東京高等裁判所 平成6年(う)720号 判決
論旨は,要するに,原判決の認定した犯罪事実及び量刑に関する説示内容を対比,総合すると,原判決は,憲法31条並びに同条に関する①最高裁昭和41年7月13日大法廷判決(刑集20巻6号609ページ)及び②最高裁昭和42年7月5日大法廷判決(刑集21巻6号748ページ)に違反して,被告人に対し,起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し,実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料としていることが明白であるから,原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。
1 所論にかんがみ,原判決を検討するに,原判決は,その理由中「犯罪事実」と題する項において,被告人は,みだりに,①平成5年12月2日ころ,原判示駐車場に停車中の自動車内において,M・H・E・Kから,覚せい剤約20グラムを代金24万円の約束で譲り受け,②同年11月21日ころ,原判示被告人方居室において,Iに覚せい剤0.443グラムを代金2万円で譲り渡した旨,公訴事実と同旨の事実を認定した上,「量刑の理由」と題する項において以下のとおり説示している。すなわち,「本件の覚せい剤の量は,被告人が譲り受けたものが20グラム,代金2万円で譲り渡したものが0.443グラムであり,合計量は決して少ないとは言えない。被告人が覚せい剤の使用を始めたのは平成4年7月ころからで,以来覚せい剤譲渡の仲介をしたり,一部を知人に売ったりしていた。証拠によれば,被告人がM・H・E・Kから買ったのは6回で,合計85グラムになる。このように覚せい剤を扱ってきた被告人の刑事責任は,覚せい剤が社会にもたらす害悪を考えると,重大と言うべきである。」というのである。
2 右量刑理由に関する説示は,冒頭に「本件の覚せい剤の量は,被告人が譲り受けたものが20グラム,代金2万円で譲り渡したものが0.443グラムであり,合計量は決して少ないとは言えない」旨指摘した上で,過去の被告人の覚せい剤とのかかわりに触れ,更に「被告人がM・H・E・Kから買ったのは6回で,合計85グラムになる」云々と指摘しているので,あたかも本件の量刑においては取り扱った覚せい剤の量が主眼とされ,その量には起訴されていない犯罪事実に関するものも含まれるかのごとき印象を与えかねない(ちなみに,所論にもかかわらず,関係証拠によれば,原判示6回85グラムは,本件の1回20グラムと別個ではなく,これをも含む趣旨であることがうかがわれる)。その意味では,右説示は,所論のような誤解を招く原因ともなり,措辞甚だしく不適切と言わざるを得ない。
しかしながら,主文及び理由をも含め原判決を一体として観察し,表面的な措辞にとらわれることなくその言わんとするところを洞察すれば,原判決が被告人の余罪に言及している真意は,被告人の本件犯行が各1回限りの偶発的なものではなく,被告人が以前から覚せい剤密売グループとかかわりを有し,覚せい剤取引の仲介をするなど,覚せい剤に慣れ親しんできたという事実のあることが,知人から覚せい剤の入手方を依頼されるや簡単にこれを引き受け,求めに応じて安易にこれを譲り渡すなどの本件犯行の一因となっている事情を説明しようとするにあり,その表現に意を尽くさない憾があり,また,いたずらに余罪の回数,覚せい剤の量などに言及して誤解を招いているとはいえ,結局は,被告人の覚せい剤取引に対する関与の深さ,抑制心の欠如,常習性等,被告人の性格,経歴に関する事項,あるいは,本件各犯行の背景,動機,目的等の情状を明らかにするにあったものと解するのが相当である。このような趣旨で余罪を情状認定の資料とすることは,もとより許されるところである(原判決の量刑は,本件公訴事実に対する科刑として十分首肯するに足り,起訴されていない余罪を実質的に処罰する趣旨までも含むものとは到底認められない)。
そうだとすれば,原判決に所論違憲,判例違反のかどはなく,これを前提として訴訟手続の法令違反をいう論旨は理由がない。