玉が玉送出部16の駆動により、取出口15に送出され遊技客に出すようになっていることが判る。100円以外の硬貨である場合には、硬貨返却口17へその硬貨を送出する。しかるに、同図には、検定部81と硬貨返却口17との関係を示す線は図示されておらず、また、偽物の100円硬貨が硬貨返却口17へ至る通路も図示されていないが、これは、従来の硬貨用自動玉貸機と同様に、検出部門と判断部門の両者の機能を持つコインセレクターか検出部門と判断部門が別に設けられている電気的検銭方式のいずれでもよいという趣旨であると解される。

上記エ(審決摘示の<4>)の後段の記載は、紙幣の処理形態を説明したものであるところ、紙幣は取り込みローラ13、13によって取り込み通路71の内部に取り込まれると説明されているが、本願発明出願前、紙幣の両替機においては、紙幣の両側にそれぞれ上下一対(第3図では紙面を貫く方向に一対:他方が図示されていない。)の移送ベルトにより取り込み通路全長を通過することが周知であった(甲第11号証の8)ことからして、2本の帯V、Vが移送ベルトであると判断でき、取り込み通路とは、搬送通路71に対して、挿入口51に続く取り込みローラ13、13及び移送ベルトV、Vを含んだものであると解される。

搬送通路71において、移送ベルトV、Vの間に、搬送方向に間隔を置いて二つの検定部91、91が図示されている。この場合、移送ベルトの間に取り込み方向に沿って、光学的検出器及び磁気検出器の二種類の検出器により、紙幣の特徴を抽出することが周知であった(甲第11号証の8)こと、その検出器の表示に際して、特に光学的検出器を表示するのに、小さな丸で表示することが慣用であった(甲第11号証の8の第2図、同号証の7参照)から、検定部91、91はそれぞれ二つの検出器又は光学的検出器及び磁気検出器の二種類の検出器を表示していると解される。

また、第3図には、この検定部91、91を通った後の部分まで、取り込み通路71領域であることが明示されているから、従来から取り込み通路上に紙幣の特徴を抽出することが必須であることを合わせ考えれば、検定部91、91は「紙幣の特徴を抽出する検出器」であると解される。

一方、検定部91、91が正偽を判別する機能を有すると解すると、正偽を判別する部分が二つ存在し、正偽の判断部門を統括した一つの部所とする甲第5、第6号証の記載に反する。

上記エ(審決摘示の<4>)には、紙幣は「検定部9で検定され」ることが記載されているが、上記二つの検定部のいずれで検定されるか明らかでないものの、上記二つの検定部は紙幣の特徴を抽出するのみで、各検定部91、91は正偽の判断をも行なうものではないと解すべきである。

カの記載によれば、紙幣が本物である場合は、玉貸額選択釦12が点灯されるのであるが、第3図によると、検定部91、91と玉貸額選択釦12とは直接連結されていない。紙幣が本物であるとの信号は、紙幣が検定部91、91を通った後の線Dの端部(特別に黒丸が図示されている。)に相当する部分から出力されて、玉貸額選択釦12が点灯されると解されるから、検定部91、91により紙幣の特徴を検出し、その検出信号が正偽を判別する部門に入力され、本物であると判断された場合は、線Dの端部から線Dを介して玉貸額選択釦12が点灯されるものであると解すべきである。

カの後段の記載は、遊技客が玉貸額選択釦12を押すと、その信号が線dを通して玉送出部16に与えられ所定のパチンコ玉がパチンコ玉取出口15から送出され、信号が線Eを通して、つり銭送出部18に与えられ所定のつり銭が硬貨返却口17から返却されるという一連の動作を示すものであるが、かかる動作は、正偽を判別した後に行なわれるものであるところ、その発端が検定部91、91であるとは図示されておらず、むしろ、第3図からは、紙幣が検定部91、91を通った後の線Dの端部が発端であると理解できるから、検定部91、91は正偽を判別する部門ではないこと明らかである。

キの記載部分は、上記エ及びカの一連の動作過程において、トラブルの発生箇所及びそのトラブル表示を説明したものであるところ、第3図によると、硬貨のトラブル表示部10は線Aを介して検定部81に連結されている。紙幣については、検定部91、91を通り、最終的に搬送通路71から出た後の部分(黒丸)から始まって、線Cがトラブル表示部11に繋がっているが、検定部91、91はトラブル表示部11に繋がっていない。したがって、検定部91、91がトラブルであると判断する部位ではないことは明らかである。すなわち、トラブルが生じた場合、「パターン認識部」が「制御部」に出力し、「表示部」に表示させるものであるから、トラブル表示部11に繋がっていない検定部91、91をパターン認識部を理解することはできず、したがって、検定部91、91は紙幣の正偽を判別する機能を有するものではない。

(2)  審決は、訂正明細書の特許請求の範囲に記載された検定部は、本件審判により、貨幣や紙幣の正偽等を判別するための情報を取り出す機能を有するのみで、貨幣や紙幣の正偽等を判別する機能までは有しないものとなることは疑う余地がなく、訂正明細書における自動玉貸機は、全体として貨幣や紙幣の正偽を判別する機能を有するものであることは明らかであるが、検定部からの硬貨や紙幣の正偽等を判別するための情報に基づいて、貨幣や紙幣の正偽を判別する機能を有する構成部は存在しないことになり、明細書全体として統一を欠き不明瞭になると誤って判断した(取消事由2)。

すなわち、前記(1)のとおり、登録時明細書に記載された検定部の機能は、貨幣や紙幣の正偽等を判別するための情報を取り出す機能を有するのみであり、また、訂正明細書における自動玉貸機には、貨幣や紙幣の正偽を判別する機能を有する構成部は存在するから、審決の上記判断は誤りである。

本件発明の課題(目的)である「玉貸機の幅が従来の100円硬貨専用玉貸機と略々同じくらい薄くし、そして500円紙幣及び1000円紙幣等の紙幣と玉とを交換できる玉貸機を提供すること」(甲第2号証2欄2行ないし6行)から明らかなとおり、本件発明は、貨幣の真偽判別をどのように処理するかの発明ではなく、遊技客が遊技を続行できるように硬貨及び紙幣の両者の使用による玉貸機をパチンコ台の間に配置できるように薄型とすることを課題として、縦状の各挿入口、取り込み通路、検定部、及びトラブル表示部の構成を採択したものである。

したがって、本件発明の構成には、貨幣の真偽判別を行なう手段又は手法についての技術的思想は含まれていない。これらは、パチンコ台間に設置できる薄い幅の紙幣、硬貨共用の玉貸機を提供する本件発明の課題と直接関係しないからである。

登録時明細書の発明の詳細な説明の項においても、貨幣の真偽判別を行なう手段又は手法については説明されておらず、貨幣の特徴を検定部で抽出した後、正偽を判別したならば、遊技客との関係で「玉貸機」がどのように作動するか、トラブル表示がどのようになされるかについて、単なる一連の動作説明がなされているにすぎない。

そして、第3図上又は第3図の枠内には明示されていないが、第3図の真偽の判別結果の信号の発端及び信号を示す線Bや線Dなどにより明確になっているから、本件の遊技場における薄型玉貸機に「貨幣や紙幣の正偽等を判別する機能を有する構成部」が備わっていることは明らかである。

また、前記のとおりの本件発明出願時における遊技場の玉貸機の技術水準及び本件発明の課題(目的)から明らかなとおり、本件発明は、パチンコ台の間に設ける薄型玉貸機において、従来の紙幣硬貨共用の大型玉貸機が備えていた機能を踏襲し、硬貨専用の薄型玉貸機の機能に紙幣用の機能を付加したものであるから、それらに当然備わっていた「貨幣や紙幣の正偽等を判別する機能を有する構成部」が、本件発明に備わっていることは明らかである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の反論

1  請求の原因1及び2は認め、同4の主張は争う。審決の認定判断は正当であって、取り消すべき違法はない。

2  被告の反論

(1)  出願時の技術水準について

仮に、本件発明出願時遊技場の玉貸機において、紙幣用自動交換機の識別機構として、特徴抽出部門と識別部門とが別々に設けられ、紙幣の特徴抽出部門には、磁気、形状等の特徴に応じて2種類の検出器を用いることが周知であったとしても、後記(2)のとおり、登録時明細書では、特徴抽出部門と識別部門とを総称して、「検定部」とするものであり、その機能等が細分可能であるからといって、そのことは、登録時明細書に明記された「検定部」の解釈に何ら影響を及ぼすものではない。

登録時明細書の特許請求の範囲に記載された「検定部」は、その発明の詳細な説明及び図面の記載から「貨幣の正偽を判別する部分」を意味していることが一義的に理解でき、他の解釈の余地はないから、出願時の技術水準を参酌する余地はない。

また、「判別」が真偽の判別の意味で用いられていることは明細書の記載から明らかであり、明細書の記載から明らかな技術用語の意味について、該用語について他の文献等により明細書に記載された以外の解釈を加えるべきではない。

(2)  取消事由1について

検定部についての登録時明細書の審決摘示の<1>ないし<4>(原告主張のアないしエ)の記載によれば、「検定部」は、一定の基準に照らして正偽等を判別、すなわち、チェックし、本物である場合も偽物である場合も、次の所要の作動をなさしめるものであることは明らかであり、「貨幣の正偽を判別する部分」を意味していることが一義的に理解でき、他の解釈の余地はない。すなわち、

<1> (原告主張のア)の記載によれば、「検定部」は、「紙幣と硬貨の正偽等を判別する」と明記され、「検定部」で「判別」を行なうことは疑いない。また、<2>(原告主張のイ)及び<4>(原告主張のエ)には、「検定部」の機能は、検定、チェックを行なうものであり、この機能は、硬貨が「本物」か「偽物」か「100円以外の硬貨」か判別する行為として記載されている。<3>(原告主張のウ)の記載によっても、「検定」は、その行為の結果に応じて、紙幣を挿入口に戻すものとされているから、その行為は判別を含むものである。

そして、上記の記載は、「検定」の一般的意義、すなわち、「一定の基準に照らして検査し、合格・不合格などを決定すること」とも合致するのである。

なお、「チェック」の用語を上記のように判別を含む意味で用いることは、通常の用法であり、例えば、甲第12号証の2では、判別のミスをチェックミスと表現している(2頁右上欄20行、左下欄7行)。

そして、原告が引用する登録時明細書の記載部分オないしクにおいても、「検定部」、「検定中」の検定を、上記「貨幣の正偽を判別する」と置き換えても、何ら明細書全体に矛盾はなく、上記<1>ないし<4>(原告主張のアないしエ)の記載とも一致するから、明確に明細書を理解することができる。

なお、登録時明細書におけるトラブル、及び、その表示に「詰まり」が含まれることは争わない。原告の、トラブルとは、店員が駆けつけて、クに記載されたような、迅速に修復できる程度のものをいい、玉貸機の使用を停止し、後に玉貸機そのものを交換するような事態に至るような「正偽を判別する機能」、すなわち、「パターン認識部」(甲第5号証)や「論理回路」(甲第6号証)が破損したような場合は含まれないから、検定部が正偽を判別する機能を有すると解すると検定中に判別機能が損なわれたこともトラブルとして表示されることとなり、矛盾することになるとの主張は、「正偽を判別する機能」のトラブルとは「パターン認識部」や「論理回路」が破損したような場合を含むという立場を前提とするが、そうすると、「情報収集」のトラブルとは、「センサー等の機能」が損なわれたような場合を含むと解さざるを得ず、このように解したうえで、検定部が情報収集の機能のみを有すると仮定すると、情報収集のトラブルと物理的な「詰まり」とを区別する表示が必要となるが、それらについて記載がないこと、及び、情報収集のトラブルは、店員が駆けつけて迅速に修復できる程度のものばかりとは考えられないから、原告の論法は、そのまま自己の解釈を否定するものである。また、「検定部」が正偽を判別する機能を含むことにより、「詰まり」が減少するものではないから、「詰まり」の問題は「検定部」の機能を判断する論拠とはならない。

また、登録時明細書の図面は、薄型自動玉貸機の概略を図示したものであり、同図面から本件発明の構成の詳細を把握できる程度に正確に記載されたものではなく、図面の記載をもって、検定部に判別機能がないとすることはできない。

検定部91、91として第3図に示された二つの小さな丸が、例え検出器を意味するとしても、第3図の記載が本件発明の構成の全てを図示するほどのものではなく、検定部が正偽の判別を行なう以上その一部として検出部分が必要なことは当然であって、正偽の判別を行なうことと検出器を有することとは、矛盾するものではない。また、第3図の記載を検定部の一部分のみが図示されていると解することにより、登録時明細書の各記載と矛盾を生じることなく理解できる。

これに対して、登録時明細書中の「紙幣と硬貨の正偽等を判別する検定部」との記載等に敢えて反して、検定部より判別の機能を排除することによってのみ説明のつく原告の第3図の解釈は不自然な解釈である。

なお、検出部分と判別部分とを一の名前で総称するか否かは、各明細書毎にその記載において定めている事項である。例えば、甲第11号証の8に記載された判別を行なう部分としての形状判別装置10、パターン判別装置11は、それぞれ検出器としての光電スイッチS1~S7、磁気ヘッド8を包含して形状判別装置10、パターン判別装置と名付けられている。したがって、登録時明細書中に記載された「検定部」は、判別をも行なうものであり、判別を行なうことにより、検出等を行なう部分を検定部から排除することにはならないから、「検定部」に検出器等を有することは、「検定部」が判別を行なうことを否定するものではない。

よって、原告が引用する登録時明細書の記載部分を以てしても、検定部を、「判別するための情報を取り出す機能のみを有するもの」と解釈することはできない。

(3)  取消事由2について

「検定部」を原告の主張するように解釈すると、貨幣の正偽を判別する部分がなくなってしまい、登録時明細書においては完結していた「玉貸機」中の貨幣の正偽を判別する構成部分及びその存否が不明瞭となり、結局、明瞭であった登録時明細書を不明瞭な明細書に訂正することになる。

(4)  本件訂正事項中の<1>、<6>、<7>、<10>及び<11>による明細書の訂正は、特許法126条1項各号のいずれを目的とするものとも認められないばかりか、特許請求の範囲に記載された「検定部」の意味を実質的に変更するものであるから、審決の、本件審判請求による明細書の訂正は、特許法126条1項各号のいずれを目的とするものでもなく、同条2項の規定にも適合しないとの判断に誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は本件記録中の書証目録記載を引用する(書証の成立についてはいずれも当事者間に争いがない。甲第5、第6号証の各1ないし3、同第14号証については原本の存在についても当事者間に争いがない。)。

理由

1(1)  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由の要点)は、当事者間に争いはない。

(2)  審決の理由の要点中、(1)(本件審判請求の要旨)、(2)(審判請求人の主張)、(3)(訂正異議申立人の主張)、(4)のうち、訂正事項<1>ないし<14>は、いずれも発明の詳細な説明の記載事項を訂正するものであって、特許請求の範囲を訂正するものではないこと、訂正事項の<1>、<6>、<7>、<10>及び<11>は、いずれも、登録時明細書の特許請求の範囲に記載された「検定部」に関係するものであること、該検定部について登録時明細書には、審決摘示の<1>ないし<4>の記載があることは当事者間に争いがない。

2  甲第2号証(特公昭61-41036号公報、登録時明細書)の特許請求の範囲には「複数台のパチンコ台を並べて配置した遊技場におけるパチンコ台間に配置される金銭の投入に応じて貸玉を放出する薄型玉貸機において、縦状の紙幣と硬貨の挿入口を設け、該両挿入口に連通する取り込み通路を別々に設け、該両取り込み通路の適宜の箇所に少くとも紙幣と硬貨の検定部を設け、前記両取り込み通路および検定部等でトラブルが発生したときに、外部に表示するトラブル表示部を別々に設けたことを特徴とする遊技場における薄型玉貸機。」(1欄2行ないし12行)と記載されていること、及び、発明の詳細な説明の項には、次のとおりの記載があることが認められる。

(1)  「(産業上の利用分野)本発明はパチンコ玉(以下玉という)と100円硬貨および500円・1000円紙幣(以下両金銭を併せて貨幣という)の交換を可能とした薄型玉貸機に関するものである。」(1欄14行ないし18行)

(2)  「(発明の目的)本発明は、このような従来の問題点に注目して発明されたもので、玉貸機の幅が従来の100(円硬)貨専用玉貸機と略々同じくらい薄くし、そして500円紙幣及び1000円紙幣等の紙幣と玉を交換できる玉貸機を提供することを目的としている。」(2欄1行ないし6行)

(3)  「(発明の構成)かかる目的を達成するため、本発明においては、縦状の紙幣と硬貨の挿入口を設け、該両挿入口に連通する取り込み通路を別々に設け、該両取り込み通路の適宜の箇所に少くとも紙幣と硬貨の正偽等を判別する検定部を設け、前記両取り込み通路および検定部等でトランブル(トラブル)が発生したときに、外部に表示するトラブル表示部を別々に設けたことを特徴とするパチンコ遊技場のパチンコ台間に配設する薄型玉貸機としたものである。」(2欄7行ないし17行)

(4)  「(発明の効果)本発明に係る薄型玉貸機によれば、硬貨と紙幣の挿入口を設けたので、遊技客の射幸心をそこなうことなく遊技をそのまま継続でき、巾の広い紙幣を縦に挿入するようにしたので、玉貸機を薄型にでき、更に硬貨と紙幣用のトラブル表示部を設けたので、トラブル発生原因の解明が早くつき、トラブル修復を迅速に行うことができる効果を有する。」(4欄19行ないし27行)

3  取消事由について検討する。

(1)  取消事由1について

<1> 原告は、登録時明細書の審決摘示の<1>ないし<4>の記載からは、検定部の意義は一義的に明らかではなく、当業者であれば、本件発明の構成要件である「検定部」は、「硬貨や紙幣の正偽等を判別するための情報を取り出す機能を有するのみで、貨幣や紙幣の正偽等を判別する機能までは有しないもの」であることは明らかであると主張する。

しかしながら、審決摘示の<1>(原告主張のア)の記載中の「紙幣と硬貨の正偽等を判別する検定部」の意味は一義的に明らかであり、検定部が貨幣や紙幣の正偽等を判別する機能を有することは明らかである。そして、このように解しても、登録時明細書の記載と矛盾しない。

すなわち、登録時明細書の審決摘示の<2>(原告主張のイ)の記載中の「チェック」の用語についての定義は登録時明細書ではなされておらず、「チェック」とは、一般的な意味である、「照合する」(広辞苑第4版1640頁「チェック」の項<3>参照。)、「照らしあわせ確かめる」(広辞苑第4版1263頁「照合」の項参照。)意味と解されるところ、上記<2>の「貨幣をチェックするための検定部」との記載は、本件発明の「検定部」を説明するためのものであるから、上記<1>の記載と併せ読めば、「正偽等を判別する」の意味であると解される。

もっとも、原告は、「チェック」なる文言は「正偽等を判別する」ことと同義ではなく、紙幣の特徴を検出することのみに用いられるものであると主張するが、上記のとおり、「チェック」の一般的な意味では、必ずしも「正偽等を判別する」と全くの同義とまでは解されないけれども、上記のとおり、上記<1>の記載と併せ読めば、「正偽等を判別する」の意味であると解されるものであり、甲第5号証の1ないし3(千円紙幣自動両替機 大森豊他著 新日本電気技報第8巻1973年)は、紙幣自動両替機の一般的構造についての説明書であると認められ、本件の登録時明細書における用語が、同号証において説明されている構造に合わせて用いられているとは認められず、本件の登録時明細書における「チェック」の用法を限定するものとは認められない。なお、仮に「チェック」の意味が原告の主張のような用法に限定されるとしても、本件発明の「検定部」がかかる意味での「チェック」の機能を有していることは、「正偽等を判別する」機能を有していることと何ら矛盾するものではない。

また、登録時明細書の審決摘示の<3>及び<4>(それぞれ原告主張のウ及びエ)の記載も、「検定」の意義を、「正偽等を判別する」の意味に解しても矛盾するものではない。原告は、前記甲第5号証の3の記載を根拠として、上記<3>の記載の「紙幣の検定に応じて」とは、検定部で紙幣の特徴を抽出し、パターン認識部で判断し、その結果を制御部を経て検定部に対して返却の信号を送る一連の動作の説明にすぎず、上記<4>の記載は、甲第5号証の3の「4・1本機の動作概要」の記載及び第5図の、正偽を判別する「パターン認識」及び「制御部」を捨象して説明したものと実質的に同じであるから、正偽の判別部分の記載は捨象されているものであると主張するが、同号証における動作の説明が本件の登録時明細書の記載を説明するものにならないことは明らかであり、同号証に記載されたパターン認識部が、本件発明における「検定部」と別個に存在すると認められる記載は本件の登録録時明細書にはないから、原告の上記主張は失当である。

以上によれば、上記<1>ないし<4>の記載から、登録時明細書における検定部は硬貨や紙幣の正偽の判別をする機能を有するものであると認められるとの審決の判断に誤りはない。

<2> 甲第2号証(登録時明細書)に、原告主張のオないしクの記載があることは認められる。

原告は、オ及びク若しくはキの記載に基づけば、「検定部」が正偽を判別する機能を有しない、単に正偽を判別するための情報を取り出す部門であることは明らかであると主張する。

原告は、上記記載中の「トラブル」とは、店員が駆けつけて、迅速に修復できる程度のものをいうところ、登録時明細書には、検定中に判別する機能が損なわれたか否かを表示することは、開示されていないから、「検定部」は正偽を判別する機能を有しない、単に正偽を判別するための情報を取り出す部門に限定されると主張する。

しかしながら、上記記載における「トラブル」の内容を明らかにする記載は登録時明細書にはないと認められるから、「トラブル」を原告主張のように限定して解する理由はない。しかし、仮に、「検定部」における「トラブル」を迅速に修復できる程度のものに限定して解されるとしても、通常の技術常識からみれば、情報を取り出す機能が損なわれることが、店員が駆けつけて、迅速に修復できる程度のものとはいえないことは明らかであるから、「トラブル」の意味のかかる限定が、判別機能が損なわれた場合と、情報を取り出す機能が損なわれた場合とを区別することにはならず、「検定部」が正偽を判別する機能を有しない、単に正偽を判別するための情報を取り出す部門に限定されるとする原告の主張の根拠とはなり得ない。

<3> さらに、原告は「検定部」が正偽を判別する機能を有すると解すると、登録時明細書の第3図の記載と発明の詳細な説明の項の第3図に関する記載(<4>((原告主張のエ))、力及びキ)とは矛盾すると主張する。

しかしながら、登録時明細書の発明の詳細な説明の項の「硬貨と紙幣の取り込みおよび検定中にトラブルが発生した際に外部に表示するトラブル表示部10、11が硬貨用101、102…と紙幣用111、112…に分けて設けられている。」(甲第2号証3欄6行ないし10行)、「検定部9で検定され」(同号証3欄40行)との記載によれば、紙幣検定部91と、紙幣用トラブル表示灯11とは何らかの手段で連結されなければならないが、薄型玉貸機の縦断側面図である第3図には、紙幣検定部91と、紙幣用トラブル表示灯11とを繋ぐ線は示されておらず、その連結関係は表示されていない。また、同じく、「取り込み搬送通路61、62…、71、72…、該両通路61、62…、71、72…、の適宜の箇所に配置された貨幣をチェックするための検定部81、82…、91、92…」(甲第2号証3欄3行ないし6行)との記載によれば、検定部81、82…、91、92…は、取り込み搬送通路の適宜の箇所に設けられなければならないにもかかわらず、上記第3図では、硬貨挿入口41に連なる取り込み搬送通路61を示す線は途中から点線になり、同通路の連結先は示されておらず、上記点線の延長線上に硬貨検定部81が設けられているが、同検定部と取り込み搬送通路61との連結関係は明示されていないと認められ、また、紙幣用の取り込み搬送通路71は、紙幣の搬送通路という性質上、紙幣を収納する場所まで続いていなければならないにもかかわらず、上記第3図では、四角く囲まれた閉鎖された箱のように示され、同通路の連結先は示されていない。

上記によれば、上記第3図は概略図であり、同図に示された薄型玉貸機の構成や線は、薄型玉貸機の各部分の構成や接続関係を正確に表示しているとは解されず、また、かかる線の接続関係が同図中81、91で示された検定部の構成や機能を明らかにするものではないと認められる。

そして、登録時明細書における審決摘示の<2>ないし<4>(原告主張のイないしエ)の各記載は、第3図の検定部について記載したものと認められるところ、登録時明細書の審決摘示の上記<1>ないし<4>の記載から、登録時明細書における検定部は硬貨や紙幣の正偽の判別をする機能を有するものであると認められるものであることは、前記<1>において、判示したとおりである。

原告は、移送ベルトの間に取り込み方向に沿って、光学的検出器及び磁気検出器の二種類の検出器により、紙幣の特徴を抽出することが周知であった(甲第11号証の8)こと、その検出器の表示に際して、特に光学的検出器を表示するのに、小さな丸で表示することが慣用であった(甲第11号証の8の第2図、同号証の7参照)から、第3図において、搬送通路71に示された二つの検定部91、91はそれぞれ二つの検出器又は光学的検出器及び磁気検出器の二種類の検出器を表示しており、この検定部91、91を通った後の部分まで、取り込み通路71領域であることが明示されているから、従来から取り込み通路上に紙幣の特徴を抽出することが必須であることを合わせ考えれば、検定部91、91は「紙幣の特徴を抽出する検出器」であると解されると主張する。

たしかに、登録時明細書(甲第2号証)の第3図には、紙幣検定部91、91として小さな○が二つ表示されていると認められ、小さな○が光学的検出器あるいは磁気検出器を表示するとの記載は登録時明細書には一切ないが、仮に小さな○が光学的検出器あるいは磁気検出器を表示することが本願出願時の技術常識であったとしても、紙幣の特徴を抽出する機能は紙幣の正偽を判別するためには必要な機能であるから、紙幣検定部91、91が紙幣の特徴を抽出する機能を有することが紙幣の正偽を判別する機能を否定するものではないことは明らかであるので、紙幣検定部91として小さな○が表示されているからといって、紙幣検定部91、91が紙幣の正偽を判別する機能を有しないとする原告の主張の根拠となるものではない。

さらに、原告は、検定部91、91が正偽を判別する機能を有すると解すると、正偽を判別する部分が二つ存在し、正偽の判断部門を統括した一つの部所とする甲第5、第6号証の記載に反すると主張するが、第3図において、紙幣検定部91として小さな○が二つ表示されているからといって、それぞれが別々の独立した検定部であることを示す記載はなく、かえって、91として一つの符番がなされているのであるから、一つの検定部を表示するものと解する方が自然である。

原告は、カの記載によれば、紙幣が本物である場合は、玉貸額選択釦12が点灯されるのであるが、登録時明細書の第3図(別紙図面参照)によると、検定部91、91と玉貸額選択釦12とは直接連結されていないが、紙幣が本物であるとの信号は、紙幣が検定部91、91を通った後の線Dの端部(特別に黒丸が図示されている。)に相当する部分から出力されて、玉貸額選択釦12が点灯されると解すべきであり、カの後段の記載は、遊技客が玉貸額選択釦12を押すと、その信号が線dを通して玉送出部16に与えられ所定のパチンコ玉がパチンコ玉取出口15から送出され、信号が線Eを通して、つり銭送出部18に与えられ所定のつり銭が硬貨返却口17から返却されるという一連の動作を示すものであるが、かかる動作は、正偽を判別した後に行なわれるものであるところ、その発端が検定部91、91であるとは図示されておらず、むしろ、第3図からは紙幣が検定部91、91を通った後の線Dの端部が発端であると理解できるから、検定部91、91は正偽を判別する部門ではないこと明らかであると主張する。

たしかに、上記第3図では、線Dの端部は黒丸となって、検定部91、91とは繋がっているようには表示されていない。しかしながら、上記黒丸が何を意味するものであるか、登録時明細書の記載からは明らかではなく、また、玉貸額選択釦12やつり銭送出部18が検定部91、91以外の正偽を判別する部門に繋がるべき線も第3図には示されておらず、したがって、第3図の上記記載からは、検定部91、91と線Dの端部とが連結しているか否かは明らかではないが、さりとて、検定部91、91と別に正偽を判別する部門が存在すると解すべきものとも認められない。

原告は、第3図において、紙幣については、検定部91、91を通り、最終的に搬送通路71から出た後の部分(黒丸)から始まった線がトラブル表示部11に繋がっているが、検定部91、91がトラブル表示部11に繋がっていないことを根拠として、検定部91、91は紙幣の正偽を判別する機能を有するものではないと主張するが、登録時明細書の発明の詳細な説明の項の「硬貨と紙幣の取り込みおよび検定中にトラブルが発生した際に外部に表示するトラブル表示部10、11が硬貨用101、102…と紙幣用111、112…に分けて設けられている。」(甲第2号証3欄6行ないし10行)、「検定部9で検定され」(同号証3欄40行)との記載から、検定部9とトラブル表示部11が繋がっていることは明らかであって、第3図では、検定部91、91がトラブル表示部11に繋がっていることが示されていないことは、同図に示された薄型玉貸機の構成や線は、同図中、81、91、91で示された検定部の構成や機能を全て明らかにするものではないことを示すにすぎず、第3図の上記記載から、検定部91、91は紙幣の正偽を判別する機能を有するものでないと解すべきものとは認められない。

以上のとおり、登録時明細書に記載された「検定部」についての原告の主張はいずれも理由がなく、「検定部」が紙幣及び硬貨の正偽を判別する機能を有するものであることは明らかである。そして、訂正明細書の特許請求の範囲に記載された「検定部」は、貨幣や紙幣の正偽等を判別するための情報を取り出す機能を有するのみで、貨幣や紙幣の正偽等を判別する機能までは有しないものとなることは原告も明らかに争っていない。したがって、上記訂正事項の<1>、<6>、<7>、<11>及び<11>による明細書の訂正は、特許法126条1項各号のいずれを目的とするものとも認められないばかりか、特許請求の範囲に記載された「検定部」の意味を実質的に変更するものであると認められる。

よって、取消事由1は理由がなく、審決のこの点についての認定判断は正当である。

(2)  取消事由2について

前記(1)のとおり、本件訂正事項の<1>、<6>、<7>、<10>及び<11>による明細書の訂正は認められないのであるから、訂正明細書に検定部以外に硬貨や紙幣のの正偽等を判別する機能を有する構成部が存在しなくなることが、明細書の記載が全体として統一を欠き不明瞭になるか否かについての審決の判断について検討するまでもなく、本件訂正が認められないことは明らかである。

4  よって、本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙図面

<省略>

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