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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)116号 判決 1996年2月08日

埼玉県上尾市向山431番地の1

原告

株式会社丸一

同代表者代表取締役

北林誠一

埼玉県上尾市大字小敷谷919番地-12

原告

北林誠一

原告ら訴訟代理人弁理士

大條正義

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

清川佑二

同指定代理人

山田幸之

花岡明子

吉野日出夫

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告ら

「特許庁が平成5年補正審判第50070号事件について平成6年3月22日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、昭和62年12月18日、名称を「エアゾル噴射用耐圧容器」とする考案(以下「本願考案」という。)について実用新案登録出願(昭和62年実用新案登録願第192584号)したところ、平成4年10月27日拒絶理由通知を受けたので、同年12月24日手続補正(以下本件補正」という。)をしたが、平成5年4月6日補正却下の決定があった(以下「本件補正却下決定」という。)ので、同年5月6日審判を請求し、平成5年補正審判第50070号事件として審理された結果、平成6年3月22日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年4月20日原告に送達された。

2(1)  出願当初の本願明細書(以下「出願当初明細書」という。)に記載された実用新案登録請求の範囲

エアゾル噴射弁のマウンテンキャップ41を嵌装できる口縁11に続く薄肉の直筒壁12と、直筒壁12に続く外凸半球殻状の底壁13をブロー成型法により一体に成型した金属缶体1と、片面接着性の金属フィルムまたは金属フィルムとプラスチックフィルムとの積層フィルムを直筒壁に巻きつけて積層固定した保護壁2と、保護壁2の下縁に接続させて底壁13に接着固定した筒状の袴枠3とを有してなるエアゾル噴射用耐圧容器。

(別紙図面参照)

(2)  本件手続補正により補正された明細書(以下「全文補正明細書」という。)に記載された実用新案登録請求の範囲

エアゾル噴射弁のマウンテンキャップ41を嵌装できる口縁11に続く薄肉の直筒壁12と直筒壁12に続く外凸半球殻状の底壁13とを樹脂のブロー成型法により一体に成型した容器本体1と、片面接着性の金属フィルムまたは金属フィルムと樹脂フィルムとの積層フィルムを直筒壁12の外周に巻き重ねることにより、それらフィルムの層間をたがいに接着して複数層の円筒に形成するとともに、最下層のフィルムと直筒壁12とをたがいに接着固定した保護壁2と、保護壁2の下縁に接続させて容器本体の底壁13に接着固定した筒状の袴枠3とを有してなるエアゾル噴射用耐圧容器。

3  審決の理由の要点

(1)  本件補正却下決定の理由は、次のとおりである。

出願当初明細書及び図面には「口縁11に続く薄肉の直筒壁12と、直筒壁12に続く底壁13を一体に成型した金属缶体1」が記載され、この記載によれば、缶体1は金属であることが明らかである。

これに対し、本件補正書には、本願考案において「口縁11に続く薄肉の直筒壁12と直筒壁12に続く底壁13とを樹脂のブロー成型法により一体に成型した容器本体1」と記載され、容器本体1は樹脂であるように補正されている。

しかしながら、出願当初明細書及び図面には、容器本体1が樹脂であることについては記載されていないし、他の記載、すなわち「ブロー成型法により成型した」という記載のみから、容器本体1が樹脂であることは特定され得ない。

したがって、本件補正は、明細書の要旨を変更するものであるので、実用新案法(平成5年法律第26号による改正前の法律。以下同じ)13条で準用する特許法(平成5年法律第26号による改正前の法律。以下同じ)53条1項の規定により却下すべきものである。

(2)  そこで検討するに、出願当初明細書には考案の目的として「この考案は、薄肉の金属缶体を有していて充分な耐圧強度をもち、しかも耐衝撃性に富むエアゾル噴射用耐圧容器を提供するのがその目的である。」(1頁15行ないし17行)と記載され、これによれば、本願考案の目的は、エアゾル噴射用耐圧容器を薄肉の金属缶体とすることは明らかである。

さらに、考案の目的の従来技術及び従来技術の問題点として「従来、エアゾル噴射容器の金属缶体は薄鋼板で生産するのが最も一般的であり、その場合、缶体の頂壁および底壁と直筒状胴部との接続には巻締法が採用されている。そして、薄肉である缶体の耐圧性と容器を置く際の安定性を確保するため外凹半球状の底壁が採用されている。一方、近年における軽金属のブロー成型技術の普及に伴い、耐圧性の必要なエアゾル噴射容器の缶体の生産にもこの技術が適用されるようになった。ブロー成型法によれば金属缶体の頂壁、底壁を含め缶体の全部が一挙に成型できるので生産コストが低く、量産を目的とするエアゾル噴射容器の生産にはきわめて有利である。しかしながら、ブロー成型によれば前記したような外凹半球状の底壁の成型は困難であり、底壁には浅い凹所の成型が可能であるにとどまる。」(1頁18行ないし2頁13行)と記載されており、これによっても、従来、薄鋼板製であった金属缶体を軽金属の缶体とする旨が明記されており、考案の構成についても実用新案登録請求の範囲に、缶体について「一体に成型した金属缶体1」が明記され、考案の詳細な説明にも考案の構成として「この考案にかかるエアゾル噴射用耐圧容器は下記のような金属缶体1と(中略)金属缶体1は、エアゾル噴射弁のマウンテンキャップ4を嵌装できる口縁11に続く薄肉の直筒壁12と、(中略)一体に成型してなっている。(中略)袴枠3は筒状で、保護壁2の下縁に接続させて金属缶体1の底壁13に接着固定してある。(中略)保護壁2の表面には、金属缶体1に巻回前の素材に対し(中略)第1図に掲げた金属缶体の例のように(中略)第2図に掲げる金属缶体のように(中略)この考案は前記のようにしてなり、金属缶体1の底壁13が凸半球状を呈しているので、その壁体の厚みが薄くとも耐圧性が最も大きく、(中略)金属缶体の直筒壁12には、金属フイルムまたは金属フイルムとプラスチックフイルムとの積層フイルムを数層巻き重ねて固定した保護壁2が形成されているので、(中略)金属缶体1は底壁13の頂部に接着した袴枠3により支えられているので、」(3頁7行ないし5頁11行)と記載されているように前記記載のすべてにわたって缶体1が金属製であることが明記されている。

さらに、考案の効果として「かくして、(中略)肉厚の薄い軽量な金属缶体が量産されるのみならず、缶壁が薄くとも、かつ比較的直径の大きいものでもエアゾル噴射容器としての耐圧強度は充分であり、しかも外部からの衝撃に対しては充分に強化されたエアゾル噴射容器が提供できる。」(5頁18行ないし6頁4行)と記載されているように、エアゾル噴射容器としての缶体が金属製であることによる効果が明記されている。

また、出願当初の図面の説明として、図面の簡単な説明の欄にも缶体1が金属製であることが明記されている。

以上のように、出願当初明細書又は図面のすべてにわたって、缶体が金属製であることが明記されており、缶体が樹脂により形成されることについては全く記載もしくは示唆もされていないので、本件補正は明細書の要旨を変更するものである。

(3)  請求人ら(原告ら)は、本願考案の容器がブロー成型によるものであり、かつ考案の目的がエアゾル容器の提供にあることから、容器が樹脂製に特定されることは自明であると主張している。

しかし、出願当初明細書又は図面には、前述のごとく、缶体を金属製とすることのみが記載され、缶体を樹脂とすることについては全く記載もしくは示唆もされていない。

ただ、前記の考案の目的に「軽金属のブロー成型技術の普及に伴い、耐圧性の必要なエアゾル噴射容器の缶体の生産にもこの技術が適用されるようになった。」との記載があり、この記載によれば軽金属の缶体をブロー成型により行ってきたと解されるが、従来金属缶体をブロー成型法により成型することが行われてきたとは認められないので、前記記載には不明瞭な部分が存在するものと認められるが、そのことが直ちに請求人らの主張するように容器がブロー成型によるものであることから容器が樹脂製に特定されることにはならない。

すなわち、前記したように、本願考案の目的は金属缶体を提供することにあることは明らかであり、考案の構成及び考案の効果も金属製の缶体についてなされていることは明らかであって、しかも、一般にブロー成型により成型されるものの材質としてはガラスと樹脂があるから、ブロー成型法により成型されるものが直ちに樹脂製であるとは認められない。

また、前記の考案の目的の「ブロー成型によれば前記したような外凹半球状の底壁の成型は困難であり、底壁には浅い凹所の成型が可能であるにとどまる。」との記載についてみると、ブロー成型されるものが請求人らの主張するように樹脂製であるとすると、この記載は樹脂をブロー成型する場合、外凹半球状の底壁の成型は困難であるということになるが、ブロー成型による樹脂製の容器が外凹半球状の底壁を有することは当業者に知られており(例えば、昭和59年特許出願公開第1226号公報、昭和58年特許出願公開第193254号公報、昭和57年特許出願公開第210829号公報、昭和57年特許出願公開第131526号公報参照)、このことから前記記載は成型されるものが樹脂であることと矛盾することになるから、請求人らの主張するように、必ずしも出願当初明細書においてブロー成型によることのみが正しいものとも認められず、また、「ブロー成型による」点が正しく「金属製」を誤りであるとすることもできないから、「ブロー成型による」点が正しく「金属製」を誤りであることを前提とする請求人らの主張は採用できない。

さらに、請求人らは「資料3」を提出して、請求人らが本件補正をしたのは、代理人大條正義が考案者北林誠一から「資料3」の図面の交付を受けて明細書を作成する際、図面中符号1で表した容器の材質を錯誤により「金属缶体」であると誤認し、これを「金属缶体」と誤って記載したので、当該誤記の訂正である旨を主張しているので、この点について検討すると、請求人らの提出した「資料3」は本願の願書に添付したものとほぼ同様の図面が記載され図面に関連すると思われる事項が不明瞭ながら、手書きにて記載されているもので、「資料3」にはそれ以外の事項は記載されていない。

してみると、「資料3」からは、本願と「資料3」とが直接関係する根拠が見出せず、請求人らの主張するように考案者北林誠一が「資料3」を代理人大條正義に交付したとも、「資料3」に基づいて本願を出願したものとも認めるに足りる根拠は見出せない。

したがって、本願考案の金属缶体の「金属」が誤記であるとの請求人の主張は採用できない。

(4)  以上のとおりであるから、本件補正について、実用新案法13条の規定によって準用する特許法53条1項の規定により却下すべきものとした本件補正却下決定は妥当であり、これを取り消すべき理由はない。

4  審決の取消事由

本件補正は、出願当初明細書及び図面に記載した事項から自明な事項の範囲内において実用新案登録請求の範囲を変更する補正であるから、実用新案法9条が準用する特許法41条により明細書の要旨を変更しないものとみなすべきであるのに、実用新案法13条が準用する特許法53条1項により却下すべきものとした本件補正却下決定を認容した審決は違法であり、また、自己が創作した発明が保護される権利は国際人権規約・A規約15条1項及び憲法13条により認められている権利であるところ、出願当初明細書には本願考案の考案者から明細書の作成を受任した代理人の錯誤により重大な間違いがあるから、特許庁は誤りがあったかどうかを審理すべき義務があるところ、これを怠って、本件補正却下決定を認容した審決は、上記規約及び憲法に違反するものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  出願当初明細書の実用新案登録請求の範囲中には「ブロー成型法により一体に成型した金属缶体」との記載があるが、金属は、過熱したとき固相から液相への転移が急激で、ブローで膨らませるのに必要な飴状の状態を保ち難いから、ブロー成型法により金属缶体を製作することはできない。ブロー成型法により金属缶体を商品として工業的に生産された事例がないことは、審決も認めているところである。

したがって、前記「ブロー成型法により一体に成型した金属缶体」との記載は、製作方法の表示である「ブロー成型法」か、製作品の表示である「金属缶体」か、いずれか一方が誤って記載されていることは容易に認識できるところである。

審決は、出願当初明細書には、随所に容器が金属であることが記載され、また、金属をブロー成型することによる利点が記載されていることを理由に、容器が金属であることが本願考案の構成要件であると認定判断しているが、その認定判断は、次に述べるとおり誤りである。

現在産業上利用可能なブロー成型法は、成型材料として樹脂又はガラスを用い、半溶解の材料を装入した金型に圧縮空気を吹き込み、中空の容器等を製作する周知の技術である。口が細く縦長の中空容器を製作する方法としては、金属ブロックを素材とする切削加工、金属薄板を素材とするシボリ加工、溶解金属を素材とする鋳造法等が知られているが、ブロー成型法は、これらの公知方法のいずれよりも安価に前記形状の中空容器を量産できる特徴をもっている。

一方、本願考案の目的物は、容器内に圧縮ガス及び噴射溶液を充填して、消費者が使い捨てするため安価に市販されるエァゾル噴射用耐圧容器である。そして、本願考案の実施例として願書添付の図面(特に第2図)に記載された容器は、縦長中空で、容器口の口径は胴体の径に比べてかなり小さく、容器口から丸底までの容器壁は、継ぎ目なしの一体に構成されている。容器壁の肉厚は場所により相当に不均等で、容器口から胴体の肩部にかけて非常に厚く、胴体は最も薄くかつ均一で、丸底状の底壁の肉厚は胴体壁よりもかなり厚い。また、容器の頚部と肩部間、肩部と胴体間、胴体と底壁間等の境界に当たる段部は外形では鋭く、中空の内部では丸みを帯びて形成されている。このように、かなり複雑な形状、構造を持つ容器が樹脂又はガラスを素材としてブロー成型法により容易に量産できることは、当業者にとつて自明である。前記公知方法で製作することは理論的に可能でも商業ベースでは現実的でない。

近年、超塑性合金と呼ばれる合金を素材とした金属容器をブロー成型により製作する方法が研究開発されているが、その塑性は樹脂又はガラスに比べて決定的に劣るから、前記実施例に示された凹凸に富む形状であって、各部の肉厚の変化の多い中空容器を生産することは、たとえ生産コストを無視しても極めて困難であり、本願考案の目的物である使い捨てのエアゾル噴射用耐圧容器の部材としては事実上生産不可能である。

実用新案登録請求の範囲に記載されている考案の要旨は、図示されている唯一の実施例による拘束を受けるから、前記「ブロー成型法により一体に成型した金属缶体」との記載における「ブロー成型法により一体に成型した」との要件は、本願考案の正当な構成要件である。

次に、ブロー成型の対象となる素材は、樹脂又はガラス以外に存在しないが、ガラスを素材とした場合、願書添付の図面第2図に特定した形状の容器は製造できても、同第1図に示す容器の部材としては失格である。けだし、ガラスを素材とすると、この容器の直筒壁12は肉薄であるのに4~7気圧の高圧液化ガスを封入して市販されるので、消費者による取り落としや激突等の原因で破裂する危険があるからである。そうすると、図示の容器は樹脂容器以外のものでなく、前記「ブロー成型法により一体に成型した金属缶体」との記載における「金属缶体」は誤りであることが明らかである。

したがって、前記「ブロー成型法により一体に成型した金属缶体」との記載を「樹脂のブロー成型法により一体に成型した容器本体」とする本件補正は、容器の材質を「金属」から「樹脂」に訂正した当然の補正である。

被告は、乙第1ないし第6号証を提出して本出願当時軽金属のブロー成型は既に可能となっており、「ブロー成型法」が正しく、「金属缶体」が誤記であるとはいえない旨主張する。

しかしながら、乙第1、第2号証及び乙第6号証に開示されている超塑性合金を素材とするブロー加工は、その前提として素材の圧延工程、インパクト成型、絞り又は真空成型、研磨、しごき加工、切削加工等複雑煩瑣な機械加工の工程を経ることが必要であり、容器の生産上著しい高コストであることが何人にも当然予測される。このような複雑煩瑣な機械加工を必要とするのは、超塑性合金といっても、その塑性は樹脂、ガラスと比べ劣悪だからである。一方、本願考案の目的はエアゾル噴射用耐圧容器のようにひたすらコストが問題とされる使い捨て容器の提供にあるから、低コストであることが必須の要件であり、本願考案においてブロー成型と金属缶体とは両立し得ないことは当業者にとり自明である。

また、乙第3号証には、金属板を素材とする液圧バルジ成型法が記載されているが、板から張り出しできる高さは直径の30%前後であると記載されている以上、この形成法で本願考案の前記図示された細首状の容器を製造することは不可能である。乙第4号証には、金属を素材としてブロー成型できるとの記載はなく、乙第5号証には、ブロー成型がアルミニウムはくの成型にも適していることが記載されているが、アルミニウムはくは可塑性がなく本願考案の上記容器の成型は不可能である。

(2)  国際人権規約・A規約によれば、発明者等が自己の発明につき保護を受ける権利は基本的人権であるとされ、かつこの人権は極めて厳しい条件を満たしている場合以外は立法をもってしても制限することは許されず、さらに既存の法律の解釈においても許容されることが明らかな制限の範囲を超えて行政者が制限を強化するような方向で審査その他の行為をすることは厳に禁止されている(同規約15条1項・4条・5条1項)。また、この知的人権が憲法13条の幸福追求権に属することは明らかである。

そして、憲法98条2項には日本国が締結した条約は誠実に遵守することが必要と定められ、この規定に対応して、特許法は「特許に関し条約に別段の定があるときは、その規定による。」(26条)と定めている。

わが国の特許法は先願主義を採用しているが、それは元来審査を簡素化、定型化することにより行政負担の軽減をはかるといういわば行政便宜を目的とするものであつて絶対的なものでない。発明者が保護を受ける権利は天賦の人権であり、国政において最大の尊重を必要とすることを旨とする前記憲法の規定からみてもその保護は行政便宜に優先するものである。

また、特許法36条は、出願は書面によって行われなければならないことを規定しているが、出願審査又は審判の審理において出願前の事実を考慮することを一切禁止する旨の規定は存しない。したがって、発明者ないし出願人が国際人権規約を援用して出願以前の時点で発生した人権の救済を求めている場合においては、国は、この申立てに係る知的人権を積極的に救済する義務がある。

本出願は、考案者北林の知的人権を根拠としてなされ、その明細書には受任した代理人大條の錯誤により、文章の表現に重大な間違いがあったが、その間違いは、前記(1)で述べたとおり、自明の事項であり、本出願前に考案者北林から代理人大條に交付された容器が樹脂であることを明記した図面(甲第12号証)及び前記考案者、代理人を取り調べることにより立証される筈である。したがって、被告は、この点に付いて審理すべき義務があるのにこれを怠り発明者の人権の喪失を図ったものであるから、前記国際人権規約・A規約5条1項及び憲法13条に違反する行為をしたものであり、かかる違法行為に基づいてなされた審決は取消しを免れない。

第3  請求の原因に対する被告の認否及び主張

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定判断は正当であって審決に原告ら主張の違法は存しない。

2(1)  ブロー成型は、「吹き込み成形」、「中空成形」、「blow molding」あるいは「blow forming」と呼ばれるもので、管状又は袋状の素管(パリソン)を金型内に閉じ込め、圧縮空気を吹き込み、膨張・冷却させることにより金型空洞の形状を写す成型法であって、古くはガラスにおいて、次いでプラスチックの成型法として発達し、最近では金属材料においても行われるようになっており、金属材料においてはバルジ加工もこの技術に入るものである(乙第1ないし第6号証)。

したがって、ブロー成型法により成型される可能性のあるものは、樹脂、ガラス、軽金属等種々あるから、出願当初明細書中に「ブロー成型法により一体に成型した金属缶体」との記載があるからといって、当業者が「ブロー成型法」が正しく、「金属缶体」が「樹脂」の誤記であると認識するものということはできない。

また、ブロー成型法の対象となる素材が樹脂及びガラスであるとしても、エアゾル容器にガラスを用いることは周知であるから、願書に添付された図面に示す出願当初明細書の実施例のエアゾル容器がガラス製であり得ないとする原告らの主張は失当である。

(2)  自己の創作した発明が保護される権利は、それが国際人権規約・A規約15条1項に規定する権利に該当するか否かについて議論するまでもなく、わが国においては特許法等で十分に保護されている権利である。また、この権利は公共の福祉に反しない範囲で認められる権利であって、この権利があることが直ちに特許庁に出願書類に誤りがあったかどうかの審理の義務を生じさせるものではない。

ところで、原告らは特許法に規定する特許を受ける権利に基づいて出願したものであるが、特許法ではその出願書類に誤りがあるときは一定の限度においてこれを補正する機会が与えられており、その限度を超え明細書の要旨を変更するものであるときは、補正を却下すべきものとされている。そして、補正を却下すべきか否かは出願時の明細書又は図面の要旨を変更するか否かで定まり、出願前に発明者と出願代理人間で取り交わした書類において発明内容に誤りがあることを発見したか否かにはかかわりがない。

したがって、出願代理人が発明者から伝達された発明内容を誤認した結果、明細書に誤記が生じたとしても、これを補正する本件補正が出願当初明細書の要旨を変更するものである以上、補正を却下する決定をすべきであるところ、本件補正が要旨変更に当たることは審決認定判断のとおりであるから、審決が自己の創作した発明が保護される権利があることに反するとはいえない。

第4  証拠関係

証拠関係は本件記録の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する(理由中で摘示する書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。)。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(出願当初明細書及び全文補正明細書に記載された実用新案登録請求の範囲)並びに同3(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告ら主張の審決の取消事由について検討する。

1  甲第3号証によれば、出願当初明細書には、本願考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  「この考案は、薄肉の金属缶体を有していて十分な耐圧強度をもち、しかも耐衝撃性に富むエアゾル噴射用耐圧容器を提供するのがその目的である。」(1頁15行ないし17行)

「従来、エアゾル噴射容器の金属缶体は薄鋼板で生産するのが最も一般的であり、その場合、缶体の頂壁および底壁と直筒状胴部との接続には巻締法が採用されている。そして、薄肉である缶体の耐圧性と容器を置く際の安定性を確保するため外凹半球状の底壁が採用されている。一方、近年における軽金属のブロー成型技術の普及に伴い、耐圧性の必要なエアゾル噴射容器の缶体の生産にもこの技術が適用されるようになった。ブロー成型法によれば金属缶体の頂壁、底壁を含め缶体の全部が一挙に成型できるので生産コストが低く、量産を目的とするエアゾル噴射容器の生産にはきわめて有利である。しかしながら、ブロー成型によれば前記したような外凹半球状の底壁の成型は困難であり、底壁には浅い凹所の成型が可能であるにとどまる。(中略)また、ブロー成型によれば薄肉の缶体が容易に得られるが、特に胴部の直筒壁が薄い場合は外力の衝撃に弱い欠点がある。」(同頁18行ないし3頁1行)

「この考案はブロー成型技術によるエアゾル噴射用耐圧容器の前記した欠点を除去すること」(3頁2行・3行)を目的とする。

(2)  本願考案の実用新案登録請求の範囲は前記請求の原因2(1)のとおりであるが「図示の実施例によりこの考案を説明する」(同頁4行・5行)と、

「この考案にかかるエアゾル噴射用耐圧容器は下記のような金属缶体1と、保護壁2と、袴枠3とを有してなっている。金属缶体1は、エアゾル噴射弁のマウンテンキャップ4を嵌装できる口縁11に続く薄肉の直筒壁12と、直筒壁2に続く外凸半球殻状の底壁13とをブロー成型法により一体に成型してなっている。保護壁2は片面接着性の金属フィルムまたは金属フィルムとプラスチックフィルムとの積層フィルムを前記した直筒壁12に巻きつけて積層固定してなっている。袴枠3は筒状で、保護壁2の下縁に接続させて金属缶体1の底壁13に接着固定してある。この考案は上記のようになるものであるが、前記した保護壁2における片面接着性の金属フィルムとしてはアルミニュウム等の軽金属のほか軟鋼フィルムやステンレス鋼フィルムなどの片面に接着剤を塗布したものが使用される。(中略)保護壁2の表面には、金属缶体1に巻回前の素材に対し、または巻回後において、図示のように所要の印刷表示を行うことができる。直筒壁12の下部と底壁13とは、第1図に掲げた金属缶体の例のように、その表面が円滑に続く一つの曲面として接続させてもよいが、第2図に掲げる金属缶体のように、その接続箇所に段部14を形成して、組付に際し、袴枠3に対する缶体の座りをよくすることもできる。」(3頁7行ないし4頁13行)

(3)  「この考案は前記のようにしてなり、金属缶体1の底壁13が凸半球状を呈しているので、その壁体の厚みが薄くとも耐圧性が最も大きく、しかもブロー成型が最も容易である。金属缶体の直筒壁12には、金属フイルムまたは金属フイルムとプラスチックフイルムとの積層フイルムを数層巻き重ねて固定した保護壁2が形成されているので、直筒壁2の壁体の厚みが薄くとも缶体内部のガス圧に対する十分な耐圧強度が得られる一方、耐圧容器の胴部への衝撃に対しては、接着剤の層ないしプラスチックフイルム層が緩衝材となるので耐衝撃性に富み、輸送または使用中における不測の衝撃で缶壁に凹みが生ずるなどの事故のおそれがない。金属缶体1は底壁13の頂部に接着した袴枠3により支えられているので、底壁3が外凹半球状であるのにかかわらず、外凹半球状の底壁をもつ従来のエアゾル噴射容器と同様、テーブル、棚等に安定に載置できるのみならず、袴枠3は缶体の底部に対する保護壁ともなるので、取り落した際などの耐撃性も著しく優れている。」(4頁17行ないし5頁16行)

「かくして、この考案によれば、ブロー成型法によって成型されるため、肉厚の薄い軽量な金属缶体が量産されるのみならず、缶壁が薄くとも、かつ比較的直径の大きいものでもエアゾル噴射容器としての耐圧強度は充分であり、しかも外部からの衝撃に対しては充分に強化されたエアゾル噴射容器が提供できる。」(5頁18行ないし6頁4行)

(4)  図面の簡単な説明「第1図はこの考案の一実施例の要部縦断側面図、第2図は金属缶体の一例の縦断面図である。1は金属缶体」(6頁6行ないし8行)

2(1)  甲第8号証によれば、本件補正は、明細書の全文を補正する内容のものであるが、その骨子は、出願当初明細書の実用新案登録請求の範囲中の「ブロー成型法により一体に成型した金属缶体1と」の記載を、「樹脂のブロー成型法により一体に成型した容器本体1と」に補正することにあり、これに伴い、考案の目的を「鋼板を素材として使用する以外に対応ができなかったような大き目のサイズのエアゾル噴射用耐圧容器の本体を樹脂により構成することを可能にする手段を提供するのがその目的である。」(1頁19行ないし2頁4行)とし、考案の構成中の金属缶体1を容器本体1に改め、考案の効果を「鋼板を素材とし、耐圧容器であるため精密な巻締工程を経なければ対応できなかった大き目サイズの汎用エアゾル噴射容器の主要部を低コストな樹脂のブロー成型により量産することが可能となるので、エアゾル噴射容器の生産および利用に寄与するところが多大である。」(7頁14行ないし20行)とすることを補正の主要な内容とするものであることが認められる。

(2)  そこで、次に本件補が明細書の要旨を変更するものであるか否かについて、検討する。

出願当初明細書の前記実用新案登録請求の範囲によると、本願考案は、「ブロー成型法により一体に成型した金属缶体1」を構成要件とするものであるから、その成型材料は金属であることが実用新案登録請求の範囲の記載に基づいて一義的に明白である。

また、出願当初明細書の発明の詳細な説明に基づいて本願考案の技術的課題(目的)、構成、作用効果を検討しても、前記1の認定事実によれば、出願当初明細書には、本願考案は、薄肉の金属缶体を有していて十分な耐圧強度をもち、しかも耐衝撃性に富むエアゾル噴射用耐圧容器を提供することを目的とするものであって、従来、エアゾル噴射容器の金属缶体は薄鋼板で生産するのが最も一般的であったが、近年における軽金属のブロー成型技術の普及に伴い、耐圧性の必要なエアゾル噴射容器の缶体の生産にもこの技術が適用されるようになったところ、ブロー成型法によれば外凹半球状の底壁の成型は困難で、底壁には浅い凹所の成型が可能であるにとどまり、また、薄肉の缶体が容易に得られるが、特に胴部の直筒壁が薄い場合は外力の衝撃に弱い欠点がある、との知見に基づき、この欠点を解消することを目的として、出願当初明細書の実用新案登録請求の範囲(請求の原因2(1)参照)の構成を採用し、その結果、肉厚の薄い軽量な金属缶体が量産されるのみならず、缶壁が薄くとも、かつ比較的直径の大きいものでもエアゾル噴射容器としての耐圧強度は十分であり、しかも外部からの衝撃に対しては十分に強化されたエアゾル噴射容器が提供できる、という作用効果を奏する旨記載されているから、技術的課題(目的)、構成、作用効果のいずれにおいても、成型材料として金属を使用することが明記されており、しかも、材料として金属以外のものは樹脂を含めこれを使用することの記載はなく、示唆すらされていないことが明らかである。

(3)  原告らは、ブロー成型法により金属缶体を商品として工業的に生産された事例がないことは、審決も認めているところであり、前記「ブロー成型法により一体に成型した金属缶体」との記載は、製作方法の表示である「ブロー成型法」か、製作品の表示である「金属缶体」か、いずれか一方が誤って記載されていることは容易に認識できる旨主張する。

しかしながら、本出願当時ブロー成型法による成型材料として金属を用い得ることは当業者に周知の事実であつたと認められる。このことは、以下認定の本出願前の刊行物の記載事項から明らかである。

 乙第1号証(昭和56年特許出願公告第40652号公報)

特許請求の範囲「超塑性合金材料を有底の筒体に成形する工程と、該筒体の表面を平滑にし、かつ寸法精度を高める前処理工程と、超塑性現象を発現すべく筒体を260℃±10℃・10分以上に保持する予備加熱工程と、予備加熱後の筒体を金型に収容し初圧10気圧、成形圧17気圧以上によって吹込成形するブロー工程と、金型を開く前にエアー吹付けによる冷却工程と、金型開き、成形品の取出し、並びに仕上げの工程とを合む超塑性合金製容器のブロー成形法。」(1欄17行ないし26行)

 乙第2号証(昭和57年特許出願公開第52522号公報)

特許請求の範囲「ダイカスト成形金型の成形部の立上り部を傾斜させて形成すると共に、型出し温度を鋳込金属の融解温度の43%~50%の温度に設定し、型出しした成品を瞬時に17℃以下に急冷却した後、成品温度を前記融解温度の20%~50%の温度に急加熱し、この温度を保持した状態で該成品に曲げ、絞り、膨出等の二次加工を施こすことを特徴とするダイカスト成形加工法。」(1頁左下欄5行ないし12行)。発明の詳細な説明「二次加工工程は前工程を経た成品にプレス成形、ブロー成形、絞り加工等を施こし、曲げ、絞り、膨出部を形成するものである。」(2頁右上欄18行ないし左下欄1行)

 乙第5号証(宮川松男編「図解プレス加工辞典」日刊工業新聞社昭和45年5月30日発行)

「blow forming(吹込み成形) 液圧として空気圧を利用する張出し成形法でプラスチック シートの温間成形用に広く用いられているが、アルミニウムはくなどの成形にも適している」(290頁8行ないし10行)

 乙第6号証(超塑性研究会編「超塑性と金属加工技術」日刊工業新聞社昭和55年5月30日発行)

「微細結晶粒超塑性板の二次加工法は、真空成形、ブロー成形などのプラスチック成形法を応用したものと、普通の金属と同じく、一対の型を用いて成形するプレス成形法に大別できる。特に、前者は金属でありながら、わずか数気圧の低い圧力で成形が可能であるという、これまでの金属成形法の常識をやぶった新しい方法として注目されている。」(107頁9行ないし13行)

以上の認定事実によれば、本出願当時、超塑性金属あるいは超塑性合金、さらにはアルミニウムはく等の金属を材料として用いてブロー成型法により容器を成形できることは、当業者に広く知られた事実であったと認められる(なお、審決が審決の理由の要点(3)において、従来金属缶体をブロー成型法により成型することが行われてきたとは認められないと認定したことは誤りであるが、そのことが審決の結論に影響するものでないことは、審決の説示内容に照らし明らかである。)から、前記「ブロー成型法により一体に成型した金属缶体」との記載をみた当業者は、本出願当時の技術水準に基づいて、成型材料としては金属を用いるものと容易に理解することができ、「ブロー成型法」か「金属缶体」のいずれかに誤りがあると理解するとはいえない。

また、原告らは、実用新案登録請求の範囲に記載されている考案の要旨は、図示されている唯一の実施例による拘束を受けるところ、ブロー成型の対象となる素材は、樹脂又はガラス以外に存在しないが、ガラスを素材とした場合、願書添付の図面第2図に特定した形状の容器は製造できても、同第1図に示す容器の部材としては失格であるから、図示の容器は樹脂容器以外のものでなく、前記「ブロー成型法により一体に成型した金属缶体」との記載における「金属缶体」は誤りであることが明らかである旨主張する。

しかしながら、要旨認定は、明細書の実用新案登録請求の範囲に基づいてなし、必要に応じて発明の詳細な説明及び図面の記載を参酌することができるものであって、一実施例ないし実施例を図示したものによって拘束されるものでなく、またブロー成型法の対象となる素材に金属が含まれることは前記のとおりであるから、その素材が樹脂又はガラスに限定されるとする前提において誤りがあり、しかも原告主張の理由によっては図面に示されたエアゾル噴射用耐圧容器をガラスではなく樹脂であると特定する理由ともなり得ないから、いずれの点からみても、原告らの主張は採用できない。

さらに、原告らは、乙第1、第2号証及び乙第6号証に開示されている超塑性合金を素材とするブロー加工は、その前提として素材の圧延工程、インパクト成型、絞り又は真空成型、研磨、しごき加工、切削加工等複雑煩瑣な機械加工の工程を経ることが必要であり、容器の生産上著しい高コストであり、しかも、その塑性は樹脂、ガラスと比べ劣悪だから、エアゾル噴射用耐圧容器のようにひたすらコストが問題とされる使い捨て容器においては、ブロー成型と金属缶体とは両立し得ないことは当業者にとり自明である旨、また、乙第5号証に記載のアルミニウムはくは可塑性がなく、本願考案の上記容器の成型は不可能である旨主張する。

しかしながら、ブロー成型材料として金属を用いるのでは生産コストが著しく高くなりエアゾル噴射用耐圧容器に適しないとする根拠は存しないし、超塑性合金に限定してもその塑性が樹脂、ガラスと比べ劣悪だという証拠もない。しかも、前記(1)認定事実によれば、本願考案は、薄肉の金属缶体を有していて十分な耐圧強度をもち、しかも耐衝撃性に富むエアゾル噴射用耐圧容器を提供するのがその目的であって、ブロー成型材料として金属を用いるとその目的を達成できない理由もないから、原告の前記主張も採用できない。

(4)  以上のとおりであるから、出願当初明細書に記載された本願考案の要旨は、ブロー成型の材料を金属とするものであって、これを樹脂とすることについては出願当初明細書に記載も示唆も存しないから、出願当初明細書の実用新案登録請求の範囲中の「ブロー成型法より一体に成型した金属缶体1と」の記載を、「樹脂のブロー成型法により一体に成型した容器本体1と」に補正し、これに伴い、考案の詳細な説明を前記(1)のとおり補正した本件補正は、願書に添付した明細書についてその要旨を変更するものというべきである。

3  原告らは、自己が創作した発明が保護される権利は国際人権規約・A規約15条1項及び憲法13条により認められている権利であるところ、出願当初明細書には本願考案の考案者から明細書の作成を受任した代理人の錯誤により重大な間違いがあるから、特許庁は誤りがあったかどうかを審理すべき義務があるところ、これを怠って、本件補正却下決定を認容した審決は、上記規約及び憲法に違反するものであるから、違法である旨主張する。

自己が創作した技術的思想の創作(発明ないし考案)の保護を受ける権利が国際人権規約・A規約15条1項に規定する権利に該当し、かつ憲法29条1項の規定する財産権として憲法の基本的人権に関する規定により保護されるものであるとしても、自己が創作した発明が実用新案権として法により保護される権利として認められるためには、実用新案法の規定する手続に基づいて出願し、所定の手続行為をなすことを必要とするものである。そして、これを補正についていえば、願書に添付すべき明細書又は図面について出願公告をすべき旨の決定の送達前にした補正は実用新案法13条の規定によって準用する特許法53条1項の規定により、これらの要旨を変更するものであるときは、審査官は決定をもってその補正を却下すべきものとされており、その趣旨は要旨を変更する補正を認めるときは、当初の考案の本質を変更しこれと異なる考案を出願時に遡及して保護することになり、先願主義を採用するわが国の実用新案制度の趣旨に反し、第三者に不測の損害を与えることになるからであり、補正にこのような制約を設けることは当然のことであって、何ら国際人権規約・A規約や憲法の規定に反するものではない。

そして、前記出願公告決定送達前の補正の適否は、出願当初明細書及び図面に基づいて、考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果を検討して、実用新案登録請求の範囲に記載された技術的事項を客観的に把握し、その上で補正内容と対比し、要旨の変更に当たるかどうかを判断すべきであって、仮に考案者から出願の委任を受けた代理人が考案者の提供した資料に基づいて明細書を作成した際に錯誤により考案者の創作と異なる明細書を作成したとしても、出願当初明細書及び図面に接した当業者が、その記載から記載どおりの技術内容の考案であると理解でき、これが誤記を含むものと認識することができない以上、その記載に基づいて補正内容と対比すべきであり、明細書から認識し得ない出願に際しての事情を勘酌して補正の適否を判断すべきものではないというべきである。

原告らは、出願当初明細書には受任した代理人大條の錯誤により、文章の表現に重大な間違いがあつたが、その間違いは自明の事項であり、本出願前に考案者北林から代理人大條に交付された容器が樹脂であることを明記した図面(甲第12号証)及び前記考案者、代理人を取り調べることにより立証されるのに、被告は、この点に付いて審理すべき義務を怠り発明者の人権の喪失を図ったものであるから、前記国際人権規約・A規約5条1項及び憲法13条に違反する行為をしたものである旨主張するが、当業者であれば、出願当初明細書の記載から、本願考案の技術的事項を客観的に把握して、要旨はブロー成型の材料を金属とするものであると認識し、これが重大な誤りによるものと認識できないことは前記(2)に判示したところから明らかであって、原告主張の点について審理することなく、本件補正は願書に添付した明細書についてその要旨を変更するものとした本件審査・審判手続に原告ら主張の違法は存しない。

4  以上のとおりであるから、審決の認定判断は正当であって、審決には原告ら主張の違法は存しない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告らの本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、93条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙図面

<省略>

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