東京高等裁判所 平成6年(ネ)4160号 判決
1 控訴人は、第一に、ドイツにおける別件訴訟の訴訟物とわが国における本件訴訟の訴訟物とが異なる旨を主張するが、別件訴訟についての確定判決によって排斥された契約上の請求は、控訴人と被控訴人との間で昭和五四年一一月一七日に取り交わされた覚書(以下「本件覚書」という。)によって法的拘束力のある契約が成立したことを原因とするものであったところ、本件訴訟における主位的請求も、基本的には本件覚書に基づく請求で、本件覚書に係る契約を別件訴訟においては「独占的代理店契約」と主張し、本件訴訟においては「媒介代理商契約」と主張しても、社会的事実関係は同一で、主張する準拠法が異なり、したがって、法的構成を異にし、それ故に訴訟物を異にするといわざるをえないものにすぎないことが明らかである。控訴人が本件覚書に基づき被控訴人に対して支払を求める金員を別件訴訟においては損害金と主張し、本件訴訟においては手数料と主張しても、本件合意に基づく請求にほかならず、別件訴訟においては、本件覚書によって契約が成立したとの控訴人の主張が排斥されて契約上の請求が棄却されている以上、本件訴訟の主位的請求は別件訴訟についての確定判決の既判力に抵触する可能性が高いものといわなければならない。
また、本件訴訟の予備的請求は、本件覚書による契約の成立が否定された場合を仮定した請求であるが、弁論の全趣旨によれば、昭和五二年一〇月一七日付けのテレックスに係る合意又は本件覚書を取り交わす二日前に控訴人代表者が来日していた際に東京において被控訴人の担当者との間で口頭で成立した合意に基づく請求であるところ、別件訴訟では、本件覚書が取り交わされる以前には、控訴人と被控訴人との間には契約関係がなかったことが当事者間に争いのない事実として確定されていたのであるから、本件訴訟の予備的請求に係る控訴人の主張は、右合意を独占的代理店契約あるいは継続的商品供給契約といったからといって、別件訴訟における控訴人の主張と矛盾する主張を原因とする請求というほかない。
以上のとおり、本件訴訟の主位的請求は、別件訴訟についての確定判決の既判力に抵触する可能性が高いものであって、既判力に抵触しないとしても、両者が同一の社会的事実関係に基づく請求であったことは明らかであり、また、予備的請求は、別件訴訟の控訴人の主張と矛盾する主張を原因とする請求であって、控訴人がわが国で本件訴訟を提起したのは、ドイツにおける別件訴訟で控訴人の契約上の請求を棄却したミュンヘン第一地方裁判所の判決を是認し、被控訴人に契約締結上の過失を理由として控訴人に対する損害賠償責任があるとして事件を原審に差し戻すべき旨を命じたミュンヘン上級地方裁判所の判決が連邦通常裁判所の上告不受理の決定によって確定した後であることからして、控訴人は、ドイツにおける差戻後の別件訴訟では、改めて契約上の請求をすることができないか、又はこれが困難であると判断したため、契約上の請求を棄却した別件訴訟についての確定判決に対する不服をわが国において本件訴訟を提起して解消しようとしたものと推認するのに十分であって、このような本件訴訟は訴訟上の信義則からして是認することができない。
2 控訴人は、別件訴訟についての確定判決によって被控訴人に対する損害賠償請求が認容され、これに基づき損害金の支払を受けても、更に本件訴訟において、被控訴人に対して損害賠償の請求をすることは、両者は訴訟物が異なるのであるから、信義則に反しないとも主張する。
しかし、控訴人は、別件訴訟において、被控訴人との間に契約が成立しなかったが、被控訴人には当該契約の締結につき過失があったとして、被控訴人に対する損害賠償請求を認容する判決を取得し、しかも被控訴人がこの判決に従って履行を完了した(この事実は弁論の全趣旨によって認めることができる。)にもかかわらず、本件訴訟において、別件訴訟において成立が否定された被控訴人との契約に関する事実関係と同一の事実関係に基づき、準拠法を日本法とする契約が成立したとして、被控訴人に対し、主位的にその契約上の債務の履行請求を、予備的に債務不履行等を理由に損害賠償の請求をしているものであるが、別件訴訟において認容された請求権がドイツ法に基づいて発生したものであり、本件訴訟において控訴人が主張する右各請求権は日本法に基づくものであるから、右両訴訟における請求権が法的には両立しうる余地のあるものであるといえても、社会的事実としては両立しうるものでなく、したがって、被控訴人に対し両立しえない二つの事実関係に基づく支払を強いる危険を及ぼすものであり、しかも、控訴人と被控訴人との間の契約については、前示のとおり、別件訴訟についての確定判決ではその成立が否定され、あるいは、控訴人がその不成立を主張していたものであるから、このような別件訴訟における請求ないし主張と事実上両立しない主張に係る契約に基づく請求をすることは、訴訟上の信義則に反するものといわなければならず、本件訴訟における控訴人の右主張は採用することができない。
(柴田保幸 伊藤紘基 滝澤孝臣)