東京高等裁判所 平成6年(う)649号 判決
被告人 江口純一
〔抄 録〕
所論は、原判決は、原判示第三の強盗致死の事実について、被告人は被害者らを脅迫中、人または物が動く音がしたため、所携のけん銃を物音のした方向に向けて自らの意思に基づき引き金を引く行為に及んだ結果、その弾丸が被害者小林令昌の頭部に命中し、同人を死亡させた旨認定しているが、被告人は、暴発防止のため事前にけん銃の撃鉄をおろしておいたと思い込んでいたところ、物音に驚いて振り向いた瞬間に指がけん銃の引き金にかかって自己の意思に基づかずに弾丸が発射されて被害者に命中してしまったもので、被告人の予期しない暴発行為であったから、強盗致死罪の成立を認めた原判決の事実認定には誤認がある旨主張する。
しかし、原判決挙示の関係証拠によれば、原判示第三の強盗致死の事実は、所論の争う点を含めこれを認めるに十分であり、当審における事実取調の結果によっても、右認定は左右されない。以下、所論にかんがみ、説明する。
1 関係証拠によれば、本件当日の経緯として、争いなく次の事実が認められる。
(1) 被告人及び分離前の相被告人森谷安雄(以下、「森谷」という。)は、原判示第二のゲーム喫茶「キング」で強取した現金が二四万円余りと予期したより少なかったため、共謀の上、更にゲーム喫茶を襲うことにしたが、右「キング」の店員が警察に通報することを考え、犯行を急ごうと、適当なゲーム喫茶を探しながら自動車を走らせるうち、原判示第三摘示のゲーム喫茶「ポイント」を見付け、同店で金品を強取することにした。
(2) 被告人及び森谷は客を装って同店に入ると、被告人がジャンパーの内ポケットから実包五発を装填した回転弾倉式けん銃(以下、「けん銃」という。)を取り出し、手袋を着用したまま右手で撃鉄を起こし右手示指を引き金にかけて、店内にいた客の小林令昌(当時三六歳)、同小林元道(当時二四歳)、同澤畑洋子(当時四一歳)及び従業員横須賀洋一(当時二二歳)に右けん銃を向けて脅しながら、「ヘイ、ホールドアップ。おめえら奥に行け。しゃがめ」などと命じ、右四名を店内の奥に移動させ壁に顔を向けさせてしゃがませた。そして、被告人がしゃがんでいる四名に対し、けん銃を向けている間、森谷が店内カウンターなどで現金等を物色し始めた。
(3) 被告人は、しゃがんだまま小声で澤畑と話をしていた小林元道を同店の従業員と誤解し、同人が店の売上金を隠していると考えて近づいたところ、両名の前の床に小さい円筒形の物があるのに気づき、横須賀の説明でゴキブリセンサーと分かったので、右手に持ったけん銃を左手に持ち替え、右手でゴキブリセンサーを掴んで近くのゲーム機の上に置いた。そのころ、被告人は、小林元道と澤畑の前付近に円筒形のごみ箱が倒れているのに気づき、中を調べる積もりで右手で持ち上げ右側のゲーム機の上に置いた上、小林元道に対し「立てこの野郎」と言いながらその襟首を右手で掴んで立ち上がらせ、更にけん銃を右手に持ち替え、「こっちに来い」と言いながら、左手で同人の襟首を掴んで店内中央寄りに移動し、同所でけん銃の引き金に右手示指を掛けてこれを突きつけ、金銭を要求した。同人は、被告人らに気付かれないうちにごみ箱に所持金五万円を隠していたが、それを奪われたくなかったため、当初、数百円程度の小銭を差し出したところ、被告人は「ふざけんじゃねえ、この野郎」と怒って受け取らなかったので、同人はごみ箱から現金五万円を取り出すため、同人の左後方のゲーム機の上に置かれていた前記ごみ箱の方に一、二歩移動し、被告人もその動きにつられてけん銃の引き金に右手示指をかけたまま体を少し右の方に向けた。
(4) 小林元道がごみ箱の方に移動し始めたとき、被告人の左前方約一・四メートルほど離れた位置で壁に向かってしゃがんでいた小林令昌の付近から、何かが動くような「ガタン」という音がしたため、被告人はこれに驚き「てめえ、何やってんだ、この野郎」と怒号しながら、体とともに右手で構えたけん銃を左へ振るようにして物音のした方向に向けた途端、弾丸が発射され、小林令昌の頭部に命中し、同人は、脳幹部挫傷により同所で死亡した。被告人は、けん銃の発射音に驚いて傍らに来た森谷に「暴発したよ」と言い、小林元道がごみ箱から取り出して被告人に差し出した現金五万円を奪った上、森谷と前後して店外に出て逃走した。
(5) 本件で被告人が使用したけん銃は、三八口径のスミス・アンド・ウエッスン回転弾倉式けん銃(全長一六一ミリ、銃身長四七・五ミリ、質量約五五五グラム)で、弾倉には五発の弾丸を収容でき、撃発機構としては、「シングル・アクション(撃鉄を引き起こしてから、引き金を引いて撃発させる操作)」及び「ダブル・アクション(当初撃鉄を起こさずにおき、引き金を引くことによって撃発させる操作)」の両機構を有する。鑑定の結果によれば、右けん銃は故障等の全くない正常な機能を有するものであり、銃身を垂直に立て引き金に重りを吊るして行う実験では、引き金の牽引力(撃鉄が落ちない限界値)は、シングル・アクションの条件で約一・五キログラム、ダブル・アクションの条件で約五キログラムであったことから、引き金の牽引力としてはいずれの条件下においても一応安全性に問題がないものと考えられる(科学警察研究所技官福田和夫作成の平成四年一〇月二八日付け鑑定書及び同人の原審公判証言)。
2 被告人は、弾丸発射の経緯について、捜査段階で検察官に対し、物音がした方にとっさにけん銃を向けて夢中で右手人指し指でけん銃の引き金を引いた旨供述していたが、原審及び当審の被告人質問においては、「物音がしたのでけん銃を向けたが、引き金を引いた意識は全くない。ゲーム喫茶「ポイント」に入って、『ホールドアップ』と言って被害者らにけん銃を向けたとき撃鉄を起こしたが、被害者全員を店の奥の壁に向かわせてしゃがませた時に誰も抵抗してこなかったので安心し、このとき撃鉄をおろした積もりでいた。けん銃から出ないはずの弾丸が出たので驚いてしまった」旨供述している。
3 前掲1の事実を前提に所論につき検討する。
本件のけん銃発射に当たって、被告人は、撃鉄の起きた状態でけん銃を右手で把持し、右手示指を引き金に掛けていたのであり、けん銃はシングル・アクションで発射可能の状態にあったことが明らかである。そして、撃鉄を起こして、示指を引き金に掛けた状態でけん銃を把持して前後あるいは左右に振って動かせば、引き金に力が加わり、撃鉄がおりて弾丸が発射する事態が起こり得ることは、容易に予測できるというべきであり、これまでに本件けん銃を試射した経験がある被告人の場合、なおのことその危険性を身をもって実感していたはずである。
被告人は、ゲーム喫茶「ポイント」において、被害者四名全員を店の奥に移動させ壁に顔を向けさせてしゃがませた際誰も抵抗してこなかったので安心し、けん銃の撃鉄を起こしたままにしておくと危険なので、引き金に示指を掛けたまま親指で撃鉄をおろす操作をした積もりでいた、というのである。しかし、被告人らは、ゲーム喫茶「キング」で強盗の犯行を終えた直後に、本件強盗に着手したから、右「キング」の従業員がその間に警察に通報しているおそれがあったため、本件は手早く行う必要があったことを併せ考えると、被害者四名全員を店の奥に移動させ壁に顔を向けさせてしゃがませたことに安心した旨の供述をそのまま信用することはできない。かえって、被告人は、「キング」での徹底した反抗制圧に比し、制圧が不完全であることに不安を感じて相当に緊張していたことが窺われるのであり、思い通りに制圧できたことに安心して撃鉄をおろすような余裕のある状況にあったとは認め難い。右に加え、福田和夫の原審証言に照らせば、実包を装填してあるけん銃の撃鉄を安全におろすには、撃鉄の手前側を親指で押さえて固定したまま示指で引き金を引き、次にその押さえている親指の力を徐々に緩めながら撃鉄を元に戻すという、注意力を集中し慎重に手順を履んで行うべき操作が必要であるところ、前掲1(2)ないし(4)で認定したとおり、被告人は、被害者全員を壁に向かってしゃがませた後、けん銃の発射に至るまでの短時間の間にゴキブリセンサーやごみ箱をゲーム機の上に乗せ、しゃがんでいた小林元道を立たせ、けん銃を同人に突きつけ、金銭を要求するという一連の行為に出ているのであり、右のような緊張の続く間に、弾丸が発射しないように注意を払いながら撃鉄をおろすという、明確な意識を伴うはずの操作をしたものと錯覚したというのは、いかにも不自然である。そして、撃鉄が起きているか否かはけん銃の外見から容易に識別ができることを考えると、撃鉄をおろした積もりでいた旨の被告人の弁解は信用することができない。被告人は、引き金に右手示指を掛けてけん銃を小林元道に突きつけていた際に、撃鉄が起きていることを承知していたのであり、これを振るなどして動かせば、引き金に掛けていた示指に力が入って撃鉄がおり、弾丸が発射されて脅迫中の相手の者らに対して危険が及ぶことがあり得ることを十分認識していたものと認められる。
そして、本件における弾丸発射時の状況を見ると、前掲1(4)に摘示したとおり、音のした方へ「何やってんだ、この野郎」などと怒号しながら、右手を振るようにしてけん銃を向けた途端、引き金に掛けていた右手示指に力が加わって引き金が引かれ弾丸が発射されたことが明らかである。被告人のこの行動は、脅迫中の相手方の行動を牽制するための意識的な行為であったと認められるから、このような状況下で弾丸が発射され相手方に命中することは、起こり得べき事態として被告人も明確に認識していたはずであり、被告人の意思に基づく行為の結果と評価して妨げないというべきである。したがって、被告人が小林令昌の死亡の結果について強盗致死の責任を免れないことは当然である。なお、前掲1(4)で摘示したとおり、被告人は、弾丸発射の直後、森谷に対し「暴発したよ」と言っているが、右の言葉は、弾丸が小林令昌の頭部に命中するという結果を招来したことについて被告人の動揺した気持ちをとっさに表現したものと認められるのであって、前記認定を揺るがすものではない。無意識のうちの暴発行為であるという被告人の弁解は採用できない。原判決に所論の事実誤認はない。
(高木 吉本 高麗)