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東京高等裁判所 平成5年(行コ)92号 判決 1994年8月24日

控訴人

根本康明

右訴訟代理人弁護士

石津廣司

神崎正陳

控訴人

茅ケ崎商工会議所

右代表者会頭

伊藤留治

右訴訟代理人弁護士

松崎勝

被控訴人

戸所慶造

被控訴人

瀬戸定雄

被控訴人

岡本一雄

被控訴人

佐藤俊子

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士

木村和夫

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人根本

主文同旨。

二  控訴人茅ケ崎商工会議所

1  主位的申立

(一) 原判決を取り消す。

(二) 被控訴人らの訴えをいずれも却下する。

2  予備的申立

主文同旨。

三  被控訴人ら

本件控訴をいずれも棄却する。

第二事案の概要

一  次の二において、当審における主張を付加するほか、原判決の「事実及び理由」第二に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり補正する。

1  原判決二枚目表九行目の「原告らが」(本誌六五二号<以下同じ>78頁1段1行目)の次に「、地方自治法二四二条の二第一項四号の規定に基づき同市に代位して、控訴人根本に対し損害賠償として、同茅ケ崎商工会議所に対し不当利得の返還として」を加え、同一〇行目の「金銭を、損害賠償ないし不当利得として被告らに」(78頁1段2~3行目)を「金員及びその最終支払日の後である昭和六三年一一月一日から支払ずみまでの遅延損害金を茅ケ崎市に対して支払うべき旨を」に改める。

2  同三枚目裏一行目の「の職務専念義務を免除し」(78頁2段14行目)を「に対し、その職務専念義務を免除した上」に、同四枚目裏四行目の「茅ケ崎市」(78頁3段22行目)を「茅ケ崎市長」にそれぞれ改め、同五枚目表一行目の「九月二六日」(78頁4段4行目)の次に「、被控訴人らに対し」を加える。

3  同一一枚目裏五行目の「本件」(80頁4段16行目)を「住民訴訟の対象となる事項は、財務的処理を直接の目的とする財務会計上の行為又は事実としての性質を有するものに限定され、財務会計上の行為又は事実としての性質を有しない一般行政上の行為又は事実は、住民訴訟の対象にはならないものというべきである(最高裁平成二年四月一二日判決・民集四四巻三号四三一頁参照)から、本件免除条例に基づいてされた本件派遣」に改める。

二  当審における主張の付加

1  控訴人ら

(一) 最高裁昭和五八年七月一五日判決・民集三七巻六号八四九頁について

(1) 地方公共団体がその職員を外部団体に派遣する方法としては、<1>職員を一旦退職させて外部団体の事務に従事させる、<2>地方公務員法二七条二項の規定に基づく条例により、派遣期間中、休職とする、<3>同法三五条の規定に基づく条例により、派遣期間中、職務専念義務を免除する、<4>職務専念義務を免除しないまま、職務命令により、外部団体の事務に従事するよう命ずるという四つの方法が考えられるところ、右最高裁判決は右<4>の場合に関するものであるのに対し、本件は右<3>の場合に関するものである。

(2) 本件においては、本件派遣職員に対し職務専念義務を免除して控訴人商工会議所に派遣した措置の違法が問題とされているが、本件派遣職員はもともと茅ケ崎市の職員として給与を支給すべき対象であって、右措置をしなければ給与の支給を免れたという関係にはないのである。すなわち、職務専念義務免除及び本件派遣は、本件派遣職員に対する給与支給の前提行為とはなっておらず、両者間には直接の関係ないし結び付きはない。右最高裁判決は、町長が当該職員を専ら森林組合の事務に従事させる目的で町職員に採用した上森林組合に派遣したものであり、それは右職員の給与を町が負担することができるようにするためであったという事案に関するものである。すなわち、当該職員を森林組合へ派遣した措置は、同人を町職員に採用したことと相まって、同人に町職員としての給与を支給するための前提ないし手段ともいうべきものであって、両者には直接の関係ないし結び付きが認められた事案に関するものである。

(3) したがって、右最高裁判決の事案は、本件とは事案を異にするものであり、右の判断を本件に適用するのは相当でないというべきである。

(二) 本件支給の適法性

最高裁平成四年一二月一五日判決(民集四六巻九号二七五三頁)は、非財務事項たる先行行為に違法があっても、それが予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵といえなければ、これを前提とする財務会計上の行為が違法となることはない旨判示している。これを本件についてみると、本件派遣職員に対する職務専念義務の免除及び控訴人商工会議所への派遣措置は、仮に違法なものであったとしても、その違法は明白なものではなく、予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存したものとはいえないので、本件支給が違法となることはない。

(三) 故意・過失の不存在

ある事項に関する法律解釈につき見解が対立し、実務上の取扱いも別れていて、そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に、公務員が一方の見解を正当と解して公務を執行したときは、後にその執行が違法と判断されたからといって、直ちに右公務員に過失があったものとすることはできない(最高裁昭和四九年一二月一二日判決・民集二八巻一〇号二〇二八頁)。本件派遣当時、最高裁昭和五八年七月一五日判決があったものの極めて特殊な事案に関するものであった。一方、職務専念義務免除の方法による職員派遣については、これを適法とする見解が存し、実務の取扱いとしても、右の方法により職員を派遣し、派遣職員の給与を地方公共団体が負担することが広く行われていたのである。控訴人根本は、右のような状況下において本件派遣をしたのであるから、同控訴人には故意も過失もない。

また、地方公共団体の長の職務は広範多岐にわたるものであり、単独でその職務の完璧を期することは不可能である。そのため、当該地方公共団体の事務量に応じた多数の補助職員が配置されているのであり、地方公共団体の長は、その補助職員を信頼してその職務を遂行した場合には、その職務の遂行につき過失はないものと解すべきである。控訴人根本は、本件職員派遣に先立ち、職員課に対して本件職員派遣の適否の検討を指示し、<1>茅ケ崎市では従前から茅ケ崎市土地開発公社等に職員を派遣していたこと、<2>神奈川県内を調査した結果、県内の市町村のなかに職員を商工会議所に派遣している例が確認されたこと、<3>本件職員派遣は商工振興のためになされるものであり、職務専念義務免除の措置が濫用にわたるものではないと考えられたことなどの理由から、本件職員派遣が適法である旨の報告を受け、その結果、本件派遣をすることにしたのであるから、仮にミスがあったとしても、いわば組織ミスであって、控訴人根本個人には、故意はもとより過失もないというべきである。

2  控訴人根本

(損害の不存在)

仮に、本件派遣が違法であり、本件派遣職員に支給した給与相当額につき、控訴人商工会議所が茅ケ崎市に対して不当利得返還義務を負っているのであれば、控訴人商工会議所の右債務が回収不能になっている等特段の事情につき何らの主張立証のない本件においては、茅ケ崎市は何ら財産的損害を被っていないことになる。

3  控訴人商工会議所

(一) 財政腐敗の不存在

住民訴訟が地方自治法に規定されたのは、地方公共団体の住民の手によって地方自治運営の腐敗を防止矯正し、その公正を確保するためである(最高裁昭和三八年三月一二日判決・民集一七巻二号三一八頁)ところ、本件派遣は、茅ケ崎市が同法二条三項によって負担している「産業振興に関する事務」の一環としてなされたもので、茅ケ崎市民全体にとって利益なものであるから、財政腐敗防止の観点からこれを禁じなければならないものではない。

(二) 法律上の原因の存在

本件派遣は本件協定に基づくものであり、法律上の原因があるので、不当利得は成立しない。

(三) 茅ケ崎市の損害の不存在

本件派遣職員は茅ケ崎市の理事として職務を行っていたのであり、同人が同市から給与を受けたのは同市の給与条例に基づくものであるから、同市には損害がない。

4  被控訴人ら

(一) 最高裁判決について

職員が勤務しないときは、その勤務しないことに任命権者の承認その他法令に特別の規定のある場合を除き給与を支給してはならないことは、地方自治法二〇四条一項、地方公務員法二四条一項の各規定に照らして当然のことであり、かつ、給与が労働に対する対価であるという給与法の本質上普遍的に認められているノーワーク・ノーペイ原則上も格別の理由付けを要しない自明の理である。本件派遣職員は専ら控訴人商工会議所の専務理事としてその職務に従事し、茅ケ崎市の常勤の職員として市の職務を行っておらず、かつ、これを正当化する根拠もなかったのであるから、給与の支給が違法であることは明らかである。最高裁昭和五八年七月一五日判決は、この理を当然のこととして、違法並びに職員派遣と当該職員に対する給与の支給を一体的に捉えて違法な公金の支出としているのであって、その動機、目的は違法性を根拠付ける一事由にすぎず、これが違法性を基礎付ける決定的な理由と解すべきものではない。

本件の職員派遣についても、控訴人商工会議所に対する財政的な援助を目的としたものであり、かつ、本件協定の締結とその目的達成のための本件派遣に至る一連の経過をみれば、本件派遣と派遣職員に対する給与の支給とは密接不可分の関係にあることは明らかである。

(二) 控訴人根本の故意・過失について

控訴人根本主張の職員課の調査、検討なるものは極めて杜撰なものであったのみならず、本件のごとき職員派遣及び当該職員に対する給与の支給が地方自治法三五条及び二〇四条の二等の法規に照らして違法であること又は違法の疑いが極めて濃厚であることは、容易に想定し得るところであって、格別高度な専門的、技術的な知識を要する事柄ではない。また、控訴人根本は、助役であった町山幸太郎には相談しないで本件派遣を決定し、本件協定調印の直前に同助役が本件派遣には疑問がある旨を控訴人根本に告げたのに、敢えて本件協定を締結した上本件派遣を強行し、かつ、本件支出をしたのであるから、控訴人根本には重過失があったというべきである。

(三) 損害の不存在について

一般的な不法行為に基づく損害賠償請求権と不当利得返還請求権とは、目的、機能、要件を異にするものであるから、職員に対する損害賠償請求権とその相手方に対する不当利得返還請求権とは実体上併存し得るものであり、不当利得返還請求権が存する以上、未だ損害が発生していないので損害賠償請求をなし得ない解(ママ)すべき根拠はない。

第三争点についての判断

一  控訴人商工会議所の本案前の主張について

当裁判所も、控訴人商工会議所の本案前の主張は理由がないものと判断するが、その理由は、原判決の「事実及び理由」第三の一に説示のとおりであるから、これを引用する。

二  本件派遣について

1  証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 昭和六〇年ないし昭和六二年当時、茅ケ崎市の商工業は神奈川県内の他市に比較して低迷しており、市内の商工業を発展、活性化することが茅ケ崎市にとって重要な課題になっていた。このため、茅ケ崎市は、控訴人商工会議所との緊密な協力関係のもとに市内の商工業発展のために各種事業を実施してきたが、昭和六〇年一二月には、昭和六一年度を初年度とする後期基本計画を策定し、その中で商工業の振興を掲げ、各種対策を実施することになった。

(二) 中小企業庁は、昭和六二年五月二二日、茅ケ崎市を昭和六二年度商業近代化地域計画策定地域(基本計画)として指定した。右の商業近代化地域計画は、広域的な地域ぐるみの商業近代化を推進するため、当該地域の商業者を主体として、地域の商業近代化地域計画を策定すること等により、今後の近代化の指針とするとともに、その実現化を図ることを目的とするものであり、各地商工会議所が行う各種の事業、すなわち<1>基本計画策定事業(当該地域商業の中・長期にわたる見通しの下に、商業サイドから見た住みよい街づくりのプランを策定する。)、<2>実施計画策定事業(基本計画において提言された事業構想の具体化のためのプロジェクトを策定する。)、<3>ローリング事業(経済環境の変化等により策定された計画が有効性を喪失したものについて、その見直し改訂を行う。)及び<4>フォローアップ事業(実施計画で提示されたプロジェクトについて、実現を促進するための調査、商店街への専門家の派遣等を行う。)に対し、国がその経費の一部を補助するものであり、茅ケ崎市については、右のうち<1>に関する指定である。

(三) 商業近代化地域計画は、控訴人商工会議所が策定主体となるものではあるが、茅ケ崎市の商工行政に大きく影響するものであり、また、地域の土地利用、都市施設・交通体系の整備という行政が直接担うべき諸施策を踏まえて商業近代化のための方途を明らかにするものであるため、その策定及び実施には茅ケ崎市との緊密な共同体制を必要とするものであった。

(四) 右のような状況のもとで、控訴人商工会議所の専務理事であった難波直治が昭和六三年三月限りで退任する旨予め表明していたこともあって、その後任として茅ケ崎市の職員を派遣する話が持ち上がった。

(五) 茅ケ崎市では、人事担当部長が中心となって控訴人商工会議所の専務理事に市職員を派遣することを検討し、昭和六二年初頭には控訴人商工会議所の意向を打診し、更に同年四月以降には茅ケ崎市役所において商工業を所管する経済部長との協議も行い、同年一二月ころ、次のような理由から、職員を控訴人商工会議所の専務理事に派遣する方針を固めた。

(1) 控訴人商工会議所への補助金等が他市に比べてそう多くなく、茅ケ崎市の産業振興や観光客の誘致等について、他市では市が行っている事業についても控訴人商工会議所が主になって行っているので、控訴人商工会議所としては、茅ケ崎市にももっと応援して貰いたいとの意向があり、茅ケ崎市としても右意向に沿う必要があったこと。

(2) 茅ケ崎市の商工業が近隣市に比べて相当落ち込んでいるので、茅ケ崎市としても、今後の重要な課題として控訴人商工会議所と協力して商工業の振興に当たらなければならないとの認識があり、職員の派遣が控訴人商工会議所との連携を強め、茅ケ崎市の商工業の進展、街の活性化につながると考えられたこと。

(3) 相互に職員を研修し合うということがあってもよいと考えられたこと。

(4) 控訴人商工会議所から、難波専務理事の後任として市職員の派遣を求める強い要望があったこと(この点に関する控訴人商工会議所代表者の供述は採用し難い。)。

(六) 茅ケ崎市の職員課では、神奈川県内を主に調査し、他市では商工会議所に職員を派遣している例があることを確認し、その上で派遣方法としては職務専念義務を免除する方法が最善であるとの見解を上司に報告した。

(七) 以上の経過を経て、控訴人根本は、本件協定を結んだ上、当時茅ケ崎市立病院の事務長をしていた本件派遣職員を派遣したのであるが、本件協定は、将来における永続的な職員の派遣を見通して結ばれたものではなく、当面の本件派遣のために結ばれたものであり次のような規定がある。

(1) 派遣期間は三年とするが、協議の上これを延長又は短縮することができる。

(2) 派遣職員の服務については、控訴人商工会議所の定款を適用する。

(3) 派遣職員の分限・懲戒については、茅ケ崎市の規程を適用するが、控訴人商工会議所の服務に関する義務違反等があった場合は、その定款を適用する。

(八) 本件派遣職員は、茅ケ崎市の理事として、昭和六三年四月から同年九月までの間、毎月一回(五月は二回)茅ケ崎市の政策会議に出席した。

(九) 控訴人商工会議所の専務理事は、同控訴人の役員であり、会頭及び副会頭を補佐して所務を掌理し、会頭及び副会頭に事故があるときはその職務を代行し、会頭及び副会頭が欠員のときはその職務を行い、その任期は三年である。

2  商工会議所は、その地区内における商工業の総合的な改善発達を図り、兼ねて社会一般の福祉の増進に資することを目的とする(商工会議所法六条)法人であり(同法二条一項)、営利を目的とせず、特定の個人又は法人その他の団体の利益を目的として事業を行うものではない(同法四条)。商工会議所の会員となることができるのは、原則として、その地区内において引き続き六箇月以上営業所、事務所、工場又は事業所を有する商工業者であるが(同法一五条一項本文)、控訴人商工会議所においては、そのほか、協同組合、信用金庫又は経済団体も会員となることができる(<証拠略>)。したがって、商工会議所は、私法人ではあるが、営利法人とはもちろんのこと、一般の民法の公益法人と比較しても、当該地域におけるかなり高度な公共的な性格を有する法人であると考えられる。ただし、これが地方公共団体の行政組織に属するものでないことは明らかであり、また、その行う事業は多岐にわたり(同法九条、<証拠略>)、その事業が地方公共団体の事務と同一視できるものでないことも明らかである。そして、商工会議所の専務理事としての職務もその事業に応じて広範なものであると解されるので、本件派遣職員が控訴人商工会議所において行う職務をもって、地方公共団体がなすべき責を有する職務であるということはできない。したがって、本件派遣は、本件派遣職員の職務専念義務との抵触を生じさせることになる。

3  ところで、地方公共団体の職員を外部の団体に派遣する場合には、控訴人らの指摘するように、<1>職員を一旦退職させて外部団体の事務に従事させる、<2>地方公務員法二七条二項の規定に基づく条例により、派遣期間中、休職とする、<3>同法三五条の規定に基づく条例により、派遣期間中、職務専念義務を免除する、<4>職務専念義務を免除しないまま、職務命令により、外部団体の事務に従事するよう命ずるという四つの方法が考えられるところ、本件派遣は、右のうち<3>の方法によるものである。職務専念義務は、法律又は条例に特別の定めがある場合を除いて職員に課せられるものであるが、茅ケ崎市においては、本件免除条例が職務専念義務の免除について定めており、本件における職務専念義務の免除は、本件免除条例に基づくものとして行われている。

地方公務員法三五条は、「職員は、法律又は条例に特別の定がある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。」と規定しており、本件免除条例二条は、職務専念義務を免除することができる場合として、<1>研修を受ける場合(同条一号)、<2>厚生に関する計画の実施に参加する場合(同条二号)、<3>前二号に規定する場合を除く外市長が定める場合(同条三号)を掲げている(前記第二の一2(二)(3)参照)。同条例二条三号は、「市長が定める場合」について格別の限定を付していないので、職員に対してどのような場合に職務専念義務を免除するのかという点は、原則として茅ケ崎市長の裁量に委ねられているものと解される。したがうて、同市長のした職務専念義務の免除は、裁量権の範囲を超え又はその濫用があった場合でない限り、違法とはならないものというべきである。

前認定の事実によれば、本件における職務専念義務の免除は本件派遣を行うためにされたものであるところ、本件派遣の形態は、茅ケ崎市の職員としての地位を保有しながら、派遣先の常勤役員としての地位を保有させ、給与を派遣元である茅ケ崎市が支払うというものであり、派遣される職員の身分・処遇を保障する意味合いもあって、現在、比較的多数の地方公共団体において採用されている形態である(<証拠略>)が、<1>職務専念義務の免除の制度は、本来、法律又は条例に特別の定めがある場合に、職員の申出に基づいて職員の義務を免除する制度であり、一般的に、長期にわたって派遣先の事務に従事し、その結果として、長期間地方公共団体の職務に従事しないことになるような場合を想定しているものとはいい難く、また、職員の申出に基づくものであるので、地方公共団体の必要に基づいて派遣を行う際の職員の身分・処遇を保障することを予定した制度であるとは考え難いということができ、<2>派遣職員は派遣先の業務に従事しているのであるから、一般的には、派遣先において提供された労務の対価を支払うのが合理的であるということができる。しかし、地方公共団体において、その行政の的確な遂行を図る見地から、関係する諸団体との密接な連携を保つため、これに職員を派遣する必要性が存在することを否定することができず、また、この場合において、派遣される職員の身分・処遇の保障をも考慮しなければならない現状において、かつ、そのための適切な職員派遣の制度が未だ確立しているとはいえない現状においては、その必要があるものとして職員を外部の団体に派遣し、その間、右職員に給与を支給することを目的として、派遣される職員の同意のもとに同人から申出をさせて職務専念義務を免除するという方法を採用することは、望ましいことではないにしても、一概にすべて違法として否定されるべきではないと解するのが相当である。

本件派遣は、三年間を予定してされたものであり、やや長期にすぎる感があることは否定できないが、茅ケ崎市が市内の商工業の発展、活性化を図るための施策の一環としてされたものであり、その派遣先は、茅ケ崎市内において高度に公共的な性格を有する控訴人商工会議所であって、前認定の事実によれば、派遣の必要性、合理性が存するものと認められるものであるから、派遣自体については特段の問題はないというべきであり、そして、本件派遣職員の身分・処遇の保障の観点から、茅ケ崎市の職員としての身分を留め、かつ、同市が給与を支給する必要性があった(前記第二の一2(四)の事実及び<証拠略>によれば、本件派遣職員の場合も、派遣先の給与の方が低いことが認められる。)ものと認められ、このような事情の下に茅ケ崎市内部において慎重に本件派遣に伴う問題点を調査検討の上、職務専念義務を免除するという方法を選択したものであって、本件派遣という個別の事案に即してその全体の流れを見る限り、職務専念義務を免除する方法を採用した茅ケ崎市長の措置が、その裁量権の範囲を逸脱し又はその濫用にわたるものとまでは断じ難いというべきである。

以上のとおりであるから、茅ケ崎市長のした本件における職務専念義務免除の措置が違法であるということはできないというべきである。

三  本件支出について

当該職員の財務会計上の行為をとらえて地方自治法二四二条の二第一項四号の規定に基づく損害賠償責任を問うことができるのは、たといこれに先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても、右原因行為を前提としてされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られると解される(最高裁平成四年一二月一五日判決)ところ、本件において、本件派遣職員は、既に茅ケ崎市職員として採用されていた者で、前記のとおり茅ケ崎市長によって職務専念義務を免除されており、かつ、右の免除が違法であるとはいえない上、本件支出自体については何ら違法事由はないのであるから、本件支出が違法であるということはできない。

なお、地方自治法二〇四条一項は、常勤の職員に対して給与を支払う旨規定し、地方公務員法二四条一項は、職員の給与は、その職務と責任に応ずるものでなければならないと規定し、また、本件給与条例二条は、給料は、茅ケ崎市職員の勤務時間及び休暇等に関する条例二条に規定する勤務時間による勤務に対する報酬である旨規定している(<証拠略>)ところ、本件派遣職員は、派遣期間中も茅ケ崎市職員としての身分を保有し、月一回程度の同市の政策会議に出席していた事実はあるものの、控訴人商工会議所の役員である専務理事に就任し、主としてその職務を行っていたのであるから、ノーワーク・ノーペイの原則に照らし、本件派遣職員に給与等を支給することに疑問を容れる余地がないではない。しかし、本件給与条例には、職員が勤務しないときは、勤務しないことにつき任命権者の承認があった場合を除き、給与を減額して支給する旨(一一条)の規定がある(<証拠略>)ので、その反面として、勤務しないことにつき任命権者の承認があった場合には給与を支給すべきものとしているものと解されるところ、本件派遣職員に対しては、前記のとおり任命権者である茅ケ崎市長の職務専念義務免除の措置がされており、かつ、右の措置が違法であるとはいえないので、前記の規定が存在することは、前記の判断を左右するものではない。また、控訴人ら及び被控訴人らが指摘する最高裁昭和五八年七月一五日判決は、職務専念義務を免除しないで職員を派遣した事案に関するものであるから、本件とは事案を異にし、本件には適切でないというべきである。

四  控訴人らの責任

1  控訴人根本について

以上に述べたところによれば、茅ケ崎市長として控訴人根本がした措置が違法であるということはできないので、被控訴人らの右控訴人に対する請求は理由がない。

2  控訴人商工会議所について

前記第二の一2記載のとおり、控訴人商工会議所は、本件協定に基づいて茅ケ崎市から本件派遣を受けたものであるところ、以上に述べたところによれば、本件協定を無効とすべき理由はないので、同控訴人が本件派遣によって利益を受けたとしても、それは本件協定に基づくもので、法律上の原因がないとはいえず、同控訴人が不当利得をしたものとはいえないので、被控訴人らの右控訴人に対する請求は理由がない。

よって、被控訴人らの請求を認容した原判決は相当でないから、これを取り消した上、被控訴人らの請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水湛 裁判官 瀬戸正義 裁判官 小林正)

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