大判例

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東京高等裁判所 平成6年(う)320号 判決

所論は,傷害の結果や被告人の殴打回数及び頭部に当たった回数,暴行の継続時間,殴打の強さ,凶器の性状等からすれば,被告人の被害者に対する暴行は被害者の反抗を抑圧するに足りるものではなく,また,右の点からして被告人も反抗を抑圧するに足りる程度の暴行を加えようとの意思を有していなかったものと認めるべきであるから,せいぜい恐喝未遂及び傷害の各罪が成立するに過ぎず,強盗致傷罪が成立するとした原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。

しかし,原判決が,説示しているところは,当裁判所もこれを正当として是認することができる。

すなわち,関係証拠によれば,本件犯行時刻は午前零時30分過ぎという深夜であり,犯行場所は雑居ビル内の1階から2階に至る階段途中の踊り場付近で,階段の幅は約74センチメートルと狭く,とっさに逃れたりするのが困難な場所であったこと,犯行当時,段階内には被告人と被害者以外に人はいなかったこと,犯行態様は,被告人は,踊り場から折り返す階段に身を隠して被害者を待ち伏せ,被害者が2階から踊り場付近まで降りて来るや,かねてからよく顔を知られている被害者から瞬時に気付かれてしまうことを防ぐために,あらかじめ用意していた銀色のビニール袋を頭から額にかけてかぶって,長さ約39.7センチメートル,幅約7.3センチメートル,厚さ約1.7センチメートルの木片を右手に持ち,体をかがめ頭を突き出すようにして被害者に突進し,右木片の狭い部分が相手に当たるようにして頭部めがけて数回振り下ろして殴りつけたこと,被害者は不意を突かれて動転し階段に尻餅をついてしまい,両手に持っていた手提げかばん及び袋を手放して両腕で頭をかばったこと,数回殴打を繰り返す間に被害者が大声をあげて叫び,また,被告人がかぶっていたビニール袋が外れるなどしたため,被告人は殴打を止め,突然土下座して,被害者に対して,「申し訳ねえ。金貸してくれ」と言ったこと,被告人は55歳の中肉中背の男性であるのに対し,被害者は52歳の,身長約151センチメートル,体重約41キログラムの小柄な女性であること,被告人の暴行の結果,被害者は頭部打撲による皮下血腫の傷害のほか,両腕で頭部をかばうなどしたために,腕に擦過傷や内出血が生じたこと,が認められる。

そして,このような犯行時刻,犯行場所の状況,使用した木片の性状,犯行の態様,被告人と被害者の体力差,被害者の傷害の部位,程度などの事実関係を総合すると,所論にもかかわらず,被告人の本件暴行は被害者の反抗を抑圧するに足りるものであったと認めるのが相当である。また,被告人は右に認定した諸状況を認識し,かつ,右のような行為に及んでいるものである上,被告人自身,・・・中略・・・「気絶するまでには至らなくても,私の攻撃をいきなり受けたことにより,驚き,恐怖,激しい痛み等から例えば手で頭を押さえてうずくまったまましばらくの間動けなくなってしまうような状態になれば,やはりその状態を利用して……」などと供述しているところからしても,被告人に被害者の反抗を抑圧する意思があったことも明らかであると言うべきである。

以下,所論にかんがみ若干付言する。

殴打の強さに関しては,裂傷が生ずるような強力なものではなかったけれども,頭部に皮下血腫が生じていること,頭をかばった両腕にも擦過傷や内出血が生じていることからして,被害者の供述中にも一部その趣旨を述べる部分があるとはいえ,決して軽い殴打であると評価すべきものではない。

本件木片は,重量は明らかにならないが,特に,本件のように狭い部分が頭部に当たるように振り下ろして殴打すれば,相当の傷害を生じさせるものである。もちろん,刃物に比べれば殺傷能力が低いことは明らかなところではあるが,その他の状況と併せ考えれば,所論にもかかわらず,被害者の反抗を抑圧するに足りる威力を発揮するものと言える。

なお,所論は,被害者は当初刃物で攻撃されたと思ったために強い恐怖心を抱いたけれども,これは凶器の種類の認識についての被害者の錯誤によるものであり,このような錯誤に基づく被害者の受けとめ方は,被告人の行為が客観的に反抗を抑圧するに足りたか否かとは無関係のことである,と言う。

確かに,被告人の行為が反抗を抑圧するに足りるものであるか否かを当該被害者にのみ固有の主観的な心理状態に基づいて判断すべきものではない。しかし,被害者が刃物で攻撃されたと感じたことは,本件の具体的状況のもとでは,被害者にのみに固有の不自然な感じ方であるとは到底言えず,通常人が等しく感じるところと言えるのであり,被害者が右のように感じたことを本件暴行が反抗を抑圧するに足りるものであったか否かの判断に当たって考慮に入れることは許されるものと考えられる。

その他の所論にかんがみ検討しても,本件につき強盗致傷罪が成立するとした原判決の事実認定に誤りがあるとは言えない。

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