大判例

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東京高等裁判所 平成6年(ネ)5185号 判決 1995年9月28日

控訴人

渡辺博

右訴訟代理人弁護士

伊藤和夫

内田剛弘

幣原廣

飯田正剛

井上曉

春日秀一郎

篠宮晃

中島信一郎

廣上精一

大澤一司

古田典子

被控訴人

右代表者法務大臣

田沢智治

右指定代理人

浜秀樹

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金二〇〇万円及びこれに対する平成五年七月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は控訴棄却の判決並びに担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求めた。

二  当事者双方の主張は、以下に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人)

1  次に列挙する別件訴訟の経緯からして、別件訴訟における澤田裁判官の一連の行為には違法又は不当な目的があったと推認されるべきである。

(一) 澤田裁判官は、別件訴訟の訴状を受け取り、その審査を行い、別件訴訟の原告に訴状訂正申立書を提出させたが、澤田裁判官がした訴状審査は、予備的被告に対する請求を取り下げさせ、予備的被告は約束手形を不法に保管しているとある請求原因第三項を、被告は第三者に約束手形を保管させていると訂正させたものであって、訴状の形式的審査のレベルを超えて、請求の実質的部分にまで踏み込んで審査を行い、これに基づいて別件訴訟の原告に訴状の訂正を行わせたのである。

また、澤田裁判官は、別件訴訟の判決において、別件訴訟の訴状の「合計金五五〇〇万円について契約時に金一二〇〇万円を支払ったのみで、その余の」とある部分を「合計金五五〇〇万円の」と訂正している。

さらに、別件訴訟の原告が別件訴訟の訴状に添付した不動産売買契約書の特約条項欄では、この売買契約の残代金の支払が一括でなく分割でなされる旨明記されている。したがって、別件訴訟における請求は、代金分割払いの契約に基づき代金の一括払いを求めるという矛盾したものであった。

澤田裁判官は、別件訴訟の訴状の実質的審査により、右矛盾を認識し、別件訴訟の原告を勝たせるためには、別件訴訟の被告が欠席のまま訴訟を終了させる以外にないと考え、弁論を第一回期日で終結した上、判決言渡期日をその翌日に指定したものである。

(二) 別件訴訟の第二回口頭弁論調書には平成五年七月二九日午後一時一五分に公開法廷で「判決原本に基づいて判決言渡し」と記載されているが、右日時に別件訴訟の判決が言い渡された事実はない。同日午後一時一五分には同法廷の立会書記官である白川書記官は控訴人と電話をしていたのである。

(三) 別件訴訟の原告の代表者は非弁活動を理由に有罪判決を受けたものであるから、澤田裁判官が別件訴訟につき、別件訴訟の被告に主張立証の機会を与えずにいわゆる欠席判決で別件訴訟原告を勝訴させたことにより、意図的にないし結果的に右代表者の違法な非弁活動に手を貸したのである。

2  裁判官が、与えられた裁量を著しく逸脱し、法が裁判官の職務遂行上順守すべきことを要求している基準に著しく違反する裁判をした場合、換言すれば、裁判官が当時の資料、状況下で合理的に判断すれば、到底当該事実認定又は法律の解釈適用をしなかったであろうと思われる場合には、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものとして、国家賠償法上も違法との評価を免れないと解すべきである。しかるところ、本件における澤田裁判官の行為は、ある程度裁量に幅がある事実認定の問題ではなく、複数の選択肢のある法律の解釈適用の問題でもない。他に異説をみない手続条項の解釈を誤ったという稀有の事案であり、民事訴訟の画一的処理という点からも、澤田裁判官の行為は国家賠償法上も違法とされるべきである。

3  本件訴訟原審において、控訴人は、澤田裁判官には違法又は不当な目的があったと主張し、澤田裁判官の人証申請をしているにかかわらず、原審は右申請を却下した。澤田裁判官及び同裁判官を補助する形で別件訴訟に関与した白川書記官の証人尋問をしなかった原審には審理不尽の違法がある。

(被控訴人)

控訴人の主張はすべて争う。

三  証拠関係は、原審記録中の書証目録及び証人等目録並びに当審記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

四  当裁判所も、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は理由がないと判断するが、その理由は、以下に付加するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  もとより、裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによって当然に国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるわけのものではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とすると解すべきものである(最高裁判所昭和五三年(オ)第六九号、同五七年三月一二日第二小法廷判決・民集三六巻三号三二九頁)。

2  ところで、控訴人は、澤田裁判官は右にいう違法又は不当な目的をもって裁判をしたと主張し、澤田裁判官は、別件訴訟の訴状を形式的審査の範囲を超えて実質的審査をし、この実質的審査により訴状記載の請求に矛盾があることを認識したため、別件訴訟の原告を勝訴させるためには、別件訴訟の被告が欠席のまま証拠調べなしに訴訟を終了させる以外にないと考えて、別件訴訟の弁論を第一回期日で終結させた上、判決書において訴状の記載に訂正を加えて判決し、しかも判決言渡期日に判決言渡をしなかったものであり、このような別件訴訟の経緯からすれば、澤田裁判官に違法又は不当な目的があったものというべきであると主張する。

しかし、第一回口頭弁論期日前に訴状を精査し、いわゆる事前準備として、訴状の不備な点等について当事者に補正を命じることは当然許されるものであって、これをもって違法であるということはできず、また、裁判官がその判決において訴状の記載に訂正を加えて正しい文章としたとしても、それは当然のことであって、これを違法ないし不当ということができないことも明らかである。さらに、訴状に記載された請求に代金分割払いの契約に基づき代金の一括払いを求めるという矛盾があるとしても、このことから直ちに、右のような矛盾のある請求をしている別件訴訟原告を勝訴させるためには欠席判決以外にないと澤田裁判官が考えたというのは、憶測の域をでないといわざるを得ないものであり、澤田裁判官に控訴人が主張するような違法又は不当な目的があったとすることはできない。なお、控訴人は、別件訴訟の判決は言渡しがなされていないと主張するが、民事訴訟法一四七条によれば、口頭弁論の方式に関する規定の順守は調書によってのみこれを証することができるものとされているから、本件第二回口頭弁論調書に「判決原本に基づいて判決言渡し」と記載されている以上、本件判決が平成五年七月二九日午後一時一五分に言い渡されたと認めるべきものであるのみならず、控訴人自身も、別件訴訟の判決の言渡しがあったことを前提として同判決に対して控訴を提起し、控訴審である東京高等裁判所において、別件訴訟の原判決を取り消し別件訴訟を宇都宮地方裁判所に差し戻す旨の判決を受けたものである(このことは当事者間に争いがない。)から、別件訴訟の判決の言渡しがされていないことを前提とする控訴人の主張は採用することができない。

3 答弁書に請求の趣旨に対する答弁のみが記載され、請求の原因に対する認否は、「追って調査の上、認否する。」と記載されていた場合、請求原因事実を争ったことになるかどうかについては、原判決も指摘するように、請求の趣旨に対する答弁は事実についての認否ではないから、請求原因事実を争ったことにはならないとする考え方もあながち理由がないものではなく、このことは、続行期日であっても、また、第一回口頭弁論期日であっても変わりがないものというべきである。

もっとも、請求原因事実を争ったことにはならないとしても、答弁書に追って認否するとあるから、裁判所としては、追ってされる認否を待つのが一般的には妥当であると考えられるが、弁論の全趣旨いかんによっては擬制自白が成立する場合が全くないわけではなく、また、認否を待っても結局認否がなされないことも実務上往々にしてあり得ることであり、加えて、民訴法一八二条は、結審するかどうかの判断を裁判所の裁量に委ねているものと解されるから、答弁書に追って認否すると記載されている場合に直ちに結審したとしても、そして、その結審するとした判断に何らかの誤りがあったとしても、上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されることはともかく、直ちにそのことだけで国家賠償法上の違法を来すものではないというべきである。

そうすると、請求原因事実については「追って調査の上認否する。」と答弁書に記載して第一回口頭弁論期日を欠席した控訴人に対して、相手方主張事実を擬制自白したものとして弁論を終結し控訴人敗訴の判決を言い渡した澤田裁判宮の行為は、国家賠償法上違法ということはできず、国はこれによって生じた損害を賠償すべき責めに任ずるものではないといわなければならない。

4  その他控訴人は、原判決が違法であるとして縷々主張するが、いずれも独自の見解を前提とするものであって、採用することができない。

五  よって、原判決は相当で、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宍戸達德 裁判官伊藤瑩子 裁判官佃浩一)

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