大判例

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東京高等裁判所 平成6年(う)94号 判決

1 論旨は,要するに,原判決は本件恐喝未遂罪の公訴事実につき被告人を無罪としたが,原審で取り調べた各証拠を総合すれば,右公訴事実を優に認定することができるのであり,これを否定した原判決は証拠の取捨選択及びその価値判断を誤った結果事実を誤認したものであって,その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから,破棄を免れない,というのである。

本件公訴事実の要旨は,いわゆる総会屋の集団であるS会の代表者の被告人が,株式会社C(以下「C会社」又は「会社」という。)の株主総会担当者から金員を喝取しようと企て,会社応接室において,総務部部門長のHに対し,金員の要求に応じなければ株主総会の運営業務に危害を加える旨告知して脅迫し,同人を畏怖困惑させて金員を喝取しようとしたが,同人がこれに応じなかったため未遂に終わった,というものである。

2 C会社訪問時における被告人の言動は,人を畏怖させるに足りる脅迫であったと認められる。その理由は,次のとおりである。

被告人は,S会の代表者として多くの企業の株主総会に出席し,これまでに執拗な発言を繰り返すなどして議場を混乱させ議事進行を妨害したことがあり,現に,本件のHとの面談においても,これらの活動ぶりを報じた「決算ニューズ」を引き合いに出して自己の実績を誇示しようとしており,他方,Hは,C会社の総務部部門長として株主総会運営業務の責任者の地位にあり,会社の株式を取得した被告人につき他企業の株主総会を荒らしたことのある総会屋であるとの認識を有していたものである。

一般的にみて,企業は,株主総会が総会屋によって妨害され混乱に陥らされることを極度に恐れ警戒し,そのような事態の発生防止,回避のために様々に腐心し苦労している。これを前提にして検討すると,本件面談において,被告人は,Hに金員の支払いを要求し,その過程で,「総会は荒れるな。ガチンとやらねえと分からんと言うんだな。」「何かにつけても,株主総会を攻撃されるってことよ。」などと言い,もし金員要求に応じなければ場合によっては威力を用いてでも株主総会を妨害し混乱させる旨をあからさまに強い表現で示している。

これらの株主総会に向けられた害悪の告知が,被告人の総会屋としての活動歴を知る株主総会担当者に対し,多大の不安と衝撃を与えるに足りるものであったことは明らかである。のみならず,被告人は,C会社の社長のプライベートな問題を株主総会で取り上げる旨述べ,社長の個人攻撃を行うことも示唆しており,そのような社長の名誉に影響を及ぼしかねない事柄が殊更問題にされると,その対応に苦慮することが予想されるだけに,これにより株主総会担当者に対する脅し文句としての迫力が一層増したことも明らかである。

したがって,被告人の右の各発言は,株主総会担当者たる相手方を畏怖させるに足りるものというべきである。この点に関連して,原判決は,総会屋が株主総会に出席し発言することをにおわせる言動をしても,それだけで株主総会担当者を畏怖させるに足りる脅迫があったとはいえない,としている。しかし,本件において,被告人がHに告知した内容は,株主総会で経営陣に不利な発言をするなどということにとどまらず,場合によっては威力を用いてでも株主総会を妨害し混乱させるというものであって,事情が異なる。

3 人を畏怖させるに足りる脅迫であったとするには合理的な疑いが残るとして,原判決がその理由で判示するところを要約すると,①本件面談においては,被告人の不穏当な言葉を引き出そうとするHの言動により,これに乗せられた被告人が言わずもがなのことを言ってしまったという疑いがあり,この点は畏怖の危険性を低下させる要素となる,②面談の状況がビデオで録画されたことや別室でモニター監視の態勢がとられていたことなどからして,Hは被告人に対し精神的に有利な立場にあったといえる,③被告人のC会社訪問の意図は「話し合い」すなわち金銭的な取引に応じるか否かを確認することにあり,面談の当初から「話し合い」に応じないのであればそれでよい旨Hに伝えてあり,一方,Hはこれを承知しながらすぐには断らず,この機会を利用して被告人から不穏当な言葉を引き出しその後の折衝を有利にすることを意図したものと推認でき,これらの点も畏怖の危険性を低下させる要素となる,④面談中に被告人が声を荒らげたりしたことは一度もなく,ビデオ全体から受ける印象も普通の交渉事というのがふさわしい雰囲気であった,というのである。

まず,被告人は「話し合い」ができるかどうかの確認をしようとしたに過ぎないのに,Hの誘導に乗せられ,つい口をすべらせて言わずもがなの本件発言に及んでしまったということを強調する①と③の各点についてみると,証拠上はそのようにいえないと考えられる。すなわち,関係証拠によれば,15分ほど続いた世間話の後,被告人が「それで仕事の話だけど,どういう気持ちでいるの。」と切り出し,Hが「どういう気持ちっていうか。」などと答えて長いやりとりが始まったが,最初2,3の問答を交わしただけで,被告人がいきなり前引用の「今回はここの社長のプライベートにかかわる問題もあるだろう(以下省略)」との発言をしたことが認められるのであって,Hの誘導に乗せられて口をすべらせたというたぐいの発言とは受け取れない。むしろ,被告人はもともと威迫的な方法で金員を出させようとする犯意を抱いていたからこそ右のような発言をしたものと認められる。そうすると,その後の「ガチンとやる。」「株主総会を攻撃する。」という趣旨の発言も,なかなか金を出すと言わないHの態度に応じて,意図的に脅し文言を明示しつつエスカレートさせていったものと見るべきである。一方,Hの側には,「勉強不足で分からない。」などと言って被告人の発言の真意を明確にさせようとする質問を繰り返すといった態度が認められるが,仮に被告人の種々の発言のうちにHの質問に誘発されてしたものがあるとしても,もともと秘めていた内心の意思が明らかになったに過ぎないのであり,本件犯行の成否に影響を与えない。

次の②のビデオ録画やモニター監視態勢などの点は,被告人が認識していなかった事情であることからして,Hが本件文言によって実際に畏怖したか否かの判断要素として考慮されるべきであるとはいえても,本件文言が相手方を畏怖させるに足りる脅迫であったか否かの客観的評価には影響しない事情であると考えられる。

④の本件面談の雰囲気をいう点については,告知された害悪の内容がHの身体等ではなく株主総会に向けられたものであることにかんがみ,その場の雰囲気がHの身に危険を与えるようなものであったかどうかはあまり関係がなく,要は威力を用いてでも株主総会を妨害し混乱させるとの発言内容そのものをとらえ,その株主総会担当者に与える衝撃,不安の程度を客観的に評価すべきものである。

4 以上のとおりであるから,原判決には,人を畏怖させるに足りる脅迫の有無の点について事実の誤認があるというべきである。

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