東京高等裁判所 平成6年(う)740号 判決 1996年1月17日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は検察官石川達紘作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は弁護人鈴木一郎、同笠井治、同吉田瑞彦、同江口公一、同久保田理子共同作成名義の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
所論は、要するに、原判決は、被告人にはアリバイが成立する可能性があり、被告人と本件各犯行とを結び付ける目撃者である甲野一郎、乙山二郎、及び丙川三郎の三名(以下「甲野ら三名」という。)の各供述は、信用性に疑問があるか、あるいはそれのみで目撃した人物と被告人との同一性を認定することはできないとして、被告人に無罪を言い渡したが、被告人にアリバイが成立する可能性がないことは明らかであること、甲野ら三名の写真選別を含む各供述はいずれも高度の信用性が認められるものであること、甲野ら三名の各供述は、異口同音に、いずれも一致して、被告人が本件の犯人の一人であるとするものであり、互いに補強し合うものであること、また、甲野ら三名の目撃した人物の特徴は被告人の特徴と相似していること、本件各犯行は中核派構成員により敢行されたものであるところ、被告人は、中核派の革命軍構成員であり、本件各犯行の実行行為者であることに合理性があること、成立し得ない虚偽のアリバイを主張すること自体、被告人の犯人性を示す証左であること等の事実を総合的に判断すれば、被告人が本件各犯行の実行行為者の一人であることは優に認定することができる、原判決は、証拠の総合的判断を怠り、分断的、縮小的、微視的判断に終始した結果、証拠の評価、取捨選択を誤ったものであって、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。
そこで、以下、右所論にかんがみ、考察する。
第一事件の概要、捜査の経過等
まず最初に、次項以下の検討に必要と思われる範囲で、簡単に本件の事件の概要、捜査の経過等を見ておくと、関係証拠によれば、次の事実が認められる。
一 事件の概要及び中核派による犯行声明
昭和六二年八月二七日午後八時二〇分ころ、東京都千代田区猿楽町一丁目二番二号所在の日貿ビル前路上に停車中の普通貨物自動車(以下「本件保冷車」という。)の荷台から、皇居方面に向けて、時限式爆発物発射装置により、金属性砲弾型爆発物五個が順次発射され、同区北の丸公園五番四号等に着弾して爆発するとともに、その直後ころ、本件保冷車が時限式発火装置により発火、炎上するという事件が発生した。そして、右事件の二日後である同月二九日午前六時四〇分ころ、都営地下鉄の車内で、中核派革命軍が二七日午後八時二〇分皇居に対するロケット弾攻撃を敢行した旨の記載のあるビラが配布され、さらに、同年九月七日付け及び一四日付けの中核派の機関紙に、それぞれ、中核派革命軍が八月二七日午後八時二〇分皇居に五発のロケット弾を打ち込んだ旨の記事が掲載された。
二 捜査の経過等
1 事件発生当日、警視庁神田警察署に捜査本部が設置されて、直ちに、現場保存、遺留品の確保、実況見分の実施、目撃者の確保などの捜査が開始されたが、事件発生直後から翌朝までに、事件発生の直前に犯行現場又はその近くで本件保冷車ないし犯人と思われる者を目撃した者として、乙山、丙川及び甲野の三名が判明し、捜査本部では、同月末から同年九月上旬にかけて、これら三名から、順次、事情聴取を行った。また、そのほかにも、事件発生の直前に犯行現場で本件保冷車を目撃した者としてA及びBの両名が判明し、この両名からも事情聴取を行った。
2 その後、捜査本部では、目撃者らに写真面割りを実施することにし、甲野ら三名の目撃供述のほか、前記のとおり、中核派が犯行声明をしていること、犯行の際に使用された発射弾、発射装置の構造などを総合考慮すると、本件犯行には中核派の非公然活動家が関与するとともに、犯行現場に到るまでの犯行車両の運転には公然活動家が関与している可能性があるとして、警視庁で中核派の構成員として把握する一〇〇〇名余のファイルの中から、非公然活動家については、年齢が二五歳以上四〇歳以下、身長が一七〇センチメートル以上、眼鏡を使用しない、関東地域において逮捕歴があり、被疑者写真がある男性、公然活動家については、右のほか、眼鏡使用の条件が付されていな運転免許を持つ男性との各要件を充足する者の写真を選び出し、非公然活動家一二名と公然活動家二〇名のそれぞれの写真帳を作成した上、これを、同月一六日から二四日までの間に、甲野らに各別に示して、写真面割りを実施した。その結果、甲野ら三名は、いずれも、自らが目撃した犯人又はそのうちの一人に似ている者として、被告人の写真を抽出した。さらに、その数か月後、検察庁において、甲野ら三名に対し、一一五名の写真が貼付されている写真帳を示して、写真面割りを実施したが、その際にも、同人らはいずれも被告人の写真を抽出した(なお、Aは犯人は目撃していないとし、Bは、写真選別では、犯人に似た者として、被告人を含む二名の写真を抽出したようである。)。
3 そこで、捜査本部では、甲野ら三名の立会いを得て、それぞれ、実況見分を実施するなどした上、昭和六三年四月七日、被告人を指名手配した。
4 平成二年六月二六日、被告人は、ほか二名とともに、山形県米沢市内で、偽造ナンバープレートを装着した普通乗用自動車を走行させたとの道路運送車両法違反の被疑事実で現行犯逮捕され、同年七月一七日、本件で再逮捕されたが、その勾留中に、甲野ら三名に面通しさせたところ、同人らは、いずれも、被告人が犯人又はそのうちの一人に似ていると供述した。
以上の事実が認められる。
そこで、右事実を踏まえ、以下、所論に即して、検討する。
第二原判決が総合的判断を欠くとの主張について
所論は、原判決の事実誤認を主張するものであるが、前示のとおり、原判決は、証拠の総合的判断を怠り、分断的、縮小的、微視的判断に終始した結果、証拠の評価、取捨選択を誤り、事実を誤認したものである旨主張するので、まず、この点について、当裁判所の判断を示すこととする。
所論は、おおむね、次のように主張する。
本件は、時限装置付き爆発物発射事件である、事件が発生して犯罪が発覚した時点においては、犯人は犯行現場から遠く立ち去っており、しかも、犯行に用いられた発射装置等の重要証拠物のほとんどは、時限装置付き火炎びんによって焼きされるなどしている、この種事件においては、決定的な直接証拠により犯人と犯行との結び付きを立証することは形態的に困難であり、各種の証拠及び事実を積み重ねて、犯人と犯行との結び付きを立証するほかなく、複数の事実や証拠を総合的に評価、検討して、事実認定を行わなけれならない事情がある、本件にあっては、甲野ら三名は一致して被告人が犯人と似ている旨を供述するものであるが、甲野ら三名の写真選別を含む各供述にはいずれも高度の信用性があること、被告人は中核派の革命軍構成員であること、被告人にアリバイが成立する可能性はなく、成立し得ない虚偽のアリバイを主張すること自体が犯人性を示す証左であること等の事実を総合的に判断すると、被告人が本件各犯行の実行犯人の一人であることに疑問の余地はない、しかるに、原判決は、証拠の総合的判断を怠り、分断的、縮小的、微視的判断に終始し、被告人に無罪を言い渡したものである、と。
確かに、本件が時限装置付き爆発物発射事件であり、かかる事件の場合には、犯人と犯行との結び付きを立証する決定的な直接証拠を得ることが困難な事情にあることは認められる。したがって、すべての事件に共通することではあるが、本件のような事件にあっては、犯人と犯行との結び付きの有無等、犯罪の成否を検討するに当たっては、間接証拠を含む、あらゆる証拠の総合的評価、検討が特に重要であるとする所論は首肯し得ると考えられる。また、原判決には、所論がいうとおり、個々的な証拠の検討に終始し、証拠の総合的評価、検討を欠くのではないかと思わせる面もないではない。しかし、所論も自認するとおり、証拠の総合的評価、検討が必要であり、また、重要であるとはいっても、個々の証拠についての検討、判断を離れて、証拠の総合的的評価ないし判断が存在するものでないことは明らかである。そして、本件において、本件各犯行と被告人との結び付きの有無を検討する上で決定的な意味を持つものが、甲野ら三名の犯人の同一性識別供述にあることは明らかであり、原判決が、本件で最も重要と考えられる甲野ら三名の犯人の同一性識別供述の信用性について、個々的に検討し、その結果、これらの供述をもってしては、本件各証拠を総合的に評価、検討しても、犯人と被告人との同一性を認定することができないとの判断に達したものであることは十分推認し得るところである。したがって、原判決が証拠の総合的判断を怠り、分断的、縮小的、微視的判断に終始するものであるとする所論は当たらないというべきである。
第三甲野ら三名の犯人の同一性識別供述の信用性等に関する主張について
所論は、甲野ら三名の犯人の同一性識別供述はいずれも高度の信用性が認められるものであること、甲野ら三名の犯人の同一性識別供述は、異口同音に、いずれも一致して、被告人が本件の犯人の一人であるとするものであり、これらは互いに補強し合うものであること、また、甲野ら三名の目撃した人物の容貌の特徴は被告人の特徴と相似するものであること等の事実を総合して判断すると、被告人が本件各犯行の実行行為者の一人であることに疑う余地はない、と主張する。
しかし、この点については、原判決が(判断)の「第二 目撃供述について」において詳細に認定、説示するところであるが、関係証拠によれば、原判決の右認定、判断はおおむね正当であると認められ、この点に関する原判決の判断に誤りがあるとは認められない。以下、重複をいとわず、所論に即して、説明を付加する。
一 甲野ら三名の犯人の同一性識別供述にはそれぞれ高度の信用性が認められるとの主張について
1 乙山の犯人の同一性識別供述について
所論は、原判決は、乙山は、約七・五メートルの距離から、本件保冷車の助手席の窓から首を出して、左後ろ下方を確認しながら車を誘導する男の顔の一部を目撃したものであるが、逆光の状態で、四、五秒見たものであり、視認条件は非常に悪く、人物の容貌の特徴をとらえることができるような状態であったとは認め難いとして、また、たとえ、乙山がいうように犯人のあごなどの特徴が視認できたとしても、限られた視認による印象に基づくものであるから、人物の同一性を認め得るようなものではなかったとして、乙山の目撃供述の信用性を否定した、しかしながら、
(1) 乙山の本件保冷車ないし人物に対する関心度及び印象の度合いは極めて特異であったことが認められること、すなわち、乙山は、本件保冷車が一方通行と思っていた道路を反対方向から入ってきたので、不審に思い、さらに、本件保冷車がガツンという何かにぶつかるような大きな音をたてたので、驚き、異常な走行をする車両の乗員に関心を持ち、助手席の窓から首を出した人物を意識的に見て、その容貌を強く印象付けられたのであって、仮に、観察した時間がわずか数秒にとどまるものであったとしても、また、目撃した距離が至近距離でなかったとしても、さらには、人物について観察し得た部分が限られたものであったとしても、乙山の知覚及び記銘は正確であったと認められること、
(2) 乙山が助手席の窓から首を出した人物の容貌等を視認し得たことは、実況見分をした警察官の証言等に照らして明らかであること(乙山が人物の容貌をとらえることができる状態になかったとする原判決は、実況見分時における関係者の確認を看過するものであり、また、右認定判断の根拠とする裁判所の検証は視認条件の設定等に問題があるものであって、原判決の判断は明らかに誤りである。)、
(3) 乙山は、事件発生直後の当日午後八時三〇分ころ、警察官に対し、本件保冷車の助手席の窓から首を出していた人物を目撃した旨申告し、その後の捜査官による事情聴取にも積極的に協力しており、その記憶保持は正確であると考えられること、
(4) 乙山は、事件から三週間後の九月一七日、警察官から、「この中にもしかしたらいるかもしれませんし、いないかもしれませんが、」と言われて、写真帳を示されて写真選別をし、三二名の写真の中から、本件保冷車の助手席の窓から首を出した人物に似ているとして、被告人の写真を抽出したこと、右写真選別は、捜査官からの暗示、誘導等が全くない、抽出の自由が完全に確保された公正なものであること、
(5) 乙山は、その後に行われた検察官による取調べ、面通し、原審公判でも、一貫して同様の供述をしていること、
(6) 乙山は原判決後の視認実験及び写真選別実験でも極めて優れた識別能力を示していること
等からすれば、乙山の犯人の同一性識別供述が高度の信用性を有するものであることは明らかである、と主張する。
そこで、判断するに、
(1) まず、乙山の目撃状況は、同人の供述によると、次とおりであると認められる。
乙山は、当日午後八時に事件現場である日貿ビルの入口でBと会う約束をしていたので、普通乗用自動車を近くに停めて、その運転席に座ってBの来るのを待ったいた。午後八時五、六分ころ、錦華通りから猿楽通りにトラックがゆっくり左折して入ってくるのを目撃したが、一方通行と思っていた道路の反対方向からトラックが入ってきたので不審に思い、さらに、ガツンというトラックが何かにぶつかるような大きな音がしたので、驚いて、トラックを見た。トラックはバックブザーを四回程鳴らし、五〇センチメートルから一メートルくらい後退した。その際、トラックの助手席に乗っていた男が、窓から首を出して、トラックの左後ろ下方に顔を向け、誘導するようにしていたのを目撃した。現場は、トラックの向こう側の中華料理店の看板の照明が明るく、逆光で、助手席の男はシルエットとなり、右後方からの顔の輪郭が見えたが、顔付きまでは分からなかった。運転席の人は暗くて全く見えなかった。助手席の男を見た時間は、トラックが後退していた四、五秒間である。トラックが後退し終わったころ、Bの来るのに気付き、その後は見ていない。視力は裸眼で一・五である。
(2) 乙山の右目撃状況からすると、確かに、乙山は、トラックが一方通行であると思っていた道路の反対方向から進入してきたので不審に思い、さらに、トラックが何かにぶつかるような大きい音をたてたので、驚き、トラックやその乗員を注意して見たことは認められる。しかし、乙山の見た犯人の視認条件が、逆光のため、極めてよくなかったこと、しかも、乙山は、トラックのフロントガラスを隔てて、犯人が車の後退を誘導するため助手席の窓から首を出し、車の左後ろ下方を見ている、その顔の輪郭を右側後方から見ることができたにすぎなかったこと(当審証人Cは、乙山が犯人の顔を正面から見たかのように供述するが、乙山自身が当審公判でもこれを明確に否定することからも、乙山が犯人の顔を正面から目撃したものでないことは明らかである。)等からすると、乙山の犯人の容貌等についての目撃状況が極めて限られたものであることは明らかである。そして、このような乙山の目撃状況からすれば、乙山の目撃供述は極めて限定された意味を持つにすぎないといわざるを得ないことも明らかであって、この点は、原判決が正当に認定、説示するとおりであると認められる(なお、所論は、原判決は実況見分時における関係者の確認を看過するものであるとか、また、原審における裁判所の検証は視認条件の設定等に問題があるとかと主張するが、確かに、原判決には、乙山が人物の容貌をとらえることができるような状態になかったとして、犯人を視認し得たかどうかについて疑問があるとするところがあるが、同時に、乙山が犯人を視認し得たとしても乙山の目撃供述が極めて限定されたものであった旨、乙山が犯人を視認し得たことを前提にした判断を示していることが明らかであるから、所論は前提を欠くものである。また、関係証拠によっても、原審における裁判所の検証の視認条件の設定等に問題があるとは認められない。)。
(3) そうだとすると、乙山が、事件直後の午後八時三〇分ころに、現場近くに駐車していた自分の車を取りに戻り、警察官から事情を聴かれて、トラックの助手席の窓から首を出して車を誘導していた男を目撃したことを話し、その後の事情聴取等に積極的に応じていること、写真選別は、捜査官からの暗示、誘導等のない、自由な状態で実施されたことが認められること(ただ、乙山は、写真選別の際には、助手席の男に似た写真は二枚あったとしていることが認められる。)、乙山は、その後の検察官による取調べ、面通し及び原審公判でも、一貫して、被告人が犯人に似ていることを供述していること等は所論のとおりであるとしても、犯人の視認そのものに問題があることが前示のとおりであることからすれば、犯人と被告人との同一性を認定する上で、乙山の同一性識別供述を重視することはできないというべきである。また、検察官は、当審弁論において、当審における事実取調べの結果によれば、乙山の識別能力が極めて優れていることが立証されたと主張するが、実験の結果が所論のとおりであるとしても、これをそのまま本件に当てはめることができないことは明らかであり、実験の結果がさほど意味を持つものであるとは考えられない。
(4) 以上のとおりであるから、乙山の同一性識別供述に基づいて犯人と被告人との同一性を論じることはできないとした、原判決の判断は正当であって、是認し得るものと考えられる。
2 丙川の犯人の同一性識別供述について
所論は、原判決は、丙川は、甲及び乙の二人の男を目撃し、甲の方が乙より身長が高い、甲の方が乙よりも印象が強いとして、写真選別で、甲に似たものとしてDの、乙に似たものとして被告人の写真をそれぞれ抽出したが、甲がDであったとすると、Dの身長は被告人よりも約九センチメートル低く、約九センチメートルも高い被告人が乙であったとは考えられない、甲がDでなかったとすると、印象が強いとする甲が別人物であったことになり、乙についての同一性識別供述の信用性に強い疑問があることになるとして、結局、乙が被告人であったとする丙川の同一性識別供述には信用性がないとした、しかしながら、
(1) 丙川は、付けひげを付けた甲、乙の二人を見て、強い関心を持ち、意識的にその容貌の特徴を目撃したのであり、特に、乙が、左ほほの付けひげがはがれかかっているのに気付いて、慌てて左手でそれを押さえるような恰好で、ちょっと伏目がちに、自嘲気味な笑いを浮かべながら通り過ぎたのを目撃して、乙の容貌の特徴を強く印象したものであること、右のことからも、丙川は甲、乙の二人の身長についてはさしたる印象はなく、犯人らの容貌にこそ注目して記銘したものであることは明らかであること、
(2) 丙川も、翌二八日午前二時ころ、自らすすんで、警察官に対し、犯人と思われる甲及び乙の二人を目撃したことを申告し、その後の捜査官による事情聴取にも積極的に協力しており、その記憶保持は正確であると認められること、
(3) また、丙川も、事件から約三週間後の九月一六日、警察官から、「この中にいるかいないか分からないけれども、じっくり見てくれませんか。」と話されて、前示の写真帳を示されて写真選別をし、三二名の写真の中から、乙にそっくりであるとして、被告人の写真を抽出したこと、右写真選別が、捜査官からの暗示、誘導等の全くない、抽出の自由が完全に確保された公正なものであることは、乙山の場合と同様であること、
(4) 丙川も、その後の検察官の取調べ、面通し、原審公判でも、一貫して同様の供述をしていること、
(5) 丙川は、カメラが趣味で、観察や記憶に自信があること
等からしても、丙川の犯人の同一性識別供述は十分信用することができるというべきであり、原判決は、丙川の甲、乙二人の人物についての身長に関する供述を過大に評価し、さして重要でない枝葉末節の問題を本質的なものと誤解した結果、丙川の犯人の同一性識別供述に信用性がないとしたものであり、失当といわざるを得ない、と主張する。
そこで、判断するに、
(1) まず、丙川の目撃状況は、同人の供述によると、次のとおりであると認められる。
丙川は、本件犯行現場から約九〇メートル離れたビル工事の電気工事を請け負っていたが、当日午後八時すぎに、現場から約五〇メートル離れた道路に停めていたワゴン車(日産ラルゴ)に工事に必要なマイナスドライバーを取りに行き、後部ドアを跳ね上げて探したが、マイナスドライバーが見つからなかったので、後部ドアは跳ね上げたままにして、サイドドアの方に回って、頭を突っ込んで探し、マイナスドライバーを取り出した。丁度その時、後部ドア付近を二人連れの男が並んで通り過ぎるのが眼に入った。最初にドアに近い方の男(甲)と眼が合い、ドアから遠い方の男(乙)の斜め右前の横顔が見えた。二人とも、紙にマジックインキで真っ黒に塗ったような付けひげを付けており、田舎芝居にでも使うようなものであったので、あっけにとられて見た。付けひげは両面テープか何かで張り付けたような感じを受けた。ひげを耳に掛けるためのひものようなものは見ていない。甲の方が印象が強かった。乙は、左ほほの付けひげがはがれかかっているのに気付き、左手で慌てて押さえるような恰好で、ちょっと伏目がちに、自嘲気味な笑いを浮かべながら通り過ぎた。二人はすぐ右折し、自分も後ろを通って、錦華公園の方に歩いて行った。二人が通ったのは、午後八時一五分ころである。視力は裸眼で一・二である。
(2) 丙川の右目撃状況からすると、丙川が、甲、乙の二人連れの男がいずれも非常に目立つ付けひげを付けていたので、二人の男に注目したこと、また、乙の男が、左ほほの付けひげがはがれかかっているのに気付いて、慌てて左手でそれを押さえるような恰好で、自嘲気味な笑いを浮かべながら通り過ぎたのを目撃して、強く印象したことは、所論のとおりであると認められる。しかし、丙川の目撃供述によれば、原判決が認定、説示するとおり、丙川は、甲、乙二人の人物の身長についても印象し、捜査段階の当初から、甲の方が乙よりも身長が高かった旨明確に供述していることが認められる。そして、丙川は、写真選別で抽出した甲(D)の身長が、実際には乙(被告人)の身長よりも低いことが分かると、乙がはがれかかった付けひげを手で押さえていたので、甲の方が高く見えたのかもしれないなどと、その供述をあいまいにしていることが認められるのであって、この甲、乙二人の人物の身長についての供述が、丙川の犯人の同一性識別供述の信用性の判断に影響するところがあることは否定することができないというべきである。所論は、<1>丙川は犯人の容貌について強い関心を持ったのであり、甲、乙二人の人物の身長についてはほとんど関心を持たなかった、<2>甲(D)はヒールの高い靴を履いていた可能性があり、そのために甲の方が高く見えたとしてもおかしくはない(検察官は、当審弁論で、当審における事実取調べの結果によれば、Dは現実に別事件で逮捕された際にヒールの高い靴を履いていたことが認められるところ、本件の時にも同様にヒールの高い靴を履いていた可能性は十分ある、と主張する。)、<3>丙川は、ラルゴのサイドドアを開け、前かがみになってマイナスドライバーを取り出そうとしていた時に、後部ドアーの近い方に甲、遠い方に乙の二人の男を目撃し、しかも、乙ははがれかかった付けひげを手で押さえていたので、甲の方が高く見えたのであり、その後もその時の印象に影響されたものである、などとるる主張するが、<1>何故に丙川が犯人の容貌についてのみ強い関心を持ち、身長についてはほとんど関心を持たなかったといい得るのか、納得し得るものがあるとは思われないこと、<2>仮に、所論のとおり、甲(D)がヒールの高い靴を履いていたとしても、また、サイドドアから身体を前かがみにして乙のはがれかかった付けひげを手で押さえていたのを見た際の印象が強かったとしても、丙川は、その後、自分の後ろを通って立ち去って行く二人を相当距離見送っており、二人の身長差が約九センチメートルあることからすると、甲の身長が乙よりも高く見えたとは考えにくく、所論は採用し得るものであるとは認められない。また、所論は、甲、乙二人の人物の身長の問題は枝葉末節の問題であるとするが、そのようには考えられない。
(3) また、丙川の目撃した甲がDでなかったとすれば、甲よりも印象が弱いとする乙(被告人)についての丙川の同一性識別供述に疑問が生じるとする、原判決の判断にも首肯し得るところがある。
(4) そうだとすると、丙川もまた、事件直後に、警察官に対し、犯人と思われる男を目撃したことを話し、その後の事情聴取等に積極的に応じていること、写真面割りが、警察官等からの暗示、誘導等のない、自由な状態で実施されたと認められること、その後の検察官による取調べ、面通し、原審公判においても、一貫して、犯人の一人が被告人に似ていることを供述していること等は、所論のとおりであるとしても、犯人の視認そのものに難点があることが前示のとおりであることからすれば、犯人と被告人との同一性を認定する上で、丙川の同一性識別供述を重視することはできないというべきである。
(5) 以上のとおりであるから、丙川の同一性識別供述の信用性に疑問があるとした、原判決の判断は是認し得るものと考えられる。
3 甲野の犯人の同一性識別供述について
所論は、原判決は、甲野の供述は慎重かつ誠実なものと認められるが、甲野は、帰宅途上に、男の横を通り過ぎる際のわずか数秒間、男の顔を注視したにすぎず、しかも、男の顔の下半分に付けひげを付けた状態を目撃したというものであって、視認条件からして、人の容貌の特徴を十分に識別、記銘できる状況にあったものとはいい難い、甲野が、「被告人は目撃した男とよく似ているが、同一人物と断定することはできない。」と供述するのも、視認条件の不十分さにもあるものと認められるので、甲野の供述のみで、犯人と被告人との同一性を認定するに足りる証明力があるとはいえないとした、しかしながら、
(1) 甲野は、帰宅途上で漫然と男を見たというものではなく、本件保冷車の助手席から降りた男が立派なひげを生やしており、自分もひげを生やしているので、興味を持って、その男を見たところ、この男のひげが付けひげであることが分かり、いい年をしてと思いながら、男と二、三メートルの距離でその顔を正面から見たのであり、強い関心を持って、意識的に男の顔を見ており、現場の明るさ等の視認条件は極めてよく、その記銘は極めて正確性の高いものであると考えられること、
(2) 甲野は、一時間足らずで帰宅した後、知人からの電話やニュースで本件事件の発生を知り、翌二八日午前一〇時ころ、自らすすんで、警察官に対し、犯人と思われる者を目撃したことを申告し、その後の捜査官による事情聴取にも積極的に協力しており、その記憶保持は正確であったと認められること、
(3) 甲野も、事件後一か月足らずの九月二四日、警察官から、「この中にいるかいないか分からない。じっくりご覧になってください。」と話された上、前示の写真帳を示されて写真選別をし、三二名の写真の中から、犯人に似たものとして被告人の写真を抽出したこと、右写真選別は、捜査官からの暗示、誘導等が全くない、抽出の自由が完全に確保された公正なものであることは、乙山及び丙川と同様であること、
(4) 甲野も、その後の検察官による取調べ、面通し、原審公判でも、一貫して、被告人が犯人に似ている旨供述していること、
(5) 甲野が、犯人と被告人との同一性について断定的表現を避けたのは、同人の性格から控え目な表現を用いたにすぎないものであり、これをもって、確信の度合いに疑問があるとした原判決の判断は、皮相的な見解というべきであること
等からすれば、甲野の犯人の同一性識別供述の信用性は極めて高いといわなければならない、と主張する。
そこで、判断するに、
(1) まず、甲野の目撃状況は、同人の供述によると、次のとおりであると認められる。
甲野は、当日午後八時一〇分ころ、帰宅するため、日貿ビルの隣の新日貿ビルの玄関から歩道に出た。その時、白いセダン型の自動車が錦華通りに向けてかなりのスピードで走っていったので、眼で追った。セダン型の自動車が錦華通りに左折して行った後、これに道を譲った冷凍車が進んで着て停まり、助手席から降りてきた男が冷凍車の前を行き来して幅寄せの誘導をした。男は、ほほからあごにかけて立派なひげを生やしており、自分もひげを生やしているので、興味を持って見た。男に近づくにつれ、そのひげをしげしげと見たが、男の耳のところに黒いひもがあるのが見え、付けひげであることが分かった。付けひげは黒いビロードかラシャのような素材であった。いい年をした男が付けひげをしてと思い、また、冷凍車を錦華通りと猿楽通りのT字路近くに停めたので腹立たしく思って、男をしげしげと見た。男は一瞬自分の方に顔を向けたので、二、三メートルの間隔で、男と相対することがあった。時刻は午後八時一一、二分ころである。視力は裸眼で一・二である。
(2) 甲野の右目撃供述からすると、甲野が、白いセダン型の自動車が錦華通りに向けて疾走するのも目撃したことから始まり、犯人であると思われる付けひげの男に関心を持って、距離的には二、三メートルの近くまで接近して、相対する形でこの男を注視したこと、周囲の照明度等の視認条件はよかったこと等は所論のとおりであると認められる。しかし、この関係についても、原判決が正当に指摘するとおり、甲野は、いい年をして付けひげを付けている男ということで、そのような関心から男の顔を見たというのであって、格別犯罪の現場で犯人を目撃するというようなものではなかったこと、甲野としては、男のひげの部分に強い関心があったことは否定し難いこと、人の容貌の特徴が主に顔の上半分にあることを考慮しても、男の顔の下半分は付けひげで覆われていたのであるから、顔の特徴の掌握が制限されることも否定し難いこと、しかも、甲野がその顔を正面から注視したとしても、せいぜい数秒に過ぎないこと等の事実が認められるのであり、これらの事実からすると、甲野の犯人の容貌等についての目撃状況も、かなり限定されたものであることは否定することができないと考えられる。
(3) また、甲野が写真選別や面通し等の機会に犯人と被告人との同一性について断定的表現を避けたのは、同人の真しで、慎重かつ誠実な性格からの控え目な表現とも考えられるが、ただそれだけではなく、視認状況等をも考えてのものであることも否定し難いところであり、原判決の判断が皮相的な見解などというものでないことは明らかである。
(4) そうだとすると、甲野についても、事件後一時間程度しか経っていない時に知人からの知らせやニュースで事件の発生を知り、自らが目撃した犯人と思われる男について思い起こす機会があったこと、翌日の午前一〇時ころには、自発的に、警察官に申告し、その後の事情聴取等にも積極的に協力していること、写真選別が、警察官等からの暗示、誘導等のない、自由な状態で実施されたと認められること、その後の検察官による取調べ、面通し、原審公判でも、一貫して、被告人が犯人に似ていることを供述していること等が、所論のとおりであるとしても、犯人の視認そのものが前示のとおりであることからすれば、甲野の供述をもって犯人と被告人との同一性を認定するに足りる証明力がないとした原判決の判断は是認し得るものと考えられる。
二 甲野ら三名の犯人の同一性識別供述は互いに補強し合うものであるとの主張について
所論は、甲野ら三名の犯人の同一性識別供述はそれぞれが高度の信用性を持つものであるが、これらの供述は、異口同音に、一致して、被告人が犯人に似ていることを供述しており、互いに補強し合うものであることからも、被告人が本件各犯行の実行行為者の一人であることに疑問の余地はない、と主張する。
1 確かに、甲野ら三名の犯人の同一性識別供述は被告人が犯人に似ているとの点で一致していることが認められる。しかしながら、関係証拠によれば、例えば、丙川は、前示のとおり、その目撃した甲、乙二人の男が付けていた付けひげは、紙にマジックインキで真っ黒に塗ったようなものであり、両面テープか何かで張り付けたような感じで、ひげを耳に掛けるためのひものようなものはなかった、と供述し(なお、丙川の甲、乙の二人の付けひげについての説明は、「真っ黒い色で馬の尻尾みたいな真っ直ぐな毛でできているように思いました。」というものから、「つるつるの紙に黒色のマジックで塗ったもののように見え」「紙などに馬の尻尾のように、縦に真っ直ぐの毛を書き込んだという感じ」「紙か布みたいなものを切って、その上に黒のマジックインクを塗って黒光りさせて」というように、変遷しているが、少なくとも、付けひげは、耳に掛けるためのひものようなものではなく、両面テープか何かで張り付けたような感じであった、とする点では変遷はない。)、一方、甲野は、付けひげは黒いビロードかラシャのような素材であり、耳のところに黒いひもで掛けていた、と明確に供述しており、両者の供述が食い違うことが認められる(検察官の原審における主張には、両者の供述に食い違いはないとするところがあるが、そのようには認められない。)。この点については、甲野が目撃した後丙川が目撃するまでに、付けひげを付け替えたということも考えられない訳ではないが、時間的に両者は接着していること、甲野が目撃した際には、乙(被告人とされる者)は既に車外に出ていたことが認められること等からしても、付けひげを付け替えたということは考えにくい。そうだとすると、丙川も甲野も、両名ともにいずれも、特に付けひげに強い関心を持って犯人を注視したというのであり、それだけに、この点の食い違いは軽視することはできないというべきである。
(なお、甲野の前に犯人を目撃したとする乙山は、犯人はひげをそった跡が濃いような感じであったと供述し、付けひげについては全く供述していない。すなわち、その段階では、犯人は付けひげを付けていなかったものと認められる。付けひげが変装用であるとすれば、車内にいるときにも、車の外から目撃されることがないとはいえないこと(現に、乙山に目撃されている。)、また、車から出た後は、丙川に目撃された後歩き去る際にもなお、相当距離を付けひげを付けて歩くなどしていることが認められることからすると、乙山に目撃された段階で付けひげを付けていなかったということには、不可解な点があるといえなくもない。しかし、この点は、乙山に目撃された後、車内で付けひげを付けたということも考えられる。)
2 また、甲野ら三名は、事件後三週間ないし一か月足らずの警察段階での写真選別において、いずれも、本件の犯人ないしその一人に似ている者として、一致して、被告人の写真を抽出している。そして、所論は、高裁判決を引用するなどして、本件写真選別は、右判決の掲げる要件をすべて充足する、捜査官等による暗示、誘導等の全くない、公正で、正確なものであり、三名の一致が偶然の一致とは考えられない、と主張する。
確かに、甲野ら三名の写真選別の過程をみると、関係証拠によれば、本件写真選別は、それぞれが、各別の機会に、各別の警察官により、前示の写真帳二冊を示されて、犯人の写真が含まれるかどうかは分からないことを説明され、自由な雰囲気の中で実施されたことが認められ、担当者である各捜査官による暗示、誘導等はうかがわれない、その限りでは公正なものであったと認められる。しかし、写真選別は犯人の同一性を識別する上で有用なものではあるが、識別者が既存写真から無意識的影響を受けやすく、これによる暗示、誘導といった危険性を内包するものであることは否定することができない。このような面から、本件写真選別を改めてみてみると、本件写真帳は、前示のとおりの捜査本部の判断から、前示のとおりの作成基準に基づいて作成されたものであることが認められるところ、取りあえず目撃者に何枚かの写真を示してその中に犯人がいるかどうかを確認させるという、その意図は理解できない訳ではないが、その結果作成されたものは、非公然活動家については一二名分、公然活動家については二〇名分というのであり、その数からしてもこの程度に限定されたことに問題がなかったか、また、その基準に問題はなかったか等の疑問がない訳ではない。しかも、写真帳の作り方からして、これが非公然活動家一二名分と公然活動家二〇名分の二冊の写真帳に分冊され、それぞれに一番から始まる番号が打たれており、仮に右のように分冊されていることの説明はなかったとしても、適切な方法であったかには疑問があり、ひいては、所論が強調するように、三二名分の写真を示して写真選別をさせた、とは単純にいえないのではないかとの疑問もある(検察官の段階での写真選別では、前示のとおり、一一五名分の写真帳が準備されている。なお、この時にも、甲野ら三名が被告人の写真を抽出したことは前示のとおりであるが、先に警察段階で写真選別が実施されているのであるから、その結果は重視することはできない。)。そうだとすると、甲野ら三名が、写真選別において、犯人ないしその一人に似ている者として、一致して、被告人の写真を抽出したことは、被告人と犯人との同一性を検討する上で慎重に検討すべき事柄であることはもとよりであるが、三名の一致が互いに補強し合うものとして、その結果を強調することには疑問があるというべきである。
三 甲野ら三名の目撃した人物の容貌の特徴は被告人の特徴と符合するものであるとの主張について
所論は、甲野ら三名の犯人の同一性識別供述によれば、同人らが目撃した犯人像は、長身で、すらっとした体型で、目鼻立ちがはっきりした奥目っぽい好男子に見える人物であり、顔形が角、面長であごが張っている感じを受ける者であったことが認められ、被告人の体型、容貌と相似している、と主張する。
しかしながら、所論の体型や容貌が被告人のそれに相似するものであるとしても、格別被告人に限るものでないことは明らかであり、被告人が犯人であることに矛盾するものでないといえるとしても、また、一つの情況証拠としてはともかくとしても、このことをもって被告人が犯人であるなどといい得るものでないことは明らかである。
四 甲野ら三名の犯人の同一性識別供述の信用性等に関する結論
以上のとおり、甲野ら三名の犯人の同一性識別供述をみると、甲野ら三名は、いずれも、犯人の特異な容貌(付けひげ)や行動に注意をひかれて、意識的に犯人を注視し、事件発生直後ないし翌朝までに、自発的に警察官に犯人と思われる者を目撃した旨申告して、事情聴取を受け、その後の捜査にも積極的に協力していること、事件後三週間ないし一か月足らずの時期に、写真選別をし、一致して、犯人に似ている者として被告人の写真を抽出していること、この写真選別は、担当の捜査官による暗示ないし誘導等のない、抽出の自由が確保された公正なものであると認められること、その後の検察官による取調べ、面通し及び原審公判でも、一貫して被告人が犯人に似ている旨の供述をしていること等の事実が認められるが、一方、甲野ら三名の犯人の同一性識別供述及び写真選別には前示のとおりの疑問点や問題点が認められるところであり、そうだとすると、これらの事実を総合して判断してもなお、犯人と被告人との同一性を認めるに足りる証拠はなく、したがって、被告人が本件各犯行の犯人の一人であると断定することはできないというべきであり、これと結論を同じくする原判決の判断に誤りはないというべきである。
第四被告人が中核派構成員であること及び被告人のアリバイ主張が成立しないこととの総合的判断に関する主張について
一 所論は、被告人は中核派の革命軍構成員で武器製造開発研究部門に属する者であり、本件各犯行の実行行為者であることに合理性があること、また、被告人にアリバイが成立する可能性がないことは明らかであるところ、かかる成立する余地のない虚偽のアリバイを主張すること自体、被告人の犯人性を示す証左であること、これらの事実を甲野ら三名の同一性識別供述と総合して判断すれば、被告人が本件各犯行の実行行為者の一人であることに疑う余地はない、と主張する。
二 確かに、関係証拠によれば、被告人がほか二名と山形県米沢市内で逮捕された際の車両に装着された偽造ナンバープレート等は中核派特有の製造方法による同一の金型から作成されたものと鑑定され、また、その際被告人所有のボストンバッグ内あるいは車のトランク内から発見押収されたメモ、地図から、被告人が中核派の革命軍構成員で武器製造開発研究部門に関係すると思われる記載があること等が判明したことが認められる。また、被告人のするアリバイ主張が、これを始めた時期、その内容、特に、当初は真実とは異なる供述をし、検察官からこれが覆されると、次々にこれを改め、しかも、その供述内容は極めてあいまいであること等からすれば、仮に被告人の弁解するような事情があったとしても、不自然であることは否定し難いこと、したがって、被告人のアリバイ主張に疑問があることは所論のとおりであると思われる。そして、このような事情からすると、被告人が本件各犯行の犯人の一人ではないかと疑われる余地はある。しかしながら、このような事情は、被告人を本件各犯行の犯人であると認定する直接的な事実ではなく、間接的事実にすぎないものであり、これらの事実だけから被告人が本件各犯行の犯人であると断定することができないことは明らかである。そして、結局、甲野ら三名の犯人の同一性識別供述の信用性が前示のとおりであることからすれば、右の諸点を含めて、本件に係るすべての証拠を総合的に検討してみてもなお、被告人と犯人との同一性を認めるに足りる証拠はなく、被告人が本件各犯行の犯人の一人であると断定することはできないというべきである。
第五結論
以上のとおりであるから、所論がるる主張するところを検討してみても、原判決に所論が指摘するような事実誤認があるとは認められない。
論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により、本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡田良雄 裁判官 池田眞一 裁判官 毛利晴光)